第262話 鳥は歌わない

「シズク、愛してるわ。これからもずっと……」

「…………うんっ!」


 顔を見合わせ照れ臭そうに笑う2人が、自分のことみたいに嬉しくて仕方なかった。

 だから――。


「シズク、行こう!」

「……ルイ!」


 ぼくはシズクの手を掴んで、顔を真っ赤にはにかむレティの元へと駆け寄ろうとした。直接触れ合ってこの気持ちを3人で分かち合いたくて堪らなかったからだ。

 急ぐ必要はなかった。シズクとレティの隙間は歩いても5歩も無い。

 ぼくなんて2人の間にいたようなものだから、あと1歩大きく足を出せばレティを抱き締められるような距離だった。

 そんな僅かな隙間ですら今のぼくにはもどかしかった。

 今はただ、ぼくは2人とこの新しい関係を喜びたかった。


「レティっ!」

「ル、ルイ!」

「シズクっ!?」


 新しい関係と言っても今までと何ら変わることはない。

 今日という特別な日が終わっても、明日は今まで通りの3人での日々は続いていく。

 また喧嘩だって沢山するだろうし、他愛ないことで張り合って空気を悪くすることだってしょっちゅうあると思う。

 でも、昨日までのぼくらと決定的に違うのは、恋人から夫婦という呼び方になることだ。呼び方が変わった以外はこれまた何も変わらない。

 でも、その呼び方がぼくにとってはとても重要だった。

 シズクをぼくの夫だと呼べることがこの上なく幸せなんだ――。


「って、シズクっ! あぶなっ!」

「わっ、あっ、ごめんっ!」

「も――、シズクっ!」


 あ、やっちゃった。

 強引に手を引いてしまったせいか、シズクの足がもつれて前のめりに転びそうになる――でも、大丈夫!

 前にいたレティは既に倒れ掛かったシズクへ手を広げてくれている。

 ぼくも転びそうになったシズクへと振り向きつつ、レティの腕の中に一足お先に納まった。そして、繋いだシズクの手を引っ張ってぼくたち2人で受け止めようとする――。


 先にレティへとたどり着いたぼく。

 驚きながらシズクを受け止めようとするレティ。

 転びかけながらぼくらを見つめるシズク。

 この3人で本当の家族になる。


 誰もがきっと幸せな先を夢見て手を伸ばした。

 これからもずっと続いていく3人での幸せの日々を今はただ、疑うことなく――。





 疑うことなくシズクとレティ、3人で抱き締め合おうとした。


 ――そんな時だった。


「ルイ、レティ――……っ……ぐぁっ!?」


 ぼくら3人の手が繋がれようとしたその瞬間、シズクは弾き飛ぶかのように後ろへと引っ張られていった。

 ぼくも突然のことで握っていたシズクの手を離してしまった。

 でも、その瞬間のことはしっかりと目にしていた。

 ぼくらの手が結ばれるその前に、シズクの身体に黒いもやが絡みついたんだ。

 最初は首、ほぼ同時に両腕両足とシズクの身体に纏わり付いた黒いもや――拘束具に繋がれた鎖が、シズクを強引に引っ張っていったんだ。


「「シズクっ!?」」


 離れた手を今1度伸ばしても時すでに遅く、シズクは首にはまった首輪を掴み、苦しそうな顔を見せてぼくたちから遠く離れていく。

 ぼくもレティも、引き離れていくシズクの名前を叫ぶことしか出来なかった。


「レっ、ルっ……っ!?」


 ジャリジャリと鎖と地面が擦れるような音を立てながら、シズクはその鎖の所有者らしき人物のもとへと地面を引き摺られていく。

 ……自分でもどうして動けなかったのか、助けに出れなかったのかはわからない。

 大切なシズクがひどい目にあってるって頭ではわかってるのに、ぼくは呆然とシズクがその人物に抱き留められるまでの一切を見届けてしまったんだ。


(なに……どういうこと……あっ!?)


 だけど、レティと繋いだ手がぎゅっと強くなったことではっと正気に戻った。


「シ、シズっ……あんたっ!!」

「え、えっ、シズクっ……君はっ!?」


 どちらかが握り返したのかはわからない。けど、それがきっかけとぼくたちはまたシズクの名前を呼び、続けてそのシズクを引っ張った相手を見て目を丸くして驚いた。

 黒いもやのかかった鎖に縛られたシズクを抱き留めたその人物は、くすくすと楽しそうに笑っていた。

 真っ白な長い髪を掻き分けて、黒い瞳を細めて笑うその女の子にぼくは見覚えがあった――。


「みなさーん、お久しぶりでーす! ワタシ、会いにきちゃった!」

「君は……ティア、ちゃん?」

「そうです! そのティアちゃんですよ! そちらこそルイさんにメレティミさんでしたよね! やっぱり2人って姉妹とかだったのかな? すごい似てたからあれもしかしてって思ってたんだよね!」


 そうだ。ティアちゃん。

 以前イルノートを探して向かったラヴィナイで出会った女の子だ。


「……ルイも知ってるの?」

「う、うん……前にラヴィナイでちょっとだけお世話になった、けど……レティも?」

「……ええ、会ったわ」


 2人とはラヴィナイですれ違いになった話をしたことはあったけど、そこでティアちゃんに会ったことは話していない。

 お世話になったって言っても、イルノートがいる部屋に案内してもらっただけ。話すほどでもなかった。


「……2度と会いたくもなかったけどね」

「2度と? 何、どういうこと?」


 と、レティに訊ねながらぼくはティアちゃんに目を向け続けた。

 ティアちゃんと最後に会ったのはもう1年以上前だ……だというのに、ぼくの記憶の中のティアちゃんと、今目の前にいるティアちゃんがまったく同じに見えた。

 顔つきとか背丈や体格とか、12か13歳ってくらいの成長期で全く姿が変わってないことに違和感を覚えて仕方がない。

 レティは眉を吊り上げてティアちゃんを睨みだした。


「あいつに、ティアに……喧嘩を売られたのよ」

「喧嘩!? ティアちゃんと!?」

「思い出すだけでも腹が立つことがあって……きっとルイもブチ切れると思う。ややっこしくなるだろうから今は言わないけ――」

「え、えー! 教えてよ!」

「――だから今は駄目だって言ってんでしょ!」

「やだよっ! ぼくだけ知らないのはずるい!」

「だ――! うっさいっ、今はそんなことより――」


 レティのけち。ふんだっ……なんて、頬を膨らませて我儘を言ってる場合じゃない。

 変わってないって思ったのは背丈や容姿だけの話だ。


(ほんとうに、ティアちゃんなの?)


 目の前にいるこの白髪の少女が以前会った本人かと怪しんでしまう。

 それも今のティアちゃんは紫色をした膨大な魔力で包まれているからだ。


(この紫色の魔力……ぼくは前に見たことがある……)


 ティアちゃんが身体に纏っている魔力は、以前ラヴィナイに到着する手前に立ち寄った町で目撃した膨大な魔力とそっくりなんだ。

 可視化するほどの膨大な魔力――そんな話を以前どこかで聞いたようなと思っても、今は頭を悩ませている暇はなかった。


「あんた……! 一体どこから現れて、それにその鎖は何よ! あと、人のもんに勝手に触れるな! というか、その紫色のそれとか、あ――もう訳わかんない! どういうことか全部説明しろ!」

「ちょっとレティ落ち着いて……えっと、ティアちゃんだよね? ぼくもレティと同じく教えてほしいんだけど?」


 だけど、ティアちゃんはぼくらを無視するように、ぼくらと同じ様に驚いているシズクへと楽しそうに話し掛けだした。


「ねえねえシズクくん! 邪魔したのはワタシなんだけど、3人で何してたのかなー?」

「何って……“プロポーズ”……えっと、2人に求婚してたんだけど……」

「“プロポーズ”? ……あれ、もしかしてシズクくんって……なるほどなるほど。そうだよね! シズクくんがなんだから、転生者って線があってもよかったんだよね!」

「え? 王様? ……転生者!?」

「むむぅ? あれ、今2人って言った? メレティミさん、だけじゃなくて? あれれ、もしかしてぇーうふふ! シズクくんも隅に置けないね! メレティミさんだけじゃなくて、ルイさんまで手籠めにしちゃったの? 姉妹そろっていただくなんて悪いんだー!」

「それは……いや、待って! それよりなんで君が王とか転生者とか言ってるの!?」


 え、ティアちゃんがその話を知ってるってことはつまり……むぅ、なんだよ。

 こっちを無視してシズクにしゃべり続けるティアちゃんに、ぼくは腹が立つ。ぼくら以外でシズクにべたべた抱き付いているティアちゃんにムカムカしてしかたない。

 けれど、今のぼくは普段以上に心の中が鎮まっている。

 まるで初めて遭遇した魔物と対峙した時みたいに自分でも気が付かないうちに臨戦状態に切り替わっている。

 目の前にいるのはティアちゃんだ。魔物じゃない。じゃあ、どうして――なんて、あの紫色の魔力のせいだ。

 あの魔力を前にしているからぼくはムカムカしても前に出れないでいる。


「おい、お前! わたしらのこと無視すんな! シズクもそんなやつと口聞くな!」

「れ、レティちょっと落ち着いて……ぼく何が起こってるかわからなくて頭が追い付かないんだ!」

「ルイ放せ! 放せって……っ、だ――わたしにあいつを殴らせろ!」


 ぼくとは違って、レティはシズクのことで頭がいっぱいみたい。

 もしかしたらレティもぼくとは別の意味であの魔力を見て興奮しているのかもしれない。

 後先考えず今にも飛び掛かりそうなレティの腕を掴んで抑え続けていると、身動きを取られたシズクがぼくらの代わりとばかりにティアちゃんに訊いてくれた。


「……ねえ、ティアちゃん。これどういうことなの? 僕からも教えてほしいんだけど……」

「えー? 説明するのメンドー……まっ、でも、シズクくんの頼みならいいよ!」


 またレティが怒りそうな発言して、続けた。


「……あのね。実はワタシ、あなたを奪いにきちゃったんだ!」

「は?」

「「えぇぇぇぇ!」」


 ティアちゃんの思わぬ発言にレティと2人して叫んでしまった。

 シズクを奪いに? ティアちゃん何言って……あ、しまった! レティだめ!


「あんた、さっきから何1人で訳わかんないこと言ってんのよ! ――ちょっと、ルイ放せって!」

「だっ、だめだよ! レティ、行っちゃだめ!」

「あ――もうっ、あんたが欲しがったところでシズクはとっくに……いいえ、あんたに初めて会った時よりも前からシズクはわたしのもんだ!」


 ついつい力を抜いたことでぼくの制止を振り切って、レティがガシガシと強く足踏みを鳴らすかのようにティアちゃんの前に出てがなり立てた。

 ぼくだってレティと同じ気持ちだった。でも、今は駄目だ。


「れ、レティ落ち着こう? ……ねえっ、ティアちゃんそろそろ悪ふざけが過ぎるよ!」


 ぼくも慌てて苛立つレティを後ろから羽交い絞めながらティアちゃんを注意するけど、ティアちゃんはむっと頬を小さく膨らませてレティを睨み付けて言い返してきた。


「ふんっ、そんなの知ってましたよーだ! ……はじめてシズクくんとキスした時、彼の唾液には魔人族とは違う魔力が混じってたからね。ほんと、あの時は最悪だったなぁ。思わず安っぽい煽りまでしちゃったくらい。思い出すだけでも気分最悪! ……、あれあんたの唾液でしょ?」


 えぇっ、キスっ!? どういうことっ!?


(まさか、さっき言ってた話したくないことって……本当に、ティアちゃんがシズクにキスしたの!?)


 その答えをレティに聞き返さなくても、この場の空気からぼくは直ぐに悟った。

 レティは吊り上がった視線を背後にいるぼくに1度向けてから直ぐにティアちゃんを睨みつける。

 嘘でしょ? 本当に、キスしたの!?


「……わたし、まだその時のこと忘れたわけじゃないから。人の彼氏だって知っててキスするその神経を疑うわ!」

「れ、レティ! ほんとにティアちゃんはシズクにキスしたの!? ねえレティったらっ……――シズクどういうことっ!?」

「待って、僕は無実だよ! ティアちゃんが勝手にしてきたことだから!」


 頭の中がぐちゃぐちゃになって考えがまとまらない。

 この気持ち悪い空気の中ならなおさらいやだ。

 そんな動揺するぼくらを見てかティアちゃんはくすくすと笑いだす――ティアちゃんは抱きしめていたシズクから手を放した途端……ぞわりと背筋が震える。


「あー……もう、うるさいなあ。今ワタシはシズクくんと話してるの」


 急な寒気はシズクとのキスうんぬんで頭が真っ白になりかけてたぼくの意識を先ほど以上に鎮め、感覚を鋭くする。


 ――何か、来る!?


「ちょっとは気を利かせて……黙ってろよ?」

「黙ってろですって!? ふざけんじゃ――……っ!?」

「レティ危ないっ!」


 ものすごい嫌な気配が動き出すのを感じ、瞬間的にぼくは羽交い絞めていたレティの身体ごと、後方へと倒れるように飛び退く。


 ――ギリギリ、ぼくたちが立っていた場所は半透明の、が勢いよく通り抜けていた。


 尻もちを付きながら1度目を瞑っちゃったけど、どうにか避けることが出来たみたいだ。


「危なかった……」

「え、何、今の……」

「レティっ、ルイっ!」


 ふうと一息つく間もなくぼくはレティの身体を抱えたまま立ち上がって、また少し離れたティアちゃんを睨みつけた。

 隣でシズクが前に出ようとするが、いつの間にか全身に絡みついた鎖が許さないと邪魔をしている。

 何その鎖……。


「なんっ、どうしてこの鎖……!」

「あははっ、ダメだよ。そんなに暴れてもむだむだ! その鎖からは逃れられないよ!」


 鎖はティアちゃんが握っているのかと思ったけど、シズクの身体に巻き付いた複数の鎖の先は、宙に浮いたままだった……あれ、違うや。

 宙に浮いた鎖の先はシズクが動きに合わせて消えたり現れたりする。

 まるで海に釣り糸を垂らしたかのように何もない空中から鎖が伸びているみたいだ。

 魔法で操ってるとは思っていたけど、この鎖はまさか……。


(……魔道器?)





 シズクと再会するまで闇魔法だと思っていた特別な魔法をティアちゃんも使用できるのだろうか。

 先ほどぼくたちを襲った紫色の腕。魔道器の鎖に拘束具。

 そして、今もこの場に漂っている嫌な空気……。

 襲ってきたことを謝りもせずにティアちゃんは暴れるシズクを眺めながら、うっとりと笑って話し出した。


「……やっぱりシズクくんって綺麗だよね。最初あなたを見た時は何このクソ美少女は!? って思わず首を絞め殺してやろうかって思ったくらいだったなあ。だけど、男の子だって知ったら一転攻勢! こりゃ手に入れるしかないじゃない!」

「あんた馬鹿なの? 馬鹿なんでしょう? 何1人で盛り上がって――この馬鹿、わたしの話を聞け!」

「はわぁ……あれはもう愛憎混じった一目惚れでした。そこのメレティミの彼氏だってわかったら、なおさら欲しくなっちゃって…………そういう訳で、シズクくんはワタシが貰っていきますねー!」

「誰があげるもんか! シズクは今ぼくたちの旦那さんだもん! もういい加減にシズクを放してよ!」

「ほほぉ、じゃあ今はもうプロポーズも無事に終わって、人妻もとい人夫ってところかな? ひとおっとってゴロ悪いかも? ……はっ、もしやこれって不倫!? 略奪愛っていうの!? これはますます燃え上がっちゃいますってもんですよ!」


 何勝手なことを言って……!

 途中「あげるあげないって僕はモノじゃない!」と、鎖から逃げようと暴れるシズクが割って入ってくるけど、問題はそこじゃないでしょ!


「シズクは黙ってて!」

「あんたは黙ってろ!」

「シズクくんは黙っててね!」

「……っ……酷い……」


 三者三葉、声色に違いはあれど余計なことで喚くシズクを黙らせた。

 ……シズクを怒鳴ったらまた冷静に戻れた。

 気持ちはわかるけど落ち着いて、と羽交い絞めにしていたレティの耳元で囁いて、今度はぼくが一歩前に出て、ひとまずとティアちゃんに先ほど思いついたことを聞くことにした。

 ただ、キスのくだりはぼくも忘れたわけじゃない。


「ねえ、ティアちゃんも……レティたちと同じ異世界から来た人なの?」

「お、ふーん。そのことなら話したい気分。ルイさん、だだだっ、だーいせいかーいっ! って、あれ? もしかしてメレティミもそうなんだ? へぇ、アレに話に聞いてた通りだ!」


 やっぱり……。


「じゃあ、正解のおまけにおまけを足してもっとすごいことを教えてあげようじゃない! ティアちゃん太っ腹ー!」


 ぼくの質問に今度は無視をすることなく答えて、


「ふふふ、聞いて驚け! 自分が王だと騙されたネクラ貴族様や囮のおこさま剣士でもないっ!」


 自信満々とティアちゃんはぼくに合わせるように一歩前に出て――




「この超絶さいきょー美少女ティアちゃんが正真正銘オレっ娘プレイヤーの王なのだぁ!」



 ――そう、胸を張ってティアちゃんは驚愕の事実を言い放ってきた。


「あんたが、王? 嘘でしょ?」

「……ティアちゃんが?」

「プレイヤーの王って……まさか、本当に?」


 ぼくたちに説明をしてくれた白い青年が言うには残りのお気に入り――王様は3人しかいない。

 そのうちの2人はシズクとリコで……その話が嘘でなければ、ティアちゃんが3人目であり、このゲームの親であるプレイヤーの“お気に入り”ということだ。

 このことを2人に聞き返す必要はなかった。2人もぼくと同じ考えに至ったんだろう。

 前と後と、驚き戸惑う2人の視線を受けながら気にすることなくティアちゃんは続けて言い放った。


「王様であるワタシが欲しいと言うんだから黙ってシズクくんを渡しなさい! 欲しくなったら我慢できないの! 欲しくて欲しくて、この欲求を満たすためにワタシは今までなんでもしてきたの! だから、ね? シズクくぅん――」

「ティアちゃん……その話をしたら本当に冗談じゃすまない。ねえ、ルイも言ってたけど、そろそろこの悪ふざけはやめ――……んぐっっ!!」


 動揺を隠せずにいたシズクがティアちゃんを嗜めようとした――その時だった。


「なっ!」

「ああっ!」


 ぼくもレティも、当のシズクだって大きく目を見開いた。

 だって、ティアちゃんはシズクの唇を自分の唇で塞いだんだ!

 それは軽く押し付けるようなものじゃなく、いつもぼくとレティが夜にするような奴で……むさぼるようにシズクの唇を吸い上げては、声を上げて抗うシズクの口を楽しんでいた。


(それから、それから……気が付いた……!)


 ティアちゃんの目はキスをしているシズクではなく、離れて目を大きく見開いて震えているぼくたち2人の反応を伺うように見て、見てっ――!


「ぷはぁ……以前よりも別の魔力が混じってる。しかも前よりもずっと濃く……ひどいなぁ。ワタシがずっと糞さむい雪国に籠ってる間、シズクくんは随分と楽しい思いしてたんだね――……何、それ? 武器なんて取りだしてこわぁい!」


 レティが生み出した激しい暴風をぼくは止めることはしなかった。

 ぼくもまた自分で作り上げた無数の氷柱をティアちゃん……ううん、ティアへ向ける以外の選択はない!

 風が吹き荒れた後、ぼくらの上空には無数の剣と氷柱が出現していた。

 滞空している剣を生み出した鉄扇をレティは広げ、ぼくも氷絶のつるぎを出現させては身構える。


 ……もう、我慢なんて出来なかった。


 さっきまであんなに落ち着いていたっていうのに、今じゃもう目の前なんて真っ赤で何も考えられない。

 この嫌な空気も、不思議な鎖も、身体に纏っている魔力も。先ほどの腕も。全部、全部っ! どうでもいい!


「……それはもうおふざけじゃ済まないよ? なに……どうしたいの? どうされたいの? ぼくのシズクにキスして……殺されたいのっ!?」

「ねえ、いい加減にしなさいよ……ひとの、旦那に手ぇ出して許されると思ってんの? ふざけないでよ!」


 今はあの女を殺さないと気が済まない!


「ねえ、レティ……ぼくやだよ。あいつ許せないよ。もう、殺していい?」

「わたしもルイと同意見。……だけどあんなのでも殺すのはどうかと思うわ。だから、半殺しよ!」

「半殺し? 半殺しね……うん、そうだね!」


 ティアはしちゃいけないことをしたんだ。

 あっさり殺しちゃだめだよね!

 誰の何に手を出したのか、その身で後悔させてやるんだ!


「わぁ、やる気満々のヒステリック女ぁ……こわーい! ……ま、やってみれば?」

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