トマトジュースと歌

「正義ってあるじゃん。」

「ないよ。」

首に巻いていたタオルで口元を拭いながら紅桃林ことばやしが答える。


時刻は0時を回り住宅街から離れたこの公園には普段ならばランニングや犬の散歩などで全く人がいないという事はないのだが、今日に限っては雨が降っているのと人払いが効いているおかげで僕たち以外に人が見当たらない。


パチパチとレインコートに雨粒が弾かれていくと共に返り血も地面に流れていく。

こんなこと悪でなくていったい何になるんだ。


化物わたしたちから見たらいつも不思議でしょうがないよ。

その葛藤はさ、無駄じゃない?正義だの悪党だなんてその当時の人間の都合でしかないんだからさ。」

街灯の上で器用にくるくる回りながら僕に語りかけてくるが、逆光のせいでどんな表情をしているのか全く分からない。ただ楽しそうな声色をしているのに無性に腹が立ってしょうがなかった。


「わかってるさ。」

「元々悪党という言葉の語源は正義の対になるものという意味ではなく、今で言うところの野党は与党に『ぐ党』つまり亜党という政党という言われ方をしていて。これが派生して悪党といわれるようになったのさ。」

「ふうん。」

「だから元々の意味として悪党が悪いとかそうではなくて、ただ単に人が多い集団に属していない人間を指した言葉だったという事さ。」

「だったらなんだよ。お前は悪くないと慰めてくれているのか?」

「いんや。そもそもこの話は今考えた嘘だからね。」

「なんだよ。無駄な時間を過ごしたな・・・。」


まぁそもそも慰められるほど悩んでもいないし、そんなところはとうに通り過ぎたのだが。


「全く人間というのは100年たっても1000年たっても変わりはしないね。むしろ昔の方がそこらへんはさっぱりしていたような。」

何かごにょごにょ言っているが、特に構わず死体の処理をてきぱきと行っていく。

完璧に処理を終えて一度だけ手を合わせて拝む。

別段意味もないし、こんなの自己満足にすぎない行為で、偽善に満ち溢れた行為でしかない。

最初こそ紅桃林ことばやしはクククと笑っていたが今となっては見向きもしなかった。


------------------------------------------------------------------------------------------------


翌日、夜とは違い大勢の子供たちが奇声に近いような大声を上げながらサッカーをしているようだった。きちんと石灰でコートを書いている割には、ゴールポストの代わりに2本の木の枝が地面に刺していたりと子供らしいアンバランスさだった。

しかしながらコート内で手を使ってボールを投げている子もいる様子からほとんどルール無用で、はた目からは本当にサッカーをしているのかドッチボールをしているのかよくわからない。

そんな様子を木陰からぼーっと眺めていると紅桃林ことばやしが隣にラムネ瓶を2本抱えて登場した。


「もう10回は越えただろ命を奪うのはさ、しかも相手は同族の人間じゃない化物だろ。君は毎回飽きもしないでよく悩むねー。」

「悩んでいない。もう割り切っている。命だ。自分の都合だけで奪っていいもんじゃない。でも、それでも殺す。」

「悩んでないって顔じゃないけどね。」

紅桃林ことばやしはラムネ瓶の一本を渡してくる。というか今どきガラス製のラムネ瓶なんてどこで売っているんだ。飲むのはいいが回収する場所もわからんぞ。


「ま。それが君の正義だというのなら変わらないでいてくれよ。」

子供たちはすでにアメフトルールに切り替わっているようでサッカーボールをわきに抱えて走っていて、それをタックルで止めにかかっていた。

ただ現在ボールをもっている子供は子供とは思えない身長と筋肉をしていて止まりそうになかった。

そんな様子を2人で仲良く体操座りで隣に並んでぼーっと見ていた。

「正義も悪も人の都合でしかないというのなら、人ではないお前はどうして手伝ってくれるんだ?」

紅桃林ことばやしは頬を染めながら手を握ってくれた。

「そんなの化物わたしの都合さ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みみみみ きこりやし @kikoriyasi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る