003 父さんとの会話
ナディームは暖炉の前のソファーに座っていた。
まだ冬は半ばに差し掛かったばかりだ。毎日、朝から晩まで暖炉がないと凍え死にそうなぐらい寒い。いつもなら寝る時間だが、今日は簡単に寝付けそうになかった。色々と頭の中で整理しなければならない。キッチンから母さんの声がする。
「ナディーム、まだ寝ないの」
「今日はやっと父さんが帰ってくる日だから、帰りを待つことにするよ。」
昨日まで大気が不安定だったため、父さんは職場の野菜農場で泊まり込まなければならなかった。野菜農場は町の外にあるため、一度仕事に行くと、数日は帰ってこない。それが不安定な大気のせいで一週間以上家を空けることになったのだ。大気が安定してきたので、今日は数日ぶりに帰宅できそうだ。
……カティアのことは、父さんには話しておこう。いや、話しておくべきだろうな 。
まずは父さんに話して、これからどうするのか、どうしていったらいいのかを教えてもらいたい。父さんならきっと的確な指示をしてくれるはずだ。自分一人でが抱え込むには荷が重すぎる。信頼出来る大人と一緒にこの荷は持ちたい。
カティアはもう寝てるし、ルドミラも自室に行ったので家の中はしんと静まり返っている。そんな静けさのせいもあって、ドアが開く音は、いつもよりも大きく聞こえた。
カチャ……バタン。
上着を脱いで、少し疲れの色が見える父さんがリビングに入ってきた。
「おかえり。父さん。」
「ただいま。なんだ、まだ起きていたのか。」
「おかえりなさい、あなた。泊まり込み大変だったでしょう。夕飯はもう食べてきたのかしら。」
「ああ、農場で出たから大丈夫だ。だが温かいお茶が欲しいな。」
「ええ。今、用意しますね。」
父さんは力が抜けたようにソファーにどんっと腰を下ろした。すぐに温かいお茶が用意される。
「お疲れのところ悪いけれど、私はもう休ませてもらいますね。明日は久々に市が立つようだから。ナディームも早く寝るようにね。明日は学校でしょう?」
母さんはそう言うと自室へ向かった。今、暖炉の前には父さんと二人きりだ。父さんはずずっ……とお茶をすすると「アイネが入れるお茶は、やっぱりうまいな」と幸せそうに顔を綻ばせた。いつからか父さんとはたまにこうして夜、男同士で話すようになった。家族を守る長男として、男として、少しずつ父さんに頼りにされるようになってきたのだと実感する。早く一人前になって、育ててきてくれた恩返しをしたい。
「さて……。留守の間、変わったことはなかったか?」
いつも通りに始まる父さんとの会話。だが、父さんからのお馴染みの問いも、今夜だけは重みが違う。僕は唇をグッと結んだ。どこから始めたらいいのか……。僕の雰囲気を察した父さんが口を開く。
「……何かあったのか。」
僕は黙ってコクリと頷いた。
「カティアのことなんだけど……。」
「カティア?……学校に入学する前に、何か問題でもあるのか?」
父さんの表情は驚きと困惑に満ちている。次の言葉がなかなか見つからない僕に焦らされている父さんは、僕の次の言葉を苛立たしそうに待っている。
「……魔力持ち……かも……しれない。」
「……なっ……!」
父さんの目が驚きでカッと見開かれる。
「今日、外で目が潰れた野良猫に触ったら、潰れた目が治っていた……」
今日起こったことを、ひとつひとつ父さんに報告する。父さんは興奮したような、これからのことを考えて不安そうな、複雑な表情をしていた。こんな父さんの表情を目にすると、まるで五年前のことが昨日のことのように思い出される。母さんがカティアを妊娠したと判るほんの少し前のあの日も、父さんは僕とルドミラの手を引いてこんな表情をしていた。
この町では人口の十~十五%は魔力持ちだ。魔力はそのほとんどが遺伝によるものだが、ごく稀に突然変異で魔力持ちが生まれることがある。突然変異で生まれた魔力持ちは、その魔力が強大だと言われている。魔力持ちは町のための重要な任務に就くことになるので、裕福な生活が保証される。玉の輿目当てで、魔力持ちと縁付きを狙う民も多い。
「母さんにはまだ話してない……な?」
「まだ話してない。父さんに最初に報告しようと思ったから…。」
「うむ。母さんには時期を見て私から伝えよう。ルドミラにはしばらく伏せておくように。カティアの身に危険が迫るのもよくない。知ってる人数は少ないに越したことはないだろう。こちらも少しずつ水面下で準備を始めなければいけないな。」
魔力持ちだと知られると、将来の資産目当てに誘拐されたり、恩を着せられたり、妬みの標的になる。実際、魔力持ちは町の裕福層が住む地域に住居を構える。裕福層地域は出入りする人も確認されるし、巡回警備も敷かれているので安全なのだ。
数年後に裕福層地域に引っ越せるように、魔力持ちには必要な後見人探し、どうやって家族を守っていくか……。父さんと丁寧に話し合いを進めていく。
「父さん。カティアはどうしよう?いくら僕らが内密に準備を進めたところで、カティアが人前で魔力を使ってしまったら?カティアには話した方がいいのだろうか。」
「……うーむ……。人前で魔力を使うことは禁じるべきだが……。遠くない先、カティア自身も自分の力に気づくだろうな…。」
「僕がカティアと二人きりになった時に、それとなく魔力については説明してみるよ。五歳でどこまで理解できるのかはわからないけど。」
父さんとの話し合いを終えると、気持ちは随分とスッキリしていた。やはり一人で抱え込むには大きすぎたのだろう。何より、頼りにしている父さんが、ひとつひとつの問題にどうするのか道標を示してくれたことで、半人前の僕にとっては明確な道が見えたのだ。
…やっぱりすごいな、父さんは。
まずはカティアへの説明、後見人のツテ探し、引っ越しのための資金集めが当面の仕事になりそうだ。僕は自分の部屋に上がった。明日は久しぶりの学校だというのに、全く眠気がしなかった。ウチのような平凡な一家から魔力持ちが出たのだ。興奮しないはずがない。ベッドの中でそっと目を閉じる。瞼の裏には猫の目を治して動揺したカティアの姿が焼きついている。
……カティア……。カティアは僕が守るから。
そっと息を吐いた。
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