第274話 歪みの兆し

 この10年、エストリズ大陸の王都グランフォーユを筆頭に多くの国からラヴィナイは友好的な関係を求められていたが、ボクの知る限りではゲイルホリーペ大陸との交流はほぼ皆無だった。

 あったとしても大陸間を往復する貨客船でのやり取りくらいで、それ以外でゲイルホリーペ大陸の住民がラヴィナイに訪れたという報告は1度たりとも受けていない。

 当初のティアは若干むっとしながら気長に連絡を待っていたようだが、他の国々との交流や自分の公務に忙殺。一向に反応を見せないまま時間だけが過ぎ……いつしか気にかけることも無くなっていたらしい。

 ボクとしてはあの国の人たちにはこのままティアに関わらず、静観していて欲しいと願っていた。


 だが……数日前に、今まで音沙汰の無かったゲイルホリーペ大陸からティアへと魔道具を通して連絡が入った。しかも、連絡を寄こしてきたのはユッグジールの里からだった。

 報告をくれたのは外交の任に就いている桃髪の少年で、彼が言うにはなんでもボクたちとになりたいとかなんとか。

 桃髪の少年はティアに用意された性格によるぶりっ子をこの場でもためか、まったくと言葉足らずだ。

 その為、彼の部下たちから改めて受けた報告がこんなのだ。


 ――ユッグジールの里とラヴィナイとで友好関係を結びたいので訪問の約束を取り付けたい。


 もちろんティアは嬉々として首を縦に振り、今までの待ちの姿勢は一体何だったのかと、自らユッグジールの里へと連絡を入れてしまうほどはしゃいだ。


『だってユッグジールの里だよ! ここと違う魔族たちが集まってる国だよ! しかも、しかもですよ! ラヴィナイでもめっきり数の少ない天人族がたーっくさんいるんだよ! きっと格好良かったり綺麗な人も沢山いるに違いない! だから、まだ見ぬ美人さんたちを前にティアちゃんものすごい気になって仕方なーい!』


 と……まあ、ティアが彼らとの交流を楽しみにしているならボクは何も言わないさ。


 何故、今頃になってこちらと連絡を取ってきたのか。

 この10年ティアの洗脳を受けているはずの彼らが今までどうしていたのか。

 これは四種族同意の上なのか、とか。

 そういう疑問がボクの中で生じても何も言わないことにする。


 ユッグジールの里と言う場所は閉鎖的なところだと以前の“僕”を通して知っている。

 しかし、ゼフィリノスによる襲撃をきっかけに、外部との交流を試みだしたことも知ってる……だからこそ、数年程度ならわかるが、10年と時間をかけた理由は何故だろう。

 長寿だからこそ時間という概念に無頓着なのだろうか。


 ……まあ、いいよ。

 人様の事情を勝手に想像して、ああだこうだと悩む必要なんかない。

 ティアが彼らを歓迎すると言うのであれば、ボクも彼女と同じ気持ちでいればいい。


 彼ら、ユッグジールの里の使者たちは2日後の昼頃に到着を予定している。

 ボクはいつも通り彼女の隣に立って、彼らを歓迎すればいい。





 ティアがのお相手を選ぶために近衛を集めるということは、その日のお相手はボク以外から選ぶということだ。

 四六時中そばにいるボクを選ぶなら、わざわざ他の近衛たちを呼び出す必要もない。


 まあ……皆を集めておきながら迷いに迷って結局ボクに落ち着いたことも、2度、3度と指で数える程度にはあった。が、ボクや他の4人が今までにティアと交わった回数と比べてしまえば、ラヴィナイに雨が降るくらい望みは薄い。

 つまり、通例通り本日のお相手にボクが選ばれることはなかった。

 選ばれたのは紫髪の男だ。


「……んんっ!? ……はぁっ……んっ、んッ……待って、まだみんなが見て……んっ……!」


 紫髪の男は自分が選ばれた途端、ティアを強引に抱き寄せては、貪るように彼女の唇へと吸い付きだした。

 当人の許可もないままの強引なキスに多少の困惑をティアは見せていたが、時折唇が離れた時に拒むようなそぶりを見せつつも、本気で抵抗することなく紫髪の男のキスに身を任せている。

 怖いもの知らずというか、自分とはまた違った強気なアプローチにボクは苛立ちを募らせながらも少なからず感心を寄せてしまった。


「…………もう何日もお預け食らってたんだ…………これくらい、いいだろ……」


 頬を紅潮させるティアを見下ろしながら紫髪の男は息を荒げる。彼女の背中に回していた手をその小さなお尻へまわし、まさぐりながら激しく何度もキスを交わし続けた。

 キスと同時に漏れる彼女の嬌声を前に、ボクは奥歯を噛みしめて視線を逸らすことしか出来ない。

 自分ではない別の男によって奏でられる音はボクを酷く不快な思いにさせていく。


「あんっ……はぁ……はぁ……あっ……んっ……ヴィンス、お願い。続きは部屋に行ってから……ここじゃあ、恥ずかしい……」

「我慢できねえ……今すぐにでもレティア様が欲しい。このままあいつらに見せつけてやろうぜ……」

「やだぁ……お願い、ワタシを部屋までぇ……」

「ちっ……仕方ねえな。レティア様がそうおっしゃるのであれば……よっと」

「きゃっ……もぉっ……ヴィンスは乱暴なんだからぁ!」


 しおらしい態度と口ではイヤイヤ言いながらも、満更でもないのが気に食わない。

 その後、猫を被ったティアは普段よりも大人しく、弱々しい女の子を演じながら紫髪の男に担がれてこの場を去っていった。

 後は選ばれなかったことによる悔しさに身を震わせる敗者4人が、いつも通りこの場で途方に暮れるだけ――。


「……ふん」


 そう、途方に暮れるだけだったのが……ティアたち2人が謁見の間から姿を消して直ぐ、残された4人の中で赤髪の男が1番にこの場を去っていった。

 いつもなら悔し紛れの嫌味の1つや2つ、他にも否応なしに憂さ晴らしの相手をさせられたりしていたのだが、このところ赤髪の男はボクに突っかかってくることが無くなった。

 今回もボクらに一目も暮れることなく、赤髪の男は2人が出ていった2枚扉を開けて出て行ってしまう。

 ボクとしては余計な気苦労を背負わなくて喜ばしいと思える反面、妙な気掛かりを感じていた。


 それも赤髪の男だけが残された4人の中でやけに落ち着いていたからだ。

 まるでティアに選ばれることに関心なんてこれっぽっちもないみたいに……むしろ、選ばれなくてよかったと安堵しているみたいに。

 ……それこそ、おかしい。

 確かにここ数か月、彼が1人で選ばれることは1度もなかった。

 選ばれるとしたら他のやつの同伴くらいで、それもいつだったか覚えてないほど前だ。

 ティアに仕えることが何よりの喜びと感じ、ティアの寵愛を受けることだけが生きがいと言ってもいい人形であるはずの彼が感情を震わせない理由が思いつかない。

 まさか、選ばないことに慣れたとでも言うのだろうか。それなら余計に不満を余所でぶつけようとしてもおかしくない……と、彼のことは直ぐにどうでもよくなった。

 それよりも今は自分が選ばれなかった悔しさで、紫髪の男と共にティアが消えた扉の先をいつまでも恨めしそうに眺めることで精一杯だったからだ。

 毎回毎回、もう何百回とこの光景を目にしてるのにボクは相も変わらず同じ反応を起こしてしまう。


「はぁあ……今日は僕のこと呼んでくれると思ったのなあ。もう、がっかり。最悪だよ……」


 そうボクが恨めしくいつまでも閉じた2枚扉を見つめていると、残された近衛のひとりがそんな風に愚痴った。

 今のはボクに話し掛けたのかと気だるげに桃髪の少年へと視線を向けると、彼は苛立ちを乗せた表情を歪めてこちらへと微笑んできた。


「あははっ、お兄ちゃんも悔しそうだね。なんなら僕が相手してあげようか? あのクソシキやクソヴィンスみたいにさ――なんてね。僕はあの2人みたいに見境もない豚じゃないよ。お前みたいなクソなんかに触りたくもないし、お前みたいな性別不明なクソなんかと同じ空気を吸ってるってだけでも吐き気がするさ」


 と、いつもは年相応……よりも幼い男の子をティアの前で演じている桃髪の少年は早口に罵って(……でいいんだよね?)きた。

 やはり、作られた性格だとしても時間の経過と共に変化していくのだろうか。ティアに見せている時とは裏表の差が激しい猫かぶりだ。

 桃髪の少年は愛らしく作られた容姿には不釣り合いな、意地の悪い悪態をつきながら、大股で謁見の間から姿を消した。


「……」

「……」


 彼の後姿を先ほどとは全く違った視線で見送った後、この場に残ったのはボクと青髪の男だけとなった。

 何気なく青髪の男へと視線だけを送ると、彼はボクをぎろりときつく睨みつけていることに気が付いた。


「……おい、あんた」


 そして、目が合った時に、青髪の男がボクを呼び止めた。

 珍しい――と思いながら、同時に直ぐしまった……と後悔するが、もう遅い。

 彼と目が合い、声を掛けられた時にはすでにボクは部屋を出て行くタイミングを失っていた。

 青髪の男は憂さ晴らしをボクで発散する様なヒトではないはずだが、もしかしたら彼もまた限界なのかもしれない。


(……仕方ないか)


 相手をするのは非常に億劫で仕方なかったが、ティアに習った余所行きの笑みを青髪の男に向けて聞き返した。


「なんでしょうか?」


 すると、青髪の男は眉をひそめつつボクへの嫌悪感を覗かせつつ……わずかな間を開けてから、しぶしぶという形で口を開いた。


「……少し、相談したいことがある。出来ればレティア様には内密に……いや、まずは話を聞いた後、レティア様に進言するか考えてもらいたい……」

「……相談?」


 他のやつみたいに性欲を発散する為にボクを呼び留めたのではないのか。

 思っていた反応とは全く違って、ボクは思わず笑顔を解いてしまった。

 一瞬呆気にとられつつも、いつもは顔を合わせるだけでも嫌な顔をする彼がボクなんかに相談したいことがあるという。

 ボクはもう1度笑顔を繕って「どうぞ」と彼へと促す。


「……実は――」


 青髪の男はたどたどしい口ぶりでその相談とやらを話してくれた。


 ――赤髪の男が城の外で見知らぬ誰かと逢引をしている、なんて信じられない話を。






 青髪の男がを目撃したのは、先日のルフィスさんたちが訪問した日のことだそうだ。

 直ぐにティアへと報告しに執務室に向かい、扉を叩く直前になって報告すべきかと部屋の前で思い止まったらしい。そして、長々と部屋の前で途方に暮れていると、ティア本人が外から現れたことで、あの日は逃げ出してしまったそうだ。


(……本人は逃げ出したのではなく、急用を思い出したらしいけどね)


 その後、青髪の男は報告する機会を失ってしまったことで、この数日ずっと悩んでいたらしい。


(……気持ちはわからなくもない)


 ボクもその話を聞かされた時は、思わず耳を疑いそうになった。

 最初は彼の勘違いじゃないか、見間違えたのでは……なんて逃避しそうになったが、いや――。


(……この状況はいずれ来るかもしれないと予想はしてはいた……けど、予想以上に。……いや、まだだ。まだ彼の発言だけじゃ確証には至らない)


 ボクはまだ青髪の男の話を信じたくなくて、頭に浮かんだ最悪の展開を無理やり切り捨てた。


「……本心を言えば、あんたなんかに相談なんてしたくはない。けれど、これ以上私1人ではどうしようもなく……しかし、このままレティア様に報告したとしたら……」


 青髪の男は顔すらも青くしてぶるりと肩を震わせた。

 おどおどと落ち着かない様子に、助けを求めるようにボクへと目配せのように何度も視線を送ってくる。

 ……彼はこんな気弱で情けない男だっただろうか。

 彼はティアから無愛想で寡黙といった、まるでイルノートをコピーしたかのような性格を与えられてるはずだ。

 しかし、こんな弱腰な性格になったおかげで、彼が早まってティアに報告をしないで留まってくれたと考えるべきか。


「……そうですね。ボク1人の時に話してくれて正解でした。こんな重大な問題をずっと1人で抱え込んでいたなんて、さぞ辛かったことでしょう」

「……レ、レーネ……!」

「もしも、あの時キミが立ち止らずにレティア様に報告していたら、きっとボクらは彼女の八つ当たりに巻き込まれていたでしょうからね。……あの時のレティア様は少しだけ機嫌を損ねていましたし」


 時たまボクに見せるティアの不条理な暴力を思い出したのだろうか、青髪の男は自分のお腹を触りながら、ごくりと喉を鳴らした。


「……で、では、どうする? このままにしておくのか? 多分、今日もあいつは……」


 今日も……なるほどね。

 だからさっき赤髪の男はあんな様子だったのか。

 まあ……このままにしておくわけにもいかないでしょうよ。

 ボクは内心もう勘弁してほしいと嫌気を差しつつも、笑顔を取り繕って答えた。


「わかりました。では、今からボクも確認してきます。だから、後のことはボクに任せてください。とりあえずキミはこの件について、何も知らなかったことにしておいてくれますか?」

「……あんたが? ……そ、そうか。わかった。後は任せる……」


 ……何がわかっただよ。ほっと安心したツラなんか見せてさ。

 やっぱり、お前もティアが用意したキャラ設定が崩れてるじゃないか。

 桃髪の少年と同様に、彼もティアが作り上げた性格からどんどん剥離してしまっているようだ。

 これが良いことなのか、悪いことなのかはボクにはわからない。


「では、私はこれで」


 と、彼は相談を始める前とは打って変わり、顔を引き締め……若干頬を緩ませてこの場から去っていった。

 逆に彼の肩に圧し掛かっていた荷物を全て引き受けたボクの顔は変わらず苦いものだった。

 肩を落としながら、仕方なくとボクもこの場を後にした。

 そして、ティアが紫髪の男とよろしくやってる間にお城を抜け出し、話の真相を確認するために彼のもとへと向かう。


(そういえば……ひとりで外に出るなんて初めてかもしれないや……)


 ボクがラヴィナイに来てからというもの、ティアとの同伴以外で城を抜け出すなんてことは記憶している限りでは一切ない。

 しかし、1人での外出に高揚感は全くとなかった。

 焦燥とも呼べる嫌な気持ちが無ければ、もしかしたら楽しめたのかもしれない。

 

 さて、目的地はお城から目と鼻の先、城壁の外を囲うように連なった民家の1つだ。

 城門を抜けて程よく歩いてあっさり到着するような近場に彼がいることは直ぐに出来た。あとは、ひょいっと空を舞いその民家の裏手へと回るだけだ。


 夜の国であるラヴィナイは朝を迎えれば眠りにつく。

 今の朝を迎えたばかりの時間帯では大体のヒトが就寝前と言ったところだろうか。まだまだ明かりが灯った家もあるが、その数もちらほらと消えている。

 裏手に回ったこの家も灯りは消えていたが、中からも微かな物音が聞こえてきた。

 壁を隔てたその音からは何をしているかまではわからないが、彼が――赤髪の男がその民家の中にいることは……微量ながら自分の体内に存在する彼の魔力を通してしていた。


『――赤髪の男がとある女と街中で抱き合っていた』


 そう青髪の男はしどろもどろにボクに教えてくれた。

 目撃したのはただ文字通りハグをしているところだったそうだが……まあ、ただそれだけで赤髪の男がラヴィナイの国民と逢引をしてると決めつけるわけにはいかないから、こうしてボクが出向くことにした。

 まあ……青髪の男の考えはどうやら合っていたらしく、あの時はティアに報告しなくて本当に正解だったと心から思う。

 だって、デバガメみたいにみっともない真似をして、恐る恐ると窓から家の中を覗き込むと、人影となった2人がベッドの上で仲良くしている様子が伺えたんだからさ。

 彼の話を聞いて懐いた不安が確かなものになっていく。


「……はぁぁ」


 ボクは深く溜め息をついた後……意を決して覗き込んだ窓へと飛びかかった。

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