第275話 奴隷と人形

 ガラスの割れる音。女の甲高い悲鳴。聞き覚えのある男の仰天とした声。

 それらの音を耳にしながら、部屋の中へと侵入したボクは敷かれた絨毯の上を二転、三転と転がった。

 すぐさま服や髪に付着したガラス片をはたき落としながら立ち上がり、じろり――と、突然の乱入者に戸惑うベッドの2人を冷やかに見つめる。


 空を覆う紫雲で遮られた朝方の薄暗い部屋だが、外とは違って今の立ち位置からでは2人のことは良く見えた。

 女の方は城の周囲に住んでいることもあってか、とても綺麗なひとだった。20歳前後の長い黒髪を持った、見る限りだと多分、地人族だろう。

 女は着崩れ半裸に近い恰好だったが、思わぬ珍客の登場に悲鳴を上げシーツを手繰り寄せてその裸体を隠した。

 赤髪の男はまだ服を脱ぐ手前ってところだ。最後に別れた時と同じ格好のまま、彼女の上に伸し掛かるような体制でボクへと強張った顔を向けている。

 どうやらが本格的に始める手前という、良いタイミングで訪問が出来たみたいだ。

 これで夢中になって腰を振ってる場面だったら、何と声を掛けていいのかボクの方が戸惑ってたよ――なんてね。

 2人がであるとわかっていながら、ボクは窓を割って侵入したんだ。だから、彼らがどんな状況であっても、ボクは自分のしたいことをするつもりだった。

 まあ、面倒なのは絶対後者の方だから、結果的に始まる前で良かったと、ほっと息をつく……ようやく赤髪の男が女を背中に庇うように「誰だ!」と叫んできた。

 どうやら彼の位置からでは、ボクが誰かわからないみたいだ。なので、邪魔をした謝罪を込めてボクから話すことにした。


「……お楽しみのところ悪いね。ちょっと信じられない話を聞いたから、真偽を確かめに来たんだけど……その様子だと、どうやら間違いじゃないみたいだね。残念だよ」

「その声……お前、オカマ野郎かっ! どうしてこんなところにっ!」


 どうして?


「どうして……か。それはボクが聞きたいな。キミ、なんでそんなことしてるの?」

「そんなことって……っ……ざけんなコラっ! てめぇ何勝手に人様の家に土足で入ってきて――」


 彼は一瞬怯むように口ごもり、誤魔化すかのようにやかましく汚い罵声を叫び散らしてくる。

 若干の混乱も見受けられる。気が動転しているのが耳を塞ぎたくなる言動の1つ1つに籠っているのがわかる。

 そりゃあヒトがよろしくやってる時に邪魔をされたんだ。

 ボクだってそんな場面に遭遇したら……うーん。激情するよりも白けちゃうかな。

 まあ、気分がいいなんてことは絶対にない。これだけは共感できるよ。


 ただ、今この場において、赤髪の男が行っていることだけはまったくと理解できない。

 ボクはじわじわと溢れる感情を漏らしながら言った。


「……うるさいなぁ。そんな大きな声上げて、近所迷惑じゃないか。ねえ、そこの彼女さん?」


 未だに怯えている女へとにっこりと笑いかけると「……レーネ様?」と恐る恐ると言った形で、やっとボクだと認識したらしい。

 そうだよ。ボクだよ――なんて返事はしないけど、再度笑いかけると彼女は肩をぶるっと震わせていた。


「おいっ、何人の女に色目つかってんだ! お前もあんなオカマ野郎の名前なんて……おいっ!」


 別に色目は使ったつもりはないが……、ねえ。

 身体だけの関係って線も無かったわけじゃないけど、その一言はボクを酷く落胆させる。


「その人はキミの恋人ってこと?」

「るっせぇな! さっさと出てけ! なんなんだよお前――!」

「…………いいから言えよ」

「ぐっ……!」


 自分なりに精一杯凄みを利かせた声を上げると、赤髪の男がくぐもった声と共にボクから視線を逸らし、ぐっと奥歯を噛みしめて、口を閉じた。

 ……なんだよ。否定なり誤魔化したりすれば、完全な黒に微量の白を垂らすくらいはいけただろうに。

 彼は「はい」とも「いいえ」とも言わず、開き直ったかのように乾いた笑みを漏らした。


「……ふ、ははは…………俺らのことは誰から聞いたんだ?」

「さあ、誰だったかな。……ごめん。思い出せないや」


 青髪の男の名前なんてボクは覚えてないよ……と密告者の名前について赤髪の男が尋ねてるわけじゃないことはわかっている。

 だけど、後で仲違いされるのもそれはそれで後が面倒なので、ボクからは彼のことは一切言うつもりはないため、そんな言葉で濁した。

 赤髪の男はものすごい怖い顔で睨みながら、再度ボクに訊ねてきた。


「……レティア様にチクるのか?」

「うーん……キミの対応次第じゃこの場で終わりにしてもいいかな」

「対応……?」


 ボクは笑ってコクンと頷いた。

 今のキミには到底に受け入れられない提案だろうよ。


「今後一切そこのヒトと会わないって誓ってくれたら、今日のことは見なかったことにしてあげる」

「ふざっ……!」


 眉間にしわを寄せ、赤髪の男はボクを先ほど以上にきつく睨みつけてから、がくりと首を倒して俯いた……が、一瞬の硬直の後にゆっくりと顔を上げる。

 ついさっきまで見せていた激情を無理やり引っ込ませて、ぎこちない笑顔でボクへと口を開く――。


「ああ……わかった。わかったよ。俺はもうここに――」

「ちなみに、キミの所在はボクには手に取るようにわかるからね」

「――来な……は、はぁ? な、何言って……」

「つまり、キミが隠れて彼女に会いに行こうものなら……わかるよね?」

「だ、だから来ないって……何をっ……そんな……俺の居場所がわかるなんて……つまらねえホラ吹いてんじゃねえぞっ! そんなのっ!」


 ね、だからキミには受け入れられない提案だったんだ。

 今だけでも、ボクに良い顔を見せて従う振りをしようなんてそうはいかない。

 キミがしたことはとっくに「はい、わかりました」だけじゃ済まされないんだよ。


「嘘だと思う? なら、どうしてボクがここにいるんだろうね」

「そんなのっ……色々あんだろ!」

「色々ねぇ……」


 たとえば、最初からボクがキミの後をつけていたとか?

 事前にボクがこの家のことを調べていたとか?

 はたまた、偶然1発目でボクが当たりを引いたとかかな?


 青髪の男から聞いた話では『赤髪の男とある女が街中で抱き合っていた』というだけだ。その時の女が今ここにいるヒトかは知らないけど、この話自体伝えるつもりはない。伝えたところで、これまた信じてはもらえないだろうしね。

 まあ、どう思っても捉えてもらっても構わない。

 自分の身体の中にキミの体液マリョクがあるからわかった、なんて説明だけは青髪の男以上にしたくないし、口にするだけでもおぞましい。

 だからキミが一番望ましいと思うの中から好きなのを選んでくれて結構だ。


「この様子だと、返事はいいえかな?」

「……」


 赤髪の男は俯いたままで一切の返答はない。つまり、これからも赤髪の男がボクの忠告を聞かずに彼女に会いに行くっていうなら……仕方ないよね。

 まあ、最初っから嫌っているボクの説得なんて受け入れられるはずもなかった。


「はぁ……」


 なら、この場でずっとボクたちを不安そうに静観しているもう1人の当事者を説得するしかない。


「……ちなみに、キミ。彼女さん……レティア様のな側近と関係を持ったって、レティア様が知ったら、どう思うだろうね?」

「えっ……」


 そう言うと今まで“彼氏”の背に隠れていた名も知らない女の綺麗な顔が一瞬にして青ざめていく。

 赤髪の男がボクの発言に異を唱えるように「おい、お前!」と横から口を挟もうとするが、ボクは気にせずに続けて、彼女に謝った。


「……ああ、ごめんごめん。恐がらせちゃったね。別に脅すつもりで言ったんじゃないんだ」


 今にも泣き出しそうに表情を歪めてる女が不思議と驚いてボクを見た。

 ついに我慢の限界だと赤髪の男がベッドから立ち上がり、飛び掛かるようにボクへと近づき胸ぐらを掴みかかってきたが、ボクは気にせず笑って彼女へと逃げの……救いの道を教えてあげた。


「だって、キミは彼にだけなんだろう?」

「……っ!」

「ふざけんな! 俺とこいつは……っ!?」


 シーツをくしゃくしゃになるほど握り締めて彼女は困惑した。

 たとえ強制的に植え付けられたものだとしても、崇拝する王様の逆鱗に触れることがどれだけ恐ろしいことか――。

 たとえ城周りに住むことを許された容姿を持っていても、この国に自ら望んでいる彼女にとってティアに嫌われるってことは死刑に処されるよりも辛いことだろう。

 ボクは笑って女の返答を待った。女は腕の震えをそのままに、悲哀と困惑を織り交ぜてぐちゃぐちゃになった顔で笑って、言った。


「……っ……は、はい……彼が強引に、関係を、迫ってきま、した……!」

「……なっ!」

「ああ、やっぱり? だと思ったんだー」


 まあ、こうなるよね。

 ティアがこの赤髪の男のことを大事に思っているかはボクは知らないが、盲信するティアの名を出せば彼女には決定的な一言となったはずだ。

 直ぐに赤髪の男はボクから離れてベッドで膝を抱えるように震える女へと迫っていった。


「なんっ……なんっ、はあぁっ!? ちょ、おまっ、お前から誘ってきたんじゃねえか!」

「ふっ、ふざけないでよ! レーネ様信じてください! 彼は嘘を言っています! ちょっと目が合っただけで突然彼から話し掛けられて、決して私から誘うなんて真似は……私は騙されていたんです!」

「おいおいおいおいぃぃっ! 騙されたってふざけんなよ! 酔ったお前が最初に絡んできたんだろ!」

「い、いい、いい加減なこと言わないでよ! レティア様の近衛だって最初に自慢してきたのどこのこいつ……うっ、ううぅ……!」


 そう彼と口論を始めかけて、直ぐに逃げるようにして女はシーツを顔に寄せて、すすり泣きはじめた。

 赤髪の男はまるで毒気が抜けたように泣き続ける女を前にあたふたと狼狽えるが、それも次の彼女の後悔の言葉を前に――絶句して固まった。


「何よこれ……何なの? 近衛と親しくなればもっとレティア様とお近づきになれると思ったのに……。あんたなんかに関わったせいで私、私はレティア様からレティア様から見捨てられ……うっ、うぅっ!」

「…………まさか、俺に近寄ったのはレティア様に近づくため……っ!?」


 信じられないと赤髪の男はベッドの上にいる女へと追いすがるように肩に手をかけようとするが、その前に手を叩いて彼女は彼を睨みつけた。


「そうよ! わるい!? じゃなきゃ顔だけのあんたに優しくなんてしないわ! レティア様に捨てられたくせに! この際言わせてもらうけど、あんたの言動と態度がいつもいつもガキ臭くてイライラすんのよ!」

「がっ、ガキ臭い……――このアマぁっ!」

「きゃっ、キャァっ! やめてっ、レーネ様! 助けてくださいっ!」


 赤髪の男はベッドの上で泣き喚く女の髪を掴みかかり、強引に揺さぶった。女も先ほどとはまた違う悲鳴を上げてボクに助けを求めながら赤髪の男の暴力から逃れようとする。

 ……さもしいなあ。


「はいはい、そこまで」


 2人がベッドの上で今までとはまったく違った絡み合いが始まってしまったので、ボクは強引に彼の服を後ろから掴み、よいしょと反対へと投げ飛ばした。

 彼はお腹から絨毯の上へと叩きつけられて、蛙の鳴き声のような悲鳴を出て悶絶する。一応ガラスがなるべく散乱していないところへと落として上げたことは感謝して欲しい。

 打ったお腹を抱えて苦痛に背中を丸める赤髪の男へとボクは近寄り、膝をつき、にっこりとティア仕込みの笑顔で語り掛けた。


「……ね、キミもこれで懲りたでしょ。なんか忘れちゃいなよ。それで、今まで通りレティア様だけを見てればいいんだ。わかったね?」

「ぐぅぅ……レーネぇぇぇ!」

「……おっと」


 蹲っていた赤髪が不意打ち気味に腕を振り払ってきたので、そっと背を逸らして回避する。

 まあ、自分でも酷いことをしてるって自覚はある。彼がその怒りをボクにぶつけたい気持ちは少しくらいは……うん。理解してもいい。

 だけど、悪いことをしたのはキミなんだから、注意したボクを殴り付けるのは間違ってるよ。

  

「駄目だよ――ん……えーっと……キミ、名前なんだっけ。まあ、赤髪くん。そうやってすぐに手が出るのは良くない。感情に任せちゃだめだよ?」

「殺すっ、殺す殺す殺すっ! てめえは俺を怒らせたぁ!」

「殺すなんて怖いなあ。悪いのはキミだよ。出来心だったとはいえ、レティア様以外の女に好意を寄せたんだ。こんなことは許されないぞ……っと」


 手の次は足が出てきたので、ボクは片腕を上げて彼の蹴りを受け止める。

 寝そべった体勢から放たれた蹴りに勢いも重みも無い。強く押されたくらいだ。

 ようやく腹の痛みが治まったのか、彼はその蹴りと共に起き上がり、ボクやボクの背後にいる彼女さんから距離を取ってから、子供みたいに地団駄を踏んで癇癪を起す。


「なんなんだよお前はぁぁぁ!」

「ボクはボクだ。周りからはレーネって呼ばれてるよ」

「うるせぇぇぇええええ! うるせっ、うるせぇぇぇえええ!! お前、お前お前、お前はっ、お前はいつも邪魔だったんだよぉっ! いつもいつもいつもっ! 俺の邪魔ばかりしてぇぇぇ!」

「邪魔? 別にキミの邪魔をした記憶はないけど……でも今回はキミを引き留めてあげたんだ。これ以上首を絞めるのはやめようよってね」

「ふざけんなよ! 何が首を絞めるだ! 何も知らない癖にっ……いつもいつもレティアっ――様の隣にいるクソオカマ野郎に、俺の気持ちなんてわかんねえよ!」

「……そうだね。キミが何を思ってるかなんてボクにはわからないな」


 知りたくもないけどね。

 だけど、彼は親切にも頼んでもいないのに教えてくれる。


「俺はただレティア様に俺を見てもらいたかった! 俺へと振り向いてほしかったっ! ……俺のためだけに少しでも笑ってくれるだけでもよかったっ! ……なのにっ、いつもレティア様の笑顔はお前らばかりに向いている!」


 あ、ティアはボクだけに笑ってほしいな。他のやつなんか目もくれないでほしいや――なんて思いながら彼の話が終わるのを待つ。

 ついポリポリと首輪を指で掻く。以前の“僕”に言わせれば、かさぶたが気になる感じで首輪に爪を立ててしまう。


「レティア様に選ばれ続けるお前たちには俺の孤独なんてわかりっこねえよ! 俺が、俺がどれだけ辛い思いでいたかなんてよぉ……!」


 後ろで「シキくん……」とまるで被害者のような声を女が上げたが、ボクは心底嫌気がさして気が付かなかったふりをした。

 表面が削れた日からあまり触らないようにしてたのに、ついつい首輪に爪を引っかけてしまう。

 いやあ、癖になってるなあ……なんて、それほど赤髪の男の話は退屈だ。


(ねえ、もうそろそろそのつまらない独白も切り上げない? そんな大声上げてばかりじゃ近所の人にも迷惑だしさ)


 もういっそ、当身でも食らわせて気絶させた赤髪くんを城へと運んでもいいか――と、ボクがこの場からどうやって去ろうかと首輪を弄りながら考えていた時に、ピーピー喚いていた赤髪の男の癇癪が止まったことに気が付いて、顔をそちらへと向けた。

 赤髪の男は気を抜けたように顔が緩んでいた。


「……けど、もう俺はそいつと出会って変わったんだ。別にレティア様に固執する理由なんてない。手に入らないものをいつまでも望む必要はないんだってね……」

「……あ……(えっと……話聞いてなかった……)それが彼女だって?」

「そうさ……俺はただ、誰かに愛されたかったんだって、そいつに気付かせてもらったんだ……なのに、なのにっ! お前がここに来たことで全部壊れた! 俺が手に入れようとしたものはお前にあっさりと壊されたんだ!」

「別にいいじゃん。キミが築こうとした関係なんてボクが口を出しただけで壊れる脆いものだって早いうちにわかったんだからさ。……この国でレティア様の近衛であるキミのことを特別な感情で受け入れてくれるヒトは誰ひとりとしていないよ」

「なんだよそれ……それじゃあまるで俺は他の誰かを好きになっちゃいけないのかよ!」


 ……好きになっちゃいけないのか、ね。


「……好きになることは悪いことじゃない。ヒトとして生まれた以上、自分とは違う誰かを好きになることは止められない」

「なら俺の気持ちも察しろ――」

「けど、それは普通のヒトの話だ。レティア様の愛玩人形が、彼女以外を愛することはしちゃいけない」

「に……人形……?」


 そうだ。ボクは奴隷で、キミは人形。

 ボクたちは呼び方は違えど彼女を楽しませる玩具の1つでしかない。

 しかし、そのことを理解できないのか、彼は両目を見開き、肩を振るわせて怒鳴りつけてきた。


「ふっ……ふざけんな! 俺は人形じゃねえ! 俺は俺だ! のご機嫌取りのままでいろだって!? そんなのはもううんざいだ!」

「…………は?」


 その言葉に今度はボクが彼と同じような反応を見せてしまう。


(あんな女? ……嘘だろ)


 彼の口から発せされた言葉が何度も頭の中で反響していく。


(ティアに向かってあんな女なんて……このラヴィナイで口にするどころか、そんな風に思える人物なんてこの世界にいるはずがないのに……っ!)


 ぶるりと身体が震えて、胸の奥に芽生えたとある不安がじわじわと広がり始める。

 その不安は青髪の男に話を聞いた時から顔を覘かせていたが、ありえないと否定したのに……。

 どうにか自分を抑え付けながら、ボクは赤髪の男に尋ねることにした。


「……1つ、聞かせてよ。今、キミはレティア……ティアに対しての想いはどれくらいある?」

「知るかばぁか! そんなもんとっくにねえよ! どうしてあんな女に惚れ込んでいたのかも自分でもさっぱりわからねえよ!」


 またもボクは愕然として彼を見つめてしまった。


(……ああ、そうか)


 やっぱりか。こうなる日がいつか来るとは思っていた。


(それにしたって5年は早すぎる――)


 ――魔石生まれは毒や麻痺といった心身を蝕む症状、または同様の薬物類に抵抗があるらしい。


 抵抗があると言っても効き目が無いわけではなく、受けた初期には同様の症状は出るが、わずかな時間で解除される。おまけに抗体までできるらしく次からは同じものを体内に入れても、効き目は薄くなる。

 以前、“僕”越しで鬼人族のベレクトからそんな説明を受けている。


 つまり、ティアの魔法はまさしくそれとほぼ同じと言っていいもので――。


(……赤髪の男はティアに対する抗体を備えてしまったんだ)


 他の地人族や魔族なんかはどうか知らないけど、赤髪の男を含め魔石生まれである近衛の彼らにもいずれ彼女の魔力に対して免疫がつくことは予測の1つに捉えていた。

 ただ、それがボクが力を蓄える前に起こるのは誤算だった。


 もしや性交渉の数がめっきり減った彼だからこそ……とも思ったが、考えを巡らせる時間なんてものはない。

 呆然とたどり着いた事実に硬直しているボクに対して、激しい憎しみを込めて赤髪の男は言ってきた。


「……お前、表に出ろ!」

「……出てどうする?」

「どうする? ……お前を俺に殺させろって言ってんだよ!」

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