第10話

――


「父さん!ご飯できてるよ」

「ああ、ありがとう」

「早くしないと!遅刻しちゃうよ」

「やれやれ、まるでお母さんみたいだな」


あの奇妙な日から2週間ほど経った。

俺はというと学校にも復帰し、父と分担して家事もこなすようになった。

母が当たり前にやっていたことも、いざ自分でしてみると中々上手くいかず感慨深い。

とはいえ、少しずつそんな生活にも慣れ始めていたのだった。


その時、腕時計を見た父が慌てて立ち上がった。

「まずい、こんな時間だ。急がないと遅れてしまう」

父は大急ぎで背広を羽織ると、カバンを持ち上げた。

「じゃあ、俺は行くぞ!戸締りは頼んだ!」

俺はやれやれと呆れながら首を振る。


「父さん待って!忘れ物!」

俺は走り出そうとする父に風呂敷を差し出す。

もちろん中身は俺が真心こめて作った弁当だ。


「ああ、悪い。助かった!じゃあ本当に行くからな」

俺が頷くと、父は廊下に続くドアに向かった。

しかし、扉を開けようとした父は思い返したようにこちらを向いた。


「そういえば、言い忘れたことがあった。」

「どうした?」

「それ、いいな」

父が首をくいくいと上げてテーブルの方を指し示す。

俺はそこにあるものを見つめた。

そこには…一輪の白い・・アスターが生けられていた。

「いいだろ?」

「ああ、ばっちぐぅだ。じゃな!」


「古い…」というツッコミを寸でのところで押さえ、手を振った。


俺は白いアスターを軽く触った。柔らかい感触が少しだけこそばゆい。


「花言葉、か」


その時俺は母の言葉を思い出していた。

『アスターにはね、色ごとに花言葉があるの』


母と別れたあの日、家に帰った俺はアスターの花言葉を調べた。

赤は『変化』

ピンクは『甘い夢』

紫は『恋の勝利』

そして青は…『あなたを信じているけど心配』


「最後の最後まで、人のことばっか心配しやがってよ」


俺は小さく笑った。

涼しげな白いアスターもまたほほ笑むかのように微かに揺れた。


「だからこれが…俺の答えだよ」


俺は片付けを終え、リュックを背負うと玄関に向かって歩き出す。

花言葉に込めた俺の思いが天国の母に届くことを祈りながら。


白いアスター。


その花言葉は…『私を信じてください』










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Aster-Answer 黒猫B @kuro-b

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