第252話 ボクのこと、覚えている? それとも、思い出した?

 思わず……目を疑いそうになった。

 何度と瞼を瞬かせては彼という存在を確認した。

 どうして彼がこの場所にいるのか。どうして彼がこの場所に現れたのか。

 僕には理解できなかった――しようとも思わないし、したくもなかった。


 目を瞑って祈っていたので、彼がいつ現れたのかを僕は知らない。執拗に肩を叩かれて振り返ったの同時に、皆が騒然としていた覚えがある。


(叩かれている時は透明だったとか? 僕が振り返るのと同時に実体が現れたとか――馬鹿か。何、変なことを考えているんだ。そんな彼がいつ現れたかなんてどうだっていいことだろ!)


 重要なのはなぜここに彼が現れたかと考えるべき――。


「シズ、クっ!」

「……っ……リ、コ?」


 ごちゃごちゃになった意識を繋ぎ直してくれたのはリコのおかげだった。

 リコは尻もちをついて固まってた僕へ飛び掛かるように抱きついてきて、僕の胸に顔を深く押し付けては小さな身体をびくびくと震わせる。

 どうしてここまでリコが震えているのだろうか。怯えているのとは何か違うように思える。どちらにせよリコにこんな反応をさせた原因は彼だ。

 僕はリコの背に腕を回しながら、白い青年を見据える。

 彼はにっこりと口角を上げて僕に微笑んでいた。

 あの時、僕が初めて“夢”の中で会った時と同じ作り物みたいな、薄気味悪い笑顔だ。

 彼という異形の登場にいち早く反応したレク、キッカちゃんペアを除けば、この場にいた者、誰1人として、身震いといった動揺以外の反応を見せることはなかった。


「ねえ、シズク――」

「あ、お前! おれの断りなく動くな! 幽霊みたいな怪しいやつ! 少しでも変なことをしてみ――…………」


 と、白い青年が僕の名を呼び、何かを話そうとした時だった。


「――はあ……キミ、邪魔。少しだけ黙っていてくれないかな。用があるのはそこにいるシズクたちなんだ」


 魔道器を向けたレクの警告で遮られた言葉の先、気だるげに振り返って白い青年は彼を一瞥する。

 白い青年が起こした行動はだけだった。


 


 まるでその場に縫い付けられたかのように、レクは動きを止めた……以前、僕がユクリアから受けた硬直の魔法に似ているが、効果のほどは雲泥と違うものだ。

 レクは口を半開きにしたまま、身動ぎの1つもなく、眼球運動すらない完全な停止状態に陥っていたんだ。


「え、レクっ!? レクっ、どうしたの!?」

「レクっ!? どうし――っ……このっ、お前っ、オレのレクに何をし――……」


 タルナさんが悲鳴を上げるようにレクの名を呼び、怒鳴るキッカちゃんが右腕を振り上げては白い青年へと高く飛び掛かる――と、今度はキッカちゃんまでもが停止した。


「オレのレクってどさくさに紛れて何言って……キッカちゃんっ!?」


 しかも、今度は空中に浮いて、殴り掛かろうとする格好のままキッカちゃんは動きを止めていた。

 タルナさんは停止した2人を見渡しつつ、硬直したレクに近寄っては肩を揺さぶろうとする――レクは石造の様に固まっていて、彼のつんつんと尖った髪の毛の1本すら、全くと微動だにすることはなかった。


(……物体を特定の位置に固定させる魔法? ……いや、それよりも対象の時間を止めたってことなのかな?)


 2人の反応をまるで他人事のように考えてしまう。が、再度こちらへと白い青年は振り向いたことで気を取り直した――彼を捉えた視界の外で、静かに動き出した人がいる。ウリウリアさんだ。

 レティとルイの脅威と悟ったのか、ウリウリアさんは無表情のまま、音もなく白い青年を背後から襲撃しようとしていて――直ぐに声を上げた。


「待って! ウリウリアさん、止まってっ!」

「……くっ、シズク!」

「……みんなも動かないで! 彼は敵じゃない! 君も僕に用があるって言うなら皆を煽らないでよ!」

「煽る? ひゃははっ、別にボクは煽ったつもりはないんだけどね。了解しました」


 咄嗟の呼び止めでどうにかウリウリアさんは思い止まってくれた。

 同時に、僕を睨みつけてきたのは奇襲を邪魔されたことを怒っているんだろう。

 白い青年は敵じゃない……本当はという言葉が頭に付く。でも、今は言うべきことではないし、もしもここにいる全員で敵意を向けたとしても、彼にとっては赤子が癇癪を起した程度のことだろう。

 僕は小さくウリウリアさんへと頭を下げてから、リコを抱きかかえたまま立ち上がり、白い青年と同じ視線となってお願いをした。

 ……硬直状態の2人は人質と同じようなものだ。


「……話をする前に2人を元に戻してよ。あんな2人を見せつけられたままじゃ僕は冷静に話なんて出来やしない」

「冷静に? ひ、ひゃはは、ああ、そうだ。そうだね。いいとも。キミの言うように、ボクは煽りに来たわけじゃないんだから」


 白い青年はにっこりと口だけを笑って頷いた。すると――というべきなのだろうか。

 止まっていたレクとキッカちゃんの時間は再開したらしく、2人は先ほどの行動の続きを始め出した。


 レクは「――ろ! 乱暴な真似してで……も、って、あれぇ!? オフクロまで瞬間移動した!?」と叫びつつも、心配して近寄っていたタルナさんを目にして驚いていた。

 キッカちゃんの場合は先ほどの続きが始まる前に、宙に固定されていた身体がへとくるりと反転し「――なっ、どこに行っ……レク!?」と僕らに背を向けながら拳を空振った。

 その後、キョロキョロと周りを見渡し、先に動き出していたレクに気が付いて颯爽と彼に抱きついた……が、レクの横にいたタルナさんが即座に2人の間を裂いた。


「どうなってんだ!? なんだか変だ! って、オフクロ! 抱きつくなよ!」

「レクぅ、よかったぁ。あたしはあんたが突然カチンコチンになっちゃってもう駄目かとぉ!」

「お、お袋さん! オレだってレクのこと心配してっ! ……べ、べべ、べつにオレはレクに抱き付きたいわけじゃ……」


 その後、今のわずかな時間に起きた出来事を知らないからか、またもレクはまたも白い青年に突っかかりそうになった。けど、そこはどうにか僕が説得というか呼びかけることで、続いてタルナさんが彼を宥めてもらったことで抑えてもらった。

 依然、白い青年は皆からは警戒は向けられている。

 でも、どうにか周りも落ち着いてくれたので僕はリコを抱きかかえたまま、彼と向き合って、どうぞと話を促した。


「じゃあ、最初から……ボクのこと、覚えている? それとも、思い出した?」


 振られて僕は、白い少女と初めて話を交えた時と同じように恐る恐ると頷いた。


「それならばよかったよ。これで覚えてないなんて言われたら、あの時に顔を見せた意味が無くなるところだった」


 白い少女の時と違うのはこの場の空気が嫌なものじゃないということだ。

 圧し掛かるかのような重々しい雰囲気も、ひやりと肌を凍らせるような不快感も、胸の中をぎゅっと握りつぶされるような嫌悪感もない。

 でも、リコは僕の胸の中で未だに震え続けていた。


「シズク……あんた、あいつのこと知ってるの……?」

「えっ、シズク知ってるの!? えっ、えっ!? だ、誰なの!?」


 両隣にいた2人が尋ねてきたけど、僕は前を向いたままレティの質問にだけ答えた。


「……何故か今までずっと忘れていたんだ。だけど、彼を目にした瞬間、今まで忘れていたことが嘘のように思い出した」

「は、はあ? 今まで忘れてたって、あんた、何言って……たくっ、いいわ。こいつもまた、“アレ”と同じと思ってもいいのよね?」

「うん。彼は、僕ら側の……子のプレイヤーの1人だって言ってた」


 レティは今1度確認するかのように僕に視線を送っては、すぐさま前を向き白い青年を見つめ直す。

 僕もレティがこちらを向いたことを横目で確認し、また同じ様に白い青年へと見据えた。

 白い青年は僕らの顔色を伺うようにその灰色の目をきょろりと動かし、口元だけをにんまりと歪めた。


「アレ? アレって何!? ねえ、レティっ、シズク!?」


 妙に焦った様子でルイは僕らにすがるように尋ねてくる。

 きっと自分が仲間外れにされているとでも思ったのだろう。でも、今はルイの質問に答えてあげられる余裕はない。


「ルイ、ごめん。後でちゃんと話すから……今は……」

「なんだよそれ! ぼくだけ知らないなんて不公平だ!」


 当然というか、いつも通りとルイは引くことを知らず、逆に僕の袖を強く引いてくる。

 不公平って、だから今はそんな場合じゃ……。


「今は不公平とかそんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

「でもいやなんだ! こんな時だからぼくは知りたい! ぼくはいつだって2人と同じでありたい!」

「ルイ……」


 ルイは真摯に僕を見つめていた。

 周りが白い青年に目を向け続けている間もなお、ルイだけが僕をひたすらに見つめていた。


(……ここまで求められるなら答えてあげたい)


 でも、そんな真似を彼の前で出来るはずが……。


「ひゃははっ、自己紹介をしろってことでしょ? ひひひっ、ボクは構わないなぁ?」

「本当に!?」

「ああ、本当だよ……ルイ。突然押し掛けたのはボクの方だ。こんな形で姿を見せることになったけど、ボクは別に急いでもいないしね」


 白い青年はまた口角を上げてルイへと笑いかける。

 その笑みをルイに向けられるのが嫌で僕は彼女を背に隠そうとする。だけど、ルイは僕の肩を押し返して彼の前に立った。


「では、またまた改めまして……ごきげんよう。この世界の人たち。ボクは……あ、名前なんてなかった! ひゃはははっ!」


 何が面白いのか、白い青年は1人で腹を抱えて笑いだす。

 皆が一斉に後ずさって彼から距離を取った。僕らだって彼から少しでも離れたくなった。


「ああ、ごめんごめん。ふざけすぎた。そんな怖がらないでよ。少なくともボクはの敵じゃない……いや、味方とも言い切れないんだけどね。ひゃはは……」


 交わした回数は少ないとしても、今までの彼の言葉を全て信じるのであれば、敵じゃないことは本当だ。

 ……僕は白い青年に先を促した。


「ああ、わかってるって。じゃあ、もう1度言うけど、ボクらに名前というものはない。ボクのことは好きに呼んでもらって構わない……でも、あえて名乗るのであれば……ヨツガ、かな?」


 白い青年は意地悪くニヤリと笑い、それにいち早く反応したのは一瞬で顔を赤くしたウリウリアさんだった。


「なっ……貴様、言うに事欠いて聖ヨツガ様の名を騙るか!?」

「別に騙った訳じゃないよ。聖ヨツガ……天人族が崇めている神様の名前、でしょ? 自分で言うのも恥ずかしくて仕方ないんだけど、あれは白い少女アレが呼ばせたものであり、ボクらを示す言葉でもある」

「何を訳のわからないことを……ふざけるなっ! 貴様のような得体の知れないものが、我々の神の名を口にするなっ!」

「あーあ、キミたちが知りたがってたから教えただけなんだけどな。他のプレイヤーはどう思ってるかは知らないけど、ボクはその名で呼ばれるのは嫌いなんだ。一応教えたけど、絶対に呼ばない欲しい。だからって訳じゃないけど、例えば、2人が言っていた白い少女、白い青年……白いなんとかでいいよ」


 白い青年は自分たちが聖ヨツガと言う。これは天人族にしたら驚くべきことだろう。

 だからこの場にいるウリウリアさんは絶対に認めないし信じたくもないって大激怒……まあ、イルノートはそういう神とかへの信仰心は薄そうだし、タルナさんはちょっとびっくりしてるくらい……あ。

 タルナさんは顔を強張らせながらも白い青年へと1歩前に出た。


「ねえ、ルイじゃないけどあたしも知りたい。あんたたちが何をしてるか、何をしようとしているのか。何より……ブランザがこの世界に来た理由をあたしは知りたい」

「ボクは別に構わないけど……そこの2人がいいならってところかな? だって、2人ともボクとは1秒でも早くお別れしたいって顔しているからさ。ひゃははっ」


 うっ、と図星を突かれて僕は顔を引き攣らせる。

 そうだよ。君たちとは奴隷関係と共になるべく関わりたくないものだ。早急に立ち去って欲しいと心の底から願う。


「2人には悪いけどぼくも聞きたい! ぼくのこの耳で直接2人の話を、2人がどうしてそのゲームってやつに呼ばれたのか。全部、全部知りたいんだ!」


 でも、前からはタルナさんが、横からは袖が伸びるんじゃないかってくらい強く引いてくるルイが強く睨みつけてくる。

 僕は渋々と頷き、レティも仕方なくという形で承諾するしかなかった。


「よろしい。では、ご拝聴を……多分、ここにいる全員が彼らの生い立ちは聞いているだろう?」

「……それは、2人が別世界から生まれて変わってこの世界に来たという話、かしら?」


 と、タルナさんが返した。

 それに「……んー、正確にはころ……ひゃはっ、おっと危ない」と白い青年はこちらを一瞥してから、タルナさんへと振り返って答えた。


「付け足しておくと、そこで青い顔をしているセリスもだね」


 と、突然白い青年に話を振られて今までだんまりを決め込んでいたセリスさんはびくりと背を震わせた。


「な、なんっ、のこと?」

「いやいや、今さら取り繕って隠そうとしなくたっていいじゃない」

「……っ……私、自分のことは、2人にしか言ってないのにどうして、知ってるのよ?」

「ひゃははっ、だってキミを連れてきたのがボクだからだよ」

「……貴方が、私を連れてきた……?」

「うん。ボクにしたら一瞬のことだけど、キミにしたら20年以上も前のことだったね。覚えてる? 覚えてない? やっぱり覚えてないよねぇ?」


 え、じゃあ、セリスさんを連れてきたのはこの人?

 彼女が動揺する様を見て白い青年は楽しげに口元をニヤつかせる。

 自分を連れてきたという男を前にしてセリスさんは顔を真っ青にして口を閉ざしたが、代わりとばかりにイルノートが彼女の前に出て白い青年と対面した。

 

「……なるほどな。では、ラン……や、シズクたちもお前が連れてきたというのか?」

「ラン? ああ、ブランザのことだね。彼女のことは知ってるよ――勘違いさせてごめんね。さっきも言ったけどボクたちは複数いるんだ。そのうちの1人が……と、その話を今からしようとしているんじゃないか。まあ、先に教えておくと、ブランザとシズクをのはボクじゃない。ボクが選んだのはセリスと……メレティミだ」


 は?

 僕は直ぐにレティへと顔を向けるも、彼女も同様に驚いていた。


「え……わたし、を?」

「待ってよ! レティは僕たちのプレイヤーの駒だって聞いてる! これは間違いだったの?」

「キミたち忘れっぽいの? 彼女は元々、別のプレイヤーの駒だったという話を白い少女アレから聞かされているはずだ。その元々のプレイヤーって言うのがボクなんだ」

「「あ……」」


 そういえば、そうだった。

 確か、自分の手持ちの駒と交換してレティをもらい受けた……だったっけ。


「なあ、駒とかプレイヤーとか、おれはシズクからちょっとだけ耳にしたけど未だにチンプンカンプンなんだ。そいつはいったいなんなんだ?」

「オレは全部が初耳だ……もう何が何だか訳わかんねえよ……」


 レクとキッカちゃんは目を丸めてというか、眉をひそめながら今までの話を聞いていたようだ。

 僕はレクに駒であるかという問いかけを含めて話をしたことがある。あの時は結構はぐらかした部分もあるからタルナさんも含めて理解しがたい内容だっただろう。

 2人の反応に対して白い青年はふむふむと頷いた。


「……そうだね。まずはそこらの説明をしないとだったか。じゃあ、すでに白い少女アレから簡単な説明を受けている2人にも退屈させないよう、ボクは趣向を変えて今回の遊戯の始まりから説明してあげようかな」


 そう白い青年が話し終えると――


「……っ!?」


 まるで列車の中から景色を眺めているかのように、世界は遠くへ流れて僕たちは白い世界に飲み込まれた。

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