第300話 君に会えてよかった

「……無人駅だ」


 ホームに立ってぼそりと呟く。

 列車から降りた先は雨よけの屋根も無ければ、ベンチどころか駅名標もない。

 ただただ歩廊だけがある乗降場だった。

 乗降場の周囲は青々とした草原がその奥には山脈が地平線を描くように広がっている。乗車時の窓越しに見た景色のままだ。


「……ここが僕の最後の場所?」


 ここは僕の心のあり方を現した場所――心象世界(厳密には時の流れを具象した世界ということだが……)であるはずだ。


「……てっきり、あの列車の中だけが僕の世界だと思ってた」


 そして、僕は乗っていた列車と共にこの命は終わりを迎えるのかと思っていた。

 それなのに今の僕は降りることが当然とばかり列車から降りて、この何もない乗降場に立っている。

 背にした列車は僕を置いてまだまだ先へと進んでいくようだ。

 この場所からでもわかるくらい、レールはどこまでもどこまでもその先に続いている。

 振り返って今まで乗っていた列車へと顔を向けた。

 窓を挟み、客車の中に見知った顔ぶれを何人か見つけた。

 誰もホームにいる僕に気に掛けることなく、どこか遠くへと視線を向けている。


「レティとルイも……どこかに乗っているのかな?」


 と、口にして思わず笑ってしまう。

 乗車している彼女たちの姿を見つけたところで、ここで終わりを迎える僕を見てくれることは無い。


「……発見したところでただ虚しいだけだよ」


 残される僕に先を行く彼女たちが微笑んでくれることは、無い。

 この誰もいない、何もないホームでひとり佇みながら僕は消える運命……これから自分の身に起こることは薄々と察している。

 いや、薄々じゃない。

 きっと、確実に僕はこの場所を最後に消える。


「……うん。いい。これで、いい」


 僕は自身の消滅を受け入れている。

 今は消えることに対して何かを想うことも無ければ、現世での未練もこれっぽっちも無かった。

 理由は多分、僕が本当に死んだことが関係しているのだろう。

 現世とのつながりを絶ったことで今の僕は凪の様に抑揚も無く落ち着いている。

 それは当然、レティやルイとの離別に対することに関しても同等だ。

 2人に向けた感情なんてものは、何ひとつとしてこの場所に持ち込んでいない。

 今はただ、これからも2人があの世界で生き続けてくれることの方が嬉しくて嬉しくて――。


「……何が嬉しいだよ」


 ……嘘。


「ふたりに対する感情が無いだって?」


 ……嘘だ。


「そう思い込みたいだけだろ!」


 本当は、この場所に降り立った時からずっと自分を偽っていた。

 後にも先にも僕はふたりのことばかりだ。

 わざと無関心なふりをして、ふたりのことを考えないようにしていた。

 この気持ちは死んだって変わることなんてない。

 自分以上に大切なふたりへの想いを、あっさりと捨てることなんて出来るはずなんて無い。

 

「………………ルイ、レティ……会いたいよ……会いたい……っ!」 


 消えることは受け入れてもふたりに会いたくて堪らない。

 無意味だとしても彼女たちに会いたいと喚き散らしたい。


「レティ、ルイ……僕は、会いたい! 最後でもいい! ふたりに、ふた――あ……」


 ――発車の合図か、列車のどこからか笛が鳴り始めた。


 どうやら僕をここにおいて列車は発車するようだ。


「待っ……」


 待って――と声を掛けようとして、僕は口を閉じた。

 列車はおもむろに車輪を回し出し、ゆっくりとゆっくりと、速度を上げて進んでいく。


(……どんなにふたりへの想いを昂ぶらせようが、死んだ僕がこの先へ進むことはできない)


 追い縋るように手を伸ばしても、僕の足はその場から上がることは無かった。

 これからも列車は走り続けるのだろう。

 僕は去っていた列車の後姿だけを見つめ、小さなため息と共に後悔を吐き出した。

 吐き出した後悔の中に、レティとルイへの想いは当然含まれない。

 けれど、もうそれ以外に僕には何も残ってなんていなかった。


「後はもう、僕が消えるだけか……」


 列車が走りだしたのと同時にこの世界にも異変が生じる。

 まるで色が抜け落ちていくみたいに、遠くの山脈がおぼろげに消え始めだした。ゆっくりと、ゆっくりと、色の消滅は僕の方へと向かって来る。


(やっぱり……最後くらい、ふたりの姿を探しても良かったかもしれない……)


 未練がましくそう思いながら、僕は自身の消滅を前に呆然と立ち尽くすしかない。

 その時が訪れるまで、多少猶予があるみたいだけど――

































 ――シズク。










 ……誰かが僕の名前を呼んだ。






「……レティ……っ……ルイっ……!」

「……終わったか」


 仮設テントの中で妹のウリウリアが胸元を抑えて、すすり泣き始めた。

 私は彼女の肩を抱き寄せた。

 彼女の心境は私も痛いほどに理解できた。


「……あの、シグレ……いえ、ルイ、さんが勝ったんですか?」

「そうだ」


 横になった転移者の女の方が先に言い、私はそれに頷く。

 女は「そっか……」とだけ口にして、何とも言い難い顔を見せる。


「……勝ったと聞かされたって納得なんて出来ない。俺は、俺はどうしたらいい!?」

「……」

「使命も果たせず、好きになった女を見殺しにして、むざむざとこんな場所で寝っ転がって……!」


 続いて、転移者であるもう1人の男が憤りながら地面を強く殴った。


「シグレ……どうして、俺に相談してくれなかった……糞っ、わかっている! こんな話、敵も当然の俺やあいつらの中じゃできないことだって!」

「京助……」

「でも、でもなあ……出会った頃からずっと……俺は、シグレを仲間だって思ってたんだ……!」


 男は顔を隠すように腕を当てた。

 その後も、ルイに向けて悪態を吐きながら、嗚咽を漏らしていた。

 ……しばらくして、転移者2人はまばゆい光に包まれて、この場から消えていった。

 元の世界へ戻ったのだろうか……その場に残された部外者である私たちが知る由は無い。


「……これからお前はどうする?」

「……どうも、しません。私は、これからもおふたりの護衛として生きていくだけです」

「そうか……」


 気丈に振る舞おうのもその時だけで、妹は2人が消えたその後も私の胸の中で声を殺して泣き続けた。

 私も、ウリウリアを胸に抱きしめながら同じく感情を高ぶらせるだけだった。


(ラン……見てたか? 私たちの娘たちやってくれたよ。……シズク、どうだ? 今はもう、安心して眠れているか?)


 思うことは沢山あった。

 けれど、私はそれらの気持ちを娘たちの為にと偽って、届くかも定かでない知らせを胸の中で送った。



 


「……シズクの消滅を確認。ルイの勝利だ」

「……キッカ? なあ、さっきからどうしたんだ?」


 巨大な【影】が消滅し、その一帯に集中していた黒い魔力が空へと駆け登っていった……その結末を見届け、歓声に震える僕らの中で、キッカ嬢だけが先ほどから酷く落ち着きを見せていた。不穏なほどに。

 尋常じゃないキッカ嬢の様子にレクや、鬼人の長といった彼女の仲間たちが気に掛けている。

 この僕も妻2人の肩を抱きかかえながら、様子のおかしいキッカ嬢へと近寄った。


 ――その時だった。


「……ボクの勝ちだ」

「……そうだな。お前の勝ちだ」


 キッカ嬢の周囲に、忘れたくても忘れようのない存在姿を現していた。


「な、なんだテメェ等は! キッカから離れ――」

「ま、待った! 鬼のおっさん! こいつらはヤバイ! だめだっ!」

「くっ、ベレクト! 放っ……なん……だとぉ……!」


 ひとりは白い青年――この僕ですら畏怖するその存在は、以前と同じく飄々とキッカ嬢の隣へと立ち並んでいる。

 そして、もうひとりは初めて見る黒い風貌をした少女だった。

 白い青年とはまるで対照的に髪も瞳も衣服も漆黒に包まれている。


「これ、は……!」


 彼らを認識した途端、僕を含めここにいる全員が硬直し、身体の不調を起こした。

 湧きたつような悪寒に震えが止まらず、呼吸すらうまく行えない。


「アニ、ス……これ、何……」

「いや……アニス、怖い……」


 フィディとリターも同じく僕と同じ反応を見せ、僕ら3人はお互いを支え合うようにして立ち続けた。

 その場で膝をついて震えるレクと鬼人の長を一瞥し、2人はまたもキッカ嬢へと顔を向けながら、白い青年が黒い少女へと話しかけた。


「今回のボクの勝利に何か言い分があると思う。“親”であるキミには今のうちに聞いておこうと思った」

「……あるよ。大ありだね。よくもオレの駒を直前になって潰してくれたな……――って、思うくらいには今回の決着には不満がある」

「だろうね。けど、キミは。何故か、なんて聞いてもいいかい?」

「……答えるかよ」


 僕らは彼らのやり取りをただただ眺めていることしかできない。

 悔しそうに奥歯を噛みしめる黒い少女へ、キッカ嬢が手を伸ばした。


「……もういいだろ? オレたちにもやっと終わりが来たんだ。敗北による絶望でこいつの言葉なんて耳に届かないだろうが、それでも……」

「……わかってる。皆まで言わなくていい……約束は、約束だからな」


 そう言って黒い少女はキッカ嬢の手を取り、白い青年も「ひゃは」と相変わらず癪に障る笑い声を上げて、2人の手に自身のものも重ねる――またも、その場から2人は姿を消した。


「はっ……はぁ……はぁ……っ!」


 2人が消えたことで、この場を支配していた重圧が消えた。

 その場で尻もちをつきそうになったが、なんとか踏ん張って、僕は妻2人を抱えながら、キッカ嬢――いや、へと尋ねてみた。


「本当に、ルイが勝ったのかい? ――白い青年と同じものよ」

「……お前は、オレのことに気が付いたか」


 何らかの理由で彼らの1人がキッカ嬢に乗り移っているのだろう。

 その理由とやらを訪ねる暇もなければ、気にもかけなかったが、彼または彼女がこの場にいることでルイたちの結末をはっきりと知ることが出来たのだ。

 これは僥倖以外の何ものではない。


「……それは?」

「……握ってみろ」


 と、キッカ嬢は僕へと手を差し伸べてきた。

 一度は怪しむが、僕は恐る恐るとリター・フィディたちから離れてその手を取った――途端、僕の頭の中へとルイとシズクとの戦いの一部始終が流れ込んできた。


「そうか……本当に、ルイは成し遂げて……」

『ただ、残されたお前たちには最悪の展開が待っている』


 歓喜に震えるのもつかの間、キッカ嬢は、僕へと語り掛けてきた。

 鬼人の長が扱う神託オラクルみたいなものだろうか。

 彼女の言葉が僕の頭の中へと注がれる。


『月の軌道は変わっていない。元の場所へ押し返しただけで、月は変わらずこの地を目指して墜ちてくる』

「では、その残された時間、地上にいる我々で月を消滅させる対策を立てるのはどうだろうか?」

『無駄だな。そもそも月が堕ちるって言うのは、あの巨大な塊がそのまま落ちてくるわけじゃない。この惑星の潮汐力によって月はその身を自壊し、何千何万もの大小様々な欠片となる。本来ならばこの惑星の衛星やデブリと化して周囲に漂うようになるのだが、“親”の命令に最後まで従って月の残骸は地表へと降り注ぐ』

「つまり、それを全て射ち落すのは、あまりにも現実的ではない――やってみなければわからないがあまりにも勝算は無いか」


 こくん……とキッカ嬢を依り代とした存在は頷いた。

 僥倖と言った矢先、不運にも今のやり取り間の間に、月の落下の命令を止めさせるということもできないことも知った。


「そうか……ありがとう。教えてくれて」


 彼か彼女か、この存在の優しさなのだろうか。

 この事実を周囲に知らせるつもりはないらしい――僕も当然と皆に伝えるつもりはない。 


「……あ? レク、どうした? そんな変な顔をして? って、あのバケモノはどこ行った!? あいつら、どうなったんだ!?」


 ……その後、暫くしてキッカ嬢からその存在は姿を消したようだ。

 心配するレクや鬼人の長に気遣われながら、目を丸くして慌てふためくキッカ嬢は正気を取り戻していた。

 逆にその存在との邂逅に少しばかり放心していたらしい――今度は僕が家族に心配されてしまったよ。


「ち、父上……」

「……やあ、我が愛しい息子よ。どうしたんだい? そんな強張った顔を見せて」


 はっとした時には、リターやフィディと共に心配をかけてしまった自慢の我が子の顔が一番に視界に入ってきた。

 ……僕とリターとフィディ3人の大切な我が愛する子らのことを思うと、先ほどの事実に胸が締め付けられる。

 けれど、僕は心配かけまいと明るく振る舞う他にやれることなんてない。


「みんな帰ろうか。彼女たちが与えてくれた――最高の余生を最後まで全うするために」


 そう言って、僕は大切な妻2人の肩に手を回しこの場を最初に後にした。




 シズク――と名前を呼ばれた。


 聞き慣れた声に振り返ると、そこには……。


「……ルイ?」

「うん! ぼくだよ!」


 ルイがいた。


「……レティ?」

「ええ。わたしもいるわ」


 レティがいた。


「……」


 それから、僕の口は閉じた。

 何故、彼女たちがここにいる。あの場で死んだのは僕だけだ。

 この場所は、僕の心象世界であると共にみたいなもの――。


(並行世界の地球からこの世界に戻ってくる時とは違って、生者のふたりと死者の僕が繋がることなんて、ありえない……)


 呆然と立ち尽くしていると、肩をすくめながらレティが呆れがちに口を開いた。

 

「あのさ……あんた、忘れてるでしょ? あんたが死ねば、わたしも死ぬって、が付けたご親切な設定」

「……あ」


 そういえば、僕らの命は一蓮托生だって白い少女もそんな話をしていたけど……けど、待ってほしい。


「なら……なら、僕が、ふたりを殺したような――」

「ストップ! そういう話じゃないよ、シズク。ぼくらはこうなることを織り込み済みで、シズクを殺したんだ」


 そうルイが言う。


「……そうだ。100歩譲ってレティはわかる。でも、関係のないルイもどうして

死ん……ここにいるの?」

「簡単な話だよ。それはぼくの魂とレティの魂が同化してるから。だからぼくの命はレティの命でもある……お互いの自我が同化しなかったことは奇跡だけどね」

「全然簡単な話じゃないよ。むしろ、さっぱり訳がわからないよ。そもそも、なんでルイの身体にレティがいたのかってことも僕は理解できてないし……」

「……その話はいいじゃない。ま、正直、こうして死ぬまで半信半疑ってところだったけどね。


 今、彼女たちがここにいることが未だに信じられないことも合わさって、僕はあ然とするほかにない。



「……うまく死ねてよかった?」


 ……ところに、レティは他人事の様に軽い口調で死んだことを口にした。

 状況が理解できず、頭が混乱していても、その発言だけは僕はとても気に食わなかった。


「うまく死ねてよかっただってっ!? ふざけるな! 死んで良いことなんて、あるわけないだろ! 僕は、僕は君たちにはこれからも生き続けて――」

「ふざけてるのはどっちよ!」

「……っ!?」


 僕の叫び途中の罵声を遮って、レティが怒鳴りつけてきた。


「もうわたしを1人にするなって何度言わせれば気が済むのよ! あんたのいない世界なんてもう1秒だっていたくない!」

「シズク、ぼくも同じ気持ちだよ。ぼくもシズクのいない世界には未練なんてない」

「……そんな」


 それ以上はもう言い争うのは時間の無駄だった。

 僕はやり切れない思いを抱えて口を閉ざして俯くしない。

 居た堪れない気持ちに包まれて途方に暮れるしかない……これも嘘だ。


「これでよかったんだよ、シズク」

「ええ、これでよかったの。シズク」

「何が良かったんだ……」


 俯きがちにふたりへと視線を向けるけど、こんな中でも僕と違って彼女たちは笑っていた。

 これでよかった――どんなに悔やんだところで、本当の気持ちは彼女たちの言う通り僕も同じだ。


「……あんたのいない世界で生きていけるほど、わたしも、ルイも、強くなんて無いわ」

「レティ……」

「シズク、ぼくらはどこまでも追いかけていくから! 例え死後の世界だって、ぼくらはシズクをひとりになんか、絶対させないよ!」

「ルイ……」


 そう言ってルイは笑いかけてくれた。同じくレティも微笑んでくれた。

 彼女たちの背後の風景が崩壊していく様子を目にしながら……僕も、両手を広げる2人の腕の中に収まるほかに無かった。

 ……嬉しい。

 こんな状況でも、ふたりと触れ合えることが嬉しくて仕方がない。


「ありがとう……ふたりとも。こんな僕に最後まで付き合ってくれて」


 ふたりと触れ合った後にはもう本心以外すっかり消えた。

 どんな形であれ、ここには長年僕が求め続けていた2人がいるのだから――。

 




「シズク、あのさ!」


 と、ルイが僕を呼んだ。


「なに、ルイ」


 続いて、彼もルイを呼び返した。


「結婚式は、どんなのがいい?」


 シズクは一瞬固まって、少しばかり戸惑ってからぼくに返事をしてくれた。


「……なんでもいいよ。2人とならどんな式だって僕は幸せだよ」

「なんでもいい? なにそれ。それってつまり、全部わたしたちに任せるつもり?」


 すると今度はレティがむすっとした声を上げて言ってきた。

 別に全部任せるつもりなんてないよ。だけど、2人とならこじんまりとした結婚式でもいいって本心から思ったんだ。


「ごめん。レティ……だけど……僕は……」

「あんたも考えるの。当事者なんだからしっかりしてよね」


 もう……レティったら、変わらず素直じゃないんだから。

 ほんとはレティだってシズクと同じ気持ちだってことは今のぼくが一番わかってるんだからね。

 実のところ、どうするなんて聞いたぼくだって2人と同じで、本当はどんなのでもいいんだ。


「ふんっ…………ふふっ、ふふふ……」

「あは、はは……ははは……」

「は、あははっ……」


 もちろん今の心境が2人にバレていることくらい、わたしだってわかってるわ。

 だから、いつもみたいに意地を張って……だけど、こんな些細なやり取りで可笑しくなっちゃって、最初にくすっとわたしが笑いだすと、2人もつられて笑い始めた。


「は、ははは…………ねえ、シズク」

「……うん。なに、ルイ?」


 3人そろって笑っていたところでもう一度、ルイが僕の名前を呼んできた。

 幸せな微笑を残したままルイは続けてこんなことを言ってきた。


「もしも、また次があってもぼくたちを愛してくれる?」

「……うん。絶対、ね。またふたりのことを愛し続けるよ」


 な、なによ……2人してこっ恥ずかしいわね。

 照れ臭い話をする2人に対して、ついついわたしは今の気持ちとは真逆の反応をしてしまう。

 まったく。我ながら今くらい素直になればいいのに。

 こればかりは三つ子の魂なんたらって、わたしの馬鹿。


「わたしはもう3人でなんてこりごりよ。次は普通の恋愛がしたいわ」

「普通ってことは、つまり3人ってことだよね!」

「だ――どこを聞き間違えれば3人ってなるのよ!」


 あははっ、レティは表情の端々から仕草の一つ一つにぼくらが大好きだって言っている。

 なのに、いつまで経っても口だけは正直にならないよね。


「えへへ、でも……レティもまたこの3人がいいんでしょ? ぼく、わかるよ!」

「わかるって……あ――もうっ、そうよ! この3人でならもう一度っ……わかってるなら言わせないでよ!」


 また3人で、僕だってそうなれたらいいな。

 きっと、とても楽しい毎日になると思う。

 ……でも、だからこそ、僕は2人に聞かずにはいられなかった。


「……僕と出会ったこと、2人は後悔してない?」


 はあ? 今さら何言ってんだこいつ? その話はずっと昔に終わったでしょうに。いちいち掘り返さないでよ。

 気持ちはわからなくはないけど……仕方ないやつだなぁと思いつつ、わたしは呆れがちに言い返してやった。


「わたし、前にも言ったわ。後悔するかしないかは聞くなって。逆に聞くけどあんたこそわたしたちと出会ったこと後悔してないでしょうね? 今になってふざけたこと言うならそのツラ、ぶっ飛ばすわよ!」

「シズク。本気じゃなくてもそんなこと言っちゃいけない……言っちゃやだよ、そんな寂しいこと言わないでよ! ぼくらが出会えたことは絶対的な運命で、とても幸せなことなんだ!」

「……そうだね。ごめん……僕はふたりと出会えて心から幸せだった。本当に……これ以上は何もいらないくらい、ふたりに出会えたことが幸せで……僕と一緒になってくれてありがとう」


 しみじみとシズクが謝罪と感謝を言ってきて、ぼくもレティも何も言いだせなくなる……だめだよ。こんな重苦しい空気はよくない。

 シズクがそんなことを言いたくなった気持ちはぼくもわかるけど、今は幸せの時なんだ。


「ねえ、2人にお願い! ぼくと約束してよ!」

「約束? どんな?」

「何よ、約束って?」


 ごめん……不安で仕方なかったからとはいえ、余計なことを言っちゃったね。

 僕のせいで悪くなった空気を払拭するかのように、ルイは明るく振る舞ってはそんなことを言ってきた。


「ぼくたちはこれから先もずっと3人で一つってこと! 絶対、絶対にどんなことがあっても離れないって2人とも約束して!」


 ルイもルイで今さらな話しないでよ。そんなの約束するまでもないじゃない。

 わたしはもうシズクからも、ルイからも、2人からは離れたくても離れられないって言うのに……はぁ、2人してまったく!


「……あ――もう、わかったわよ。どーせ、イヤって言っても聞いてくれないんでしょ? 仕方ないからルイのワガママに付き合ってあげるわ」

「……だね。ルイの我儘は僕らが駄目だって言ったところで結局聞くハメになるんだ。仕方ないから僕も聞いてあげるよ」

「な、なんだよ! わがままじゃなくてお願いって言ってるの! ぼく1人がわがままみたいにいうな! 2人が言わないからぼくが代わりに言ってあげたんじゃん!」


 ……だって、言う必要なかったし。

 それに、その願いは……ううん。

 思ったことは飲み込んで、僕は困ったように笑って頷いてあげるしかできない。調子がいいけど、ルイを見習って明るく振る舞ってさ。


「わかったわかった。もう、怒らないでよ。冗談だって」

「わたしもシズクもわかってる。ありがとう。わたしたちの気持ちを代弁してくれて」

「わかってくれたならいいけどさ! じゃあ、ぼくから先に言うね!」


 ただの口約束だってことはぼくだってわかってるよ。だけど、今のぼくには言葉以外に2人を繋ぎとめる方法を知らないんだ。

 だからこそ……ね、提案者のぼくが最初に大きく息を吸って、大声で宣言するんだ。


「いつまでもこの3人はずっといっしょだからね!」


 え、嘘? 叫ぶの? はぁぁぁっ……仕方ない。頷いた手前引き返す真似はできないか。

 じゃあ、ルイに続いて……くぅ、恥ずかしいけど、ええい!


「また離れ離れになっても絶対に見つけてやるから覚悟しとけ!」


 2人の宣誓が終わって僕の番が来た。何も言おうかと考える暇もない。

 だけど、考える必要もなかった。僕が今、心から思ってることを叫べばいい。


「約束する! 必ず、僕はまたふたりと――」


 こうしてぼくの、わたしの、僕たちの最後の約束が結ばれた。

 ……きっと、いつかは途切れてしまう約束だとわかっている。

 けれども、この約束が結ばれ続けることを3人は消えるその最後の瞬間まで、真摯に願い続けた。





 これが僕ら3人の結末だ。
















(――なんて、この結末でもワタシは納得できないわねぇ)

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