一人ぼっちの救世主

ニョロニョロニョロ太

ある高校の教室

 授業が終わると、私は微動だにしない。

 ただ空気のように空気になれるように、気配を消す。

 できれば移動教室の時も机から離れたくないし、トイレにも行きたくない。

 その理由は一つ。

 私がひとりぼっちのいじめられっ子だから。

 陰湿な嫌がらせやわかりやすく暴力も受ける。無視の方がつらいなんてよく聞くけど、そんなことない。

 私の方がよっぽどつらい!開き直ることじゃないけど!

 一度机を離れたら、戻るまでに5つはトラップを仕掛けられている。

 動かなかったら動かなかったで、わざわざお呼び出しを受ける。

 これが全部告白の呼び出しだったら、クラス一モテモテなのに。

 先生は知らない。味方もいない。ひとりぼっちだ。

「あのう……その、ねぇ」

 呼びかけられた気がして、顔を上げると、一人の女子が私をしっかりとみていた。

 と思いきや、視線が合いそうになるとそらされた。

 何この子、コミュ障?

 黒ぶち眼鏡に分厚い前髪、ぼさぼさの髪をおさげにしている。

 私が言うのもなんだけど、だいぶイモい。

 いじめてくる子らにこんな子はいない。

 誰?こんな子クラスにいたっけ。影薄。

 イモ子ちゃんはかわいそうだから、小野と呼ぼう。小野イモ子。

「何?」

 一応反応すると、小野はオロオロと何か考え込んでから、

「あっ!勉強!教えてほしいな、って」

 急いで自分の机から数学の教科書をとって、胸の前で掲げた。

 いや、絶対嘘だろ。

 ひらめいた!って顔であっ!って言ったし。

 そのうえ教科書取りにいったし、この子。イモ子。

「私、勉強できないよ」

「そ、そうだよね。

 いつも机に座ってるから、勉強得意なのかなーって、思ったんだけど」

 ははは、と力なく笑う小野。

 失礼すぎるだろ! そうだよね、て。

 さすがのアイアンハートも傷つく!図星だけど!

 好きで机に張り付いてるわけじゃない。

 移動するといじめっ子が以下略。

 そもそも机に座ってるから勉強できるってどういう発想なの。

 それだけで頭がよくなるんなら、喜んで座ってるよ。いじめられるない以前に。

 と。ここで小野の視線が右にそれて、明らかに何かをとらえた。

 何かと私が見る前に小野は体ごと真反対に向けて、ボソッと。

「やばっ」

 確かにやばい。私も音速の反射神経で視線を逸らす。

 いじめっ子らがにらんでいるのだ。

 目が合ったら絶対絡まれる。ランデブーだ。使い方違うかも。

 私が小野と話してるから、私だけ引き抜いて楽しいことができないんだ。たぶん。

 この言い方じゃ、まるで危険ドラッグ。

 この休み時間は間違っても、机を離れちゃいけない。

 とはいえこれじゃあ、呼び出されるだろう。オワタ。

「あ、あのさ!」

 小野がまた声をあげた。うるさい。

「好きな食べ物は何!?」

 ……。

 この子語彙力もないぞ。

 なぜ唐突に好きな食べ物。

「ないよ」

と私が答えると、小野はショックを受けたようで。

「ええっ、そ、そうなんだ……。ハハハ。

 ああっ!でも、私もいざ聞かれると出てこないんだよね。

 ほら、中学生のころに自己紹介カードみたいなのがあったけど、好きな食べ物のところになんて書いていいか分からなくって、白米って書くのが常なんだよ」

 身振り手振りここまでまくし立てる。

 半分以上は耳から入って頭で処理される前に反対の耳から出て行った。

 コミュ障あるある。自分の言いたいことだけ話す。

 しかし持ち前の語彙力のせいか、話すことがなくなってしまったようで。

 しばしの沈黙。

「……」

「じゃ、じゃあ、好きな……本は?」

「あまり本読まない」

「そ、そっか。

 じゃあ、……好きな―――……色は?」

「考えたことないかな」

 光の速さで言うと、小野石化。ドラキュラか。

 そもそも、さっきから何の質問?

 私はさっきから何のインタビューを受けてるの?

 しかも、全く無益なことしか聞かれていないのですが。

「好きな……好きな……、好きなものってある!?」

 苦肉の策すぎる!

 好きなに続く質問のレパートリー少なっ! 語彙力。

「ないかな」

 と、また小野が今度は左に視線を流した。

 教室に設置してある時計。すでに休み時間は半分過ぎている。

 ずいぶん長い間話してるな。

 話してるというか、好きなに続く質問攻めされてるだけだけど。

 何のためにこんな会話を……。

 ……もしかして……なんて、そんな訳ないか。

 話したこともない赤の他人が。そんなことしてくれる訳。

「私も、質問していい?」

 ぼそぼそと話しかけると、小野がぴょこんと反応した。

「何?」

「なんでこんなこと聞いてくるの?」

 今度はビクッと反応した。ぎくっかもしれない。

「さっきから、何がしたいの?」

 待って。

「勉強教えてもらいに来たんなら、このやり取り不毛じゃない?」

 違う。

 コミュ障なのはこっちだ。

 語彙力ないのはこっちだ。

 その通りのことを聞きたいんだけど、だからと言って、こんなにきつく言わなくてもよかった。

 不毛だなんて思ってない。へたくそではあるけど。

 この会話のおかげで助かってる。

 それなのに、不愛想でかわいげのない言葉ばかりが口から出る。

 なにか、とりつくろえるような何か……。

「友達になりたいの?」

 ……は?

「え?」

 やってしまった。

 なんという上から目線! なんという語彙力のなさ!

 ウザイ男のプロポーズ以上にひどい!

 言ったもんね! 私は勉強できないもんね!

 内心冷や汗かきまくりのわたしに気付いているのだろうか、否いない。(反語)

 小野はぽかんと口を半開きにしていた。

 やめて! はずかしい! 忘れて!

 小野はゆっくりを口を開いて、

「友達になりたいって訳ではないんだけど……」

 ふられた。困惑ぎみにふられた。

「あの、友達って、なろうって言ってなるものなの?」

「え、知らない」

「私も友達いないし」

「私もだわ」

 両方ともボッチって、何それうける。笑えない。

 またもやしばしの沈黙。

「……友達になるかどうかは、その……あなたに任せるとして、私は、その……助けになりたかったの」

 ……。

「あ、でも迷惑だったんならごめんね!そうだよね、迷惑だよね!」

「そんなことない」

 慌てて否定する。

 けどそれは、休み時間の終わりを知らせるチャイムと重なった。

「あっ!」

と嬉しそうに声を上げる小野。

 なんだよ、いい雰囲気かとおもったのに、結局わたしと話すのはいやだったのか。

 なんて。

 小野の性格上、そんなこと思うはずがない。はず。

 ちらと視線を右に向けると、いじめっ子たちはもういなかった。

「ごめんね、休み時間中ずっと……。

 じゃ、じゃあ!」

と言って、小野はパタパタを自分の席に戻っていった。

 味方はいない。そう思ってたけど、

 無視がいい。そう思ってたけど。

 あんなコミュ障で語彙力なくて、クラスの端っこにいそうなボッチでも、

 手を差し伸べてくれて、うれしかったよ。

「ありがとう」

 ぼそっと口の中でつぶやいた。


 おわり

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