第243話 失礼なメイドさんだ

「フルオリフィア? フルオリフィアってユッグジールの里にいる四天の?」


 王都グランフォーユへ続く長い道中、話題の1つとして屋敷を出発する前に出会った天人族の少女について彼、子爵は上げた。

 その後、対面に座る部下である男からの返答がそれだ。


「そうだ! その子だ!」


 子爵は興奮気味にその場で尻を浮き上がらせ――偶然にも石にでも乗り上げたのか馬車は弾み、反動で前のめりに倒れそうになったところを隣に座っていたメイドがはっと支えた。


「あっ、ありがとう。マーユ。……そう、話に聞いていた四天のルイ・フルオリフィアだ。じゃあ、あの子はルイ・フルオリフィアの親族か何かかな?」

「ルフィスお嬢様の話では去年の暮れにルイ・フルオリフィアは姉とと里を発ったと伺っています。なんでも彼女たちの保護者と衝突し、勢いに任せての出奔だとか?」

「詳しい話は伏せられたけど、痴情のもつれだってルフィスちゃんは呆れながらに言ってたっけ? ……最後はテイルペア大陸西部の港町で降ろしたんだよね」

「はい、そこで彼女たちとは別れルフィスお嬢様は先に王都へと帰還されています。その後は報告通り1度も連絡は無しとのことです」

「連絡を取ろうにも手段なんて限られちゃうだろうからなぁ。出来たとしても喧嘩別れだってことだからし辛いだろう……でも、まさか回りに回って我が家に来るとはね。彼女たちの捜索願も出ていたことだし、これは王都に到着したらまっ先にルフィスちゃんにも伝えないとってところかな」

「ええ。もしもその天人族が彼女の姉であるならば、ルイ・フルオリフィアも同じくマルメニに滞在している可能性が高いでしょうからね。直ぐにでも人員を向かわせて確保……いえ、交流を行うべきかと」

「なるべく穏便に話し合いが出来ればいいんだけどね……でも、まさかあの子がねぇ」

「あの子?」

「……いや、昔のことだよ」


 子爵は苦笑しルイ・フルオリフィアと呼ばれる天人族との記憶を思い返した。彼は1度だけ彼女に……いや、彼女たちに会ったことがある。

 もう10年以上も前の話だ。

 蝋燭で灯されただけの薄暗い地下室の、商品として多くの奴隷が連ねる一室の中でとても綺麗な、宝石のような女の子と男の子を子爵は奴隷市場のオーナーに紹介された。まだ物心がつくかと言う幼い子供だった。

 いずれは愛玩奴隷としてどこぞの金持ちに買われるのだろうと不憫に思ったこともあった。けれど、その同情はその場限りのものだ。

 その子らとはもう会うことは無いと子爵は思っていた。

 だが、今こうして彼女はマルメニに滞在している(――と予想している)。そして、マルメニには子爵が連れてきた子供たちもいる。更にもう1人の子供テトリアも今日という日に彼の屋敷を訪れる。

 あの時の奴隷市場にいた子たちが、自分の治める町に一同する――。


「世間は狭いものだなぁ……」

「? 先ほどから何の話ですか?」


 部下の問いに子爵は窓のを外へと視線を向けながら答えた。


「ハックとベニーの喜ぶ顔を見たかったって話さ。今日は偶然にもテトリアちゃんも屋敷に来ている。懐かしの面々にあえてみんな嬉しいんじゃないかな」


 続けて子爵は微笑を浮かべながら「君も会いたかったかい?」と隣に座っていたメイドに話を振ったが「……いえ、私は」と素っ気なく首を振るだけだった。


「ルイ・フルオリフィア……その名を思い出せてよかったよ」


 今頃屋敷は大賑わいかもしれないな。

 子爵は目を瞑って2人の使用人の顔を思い浮かべる――が、次の部下の言葉に緩めていた口元をぎゅっと結び直した。


「……俺はルイ・フルオリフィアと聞いて半年前に獄死したゼフィリノス・グラフェインを思い出しましたよ」

「…………ああ、そうだね。彼の死はとても心が痛むよ」


 部下の男が言う今回のユッグジール襲撃事件の主犯とされる元グラフェイン家当主の名を耳にして子爵は声を落とした。


 ――ゼフィリノス・グラフェイン。


 彼は半年ほど前、牢獄の中で1人寂しく死んでいるのが確認された。

 死因は不明。喉元を掻き切ったことによる出血死が最もな死因と判断されているが、これが自殺か他殺か……この判断は未だ付かずにいた。


「今も調査は続いていますが自殺という線で片が付きそうです。看守の話では精神的にそうとう参っていたらしく、死亡する数日前から毎晩返せ返せと喚き散らしていたそうです」

「返せ? それは初耳だね。いったい何を?」

「身体を返せ、名を返せ、俺を返せ……等。看守の個人的な見解ではありますが、狂人のそれだったとのことで判断は難しいかと……」

「うーん……自分の両親を殺した犯人への恨み言なのかな?」

「今となってはわかりませんね。ですが、自分の喉元を掻きむしるなんて方法で死を選ぶくらいですよ? やはり看守の言うように狂ってしまったとしか?」

「それだけ追い詰められていたのか……以前会った時、我々には気丈に見せていても、本当は心を病んでいたのかもしれない。両親や家臣たちを皆殺しにされて正気を保っていられるはずがなかったんだ……」

「ですが、その反動が奴隷軍団でしょうか? 貴族の間では悪評としてかなり波立っていました」

「……僕は彼のことを悪くは言えないな。僕は小さい頃から奴隷が傍らにいる日々に身を置き、彼女に指摘されるまで奴隷を購入するってことは当然だと思ってた。彼が奴隷を大量に購入して騎士団を結成していたと聞いても皆よりも不快感は薄かったよ」

「ものにも限度があると思いますよ。心を病んでいたからと数百人という奴隷を購入するなんて真似をしますかね? 事件以前にも彼が子供の奴隷を購入したって話もありましたし……では、いつから狂っていたと言う話になりますけど……」

「牢獄の中で反省している間に、自分自身を追い詰めてしまい、日に日に募りだした罪の呵責に耐えきれなくなったとか――……この話はそこまでにしようか」

「え? あ……失礼、女性がいる前でする話でもありませんでしたね」


 顔を青くした隣のメイドの様子に2人は口を閉じた。

 彼女は話を邪魔してはいけないと「いえ、お構いなく」と小さく首を振ったが……2人はそれ以上この話を続けることはしなかった。

 こんな場でする話ではなかったと反省する2人。

 主人の邪魔してしまったというばつの悪さを感じるメイド。

 ずんと馬車の中の空気が重くなるのを狭い車内の3人はひしひしと感じ取り――。


「そ、そういえば、さっきも言ったけど今日はセリスちゃんがうちに来てくれてるんだ」

「あ、はい。彼女の高級下着は王都の婦人たちには評判ですよね」


 場を和ませようと子爵は率先して話題を変え、部下の男もそれに続いた。


「今は客層が限定されているけど、いつかは庶民用に事業拡大を目指しているそうなんだ。従業員を外からも募集して今以上に工房を大きくしたいと息巻いていたんだけど……そしたら、父親に『このミラカルドを下着の名産地にしたいのか』って怒られたとか?」

「ふふっ、ミラカルドは織物で有名でしたね。町の人にしたら女性用下着を作るために織ってるなんて思われたらたまったもんじゃないですよ」

「でも、彼女の作る下着はとても着心地が良いんだってさ。最近のは特にすごいらしくて、マーユも確か貰っていたよね?」


 と、顔色を窺うように隣に座るメイドへと顔を向けると、先ほどまでの真っ青な表情は打って変わって赤く染まった頬に、口元をつんと尖らせている。


「……旦那様。従者とは言え女性に下着のことを尋ねるのはいかがなものかと思いますが」

「あ、こりゃ失礼」


 ぺこりと小さく頭を下げつつ、彼女の表情にようやく安堵らしきものが見えたのでほっと胸をなでおろす。


「でも、従者たちに彼女の高級下着が回っているなんてすごいですよ。王都にいる令嬢たちからは3年先まで予約待ちだと聞いてますよ」

「そうなの? うちなんかは今日みたいに頼んだらすぐ来てくれるのに……もしかして忙しいところを無理言っちゃってたのかなぁ。悪いことしちゃったかも」

「まあ、そこは彼女の才能を見出したあなたの特典みたいなものでしょう」

「いやいや、こんなの偶然運が良かっただけだよ。だいたい下着の評判が上がったのだってうちの妻がさぁ――」


 子爵はそうしてセリスの才能を見出したのは妻であると鼻高々に話し始めた。

 そして、その話が惚気話に変わるのは直ぐのことで、対面にいる部下の男と隣に座るメイドはいつも通り苦笑した。

 相槌を打ちつつ彼が満足するまで――グランフォーユに到着するまで2人は黙々と子爵の話を聞き続けた。





 ぼくたちがエストリズ大陸に到着してから4か月程が経った。

 今は煌星700年、ぼくの誕生月からひと月経った年末の13之月。去年の暮れにユッグジールの里を飛びだしたからもうすぐ1年だ。

 その大半をテイルペア大陸で過ごし、色々な町をシズク・レティ・リコの3人と見て回って、そこからようやく久しぶりのエストリズ大陸だ。


(エストリズはぼくが10歳のころに出たからもう5年……先月で16歳になったから6年振りかな)


 今はマルメニって名前の町に小休憩と滞在している。そして、この町を出発した後は王都グランフォーユっていうエストリズ大陸でも1番大きな都らしくて、今からぼくはすっごい楽しみにしている。

 シズクたちは1度足を運んだことがあるみたいで、あれがあったこれがあった――って、みんなにしかわからない思い出話に少しだけ不満にも思ったけど、それならそれで当時の3人以上にぼくは楽しんでやるんだって思ってる。


 でも、そんなウキウキするグランフォーユはまだまだ先の話で、今夜という今のぼくらは宿の一室でぶくぶくと沈んでいた。


「……レティ、帰ってこないね」

「……うん。連絡も寄こさないで何してるんだろ」


 今日のお仕事も無事に終え、シズクとリコと合流した時のぼくはまだいつも通りだった。

 なるべくみんな揃ってごはんを食べようって普段のぼくたちは約束をしているけど、仕事が長引いてどうしても集合時間に間に合わないって時は遅れた相手に気にせずに先に夕食を済ませておくってことになっている。

 だから今夜はぼくたち3人で晩ごはんを食べに行った。夕食のときは遅れたレティに今日なこんなの食べたんだよーなんてイジワルをしようなんて思ってたくらいだ。

 夕食が済んでもレティは部屋に戻っておらず、その時もまだ仕事忙しいのかなくらいにか思わなかった。昨日の夜更かしからリコは朝からずっと眠いからって先にベッドでスヤスヤし始めちゃったけど、ぼくたち2人はレティが帰ってくるまでずっと起きていた。

 朝の続きとしてシズクの膝枕を1人で独占しながら今日あった出来事をお互いに話し続けた。

 それからシズクにせがんで頭を撫でてもらったりして、それは頼んでないのに耳を触ってくるイジワルを受けたりして、シズクの下ろした髪を編んでみたりして、たまに触れるような優しいキスも交わしたりして――レティの帰りをゆっくり2人でくつろぎながら待っていたんだ。


 けど……レティはいつまで経っても帰ってこなかった。

 今日はレティお仕事ちゃんとできたかな。お皿とか割ってないかな。失敗して怒られてないかな――と、ぼくたちがレティにしていた心配は仕事のことばかりだったのに、ここに来てレティ自身の安否を気にかけるようになってきた。


 遅い。遅すぎる。


 シズクの膝に頭を預けながら、レティが心配で仕方なくて左手の指輪をずっと触り続けても一向に帰ってくるようには思えなかった。

 レティのいる場所は大体だけど把握している。この町でも1番大きな屋敷がそうだ。

 人手が足りないとは聞いてはいるし仕事が長引いてるだけかもしれない。

 けど、もしかしてのもしかしてでレティに何かあったのかも――レティを探しに行こうかと話し始めかけたそんな時、部屋の扉がとんとんと控えめに叩かれた。


「あ!」

「……ん」


 最初はレティが帰ってきた!? ってぼくは喜んだ。だけど「……レティじゃない」ってシズクが言ってぼくも直ぐにそうだって思い直した。

 こんな落ち着いた、礼儀正しいノックをレティはしない。というか、レティは律儀にノックなんてしない。レティならノックをする前にドアに手をかける。鍵がかかってる場合はもっとドンドンってぼくらを起こすみたいに強く叩く。

 真上から見下ろすシズクと膝枕から見上げるぼくらの視線を絡め、小さく頷き合ってからベッドから降り、恐る恐るとドアへと向かった。

 率先してぼくがノックをした人物へと返事をした。


「……誰ですか?」

「あ、こちらメレティミさんの利用されているお部屋ですか?」

「……はい。そうですけど?」

「ああ、よかったー。1回間違えちゃったから不安で……えっと、メレティミさんからの伝言でーす! 開けてもらってもいいですかー?」

「……」


 レティからの伝言?

 ぼくたちは怪しむように見つめ合い、こくんと頷き合う。今度はシズクが先にぼくを背に隠すようにして用心深く扉を開ける。

 ぼくもシズクの背中に寄り添いながら部屋の外へと覗き……え? とぼくは訪ねてきた人物を見て目を丸くした。


「あ、どうもー。夜分遅くに失礼しまーす」


 部屋の外に立ってたのは金髪のメイドさんだった。

 多分12歳か13歳くらいの女の子だ。深々と被ったキャップをぼくたちに向けるようにしてお辞儀をしていた。

 まさか部屋の外にメイドさんがいるとは思わなかった。

 彼女は丁寧なお辞儀から顔を上げてにっこりと笑うも、扉から半身を覗かせたシズクを見てかぽかんと口を開けながらぼくたちとはまた違って驚いていた。


「わぁ……綺麗な人…………あ、えーっと、メレティミさんから伝言を預かってまして……って、あれ? メレティミさん!? いつの間に屋敷を出たんですか!?」


 シズクを見てぎょっとした視線がぼくへと移動した途端、女の子はまたもぎょっと目を大きくした。

 女の子はぼくを見てメレティミと言う。どうやらレティとぼくを勘違いしているみたいだ。


「ぼくはルイ。レティ……メレティミの妹だよ」

「妹さん? あ、そういえばメレティミさんは姉妹だって言ってたっけ……うわぁそっくりぃ! メレティミさんかと思っちゃいましたよー! あ、でも、おねえさんの方がお胸が大きいんですね?」

「……なっ!」


 何こいつ! 初めて会ったって言うのにいきなりぼくの胸の話なんてしてさ!

 たとえ初対面だとしても、ぼくはカっと腹を立ててしまい、その子に怒鳴りつけてしまった。


「レティより小さいからってなに!? そりゃレティよりも小さいけどレティより大きい人の方が少ないし、シズクはぼくの胸好きだって言ってくれるもん!」

「ちょっと何言ってっ……あーあー、ルイ怒らないでよ」

「怒ってないよ! だってこいつが会うなり人の胸が小さいって!」

「別にルイの胸が小さいとは言ってないでしょ! ほら、初対面の人をこいつって呼ばない」


 ふんだ!

 ぼくはムカっとその子から顔を背けて、シズクの後ろに隠れた。


「あー、もう。……それで君はさっきからなんだって言うの? レティの伝言がなんだとか――」

「はわぁ……あ、はい! その、シズクって名前のお金のない彼氏さんはいらっしゃいますか? メレティミさんから伝言がありまして、出来れば取り次いでもらえると助かるんですけどー?」

「お、お金のない……ね。レティは僕のことなんて紹介したんだろう……あー……シズクは僕ですけど?」

「……え? あなたが? 彼氏さん!? うわぁまたびっくり! よおく見れば男性じゃないですか! こんな綺麗な男の人がいるんですねえ! もしかして、性別間違えて生まれてきちゃいました?」

「別に間違えてないし……ねえ、ルイじゃないけど君さっきから失礼だよ。要件があるならさっさと言ってよ?」

「そんな怒らないでくださいよー!」


 その子は悪気なんてまったないと言わんばかりにテヘヘと笑って、それからレティのことを教えてくれた。


「メレティミさんはお客様のお相手で忙しいので、今夜は戻れないと伝えてくれとのことです! 今現在追い込み中なのでもう完全に外出禁止! 多分今夜はこのままうちの屋敷にお泊りでーす!」

「追い込み中? 何それ? レティは今日家政婦として行ったんじゃないの? ぼくそれ以上は聞いてないよ?」

「ええ、そうです! メレティミさんは今日1日メイドとしてお客様のお相手をするという内容で働いてもらってます!」

「……泊まるってレティがそれを望んだの? 僕には信じられない。彼女は強がって口にはしなかったけど気乗りしてなかったんだ。そんなレティが泊まり込みで仕事を続けるって?」

「さぁ? 確かに私が頼んだ時も乗り気じゃありませんでしたけど、気が変わったんじゃないですか? まったくぅ、先輩である私をこんな使いパシリにするなんて信じられませんよねぇ!」


 変だよ。この女の子の言うことが信じられない。

 軽い話し方や振る舞いなんかにイライラしてしまってそう感じちゃうのかもしれないけど、直前まで嫌がってる感じだった朝のレティが今回の仕事にそこまでのめり込むなんてぼくも信じられない。

 ぼくはシズクの背から顔を出してもっと詳しくその子を問い詰めようと前に出ようとしたところで、その前にシズクが1歩先へ部屋の外へと出てしまう。

 シズクはゆっくりとメイドの女の子へと詰め寄った。


「え……ちょ、ちょっと、近くありません?」

「……ねえ、レティに変なことしてないよね」


 女の子に迫るシズクから怒りと不安の混じった空気を感じる。

 へらへらとしていた女の子はシズクに睨まれても僅かに肩を震わせるだけで、直ぐに同じように笑いだす。若干口元が引き攣って「そ、そんなことしてませんよー」と口にするけど、先ほどの余裕っぽさはなくなったみたいだ。

 女の子にしたらシズクに睨まれて言葉が詰まったのかもしれないけど、今の反応じゃあ何かを隠している様にしか見えない。


「あ、あとっ、明日は2人とも依頼を受けずに屋敷の方に来て――」

「今すぐだ。明日なんて待ってられない」

「――ほしい……今からですか?」

「うん、今から行く。僕は今すぐにでもレティに会いたい」


 シズクが怒ってその子を問い詰めているんだとはわかるけど、ちょっと心配になるほど距離が近い。後ろの壁までその子を追い詰めて息がかかるほど顔を近づけるのはどうかなってぼくは思う。

 ぼくはその子とシズクの間に無理やり割り込んでシズクの胸を押し返しながら女の子へと聞き返した。


「明日じゃないと駄目なの? ぼくも今レティに会いたいよ」

「……別に構いませんけど(……本当に来るんだ)……あ、いえ、お客様の仕事の邪魔になるような真似だけはしないでもらいたいです」


 シズクと同じくぼくだって明日まで待てるはずがない。邪魔にならないようにしろって言われたってその場の状況次第だ。

 もしもレティが悲しむようなことをしているのであればシズク以上にぼくだって怒る。


「うん。邪魔するかはどうかはわかんないけど、わかった」

「いやいやっ、約束してくださいよぉー! 邪魔しないって……」

「ルイ、別にこの人の言うことなんて聞かなくていいよ。ここで駄目だって言っても僕たちが勝手に行けばいいんだから」

「えっ、それは困ります! 待った! 待ってくださいよ! もぉ……わかりました! わかりましたから! 騒ぎになるような無茶な真似だけはしないでください!」


 そうしてぼくたちは夜も遅いけどレティを雇った屋敷に向かうことにした。

 メイドの女の子――カシャカと名乗ったその子に部屋の中に入ってもらい、早速と準備を始める。後はもう寝るだけだった寝間着を2人して脱ぎ捨て、カシャカの目も気にすることなくその場で外行の服に着替える。

 カシャカは「なんでメレティミさんといい、この人たちといい人の話を聞いてくれないんだろ……」とぼそりと何かつぶやいていたけど、ぼくたちは気にせず着替えを続けた。


「レティは一体何をしてるんだろ……」

「家政婦の仕事だって聞いてたのに……」


 レティを心配しながら着替えていると、起こしてしまったのか目を覚ましたリコも眠たそうな顔のままいっしょに行くと言う。

 最初は寝てていいとシズクが言い付けるけど、リコはやだやだって駄々をこねちゃう。じゃあ、いっしょに行こうかってことで先に着替え終わったシズクがリコの両脇に手を差し込み抱き上げた。


「あらら、かわいいー! この子は妹さん? それとも弟さん? でもあれ? 耳と尻尾があるからもしかして亜人族の子? あらやだ。お兄さんには耳ないからもしかして複雑な家庭環境ってやつですかぁー?」

「……だぁれ、このひと?」

「気にしなくていいよ。失礼なメイドさんだ」

「まっ、褒められても何も出ませんよぉ!」


 シズクの腕の中でうっつらうっつらと眠たげなリコを前に何やらやっているけど、そんな中でぼくも着替え終わる。

 毎回寒くないのって2人に突っ込まれるお気に入りのスカートをさっとひるがえして、さあ行こう――おっと、レティとお揃いのマフラーも忘れずに。

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