第248話 それでも僕は最後まで2人と共にいたいと願っています

 リウリアさんが目を覚ましたのは数時間後のことだった。


 あれから僕らは回れ右と馬車にリウリアさんを乗せてセリスさんの家へ。勝手知ったるとばかりにリウリアさんを担ぎこみ、昨晩僕たちが借りていた部屋のベッドへと横たわらせた。

 その後はレティとルイの2人が眠り続ける彼女の両隣に着き、両手を握り続けて見守って――。


「……ここ……は……?」

「「……ウリウリ!」」

「……フルオリフィア様? …………そうですか。面目ありません……心配していたというのに心配されるとは……」


 夜通しの飛行とそれに伴う魔力消費によりリウリアさんは心身ともに衰弱していたが、命の危機ということなさそうだ。

 ルイもレティも左右から目覚めたリウリアさんを挟み込むように抱きついていた。

 彼女たちから離れたところで僕とイルノートはお互いに顔を見合わせ、安堵のように笑みを浮かべた。


 3人は何かを話すということはなかった。言葉の無い抱擁で、お互いを確かめ合っているように思えた。

 でも、久しぶりの再会や安否の気遣いで、今までの仲違いも何もかもが解決したわけじゃない。


「……なに、ウリウリ」

「……え、シズクに?」

「……おふたりだけ、席を外してもらいたい。お願いします」


 どうにか落ち着いてきた頃、リウリアさんは2人の耳元で囁き……2人ははっと真剣な顔をして、3人一斉に僕に顔を向けてきた。


「シズク……話があります」

「はい……」


 ルイとレティに席を外してほしい、と言う最後の方は僕の耳にも聞こえていた。

 ルイは嫌がりつつもリコを抱きかかえ、レティも僕の顔色を伺うような視線を残して部屋の外へと出ていった。

 僕は2人に深く頷くだけだ。


「……」


 こうして、この部屋には僕と、ベッドに腰かけるリウリアさんと、壁に背を預けたイルノートだけとなった。

 リウリアさんが僕に話があると言う――彼女たちの親族である2人を前にした話し合いなんて他に思いつくことなんてない。

 先ほどまでのほんわかとした暖かな空気はすっかり消えた。

 今は汗が背筋を流れるような嫌な緊張感が漂っていて、僕は背筋を伸ばしながらベッドに腰かけるリウリアの前に立つ――「……座ってください」――と、睨みを利かせながら着席を促された。さっきとは立場が逆だ。

 伸ばした背筋はそのままに、椅子に座って僕はリウリアさんと向かい合った。


「……」

「……」


 リウリアさんは平然を保とうと、いつもの無表情なところを見せようとしているんだけど、でも、眉だけはぴくぴくとさせながら僕を睨みっぱなしだ。


 イルノートが固まったままの僕らを見て呆れるように「……はぁ」とため息をつく――その一息が始まりの合図とばかりに、リウリアさんの口が開いた。


「結局、お心は変わりませんでしたか?」


 ……ああ、やっぱり。

 話と言うのは2人とのことだ。


「……はい。むしろこの1年で2人への想いは前以上に強まったとすら思っています」

「そんなもの一時の気の迷いです。今は良くても3人などという歪な関係はこの先いずれ壊れます」

「この先、なんてわかりません。でも、僕は2人とは別れたくない。あなたの言う子供のワガママだとしても、僕は2人とは別れたくありません」

「……私は何も別れろと言っているのではありません。ルイ様、フルオリフィア様……どちらか1人を選べと言っているんです」


 どちらか1人……その言葉に、僕は驚きながらリウリアさんを見た。

 ルイかレティか、どちらかならば結婚を許してくれるとリウリアさんは言っている。僕はてっきり結婚そのものが駄目だと思い込んでいた。


(……でも、だめだ)


 どちらか1人ではなく、レティとルイ、2人がいないと駄目なんだ。


「……僕には2人が必要なんです。リウリアさんに不純だと言われるでしょうけど僕はこの3人で1つになりたいと思っています」

「前にも言いましたよね。彼女たちは2人で、あなたは1人。1人のあなたが2人を同時に見ることが出来ないように……平等に愛することなんて出来やしないと。些細なすれ違いがいずれ大きな歪みに変わり、あなたたち3人はいずれ決裂します」

「かも……しれませんね」

「わかっていただけましたか――」

「いえ、ですが――」


 彼女の言葉を肯定し、けれども、と僕は首を横に振る。


「……なんですか?」

「僕が同意したのは平等に愛することは出来ないという点だけ……気付かないところで、無意識に片方を贔屓しているかもしれません」

「自覚できたなら尚更です。今の状況に浮かれて熱くなったあなたには酷な話になるでしょうが、心を鬼にしてどちらか1人を選びなさい」

「でも、だからと僕はどちらかを切り捨てるような真似はしたくない。例えリウリアさんに歪な関係だと言われても僕はルイとレティを……手放したくない!」

「……いい加減になさい。さっきから3人で3人でと。おふたりと関係を持ったことに責任を感じ、後には引けなくなっていると錯覚しているんです。無理に2人を娶るような真似なんてしなくていいんです」


 そんな責任とか錯覚なんて僕はしていない。

 今の状況に浮かれているわけでもない。


「リウリアさんはいつかは気が変わるとか熱くなっているだけなんて言いましたけど、それは別に男女2人の夫婦であっても同じでしょうか」

「それは……当然です。この世に絶対はない……そういうこともあるでしょう。どんなに愛を誓い合い、長年寄り添い合っていたとしても……何かのはずみで仲違いし、別れることだってあります。しかし、あなたのそれはこの場限りの詭弁にしか聞こえません。私が言っているのは伴侶となるただ1人を真摯に、一途に愛せと言っているんです」


 1人を真摯に愛せ――そうだ。その通りだと僕も思う。

 僕がいた以前の世界の、国のことを考えれば、2人の女性と同時に結婚するなんて周りからも良く思われないし、僕だって変な目で見る。

 今も僕は3人で夫婦になるっていうこの選択を間違ってると思ってるところもある。

 でも、でもね。

 ……譲れないんだ。

 周りからどんな目で見られようとも、2人と共にいたいって気持ちはこの1年でとても強く、硬くなったんだから。


「リウリアさん」

「……なんですか。他に何か言いたいことがあるなら――」


 僕は改めてリウリアさんと顔を合わせて彼女の名を呼んだ。

 

「僕はもう誰かに奪われるのが嫌なんです」

「奪われる? 私があなたから2人を奪うとでも言っているとでも?」

「いえ、違います。そうじゃありません。ですが……僕は今まで沢山のものを奪われてきました」


 はじめは何気ない日常、愛する両親、そして……生前の大切だった彼女。

 何もかもを奪われて今のシズクとなって僕は生きてきた。


「いつかは終わることがくることは僕は良く知っています。僕はその思いを2度経験しました。1人目は生前の頃のレティ。2人目はこの世界での支えだったルイ……」

「……」

「レティは……僕を庇って死んでしまった。そして、僕も後を追うように死んでしまい――再び目覚めた後に、このシズクとして生まれ変わった。……もう彼女に会えないと絶望して、それでも奇跡的に再会できて心から喜んだ……」

「……」

「ルイは……絶望した僕がこの世界に生まれてからの生きる希望でした。幼い彼女のために生きる……それが僕が今日まで生きてきた意味であり、そして、これからの理由です」

「……」

「彼女たちと再会できた時、今一度触れ合えた時、僕は失った自分の半身を取り戻したような気持ちになりました」

「……」

「ルイはこの世界での僕の片割れです。そして、レティは元の世界での僕の片割れです。2人は僕にとってこの身体、この命と同じなんです」


 自分で口にしててなんとも不誠実だって思う。二人の人を好きになって両方とも手にしたいなんてふざけた願いだ。

 だけど、僕にとって二人とこの先も生きていくという願いは心からの誠実なものだ。


「僕はもう自分が掴んだを手放したくない。周りから白い目で見られようとも僕はもう絶対2人とは離れたくない。手放してからじゃ、後悔してからじゃ遅いんです。あの時にああしていれば、こうしていれば……そんな後悔はもうしたくない。だから、絶対にもう2人とは……」

「……もう、いいです。やめてください」

「リウリアさん……お願いします。聞いてください。僕は――」

「……やめなさい!」

「……やめません。ここでやめたらきっと僕は後悔――」

「――私の気持ちも察してくださいよ!」


 そう、ここ1番とリウリアさんは怒鳴るように僕の言葉を遮ってきた。


「私は、私は先代フルオリフィア様……に代って彼女を見守ってきたんです! 私から彼女を、メレティミをこれ以上奪わないでください!」

「リウリアさん……」


 ……。

 ああ……そうだ。

 自分のことばかりでリウリアさんの気持ちなんて考えても無かった。

 2人と共にいたい。2人と別れたくない。2人を奪わないでほしい。

 そう僕が思うのと同じく、リウリアさんも同じ気持ちだったんだ。

 生まれた時からレティなんて特に思い入れが大きいだろう。

 ……それでも、と僕は思う。

 すっと息を吸って、ごくんと小さく飲み込む――そして、僕はリウリアさんへと頭を下げた。


「リウリアさん。僕に2人との結婚を許してください」

「ふざけているんですか? ……何度も言わせないでください。3人でなんて私は認めるわけ――」

「それでも、お願いします。2人を幸せにする、なんて約束はできません。むしろ、これからも2人を怒らせ、悲しませてしまうこともあると思います。けれど、それでも僕は最後まで2人と共にいたいと願っています」


 最後とは言葉通り最後までだ。

 この先、僕らの寿命が後何百年残っていようが、その最後まで僕は2人と共にいたいと願っている。

 多分これから何度だって僕らは喧嘩をするだろうし、もう顔を合わせたくないなんて言い合うだろう。

 でも、それでも、僕は2人と……この世界で生きていたいんだ。


「だから……何度だって言わせてください。あなたが大切に見守ってきてくれた、ブランザさんの娘さんたちであるレティとルイを僕にください」


 何度とだって頭を下げる。

 これは、プロポーズの言葉を考えるに至り、ずっとずっと考えて出た答えなんだ。

 真剣にこの先、何百年と共にいたい。3人で共にありたい。


「……」

「……」


 僕らは話すことをやめた。

 僕たちはお互い顔を背け、俯いたまま……最初に動いたのはリウリアさんで、彼女はベッドに横になると、僕に背を向けるようにして毛布を頭に被った。

 これ以上僕とは話したくない――拒絶の意思のように思えた。

 その後、毛布に包まったリウリアさんの身体は震えだし、彼女の小さな嗚咽が部屋の中に響いた。


(……泣かせるつもりなんてなかった)


 ただ、僕たちの結婚を認めてほしかっただけだった。

 怒らせて、悲しませて、泣かせるつもりなんてなかったんだ。





「…………取り乱しました。すみません」

 

 それからしばらくして……ようやく落ち着いたのか、リウリアさんは瞼を腫らしつつ、恥ずかしそうに毛布から顔を出した。

 ただ、僕にはもうこれ以上の言葉を口から出す気力はなかった。

 リウリアさんの泣きじゃくる姿を見て、これ以上彼女を困らせるような真似なんてしたくない……。

 でも、それでも僕は――。


「リウリアさん……」

「…………ウリウリアです」

「…………え?」


 突然、リウリアさんは自分の名前を言ってきた。

 思わず聞き返すと、リウリアさんは頬を赤く染めて、照れ臭そうに、それでいて不貞腐れたように言うんだ。


「シズク……あなたにウリウリアと呼ぶことを許します」

「それは、どういうこと……?」

「……っ……わ、私はまだあなたのことを認めたわけではありません! ……ですが、これ以上話し合っても埒は空かないし……わ、私はお前のことが気に食わないとか、自分が嫌だからなんて気持ちはこれっぽっちも……いえ、多少は私情も混じりましたが、元々……私はおふたりが幸せになることを第一に考えてて……」

「えっと、つまり?」

「その、つまりですね……だから……」

「……だから?」


 多分、実のところ僕はもうリウリアさんが――ウリウリアさんが言いたいことは何かはわかっていた。

 でも、でも、だからこそ。

 僕は彼女自身の口から理由を聞きたかったんだ。


「だ、だからっ! …………家族、となる者に、これから先、家名で呼ばれるのも……変でしょう? だから、つまり……後は皆まで言わせないでください!」

「はい……わかりました。ウリウリアさん」

「……呼んでもいいとは言いましたが、軽々しく呼ばないでください!」

「うっ……はい……」

「それと……そこまで言い張ったのですから、最後まで自分の言葉に責任を持ちなさい。もし、もしも……おふたりのどちらかと別れるようなことになった時は…………その時は、覚悟しろ!」

「……はいっ! ウリウリアさん!」


 だから呼ぶな、とウリウリアさんにぷいっと顔を背けられた。可愛らしい拗ね方に見える。

 ……強引だったと反省するところもある。

 無理だとわかっていても、出来ることなら皆から、ウリウリアさんにもしっかりと認めてもらって3人で家族になりたかったなんて思いもする。

 名前を呼ぶことを許可されたとはいえ、ウリウリアさんと僕には未だ距離があることもわかる。

 けれど、今はまだ駄目だとしても、例え時間がかかってもいつかは……。


「……何やら勝手に話が進んでいるな。悪いが、ここで1ついいか?」

「……え、何、イルノート?」


 どんな形であれウリウリアさんに2人とのことで許しを貰えたってところでずっと蚊帳の外、っていうか沈黙を続けていたイルノートが割り込んできた。

 一体何……と、イルノートはぎろりと冷たい眼差しを僕に向けていた。


「……なあ」

「う、うん……」

「……私はまだお前に結婚を許した覚えはないぞ?」

「……えっ!? 嘘でしょ!?」


 って、僕は驚愕しながらイルノートへと顔を向ける。

 この流れで今まで黙っていたイルノートが駄目だなんて、え、嘘、嘘だよね!?

 でも、イルノートはきりっと真剣な顔をして僕を見つめ……。


「ふぉ、フォロカミ! き、貴様! こ、ここで貴様が許可しないというのであれば今までの私のやり取りは一体何だったというのだっ、ぎゃっ!」

「……あ、危ない! リウリ、ウリウリアさん!」

「あ、た、助かった……って、こ、こらっ! シズク、貴様! どこ触って!?」


 彼女はベッドの上に立ち上がろうとして、よろめいて倒れそうになったところを僕は慌ててしがみ付くように支えに入った。

 ちなみに、なんてウリウリアさんを支えるのに夢中でわからない。


「べべつに触ってなんて、ちょ、ちょっと動かないで! 落ちる、ベッドから落ちちゃうから! ウリウリアさんっ!」

「だ、だから、そんな、手を動かすな! やめろ! やっぱり、だめだ! こんな男におふたりはやれん!!」

「え、ええっ! そんなこと言わないでくださいよ!」


 僕とウリウリアさんとのそんなやり取りを眺めて、イルノートは先ほどまでの真剣な顔を崩して……ゆっくりと頬を緩めて、


「……冗談だ。馬鹿め」


 と、呟き笑いだした……けど、今の触った触ってないと問答をする僕らにその一言は聞こえるはずもなかった。

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