第251話 私はラディオ・ベルフェオルゴン
ラゴンの墓はとても質素だった。
見晴らしのいい小さな丘の上、大きな墓石の周りに数個の丸石で囲われているというものだ。
中心のその大きな墓石には彼の本名であるラディオ・ベルフェオルゴンではなく、僕たちが呼んでいたラゴンと刻まれていた。
「……本当に、ラゴンのお墓なんだ」
「ラゴンはここに眠っているんだね……」
先に墓石を前に立つイルノートを挟むように、僕とルイも横に並ぶ。
他の人たちも僕たちの背後に続き……その中の1人、レクがどれどれと墓石を眺め出した。
「そのラゴンってやつがシズクたちを育てたやつなんだな。可愛い名前だな」
「……ううん。ラゴンっていうのは僕らが呼んでた愛称なんだ。だから本当はラディオ・ベルフェオルゴンって言うんだ」
「……ラディオ・ベルフェオルゴン?」
「そう。もう皺皺のおじいちゃんで、結構悪名高いらしくてね。彼の本名を知ったのはもう5年くらい前かな。ルイと一緒にユッグジールの里に到着してから――…………は? えっ、な、なっ、何してんだよっ、レクっ!?」
突然だった。
突然すぎて、叫ぶことしか出来ない僕を含めて、全員が彼の奇行を呆然と見届けてしまった。
それというのも、突然レクは魔道器を生み出してラゴンのお墓を殴りつけたんだ。
ただの力任せによる一閃。
それだけでラゴンのお墓は激しい音を立てて砕けた――。
『……ラディオぉぉぉ……ベルフェ……オルゴォォォン……っ!』
「……レク、まさかっ!?」
イルノートですら信じられないと目を見開いたまま硬直する中、タルナさんが慌てながらレクを羽交い絞めるように背中から抱きつく。
だが、
「レクっ、レク! やめなさいっ!」
『があ、ああっ……あああぁぁぁっ!!』
レクが雄たけびを上げながら、背中に張り付いたタルナさんを力任せに振り払った。
続いて墓の前にいた僕らを突き飛ばし、魔道器である昆で何度も何度も――何度とラゴンの墓をがむしゃらに叩き続けた。
『糞、糞糞糞、クソっ! ふざけるなっ! チクショウっ! 私が殺してやろうとしていたっていうのに! 勝手にっ、勝手にくたばってんじゃねぇぇぇえええっ!』
「落ち着きなさい、レク! やめなさい!!」
タルナさんはまたもレクへと飛びかかり抑え付けようとした。
レクは子供の姿をしていたが、魔力で強化された彼の剛力にタルナさんは振り回されるだけで……。
「レク!」
「おい馬鹿野郎!」
僕とキッカちゃんも遅れながらに、動揺しながらもタルナさんに続いて彼の身を取り抑えに入る。
様子が変だ。いつもの陽気な彼とは全くと違う。
口調すらも変わって怒声を上げるレクはまったくの別人に思えた。
『……返せぇっ! 私の幸せをっ、私の夫をぉぉっ! お前の憂さ晴らしに巻き込まれた日常をっ、返せぇぇぇっ!!』
「貴女の気持ちも女であるあたしには少なからずわかるわ! でも、これ以上自分の怨嗟を子供に押し付けないで! 貴方は死んだ! だから、レクはっ……レクは貴女の復讐の道具じゃない!」
『黙れっ! 放せっ! これは道具だ! 復讐のためだけの道具だっ! この為だけにこの身をすり減らして生み出した! この男を殺すためにだけに私は産んだっ! 殺したいほど憎い
3人がかりでどうにか地面に抑えつけるも、少しでも力を抜いたら簡単に吹き飛ばされてしまいそうだ。
幸いだったのは昆に紫電が纏わっていなかったことだろうか。
彼の右肩と腕を抑え付け、おまけにぎゅっと握ったままの昆を足で踏み続けながら思う。
「もうこれ以上貴方はレクに関わらないで! これ以上、レクをっ、あたしの息子に酷いことをしないで!」
『許さないっ! 許さない許さない許さないっ! 私をっ、私はお前を許さないぃぃ――……っ!』
「だから、これ以上暴れるな――って、レクっ! あんたもいい加減自分の身体なんだから自分で取り返しなさい! 聞いてるの! レク!」
『ああっ、許さないぃぃぃ! 私がっ、私が殺してやつはずだったのにぃぃぃ………あ、ああっ……あぁぁぁ…………ああああああっ!!』
声を振り絞るような悲鳴を上げて、レクはじっと壊れたラゴンの墓を睨み続けた。
抵抗は未だ激しい。
(……もう、さっきから黙って見てないで、皆もレクを取り抑えるの手伝ってよ!)
と、僕は周りに顔を向けようとした時。
「だ、からっ……このっ、いい加減にぃぃぃ……しなさぁぁぁいっ!」
――ゴチンっ、と。
我慢の限界とばかりに、これを見るのはもう何度目かというタルナさんの拳骨が暴れるレクの頭に落ちた。
そこでようやくレクの身体から抵抗は無くなり……っていうか、こんな近距離で見せられてしまえば僕もキッカちゃんも驚きのあまり手を放してしまった。
どうやらこれ以上は動きだすことはなさそうだ。
「な、なんかピクピク痙攣してるけど……」
「……だ、大丈夫か……レク?」
僕とキッカちゃんは恐る恐る、痙攣を続けるレクから少し距離を取りながら様子を伺って……。
「……ふぐあっ! いぃってぇぇぇぇぇっ、痛いっ、オフクロ! 痛いって!」
と、レクはごろごろと地面を転がって頭を抑えて身悶えた始めた。
「……お、おお……オフクロの、すっげえ効いたぁぁぁ!」
「……レク? 正気に戻った? 本人? あんたなの?」
「ああっ、おれだ! いつものベレクトだ! オフクロ、心配かけた! そして安心してくれ! あの女はもうでないと思う!」
「え? もうあの女出ない? 本当に?」
「多分! オフクロの一撃の後、おれの中からあの女の気配が消えた!」
「はぁ? じゃあ、もっと早くから殴ればよかったじゃない!」
「い、いや……きっと、親父が死んでることを知ったこともあると思うぞ……だから、小さい頃に殴られてもおれが痛いだけだって!」
「あ、そう。でもよかった! 最近はなりを潜めてたからもう成仏したものだと思って気を抜いてたけど、今度こそ安心できるわー」
ん、んん?
親父? 今、レクは親父って言った?
というか、ここまで巻き込んでおいて2人で完結しないでほしい。
ラゴンの墓だってめちゃくちゃになってるし……。
「あのぉ……どういうことか説明して欲しいんだけど?」
と、困惑する僕らを代表するかのようにレティが手を上げてくれた。
僕と隣にいたキッカちゃんも同時にうんうんと頷く。
タルナさんはあっと声を上げ、申し訳なさそうに答えてくれた。
「今のレクは、彼を生んだ母親の意思が乗り移った姿だったの……幼い頃は度々こういった癇癪を起していたわ」
「小さい頃はよくあったんだ。身体を奪われて見境なく周りに襲い掛かって……そのたびにアルガラグアのみんなにも迷惑を掛けちゃったんだよな」
「あの頃は大変だったわね。小さいとはいえ鬼人族! まだまだ非力なところもあったけど、奇声を上げては人に襲い掛かるから、もうあの時はあたしも周りの人に申し訳なくて……」
「お、おお……あの時は悪かったって。おれだって止められなくて……あ、ああ! そうだ、お墓! すまん! おれのせいでお墓壊しちゃった! これ……直せばいいって話じゃないよな……」
「そ、そうだ。うちの馬鹿息子のせいで彼の墓こんなにしちゃって……」
2人してペコペコと頭を下げるけど、今日来たばかりの僕には怒る気なんてまったくと起こらない。ルイだってきょとんとしてる。
まあ、だからここはイルノートが1番気に障ったと思うんだけど、
「……いや、いい。気にするな」
と、イルノートはあっさりとした返事だ。
「お父さんいいの?」
「ん……ああ。元々、掘り起こすつもりだったんだ」
「へ、掘り起こす!?」
イルノート何言ってるの?
◎
墓を暴く。イルノートは確かにそう言った。
そして、僕が聞き返すよりも先にイルノートは粉砕された墓跡に手を当て、囁くように呪文を口にした。
すると、墓石が置かれていた地面は土竜が顔を出したかのようにぼっこりと膨れて、土竜の代わりに石の箱――棺が顔を覗かせた。
イルノートは棺を大事そうに一撫でしてから蓋を開ける。箱の中から取り上げたのは鈍くくすんだ金色の球だった。
僕はてっきり骨やなんやらが出てくると思っていた。
「イルノート、それは……」
「ラゴンだ。……ベルフェオルゴン様は魔石生まれなんだ」
「そう、なんだ……」
魔石生まれと聞いて、そうかと素直に思った。
でも、どうして魔石生まれだからとその球が出てくるかは……わからないようでなんとなく理解できて、思わず自分の胸に手を当てた。
今もトクントクンと胸の中で鼓動する無いはずの心臓の鼓動を感じながら。
「シズク……」
「ルイ……」
ラゴンと呼んだ球体を見てルイが僕を呼ぶ。僕もラゴンと呼ばれた球体を見つめてルイの名を呼び返す。
続いて2人そろって棺から出された金色の球へと、地面に置かれた球体へと近づき、2人で手を伸ばした――。
その時だった。
『――イルノート? ……そうか。私は死んだのだな』
「……はい。お久しぶりでございます。ベルフェオルゴン様……」
――金の球が鈍く光りだしては、
『不思議な感覚だ。この場にいることを感じながらも、空を羽ばたく鳥のように――……そうか。これが、死か』
――そう、目深くフードを被った……あの頃と変わらないラゴンが半透明の姿で現れたんだ。
『……そこにいるのは、もしや、シズクとルイか?』
「し、シズク……ラゴン。ラゴンだよ……!」
「うん……ラゴンだ!」
僕ら2人は球体に向けていた手を半透明のラゴンへと伸ばした。
でも、僕らの手はラゴンに触れることなかった。透明なラゴンを貫通して宙を掬う。
そっか。そうなんだ。
僕はこれだけで理解はできた。ルイは、何度も自分の手とラゴンを見比べていた。
『シズク、ルイ。2人ともこのラディオ……いや、ラゴンの記憶よりも大きくなったな』
「う、うん……だって、最後にラゴンと話したのもう10年以上も前だよ。ぼくだって大きくなるよ」
『そうだな。ルイ、今のお前は母親にそっくりだよ』
「母親? もしかして、ブランザお母さんのこと?」
『ブランザ……そうか。話を聞いたか。では、イルノート……お前も知っているんだな』
そう話を振られ、後ろに控えていたイルノートが頷いた。
「はい……ルイが、彼女たちが私の娘だという話は伺っております」
『そうか。もしや、私がブランザの生み出した魔石であることを伏せた理由も知っているのか?』
「……はいっ、存じて、おります!」
『そうか。ならいい』
ラゴンは僕に顔を向ける。
『シズクは……シズクも母親に瓜二つだな。髪まで伸ばし、本人かと勘違いしそうになった』
「……僕って母親似なんだ。というか、母親と瓜二つって男としてどうなのかな」
『そういうな。あいつは不思議な女だったよ。考えの足りない阿呆の癖して、容姿とは別に妙な魅力で人を惹きつける眩しい女だった――』
「――おい、ジジイ。おれのこと覚えているか」
僕の母だという人の話をしている最中、そこへレクがまたも割り込んできた。
今度はあの女ではなくレク本人の意志によるものだ。大丈夫。あの目も口調も本人のものだ。
『……覚えている。エストリズ大陸に渡ったばかりの頃、私に襲いかかってきた少年だ。ただ、今の姿は記憶のまま……そうか、お前は魔石生まれだったな。魔法で姿を変えているのか』
「ああ、そうだ! この姿の頃にお前とおれは出会った! そして、おれの意志じゃなかったとしてもヨボヨボのあんたにボロクソに負かされた!」
「レク、やめなさい。彼に関わってまた意識を奪われたら……」
「オフクロ……もう大丈夫だ。あいつの意識はもうない。もう、おれはおれだけのもんだ」
レクの肩を掴んでタルナさんは不安そうに引き留めたが、彼は被りを振って話を続けた。
「あの時はお前を見て、中にいた女が暴走した結果だった! だからあれはおれの本気じゃない! 今やったら絶対おれが勝つ! あれからおれは、あんたに負けないように強くなった!」
『そうか。それで、何が言いたい?』
「ジジイ……ベルフェオルゴン……あんたっ……あんたが、おれの親父だっ!」
……は? レクがラゴンの息子?
え? と ルイとも顔を合わせて驚くが、僕らが聞き返すよりも先に2人の話は続いていた。
ラゴンはこの嘘か真かもわからない衝撃発言に淡々とした口調と共に頷いた。
『……そうか』
「そうかって、もっと驚けよ!」
『無理を言う。今の私はただの残留思念。言葉を発する現象に過ぎない』
「……は? 意味がわからん!」
『だが――覚えている。あの阿呆、スイに懐いた思慕を掻き消すためだけに、名も知らない鬼人族の女を襲ったことがある』
「襲ったって……というか、スイって誰だよ!」
『そこにいるシズクを生み出した母ともいうべき女の名だ。そして、私の友である彼の妻でもあった――以前の私はシズクの母である女に思慕の念を懐き、秘めていた。日に日に募っていく苛立ちにも似た恋慕、そのはけ口に近隣の村を襲った記憶がある。……お前の母という女はそこの村に住んでいた鬼人族の夫婦の片割れといったところだろうか』
「そうかよ……最低だな、あんた!」
最悪なラゴンの話を聞いて、そんな……と思いながらも、そうだった……と思い返す。
僕らを育ててくれたラゴンという良い面しか僕は知らないけど、彼本人から悪い面のことも聞いていた。
その悪行のひとつが今の話なのだろう。
『大方、私に犯されたその女が魔石を精製する過程で憎悪を流し込んだのだろう。そして、いつかは生まれてきた者に私を殺すため仕掛けをして……謝罪の言葉ならいくつでもかけてやれるが、そうではないだろうな。今の私の言葉に重みはない。この場限りの残留物。ただただ言葉として聞こえる音を流すだけだ』
「ふざけっ……くそっ! 別にこんなことを言いたいんじゃない!」
「レク……ちょっと落ち着こう」
「ああっ、わかってるよ!」
息を荒げて興奮気味のレクに、僕は落ち着くようにと背を撫でながら、聞いてみることにした。
「レクはラゴンと面識があるの?」
「……ああ。ある。シズク、以前言っただろ。おれはあるジジイから闇魔法を教わったって……」
「え? 言った、かな?」
「ああ、言った! 話を折るな!」
「ご、ごめん……そ、それで?」
「それで、その教わったって言うのがこいつだ! あの時は操られていたとはいえ、おれをぶちのめしたよくわからん強えジジイくらいだって思ってたけど……」
レクはラゴンに顔を向けて続ける。
「おれはその強さにあこがれて師事を求めた!」
『そうだな。お前は私に鍛えてほしいと願った。そして気紛れにも私はお前を鍛えた。覚えている。たった数日程の付き合いだったが、闇魔法の1つを覚えるほどの上達っぷりは見てて気持ちのいいものだった』
「最初はどうしてこんな皺皺のジジイがこんなに強いんだって……昔の話はいい! おれが聞きたいのはお前はおれをだましてたのかってことだ?」
『騙す……? 何を騙すというのだ?』
「しらばっくれるな! お前はおれが自分の息子だって知ってたんじゃないのか!?」
『……いや、あの時の私もお前のことは知らなかったぞ?』
「なっ……え、そうなのか?」
『第一、私は魔石生まれだ。数多の女を相手にしてきたが自分の子なぞいるはずもないと思っていた。……だが、実際に私の子種から魔石を精製する女がいたわけだがな――お前も私を憎むか?』
レクは目を瞑り、ゆっくりと首を横に振る。
そして、にっこりといつもの八重歯を見せる気持ちのいい笑みを浮かべて言い放った。
やっぱりいつものレクだ。
「ジジイ! おれは別に何とも思ってない! おれを生み出した母親ってやつにどれだけ酷いことをしたとしても、おれはこの世界に生まれてよかったって思ってる! こう言ったらあの女に今度はおれが恨まれると思うんだけど、おれが生まれたのもあんたのおかげだと思う。だから、おれは感謝を口にしても恨み言なんて吐き出すつもりはない!」
『そうか』
「今更お前がおれの親父であることはどうだっていい! おれはこの気持ちをオフクロに伝えるためにお前を利用しただけだ!」
レクは頭を掻きながら、照れ臭そうにタルナさんへと笑いかけた。
タルナさんはタルナさんで、ぐっと口元を手で抑えて感極まっている。
居心地が悪くなったかのようにレクは、誤魔化すように僕らへと向き直して笑いかけてきた。
「悪い! 話の途中で割って入った!」
「いや、いいけど……」
「よくないよ! せっかくラゴンに会えたっていうのに邪魔されたんだよ!」
まあ、確かに……ルイの気持ちはわからなくもない。
けど、「まあまあ」と僕はルイを宥めつつ、今度こそ2人でラゴンを前にして話をした。
もう誰も僕らの間に入ってくることはなかった。
イルノートですら、彼の背後でずっと黙ったまま立ち尽くしていた。
「僕は、色々なことを見て回ったよ」
「うん、シズクといっしょに沢山のものを見てきたんだ!」
『そうか』
ラゴンは毎度ぽつりと素っ気ないひと言を返してくる。それでも、僕とルイは続けた。
今まで経験したことを。この世界で見たことを。
ルイと2人で、話しても話したりないほどラゴンへと伝えていった。
「……以前ラゴンにも話した、あの幼馴染の子に再会できたんだ。信じられない話だけどさ、彼女もまた僕と同じ様にこっちの世界に生まれ直してて……紹介するよ」
僕は蚊帳の外とばかりに離れていたレティの手を引いて、ラゴンの前に立たせた。
「……初めまして……でいいのかな? メレティミ・フルオリフィアです。ラゴンさん」
『私はラディオ・ベルフェオルゴン……いや、ラゴンと私を呼ぶのだから、ラゴンと言うべきだったかな』
「話だけならラゴンさんのことは聞いていました。このルイを通じて……」
『そうか。お前がルイの
「はい。わたしも……2人の娘として生まれました……」
『そうか』
ラゴンは相槌とばかりに殆ど『そうか』としか言わなかった。こちらから聞いたら返してくれるけど、ラゴン本人からは話し始めてはくれない。
僕はこのラゴンと向き合っている間、ずっと胸の中に見えない穴が広がっていくように感じた。
多分、これは意味のある様でないもの。
イルノートがくれた一時的な再会……いや、きっと遺書のようなもの。
「ねえ、ラゴン! ぼくたちまたいっしょにいられるの?」
『それは無理だ。今の私は残留思念。ラディオ・ベルフェオルゴンという男の残滓に過ぎない』
「……そっか。うん、やっぱり……そうだよね」
ルイもわかっているようだった。このラゴンは本人も言うようにあの金色の球体……コアに残された会話の出来る録画された映像みたいなもの。
ラゴンはもう死んでいる。
死んだものは本来、決して帰ってくることはないんだから……。
僕らは時間が許す限り話し続けた。
そして、陽が沈むことで1日が終わりを迎えるように、夕暮れが射し始める頃に、この大切なひとときも終わりを迎えようとした。
『そろそろ時間だ。私の残った魔力もこれで消えよう……』
「ラゴン! ラゴン! ぼくね、ラゴンとの約束ずっと守ってるから! シズクのこと、最後までずっと見守ってるから!」
『ああ、たのんだぞ……』
半透明だったラゴンの身体は煙のように薄れていくのが見えた。
同じく金色の球も風に煽られてか形を削っていく。夕日に照らされてきらきらと輝きを見せて溶けていく。ラゴンが消えていく――その前に!
「ラゴン!」
『シズク……』
「今なら、今なら僕は言えるよ! 僕はさ……この世界でルイとレティの、2人の為に生きていく。これだけは今のラゴンでも最後に伝えたかった!」
『ああ……それでいいさ。自分の為ではなく、誰かの為に生きる。長生きするなんてものよりもずっといい。上出来だ。頑張れよ――』
今度こそラゴンとはお別れなんだ。
幽霊みたいな存在だったけど、それでもラゴンに会えるなんて思わなかった。
「ベルフェオルゴン様からの遺言だった。もしも、またこの場所に来ることがあれば、自分を掘り返してシズクに会わせてやったほしいと……」
「うん。ありがとう……イルノート」
墓石も壊れたままだけど僕は膝をついて、ラゴンへと両手を合わせて冥福を祈った――。
◎
僕は目を瞑ってはラゴンのお墓だった場所に祈りを捧げ続けた。
もう彼の遺物である金の球も無ければ、レクが壊した墓石だったものしかない。
それでも、僕は祈り続け彼のことを想った。
――トントン。
と、僕が瞑想しているところを誰かに肩を叩かれた。
ルイかな、レティかな。でも、もうちょっとだけ待ってよ。
僕は無視をしてそのまま祈り続け――トントントンっ! と続けて最初よりも強く肩を叩いてくる。
――トントントントントン!
「あー! もうしつこい! ちょっと、今ふざけてるときじゃ――」
「――やあ、久しぶり。ボクのこと、覚えているかな? それとも、思い出したぁ?」
……振り返って「え?」と驚く。驚いたのは僕だけじゃない。
煙のように出現した彼にこの場にいる人たち全員、誰も彼もが驚愕し、ざわつき出す。
「なっ、お前だれだ! 真っ白白で不思議な……というか、いきなり出てきた! どういうことだ!? 全く気配なかったぞ!」
「おいおいおいおい勘弁しろって! ふわって出てきやがって! 幽霊に、幽霊に、幽霊だぁ!? ふざけんなっ! オレをこれ以上驚かすんじゃねぇよ!」
中でもレティが1番驚いていることだろう。
初対面だと思うけど、彼のナリを見てどういう人物かは即座に理解したと思う。
僕も、今の今まで忘れていたけど、彼とは1度だけ面識した覚えがある。
……いや、彼を見て急に記憶から掘り起こされた。
真っ白な髪、真っ白な肌。真っ白な瞳。
――身に纏っている衣から全て真っ白な青年だ。
おまけに最初に昆を拳を、と構えては戦闘態勢を取るレクとキッカちゃんを見て「ひゃはひゃは」っと気持ち悪い笑い声を上げている。
なんで。どうして?
頭の中に無数の疑問を浮かばせるだけで、僕はつい尻もちを付きながら平然とこの場に姿を見せた彼を見上げるだけだった――。
「……やだ。なんで、きちゃうの……まだまってくれるって……」
そう遠巻きに眺めていた皆の中にいたリコが寂しそうに呟いた。
けれど、真っ白な青年の急な登場に驚き戸惑っていた僕の耳には届かなかった。
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