第247話 ……シズクっ、おふたりはどこだ!?

 家出当然で始まった僕らの旅もようやく終わりを迎えようとしていた。


 目的地も決めず、不安や心配を抱えての見切り発車――道中は色々と大変なこともあったし、喧嘩も沢山した。

 でも、振り返ってみればとてもいい旅だった。このまま、北のコルテオス大陸も横断して、4大陸まるまる1周してユッグジールの里に帰ってもいいかもとも思い始めたほどだ。

 ただ、2人に指輪を渡したあたりから、イルノートに再会することがこの旅の終着点になる、と僕は考え始めていた。


(イルノートに結婚の許しを今度は僕自身で得る……)


 そして、2人にプロポーズをして正式に家族になる――予定だったんだけね。


「はぁ……」


 イルノートのいるアルガラグアまでもうすぐだって言うのに、僕は未だに2人に送るプロポーズの言葉を考えあぐねていた。

 2人別々に最高のプロポーズをする。

 指輪を渡した時に約束をしたけど、これがもう全くと思いつかない。

 また、プロポーズの他に、目を背けていた問題にも直面しないといけない。

 正直な話、イルノートに結婚の許しを貰うより、2人へのプロポーズを考えるより、この問題が1番の難関に思えて仕方ない。


(だって、今回の旅が始まった理由でもあるしね……)


 その問題を解決しない限り、例えイルノートから許しを得ても僕たちは結婚できないだろう。

 それくらい重要なことで、どうにかしないとなあ……と、まあ、色々な事情に僕はかなり焦っていた。


(どうしようどうしよう……なんて言えばいい? 2人に、2人に……)


 とりあえずと、今はプロポーズの内容を優先して考えようとするんだけど、今の状態で良いアイディアが生まれるはずもない。


『つべこべ言わずに2人とも黙って僕の嫁になれ!』


 ――なんて強く言えたらって思うけど、立場的には僕が2人に婿入りする気してならない。

 それ以上にその後の2人に絶対笑われてしまうんだろうなって思ってしまう。


(……2人の反応が思い浮かぶあたり、今後も2人には頭が上がらないだろうな)


 まったくもって男らしくない。そして、はあ……こんなプロポーズをした後のことを考えるあたり、これまた男らしくない。

 

「……どうしよう」

「なにが?」

「あ、えっと……ごめん。考え事」

「そっかー……なにかんがえてたの?」


 と、御者台に座り馬を走らせてながらの無意識の独り言に、隣にいたリコが興味津々とばかりに僕を見つめていた――。





 現在、僕とリコはアルガラグアへ向かうため、馬車をミラカルドの南口から北口へと移動させていた。

 そして、レティとルイは、セリスさんの工房で完成間近のウェディングドレスの最終チェック中で、それが終わり次第、2人とは北口で合流予定となっている。

 ちなみに僕は2人のドレスはまだ見ていない。完成してからのお楽しみだそうだ。


 時間はそこまでかからないとセリスさんから言われているので遅くはならないと思うけど、たとえ作業が予想以上に長引こうとも今日僕たちはアルガラグアへと出発することになっている……けど、待ってほしい。

 マルメニで再会した時にウェディングドレスを頼んだ、と言う話は2人から事前に聞いていた。だが、ウェディングドレスの登場でますます僕たちの結婚に現実味を出帯びて、とうとう本番なんだという重圧をひしひし感じてしまう。

 こんなんじゃますますプロポーズの言葉なんて出てこないよ――と、そんな悩んでいる僕のぼそりと口にした呟きにリコは興味津々とばかりに食いついてきた。


「いいからほら、リコにいいなよ? リコがなんでもこたえてあげる!」

「うーん……じゃあ」


 僕にしか出せない答えをリコに聞いたところで出るはずもない。

 だけど、それだけ追い詰められていたんだろう。猫の手も借りたいという気持ちで僕はリコに話してみることにした。


「ルイとレティとプロポーズを……えっと、結婚してって言いたいんだけど、どう言えばいいか……その、良い言葉が思いつかないんだ」

「ふーん、そうなんだ……ふーん」


 と、リコは小さく、可愛らしく唸って一緒に悩んでくれる。

 ……リコには悪いけど僕は「そんなのかんたんだよ! けっこんしてっていえばいいじゃん」ってあっけらかんと言うと思っていた。


(やっぱり、リコに言ってもわからないよね)


 僕とリコは並んで頭を悩ませながら馬車を走らせた。

 考える時間は沢山あった。

 夜寝る前も色々と考えてみたりもした。1人の時はほとんどプロポーズのことを考え続けた。でも、まったくと思いつかなかったんだ。

 2人を想う気持ちを言葉には表すことなんて出来ないよ……なんて、言い訳だけならぱっと思いつく。

 本当にもって男らしくない。

 がっくりと肩を落とし、自分の不甲斐なさに嘆いているところで「あのね」とリコが僕を呼んだ。


「……あのね。シズクはかんがえすぎ……なんだって――っておもう」

「……考えすぎ……はは、だね。よく言われる」


 まさかリコにまで言われるなんてね。

 苦笑しつつリコの話の続きを聞いた。

 

「えっと……ゆびわ、を、わたしたときと、おんなじで、いいんじゃない、かな? ことばよりも、こうどうをみせるのもいいんじゃない? すきだって。だいすきなんだってきもちを、かっこいいことばで、きかざらない? で……すなおなきもちを、ふたりにつたえきることのほうがじゅうよう……だって!」


 リコは1つ1つその場その場で考えながらゆっくりと言葉を紡いで、最後に首にぶら下げていた銀の鎖が通ったペンダントを摘まんで僕に見せてくる。

 僕は呆然と感心しながら笑顔のリコを見つめていた。


(……リコ。すごいな。いつのまにこんな立派な意見を言えるようになったんだろう)


 まだまだ子供だと思っていたけど、気が付かないところでリコは成長しているんだ。

 僕もリコを真似るように自分で作った指輪を親指で触って……それでいいのかと思うけど、確かに思いつきもしないカッコイイ言葉を重ねるよりも、2人への心からの気持ちを簡潔に伝えればいいのかもしれない。


「……ありがとう。リコに相談してよかったよ」

「えへへっ、でしょ!」


 僕はそっとリコの頭を撫でて感謝を口にした。

 これでいいかと悩む部分や、結局のところ何も解決してないじゃんなんて突っ込みも僕の中にあるけど、リコに相談したおかげで大分気持ちは軽くなった。


 その後、地面を蹴る蹄と轍を残す車輪の音を耳にしながらミラカルド北、町の半分近くを占める湖畔の沿岸を僕らは走り続けた。

 湖畔にはセリスさんが所有していると聞く中型の飛空艇が浮かんでいる。その船を眺め、リコのおしゃべりを耳にしながらゆっくりと馬車を走らせ――湖畔を抜けた先、北口へ僕らは到着した。


 僕とリコは馬車から降りて、最後の準備をしながら2人を待つ。準備と言っても、この旅に出お世話になりっぱなしの馬のマロのお世話だ。

 出発前の餌と水を与え、マロにブラッシングをかけつつも背を撫でていると――もじもじとしながらリコが僕の袖を引っ張ってきた。


「どうしたの? おトイレ?」

「ううん。おしっこじゃない。あのね……リコもいわなきゃいけないことがあるの……」

「言わなきゃいけないこと?」

「うん……ずっとね。ずっとまえからいいたかったことがね、あるの」


 リコが僕に? いつもぺらぺらとお話好きのリコがこんな畏まって一体何を言おうと?

 ただ珍しく真面目な話なんだと悟り、僕は膝を折って屈み、リコと同じ目線となって話を聞くことにした。


「……シズク、おどろかないできいてね」

「うん」


 いつものニコニコ笑顔とは違い、きりっと表情を引き締めたリコが何かを言いかけた――そんな時だった。


「あのね。じつは……――ん? シズク、あれ……」

「ん……なに…………え? なんだろ。何か小さなものが……あ……」


 リコは頭の上の耳を動かし、へと顔を向けた。

 釣られて僕も同じくリコが顔を向けた先である、空を見上げ――。


「リウリア……さん?」


 そう、僕は空に浮かんでいたリウリアさんの姿を視認した。


「どうして彼女が……」


 僕は立ち上がり、ふらふらと不安定に空を飛ぶリウリアさんをぼけっと眺めてしまった。

 リコもさっきまでの深刻そうな振る舞いはどこへやら、嬉しそうに両手を振って彼女へと呼びかけていた。


「あ、シズクみて! ウリウリこっちにきがついた!」

「う、うん。だね。だけど、どうして……あっ!?」


 手を振ったリコに気が付いてか、リウリアさんは急激に速度を上げた。

 そして、僕たちの前へと乱暴に降りて……いや、落ちてきた。

 危ない! と思う前にはリウリアさんは地面に衝突――目を瞑る間もない出来事だったけど、彼女が地面に衝突する直前に、風魔法を使用したのか、ぼふっと砂埃が巻き起こる。

 地面を抉るような穴を作ってリウリアさんは無事に墜落……いや、着陸を果たした。


「大丈夫ですか、リウリアさ――っ!」

「……シズクっ、おふたりはどこだ!?」


 着陸したリウリアさんに駆け寄ろうとしたところで、彼女は疲労の見せる顔で僕を睨みつけてきた。





 リウリアさんがアルガラグアに滞在していると言う話は、実は昨日、セリスさんが所有する連絡用魔道具越しにタルナさんから聞いていた。

 けれど、アルガラグアとミラカルドは馬車で4日といった距離がある。

 彼女がこの場に姿を見せた時のことを鑑みれば、信じられないけどアルガラグアから飛んできた、ってことだろうか。

 なんて無茶な真似をするんだろう。


「あの、リウリア……さん」

「……」

「その、ですね……」

「……」

「大丈夫……ですか?」

「……」


 最初の発言以降、僕がどんなに声を掛けても、馬車の中から出した椅子へ促しても、リウリアさんは何の反応も示してくれなかった。

 リウリアさんは無言のまま、僕らから距離を取って立ち尽くしていた。

 最初はリウリアさんの登場にはしゃいでいたリコも不穏な空気を感じ取ってか、今では僕の背中に隠れ続けるようになった。


「2人はもうすぐ来ます。だから、その間だけでも休んでいてくださいよ」

「……」

「ねえ、リウリアさん。そんなんじゃ2人が来る前に倒れちゃいますよ……」


 彼女が衰弱していたのは目に見えてわかった。

 きっと、リウリアさんは僕らがタルナさんに連絡をしてから直ぐにでもアルガラグアを出たんだ。それから夜通しかけて飛んできたんだろう。

 一体どれだけ魔力を消耗したんだ。どれだけ身体を酷使したんだ。

 立っているだけでも辛いだろうに……今はもう気力だけで立っているようなものだ。


(……どうしよう。リウリアさんかなり怒ってる……)


 取り付く島もないとリウリアさんは僕を睨みつつも最後まで無視を続けた。

 そして、表情だけでなく身体まで石になった彼女が動き出したのは結局、2人が来てからだった。


「リウリアさん? ……ああ、2人が来ちゃった」

「シズク、どうする? ウリウリかんかんだぞ?」


 楽しげに談笑しながらこちらへと歩いてくるルイとレティの姿を僕も視認する。

 まだこちらに気が付かない2人へと、リウリアさんはおもむろに、危なっかしい足取りで近寄って……。


「――でしょ? だから今は……え? う、ウリウリっ!? なんでこ――……っ!」

「わっ、ウリウリ!? どうし――……え? レティ――……っ!?」


 ぱんっ……と乾いた音が鳴った。

 音は2回。最初にぱんっとレティの頬を、1呼吸開けてから驚いているルイの頬へ続いてリウリアさんは平手で叩いた。


「……っ!」


 僕は声にならない小さな悲鳴を上げ、その光景を前に立ち尽くした。

 怒りから来る震えか、肉体的な疲労からの震えか。リウリアさんの肩が震えているのはわかった。

 リウリアさんは叩いた自分の手を見つめながら震えの止まらない身体をそのままに、頬を赤く腫らした2人へと僕に向けていたものとは違う、冷たい眼差しを向けた。


「……ぃっ……なっ、殴ることっ、ない……じゃない!」

「……痛い……ひどいよっ! なんで、なんで叩くの!?」


 頬を擦り、目に涙を浮かた2人はリウリアさんを睨みつける。

 けれど、それに迫力や凄みなんてものはなく、2人とも虚勢を張って睨みつけているんだってわかる。


「……どれだけ……どれだけ心配したと思っているんですか!」


 だって、僕たちがリウリアさんにしたことを思えば、本当は叩かれた理由だって2人もわかってるはずだから。

 肩を震わせ、声も同じく荒げてリウリアさんが怒鳴り付ければ、2人もびくりと肩を震わせて直ぐに顔を強張らせる。


「連絡の1つも寄こさず、1年も姿をくらませて、皆を心配させて……いい加減にしなさい!」

「「……っ!」」

「前は自分たちは大人だなんて言った癖して、こんな心配をかける2人のどこが大人ですか!? 私に対しての当てつけや腹いせのつもりで家を出たのでしょう!? けれど、そんなちっぽけな嫌がらせの為に一体どれだけの人に迷惑をかけたと思っているんですか!」

「「……」」

「り、リウリアさん……ちょっと落ち着いて……」

「……貴様は黙っていろ! 私は今おふたりと話している!」


 どうにか間に入ろうと声を掛けてはみたものの、リウリアさんは僕へと顔を向けてぎりっと強く睨みつけてきた。

 充血した目には怒りで満ち溢れていて……その視線を交わした僕にはリウリアさんの気持ちが理解できてしまい、目を逸らすことしか出来なかった。

 そして、2人もリウリアさんの心境が理解しているからこそ、あまり強くは出れないようだ。


「ご、ごめんなさい……ウリウリ。それについては、わたしも悪かったって……でも……っ!」

「……ぼく、ぼくはウリウリを困らせようなんて思ってはなくて……だけど……っ!」

「でも……だけど……っ!?」


 リウリアさんは話途中の2人に向けて、またも右腕を勢いよく掲げた。ルイもレティもまた叩かれると思ったのか、2人ともそろってびくんと肩を震わせて両目をきつく閉じる。


「「……っ!」」


 ……でも、リウリアさんの振り上げられた右手は2人に落とされることはなかった。

 震えて上げられた右腕は……ゆっくりと下げられ、左腕も合わさって2人を1度に挟み込むように抱きしめた。


「ウリ、ウリ……?」

「……ウリウリ?」

「……2人には言いたいことは沢山あります。許せないと思うことも沢山あります……しかし、今はこうしてご無事な姿を拝見できたことだけが……私は、私は……!」


 2人を抱きしめながらリウリアさんは背中を振るわせていた。

 ルイとレティは抱きしめられながら、申し訳なさそうな泣きそうな顔をしてリウリアさんの抱擁に身を任せていた。


「心配かけてごめん……ごめんなさい……」

「ごめん……ウリウリごめんね……」

「もう2度と何も告げずに姿を消すような真似は絶対にやめてください……このウリウリア・リウリア……おふたりと再会するこの日をどんなに待ち望ん……でも、本当に……よかっ……」


 ただ、そこでリウリアさんに異変が生じた。

 2人を抱きしめていたリウリアさんは力が抜けたみたいにがくりと身体を崩したんだ。


「……ウリウリ? ウリウリ!?」

「どうしたの!? ウリウリ!?」


 気を失ったリウリアさんに2人は慌てながら声を掛け続け、僕も遅れながら3人のところを向かおうとした――ところで、背後からすとんという落下音に続いて声を掛けられた。


「……まったく、考え無しに魔力を酷使するからそうなる。ただの過労による昏睡だ」

「え……あれ? イルノート!?」

「あ―! イルノートだ!」

「久しぶり、というべきかな。シズク……それにリコもな」


 リウリアさんの時と同じく、イルノートがここにいることを驚きながら彼をぎょっと見つめた。


「どうしてイルノートがここに? 昨日連絡した時には魔道具越しで話したよね?」

「私もウリウリアを追って魔法で飛んできただけのことさ。ただ、あいつとは違い私が出たのは朝方……私の方には優秀な足があったってだけだ」

「どういうこと?」

「……あれだ」


 あれだと言いながらイルノートが斜め上へと顔を向けた先、青々とした空にはが駆け巡っていることに気が付いた。

 その馬は僕らの上空を気ままに旋回しながらゆっくりと降下し――カランと蹄で地面を蹴りながら眩い紫電を纏わせている馬……というか、“麒麟”が僕とイルノートの近くへと降りてきた。

 そして、その麒麟の背には同じくと見覚えのある鬼人が2人乗っていて――。


「よっ! シズク! 1年振りだな!」

「あれ、レク!? それに……えっと、鬼子ちゃん!?」

「鬼子っていうな! オレはキッカだって言っただろ!」


 と、麒麟に跨り姿を見せたのは大人版のレクと、彼の腰にしがみ付いた鬼子ちゃん……キッカちゃんがいたんだ。

 レクは共に乗っていたキッカちゃんを抱きかかて麒麟から降りて(――麒麟は眩い閃光と共に掻き消えて)、とん、と僕の肩を軽く叩いた。


「イルノートに頼まれたんだ! おれの馬で引っ張ってこっちの町まで運んで欲しいってな! しかも、大急ぎでってな! 多分、オフクロも後から飛空艇に乗ってやってくると思う!」

「オレはレクが行くっていうから仕方なく同伴してやった。……んだよ? オレがいたら悪いのかよ!」


 いや、悪くないよ。好きな人と一緒にいたいって気持ちはわかるからね――キッカちゃんがレクに好意を寄せているだろうとは、数日程度の付き合いだけど薄々と感じ取っていた。

 そして2人の関係がどうなったかは知らないけど、レクが自分の愛称をキッカちゃんに呼ばせているところを見ればある程度の進展はあるように見える。

 ……まあ、レクが考え無しに愛称を呼ばせているなら話は別だけどね。


「……ううん。そんなことないよ。キッカちゃんも来てくれてありがとう」


 僕はゆっくりと首を振って久しぶりの再会と2人を歓迎した。


「……まあ、そういうことだ。ベレクトの生み出したこの馬もどきに引っ張られてどうにか短時間でここまで来れたわけだが……もう2度とは使いたくはないな」


 うんざりとばかりにイルノートは頬を引き攣らせる。

 この手っていうのは、どうやらレクの生み出していた麒麟に括りつけた紐に掴んでイルノートはここまで引っ張られてきたらしい。


(何それ、いつものクールぶったすまし顔のイルノートがぷらぷら引っ張られながらここまで飛んできたってこと?)


 いったいどんな格好で運ばれてきたんだ。芋虫みたいにぷらぷらしながら来たとか? きっと寒すぎて身体を丸めたりもしてたんじゃないだろうか。

 だから、なんだろう。そんなの想像するだけで……。


「……ぷっ、ぷぷっ!」

「何を笑ってる?」

「ぷぷっ、だって……イルノートは引っ張られてきたんでしょ。空を飛んでるとはいえ、イルノートが馬に荷物みたいに引っ張られているところを想像したら……ぷっ、ぷはっ!」

「……ふんっ、好きに笑え」

「ぷぷっ、ごめん。ごめんったら。イルノート、そんな拗ねないでよ」

「拗ねてなんかない」


 ごめんごめん……それで、冗談はここまで。

 馬上にいた2人はケロリとしているけど、イルノートは表情には出さないが、首から下はぶるぶると寒さで震えていたんだ。唇もなんだか紫っぽく見える。

 無理もない。長時間、強風に当たり続けていたんだ。春先だとは言え空の上はかなり寒い。自由に魔法を発動できるレクとは違い、魔法で暖を取ろうにも暖めた空気を捉え続ける方が難しいだろうし……。

 リウリアさんとはまた違ったやせ我慢をしながらここまで来たんだろうなぁ。


「イルノート……ちょっと抱きつくよ」

「は? ……お、おい!」

「あー、リコもするー!」


 返事を待たずに僕はイルノートに抱擁を重ね、自分たちの周りの空気を暖め始める。

 リコも、と彼の腰に飛び付いてぎゅーっと抱きついた。


「……すまない」

「再会の抱擁ってことでね。どう温かい?」

「ああ、助かる。……お前はまた背が伸びたな」

「うん、この1年でぐんと伸びた。きっとこれからだって……いつかはイルノートにだって追いついてみせるよ」

「ああ、楽しみにしているよ。……だがしかし、髪の方もまた伸ばしたのか」

「あー……う、うん。その……女性に言い寄られて調子乗って……それで、2人を怒らせちゃった罰……」


 抱擁を交わすイルノートが「馬鹿め」と呟きつつ笑っていた。もう、以前とは違って僕は彼を見上げる必要はない。

 僕らの話を聞いていたレクもうんうんと頷きつつ「わかる。おれにもわかる。モテちゃったら仕方ないよなぁ……いぃたたたっ! なにすんだよ!」とキッカちゃんに頬をつねられていた。


「まったく、困ったやつだ。ただ、私も人のことを言えないがな……ありがとう。もう離れていい。助かった」

「うん」

「イルノート、びっくりするくらいつめたかったな!」


 イルノートとの抱擁はそんな会話をした短い間だけだった。

 十分なほど暖を取らせることも出来なかっただろうけど、今はそれよりもやらなきゃいけないことが出来てしまった暖め半分で終了だ。


「お父様!? いつの間に……いえ、早く来てください! シズクもさっさとこい! ウリウリが倒れて大変なの!」

「そうだよ! シズクも、イルノ……お父さんも! 話してないではやくきてよ! ウリウリがウリウリが目を覚まさないの!」

「そろそろ行くか。娘たちが何やらうるさい」

「……うん。そうだね」


 僕はまたもくすりと笑って頷いた。


「……何がおかしい?」

「ううん、なんでもないよ」

「……おかしなやつめ」


 今僕が笑った理由は何もおかしくて笑ったんじゃない。

 イルノートが2人のことを娘と呼んだから……そのニュアンスは女性という意味ではなく、自分の子供という意味でのものに僕は聞こえた。


(リウリアさんのこともウリウリアって呼んだり、イルノートも変わってきているんだね……)


 イルノートには不審がられながらも僕は笑顔のまま慌てる2人のもとへと向かった。

 その後、リウリアさんを馬車に担ぎ込み、僕たちはセリスさんの家まで来た道を引き返していった。

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