第276話 自業自得だとしても

 朝を向かえたとはいえ、ラヴィナイが眠るにはまだ早い。

 嫌々ながらに赤髪の男の言葉に従って家から出ると、騒ぎを聞きつけた住民たちが狼狽えるように集まりだしていた。

 今はまだ野次馬の数はそれほどではないが、いずれ今以上に増え……また、城門が近いこともあってか、門番も駆けつけてくることだろう。


「……レ、レーネ様、シキ様……これはどういう……」

「うるせぇ! 見せもんじゃねえぞ!」


 住民の1人が恐る恐る尋ねてきたけど、そこを赤髪の男が一喝。

 ボクも苦笑しながらティア好みの容姿の整った男へ首を横に振った。


(ここまで騒ぎ立てるつもりはなかったのになあ……)


 窓を割ったボクが言うのもなんだけど、出来れば穏便に済ませて終わりたかったよ。

 こうして人目についてしまった今となっては、ボクはもう彼のことは庇い切れない。今回の騒動もティアの耳に伝わるのも時間の問題だった。

 ……余計な心労が溜まっていくのがわかる。


「ねえ……ここまで騒ぎになったんだ。もう後戻りできないことはわかってる?」

「うっせえよ! お前が来なければこんなことにはならなかっただろぉが!」

「そりゃそうだ。けど、そもそもキミがレティア様を裏切るような真似をしなきゃ、こうはならなかったよね?」

「黙れ黙れ黙れ! お前が全部わるいんだ! お前が全部壊したんだ! 俺の全てを、俺の何もかも……! あいつは、あいつは俺が初めて自分で手に入れたものだったのにっ!」


 ……自分で手に入れた、かあ。

 先ほどはどっちが誘ったかで喚いていた癖に、その口ぶりは未だ彼女に未練があるらしい。


(まったく……ティアだけ見てればいいものを。余計なものを持とうとするからそうなるんだ)


 もういいや。これ以上騒ぎが広まる前にさっさと彼を取り抑えることにしよう。

 その後は、持ち主であるティアに彼の処分を任せることになる訳だけど……はあ。

 考えるだけで気が滅入りそうになる。


(やっぱり、が作られることになるんだろうなあ……)


 きっとティアは、真新しさからその新しい子に夢中になるに違いない。

 これでボクとの回数がまた減ってしまう。

 あー、腹が立つ!


「……で、どうやってボクを殺すの? ねえ、口だけじゃなくてさっさと教えてよ」


 いつまでもこのままというのも馬鹿馬鹿しい。

 こんな簡単な挑発でもキミならあっさりと引っかかってくれるよね、と短絡的な彼からさっさと動いてもらうことにした。

 それで我を忘れて突っ込んできたところに雷魔法でも何でも使って気絶させよう――なんて、ボクもまた短絡的に考えてみたのだが、赤髪の男はこっちの予想とは違って不敵に笑い始めた。


「ああ、教えてやる……レティア様にさえ知らせていない俺のとっておきだ。死ぬ前にお前に見せてやるよ!」 

「ふーん……」


 とっておきだと豪語して、赤髪の男は自信ありげにボクへと片手を掲げだした。

 得意な魔法でも放つのか――と、何が飛んできてもいいように身構えたボクが目にしたのはだった。

 薄暗くも朝を迎えたラヴィナイで、彼の手だけがまたも夜になったかのように闇が生まれる。

 次第にその闇からは、鈍い銀色の長物が姿を現した。


(……へえ、魔道器だ)


 彼が出現させたのは片手の長剣だった。

 剣自体に目立った飾りはないが、十字の柄から伸びる刀身は大きく反った造りをしている。

 以前の“僕”の記憶から読み取るなら、湾曲刀タルワールって感じだろうか。

 彼は獲物の感触を確かめるように、空に十字を切るように剣を振るわせた。


「……やっとその気に食わない笑みも消えたな。俺程度ならお得意の魔法でどうにかなると思ってたんだろ? 見くびってんじゃねえぞ!」

「……むぅ」


 その指摘は少しばかり胸に刺さる。

 挑発するかのように笑っていたボクの顔は魔道器の出現にすっかりと素に戻っていた。

 彼の言う通り、キミ程度なら魔法も使わなくても抑えきれるとまで思ってた。

 あー、まったく……。


(ティアに対しての免疫に続き、魔道器の存在なんて予想してなかったなあ……面倒くさい)


 こればかりは予想外だ。まさかこんな魔物も襲ってこないで、赤髪の男が魔道器を習得してるなんて思いもしなかった。

 いや、ボクが知らないだけで他の近衛3人も使えたりするのかもしれないか。

 苛立って頭に血が上った動物の相手なら楽勝だと思っていたけど、これには若干焦りもする。

 まだまだ負ける気はしなかったが、魔道器の能力次第では万が一ってこともあるのだから。


「へ、へへへっ……」


 赤毛の男は丸腰のボクに対して圧倒的な優位を感じているのだろう。

 先ほどまでの癇癪が嘘みたいになりを潜め、余裕のある笑みを見せながらこちらへと1歩1歩と、もったいぶるように距離を詰めてきた。

 ボクも棒立ちのまま彼の挙動1つ1つを視界に捉え、いつ来る、いつ出してくる、とこの場から1歩も動くことなく待ち付けた……が、結局赤髪の男は自分の間合いにボクを入れるまで、1度たりとも魔道器を発動させることはなかった。

 もしかして、近距離で効果を発揮するタイプだろうか?

 お互い、手を伸ばせば触れられるようなほどに距離が縮まった。


「じゃあな。この――クソオカマ野郎!」

「……」

 

 そう罵声をかけながら赤髪の男が長剣を振り上げようとも、ボクは未だ直立を続けた。

 にたにたと楽しげに笑ったまま、彼は僕の頭上目掛けて剣を力任せに振り下ろしてきた――その瞬間まで、ボクもそれなりの危機感ってやつを懐いてはいた。

 でも、彼が剣を振り下ろすその初動を目にした途端、で動揺をしてしまったことを大いに恥じ、同時に落胆した。


(何その振り方……はあ、そのをキミは一体どこで振り回してきたの?)


 以前の“僕”みたいに、誰かから教わった訳でもない安易な大振りの一刀は、彼が動きを見せたその瞬間から避けるのはとても容易であることに瞬時に悟ってしまう。

 大体、力任せ以前に、強化魔法の1つも使っている様子も伺えない。

 を背負った生身のままで攻撃するなんてどうかしている。


(……なんて、無様なんだろう)


 “僕”を通してだが、ボクはどこぞの道場の免許皆伝の腕前を持つユクリアという一流の剣士の剣技を目にしている。

 記憶の中の彼の一刀一刀に比べたら……いや、比べることが失礼なくらい赤髪の男の剣速は欠伸が出るほどに遅く、そして目を背けたいほどにほどに醜かった。


(……。この程度なら、大丈夫そうか)


 だから、急きょボクは最小限の回避に徹しながら魔道器の観察をすることに決めた。観察と言っても、ざっと瞬きをするよりは遅い時間の中でのことだ。

 流石に体感時間を遅くするなんて真似も出来ないので、一瞬一瞬、神経を尖らせて“目”で見るだけだけど――まずは雷の瞬動魔法で1歩半身をずらし、振り下ろされた刀身の腹を指先でそっとなぞった。


 まず、接触時の反応を確認――。


 あまり機能していないが、長剣の腹に触れた指先にはまったくと変化はない。

 もしも、何かしらの反応が見えようものなら指先の皮……それ以上ですら即座に風魔法で切り落とすくらいは覚悟して触ったけど、まずは大丈夫そうか。

 時間差で効果が発動することも考えるべきだが……では、一体この魔道器にはどんな能力が秘められているか。


 ――と、流石にそこまでは考えるには瞬きの時間は長くない。


 一応移動したが、触れた刀身を指先で強く押し込んで軌道を逸らし、悠々と彼の一刀を避けた。

 それでは赤髪の男が出した魔道器の能力とは何かは……それは空を振り切った剣先が教えてくれた。


「燃え潰れ――ちっ、思ったよりすばしっこいな!」

「……」


 どうやら彼の魔道器は振り切ることで炎を吐き出すタイプのようだ。

 彼の掛け声と共にぼっと音を鳴らして激しい炎がその剣先より飛んでいく。剣先から発した炎を横目に見送り、背後から鈍い衝突音が耳に届いた。

 ボクは斜め後方へと彼から距離を取り、同時に横を通り過ぎていった炎の向かった先へと視線を向けた。

 そこには今までボクたちがいた民家の壁に人がぎりぎり通れるような穴が、斜線を引くように大きく開けていた。


(飛ぶ炎の斬撃? もしくは今出た高熱の炎で壁を溶かした――いや、壁が融解してるようには見えない。じゃあ、斬撃の方か?)


 と、あれこれ考えを巡らせていると炎を出した本人が今回も答えを教えてくれた。

 やっぱり彼は親切だ。


「ははっ、どうだ。これは普通の魔法じゃねえ! 普通の炎でもねえ! 触れることが出来る炎だ!」


 触れることが出来る炎? 質量のある火炎ってことだろうか。


「……」


 その答えにボクはついつい目を見開き、呆然と口を閉じた。

 そして、ボクのその反応をえらく気に入ったのか赤髪の男は愉しそうに笑いだした。


「驚いて声も出ねえじゃねえか! ふは、ははは! ざまあみろ!」 

 

 彼の言う通り、ボクは驚いていた。


(……ああ、驚いたよ。でも……ボクが驚いたのはそこじゃない)


 何その魔道器……って、意味での落胆に似た驚愕だった。

 彼の攻撃を受けた民家へと再度顔を向けると、斜めに空いた穴の縁が薄らと焦げ跡を残しているが、これだけだ。覗かせた穴の奥で未だ吐き出された炎がくすぶっている様子は見られない。

 室内からは煙が立ち始めているものの、その勢いは弱く、打ち込まれた後に引火したもののようだ。吐き出された炎は既に鎮火しているようで、まったくと燃え広がる様子も見えない。

 ふと、先ほどまで彼と言い争っていた女は無事に逃げ延びたか、それとも今の攻撃に巻き込まれたか……なんて安否を気遣ったが、直ぐにどうでもよくなった。ボクが案じる必要必要なんてなかった。


「……それって、火が点いた対象が燃え尽きるまで消えないとかってないの?」

「は? 何言ってんだ?」

「じゃあ、斬りつけた対象を一瞬で凍らせるとか……風を吹きかけた物質を自在に組み替えたり、穂先に出した雷を自在に操ったり……」

「何言ってんだ、お前。言ってること、さっぱりわかんねぇ……そんなことより見ろよ! 俺が、俺があの壁を壊したんだ! たった一振りしただけであんなに壊れるんだぜ!」


 彼は自分が壊した壁に対してだけ興奮しているらしく、それ以外のものは持ち得ていないようだ。


「はあ……」


 ボクは深く溜め息をついて今一度落胆した。

 きっと魔道器を使用した時の高揚感に襲われているのだろう。

 先ほどまでの哀愁はすっかり消えて、今はもう恋人の家の壁を壊したことだけを、心から喜んでいるように見えた。

 中にいた彼女がどうなったかのすら考えずに……ね。


「……キミ、運が悪いよ」

「運が悪い? 何言ってんだ……ぷっ、ははっ、それは今のお前が置かれてる状況だろ? お前こそ、運が悪いよ! 今からお前も、あの壁みたいに焼き潰してやるよ!」

「……はぁ」


 たかが壁を壊しただけでどうしてそこまで浮かれることが出来るんだ……ボクは思った以上に苛立ってしまう。

 目の前にいる赤髪の男に良い様に玩ばれた時以上にボクは怒りを覚えていた。

 だって、だって……。


(こんな奴のせいで、ティアに自分の魔法がいずれ解ける日が来るという疑心を抱かせるきっかけになるかもしれない……)


 これが……何よりも腹立たしくて仕方ない。


「もういいよ……キミ、消えてくれない?」

「消えろ? これから俺がお前を焼き潰すって言ってんだろ!」

「いや……だから、もう何もしゃべるなって。耳触りだ」

「このっ……てめぇっ!」


 本当なら彼を拘束してティアへと引き渡すのが、ボクなりの役割だと思っていた。

 だけど、ボクだって我慢の限界だった。

 これまでも色々と譲歩してあげたつもりだけど、流石にこれ以上は笑って許せるほどボクは出来ていない。

 お前一体何様のつもりだ。

 今この場で怒りをまき散らしたくて仕方がなかった。


 その怒りの矛先である赤髪の男をぎっときつく睨みつけると、これを合図とばかりに彼は今度こそと長剣を掲げてボクへと迫ってきた。

 その触ることが出来る火炎とやらはその場で放つことも出来そうだが、どうやら直接ボクの身体を斬りつけたいらしい。


「……いい加減にしてよ」


 ボクはもう自分の役割はあっさりと手放した。

 そして、後先のことなんて考えず、ただただ今だけは目の前から向かってくる赤髪の男を消すことだけを考えて、右手を上げる。

 ボクも魔道器を発現させることにした。


 “僕”が焔迎ひむかの籠手とか名付けていた――爪先で引っ掻いたものを永遠に燃やし続ける魔道器を頭の中に描き、右手に意識を集中させる。

 それでこいつの腹を突き刺して、全て消え去るまで燃やし尽くしてやろう。


「……は?」


 ――なんて、考えていたのに……。

 ボクは間抜けな声を上げて、掲げた右手を見つめてしまった。

 右手にはボクが思い描いていた魔道器が出ることはなかったからだ。


「……っ! ……ちっ、土壇場で発動させたってところか」


 だが、魔道器が発現したことで、赤髪の男は急に冷静に戻ったのか、足を止めて後方へと下がった。

 しかし、ボクは彼の後退にも目も暮れず、自分が出した魔道器を眺め続けた。


「……何、これ」


 ボクの右手にはまるで死神が持つような大鎌が握られていた。

 自分の身長もある長い柄の先には赤髪の男が出したタルワールよりも幅のある、記憶の中の三日月のように湾曲した銀色の両刃が煌ている。内刃で裂くことは当然、外刃で斬ることも可能だ。

 こんなにも大きな刃物が先端にあるというのに重さは全くと感じず、片手で軽々と振り回すことが出来そうだ。

 試しに横に薙いでみると、空気の抵抗すら感じることなく楽々と振り切ることが出来た。


「これはいいね。まるで昔から愛用してたみたいに馴染む……それに……」


 それに……この魔道器の使い方が、瞬時に頭の中に流れ込んでくる。


(……なるほど。これが“ボク”の魔道器か)


 自分だけの魔法とはよく言ったものだ。

 “僕”と“ボク”が別々のように、魔道器も別々ってことなんだね。


「ちぃ――もういい! さっさと焼き潰れろよ!」


 と、ボクが初めて出した魔道器に感銘を受けていると、今度は距離を取ったまま、赤髪の男が魔道器を振り回してこちらへと真っ赤な炎を吹き付けてきた。


「丁度いい……かな」


 避けるのは簡単だった。

 けれど、ボクはせっかくの機会だとあえて回避は行わず、彼の炎を正面から捕え……当たる前に大鎌を前方へと振り払い、同時に地面を強く蹴って前へと飛びだす――!


「……ひゃぁはははっ、直撃ぃ! 折角出した魔道器も使わずにあのオカマ野郎、死にやがった! 燃え潰れた! 弱ぇ、弱ぇぞっ!」


 やかましく笑いあげる赤髪の男は完全にボクを殺ったと思ったのだろう。

 いい気持ちになっているところごめんね。

 笑い続ける彼の背後へしたボクは一息も入れる間もなく、まずはと彼の右手に狙いをつける。


「――っ!」


 手首と指先で握った柄を回し、赤髪の男の魔道器を握った右手ごと、さくっと刈り取る。

 続いて下ろした刃を返すように外刃で彼の右足もすっと切り落とした――。


「ははっ――熱っ! ……は、え?」


 赤髪の男は高笑いを浮かべながらその場でとすんと身体を倒した。

 そして、倒れながら、自分の身に起こった変化に気が付くのと同時に、彼は耳をつんざくような絶叫を上げ始める。


「あぁぁぁあああああああああっ! あっああっ! 痛ぇっ、痛ぇぇぇぇえええええぇぇぇええええ!」

「……うるさいなぁ」


 赤髪の男は失った右腕を左手で掴みながらごろごろと地面を転がりまわる。

 ボクはそんな痛みにあえぐ足元の彼を冷やかに見下ろした。


(……失敗するとは微塵と思わなかったけど、まあ成功してよかったかな)


 いわゆる、空間移動ってやつだろうか。

 ボクは目の前の空間を大鎌の能力で切り裂いて、赤髪の男の背後に繋がる通路を作り上げる。これが、ボクの魔道器の力だ。


 直前で扱い方を悟っても、直接使用するまで多少の疑惑もあったが同時に絶対の信頼も寄せて実行できた。

 移動できる距離はそこまで遠くはないが、赤髪の男と開いた距離くらいなら余裕で埋められる。


「あぎゃぁぁぁああぁぁぁぁっ……!」


 地面に倒れ込んだ赤髪の男はその激痛から、赤ん坊の喚き声みたいに大声を上げて叫び続けていた。

 周囲の野次馬からも大きな悲鳴を上げる。が、外野なんて気にせずにボクは地面を転がる赤髪の男に近寄り、そっと鎌を向けて笑いかけた。

 痛みに苦しむ彼がボクに気が付くには少し時間がかかった。

 そして、気が付いた途端、激痛に歪めていた顔を強張らせて、また違った悲鳴を上げてボクに背を向けた。

 

「なん、なんでっ……ひっ……ころ、ころさ……殺さないで……!」


 彼は残った片腕と片足で地面を、まるで芋虫のように這いつくばってボクから逃げようとする。

 赤髪の男が前に進むたびに地面に描かれる赤い線は外気に触れて直ぐに凝固して黒く塗り替わっていった。

 ボクは黙ったまま、彼が進む速度に合わせて後を着いていった。


 時折、地面を大鎌の外刃でこすり鳴らすと、びくんと盛大に驚いてくれるのは見てて滑稽に思う反面、不快にも感じた。

 まるで弱い者いじめをしてるような気分だ……いや、気分じゃない。

 経過年数25年で中身10歳児のボクが、見た目16、17の5歳児をいじめるようなものだ。

 はあ、本当にどっちも最悪だ……でも、ボクはここで止まることはしなかった。


「うぅ、うぅー……あぁっ、ああっ……いやだぁ! いやだぁああ……!」

「うるさいよ。近隣の皆さんに迷惑でしょ」


 10ほど彼と共に歩いた後、もうそろそろいいかとボクは彼の胸へと大鎌を振り上げ、尖った刃先を静かに突き刺した。

 まるで標本みたいに地面に縫い付けられた彼は、最初に奇妙な声を上げた後、大きな絶叫を口からも吐き出していた。


「……っ……!」


 どうやらコアには当たらなかったようだが、赤髪の男は目と口を大きく広げながら顔を苦悶に歪め……ばたばたと残った手足をふらつかせて、そのまますぐに息絶えたようだ。

 鎌を抜くと、その傷口から噴き出した血が石畳の冷たい道路を染めていった。


「そういえば……初めて人を殺したかな」


 赤い水溜まりを見つめて、ボクはぼそりと呟いた。

 “僕”が殺人を犯した記憶を所持しても、それはやはり彼の記憶でしかない。


(たとえ相手が魔石生まれであったとしても、ボクは今日この日、初めて自分の手で人を殺めたんだ――)


 でも、それだけだ。

 初めて手を汚しても、あまり、思うところはない。

 ただただ、ぽっかりと胸の中に穴が空いたような、


「……ん?」


 あまりいいものじゃないな……と、そんな風に感傷に浸っていた時だ。

 赤髪の男の身体が突然さらりと砂みたいに崩れ始めて、同時に淡い小さな光を発し始めたんだ。


 最初は1つ、2つ……それはまるで蛍火のように、次第に綿毛が一斉に飛び散るように彼の身体は光を放ち続けた。

 そして、その光の放流が終ると、そこには赤髪の男が着ていた衣服が彼の最後を遺すように残るだけだった。

 おまけに地面に残っていた血痕すらもいつの間にか綺麗さっぱり無くなっている。もちろん、切り落とした手足もね。

 なるほど。これが魔石生まれの最後ってやつかな。


「殺したいと思ってたやつだけど、消える時は綺麗なんだな……」


 もしかして、“僕”を慕っていた2人もこんな風に消えてたのかな。


(……だったら、最後くらい見届けてから去ればよかった。それくらいはシズクの義務だったろうしね)


 もうこの世界に赤髪の男は体毛の1本も残っていない。

 残ったのは、彼の衣服と、ボクの身体に吸収されていた微量の彼の魔力と、ガラス玉みたいな赤い透明な石――コアだけだった。

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