第249話 僕の自慢のお嫁さん……奥さんたちだ

 イルノートの冗談に肝を冷やしつつも、どうにか彼女らの肉親から結婚の許しを貰えた。

 2人との仲を認めてもらえて貰えてよかった――そう、ほっと胸を撫で下してたのも束の間のこと。


「――ああ、悪かった。私が悪かったよ……」

「謝れば済む話じゃない! まったくっ、貴様はおふたりの父親だという自覚が足りてないからそんなふざけた――」


 場の空気を和らげるためだったと釈明をするイルノートに、くどくどと説教を続けるウリウリアさんの横顔を見たことで、


「……)


 僕が懐いた一時の安堵はあっさりと崩れた。

 彼女の真っ赤になった眼を、瞼を泣き腫らすほどに充血させた瞳を見て、自分のに遅れながらに気が付いてしまったんだ。


「……あの、お話の途中ですけど、いいですか?」

「――な、なんだ……シズ、シズク。そのっ、わ、私はお前のためにこいつを叱っているんだぞ?」

「え、それはありがとう……じゃなくて、2人を呼んできてもいいですか?」


 そのことに気がついた時にはもう居た堪れなくて仕方なかった。


「……ぜひとも、呼んできてくれ。これ以上の小言は耳に痛い。まったく、慣れないことをするもんじゃないな」

「……わかった。おふたりを呼んできてくれ。しかし、フォロカミ……これで終わるはずがないだろう? 今日という今日は勘弁ならん。貴様にはおふたりの父親というものを私が教えてやる!」

「はあ……もう勘弁してくれ……」


 だから、僕は2人を呼んでくるとをして部屋の外へと逃げだした。


「……はあ」


 閉めた扉を背に、両手で顔を覆って天井を仰ぐ。

 話し合っている間もずっとそこで待っていたのか、部屋の外にいた青髪と赤髪の3人の伺うような視線にも気が付かずに……。


「あ、シズ――」


 そのうちの1人ルイに自分の名前を呼ばれたことにも気が付かずに……。


「……ごめんっ……なさいっ……!」


 僕は閉めた扉の向こう側にいるウリウリアさんにぼそりと謝った。

 ウリウリアさん、ごめんなさい。

 呟いた言葉はその一言だけだったが、胸の中では続けて何度も謝った。


(ごめん。ごめんなさい。ウリウリアさん。ごめんなさい)


 涙が出ないように上を向いて、本来謝っちゃいけないことだってわかるから口にしたのは最初の一言だけで……。


「はぁ……」


 僕はただ、2人との日々を失いたくないだけだった。

 それだけだった。

 以前とは違い、この1年でしっかりと自分の中で成形した2人への想いをはっかりと言葉にしただけだ。

 ただ、それだけなんだ。

 でも、その結果がウリウリアさんの涙を浮かばせたあの目を、彼女の赤くなった目を見て思ってしまう。


 心からの気持ちを彼女に伝えるつもりだったけど、実際は無理やり言い包めただけだったんじゃないか……と――。

 今の関係を壊されたくない、奪われたくないがために強引に自分の気持ちをウリウリアさんに押し付けただけなんじゃないか……と――。

 自分の都合だけ押し付けて、ウリウリアさんの気持ちなんて全くと考えてなかったんじゃないか……と――。

 彼女の大切な、ブランザさんの忘れ形見ともいうべき大切な2人を僕が奪い取っただけじゃないのか……と――。


「シズク、ないてるの?」

「……リコ」


 呼びかけられた声と同時に裾を引かれた方へと頷くように首を傾け、指の隙間から覗いてみれば、リコが足元で心配そうに僕を見上げていた。

 ここでやっとリコのことに気が付き、僕は覆っていた両手で顔を擦り、彼女へと向き合った。

 泣いてはいない。泣きそうになっただけだ。


「泣いてないよ。ちょっとだけ、緊張をほぐしていたんだ」


 無理やり笑って嘘をつく。緊張なんてとっくになくて……でも、かっこ悪いからって僕はとぼけた。

 続いて、リコを入れた視界の中に、僕の対面にいる2人にもここでようやく気が付いた。

 ルイは今にも溢れそうな、嬉しそうな笑みを浮かべている。

 レティは呆れているような、困ったような顔をして苦笑している。

 気が付かなかったとはいえ、かっこ悪いところを見せちゃった。


「……終わったよ。どうにかウリウリアさんには結婚、許してもらった」

「うん! ぼくたちも外で聞いてた! そのっ……シズク、ありがとう。ウリウリを説得してくれて」

「……シズクに嫌な役押し付けちゃった。悪かったわね……本当ならわたしがすべきことだったのに……」


 何言っているんだ。ウリウリアさんの説得を僕がするのは当然だよ。イルノートの件だって元々、男の僕がすることだったんだから――なんて胸を張れればどれだけよかったことか。

 僕は2人に胸を張れなかった。逆に胸を丸めて深く息を吐き出し、扉を背にしてしゃがみ込む。

 おまけに、胸の中に渦巻いた今の思いを2人へと吐き出すなんて醜態も晒してしまう。


「これで良かったのかなって思った……」

「どういうこと? えっ、シズクはぼくたちと結婚したくないって思ったの!?」

「……ううん。2人とはいつまでも一緒にいたいって思いは今も変わらない。……ウリウリアさんとの話し合いが終わった直後だって僕は2人を取られたくない、引き裂かないでほしいって気持ちのままだった」


 ……けど、今はさ。


「僕がウリウリアさんから2人を奪ってしまったのかって思って……」

「何それ。今さら余計な罪悪感に苦しんでるってこと?」

「……そんなところ」


 と、がっくりと肩を落としながら僕は俯く――いや、俯こうとしたところで、レティが大声で叫びだした。


「ばっかじゃない! ……ウリウリ! 聞こえる! シズクの馬鹿がウリウリからわたしたちを奪い取っただとかなんとか言って勝手に落ち込んでるわよ!」

「ちょ、ちょっとレティ!」

『そう思うなら最初から結婚なんて考えなければいいと私は思いますがっ!』

「……う、ウリウリアさんっ!」

 

 だから、俯く前に放たれたレティの大声に部屋の中から響くウリウリアさんの怒鳴り声に似た返事に驚き、身を震わせた。

 ウリウリアさんの扉を挟んだ大声は続いた。


『なんですか、情けない! 私はあなたに同情されるためにおふたりとの婚姻を許したわけではありません!』

「……でも、僕はウリウリアさんのことを思――『黙りなさい!』――って……っ!」

『では、私が寂しいのでやめろと言えば貴方たちは素直に従ってくれるんですか!』

「それはっ、そんなの……!」


 そんなの無理だ――と、その時の僕はどんな顔をしていただろう。

 やっぱり、ウリウリアさんには認めてもらえなかったんだってしょげてたのかな。

 それでも、とウリウリアさんに反論しようときっと引き締めたのかな。

 自分のことなのに自分の表情がわからなかったのは、僕が言い返すよりも先にレティが、続いてルイが、2人が声を上げたからだ。


「……わたしはするわ! たとえウリウリを寂しがらせることになっても、わたしはシズクと結婚する!」

『べ、別に私は寂しいなんて……本当に後悔しても知りませんよ! シズクだって2人と結婚した後に後悔したって思っても遅いんですよ!』

「大丈夫! シズクに後悔なんてぼくがさせない! もちろんっ、ぼくもっレティだってっ、結婚しなかった方がいいなんて絶対思わないから!」

『そうですか! なら、しっかりとその男を2人で縛りつけておきなさい!』


 ――だから、今の僕はきょとんと呆けた何とも情けない驚き顔だ。


 そんな情けない顔を晒した僕を2人は笑うでもなく、しっかりとした眼差しで見据えては、安心しろと言わんばかりに頷いてくる。


(……まったく、レティもルイもなんとも逞しいことで)


 こんな勇ましい2人の姿を見せつけられては、くよくよ落ち込んだ姿なんて見せていられないじゃないか。

 僕はもう仕出かしてしまったんだ。

 自分で選んだ結果に後悔なんかしちゃいけない――ルイとレティ、大切な2人を前に、自分自身を奮い立たせる。


(……ウリウリアさん、ごめんなさい。僕はあなたが大切にしていた2人を頂きます)


 だから、胸の中で謝るのはこれで最後だ。

 ここから先は自分の選択した先へと顔を向けることにする。 


「いつまでも扉越しで話すのもなんだし、部屋の中に行こうか」

「ええ、行くわ。直接ウリウリに言ってやるんだから!」

「うん! ぼくも言う! いつまでも3人いっしょだってことをウリウリに沢山言いたい!」


 いや、別にもう言わなくても伝わってると思うよ……なんて、甘い考えかな。

 にっこりと不敵に笑う2人から手を差し伸べられて、僕は両手で彼女たちの手を取ろうとした――でも、立ち上がるその前に、


「シズク」

「……ん、何?」


 と、リコが僕の首に腕を絡ませるようにして抱きついてきて、耳元で囁いてくる。


「……ルイもメレティミも、やさしいな」

「うん。僕の自慢のお嫁さん……奥さんたちだ」


 僕も同じ様にリコの耳元で小声で囁き、笑みを浮かべる。

 ぎゅっとしがみ付いたリコを首にぶら下げながら、2人の手を掴んで引き起こされた。





 改めてウリウリアさんとイルノートに頭を下げて、今度は3人で結婚する意志を伝えた。

 2人の父親であるイルノートの反応は「好きにしろ」と素っ気ない一言だ。

 僕が昔から知る普段通りのすました感じに――いや、小っ恥かしそうに口元を緩めつつそっぽを向いた。

 ウリウリアさんの場合はいつも見せていた無表情をそのままに小さく頷くといった反応だった。

 でも、どうやら僕の知るいつものウリウリアさんとはだいぶ違うようで、小刻みに肩が震えていることに気がついたあたりから急激な変化を見せた。

 彼女の唇が震えだし、何度も瞬かせた目はうるうると滲みだす。

 仕舞いには嗚咽も漏らし始めだして……。


「う……うぅっ……」

「ちょ、ちょっと、ウリウリ泣かないでよ!」

「ず、ずびばぜん……ぐすっ……で、でずが、ごのっ、ウリウリア・リウリア……決心ぢだとはいえ、フルオリフィア様が嫁に行っで、しまわれると思っだら……つい、ついぃぃぃ……!」

「や、やだなぁ……わたしが嫁に行くんじゃなくて、シズクが来るんだ……って……ぐすっ……やだ、わたしまで泣けてくるじゃない!」


 え、やっぱり僕がそっちに婿入りするの? ――なんて、水を差すような真似はしない。

 もらい泣きとばかりにレティも肩を震わせながらウリウリアさんに近寄って、2人して強く抱き締め合った。

 先ほどのものとはまた違う、わだかまりのない心からの抱擁に思えた。


「……ウリウリアさんに認めてもらえて本当によかった」

「だね。ぼくも安心しちゃった。やっぱりウリウリに認められないまま結婚しても後味悪すぎ――ん?」

「なあ、シズク、ルイー?」


 ルイと並んで抱擁を重ねて感涙に浸る2人を眺めていると、ふとリコが僕らの袖を引いてくる。

 僕はリコの両脇に手を差し込み抱きかかえ、ルイと共に笑いながらどうしたのかと訊いてみた。


「何リコ?」

「あのな、なんかね……えーっと……けっこんしきについてはかんがえてるの?」

「え、結婚式? 結婚じゃなくて?」

「うん、けっこんしき」

「……」


 僕は口を閉ざした……いや、ぽかんと口を開いた。

 すぐさま胸に抱いたリコを挟みつつ、ルイの顔に近づいてぼそりと小声で尋ねてみる。


「……ルイ、考えてる?」

「え、ぼくはてっきりシズクが……?」

「じゃあ……レティ?」


 未だヨヨヨ……とすすり泣いているレティへと2人同じく視線を向けるが、ここで式がどうだと横槍を入れられるような雰囲気じゃない。

 でも、レティが考えているのかといえば……。


「えっと、ウェディングドレスを頼むくらいだから考えているに違いないって、ぼくは思う……よ!」

「……そう? あのレティだよ? 周りにはしっかりしているように見せようとしながら、実は結構いい加減で抜けてて、ズボラだったりするレティだよ?」

「し、シズク……ちょっとそれは言い過ぎじゃない、かな?」


 さあ、どうかな。

 旅の準備を僕に全部丸投げするくらいだしね。今回の4人で旅に出た時もそう。

 そりゃあ、勝手がわからないからって言うのも認めるよ。僕だって別に文句も言わなかったし、わかったって素直に承諾もしたし……けど、レティは自分のしたいことを優先させるがある。

 だから、かどうかは知らないけど、きっと結婚イコール結婚式イコールウェディングドレスと1番重要な間を飛ばしてドレスだけ考えちゃった場合も……。


(まあ……だからって全部レティに丸投げするって訳じゃない。まったくと考えてないって言ったけど、これっぽっちも考えて無かったわけじゃない……)


 ……なんて、うん。

 考えて無かったわけじゃないけど……それは漠然とした想像の中っていうか、2人とならこんな感じかなって言う妄想の中でのことだ。


(……いや、だからまったくと考えてないってわけじゃなくて、いや……うん。考えてません。ごめんなさい)


 僕はリコをぎゅっと抱きしめ、ちょんと尖った耳に顎を埋めるように頬ずりしながら、再度ルイに聞き返す。


「……どうしよう?」

「どう……って、何が? え、結婚するんだから結婚式もしないと!」

「そうだよね……やらなきゃダメ、だよね?」

「えっ……シズクはしたくないの!? ぼくたちと結婚式挙げたくないの!?」

「そうは言ってないけど……」


 僕だってしたいよ。2人には素敵な、それこそ一生の記念になるような最高の挙式をさせてあげたいと心から思う。

 でも、1から式の準備を考えるとなるとこれが結構胸に重くのしかかる。

 場所の確保、式場の内装、式の進行、来客への対応や他諸々……ウェディングドレスが完成間近っていうことだけは幸いだ。

 以前の僕だった頃は縁が無くて結婚式には1度も参加したことはなかった。

 何となく雰囲気では知っているけど、実際の式の流れっていうのを僕は知らない。この世界の挙式のことはユッグジールの里で見たドナくんの式くらいだ。

 あれ以外にもあるのだろうか。

 ただ、今の僕には“プロポーズ”っていう下手したらウリウリアさんの説得以上に重要な案件が残っているんだ。


「……シズクひどいよ。ぼくたちがこんなにもシズクのことが好きなのに、真剣に考えてくれてないんだね……」

「考えてるよぉ……だからこそ今は他のことを考えたくないんだよぉ……せめて、それが終わってからにして欲しいんだよぉ……」

「……ってなんだよ!?」

「それはぁ……はっ! いや、だから、僕にも色々あるんだって!」

「色々って何!? ぼくたちにも言えないことなの!?」


 こんなにも考えているからこそ悩んでいるっていうのに、ルイは全然僕の気持ちを察してくれず、ものすごく不機嫌になる。

 僕だってレティとウリウリアさんとは別の意味で泣きそうになるよ。


「はあ、やれやれだな」


 今にも地面に膝をついて嘆きたいほどに落ち込んだ僕を見てか、胸の中にいるリコが呆れるような声を上げた……。

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