第292話 こんな結末には納得出来ない

「……と、今回もめでたく停滞し、おまけにイレギュラーな事態まで発生した。ここはひとつ、ノイターンが暴走した時みたいに一時休戦と行こうじゃねえか」


 黒い少女は、招集した存在ふたりを見渡し「なあ、頼むよ」と、照れ臭そうに小さく首を倒して会釈をした。


「……」

「……」


 ふたりからの返答は直ぐに返ってこなかった。

 中でも白い少女は遠く彼方へと視線を向け、無関心を決め込み続けている。

 覇気のない白い少女を尻目に、仕方なくと白い青年は嫌々に口を開いた。


「……これ以上、を刺激するのはやめてくれないかな」

「嫌だね。あいつを殺さなきゃゲームは再開できない」

「再開しきゃいけないのかい?」

「当然だろ? じゃなきゃオレが勝てない」

「勝てない、ねえ? ……本当はわかっているくせに」

「は? 何がだよ。このままだとオレが勝てないってことをか?」


 白い青年は肩をすくめながら首を横に振った。

 そうじゃない。そう言って白い青年は続けた。


「以前のキミであれば、こんな卑怯な真似はしなかった。貪欲に勝利を求めても、最低限の規律を保ち、最大限の矜持を賭けて、ボクらは向かい合ってきた」

「ゲームの親はオレだ。好き勝手して何が悪い?」

「ああ、そうだね。今回はキミが親だ。だからこそ、神の寵児なんて新しい種族を生み出したことに対して何も言わなかった。生き残ったラヴィナイの民を先導して、教団なんてものを作らせたのも目を瞑った。自身の分身を生み出し、その教団のトップにおいて直接ゲームに関わっていることにも、これも大負けに負けて認めてやった」


 呆れるように白い青年はため息を吐いた――をする。それから、黒い少女を見据えて言った。


「でも、今回は無しだろ? 里の子たちがやっとの思いで彼を包囲したっていうのに、キミは転移魔法で教団の信者をオアシス内に送り込んで全て台無しにした」

「はっ、転移魔法を使ったコトを根に持ってるのかよ? それこそ咎められる言われはないな。そもそも、今回のゲームで先に転移魔法を使ったのは誰だって話よ?」


 黒い少女は眉間に皺を寄せながら、口角を吊り上げて笑ってみせる。

 そして、今も話に加わろうとしない白い少女を忌々しそうに一瞥して、彼女は続けた。


「最初に使ったマヌケは抜きにしてもだ。そこのは自分の駒を場外に逃がしたことがあったよな。それこそルール違反ってやつじゃねえのか?」


 続けて白い青年を睨みながら言う。


から空間跳躍するオアシスを作っていたお前はなんだ? この糞ややっこしい事態の一端は、お前にもあるよな?」

「それには耳が痛いね。……でもさあ、敵陣営のど真ん中に自分の駒をノーリスクで送り込むなんて許されるものじゃないだろ? こればかりは公平性に欠けると言わざる負えないな」

「は、それこそ親であるオレの特権だろ?」

「……話にならない」


 白い青年はまたも首を振った。

 これ以上この話題で言葉を交わしても意味が無いだろう、と意味合いを込めて。

 彼は酷く疲れたような顔を、口を開いた。


「……現在、親であるキミの“お気に入り”である駒は、が担っている」

「そうだな。オレと白い少女コイツの“お気に入り”が、になっている。……と、オレもコイツも認識している」

「理由として灰と化したティアの身体がオアシス内に漂い続け、その場にに魔力として吸収されたから……と、ボクらは結論を出した」

「しかも、持ち主であるオレらの、な。おかげで新しい“王”を立てることも出来やしない!」


 プレイヤーである彼らは自分の“お気に入り”を変更する場合、それまで“お気に入り”に指定していた駒の活動を止めなくてはならない。

 白い少女が“お気に入り”に変更する為、前任であったブランザ・フルオリフィアの命を終わらせたように……。

 しかし、今回の親である黒い少女は、自身の駒と化したの息の根を止めることはできずにいた。


「これも彼が、ボクらと同じ存在と成った為だと結論を出したね。未だキミだけは受け入れられないみたいだけどさ」

「当たり前だろ。オレノイターンの力を持ってるからって、たかが駒の分際で同じ存在だなんて認められるか」

「別にキミが認めようが認めまいが、ボクには知ったことじゃないけどね。ひゃはは!」

「はっ、笑いたきゃ笑えよ。を殺されても、オレは負けを認めるつもりはない。を殺したら直ぐにでも新しい“お気に入り”を立てて、ゲーム再開するからな」

「――今の彼を殺しきるのはかなり骨が折れますよ。ノイターンというワタシたちの力を保持して尚、白い青年ソレの所有していたオアシスとも繋がっているのですから……」


 そう、そこでやっと白い少女が口を開いた。

 2人は白い少女へと顔を向け、彼女も同じ様に2人へと顔を向けて続けた。


「ティアは最後の最後、世界中の人間に洗脳をかけてから散って逝きました」

「おかげ様でクソ小娘に心酔した馬鹿どもを楽に教団に引き入れることが出来た。世界中から恨まれているはもう、あのオアシスの中以外では生きていくことはできない」


 生きていくどころか、彼はノイターンの呪いからオアシスの外にすら出ることはできない。

 この言葉を黒い少女は口にせず、白い少女もまた訂正することは無かった。

 愉快そうに笑う黒い少女を見て、白い少女は煩わしそうに言った。


あの娘ティアが消滅した時、直ぐに負けを認めていればよかったのに……」

「……ふん、その時のオレはティアによって球体の中に封じ込められていたからな。事態を把握できていな――」

「どうして、自力で球体から抜け出さなかったの?」

「――それは……」


 黒い少女は苦々しい顔をして口を閉ざした。それを見て白い少女は口元だけ歪めて笑った。


「それはワタシにも言えるもの……ワタシだって、あんなの直ぐに抜け出すことはできた……でも、そうしなかった」


 嘲笑は自分に対しても含まれるもの……その反応に対して、白い青年はあえて訊ねた。


「……それは何故だい?」

「……」

「だんまりか……ひゃはは……ひゃははは……」


 白い青年は笑った。

 無機質な表情のまま、声だけを出して笑い……その微笑も途切れ、静寂にその場の皆が身を任せようとした。けれど、そうはならなかった。

 それも黒い少女へととある提案が出されたからだ。


「――もう、終わりにしようぜ?」


 3人はおもむろにその声のもとへと顔を向けた。

 その提案は、この場にいる3人とは違うによるものだった。 

 

「何故、キミが……いや、この感じは本人じゃないのか」


 彼らが顔を向けた先にいたのは、白髪の鬼人族の娘――キッカだった。

 姿を見せたキッカはふらりと彼らに近寄り、


「……別に依り代のナリを、お前らに合わせる理由はないよな?」


 そう彼女は――いや、キッカの姿を装って“子”であるが答えた。

 3人目の登場に、2人が固まり続ける中、白い少女だけが口元を緩めて笑った。


「……面白い催しだわ。そう、貴方、のね?」


 3人目は笑って答えた。


「そうだ。オレは自分の王を、異界より呼びだした奴等を殺させた……」

「どうして?」

「そんなの言わずとも、わかるだろ? ……負けを認めたくなかった。そして、お前らにも負けさせられたくなかったからだ。だからこそ自滅を選んだ」

「ええ、ワタシたちにとって敗北は耐え難い苦痛ですからね」

「……けれど、やめたくもあった」


 3人目は俯きながら、話を続けた。


「オレはずっとこの娘の中に潜んでいた。そして、この娘キッカを通してこの世界の成り行きを見続けた」

「それは、何故?」

「さあな……何故だろうなァ。疲れたのかも、いや……自分でもよくわかんねえや。ま、今回の長すぎる時に身を置いたことで、どこかアタマのどっかがおかしくなっちまったんだろうなァ。……おかしくなったのはオレだけじゃないだろ?」


 キッカは寂しそうな顔をして3人を見渡した。

 おかしくなったのは自分だけじゃない――その言葉に反応して見せた3人の機微を見て、3人目は口元を緩めてしまう。それは安堵による笑みだった。


「……今さらゲームに復帰する気なんて一切ない。どんな結末を迎えようが構わない。後は残ったやつらで好きにしろ。けれど、こうして姿を見せたんだ。1つだけ言わせてくれよ。オレはもうこれ以上このふざけた児戯に付き合いたくないってね」

「……羨ましいわね」


 そう言いたいことだけ言って、3人目は煙の様に消えていった。

 残ったのは変わらずそこにいる3人だ。

 ただ、何も全てが消えたわけじゃない。

 3人目は、この場にいる3人の胸の内に確かなものを残していった。


「……ボクも負けたくはなかった。けれど、やめたかった」

「ワタシは……ええ、そうね。ワタシも同意見よ」


 ゲームそのものから降りる――白い青年と白い少女は言葉を濁しつつも、本意を口にする。

 それを口に出来たのは、全ては3人目によるおかげだった。

 敗北して消えたと思っていたがこの場に姿を見せなければ、出ることのなかったものである。

 2人は感情のない顔を上げ、同意を求めるように最後の1人である黒い少女を見た。

 しかし――。


「……嫌だ! オレは、オレはまだ続けたい!」


 黒い少女は首を大きく横に振った。


「続けなきゃ駄目だ! 続けなきゃ、続けなきゃ……だって、オレたちが存在する意味がなくなっちまう……!」


 黒い少女は顔を歪ませて続ける。

 彼らであるはずなのに、今にも泣きそうな顔をし、感情を顕わにして……。


「今回のゲームの間、オレは度々思考の渦に飲み込まれた……オレたちはどうしてこんなことをしているんだ? なんでこんな糞みたいなことを続けてるんだ? 何故、何のために? この渦に飲まれている間、オレはオレを見失いそうになる……!」

「キミは親と言う立場から、引っ込みがつかなくなっているだけ。わかっているだろ。

「そんなことあるか! オレには、オレたちには意味がなきゃいけない!」

「今回のゲームは今までの中でも異例なほどに長期にわたった。そして、その長い時間に浸り続けたことで、不変であるボクらも変貌する他なかった……意固地になるなよ。キミだってボクらと同じで、本心ではやめたがっているはずだ」

「黙れ! このゲームが終わればオレたちのこの濁った意識は一新される! 今回だって今まで通り、ただただ糞長引いたゲームってだけの記憶になる! だから、だから――」


 白い青年の言う通り、本心では理解できても黒い少女は認めなかった。

 この世の有象無象、全てにおいて意味なぞ無い。

 そして、彼らはこれからも意味もなく遊戯を続ける。

 いつまでも、いつまでも……これに疑問を懐いてしまえば、もう終わりだった。

 意味のない行為を繰り返すことの無意味さが、理解し難い負の感情となり、その身を蝕もうとも……けれど、認めることはできず黒い少女はその胸の内を跳ねのけた。


「オレは続ける! これからも、この糞みたいなゲームを! その為にもオレは――!」

「月を落とすだって?」

「ああ、そうだ! この惑星に唯一存在する衛星を落として、この星そのものを無かったことにしてやる! お前ら、悦べよ! これでオレは晴れて敗者だ! ははっ、ざまあみろ!」


 その発言には白い青年もたじろいだ。

 以前にも白い少女が無数の衛星を落としてゲームを終わらせた事例が存在する。

 その為、そのことに関しては今さら何も言うことは無く、本来であれば勝ちを譲るという提案にはでもあった。

 けれど、今回ばかりは違う。

 新しくゲームが始まってしまえば、今回彼らが長い時間をかけて積み重ねた回答は消えてしまう。

 そして、自分はこれからも無意味に同じことを続けていく――それだけは、絶対にいやだった。


「……ルールの追加を提言する」

「は、今回はオレの負けでいいって言ってんだろうが!」

「いいから聞け。最初にを殺した駒を所持するプレイヤーを今回のゲームの勝者にする。これならどうだ?」

「なんだと……?」


 この場にいる3人、またいなくなった3人目ですら、勝利というものを何よりも欲する。勝利を掴み取ることこそが、彼らの存在するだからだ。

 それほどに彼らにとって勝敗は重要なことだった。

 本来ならどんなことをしてでも勝ちに行きたい――それを今この場で白い青年は逆手に取った。

 当然、みすみす勝ちを逃そうとする自分の提案に、白い青年は身が裂けるような苦痛を覚えた。

 けれど、彼はそれらの感情を一切飲み込み、続けた。


「また、彼らの暦である燭星1000年をタイムリミットにする。それまでに終わらなかったら月でもなんでも落とせ。落下した月が生命を根こそぎ滅ぼしたらキミの勝利でいい。そして、ボクらはキミの言うことを聞き、これからもゲームを続ける」


 「いいよね」と白い青年が話を振ると、白い少女も「……ええ」と渋々と頷いた。


「ふ、ふははっ! 馬鹿みたいだ! このままむざむざ勝ちを逃すだって!? いいだろう!」


 黒い少女は腹を抱えて笑い出した。

 その場で蹲り、歓喜に震えるその姿を見て、白い青年は苦々しく奥歯を噛みしめる。

 白い少女は全てを諦めたかのようにまたも彼方へと視線を向けた。


! それまでに決着がつかなかったら……その時、オレも心置きなく月を落とす! そして、新しいゲームをお前たちと始めるからな!」

「それでいい。代わりにボクらが勝ったら、キミは潔くボクらと共にゲームそのものから降りるんだ」





「また派手にやってくれたな……どうだい? 調子は?」

「……んぁ……ぁ……あぁ……リコ」

「……」


 ぼやける弱視の世界での姿を捕らえる。

 僕はおもむろに両腕を広げて彼女の姿を抱きかかえた。

 ふわふわの真っ赤のたてがみに顔を埋め、リコの耳もとへと囁く。


「またね。起こされちゃったんだ。僕は、寝ていたいだけなのにね」

「……ああ。お前を起こしたあいつらが悪い」

「でしょ? あいつらひどいんだよ。僕の身体に槍を突き刺してきてさ……せっかく素敵な夢を見てたところなのにさ」


 僕はリコのたてがみを撫でた。

 指先の感触は全くと無かったが、どうにか触れているという感覚だけは掴めている。

 何か素敵な夢を見てた覚えがある。けれど、もう今となっては思い出せない。


「リコは何か酷いことされなかった?」

「いいや、何も……けれど、我が同胞が、今回の移動でまた1人犠牲になったよ」

「そっか、リコの仲間……やられちゃったんだ」


 何を言っているかまったくと理解できなかったが、犠牲になったと言う報告には毎回しゅんと気が滅入る。


「ごめんね……リコ」

「構いやしないよ。今の我が主はお前だ。我々はお前の為に存在しているのだ」

「……けど、大切な仲間だったんでしょ。リコの、リコのさ……」

「いいんだ。我らはそのように作られている」


 リコは僕の腕の中で小さく身体を震わせる。


「……報告がある」

「何?」

「親であるプレイヤーがこの星に月を落とすそうだ。月を落とすことでこの世界を消滅させ、新たな遊戯を始めるらしい」


 どういうことだろうか。

 この話も今の僕にはまったくと理解できない。

 けれど、以前どこかで似たような話を聞いた覚えがあった。


「ニンゲンたちの暦では、今は燭星998年……2年後の燭星1000年に落とされると聞いている。それまで今回のゲームは決着がつくだろうと……我が主を通してお前に伝えるよう言われた」

「月を……ははっ」


 ただ、それを思い出す必要は感じられず、僕はリコの身体を再度強くに抱きしめた。

 月を落とすなんて、なんて面白いことを言うんだろうか。

 僕は微笑を漏らしながら答えた。


「……なら、その落ちてくる月は僕が跳ね返してやろうかな」

「主……」


 今の僕なら落ちてくる月くらい何とかできそうだと思った。まあちょっと冗談。

 困った声を上げるリコにくすりと笑って直ぐ「ふわぁ……」と大きな欠伸が口から洩れた。

 リコとじゃれ合っていると心が軽くなって、やっと眠くなってくる。

 月を落とすなんて冗談まで言って僕のことを慰めてくれる。

 やっぱり、リコは優しいや。


「あと2年かぁ……長いね。じゃあ、その時が来るまで……また、ひと眠りするよ」

「ああ、おやすみ。我が主よ」


 挨拶とばかりにリコの背をそっと撫で、僕は瞼を閉じた。


 (――願わくば、残り2年の間に目を覚ますことのないように……なんてね)


 その願いは当然と叶うことない。

 でも、100年近くこの場で眠るように過ごしていた今の僕にとって、その2年は何度と起こされ、微睡んでいれば、瞬く間に流れていった――。


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