第245話 うらやましいのは私の方よ!
久しぶりの再会にぼくはベニーたちと時間を忘れてしゃべり続けた。
まるで夢のようなひとときだった。このままいつまでも2人とお話を続けていたいと心からぼくは思う。
でも、この楽しい時間は出発する時と同じ格好に戻ったレティのノックで終わりを迎えた。
「お楽しみのところ悪いけどそろそろお開きの時間。……そんな嫌そうな顔しないでよ。ほらほら、ルイもさっさと立ち上がる。わたしたちは用意してもらった部屋に行くよ」
「えー……」
「えーじゃない。いま何時だと思ってるの? いつもなら寝てる時間よ」
「ぶーぶー……レティのいじわる……」
ぼくはこのままベニーたちのところに居続けたかった。我儘を言って今夜はこのままここで2人といっしょに眠りたいとも思った。
けど、ぼくがそう
カシャカは大きな欠伸を上げて、男であるシズクがいるにも構わずメイド服を脱ぎ始めたんだ。
みんながカシャカの着替えを止めようとするけど、その前に下着だけの姿になってトタトタとベッドの上へとよじ登ってしまう。
「私をそろそろ寝させてくださいよぉ……もぉ、予定にない“お客様”のために部屋の準備なんてさせないでくださいよねぇ……」
「悪かったわよ。わたしだって泊まるなんて思わなかったし……でも、ありがとう」
「お礼なら金銭的なものでおねがいしまーす……あー、わかってますよぉ……お金なんてあったら依頼なんて受けてませんよねー……」
「別にお金が無いとは言ってな……あーあ」
「……すぅ……すぅ……」
と、カシャカはぐちぐちと小うるさく、早々に毛布を被ってはすぐさま寝息を立ててしまった。
「……ごめん。ルイ、私も……ねむい……」
続いてテトも今日はもう休みたいと言いだし、ぼくの提案は言えず仕舞いだ。
今日はグランフォーユからずっと馬車の運転を任されていたとおしゃべりの間にテトから聞いていた。レティが来るちょっと前からテトはうっつらうっつらと船を漕いでいたのも、眠気に我慢をしてぼくに付き合ってくれているんだろうなぁってのも、本当はわかっていた。
でもぼくはもっと2人と話したかった。ぼくはテトの優しさに甘えちゃったんだ。
「……そうね。そろそろ寝ましょうか。話が弾んですっかり時間を忘れてしまっていたわ。じゃあ、シズク、ルイ。また明日ね」
「うん。僕もそろそろ眠いや。ベニー、テト、おやすみ」
「……う、うん。ぼくも寝るよ…………おやすみなさい。また明日ね」
そうして挨拶を済ましたぼくはシズクに手を引かれ、あきれ顔のレティに迎えられながら離れの外へと出た。
「そんな落ち込まないでよ……明日も会えるじゃない」
「そうだよ。あの頃とは違うんだ。これからだって何度だって会えるよ」
「うん……」
シズクと挟まれるようにレティとも手をつなぎ、ぼくはゆっくりと暗い庭を歩き始めた。
◎
次の日、ぼくは目覚めるなり直ぐにベニーたちに会いに行こうした。
「待って、ルイ」
――したところで、しないといけないことがあるってシズクに言われたぼくはむっと頬を膨らませた。けど、シズクの話を聞いたらああっと確かにと思い直した。
だからレティとリコを含め、ぼくたち4人はこの屋敷に住む奥様のいる……キッチンのある食堂へと挨拶に行くことになった。
「あなたたちが噂の2人ね。ベニーたちから度々話は伺って……まあ、本当に綺麗な子たちなのね。昨日は眠れたかしら?」
奥様はキッチンの中に立っていて、ぼくたちが食堂に姿を見せると笑って快く迎え入れてくれた。
またキッチンには奥様の他にカシャカもいて、フライパンを揺すりながら「今頃起きたんですかー?」と朝からにっこり笑いながら嫌味を口にする。
「おはようございます。昨日はぼくたちに部屋を用意していただいてありがとうございました」
「突然の真夜中の来訪、ご迷惑をおかけしました。挨拶もこうして遅くなってしまって本当にごめんなさい」
「あ、ごめんなさい!」
ぼくたちはそう頭を下げて、自己紹介を交えながら泊めてもらったお礼を口にした。
「――ええ、後はお皿に盛って。そう、お客様の分もね――……いいのよ。お礼ならセリスちゃんとメレティミちゃんに言ってあげて。私は2人に泊まらせてほしいって頼まれただけよ」
キッチンにいるカーシャに指示を残しながら奥様は、妊婦である奥様は膨れたおなかを大事そうに抱えて、厨房からエプロンと三角巾を外してぼくたちの前へと出てきてくれた。
「いえ、わたしからもありがとうございました。……作業が長引いて夜遅くなることが確定しちゃったし、2人なら心配して来ると思ってたしね。1番心配してたのは考え無しにここに突撃してくるかってところだったし、カーシャが間に合ってよかったわ……」
と、レティは困ったように笑って言う。レティの話が冗談だと思ったのか奥様もふふって笑った。
「誰もいない家に1人っきりって言うのも心細いものよ。だから、家に人が増えるの大歓迎。今日はセリスちゃんたちがいたけど、夫が出張とかで家から出ている間はいつもは寂しいなって思ってたの」
「ひとりはさみしいな……リコもひとりはやだ」
うん。ひとりの夜ってすごいいやっていうのはぼくも同じ。もうシズクとレティのいない夜なんてぼくには考えられない。
ただ「昨日の私はみんなが来る前に就寝していたんだけどね」と奥様はくすりと笑ってリコの頭を優しくなでた。
「まあでも……寂しいってことだけじゃなくてね、あなたたちがベニーとハックのお友達だって聞いたからこそ家に泊まって欲しいって思ったの。あなたちが家にいることで2人が喜んでくるなら、私は……いえ、私たち夫婦はとても喜ばしく感じるのよ。だから、あなたたちがこの家に来てくれたことをとても感謝しているわ」
「…………」
奥様も旦那様もすごい親切な人たちで、とても大事にされている……そうベニー本人から話は聞いていたけど、ぼくは少し驚いていた。
ベニーたちは奴隷として買われたんだ。だからこんなに大切に思われてることの方が不思議に思えた。
今はもう奴隷をやめて正式な使用人として働いてるとも聞いている。けど、こんなご主人様もいるんだなって、ベニーたちは良い人たちに購入された……ううん、良い人たちに貰われたんだなってぼくの方こそ嬉しいって思うよ。
……だから。
「……ありがとうございます」
今回泊まらせてくれたことじゃなく、2人のことを大切にしてくれている奥様に今1度ぼくは深く頭を下げた。
本当にありがとう。これからも2人を、大事な友達であるベニーとハックをよろしくお願いします――そう心を込めてぼくは頭を下げて、笑って顔を上げた。
「「「…………」」」
「……」
両隣にいる2人とリコが不思議そうな顔をしてぼくを見つめている。
別に変なことなんかしてないのに恥ずかしいなぁ。そんな顔で見ないでよ。
「ねえ、よろしければ一緒に朝食はいかが? 私もベニーたちのようにあなたたちの話を聞かせてもらいたいわ」
3人に見つめられて照れ臭そうにしているとそう奥様はぼくたちを朝食に誘ってくれた。
寝床まで用意してもらって食事まで……流石に悪いと思って1度は遠慮したんだけど、カシャカが「身重の奥様がせっかく用意したんだから食べない方が失礼ですよ―?」と言ってきたり、確かにぼくたち4人お腹が空いていたりするので素直にごはんをいただくことにした。
「じゃあ、あちらの席へ。カーシャ、私もお皿を運ぶわ」
「ダメでーす。奥様も同じく席についてくださーい。厨房に立ちたいって無理を聞いてあげたんだから私の言うことも聞いてくださーい。何より躓いて料理を台無しにされたらこまりまーす」
「あらら、手厳しい。じゃあ、後はよろしくね」
「はーい! お任せをー! ……はい、そこの人たちも座っててくださいねー! あ、厨房に知らない人を入らせたくありませーん!」
奥様にもそんな嫌味っぽい言い方をしてむっとしつつ、じゃあぼくが代わりにってカシャカに近寄ろうとしたらこれだ。
ふん、と顔を背けて言われるままに6人が座れる長いテーブルに着くと、同じく席に着いたレティと奥様はぼくを見て笑っていた。
カシャカは誤解されやすい言動ばかりだけどいい子だって2人は言う。ぼくは信じないもん。
「おはようございます。……あれ、皆もいるの?」
「おはよう、ベニー。もう身体の方はいいの?」
と、カシャカが料理を並べ、ぼくが1人拗ねているところでベニーが姿を見せて奥様が1番に声をかけた。
ぼくらもベニーの体調をうかがい、みんなの不安そうな視線を受けながらベニーは照れ臭そうに笑った。
「はい、心配おかけしました。もう大丈夫です。これもメレティミさんのおかげです」
「メレティミちゃんが? あら、それはそれは。メレティミちゃんありがとうね」
……別に特別なことなんてしてないわ。なんて、レティは奥様とベニーからちょっとだけ顔を逸らして素っ気ない感じだ。
「なぁにメレティミさん照れてるんですかー? ガラにもないー! ……もー先輩! この数日ものすごい大変だったんですからねー! 次からは熱を出す前に言ってくださいよ!」
「カーシャありがとう。次は気を付けるわ。……私も運ぶの手伝うね」
「はい、お願いしますねー! って言いたいところですが、これで最後です。先輩も席についちゃってくださいー」
最後まで1人で料理を運び終え、カシャカも直ぐにぼくらがいるテーブルに着いた。
そして、一同に食事前の挨拶をしてぼくたちは朝食を食べ始めた――テーブルにはぼくたち3人だけじゃなく、使用人であるカシャカと遅れて登場したベニーまでもが相席をしている。
不思議だ。不思議なことばかりだ。
この家では家主の1人である奥様が厨房に立って料理を作る。そして、奥様が作った料理を使用人に振る舞い同じ席で食べている。
ぼくの知る貴族とは全然違う。
みんなで食事を食べるんですね、と主と使用人が同じテーブルに着いていることを遠回しに聞いてみたら……主従関係なく同じ席について食事を楽しむのがこの屋敷の決まり事なんだと教えられた。
もちろん、公的な場合はその限りではないと言われたが殆どは共に食事を囲っているそうだ。
(……やっぱり、ハックもベニーも優しい人たちのところにいたんだね)
その関係が貴族として正しいのか悪いのかはぼくにはわからない。
けど、こんな良い人に恵まれたベニーとハックの2人が羨ましいなって……ぼくは笑みをもらしながらみんなとの朝食を続けた。
◎
食堂に姿を見せたベニーはメイド服を着ていた。
病み上がりなんだからあと1日寝てればいいのにと思うけどベニーは今日から働くという。
ぼくたちと入れ替わるように食堂に来たテトも同じくベニーと一緒に今日はこの屋敷でお手伝いとして働くみたいだ。
「僕はこれから宿に戻って清算してくるよ。荷物もそのままだから取ってくる」
「リコもいっしょにいく! シズクといっしょにいく!」
「そうなの? じゃあぼくは――」
「あ、ルイ。あなたは行かないで。ちょっとわたしに付き合ってよ」
じゃあ、ぼくはテトと同じくベニーのお手伝いをしようかなって思ったんだけど、そこへレティに呼び止められた。
話を聞くとどうやらセリスさんがぼくに用があるので来てほしいとかなんとか……うーん、仕方ないか。
渋々とぼくはレティに連れられてセリスさんたちが使用している客室に向かった。
コンコンと柔らかなノックに続けてレティがドアを開けた先、部屋の中はセリスさんとルフサーヌさんがソファーに座ってお茶を楽しんでいるところだった。
「ああ、来たわね。フルオリフィア姉妹」
「いらっしゃい。メレティミに……昨日も会ったけどあなたがルイよね。急に呼び出してごめんなさいね」
「う、うん。ぼくに用があるって聞いたけど……」
2人に顔を向けつつも、隣にいたレティを恐る恐るうかがった――ところで、
「じゃあ、セリスにルフサーヌさん、後はよろしくお願いします」
「ええ、妹さんのことは私たちにお任せください」
「そっちこそよろしくね。メレティミ、私すっごい期待してるわ」
3人は妙なことを言いだしたので「え?」と声を上げながら振り返ると、
「じゃあね、ルイ。恥ずかしいからってセリスの言うこと拒否るんじゃないわよ」
と、レティはぼくを置き去りにして部屋を出て行ってしまった。
(えー、ぼく1人だけにするの? しかも拒否るって何を拒否するっていうの!?)
……と、あっさりと閉められた扉を恨めしく見つめ、がっくりとしながらも部屋にいる2人へと顔を向けた。
ルフサーヌさんは笑ってぼくへと小さく会釈をしてくれて、セリスさんは何やら洋紙を片手にお茶を口に運んでいる。
ぼくはぼーっと部屋の真ん中で立ち尽くした。
「……ねえ、あなたのことなんて呼べばいい? あなたは名前で呼ばれるのが嫌な天人族?」
と、セリスさんは手に持っていたカップを手前のテーブルに置いてぼくへと近寄ってきた。
「……ううん。そんなことないよ――ないです。ルイって呼んでくれてかまいません」
「じゃあルイって呼ぶね。あと普段通りに話してもらっていいわ。変に気を遣わなくても結構」
「……うん、わかった。普通に話すよ」
「ええ、それでお願い。……じゃあ、ルイ。来て早々悪いけどあなたにはこの場で裸になってもらいたいの」
「はい…………はい? え? え? 裸? なんで?」
隣にいるルフサーヌさんが「いきなりすぎるでしょう?」とセリスさんを諫めようとするけど、セリスさんは構わずに言い放った。
「なんでって身体のサイズを測るからに決まってるでしょ?」
「え、えー?」
それって決まってるの? 同性相手だとしてもぼくは直ぐには頷けなかった。
お風呂でもない場所で裸になることもそうだけど「でも」とか「だって」と躊躇っていると昨日レティもしたから大丈夫! って言われちゃったら、何が大丈夫なのかわからないけど……じゃあってことで少しだけ戸惑いながらも脱ぐことになった。
「下着も脱がないとだめ?」
「ダメ。全部脱ぎなさ――」
「下は穿いたままでいいですよ。セリス意地悪なこと言わないの」
よかった……うう、よかったのかわからないけど、上はだめだっていうからパンツ1枚だけの姿になることに……。
「部屋の中は暖めておいたんだけど……大丈夫? 寒くない?」
「だ、だいじょうぶ……」
「来て早々、裸になれなんて言ってごめんなさいね。でも、重要なことだから我慢してね」
「うん……わかった。がんばる……」
ルフサーヌさんが寒くないかって聞いてきたけどぼくは全然って首を振った。それよりも顔を合わせたばかりの人の前に裸になる方がぼくには問題だった。
最初は裸ってことだけが恥かしかったけど、2人は真剣な顔をしてぼくの裸をじーっと見つめてくる。次第に裸であることとは別に恥ずかしくなった。
ルフサーヌさんはソファーに座ったままぼくを見つめてきたけど、セリスさんはぼくの周りをぐるぐると周り、隅々まで眺めてくる。
2人の視線はいつもの嫌な視線とは全然違ってこそばゆい感じで、いつもとは違った視線を受けてぼくの身体は緊張で硬直する。
腕を上げてと言われてがちがちに腕を上げて、触るよと言われてぎこちなく頷いて受け入れる。足を軽く開いてと言われて頷いたところで、またも触るよと今度はぼくの返事もなく内股からふとももをぐっと掴まれ、恥ずかしさとくすぐったさがぼくを困らせる。
胸なんて外側から内側にと指でなぞったり、下から持ち上げるように揉み込んでいく。シズクが触ってくるときとは違うけど、もうぼくの心臓の鼓動が外に漏れちゃうんじゃないかなってくらいドキドキした。
最後にお尻を背後からぐっと掴まれたと思ったらぐにぐにと強く揉まれて……手はそのまま前へと向かってぼくのパンツの上から――「セリスストップ。そこは必要ないでしょうよ」とルフサーヌさんが止めてくれた。
ぼくはどきどきと緊張してしまいセリスが何をしていたのかもわからずにされるがままだった……。
「さっきからガチガチじゃない。ほら、硬い。身体も表情も……硬直した身体なんて触っても良い資料にはならないんじゃない?」
「あ、ごめん。メレティミもそうだけどこの子も手触りが良くてすっかり夢中になってた。……そうね。じゃあ、ちょっと話でもしましょうか」
「は、話?」
「ええ、じゃあそうね――」
そう、セリスさんは緊張をほぐすためにと話し始めたんだ。
自分のこと。奥様との出会いのこと。今回マルメニの訪れたこと。ルフサーヌさんもシズクとレティと出会った後のことを教えてくれた。
ぼくは身体を触られながらも2人の話を聞き入ってしまった。
最初は緊張とくすぐったさもあったけど、次第にマッサージを受けてるような力の入れ具合だと気が付き始めた。2人の話と心地よい指圧のおかげでさっきまで緊張していたことすら忘れるくらいだった。
中でも妊娠をすると赤ちゃんにおっぱいを与えるために胸が大きくなるっては話はぼくの興味を大きく惹いた!
「――で、奥様には今回持ってきたマタニティーインナーの感想を貰いたいのよね。今後そっち方面にも事業拡大したい思って……」
「へぇ、妊娠すると胸って大きくなるんだ。すごいね! じゃあぼくも妊娠したらレティみたいになれるのかな!?」
「……え? メレティミみたいに……?」
胸囲を測るために腰を曲げたぼくの横で屈んでいたセリスさんは眉をひそめてむずかしそうな顔をした。
ルフサーヌさんも同じように驚いた顔をして、ぼくの視線から目を逸らす。
な、なんでそんな顔するの!?
「ダメなの!? 無理なの!?」
「え、その……無理とは言わないけど……あっ、ほ、ほら動かない! メジャーがずれる!」
「あ、うんっ」
ぼくはぴくんとその場で固まった。セリスさんはぼくの胸囲に巻いた紐を見つめて、ぼくのじーっと刺した視線と1度も目を合わせようとしてくれない。
うー、ごまかされた気分。無理なの? ぼくがレティになるのは無理なの?
「トップ83」
「はい、83」
「続いてアンダーが……細いわね。65」
「アンダー65の……と。あら? 彼女、でぇなのね」
「……そうねぇ。この数値で“で”なんて立派過ぎて泣けるわ」
でぇ? で?
短い発音の単語だけど2人のその言葉をぼくは理解できなかった。
セリスさんは紐でぼくの身体を計っては数字を読み上げ、ルフサーヌさんが紙に書き込んでいった。
最初は胸の1番高いとこ、低いとこの2か所を測り、腰、お尻と続く。
83―56―82……左から胸囲、胴囲、臀囲だと読み上げていった。
これがぼくのスリーサイズというものだそうだ。
「ルフ、このサイズに合うやつって今回持ってきてたっけ」
「メレティミのは怪しかったけどこのサイズならまだ大丈夫……ちょっと待っててね」
ルフサーヌさんは直ぐに動き出し、ソファーの裏側に置かれていた人が入りそうな大きなトランクケースを開けて物色し始める。中にはたくさんの下着が入っていた。
「ああ、もういいわよ。これで測定は終わりだから自由にして」
と、ルフサーヌさんを見つめていたぼくにセリスさんは言った。
ぼくは大きく息を吐く。
それから、なんとなく。なんとなくだったけど聞いてみることにした。
「ちなみにレティはいくつなの?」
「……………………知りたい?」
「え、なに、どうしてそんな間を開けたの?」
何気なく聞いたことだった。けど、セリスさんはそれ以上言葉にはしてくれず、ぼくから背を向けてソファーへと戻り、先ほどまでルフサーヌさんが書き込んでいた紙を手に取り、裏返した後にぼくへと差し出してくる。
裏側は何も書かれていないまっさらな洋紙だ。
差し出されたので何も考えずにぼくは手に取ろうと――したところでセリスさんはさっと手前に引いた。
どうしてと思いながらセリスさんの顔を見ると、セリスさんは複雑な顔をしてぼくを見ていた。
「……ルイ。自分の胸とメレティミの胸の差を気にしてるのなら見ない方がいい。それでも見たい?」
そんなこと言われたら思わずたじろでしまう。だけど、自分から聞いたことだし今さら見ないという選択肢はぼくにはなかった。
「……う、うん」
そうしてぼくはセリスさんから洋紙を受け取り、恐る恐るゆっくりと裏返した。
洋紙にはぼくの名前と先ほどセリスさんが口にしてスリーサイズと“D”という文字の他、メレティミと名前の書かれた下に92―56―83の“G”という文字が書き込まれていた――。
(あ、もしかしてセリスさんとルフサーヌさんが口にしていたでぇとかでっていうのは“D”のことかな。ローマ字ってやつだ。ぼくはディーって発音だと思っていたんだけどなぁ)
シズクたちからはこっそりとセリスさんが2人と同じく異世界の人だって教えてもらっていた。
だからローマ字を使ってることには驚かないけど、その発音だけ気になってしまう。
(レティたちの世界って不思議だよね。国ごとに違う言葉があるんだ。同じような文字を使っても発音が違うとかって……じゃあ、セリスさんは2人の知るローマ字が使われている国とは別の国の人なのかも。なるほど。それなら納得……)
――……納得できない。
「……きゅうじゅうにぃぃ」
ふらりとぼくはカーペットの敷かれた床に膝をつき、跪くように深く落ち込んだ。
レティの胸とぼくの胸は通りがかりの人に比較されるように眺められることは結構あった。ぼくだってレティの胸は大きい大きいって思いながら見ることがある。
でもぼくだって負けてないもんとかこれからもうちょっと大きくなるもん、なんてこうして数字としてその差を出されてしまうと……こんなにも差があるんだって、絶対に勝てないという現実を突き付けられたような気分だ。
83のぼくと92のレティ。
女性の胸の平均ってどれくらいなんだろう。ぼくの胸は果たして平均よりも大きいのか小さいのか。
ぎりぎりと力が入り過ぎちゃって紙に皺が寄り始めた……ところでぽんと肩を叩かれながら、セリスさんに横から紙をかすめ取られる。
同時に優しくぼくの手を取って優しく立ち上がらせてくれた。
「……あれは
セリスさんにしたら慰めの言葉のつもりかもしれないけど、ぼくにとっては傷を抉るかのようなのように追い打ちを受けた気分だった。
「……でもぉ、セリスさぁん。ぼくぅ、レティの身体がうらやましぃよぉぉぉ……!」
「ルイ、あなたの身体だって最高に恵まれたプロポーションなのよ。ぶよぶよな贅肉はないけどメレティミみたいにガリガリってわけじゃないし。とても健康的な、そう、多くの女性の憧れみたいな体形で――」
「……け、けどぉ……9も違うぅ……ぼくだって、ぼくだって……シズクにおおきいって言われたいのにぃぃぃ」
「だから、胸の大きさなんて気にすることないって。別に小さいわけじゃないんだから、逆に大きくたって邪魔なだけってよく聞くし――」
「セリスさんにはわからないよぉ……」
「なっ、わ、わからない!? ね、ねえ……私だって気にしてることな――」
「ぼく、いつもレティと比較されてるんだからぁ……」
「ちょっと人の話を聞けって……だから……」
「そんなぼくの気持ちなんて――」
――バンっ!
「Merde! うるさい! うらやましいのは私の方よ!」
と、不貞腐れながらぼくが不満を呟いているとセリスさんはテーブルを強く叩きつけてた。
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