第250話 お前たち2人の為だけに作られた奴隷市場だった

「……取り込んでるところ失礼するわ。タルナ様がいらっしゃったんだけど、どういうこと? 貴方たちが会いに行くって話じゃなかったの? ……って、なぁに、どうしてメレティミ泣いてるのよ?」


 出発したはずの僕たちが帰ってきたことを知り、また、ウリウリアさんを追ってきたタルナさんがこの町に到着した事情から、軽いノックと共にガチャリと扉を開けてセリスさんが尋ねて来た。


「べ、別に泣いてなんかいわないよ……」

「いや、レティ。それは苦しいって……えっとですね――」


 と、僕らは今までの事情をセリスさんに説明すると、彼女はなるほどと頷き、


「まあ、手間が省けてよかったんじゃない? でも、今日はタルナ様をこの部屋に泊めることになるから貴方たちには他所に移ってもらうことにな……る……――ん? んん?」


 渋々とセリスさんは部屋の中を見渡し――イルノートに顔を向けたところで変な唸り声を上げて驚愕していた。


「そ、そこの銀髪の天人族の人っ……あれ、もしかしてっ!?」


 ずいずいと壁にもたれ掛かっていたイルノートに近寄っては、セリスさんはきょろきょろと彼を見渡し始める。彼女の凝視はルフィス様に比べたらカワイイものだが、初対面の相手にその行動はどうなのかな。

 僕はまた新しいモデルを見つけて興奮しているのかと思った。


『あ、あなたとても綺麗な天人族ね! ぜひ私のモデルになってくれないかしら!?』


 ――みたいな。

 だから「でも、残念! イルノートは男でした!」なんて言おうと思ったけど、どうやら僕の予想は違ったらしい。


「……あ、あの! もしや、以前お会いしたことありませんか!?」

「……さあ、すまない。人違いじゃないか?」

「いえ、その褐色の肌、流れるようなサラサラな銀髪……こんな美形をこの私が忘れるわけない!」

「…………私は知らん」


 どうやらセリスさんはイルノートと面識があるようだった。だけど、首を傾げて困惑するっていうか、うっとおしそうにイルノートは会った覚えはないと言う。


「ほ、ほら……10年くらい前! ご老人の亡骸を埋葬する場所を探してた貴方を案内したのが、私! 私、だから……覚えて、いません……か?」

「10年前? ……あっ……ああ、そうか。もしや、あの時に埋葬先を案内してくれた少女、か?」

「そうです! その少女が私です! 私、今もあのお墓の掃除しているんですよ!」


 ……2人の話を聞けばどうやらセリスさんはイルノートに頼まれて、とある老人の埋葬先を案内したと言っていた。

 とある老人……イルノートと関わりのある老人なんて、は1人しか心当たりがない。


「……それって、ラゴン?」

「ラゴンの墓があるの?」


 こうして、ミラカルドはラゴンのお墓が――僕が生まれ育った奴隷市場がある町だと、ここでようやく知った。





 ラゴンが眠るお墓はミラカルドの北口から少し離れた小高い丘の上にあるらしく、少しの休憩を挟んで僕たちは来た道を戻るように町中を進んだ。

 先ほどと違うのは徒歩であることと、大所帯であることだ。

 僕とルイ、イルノートと、ラゴンに所縁のある3人の他に、レティとリコ。

 体調を崩しているというのに自分は2人の護衛だと言ってきかないウリウリアさん。案内役だと言い張ってセリスさんも来ることになった。

 他にも、


「別にやることもないしな。2人になったらなったでキッカは勝負だ勝負だってうるさいし」

「レクが行くって言うならオレも行くからな! 別に他意はないからな!」

「彼とは多少縁があるとは言え、部外者であるあたしが行っていいかわからないけど、この子たちが何を仕出かすか……保護者のあたしもついていかないと駄目でしょ」


 という訳で、家の外にいたレクとキッカちゃん、町に到着したばかりのタルナさんまでもが同伴してくれることになった。

 ちなみにルフサーヌさんとテトリアはお留守番で、セリスさんが留守にしている間のお仕事を押し付けられてしまったようだ。テトも一緒に行きたがってたけど、僕らの邪魔をしたくないという理由と押し付けられた仕事から辞退していた。

 まあ、完全に部外者であるレクたちが同行するって言うんだから来ても良かったのに……と、その考えは途中で変わって僕らはテトを誘うことをやめた。

 その考えが変わった理由が、奴隷市場のあった場所にも立ち寄ることにしたからだ。


「……ここが、僕らがいた奴隷市場」

「うん。ぼくは覚えてる。大分荒れてるけどここだよ。ここの地下にぼくたちはいたんだ」


 だから、テトを呼ぶことをやめた。奴隷であった僕ら以上に奴隷として虐げられてきた彼女に、奴隷であったものに近寄らせたくなかったからだ。

 この場所に立ち寄る理由は特になかった。

 好き好んで行く場所でもないし、テトのことを抜きにして僕だって奴隷とかそういうことをひっくるめて金輪際関わりたくないとすら思っていたくらいだ。

 だけど、あの場所が現在どうなっているかこの目で確認しないといけないと思った。


「……信じられない。本当にこの町で奴隷の売買が行われていたの? 嘘よ。ここに住んでいたのは粗悪品のボロ生地をミラカルド織と偽って売りさばいていた太ったクズ男よ」


 そう、この場所に車で奴隷市場なんて無い、と言い切っていたセリスさんがボロボロの廃墟を前に口にする。

 それに対してここまで案内してくれたイルノートが鼻を鳴らして答えた。


「別に奴隷商が禁じられていることではないだろう。多くはないだろうがこう言った場は各地に点々と存在し、探そうと思えば思いのほか簡単に見つかる。しかし、だからと言って普通は奴隷商なぞ探すものでもないだろう?」


 先ほどまで馬車を走らせながら見つめていた湖畔を抜けた先、奴隷市場だった館は既には廃屋と呼んでいいほどに荒んでいた。屋敷の周りは生えっぱなし伸びっぱなしの雑草に覆われ、長いこと人が入り込んだ形跡はなかった。

 ここの家主……つまり奴隷市場のご主人様オーナーはセリスさんが町から追い出したらしく、その後は知らないとだけ聞いた。粗悪品の生地をミラカルド織と偽って高く売っていたというで追い出されたそうだけど――多分、僕たちが織っていた生地のことだろう。


 僕とルイの2人はイルノートの後を追った。ボロボロのほこり臭い屋敷内に入り、こちらだという彼に案内されて奥の一室の床に隠されていた地下へと続く階段を下りた。

 面白がってレクも入りたがっていたけど、そこは僕らに気を遣ってかレティが止めてくれた。

 こういうのに興味深々になるリコも今回は大人しくお留守番をしてくれるそうだ。他の人たちも皆、僕たちを待ってくれることになった。

 だから行くのは僕とルイとイルノートだ。

 確認のためだとセリスさんも行くことになったけど、彼女は地下へと続く階段を下り終え、重苦しい2枚扉を前に――


「……うわ……何これ……酷い臭い……。ごめん、私は無理だわ。上で待ってる」


 そう、漂ってきた異臭に顔をしかめ、これ以上はギブアップとばかりに断念した。


「……僕は行くよ。あれからどうなったのか知りたいし……」

「……ぼくも行く。ちょっと怖いけど、シズクといっしょに最後まで見る」


 僕だって同じくこの悪臭には腰が引けた。

 明かり1つない真っ暗な地下室に入ることにも、例え今の僕には恐怖という感情がないとしても悪臭の漂う闇の中に足を踏み入れることには抵抗がある。

 でも、この場所に入るのは僕の、奴隷としての最後の義務に思えて行くことにした。


 異臭の放つ扉を開け、直ぐに魔法で生み出した光球であたりを照らし――懐かしい、と言っていいのだろうか。

 入って直ぐのフロアは皆で集まった大広間だった。

 いつも眺めてはその先を知りたがっていたあの頑丈な扉の先がこの入り口だったんだと初めて知った。

 小さい頃よりも狭く感じたのは僕が大きくなったからだろう。

 入れ替わりは激しかったが奴隷十数人がこんな場所に集まったり、売買の場として使われていたことに複雑な心境になる。

 以前、ぼくたちの使っていたテーブルや椅子といったものはどれも壊れていて、残骸となって奥に転がっていた。

 その中でも奇跡的に形を保っている椅子をイルノートは起こしては、どっしりと座って足を組んだ。


「……この地下はベルフェオルゴン様が魔法で作ったものだ。そして、ここの全てはシズクとルイ……お前たち2人の為だけに作られた奴隷市場だった」


 ……は?


「僕たちのために?」

「ああ、金に困ったこの館の主に話を持ち掛けてな。それと私の魔法で少しだけ素直になってもらって……いや、はぐらかさずに言おうか。奴隷市場の主人であった男は私が闇魔法で記憶を操作していた」


 今では手狭にも感じるけれど、ここまでの規模の地下室全てをラゴンが魔法で作ったって言うんだ。壁のあちらこちらには地上に繋がる通気口もあったりするのに強度はかなりのものらしい。

 流石、ラゴン……。

 いや、それなら他にやり様はあったんじゃないだろうか。僕としてはルイには太陽の下で育ってほしかったよ。


「というか、そもそもの話、奴隷にすることなかったんじゃないの!?」

「……それは私の体質とベルフェオルゴン様の都合でもある。お前の魔石が弱まった時に彼はかなり無茶をしてな、各地で追われることになったため身を潜める必要があった」

「それってどれくらい? 地下に潜らないといけないほどだったの?」

「……一時期、どこの冒険者ギルドでも赤段位クラスの賞金首にされていたと言えば程度がわかってもらえるか?」

「う、それってかなり無茶したんじゃ……」

「……各地を回る足が必要で国営の飛空艇を奪い取ったのが決め手だろうな。その後も色々な場所に忍び込んではなりふり構わずと派手に魔石を探し回ったよ。私はなるべく隠密に行動をしていたが、ベルフェオルゴン様はあっさり顔が割れてしまい……ま、今となっては笑い話に出来るが、当時はそれだけ焦っていたってことさ」


 ハイジャックなんて真似もしたんだ……。

 うわあ、なんだか信じられない。


「そして、ユッグジールの里でランから魔石を……預かった後、流石に逃げ回るわけにもいかないのでこのミラカルドに潜むことにした。……このあたりは1年を通して比較的気候が変わらないことも重要だった」


 当時の僕というか、僕だった魔石がことも原因にあったという。

 生まれてきた子が虚弱で生まれてきてしまった時のことを踏まえると極寒の地であるコルテオス大陸は厳し過ぎる。テイルペア大陸は極端に暑さに弱いイルノートの体質から。ゲイルホリーペ大陸の場合は種族的な事情から余計な問題を引き起こさないために、とのことだけど……まあ、あそこはラゴンが盗みを働いた場所でもあるからね。

 また、イルノートも含め、僕らが長いこと売られなかった理由は金銭面だけじゃなく、彼が裏で客たちすらも闇魔法で操っていたこともあるとか。

 ならいっそ、ゼフィリノスにもその闇魔法ってやつをかけてくれたらよかったんじゃないかと思う。


「ベルフェオルゴン様が亡くなられたばかりで私も考える余裕が無かったんだ。だから、グラフェインほどの名家に住まわせてもらえるならその方がいいだろう、と……はは、まさかあそこまでの妄執を見せるとは思いもしなかったがな」


 そう、最後にイルノートは楽しそうに笑う。

 まったく、笑い話じゃないよね。というか、それでも奴隷じゃなくてもいいんじゃ――と思ったけど、これ以上会話を交わすことなかった。

 ……話はここまでだ、とイルノートが終わらせたこともある。

 上で皆を待たせている分、ここで時間を浪費しているわけにもいかないということもあった。

 イルノートはこの大広間で待つと言った。

 後は僕らの好きにしていいそうだ。


「じゃあ、ちょっとだけ行ってくるよ」

「イルノ……お父さんも臭かったら先に戻ってていいからね」

「ああ……行っていらっしゃい」


 そして、僕たちは大広間から馴染みのある扉を開いて、懐かしの奴隷市場の探索を始めた。

 以前は入ったことが無かった全ての部屋を回ったりもした。部屋に残っているのは以前の住人が遺していったであろう寝具らしきボロボロの布切れやら衣類くらいだ。

 他の奴隷たちにとってはただただ寝る場所でしかなかったためか、何もないといっていい様なものだった。

 厨房だった場所は、残された食料が腐って酷いありさまになっていた。

 さらに僕らが用を足していた便所ともいうべき場所からは糞尿といった匂いが……。


「汗くさジグの部屋なんか比じゃないほどくさいね……」

「汗くさジグ……懐かしいや。初めて物置の外に出た日のことを思い出すよ」

「……そうだね。その日からやっとぼくたちが始まったんだなって思うよ」

「……うん。臭いに困った僕たちがラゴンに相談して、魔法を初めて見て……何もかもあの日が……」


 地下室の探索に費やした時間は思ったよりも直ぐに終わった。

 僕たちは大広間に戻って最後まで待ってくれていたイルノートと共に地上へ戻ることにした。


「……ここの人たちはどうなっちゃったの?」

「さあな……。全て買われたか、逃げ出したか……遺骸が見当たらないとしたら、ここから出ていったとは思うが……」

「……」

「……」


 地上へと戻りながら僕たちは残った人たちのことを話した。

 最初は何人か知人もいたが、僕らが出るころには誰1人として仲の良い人はいなかった。だから、彼らがどうなろうとも僕には関係ない。関係ないはずだけど、聞かない訳にはいかなかった。

 買われたか、逃げ出したか……どちらにしてもこんな場所に取り残されなくてよかったと思うくらいはしてもいいはずだ。





「――そう言う訳で、じゃあ後よろしく」

「うん、任せて」


 地上に出て、屋敷を出た後の僕らはこの場所を土魔法で埋めることにした。地下から戻って後にセリスさんから頼まれたことでもある。

 ラゴンの魔法で頑丈に作られているとはいえ、今後のことを考えれば陥没する可能性もあるだろう。

 もう廃墟だとしても、奴隷市場なんてものはこの町には全くと必要のないものだ。


「おーい、みんな巻き込まれないように注意しろよー!」


 この場所を埋めることに、何の感傷も懐かなかった。

 管理人だったラゴンの部屋を見ても、そこはもう僕が殺したあの男の場所という印象しかなかった。

 もう思い出せもしないあの嫌な匂いも周りの異臭に紛れてすっかり消えていた。でも、洗ったのか削ったのかはわからないけど、床に残った幽かな焦げ跡もその思いを強めた。


「……準備は良い?」

「うん……じゃあ――みんな行くよ!」


 僕たちはレティとレクの力を借りて、地下を崩落させることにした。

 無詠唱で魔法が使える僕ら4人は四方に別れて地面に向けて手を合わせて……魔法で屋敷周辺を、いや屋敷を含めて物凄い音と共に瓦礫に埋もれさせた。

 崩落を終えた後は土塊や岩といったものを周りの土地から集めては地面を均した。若干へこんでいるがいずれ雨風で長い月日をかけて均等な大地に戻るだろう。

 特別持ち去るものもなかったので、大広間に残っていた家具なんかはいずれ土壌に還ると思う。

 以前と変わらずの物置小屋にまだ残っていた、赤ん坊の頃に使っていた檻なんかの金物は知らないけど、持ち出す気なんて一切起こらなかった。


「……終わったね」

「うん……いこっか」


 その後、僕たちは……今度こそラゴンの墓参りに行くことにした。

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