第246話 結局行動に出来ずに居座ってるんだ

「こんなにも恵まれた体を貰ったっていうのにグチグチグチグチ……神様ってやつは不公平だ!」


 顔を真っ赤にしてセリスさんはばんばんと机を叩いて続けた。


「というかっ、その容姿もそうだけど、特にの胸はどうなってるのよ!? 重さがほとんどない! 魔族ってやつらはみんなこうなの!?」

「え、え、重さ?」

「Oui! 胸なんて言っちゃえば贅肉よ! 大きければそれだけ重くなるっていうのに、あなたたちのその贅肉から重さがまったくと感じないのよ!」


 そう言ってセリスさんはぼくの胸に手を伸ばして揉み始めた。


「セリス、いい加減になさい。悪ふざけが過ぎる――きゃっ!」

「きゃっ、じゃない! ルフの胸のことも言ってるのよ!」


 今度は先ほどのトランクケースから下着を運ぶルフサーヌさんの胸を揉み始める。


「……ルイ、ごめんね。ちょっとだけ待ってあげて」

「う、うん……」

「ああぁうらやましいうらやましいぃ!」


 いつまで揉ませていればいいのかわからなかったけど、黙ってルフサーヌさんといっしょに揉ませることにしていると……次第にセリスさんの顔の強張りはほぐれ、口元を緩めながら一息つく。


「……ちょっと、取り乱した。いいわ。ルフの胸は最高のマネキンだと思っておくことにする」

「思わないでください。まったく、私これでも30は年上ってこと忘れないでよね。……はい、ルイ。お待たせ。さあ、この中から好きなのを試着してみて」

「う、うん? ……これって下着?」


 落ち着きを見せたセリスさんを適当にあしらってルフサーヌさんはぼくに水色、ピンク、黒の上下セットになった下着を見せてきた。

 どれがいいかと聞かれたのでぼくはピンクに手を伸ばし……伸ばしかけてから黒を手に取った。


「へえ、ルイは黒はいいのね。メレティミはあまり黒や紫といった濃色は好まなかったんだけど、やっぱり姉妹でも好みは違うのかしらね」

「別に黒が好きってわけじゃないよ。最初はピンクを選ぼうとしたんだ。けど、黒の方がオトナっぽいでしょ?」

「は? オトナ? ……ぷっ、なにそれ。いいわ。面白い!」


 セリスさんはなんでか面白がって笑いだし、それをルフサーヌさんが諌め……その間にぼくは着替え始めた。

 パンツはいつも穿いてるのとまったくと同じで問題ない。

 そういうデザインなのかレース越しに薄くて透けているように見え、お尻の布面積も少なくて止める紐も細い……でも問題はない。

 問題はブラジャーの方だ。


「こう……かな?」


 レティが使い古すまで持ってたブラと殆ど見た目は同じだから、レティが着ていた時のことを思い出して見よう見まねでつけてみる……背中のホックに手こずり、セリスさんの手を借りて止めてもらった。

 それから、どうやらブラにも付け方っていうものがあるらしく、セリスさんはぼくの背後に回ってブラの中に手を突っ込むなどして着付け直してくれた。


「聞いてなかったんだけど、どうしてぼくの身体のサイズを測ったの?」

「メレティミに頼まれたからよ」

「レティに?」

「あの子がね、どうしても私に作って欲しいものがあるって言うのよ。それもあなたの分も含めた2着分」

「ぼくのも? どうして?」

「それは……よし、どう?」


 最後に両肩の肩ひもを調整し終わったところで、はい、出来た! と不思議な感じ。

 自分で付けた時とは違って下から持ち上げられるような、ぴったりとカップの中に納まってるって感じかな。悪くない。なんだか身が引き締まるような気さえもする。


「んん……ぴったりだ……わ、わあ! 大きくなってる!」


 と、声を上げて驚いたのはルフサーヌさんに手鏡で見せてもらったぼくの胸がいつもよりも大きくなってるように見えるからだ。


「すごい! 盛り上がってる! いつもよりも深い谷間が出来てる! なんだかレティっぽい!」

「モデルが良いと作品が栄えるわね。ルフはどう思う?」

「いいじゃない。黒の下着はルイにとても似合ってる」

「そう!? ありがとう、ルフサーヌさん!」


 ルフサーヌさんもぼくのこの下着を似合ってると言ってくれた。

 嬉しくてついその場で回って見たりして、鏡の中のぼくを見て楽しんだ。


「その下着気に入ってくれた?」

「あ、うん! ぴったり胸に吸い付いてるみたいな不思議な感じだけど嫌じゃない。パンツの方も優しく包まれてるみたい。上下ともにぴったりさらさらしてて気持ちいいよ!」

「気に入ってくれたようで何より。デザインの方はどう?」

「デザインもいいよ。最初は可愛らしいって思ったのに着てみた後は下着なのにかっこいいって思う! レティの気持ちがわかったよ。この下着を着ちゃうと普段着てる下着なんてただの布にしか思えないや。これならいつまでも着ていたいって思う」

「そう。よかった。普通はここで腋が苦しいとか腰紐が短いとかって不満を手直しをするんだけど、そういうのは本当に無い?」

「うん! まるでぼくのために仕立てられたみたいぴったりだよ!」

「はあ、さいですか……。本当にあなたたちって理想を形にしたようなプロポーションみたいね」


 ぼくの中で1番の理想はレティだから自分の身体が理想だって言われてもあんまりぱっとしない。

 でも、人からそうやって褒められたら素直に嬉しいとも思う。

 

「ああいいな。すっごいほしい……」

「そう? じゃあ、それいる?」

「え……? えぇっ、いいの!?」


 思いもよらない発言にぼくはびっくりと声を上げた。

 セリスさんの作る下着はとても評判で貴族令嬢でも予約で数か月待ち、数年待ちって話は聞いている。

 そんな普通じゃ手に入らないような高級品を貰える? ええ、嬉しいけど信じられない。

 も、もしかしたら、きっと購入するかって意味かもしれない!

 

「え、ええっと……おいくらなんですか?」

「相場は上下セットで1.5リット銀貨――じゃなくて、あげるって言ってるの。メレティミにも昨晩に何着か渡してあるし、は別の形で彼女から貰ってるから気にしないで」

「……うん。わかった?」


 別の形でってところは気になるけど、じゃあ、ここは素直にいただきます!

 セリスさんには感謝してばかりだ。さらに用意された残りの水色とピンク色の下着も試着しつつ、この2着もぴったりだったので貰えることになった。


(3着も貰えるなんて! ああ、嬉しい。レティに感謝しないと!)


 でも、それ以上に感謝しなきゃいけないのはこの下着の制作者であるセリスさんだ!

 改めて感謝を口にすると、セリスさんは不敵に微笑んで、ぱちりと目配せを送ってくる。さっきのカンシャクが嘘みたいだ。


「ま、実は今ルイにあげた下着はおまけみたいなもんなのさ」


 と、セリスさんはさっきの話の続きだと、レティが頼んだという2着分の衣装が何を教えてくれた。


「あの子、私にウェディングドレスの制作を頼んできたのよ」

「ウェディングドレス?」

「そう、花嫁衣裳。あなたたち、あのシズクと結婚するんでしょ?」

「う、うん? 結婚するよ。……あれ、もしかして花嫁衣装のためにぼくの身体のサイズを測ってたってこと?」

「そういうこと。今回のこのデータをもとに作るから、なるべくこの体型を維持し続けなさいよ?」

「体型? 維持? ……う、うん? わかった?」

「何その言い方? 本当にわかってるの? 太るなって言ってるんだけど……はっ、もしかしてルイも太らない体質だなんて言わないでよね?」

「あ、はは……」


 そっか、レティは花嫁衣装をセリスさんに頼んでたんだ。

 ぼくは笑って多分大丈夫だと頷く。いや、出来れば胸はあと少し大きくなってくれないかなって思う。


 そんな話をしていると今度はノック無しにがちゃりとドアが開けられ、ぼくは思わずその場でしゃがんで下着姿のままだった自分の身体を隠し――部屋に来たのがレティだと知って、安堵しながらレティを迎え入れた。昨日とは逆の立ち位置だ。


「ふぅ、寒かった。セリス、終わったわよ」

「あら、お疲れ。メレティミ。ご苦労さま」


 腕をさするレティを労うように、ルフサーヌさんが急いでお茶を淹れ始める。

 ぼくもルフサーヌさんに誘われてわーいと声を上げてお茶を飲もうとしたけど、震えるレティに「服を着なさい!」と怒られちゃった。

 急いでスカートを穿き適当にブラウスの前ボタンをとめて、シャツは出たままだったけどそのままにレティの隣に座りお茶を貰った。

 レティは大ざっぱに着替えたぼくの格好を見て何か言いたげだったけど、どうにか目を瞑ってくれるみたいだ。


「今までレティは何してたの? セリスさんたちが言ってた代金と関係あるの?」

「はぁ……美味しい。それはね――」

 

 と、レティは今まで屋敷の外に駐車していたセリスさんたちの馬車を改造していたと言うんだ。

 ぼくたちが使ってる馬車と同じくサスペンションっていう衝撃を和らげるバネをなんたら……車輪を頑丈なものに変えてどうとか。

 そういうのをセリスさんの使っている馬車に取り付けていたんだって教えてくれた。


「メレティミ、ご苦労様。朝からこんなこと頼んでごめんなさいね」

「いいんですよ。ルフサーヌさん。お互いさまってやつです。……ねえ、本当にこれだけでウェディングドレス作ってもらってもいいの? おまけに下着までもらっちゃってさ……」

「いいのよ。専門とは言い難い私が作成するウェディングドレスの手間暇と、この世界には無い技術を天秤にかけたとしたらそっち側に傾くと私は思ってるわ。だから下着だってタダであげるって約束なわけだし」

「なんだか悪いわね。でも、セリスがそれでいいって言うならわたしはとことん甘えるわよ」

「ええ、構わないわ……ちなみに手は抜かないつもりだけど、私は下着屋であって仕立て屋じゃないってこと忘れないでよ。ドレスなんて前に……課題として1、2着作った程度なんだから」

「いいわよ。常識の範囲内であればね。そっちこそわかってる? トップレスとかベビードールチックなのとか、公序良俗に反するものはやめてよね?」

「……なるほど。その手があったか――……嘘よ、そんな睨まないでよ」


 レティのきつい睨みを受けてセリスさんは大きく笑っていた。





 レティを交えて4人で談笑を続けているとベニーを先頭にテトと手を繋いでリコが帰ってきた。

 じゃあシズクも帰ってきたのかな? って思ったけど、部屋には3人以外入ってはこなかった。


「シズクはどうしたの?」

「シズクはね。いまハックとはなしをするからリコにはさきにいってっていってた」

「そうなんだ。あ、ぼくもハックと話がしたいな。ちょっと行ってくるね!」


 未だぼくはハックとだけ話が出来ていない。

 シズクひとり抜け駆けは許さないぞ、とぼくはシズクの迎えもかねて屋敷の外へと向かった。

 玄関を抜けて屋敷の外に出て、ぼくはどこかなと門の方へと近寄り――2人の気配を感じて、そっと門の裏に隠れて耳を立てた。

 わっと声を掛けて驚かしてやろうって思ったからだ。


「……どうしたの?」

「ううん、なんでもない」


 ……背後で、シズクとハックの声が聞こえた。

 どうやらまだ話は始まったばかりらしく、2人の会話はなんだかぎこちない。


「……久しぶりだね。ハック」

「……うん、久しぶり。シズクなの? の見分けってし辛いから本当にあの頃のシズクかどうかわからないな。女に見える」

「うん。そうだろうね。他の町でもよく女の人に見間違えられたよ。……髪が長いってだけで女装だって笑われたこともあった」


 女装っていうか、髪を伸ばし続けさせているのはシズクが他の女に色目を使う、使われることのないようにとぼくとレティで決めたことだ。

 最近は長髪に関して何も言わなくなったけど似合ってるからいいじゃん、とぼくは思う。ぼくら以外に異性に好かれる必要もないとも思う。だからそのままでずっといるべきだってぼくは思う。


「大きくなったなぁ。あの時はまだこんな小さかったのにね」

「それを言うならハックだってそうだよ。何それ。信じられなく伸びちゃって、まるでウォーバンみたいだ」

「ウォーバンか。テトから話は聞いたよ。あの人、今料理人をしてるんだっけか……」

「うん、元々兵士だったけど足を悪くして騎士団を追い出されちゃってね……今はゲイルホリーペ大陸のユッグジールの里ってところで美味しい料理屋を開いてるよ」

「そっか…………俺は剣闘士にはなれないままだよ。今もここから出ていく出ていく、そう言い張りながらもずっとここに立ち止ってる。結局行動に出来ずに居座ってるんだ」

「ハックはこのままで良いと思うよ。……剣闘士なんてそんないいものじゃない」

「そうなの? なんだか剣闘士のことを知ってるような口ぶりだね?」

「うん、僕が見たのは1か所だけだったけどね。闘技場で戦うってところはハックも想像できると思うけど、その裏では出場者たちがグルになって勝敗を決め合っていたんだ。賭博としての面もあったし、主催者のさじ加減で誰が勝ってもおかしくないような場所だった……」

「そうなんだ……そっか……」


 あ、それぼくが間違って剣闘士にエントリーされた時の話だ。

 あの時はあそこの闘技場でチャンピオンって呼ばれる人がいつも勝てるように仕組まれていたんだよね。

 じゃあ、ぼくが懲らしめてやるって思ったのに、試合が始まる前にシズクとレティが勝手に乱入してきてチャンピオンと主催者ともどもコテンパンにしちゃったんだ。

 町中では偉そうに威張り散らしていたチャンピオンも半壊した闘技場の上で2人の前ではベソをかきながら謝り続けてて…………そんな半年くらい前の出来事を思い出した。

 ハックは昔と変わらず剣闘士になりたがってたんだ。でもぼくも同じくおすすめできない。

 竜人であるハックはとくにやらないほうがいい。竜人であるハックの場合は毎回いいところまで追い込むけど必ず負ける役をやらされるに違いないしね。

 ……うんうん、と頷くぼくを置いて2人の話は続いていく。


「俺、ここにいてもいいのかな? 出ていく出ていくって何度も口にした手前、今さら残りたいなんてかっこ悪いよ」

「……かっこ悪くてもいいじゃん。奥様とだけ話したけど、ベニーもハックもとても大事にされてるってわかった。残るって言ってもきっと……ううん、絶対喜んでくれるって」

「それはわかってるんだ。ここに来た時からずっと険悪な態度を取ってたのに2人は俺を見捨てるような真似はしなかった。優しい人たちなんだ」

「……帰る場所があるっていいものだよ。僕なんてずっと根無し草だったからね。今はようやくそれっぽいところを見つけることも出来てさ……またこんな旅なんかしてるけど、帰る場所があるってだけでほっとできるんだ」

「そういうものなの?」

「うん。あ、僕の場合だよ? 僕の場合だけど……そういうものだって思う」

「そっかー……」


 ……ここで、2人の会話が途切れた。

 行くならここかなと思いつつ、なんだか重い空気が満ちている。

 出ていっていいものかと悩み――ぼくがたじろいでいると先にハックが話を始めてしまう。


「……昔、嫌な態度を取ってごめん」

「……なんのこと?」

「……その、最後の別れの時、俺……自分の値段よりもシズクの値段の方が高かったことが許せなかったんだ。こんな小さいのに大人でもないのにどうして……って」

「……」

「ごめん……」

「……ねえ、ハック」

「うん」

「……もう1度言うよ。なんのことかな? 僕は覚えてない。最後の方でハックが不機嫌だったことなんて僕は覚えてないよ。だから別に謝らないでほしいな」

「……覚えてるじゃん」

「う、だから、水に流そうって言ってるの! ……なんて、この流れ、全部ルイの真似なんだけどさ。昨日の晩、ルイもテトと今と同じ話をして謝ってたんだ」

「そっか、テトもやっぱり気にしてたのか」

「でも、だからルイは全然気にしてないって言って……それと、おかえりって言ってた」

「おかえり?」

「そう、だからこれも僕はルイを真似して同じことを言おうと思う」

「ルイの真似……」

「うん――ハック、ただいま」

「……ただいま? ……はは、うん。おかえり。シズク………………ぐすっ、ごめん。なんか泣けてきた」

「……なんだよ、ハック。信じられないくらい大きくなった癖に子供の時みたいだ」

「う、うるさいな。泣いたっていいだろ!」

「……はは、ごめん。怒らないでよ」


 ああ、さっきまでの重い空気が和らいで、2人からとても暖かな気配をぼくを感じ取れる。


(……そろそろいいかな)


 ぼくはわざと足元のじゃりを踏み付けてから2人のもとへと向かった。


「ハック!」

「ルイ?」

「ぼくだってシズク以上にハックと話がしたいんだ! シズクずるいや!」

「ああ、ごめんね。ルイ」


 とたとたと2人に駆け寄り、久しぶりの再会ってことで恥ずかしさもあってかシズクの腕に掴まりながらぼくはハックと顔を合わせた。


「ハック、おかえり! それとただいま!」

「うん、ルイ。ただいま。おかえり、ルイ」


 ぼくは嬉しくてえへへとハックに笑いかけた。

 ハックも照れ臭そうにあらためて大きな口を開けて笑っていた。





 ぼくとしてはもう少しこの町に残ってみんなと一緒にいたかった。

 でも、セリスさんたちは予定が押しているらしく、次の日にはこの町を去ることが決まっていたそうだ。

 そしてぼくたちも王都グランフォーユから来たって言う人たちにルフィスが呼んでいるって話を聞かされて、直ぐにでも王都に行かなきゃいけなくなった。

 だから同じ日にセリスさんたちと王都に向かわなければならなくなった。


「絶対、絶対また来るから! その時はもっとお話をしよう!」

「うん。今度は私もしっかり休みを取るようにするから」

「楽しみに待ってるよ。俺もここで待ってるから!」


 2人と強く抱擁を交わしたぼくたちはマルメニの町を出発した。


 そして、ハックとベニー、テトリア3人との出会いですっかり期待が薄れた王都グランフォーユに半日ほどかけて到着し、そこで待ちくたびれたと1年振りにルフィスやレドヘイルくんたちと再会して、魔道具でユッグジールの里と連絡を取って……王都にはその後、4日ほど滞在して出発することにした。


 出発する前、まだまだ仕事の関係で王都に滞在するセリスさんが自身が所持する飛空艇に乗っていくかと誘われたこともあった。

 きっとセリスさんと一緒に行けば1日とかからずにアルガラグアには到着すると思う。

 でもね。なんかね。なごりおしいって言うのかな。

 ぼくたちはグランフォーユから続く長い長い道のりを進むことにしたんだ。


 理由はぼくらがまだまだ旅を終わらせたくなかったからだと思う。

 ウリウリには待たせることになるけど、それでもぼくらは最後まで旅を続けたかったんだと思う。


 そうして、3か月程の月日が経った。


 年を越し、薄らと積もった雪解けの道を進み、春が芽吹きだすころ。

 ぼくらはアルガラグアの1つ手前であり、セリスさんたちのいるミラカルドという町に到着していた。


 ミラカルド――最初にこの町並みを見た時、ぼくには直ぐにわかった。

 ここはぼくが商品として売られていた町で、初めて外の世界を見た場所で、ぼくが生まれたところだってことを。

 あの時のことはシズクは気を失っていたから覚えてないし、話すことも出ないと思う。ここは良いこともあれば思い出したくないこともある。

 それでも、ミラカルドはぼくたちの出発の場所だった。


「アルガラグアまであと少しだけど、やっと到着って感じかな」

「とりあえずセリスのところに顔を出しに行きましょう。あっちも待ってるでしょうし」

「……うん。行こう」


 ぼくらの旅はもうすぐ終わりを迎える。

 そんなことを寂しく思いながら、ぼくらは町の中を進んでいった。

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