第8話
『私が生まれつき心臓が弱かったのは知ってるでしょ?』
「ああ」
『だから、ね。あんたを初めて生むとき言われたんだよ。お医者さんに』
「…なんて?」
『命を落とす可能性が高いって』
「え?」
初耳だった。母が生きている間、母も父もそんなことはおくびにも出さなかった。
「聞いたことなかった」
『そりゃあね、あんたに変な気遣いさせたくなかったもの』
「…そうか」
俺は手元のアスターを見つめる。母は正面の花畑をじっと見つめていた。
『私はそりゃあもう、迷ったよ。
子供は産みたい。
でも、それをしたら私は死んでしまうかもしれない。
お父さんは産まなくていいって言ってくれた。
でも、私は決心がつかなくてね。
そんな時、私はこのアスターの花畑に初めて訪れたんだ。』
その時、花瓶の中のアスターが小さく震えた。まるで楽しくてはしゃいでいるようだった。
『綺麗だなって思った。赤、青、白、ピンク、紫。
色とりどりのアスターが私を出迎えてくれた。
それを見ていたらなんだか現実を忘れちゃってね。
気持ちよかった。いつまでもここにいられたらなって思った。
そのうち私はまどろみ始めちゃってね。
気づいたら夢を見てた。』
「どんな、夢だったんだ?」
アスターが楽しそうに揺れた。
『この花畑にいる私がはっきりと映ったの。
そこにいた私はとても幸せそうだった。
自分のこんな笑顔、初めて見たと思った。
でも、すぐに納得した。
だって…
私のそばにはお父さんと、もう一人。
あなたがいたんだもの』
『私は家に帰って、アスターの花言葉を何気なく調べてみたの。
赤、青…色ごとに違うのね。そしてピンクの花言葉を見たとき、なんだか可笑しくって笑っちゃった』
「なんだったんだよ」
『甘い夢』
俺もふっと笑った。それはまるで…
『私が花畑で見た、あの夢。
それをあのアスターが見せてくれたんだと思った。
ずるいわよね。そんなの。
そんなことされたら…死んだって見たいに決まってるじゃない』
それから、母は決死の覚悟で俺を産むことを決めたのだそうだ。
結果はこの通りだった。俺は無事に生まれた。
『でもね、あなたに謝らなくちゃいけないことがある』
「なんだよ」
『私の心臓病はそれ以来悪化しちゃってね。
今年に入って余命を知らされていたんだ。
それが…今年の夏だったんだ。』
なんで教えてくれなかったんだ、という問いかけを仕掛けて俺はやめた。
その答えをもう聞いたような気がしたからだ。
でも、それでも…。
「言ってくれよ。…俺だって家族なんだから」
やはり俺は知りたかったと思う。
この胸に宿るしこりのような思い。
それを持つこともなかったのかもしれないのだから。
その時、母が顔を上げた。
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