第244話 ぼくだよ、テト! ルイだよ!

 宿を出て直ぐ、ぼくらは空を飛んでいくことに決めた。

 屋敷までは歩いていける距離だったけど、それだけぼくたちがレティに会いたいと言う気持ちが強かったんだと思う。ぼくとシズクは一言も言葉を交わさなかったけど、それが当然とばかりに空を飛ぶことを選んでいた。


「……きみ、ぼくの背中に掴まって」

「はい? こうですかぁ――わ、わぁ! ま、待って! 待って、きゃぁぁぁっ、嘘っ!? 嘘ぉぉぉっ!? 私空、空飛んでるぅぅぅ!」


 ぼくはカシャカの身体を水魔法で作った蔦で縛り、シズクと共に空へと飛びあがる。

 夜深いこともあってかカシャカの悲鳴は町の中によぉく響き、空を漂うぼくたちの真下では町の人たちが何事かと家から姿を見せる。こんな夜遅くに騒いでごめんねとぼくは胸の中で皆へと謝った。

 飛んだ時間はぼくらにしてみたら短い間だったけど、カシャカは両手両足を使ってぼくの身体にしがみ付いてくる。耳元でずっとキャーキャーうるさいったらありゃしない。水の蔦で落とさないようしっかりぐるぐると巻き付けてるんだから大人しくしててよって文句を言ってやろうとも思った。

 がたがたと寒さか恐怖で震えるカシャカを背負いながら、レティがいるであろう屋敷はあっという間に到着した。

 

「ひあっ、お尻いたぁ……うぅ酷い、酷過ぎ……寒かったし身体縛られるし真っ暗で怖かったし最悪です……」


 地面に着地し、直ぐに水の縄を解いて上げたらカシャカはお尻からストンと地面へと落ちて悲鳴と不満を漏らしながらのろのろと立ち上がった。

 ぽんぽんとお尻を払いカシャカはむっとしていていたが、直ぐに笑みを作ってぼくらへと笑いかけてくる。


「まあいいです。物珍しい体験をしたってことで前向きに考えることにします。今度はぜひとも暖かな日の出てる時にお願い……あー、はいはい。そんな睨まないでくださいよぉ……こちらですよぉ……この屋敷がそうですぅ……」

「勝手に入っていいの?」

「はい、大丈夫……あれ? 先輩はいないのかな?」


 先輩って? とついつい聞くと「竜人の門番です」と重たそうに鉄の門を開けるカシャカが教えてくれた。普段この時間は夜勤で見張りをしていると言うけど、生憎と留守にしてるようだ。

 まあいいや。ぼくらはふうと一息ついたカシャカにうながされながら門の中へ。

 続けて寒い冬の季節だからか殺風景な夜の庭を眺めつつ屋敷の中へと通されて、


「もう奥様はご就寝されている時間ですので、出来るだけ静かにしてくださいよぉ……」


 と、注意を受けながら火の灯った燭台を持つカシャカを先頭にぼくたちは室内の廊下を渡っていく。

 カシャカの言う通りなるべく足音を立てないように静かに進み「……ここです」と言われぼくたちはあっさりとレティがいるであろう部屋に着いた。 

 静かにと注意を受けた矢先、その部屋の中からは足踏みといった物音と何やら言い争うような声が漏れていた。

 トントン、とカシャカがその部屋の扉を叩いて、シュンと一瞬で静かになった後、部屋の中からどうぞという女性の声が返ってきた。

 失礼します、と口にしながらカシャカがゆっくりと扉を開けた。


「……レティ?」

「……裸?」


 いや、半裸かな?

 扉を開けた先、レティは部屋の真ん中で下着姿で立っていたんだ。

 ぼくたちの登場に小さく悲鳴を上げてしゃがもうとするけど、直ぐにぼくたちだと気が付いて小さくほっとした顔を見せる。

 その恰好は何?

 いつものレティなら下着姿だけでウロウロするなんてありえない。

 お風呂上りのぼくがパンツ1枚でふらふらしても怒る。

 好きでこのスカートをテイルペア大陸から穿き続けているけどパンツが見えそうだからってレティからは不評だったりする……ええっと、だから、今のレティの格好はいつものレティからしたら信じられない格好だ。


(あ、もしかして着替え中だったとか? でも、そんな下着レティ持ってたっけ?)


 上下ともにお揃いの青のブラとパンツ。布なのにテカリがあって細かな刺繍の入ったなんだか高級そうな下着をレティは身につけていた。


「ああ、やっぱり来ちゃったのね……って、リコちゃんなんて半分寝てるじゃない? 置いてきてあげればよかったのに」


 と、レティは今の自分の格好に気にすることなくぼくたちに話しかけたきた。

 レティの近くには着替えといったものは部屋の外にいるぼくからは見えない。着替えを行うと言う素振りも見えなかった。

 じゃあ、つまりレティはずっと下着姿のままでいたってこと?


「レティなんで下着だけ……」

「れ、レティ! どうしてそんな恰好なの!? ね、ねえ、まさか家の人に変なことを――」

「あ――それはぁ……」


 ぼくが聞くよりも先にあられもない姿をしたレティを見てか、シズクは飛び込むように部屋の中へと入った。すぐさまレティの肩を掴んで揺さぶり始めたものの、はっとその動きは止まり、今のぼくの立ち位置からでは見えない方を向いて、ぽかーんと呆けた顔を見せる。

 シズク? 何、どしたの?


「あら、シズクじゃない?」

「本当だわ……メレティミの言う通りシズクも結局来ちゃったのね」

「でしょ? 2人なら来ると思ってたわ……」


 と、今度は2人の女の人の声がその見えない方からかけられ、レティもその2人へと返事を返した。

 ぼくは遅れながらに部屋の中へと進み、その見えない2人と対面した。後ろでぼくが部屋の中に入って直ぐにカシャカが扉を閉めた。

 

「「愛されてるわねぇ」」


 そこには口を揃えてにやける2人の女の人がいたんだ。その言葉にレティは顔を真っ赤にして俯くだけだ。

 長い黒髪を持った綺麗な人と、濃茶の髪の愛嬌のある笑みを浮かべる人だ。どちらも同年代か、黒髪の人がちょっとだけ年上に見える。


「この人たちだれ?」

「そうね、紹介するわ。昼間にも話したけどわたしの妹であるルイよ。――で、ルイ。こちらの慎まし美人さんがルフサーヌさん。で、こっちのやかましくて憎たらしいのがセリスよ」

「え、う、うん?」


 下着姿のままだっていうのにレティは恥かしがることなく肩をすくめながら2人のことを教えてくれた。

 ぼくも流されるままに2人へと小さく会釈をして、挨拶をした……けど、え? と頭の中はわからないことだらけだ。


「よ、よろしく……? ルフサーヌさん? セリスさん?」

「ふふっ、よろしくね。ルイ」

「おい、メレティミ。私の紹介だけ随分とおざなりじゃない?」


 その後、ぼくたちは……ううん。ぼくはレティが下着姿でいる理由と、シズクとレティがこっちの世界に戻ってきた時に知り合った人だということを教えてもらい――そして、同時にぼくは、ぼくは……。


「……それ、本当なのっ!?」


 ルフサーヌさんとセリスさん、そしてレティから、まったくと思いもよらなかったことを教えてもらった。





 話を聞いたぼくは居ても立っても居られなくなった。

 どうしようどうしようと迷っているとその部屋の主であるセリスさんという人が行ってきなさいよと背を押してくれた。


「う、うん! 行ってくる!」


 レティはまだ仕事が終わってないと――なんでも下着のデザインの協力が続いていると言うのでその場に残る。リコは着いてくるって言いながらもずっとシズクの腕の中で眠っちゃってたので、その場に置いていくことにして、だから、ぼくら2人で――。


「じゃ、じゃあ、シズクいこう!?」

「え、僕も?」

「何言ってんだよ! みんながいるんだよ! シズクは会いたくないの!? 


 だから、ぼくはシズクの手を無理やり引いて、どきどきと胸を高鳴らせながら庭の奥にある離れへと向かっていった。

 部屋を出るころにはカシャカの静かにしてという注意なんてすっかり忘れてドドドと足音を立てながら屋敷を飛びだし、真っ暗な庭を駆け抜けていた。

 1つは真っ暗だったので、その片方、明かりがついている方へと向かい、一度困った顔をしているシズクを見てから恐る恐るトントンと扉を叩いた。


「はーい、どうぞー」


 中からそんな聞き覚えのある女の子の声がかけられ、足音と共にぼくたちへと近づいてくる。

 足音よりも早くぼくの胸は高鳴り続けていた。

 ま、待って。まだ心の準備が――なんて思ったけど、ぼくの気持ちなんて知る由もなくキィ……と音を立てて扉は開けられる。

 そして、扉の先には記憶の中の面影に重なる亜人族の女の子が出迎えてくれたんだ。


「あ、メレティミさん。セリス様のお仕事は終わった――」

「あ……ああ……っ!」

「ん? どうかしたんですか?」


 間違いない。

 テトだ。テトリアだ。テトリアだ!


「テト!」

「えっ!? ……もしかして、ルイ?」

「そうだよ! ぼくだよ、テト! ルイだよ!」


 久しぶりのテトを前にしたら心の準備なんていらなかったとばかりにぼくの口と身体は勝手に動いた。

 驚くテトにぼくは強く抱きついたんだ。


「ああ、テト! テト、テト!」

「……ル、ルイ!? ルイなの!? あ、それにシズクも! わぁっ、わぁぁぁっ!」

「うん! ひさしぶり! シズクには話を聞いて、ずっと会いたかったんだ!」

「わ、私もルイに会いたかった! ほ、ほら、こっち! こっちに来て! シズクも!」


興奮気味にテトに手を引かれてぼくは部屋の中へと入って、テトと同じくずっと会いたかった2人と再会したんだ。

 1人は壁際の二段ベッドの下で半身を起き上がらせている金髪の女性だ。すっかり大人になったベニーはぼくたちを見てか、ぼく以上にとても驚いている。

 もう1人はその巨体から部屋に入って1番に目についた。ベニーに寄り添うように椅子に座っていた青い竜人で、直ぐにハックだってわかった。


「ベニー! ハック! 久しぶり! ぼくだよ! ルイだよ!」

「ルイ? ルイなのか?」

「まあ……メレティミさんに聞いてたけど本当にルイなのね?」


 部屋の中にいたハックはびっくりと尻尾を床にたたきつけていた。

 嬉しさのあまりぼくは抱きつこうとハックに駆け寄ったんだけど、ハックはぴんと背を伸ばすように椅子から立ち上がって声を上げた。


「……お、俺、そろそろ見張りに戻らないと!」

「え、ハック!? ハックっ!?」


 そう、とても大きくなったハックを呼び掛けてもまったくとこっちを見てくれない。

 のしのしと足音を立ててハックは部屋の外へと向かおうとして、入口に立ち尽くしていたシズクを前に……。


「……ハック」

「……シズク」


 2人は少しの間寂しそうな顔をして見つめ合っていたけど、先にハックが視線を逸らして部屋の外へと出て行ってしまった。

 シズクは悲しそうな顔をしてハックの後姿を見送っていた。

 照れてるから、とか言う感じじゃなかった。

 せっかく10年振りに再会できたって言うのに、一瞬にして室内は変な空気に包まれた……でも、その空気を和らげるように、直ぐにベニーが声を掛けてくれた。


「ルイ……久しぶり。とても大きくなったわね」

「ベニー……会いたかった……!」


 ぼくは直ぐにベッドに腰かけるベニーへと駆け寄り、膝をついて彼女の腰へと抱きついた。

 あの頃よりずっと成長して大人になったベニーだけど、癖のある金髪に大分薄くなったけど頬の上のそばかすはあの頃のままだ。


「ねえ、レティから聞いたよ! ベニー熱があるんだって!?」

「ああ、うん。ちょっとね。でも――」


 熱を出したって聞いてたけど、1日寝たらすっかり元気になったとベニーは笑っていた。もう明日には動けるみたいなのでぼくはほっと胸をなでおろして笑いかけた。


「また、またみんなに会えるなんて思わなかった!」

「私もよ……ルイ、とても綺麗になったね」

「ベニーだってすっかり大人の女の人だよ!」


 もう子供の頃とはぼくら違う。

 ベニーだけじゃなくて、ハックも、みんな違うんだ。

 そう、ぼくらだけじゃなくてテトだって――。


「あ、あの……ルイ、あのね……」

「何、テト?」

 

 ぼくは笑ってテトへと振り返った。

 でも、テトは悲しそうな顔をして俯きがちにぼくを見ていた。


「……ルイ、私ね。ルイに謝らないといけないことがあるの」

「謝る? 何を?」

「……ルイと別れる時、私……酷いこと言っちゃったから……」

「……」


 酷いこと……テトよりもぼくの方が値段が高かったってこと?


「別に気にしてない……どうして気にする必要があるのさ」

「でも、ルイは……泣いて私を見送ってくれたのに……なのに私は自分のことばかりで……」

「ぼくは気にしてない! 今はこうしてテトとまた会えたことが嬉しくて、昔のことなんてすっかり忘れちゃったよ!」


 けど、ともじもじするテトは昔のままみたいに思えた。

 ぼくはそんな困っておどおどするテトを見たくてここに来たわけじゃない。ただぼくは皆に会いたくて来たんだよ。

 ぼくは立ち上がって悲しそうな顔をするテトを前に笑って呼びかけた。


「ねえ、テト! ただいま!」

「……え、え?」

「だから、ただいま! テトも言って!」

「た、ただいま? ルイ?」

「うん! ……おかえり、テト!」

「あ……おかえり、ルイ……!」


 ぼくはテトの両手を掴んでぶんぶんと振り回す。

 全然テトの態度なんて気にしてなかった。むしろぼくはずっとテトに嫌われちゃったのかって思ってたくらいなんだ。

 ……ハックもあそこから出ていく時、ぼくやシズクにすごい不機嫌になっていたことも知っている。テトももしかしたらそれなのかなって思ってたんだ。


(ハックともちゃんと話がしたいな……ううん。ちゃんと話をするんだ。今は無理でもそれは多分直ぐに叶うと思う!)


 今は皆と再会できたことを素直に喜びたいから……もぅ、ほらー!


「シズクもそんなことで立ち尽くしてないで、こっちおいでよ!」

「え、ええっと……うん」


 さっきから扉の前から動かなかったシズクを呼びつけて、ベニーの前で膝をついて2人してベニーを見上げた。

 ベニーが並ぶぼくたちの頬へと手を添えてきたので、ぼくも直ぐにベニーの手の上に合わせた。

 懐かしい……ベニーの手だ。

 あの頃よりも大きくて細くなってしまったけどベニーの温かな手だ。


「シズク、大きくなったね。元気にしてた?」

「うん。元気だよ。ベニーこそ久しぶり。まさかこの屋敷にいるなんて思わなかったよ」

「私もよ。……まさかメレティミさんがルイの家族だなんて思わなかったわ。こんな奇跡みたいな再会もあるのね……」


 シズクもさっきまでの硬い顔は解けて薄らと微笑み始めたんだけど、あれ? とベニーの首が傾いた。


「……ねえ、シズク」

「何、ベニー?」

「あなたのこと、昔はかわいい男の子だって思ってたんだけど……本当は女の子だったの? しかも、ルイに負けず劣らずとばかりの美人さんに……」

「……ええっと、それは説明すると色々と長くなるんだ」


 困惑するシズクを前に、ぼくとテトは思わず笑ってしまった。

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