第290話 かくして彼の物語は終わりを迎えました

(……シズク、シズク、シズク)


 ――に何度も名前を呼ばれた。


 最初は気のせいから始まり、続いて幻聴や何かの物音だと思った。

 自分の名前であることに気が付くのにも大分時間がかかった。

 声は根気強く僕の名前を呼び続けた。


「――シズク」


 ようやく声が鮮明に聞こえたくらいに僕は重たい瞼を開けた。


「……な……だ――けほっ……」


 名前を呼んだのは誰?

 そう声に出そうとしたところで小さく空咳が出た。喉はカラカラだ。

 寝起きと相まってぼやけた意識のまま、時間をかけて霞んだ視界の焦点を合わせみる――。


「……あぁ?」


 気の抜けた声を上げなら顔を向けると、そこには長髪の子供が向かい合うように目の前に座っていた。

 その子は女の子と見違えるくらい綺麗な顔立ちをした、だった。

 彼はうざったそうな長い前髪の間から覗く鋭く双眸で僕を捉えていた。


(ああ、そっか――)


 3度ほど瞬きをしてからこの子が誰かわかった。

 僕が察した途端、彼はその目元を細めて唇を緩めた。


(……この子は、僕。シズクだ)


 そうだ。どこかで会ったなんてもんじゃない。

 この少年はシズクだ。

 今の僕よりもいくつか年下の、奴隷から解放された時くらいの10かそこらの時のシズクが目の前の席に座っていた。


(では、目の前の子がシズクだとしたら今の僕は誰だろう……)


 なんてすっかり記憶から薄れた以前の自分を思い出そうとしたが、それは何気なく向けた窓ガラスに映った自分の姿を見て、思い出す必要が無くなった。


 窓ガラスにもシズクがいた。

 いつもの、夢の中での髪の短いシズクぼくがそこにはいた。


「……はは」


 目の前の幼いシズクと窓ガラスに映る今のシズクに挟まれ、僕は理由のわからない微笑を漏らす。

 

 全てが馬鹿馬鹿しく思えてしまう。

 なら、僕も馬鹿になるのが丁度いいかもしれない。 

 僕は悪ふざけに興じて目の前の自分へ挨拶をした。


「……やあ、おはよう」

「うん、おはよう。シズク」


 僕の悪ふざけに乗ってくれたのか、彼もまた挨拶を返してくれた。

 髪の房から覗かせる2つの眼は先ほどよりも深く細められいる。僕も同じくにっこりと笑顔を取り繕ってやった。


(そっか。今、僕は夢の中にいるのか)


 シズクとの挨拶を済ませた後、僕は列車の中……心象世界であることを悟った。

 ここに来た回数は片手で数えられるほどだけど、相変わらず僕を置いてけぼりにする。


 今回、僕は車内を見渡せるいつもの席には座っていなかった。

 いつもの場所は目の前にいる僕ではないもう1人のシズクが座っていた。

 彼は面白いものを見るかのように(全然、そんなこと思ってもいないのに)僕を凝視していた。

 僕は目の前にいる彼のことはひとまず置いておいて、腰を浮かせて彼から背を向けた。

 車内は僕ら以外に2組の夫婦がこちらに背を向けるようにして座っていた。

 後姿だったこともあり、片方の夫婦は誰かわからなかったが、もう1組の夫婦が誰かはなんとなくだかわかった。

 きっと前の僕なら、直ぐにでも駆け寄って2人の膝元にすがり付いていたことだろう。

 もういいかと僕は視線を前に戻す。

 向き合ったシズクがにこりと笑って会釈をしてきた。


「こうして話すのは初めてだね。気分はどう?」

「……不思議な感じ。もう1人の自分と話してる」

「だろうね。けれど、元々キミはシズクじゃないだろ。シズクは、ボクだ」

「…………そりゃ、そうだ」


 言われて思わずはっとして、自分でもよくわからない羞恥に襲われた。

 そうだ。

 僕はシズクじゃない。

 僕は元々違う人間だった。


「……けれど、本来のシズクであるボクはキミがいたことで生まれることが出来た」

「それをキミは運が悪かったって思ってたね」

「まあね。でも、今となっては運の良し悪しなんて、そんな簡単な言葉では片づけられないや」

「そっか……」


 相槌を打つようにつぶやいた僕の一言で、その場は一端終わりを迎えた。

 今のはただの前振りみたいなものだった。

 彼は口角を上げて言った。

 

「……ねえ、今どんな気持ち?」

「言ってる意味がわからないよ」

「そのままだよ。今キミは何を思っている?」


 ? ……

 だって、今の僕には何もないのだから。

 そして、それは目の前の彼にも言えることだ。


「……不思議だね。今、2人、現世でのしがらみが一切振り払われている」


 僕はその言葉に深く頷いた。

 彼の言いたいこと、思っていること、感じてること全てを今の僕は理解できた。

 まるで鏡に映る自分と語っているみたいだ。


「この場所のせいかな、何となく。だけどあえて聞かせてもらうよ。……キミは一体どこまで覚えている?」

「どこまで覚えて……」


 言われて最初は何のことを言っているのか理解できなかった。けれど、シズクが何を聞きたがっているのかは伝わってきた。

 「この場所のせい」と言う彼の言う通り、この心の世界だからこそ……けれど、理解できるのは表面的なことまで。

 多分、口にしなければその本質は伝わらない。

 不思議だ。

 今の僕はとても落ち着いていた。

 平時であれば我を失って激昂することなのに、僕は淡々と口に出来た。


「……僕がはっきりと覚えているのは、ルイがティアに目をえぐられて喚き散らしているところまでだ。そこから先は曖昧で、目を覚ませば毎回ティアを殺そうと躍起になって、でもそこを毎回キミに邪魔されて……」

「うん、それで?」


 シズクは愉しそうに笑って続きを求めた。

 僕も求められるままに話そうとした。


「後はもう断片的なものだ。多分、キミがシズクとして過ごしてきた日々のものだろうね。だから、えっと……最後の記憶はノイターンと呼ばれる白骨死体を……」


 けれど、そこで僕の言葉はそこで止んだ。

 吐き気なんて全然ないのに、まるでその仕草が当然とばかりに僕は自分の口元を手で抑えたからだ。

 彼を通してとはいえ、死体を貪るあの食感がありありと口の中に広がっていく。

 忌々しい記憶が喉元を通る前に軽く頭を振って捨てた。


「……そこからは何も覚えていないや」

「そっか。じゃあ、今までボクが何をしていたかも知らないんだね」


 わかってるくせに。

 なのに、彼はあえて訊いてきたので僕も頷いてやった。


「……うん。今、目を覚ますまで僕は何もわからないままだ。ただ、君が色々な感情を抱えて楽しんでいたことは伝わってる。知らないってどういうこと?」

「ふふ……内緒だよ」

「そっか。まあ、いいや」


 本当にいいや、と心からそう思った。

 シズクは笑った。

 不機嫌そうな目付きも、笑えばいっぱしにご機嫌に見える。

 自分のことなのに初めて知った気分だ。

 彼は微笑を残したまま、何もない天井を見上げて、言う。


「ずっと楽しみにしていたんだ……けれど、ボクは最後の最後で掴み損ねた」

「うん……気持ちだけは伝わってくるよ」


 シズクがどれだけティアを愛していて、そして、殺したかったのかも今の僕は十分に理解している。


「もうボクが彼女にしてあげることは何もない。愛し続けてあげることも、殺してあげることもね……残念に思うけど、未練はないんだ。これが死ぬってことなのかな。現世でのしがらみから解き放たれたことで、ボクはこんなにも素直になれているのだろうね」


 彼は饒舌に今の気持ちを言葉にしてくれる。

 それは言葉にしなくても今の僕には全部筒抜けだったとしても。


「してない勘違いをしないでほしいんだけど、むしろに行けることが楽しみで仕方ないんだ。今度こそ誰の色にも染まっていない真っ新なボクとしてやり直せるかな……ってね」

「やり直せるかな?」

「さあね? 輪廻転生、キミたちの世界での死生観の1つだとキミから教えてもらっている。キミたちみたいな存在がいるんだ。この先が何もない無に戻るのだとしても、ボクはこっちの考えの方が好きだ。キミたちみたいに気まぐれな神様が拾ってくれることを心から祈ってるよ」


 別れの言葉だろう。

 今、僕らは初めて出会い、そして、彼は最後の別れを口にしているのだと悟った。

 それから、ここから先は僕に任せる、という意味合いも含めている激励であることも……僕は小さく横に首を振った。


「でも、もう僕も駄目じゃないかな。だって、シズクの身体は……」


 そう、僕らの身体はティアによってコアを抜き出されて終わったんだ。

 コアを失えば僕たちは死ぬ……レティだって胸を突かれ、コアを貫かれて動かなくなった。

 何の感情の変動もないまま、僕はあの時の光景を思い返した。


「大丈夫」

「大丈夫?」

「うん、大丈夫」


 そうシズクは頷く。

 不機嫌な、平時の目付きで僕を捉えて背中を押す。


「表に出ていたボクは運悪くコアに引き寄せられちゃったけど、キミは違う。奥に押しやられて眠っていたキミは今もあの身体に残ったままだ」

「……そうなの?」

「うん。ノイターンを取り込んだことでボクの……いや、ボクらの身体は異質なものへと変貌した。言わばあの身体はもう……」

「あ、そっか」


 そっか、と思い出したかのように声を上げたが、これは彼の話を聞いたことで自覚したことによる。

 お互い視線を合わせ1つ頷いてタイミングを合わせる。


『今のシズクの身体はコアそのもの』


 こうして、2人声を揃えて同じことを口にするくらい余裕である。

 これにはパチリと右目で目配せを送ってきてくれるほどシズクはご機嫌だ。

 ご機嫌ついでに彼は言う。


「ボクがいないあの身体は正真正銘キミのものだ。おめでとう」

「……ありがとう。それから、ごめんね」

「ごめんだなんて現実のボクが聞いたら本気で怒鳴りつけてただろうなぁ。もういいよ。キミに全部委ねる。この10年と、今日1日で得たボクの経験もおまけでつけてあげる……ま、身体能力までは引き継げないけどね」


 そう言ってシズクの小さな手がシズクの手を掴む。

 すると、水を飲み込むように彼の経験が流れてくる。

 この10年、彼が蓄えてきたものが僕に引き継がれていく。

 彼の言うように、身体能力の1つであるシズクの目は僕には扱い切れない。

 あれは彼の持つ常人離れした動体視力と反射神経によるものだ。

 どんなにこの身体が優れていようと、レティのバイクを運転するみたいに、扱うのが偽りの宿主である僕である限り乗りこなすことはできない。


 空間を切り裂きゼロ距離跳躍を可能とする鎌状の魔道器も僕には扱えない。

 あれはシズクの心で形作ったものだ。

 もしも使えたとしても、思うような空間の出入り口を作ることは出来ないだろう。

 彼の直感と空間認識力は僕には無い。

 第一、僕には元々の魔道器“焔迎えの籠手”がある。

 それでも1日程度で経験したノイターンの力の扱い方くらいは覚えることは出来た。


「で? 全部上げるって言った癖して、何を隠しているの?」

「ふふっ、教えない。これくらいの意地悪はさせてよ」

「……わかったよ」


 彼の手に触れた時、彼の全てを渡されたはずなのにその奥底に沈んでいたは存在を知らされても、受け取ることはできなかった。

 本来生まれるはずだった彼を追いやって僕はこの世界で生きてきた。

 そういう後ろめたさもあってか強くは言えない。


「いいよ。キミの意地悪に付き合うよ。キミは僕に何か隠し事をしている。でも、それは自分で確認しろってことね」

「ああ、それでいいよ。……後はよろしくね」

「うん」


 彼が何を隠していようとも僕は彼の意思を引き継いで、そして、入れ替わる前の僕の意思に従ってやり遂げなければならない願望がある。


「僕がティアを殺すよ」

「頼んだよ。ボクが今まで一番大切にしてきたものだけど、元々はキミの殺意だ。もう邪魔なんてしないからボクの代わりにしっかり殺してきなよ」

「ああ、期待しててよ。キミが大切にしてきた僕の殺意を、今度こそ僕のために使ってやるさ」


 まったく2人しておかしなことを言う。

 僕らは2人、向かい合ったまま笑いあった。

 おかしいね。おかしいよ。おかしいさ。

 おかしいはずなのに、僕は全然面白くはなかった。


「……父さん、母さん。ごめんなさい」


 いつの間には僕らの横に佇んでいた1組の夫婦は何も言ってくれない。

 困ったように笑っている母さんと父さんの2人に、僕はできなかった。

 これから僕がすることは親不孝どころか人でなしと言われて当然だ。

 そもそも、既に人殺しの息子でもある。

 彼らは項垂れる僕に声を掛けることなく、歩きはじめ車両から外へと出ていった。


「……僕も直ぐにそっちに行くよ。


 去っていった彼らにそう言い残し、また、ここにはいない2人を想うと、少しだけ罪悪感が胸の奥で目を覚ます。

 ……最後くらい、2人の顔が見たくて仕方なかった。


「……じゃあ、ボクもそろそろ行くよ」

「うん。わかった……ん?」


 ふと、気が付けば父さん、母さんの他にいたもう片方の夫婦が、シズクに寄りそうにように通路に立って僕へと笑いかけていた。

 先ほどは背を向けていた為わからなかったが、男の方は見覚えがある。

 以前、イルノートを探してラヴィナイへと向かった時に出会った王様だ。

 そして、もう1人はまさかの僕というか、というか……シズクにそっくりな女の人だった。

 目元なんて本当にそっくりで、今の僕の首から下を女性の身体に交換したみたいに思えてしまう。


「……自分という存在全てを奪われても、ボクはもう誰からも奪われない。キミにシズクの全部をあげたけど、この2人のことだけは誰にも譲らないよ」


 シズクは飛び跳ねるみたいに椅子から立ち上がると、その2人と手を繋いで車両の外へと楽しげに出ていった。


「……」


 もう、この車内に残っているのは僕1人だけだ。

 口を閉ざして頷いて見せる。


(……わかってるって)


 もういないはずのもう1人のシズクに向けて再度頷いて見せる。


(今から僕がすることは――)







 優しく頭を撫でられる感触に意識を引き戻された。


「……シズクく――っ!?」


 頭上から誰かの驚いたような声が聞こえたが、僕はそちらに気に掛けることなく空を見上げた。

 眩しく照らす太陽は周囲を焼き尽くすみたいに燦々と輝いている。

 目には届くのに、身体は熱を感知しなかった。

 そうか――おもむろに周囲を伺うように見渡すと、見覚えのある場所であることを悟った。

 ここは、彷徨うオアシスだ。


「……シズク、くん」


 僕はの膝枕から顔を上げ、感覚の鈍い体をふら付かせながら立ち上がった。

 夢の中で彼から教えてもらった通り、この身体は殆どの感覚が薄れているようだ。

 自分の身体なのに不自由な身体だ。

 それでも、僕は背後にいるティアへと声を掛けた。


「…………わかってるよね」

「……そっか。シズクくんじゃないんだ」

「……ああ、そうだ。僕は君が望むシズクじゃない」


 ようやくここで振り返り、地面にしゃがみこんでいたティアを見た。

 彼女は疲れたような顔をして僕を見上げていた。


「……今から君を殺したい」

「…………そう」


 彼女は呟くようにぼそりと頷いた。


「……やって、みれば?」







 あっけない。


 その一言に尽きる。

 彼女の絶対的な力だったものは、僕が同種の力を纏ったことで完全に無効化された。

 後はお互いに持っているものでのぶつかり合いだが、その自力の差はお姫様だったティアと冒険者だった僕にはありありと出てしまう。

 付け焼刃程度の強化魔法で身体能力を向上させたところでティアの動きは鈍い。

 どこからともなく空間から出現させる鎖と針の魔道器も、今の僕なら何ら問題なく対処できた。

 彼女の魔道器による四方から猛攻……雁字搦めに鎖が身体に纏わりついたところで、昔とは違い今の僕はあっさりと引きちぎることが出来た。


「……終わり、だ」

「……ぐぅっ!」


 その後、簡単に組み伏せ、淡々と彼女の胸に向けて僕の魔道器である“火迎えの籠手”のつま先を差し込む。

 胸を貫かれたティアは地面を何度か転がりながら悶え続けた。

 皮肉なことに彼女の自己再生能力と、僕の魔道具による燃焼は拮抗しているらしい。

 胸に灯った火は、広がることも消えることなく、彼女を焼き続けていた。

 ティアはガラスを割ったような悲鳴をまき散らしていた……最初だけ。


「……不思議ね。シズクくんから話は聞いてたけど、感覚ってこんなあっさりと手放せるんだ」


 寝っ転がりながら胸に火を灯すティアはまるで人間ロウソクみたいだ、と思った。

 身体が燃えていると言うのに、今の彼女は涼しげに笑って僕を見ていた。

 気に食わなくて仕方ない。


「……ワタシさ。気がついちゃったんだ」

「……何を?」


 気に食わないながらも僕は忌々しく聞き返した。

 彼女は仰向けに寝転んだまま、口を開いた。


「……シズクくんの代わりになる人はいつか必ず見つかるって思ってた。けど、それは代わりであって、本物にはなれないんだって」

「……」

「手放してから気が付くこともあるんだね……あいつ、嘘つき。内面を作り替えてくれたんじゃないの? ……全然注文通りじゃないじゃない。ワタシ、こんなにも手放したシズクくんのこと未練がましく思ってる……」


 そう言ってティアは一筋の涙を流した後、にっこりと笑って僕を見た。


「この何もない場所に人が集まるまでの時間は、辛抱強いティアちゃんでも我慢できそうにないよ」

「……」

「だから……もう、お遊びの時間は終わりにする」


 続けて、そう口にした途端、ティアの胸に灯っていた火は勢いを増した。


「あは、あはははっ! あははははははははははははっ!!」


 火が周り始め、その身を包み込むその最後まで彼女は笑い続けていた。

 火だるまだ。

 その醜くも綺麗な顔が炎に包まれてもなお、彼女は笑い続けた。


「でもねぇ! ティアちゃん、みすみすこのまま死んでなんてあーげない!」


 彼女は笑い続けて、最後にそんなことを言っていった。

 何が面白いのは僕にもわからない。けれど、彼女は最後の最後に炭化し黒くなった両手を空に向けた。

 その奇行を止めることなく、僕は黙々と燃え滾る彼女の身体を見続けた。

 全身に火が通っても、燃え尽きるのにはかなりの時間を必要とした。

 その間、彼女はひたすら天を仰ぎ、何かをしていた。それが何かはわからない。

 けれど、最終的に彼女の身体は全て灰となり、


「……終わった」


 この場に残った彼女に関するものは地面に残った焦げ跡くらいだ。

 僕の中に残ったのは大きな達成感と、それを有り余って無下にする虚無感だった。

 僕にはもう、何も残ってなんていなかった。


 生きる意味も。

 生きる理由も。

 生きていく糧も。


 それでも、僕は全然かまわなかった。

 愛しい2人の復讐を遂げられたのだから。


「……ねむいや」


 小さな欠伸と共に僕はぼそりと呟いた。

 少し、寝よう。

 だらりと彼女の焦げ跡と添い寝するみたいに横になる。

 青々とした空を最後に目に焼き付けて、僕はそっと目を閉じる。


(やっと2人の仇を取れたんだ。これくらいの惰眠は許してよ)


 そう、誰でもない誰かへと僕は断りを入れて目を閉じる。


 ――どうせもう僕はここから逃げ出すことなんて出来ないんだからさ。

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