006 ナディームとの散歩1
「ねぇ、父さん、母さん。私って1人で外出したら駄目なの?」
私は昨日の夜、決意した。自分で見て、聞いて、この世界のことを調査しようと。待っていても、知りたい情報はすぐ手に入らない。ならば自分で調べるしかない。そのためには一人で外出できる許可が必要なのだ。朝食をとる食卓で、私はミューズリーのような朝ごはんを食べながら両親に尋ねた。
……相変わらず、母さんが用意してくれる食事は美味しい。
もぐもぐ食べながら両親の反応を待つ。私の問いかけに父さんと母さんは「うーん……」と考え始める。確かに、いつ大気計が警戒値になるのかわからないので、小さな子どもがひとりで行動するのは安心できないだろう。
「ウチのお庭と家の前の通りだったらいいと思うけど……どう?ネヴィン?」
「そうだな。ウチの庭と前の通りだけなら大丈夫だろう。ただし、必ずウチから見える範囲にいると約束してくれ。それなら父さんも許可する。」
「学校までの通学路は駄目?」
なるべく広い行動範囲を得ようと粘る。
「学校までの通学路を通るのは登下校の時だけ。あと絶対にナディームかルドミラと一緒じゃなきゃ駄目だ。」
私の粘りも虚しく、学校までの通学路の一人行動は許可されなかった。むむむ……両親、侮りがたし。ただ、とりあえず庭と表の通りは一人行動が許可された。少しずつ広げていけばいい。よし、今日から数日は許可された範囲でミステリーハンターごっこだ。
「カティアは学校までの通学路を歩きたいのかい?」
ナディームが小さな妹を宥めるように尋ねる。二日前から少しナディームと顔を合わせるのが気まずかったけど、ナディームはそれはど気にしていない様子で、普通に話しかけてくる。
……あれ、意識しちゃってたのって、私だけ?
「うん。この前、学校まで歩いてみたり、昨日は市に行ったりして、お外をもっと歩き回って見てみたくなったの。」
「学校の後、一緒に散歩に行くかい?」
「ナディーム!!!」
優しき兄のアシストに私は思わず目を輝かせた。ナディームの両手を取る。母さんは「カティアには甘いんだから……」と呆れた表情でナディームと私を見ている。
「ナディームが一緒ならいいんじゃないか。学校より遠くへは行かないこと、夕飯までに帰ること、通る道は通学路に限定することを守るなら大丈夫だろう。」
父さんがいいと言えば、母さんが反対するわけがない。
「しょうがないわね。その代わり、ナディームが学校に行ってる間は、お庭と表だけよ。」
ルドミラはクスクス笑って「カティア、良かったわね」と喜んでいる。昔からこうらしい。ナディームは優しいお世話係。ルドミラは面倒臭がりでマイペース。カティアは自分のしたいことに向かって真っ直ぐ。
……私がカティアになっても、性格が激変しなくて良かった……
朝食を終えると、ナディームとルドミラは学校へ向かう。
「カティア、ちゃんと良い子にしてるんだよ。でないとお散歩に行けないよ。」
そう言ってナディームは玄関のドアを閉めた。
二人が学校へ行くと、私は母さんの家事を手伝わされた。豆乳ヨーグルトのようなものを作るので、既に出来上がった少量の豆乳ヨーグルトを種菌にして豆乳を加える。あとは、よく混ぜるだけだ。数日置いておくだけでヨーグルトになるらしい。その次にジャム作り。この世界では、日持ちする食べ物が少ないので、長期保存できるジャムの便利さを痛感する。
……母さんのジャム、むっちゃ美味しいしね。
ガラス瓶を煮沸消毒して、出来上がったジャムを入れていく。今日作ったのはブラックベリーと苺のジャムだ。ヨーグルト作りもジャム作りも楽しかった。この世界に来る前は買うのが当たり前だったからか、手作りするのもいいな、と素直に思える。
お昼ごはんには、インディカ米のような長粒米にパプリカや胡瓜なんかの野菜とドライフルーツが入っているライスサラダ的なものを食べた。慣れ親しんだ日本米とは違うけど、久々のお米はとても美味しく感じられた。今日も仕事が休みの父さんと、母さんと私の三人でテーブルを囲む。ナディームとルドミラかいないと、やっぱり少し寂しい。
三時前になるとナディームとルドミラが学校から帰ってきた。ナディームに駆け寄る。
「おかえり、ナディームーーー!!!」
「ただいま、カティア。なんだか、飼い主の帰りを喜ぶ子犬みたいだな。」
ハハッ……、と笑ってナディームの手が私の頭をぽんぽんと撫でる。少しずつだけど、私はこの家族に溶け込んできている。一番居心地がいいのは面倒見が抜群にいいナディームだ。母さんは毎日家事に忙しいし、父さんはまだ一緒に過ごした日数が少ない。ルドミラは面倒見のいいタイプではないのでナディームに比べると少し懐きにくい。
「カティア、お散歩は学校の宿題が終わってからだ。急いで終わらせてくるから。」
……やっぱり宿題とかは、あるのね……。
「ルドミラはどうする?僕らと一緒に行くかい?」
「無理よ。今日は宿題が三つもあるもの。私はナディームみたいに頭がよくないから、夕飯までかかりそう。」
ナディームは秀才、ルドミラはそうでない、と頭に書き込んだ。何か知りたいことがある時はナディームに聞こう。ナディームは二十分ほどで宿題を終えて下りてきた。
「お待たせ、カティア。じゃあ行こうか。」
マスクを首に巻き、分厚い上着を羽織って、靴を履く。魔力計、大気計も安全値。私たちは外へ出た。
さて……今日は何を調べようかな。せっかくだから、この前のことをナディームに聞いてみてもいいかな?この世界のことも聞いてみたい。けど怪しまれないように質問攻めは避けないとね……。
ついこの前に行った道だから、よく覚えている。ただ、この前は学校へ向かって歩いたので、あまり周囲を気にせず歩いた。晴れてるけど、寒い。雪は降らないけど、毎日大寒波が来ているようだ。体の芯から冷える。それでも今日は周りをキョロキョロ見ながら歩きたい。どんな植物が咲いているのか、家や建物、道行く人……とにかく色々見たい。
最初は住宅街を進んでいく。道路は全然整備されていなくて、でこぼこだし、ところどころコンクリートが剥がれて、土を押し固めたようなところもある。家々には必ず煙突があるので、どの家にも暖炉があるのだろう。車は走っていない。歩いている人もあまりいない。人口が少ないのだろうか。
小川まで来たので、小さな橋が見えた。ヨーロッパ風な石造りの橋で、とても味がある。川の水はキラキラ光を放っていて、触れないほど汚染されているように見えない。
「川の下まで降りてみようか。ベンチがあるから、そこでおやつのクッキーを食べよう。ピクニックだ。」
ナディームは母さんが焼いたクッキーをポケットに入れてきたらしい。用意周到なデキル男である。私達は橋のすぐ横から川の方へ降りていった。ナディームが言ったように、川縁にはベンチがいくつか等間隔に並んでいた。そこへ腰を下ろす。母さんが作ったジャムを練り込んだクッキーを食べる。むちゃくちゃ美味しい。母さんは天才じゃないのか。
……これ、絶対商品化できるよ!むちゃくちゃ美味しい。どうやって作ってるんだろう。レシピ知りたいな。今度一緒に作らせてもらおうかな。
私は一人頭の中で食べているクッキーのことをあれこれと考えていた。そして、ふとナディームが私の顔を真剣に睨んでいることに気付いた。視線が交わった瞬間、この前のことを思い出して体が固まった。沈黙が続く。聞こえるのは川のせせらぎだけ。居心地が悪くて逃げ出したい衝動に駆られる。
「……カティア。」
「は、は、は、はいっ!!何でしょうか、ナディーム?」
あり得ないぐらい不自然に反応してしまった。ナディームの顔に「いくら何でも不自然すぎる」と書いているように見える。
「今から、大事な話をするよ。カティアには少し難しいかもしれない。けど大事なことなんだ。」
エメラルドグリーンの目の奥に真剣な物が見える。何か重大なことを言われるのだと、嫌でもわかった。私は息を飲んで、静かに力強く頷いた。
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