第242話 どうしてメレティミさんがここにいるの!?

 領主様は王都グランフォーユへと向かい、色々と仕事をするとその場でカーシャに聞いた。

 色々とは何かと訊き返してみたが、後処理がどうとか事後報告とかなんやら……自分のご主人様が何をしにグランフォーユに行くのかを理解していないようだ。


「あ、旦那様のこと気になります? たぶらかしちゃだめですよ?」

「しないし、この依頼中に会うことはまずないでしょ。何よりわたしには立派な……ん? 立派か? ……まあ、ちゃんと彼氏がいるわ」

「へえ、そうなんですか? ちなみに、その人お金持ちなんですか?」

「はぁ?」


 領主様の見送りも終わり、カーシャとそんな話をしながら門をくぐり終えた……ところで、背後から「おい」と呼び止められた。ハックさんの声だ。


「……まだあいつは寝込んだままなのか?」

「あいつ? ……あ、先輩ですね! はい。今日もやっぱり駄目そうです。でも、昨日よりは熱も下がりました。今日1日は安静にとご主人様と奥様から言われちゃって今も嫌々って感じで寝てますよ!」

「そっか……その……」


 と、ハックさんは口を濁す。尻尾の先はたんたんと上下に動いている。


「はい?」

「……お大事に……いや、無理をするなって伝えておいて」

「……?? はい、わかりました?」


 ハックさんは素っ気なく口にすると、しっぽをびたんびたんと地面を叩いた。





 門から少し歩いて屋敷の前、ようやく仕事が始まるんだと息を呑んだところで、あれ? カーシャは屋敷の扉を開けることなく方向転換。庭の方へと進んでいった。

 居心地の良さそうなテラス席が置かれてた庭を尻目に、カーシャの後についていく屋敷から少し離れた先ほど確認した2つの離れへと到着する。

 なるほど。どうやら離れだと思っていた建物は使用人たちの寮のようだ。

 2つあるのは男女で別れているらしく、そのうちの1つにカーシャと先ほど別れたマーユさんと熱を出したというの3人で住まわせてもらっていると説明を受けながら中へと通された。


「……散らかっているけどお構いなくー!」

「は、はあ……」


 室内に入って最初に目についたのが壁に沿うように設置された2台の二段ベッドだった。4人部屋なのか、奥の方の二段ベッドの上段は物置のように色々と物が置かれている。

 手前の二段ベッドの下段には金髪の女性らしき人が背を向けて眠っていて、その人が話に出てきた熱を出した先輩ってところだろうか。

 ちなみに物置の下のベッドは綺麗に整頓されていて、手前の金髪の先輩の上の段は脱ぎ散らかした寝間着がびろんとはみ出たりしていたりと、誰がどこのベッドを使っているかは容易に想像できた。

 ベッドの他に室内には真ん中に置かれたテーブルと2人分の椅子、ベッドとは反対側の壁には掛けられた姿見とクローゼット。

 カーシャの寝床以外では整っている様に見えたけど、ふと目を向ければ酒瓶がいくつか並んで転がっていたり、テーブルの上には使用済みのコップが置かれていたり、カーテンかと思っていたものが、紐に吊るされた洗濯物だったとかで……あー、なんか女の部屋って感じだわ。

 そんな風についつい部屋の中を観察していると、


「まずはここで仕事着に着替えてもらいます! この屋敷で働く以上、メレティミさんも私たちと同じ格好でいて貰わないとですよ!」


 と、カーシャはクローゼットから自分と同じ黒いワンピースを掲げてわたしに差し出してきた。


「……う、それ着るの?」

「それって失礼ですよ? 毎日着てる私たちに失礼だと思いませんか?」

「……わかったわ。着ればいいんでしょ着れば!」

「はい! それと、その腕とかにつけている装飾品も外してくださいね」

「はいはい……あ、この指輪は駄目よ? これだけは外さないから」

「えーそんな我儘を言って……それはそんなに高価なものなんですか?」


 高価かはどうか知らないけど、あいつからもらった大切な指輪だ。これだけはもう肌身から離さなさいと心に決めている。

 仕方ないですねぇと呆れられたけどこればかりは我儘を通させてもらう。わたしだって仕方なくってそのメイド服を着るのだ。

 渋々と着てきた服をマーユさんの使用しているであろうベッドに置かせてもらい、用意されたワンピースを身に纏う。

 脱いでいる最中、じーっとカーシャが見つめてきたけど知らん顔「わ……やっぱり脱ぐとすごいですねぇ」あーあー聞こえない。


「……胸が苦しいわ」


 彼女と同じ黒ワンピースを着てみるが、自分のサイスに合わずぼそりと不満を漏らした。

 スカート丈はくるぶし上くらい丁度いいけど、胸囲はきついし、腰回りはダブダブ。どうにか首元までボタンを留めてみたものの、胸元のボタンは弾けそうだ。


「あー……パツンパツンですね。でもこれよりも大きい服だとぶかぶかになっちゃいますよ?」


 一応その大きいのを見せてもらったけど、スカートは引きずりそうだし袖も指先まで隠れそうってくらいのサイズかぁ……。

 流石にその恰好で仕事はできないわね。


「……我慢するわ」

「……まあ、エプロンで隠れちゃいますから、胸元のボタンは開けちゃいます?」

「いいの?」

「良くはないですけど、生地が傷む方が嫌ですからね……今日だけですよ。もしもマーユさんがいたら絶対に許しはしませんから気を付けてくださいね」

「はあ、マーユさんは厳しそうだなあ」


 気を付けろと言われても今日限定だし(2日目? そんなの知らないわ)ってことで許してもらおうか。

 彼女の言う通り、次に渡されたエプロンを紐をぐっと後ろで締めればゆるゆるの腰回りもどうにか隠せるだろう。


「じゃあ、はい。後は髪も縛りましょうか」

「ええ。そうね」


 カーシャからピンを借りて自前のロングヘアを一纏め。その上に……。


「メレティミさんはこちらの方がいいかと思いますよ」


 と、カーシャと勧められメイドキャップではなくシニヨンカバーを受け取り、纏めたお団子に被せて……はい、終了。

 お似合いですねぇなんて褒めながら壁にかかった姿見の前まで連れていかれて自分のメイド姿を見せてもらった。


「……」


 ……何よ。可愛いじゃない。 


「……おやおや、気に入りましたか?」

「……まあ、こういう格好なんて滅多にしないしね」


 ついついぶっきらぼうに返してしまったが、思った以上に可愛らしいメイドさんがそこにいた。

 自画自賛ではなく、が中にいるからこそ本心から可愛いと思える。


(だいたい、あのブランザお母様とイルノートお父様から生まれたメレティミ・フルオリフィアが可愛くないなんてありえないわ!)


 まあ、この格好で気を良くしたのかちょっとはやる気も沸いてきた。

 後はもう心配事は忘れて仕事に打ち込んでやろうじゃないの――って鏡の前でにっこりと笑って見せていると、

 

「んんっ……カーシャ?」

「……あ、先輩! 起こしちゃいましたか?」

「……ああ……寝ちゃって……もう大丈夫だから安心して――」

「ダメですよ! しっかり寝て元気になって貰わないと!」


 どうやら騒ぎ過ぎてしまったらしく今まで横になっていた先輩さんがこちらへと顔を向けて細い声を上げていた。カーシャは直ぐにその人のもとへと近寄った。

 20代半ばくらいの人で、うっすらとそばかすが浮かぶ頬は熱のせいか薄く紅潮している。眉間にしわを寄せながら細目でわたしを見ようとするも、その視点は合わないようで何度も瞬きを繰り返していた。


「青い髪……あなたね。私は……あっ」


 彼女が起き上がろうとしたので、わたしも慌てて止めに入った。


「いいです。そのまま寝ていてください」

「……あぁ、まだ力が入らないや。ごめんなさい。私が体調を崩さなきゃ、こんなのこと、頼まなかったんだけど……」

「……いえ、こちらも依頼を受けてきましたので気になさらずに」

「そう言ってもらえると助かるわ……。あの、今日来る方ね……ちょっと……気難しい人だから、お客様のお相手、大変だと思うけど、よろしく、お願いします……」

「え? 気難しいって、え?」


 これでも大分落ち着いたらしいけど、今もまだ若干息使いが荒い。

 痛ましい姿になんとかしてあげたいと思うが、風邪や熱といった症状に治癒魔法の効果は薄い。


(ただの発熱ならいいんだけどね……)


 うーん、と横になっている彼女に顔を向け、あ……これくらいなら? と思いついてはカーシャに聞くことにした。


「……カーシャ。まだ時間に余裕はある?」

「はい。メレティミさんがこんな早く来るとは思わなかったので、まだまだぜぇんぜん大丈夫です」

「何その言い方? 腹が立つわね……いいわ。水桶はある? あと、使っていいタオルとハンカチ」

「水桶? タオル? ありますけど、一体何に使うんですか?」

「それと彼女の新しい寝間着も欲しいわ」

「あーもー……わかりましたよぉ! まったく、入って早々先輩をこき使うなんてイイご身分ですねぇ!」


 ぶつくさと言いながらもカーシャは直ぐに奥の物置ベッドに登って物色してくれる。

 桶とタオル、寝間着をカーシャに用意してもらっている間にわたしは先輩さんと顔を合わせ、にっこりと安心させるように笑って見せた。


「すみません。ちょっとだけ寒いですけど、服を脱がしますね?」

「え……服? な、なんで!?」

「おまたせしまし――め、メレティミさん!? 何してるんですか!?」


 お、丁度いいところに来たな。

 驚いているカーシャから水桶を奪い取ると、そこに水魔法で生み出した温水を満たしその中にタオルを入れて絞る。


「すごい……これ、魔法?」

「はい。一応天人族なので……では、身体を拭かせてもらいます」

「え、拭く? 拭くの!?」


 少しばかり辛いだろうけど、半裸のまま彼女には半身を起こしてもらってその上の汗をタオルで拭いていく。

 初対面同士だからか先輩さんは恥かしがっていたが、汗なんかで身体を濡らしたままの方が駄目だと伝えて大人しくしてもらうしかない。

 拭き終わった後はカーシャの手を借りながら隣のベッドに移動してもらい、新しい寝間着に着替えてもらう。その間にわたしは毛布やシーツといった寝具周りを風魔法で生み出した熱風でしっかりと水気を飛ばす。出来ればこれらも新しいものがよかったけどそこまでは言ってられない。

 最後に小さな氷を中に含んだ冷たい布巾を頭の上に乗せて完成だ。


「あ……結構、楽になった……」

「食欲があるようなら少しでもいいから身体の中に入れること。後はちゃんと眠ってなさい。今日のことはわたしに任せてしっかりと休みを取りなさい」

「……そうさせてもらうわ。ところで、あなたの名前まだ聞いてなかったけど、教えてもらってもいい?」

「わたし? メレティミ・フル……あ――もういいや。メレティミよ」


 カーシャが「ちなみに――……あ、言わないんですね」と横から入ってきたけど、そうはいかない。


「言ったところでまた色々説明するのも面倒だしね」

「ん? 何の話……えっと、私はベニー。本当にありがとうね」

「いいえ、どういたしましてベニーさん……ん?」


 なんだろう。どこかで聞いた名のような気がするけど、まあ、些細なことだろう。

 というか、カーシャが急かしてきたため、わたしに思い返す暇なんてない。


「……ああ、メレティミさん! 思った以上に時間が経ってますよ! ほら、早く次へ次へ!」

「そう? わかったわ。じゃあ、お大事にね、ベニーさん」

「ええ、本当にありがとう。メレティミさん」


 そうして、横たわるベニーさんへと一礼しつつ、わたしはカーシャに引っ張られるようにして離れを出た。

 その後、メイドとなったわたしは最初にこの屋敷の主である領主様の寝室へ赴き、彼の奥様を紹介された。

 お腹の膨らんだ奥様だ。ユッグジールの里を出発するときに挨拶をしたフィディさんよりも大きい。


「妊娠8か月ってところでね。もう2月3月ふたつきみつきくらいで生まれるのよ」

「そうなんですか。おめでとうございます」

「もう今か今かって待ち遠しくて仕方ないの。中々子供が出来なかった分、私も彼も早く生まれてこないかなーって」


 にっこりと優しく笑う奥様を見て、ああもう心配することなんてないんだと心から思える。

 なんだ。これならお客様だって人当たりの良い人に決まってるじゃないか。もう、昨晩から心配し続けて損した気分よ。

 つられるようにして笑って奥様の話を聞かせてもらっていたが、そこを終わらせたのは今回わたしが早とちりする原因になったカーシャだ。


「ほらほら、メレティミさん! お楽しみのところ悪いですが! 教えることは沢山あるんですから! さっさと行きますよ!」

「あ、うん。それでは、失礼しますね。奥様」


 そうしてカーシャに連れ回され、一応とベッドメイクから備え付けのタオルの場所、夕食時の配膳の仕方――調理の方は普段奥様がするらしいけど、ここ最近はカーシャが担当しているようで、厨房の方はどうにか大丈夫だそうだ。


(……カーシャ料理できるのね。意外だわ)


 また、洗濯や掃除なんかは今回わたしがするほどでもないらしい。

 だからまあ、わたしがすべきことはお茶の淹れ方からカップの配置場所、またお茶請けである茶菓子の位置、また出してもいい菓子。それとつまみ食いをしてもばれないお菓子……と本当に最初から言われていた内容だった。

 まあ、最後のやつは、後でマーユさんに報告したら喜ばれるんじゃないだろうか。


「じゃあ、メレティミさん! 粗相のないように!」

「あっちが仕掛けてこない限りわたしからすることはないわ」


 カーシャに家事を教わりながら屋敷の中を動き回っていると、あっという間に時間は過ぎた。

 正午を過ぎたあたりでチリンチリン――入口の方からベルが鳴り、わたしたちとカーシャはそんなやり取りをしながら小走りで屋敷の外へ出てお迎えの準備をする。

 確か、こうだったわよね、とわたしはカーシャと共に並んで両手を前で組む。


「……来ましたよ」

「あれがそのお客様?」


 屋敷の前には蹄の音と共に綺麗な箱馬車が止まった。先ほどとは打って変わって上機嫌なハックさんが馬の手綱をフードを被った御者から受け取っている。


(……ん? あの御者の人、女の子だ。それに、尻尾があるから亜人族?)


 御者台から降りた亜人族の子は、大急ぎとばかりに馬車の戸を開けた。

 扉を開けるのと同時にカーシャが頭を下げたので、わたしも遅れながらに頭を下げ、


「「いらっしゃいませ」」


 お、綺麗に声を揃えることが出来たぞ。

 初めてにしたら中々調子いいんじゃないか、とカーシャの挨拶に声を揃えられたことに上機嫌になり、そのままの笑顔のままで顔を上げた――。


「はぁー、やっとついたぁ! 飛行艇から馬車での移動は本当に滅入るわぁ……お尻が痛いのなんのって……ルフ、後でマッサージしてよ」

「それを言うなら年長者である私の台詞じゃないかしら? セリスは若いんだからもっとしゃんとなさい。……テトも運転おつかれさま。1人で寂しくなかった?」

「はい! これくらいなんてことはありませんよ! だって、ベニーとハックに会えるんだもん!」


 ――顔を上げたところで……え? と馬車から最初に降りてきた黒髪の美人さんを見て驚いた。


「……ちょっと、何? ……もしかして、ルフサーヌさん?」

「はい? 私のこと呼ん……え、あなたメレティミ?」


 わたしは何度も瞬きを繰り返して、続いてフードを外した御者の女の子の顔をじっと見つめた。


「それに、テトリアさんまで!?」

「え、え!?」


 先頭のルフサーヌさん。馬車を開けたテトリアさん。

 それに……。


「ん、ルフ何言ってるの? メレティミ? 嘘……メレティミじゃない? 何その恰好?」

「本当だ! どうしてメレティミさんがここにいるの!?」


 最後に馬車から姿を見せたその1人を含め、そこには以前とお世話になったセリスたちがいたのだ。


(……まさか、あんたがお客様なの!?)


 驚き戸惑いつつ、わたしは口元を引き攣らせながら引き気味に笑うしかなかった。

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