第259話 これが答え、なんて2人は許してくれないかもしれないかもね

 言いたいことだけ言って、逃げるようにベッドに潜り込み、背にした2人を意識しながら強く目を瞑ったのが昨晩のことだ。


 不安と緊張を抱えて横になっていたが、しばらくしたらあっさりと意識を手放せた。だからって言う訳じゃないけど、今朝は自分でも驚くほど早く、気持ちよく目を覚ますことが出来た。ついでに、2人よりも早く目覚めることも出来た。

 隣のベッドにはルイとレティが仲良く向き合いながら、これまた仲良く手を繋ぎ合いながら眠っている。


「おはよう……2人とも……」


 2人を起こさないようベッドからゆっくりと抜け出して、恐る恐る、たった2歩ほどで縮まる距離を埋めた。

 気持ちよさそうに眠る2人を見下ろして、頬にかかった髪を払いのける。

 すっかり大人っぽくなったのに、2人とも寝顔はまだまだ子供っぽいあどけなさが残る。2人の安らかな寝顔を目にして自然とはにかんでしまう。

 このまま2人の頬にそっとキスしたくなったけど、これで起こしちゃったら可哀想だ。

 レティはそんな器用な真似できないと思うけど、ルイなら僕が起きたことを察して狸寝入りしてるかもしれない。

 ……また前日のことを思い出せば、かぁっと頬は熱くなったことで留まれた。


(僕は今日、2人にプロポーズをするんだ……)


 急に恥ずかしくなってしまい、僕は逃げるようにしてそそくさと部屋を出た。

 階段を降りて1階のフロントに向かうと、そこには僕よりも早起きな宿屋の旦那さんと鉢合わせ、おはようございますとお互いに挨拶を交わした。

 顔が赤いと風邪を心配されたけど、そんなことはないと慌てるように笑って誤魔化し、顔を洗ってきますとこれまた逃げるように宿の外へ。

 部屋の中とは違った、朝の清々しい空気は熱くなった頬に心地よく、蹴伸びをしながら空を見上げた。

 ……清々しい晴れ日和とはいかないようだ。今日はどんより曇り空。


 ――しかも、にうんざりしながら眉をひそめた。


「……雨、降らないといいけどな」


 せっかくのプロポーズに雨の中って言うのもなんだしね。出来れば晴れた日がよかったよ……。

 でも、2人にはプロポーズすると宣言してしまった手前、天気が悪いから延期なんて真似をしたら今以上に2人に頭が上がらなくなる。というか、天気のせいにするのは実に男らしくない。


 気持ちよく起きれた朝に機嫌の悪い空。

 差し引きマイナスに傾き、げんなりとなりつつも、宿の裏にある井戸へと向かう。

 そばに置かれていた桶を掴み、魔力で生みだした水を注いだ。

 桶に両手を差し込んで、掬った水を顔面にかけては強く擦る。


(僕は今日、2人にプロポーズをする……)


 もう何度目だろうか。

 ぽたぽたと水滴を顔から滴らせながら、桶の水に映る自分にしっかりと伝えられるかと問い質す――そんな時だった。


「――……あ」


 僕は思わず声を上げて驚いた。

 それも水鏡に映る自分の、シズクの顔を見て思わぬ発見をしたからだった。


「……シズクだ。これ、この顔……シズクだ」


 そう呟きながら、ぼさぼさになった後ろ髪へと手を伸ばす。

 自分の長髪をぎゅっと強く後ろへと引っ張っては縛り直し、再度水の張った桶へと顔を覘かせてよおく見る。

 おまけに水面に映る自分の頬を両手で挟み込み、ぐにぐにと揉み解してみる。

 ……間違いない。


「シズクが……僕がいる……」


 やっぱり、そうだと確信した。

 今、水面には僕が映っている。いや、の顔が、自分の心象世界だというあの列車の中での成長した僕の顔が水鏡に映っていた。

 髪の長さは違っても、あの夢の中の大きくなった僕が寸分違わぬ姿となって今日という大切な日に現れていた。


(……そっか、自分でも気が付かないうちに、追い付いちゃったんだね)


 最初に列車の夢を見始めてもう10年。あっという間のことのようにも感じられる。

 思わず水面に浮かぶ自分へと手を伸ばして、そっと指先で波紋をなびかせた――。


「なぁに自分の顔に見蕩れてるんだ。ナルシストか」

「シズクはなるしすとなのかー?」

「なっ、ち、違う――……って、リコと父さんか」


 ナルシストだなんて言わないでよ。別に自分の成長に驚いていただけ……なんて説明をしたところで「同じだろう?」と言い返されそうだったので、これ以上は何も言い返さないことにした。


(父さんは余計なことを言えば必ずと揚げ足を取ってくるんだ……)


 僕は頬を引き攣らせながら振り返り、白い子猫の姿をした父さん、その父さんを抱えたリコへとぎこちなく笑って、誤魔化すように朝の挨拶をした。


「父さん、リコ……おはよう」

「おっはよーシズク!」

「おはよう。ナルシスト君。今日はいつもより早起きなんだね」

「だからやめろって言ってるだろ! あー、もー……今の自分の顔が、夢の中の自分と同じだったから、つい眺めてただけだって!」

「夢? まさか夢の中まで自分の顔にうっとりしてるのか? ナルシスト君は流石だなぁ、なあ、リコー?」

「おー、シズクはさすがだなー?」

「いや、だから! 違うって! 父さんもリコを通して知ってるでしょ!」


 これ以上リコの前で変なこと言わないでほしい。リコが面白がって父さんの真似する。

 父さんの言動全部、リコにとって悪影響でしかない!


「もうっ、母さん! 父さんのこと止めてよ! なんで毎回こうやって僕のことおちょくるの! 4日前のあの優しく語り掛けてくれた父さんは別人だったの!?」

「そうよね……あなた、シズクに意地悪するのはそのへんにしなさい。イルノートさんだっているんですよ」

「ふっ……いえ、自分のことは気になさらずに。こんな調子の狂わされたシズクは珍しいですから、見てて面白いですよ」

「イルノートまで! もぉ、笑うなぁ!」


 遅れて裏庭に姿を見せた母さんに助けを求めつつ、同じく隣にいたイルノートの嘲笑に腹を立てる。

 せっかく清々しい気持ちで1日が始まったのに、この紫色の曇り空に続けて父さんのイジリで気分は一気に最悪だ。


「ほらほら、怒らない怒らない。父さんには母さんが後で言っておくから……挨拶が遅れちゃったけど、おはよう。シズク」

「ふんっ、おはよう! 2人とも!」

「ああ、おはよう……くくっ」

「何がそこまでおかしいのさ!」


 自分の顔を見てただけでここまで笑われるなんて思いもしなかった!


(もうっ、今日は大切な日だっていうのに! 2人とも実の息子がプロポーズするってこと、忘れてるんじゃないのかな!)


 そう、頬を膨らませてむくれていると、のしのしと僕の背中を誰かがよじ登ってきた。

 服の上からでも伝わるもふもふの体毛から――父さん! って、これで振り払おうとすると絶対面白がるから無視を決めることにする。

 ……けど、父さんは気にすることなく、のしのしと、のしのしと、終いに僕の頭のてっぺんまでよじ登り終えた。

 続けて、小さな前足で僕のおでこをぺたんぺたんと叩いてくる。


「……そんな怒るよなよぉ。今日こそプロポーズするんだろ? そんな怒った顔じゃあ、ルイちゃんもレティちゃんからも断られちゃうぞー。ほら、笑えって。せっかくの綺麗な顔が台無しだ」

「誰のせいだと!? ってもう、顔の話はやめてってば!」

「あー、リコものぼるーおとうさんそこどいて! リコもシズクにのぼるー!」


 登るまでは無視できたけど、肉球でぺたんぺたんって叩かれたら我慢なんて出来やしない。

 こんにゃろっと今度ばかりは頭の上にしがみ付いた父さんを掴み上げようと四苦八苦……していると、その間にリコは僕の身体をうんしょうんしょと登ってくる。

 人の身体を木登り代わりにするのはやめて欲しいけど、ここで拒絶するような真似をして怒ったところを父さんに拾われてますますからかわれたら堪ったもんじゃない。

 もういいやと、頭に父親を乗せたまま、登り終えたリコを肩車しながら、僕は母さんたちへと顔を向けた。


「……今朝も3人で散歩してたの? 今日はどこへ?」

「おー、父さんたちを無視しして話を進めるつもりだなー」

「リコをむしするなー」


 はい、ムシムシ。

 おでこをぺたんぺたん。髪を手綱のようにくいくい引っ張られても、僕は気にせずに母さんとイルノートへと近寄って訊ねた。


「昨日と変わらずイルノートさんのガイド付きで湖をぐるっと1周してきたわ。でも今朝は北口付近の綿畑なんかも見てきちゃった」

「いやいや、私がガイドだなんて……」


 ふーん、そう。楽しそうで何よりかな――と、実は2人に町の中を散歩してきたら、と提案したのは3日前の僕だ。

 再会した当初は両親とどう接していいか、どう話し掛けていいのかと躊っていた僕の悩みを解消してくれたのはイルノートだった。

 彼が無理やり引っ張って両親と向き合わせてくれたおかげで、その、最初は戸惑いつつ、ぎこちなくだけどね。なんとか2人と話す機会を得られて、まあ……昔みたいな親子の関係に戻れたと僕は思ってる。


 そりゃ、まだ15年ぶりの再会で嬉し恥ずかしさや、照れ臭さなんかあったりするけど、その……この3日間、交わした父さんたちとの交流はなんだかんだ言いながらも僕は楽しんでいる。


(気恥ずかしかったり、プロポーズを考えたり、またルイやレティに仲良くしてるとこを見られるのそれ以上に恥ずかしかったので、日中は話し掛けられなかったけどね……)


 きっと、父さんが僕をからかうのだって以前と同じ様に接したくて妙に空回りしてるんだと思う。

 だから僕も以前もこんな感じに反応してたかなー……なんて、以前と同じ反応も出来るようになってるんだ。

 本当に、イルノートには感謝しきれない。

 彼のおかげでこんなに早く2人と、父さんと母さんと元の関係に戻らせてもらったんだから……。


「あまり役には立ってなくてすみません。10年前とは違い、この町も随分と様変わりしました」

「でも、私も彼もとても楽しかったです。今まで日中に外を出歩くことが無かったので、自分の目で直接景色を眺められることがとても嬉しい!」


 と、母さんとイルノートは楽しそうに話していたけど、僕は結局奴隷市場に出た時のことは気絶したままだったからこの辺りのことは知らない。

 父を頭に乗せ、妹を肩車し、2人分の重みに耐えている僕を気にせずに「明日は町の外に行ってみましょうよ。付き合ってもらえますか?」なんて嬉しそうに提案をする母さんに、イルノートも「ええ、いいですよ」と今まで見たことが無いような笑顔を浮かべて頷いて――まったく、どれだけ仲良くなったのだろう。

 なんか、15年振りとは言え、長年一緒にいた僕以上に親し気に接しているところを見せられると感謝していると思ってすぐだけど、嫉妬みたいなものを感じてしまう。


「あ、おとうさん。そろそろシズクの頭から降りなさい。リコもお兄ちゃんが辛そうでしょ。せめてどっちか1人にしなさい」

「はーい」

「はーい!」


 う、まあ1人なら……って、リコならいいけど、父さんはやめて欲しい。

 どうにか母さんのおかげで2人は僕から降りてくれたけど、父さんのせいで髪がボサボサだ。

 縛った自分の髪を解いて、改めて纏めて結び直そうとしたところ――。


「ほら、シズクここ座って。母さんが整えてあげるから」

「い、いいよ! こんなの自分で出来るし、それに恥ずか――」

「駄目よ! だって、今日は2人にプロポーズするんでしょ? 身だしなみはきっちりしとかないと!」

「う、うん。わかった。はぁ……」


 と、どこからか取りだした櫛を手にした母さんに手を引かれながら、薪割の台にでも使っているのだろう切り株の上に僕を座らせた。


「この櫛はね。セリスちゃんから借りたものなの。朝起きたりお昼なんかに、リコの髪を梳いてあげたりして……ちょっとは母親らしいこともしてあげたいじゃない?」

「……そっか」


 そう背後に回った母さんはゆっくりと僕のはねた髪に櫛を差し込み、上から下へと落としていった。

 リコと同じ少し高い体温を髪の上から感じながら、イルノートや父さん、リコに見つめられつつ母さんのしたいようにさせていく。

 だって、母親らしいことをしたい、なんて言われたら……それがリコに向けられたものだとしても、僕はこれ以上拒むことなんて出来やしない。


「少しは男らしくしないとね」

「……うん」


 そう言って、母さんは僕の髪を何度と梳かしてくれた。


(懐かしいや……)


 いつも自慢だって思いながらルイの髪に櫛を通していた時のことを思い出す。

 面白がってルイも僕の髪を梳かしてくれたけど、彼女以外の誰かに髪の毛を触られるのはなんだか新鮮だ。


「細くて綺麗な髪ねぇ……母さん、これが息子の髪だなんて信じられないわ。ねえ、編み込んでもいい?」

「男らしくするんじゃなかったの?」

「あら、そうだった。残念……」


 そう言いつつも人が見えないからって後ろでごそごそしてるなぁ――「三つ編み完成ー!」って、だから!


「もう! 遊ぶならしなくていいよ! いつも通り縛って終わりにする!」

「ごめんごめんって。冗談……冗談じゃないのよ? まあ、任せなさいって!」

「はあ、冗談じゃないって、本当に任せていいの?」


 少し不安になる。簡単に縛るだけでいいのになあ。

 でも、僕の不安を余所に、母さんは先ほどと同じくごそごそとまた別のところで髪を編み始め、2本目の三つ編みが出来たのを頭皮越しに感じた。

 まさか三つ編みぶら下げてプロポーズしろって言うの?

 これはもう後で自分で解いて縛り直そう……などと思っていたところで、母さんは出来た2本の三つ編みを掴んでは、何やらぐるぐると巻き始めた。


(一体僕の髪はどうなってる?)


 振り向こうにも動かないでって母さんに止められちゃって、仕方なく完成するまで僕は不安を抱えながらずっと前を向いたままだ。

 最後にピンか何かを無理やり束ねられた髪の中へと押し込まれ、ぐいぐいっと頭皮が引っ張られる感触に、痛みの伴うむずむずとしたくすぐったさに我慢し続けて、どうにか終了のようだ。


「リコもーあとでリコもしてー!」

「はいはい。リコも直ぐにやってあげるからね、おかあさんにお任せよ……と、ほら、出来た!」


 と、母さんは僕の後頭部で編まれた髪の塊? をぽん、と叩いてきた。

 後ろに手を回して自分でもその結われた髪を触ってみた。たまにレティがするシニヨンヘアってやつだろうか。でも、レティがするようなものよりも複雑に編まれていて、先ほどの2本の三つ編みが後頭部に一纏めにされているようだ。

 頭皮が後ろに強めに引っ張られる感触には終わった後もむずむずするけど、いつもとは違って首元が軽く感じる。首を左右に振ってもしっぽみたいな後ろ髪が引かれることもない。

 手鏡があればよかった。ただ、今の自分がどうなっているか、確認する必要はなかった。

 鏡の代わりに周囲にいる3人を見れば、今の僕がどのように見えるかはなんとなくわかった。


「……髪を弄るだけでかなり印象が変わるな。ルイの婚姻の儀に乗り込んできた時ともまた違って見える」

「それって褒めてる? というか、あの時の話はやめて!」


 と、最初はイルノートがで驚いて僕をまじまじと眺めていた。


「シズクかっこいい。きょうのシズクはおとこのこだよ!」

「ありがとう、リコ。僕はいつだって男の子だけどね」


 続いてリコが目を輝かせて僕の髪型を褒めてくれる。無邪気なリコがくれた評価は素直に受け止めてもいい。

 ちなみに父さんは何も言わなかったことが何よりもいい。


「ふっしぎな感覚ねぇ。母さん、まさか息子の髪を結う日が来るとは思わなかったわ」

「僕も母さんに髪を結われる日が来るなんて思わなかった……ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして。しっかり決めてきなさいね!」


 母さんはそうにっこり嬉しそうに笑ってくれる――以前とは全くと違う顔なのに、以前の母さんそのままの笑顔だ。


(……やっぱり、会えてよかったよ)


 どんな形でも、たとえ、あと数年でいなくなるとしても、僕は母さんと、父さんと会えてよかったって心から思う。

 先ほどの天気で滅入っていた気持ちはすっかりと消えた。

 今はもう大丈夫。

 雨が降っても僕は曇ることなく2人へとしっかり気持ちを伝えられそうだ。


「じゃあ、僕行ってくるよ!」

「あ、ああ……父さんたちも陰ながら応援してるよ」

「しっかりやりなさいね。ファイト!」

「プロポーズをというものが今一理解できないが……その、がんばれ?」


 ……まったく、お互いの家の両親にプロポーズを応援されるって言うのもなんだか不思議な気分だよ。


「行ってきます!」


 そう父さん、母さん、リコとイルノートに見送られながら僕は宿屋の裏庭から思いっきり駆けだした。

 走って走って……もう本番なんだという緊張感を振り払うように僕は走っていった。


「……ところで、あの子……走ってちゃったけど、2人にどこに行くか伝えたのかしら?」

「……大丈夫だろ。朝食もまだだし、腹が減ったら思い出して慌てて帰ってくるさ」


 そんな、2人の呟きは遠く、前を向いてただただ走り続ける僕に届くことはなかった。


 



 どうしようもないほどに2人が好きで堪らない。好きで好きで仕方ない。

 この感情がいつか冷めてしまうことがあるのだろうか。

 2人への想いが消えてしまうことがあるのか。


(……そんなことない。絶対、僕はいつまでも2人のことを好きであり続ける)


 そんな風に僕は2人のことを想いながら走り続けた。


「はぁ……はぁ……ふう……あ……」


 走って走って……たどり着いたのはここ数日1人足を運んでは、最後のあがきとプロポーズの内容に悩み考え続けることになったラゴンの墓だった。

 無我夢中に走り続けて、なんでここに来てしまったのかと頭を掻こうと手を伸ばし、編み込み盛り上がった髪に指先が触れて、おっとと搔き上げようとしていた手を止めた。


「ラゴン……聞いていて。今日、僕は2人へプロポーズをするよ」


 この数日の間に土魔法で修復した墓石を前に、僕は両手を合わせてラゴンに祈る。

 結局、最高のプロポーズの言葉なんて考え付かなかった。だけど、それでいい。

 この数日、ラゴンの墓を前にして悩んで見つけた答えがそれだった。

 最高かを判断するのは僕じゃなくて2人だ。なら、僕がすべきことなんて今の自分の出せる最大の気持ちを2人へと伝えるだけなんだからさ。


「……これが答え、なんて2人は許してくれないかもしれないかもね」


 合わせた両手を離した後、そのままラゴンの隣に座り、丘の上から周りを見上げて2人を待つ――2人を待つ時間は苦じゃなかった。

 早く来てほしいと思いながらも、緊張からもう少し時間をくださいとも思う。

 話してる最中に噛まなきゃいいけどなあ。


「……気に入らなかったらやり直しとか? はは、レティなら言いそう」


 やり直しになったその時はその時だ。レティが満足するプロポーズってやつを何度も繰り返してもいいかも……ああ、駄目だ。

 男なら1発で認めて貰わないと――ふっ、と小さく笑ってしまう。


「……まさか、2人と結婚するなんてね。……シズクになってから今まで信じられないことばかりだ」


 僕はいつぞいつぞと2人のことを待ち続け――何気なく、今までのことを思い返した。


 ――シズクとなって14年。


 まだ生前の自分よりも1年か2年ほど生きていた時間は少ないけど、波乱万丈な日々だった。


 レティを失ったことから自暴自棄になりかけたことも薄らとだけど覚えている。

 なんとか両親とレティとの死とも向き合ったことも思い出せる。

 それから、ルイと共に魔法を学んで、少しずつ生きる力を心身ともに身に付けながら、奴隷としてメイドなんぞと女と振る舞う日々にも耐え続けた。


 ――死にかけたことも何度もあったね。


 大抵は治癒魔法のおかげで事なきを得たけど、大小様々な怪我だって負ってきた。

 イルノートに殺されそうにもなったし、僕たちの知らないトーキョーという場所にも、平行世界にも飛んだなんてこともあったり。

 そこで色々と学んだり、ぶつかったり、落ち込んだり……レティと本当の意味で知り合えて元の、この世界へと戻ってきた。


 その後、冒険者としてレティと2人で旅をして、ルイが結婚するって言うから式をめちゃくちゃにして……ようやくルイにずっと秘めていた気持ちを伝えたり。


 ――そこでやっと3人が揃ったんだ。


 最初はルイが変な提案するから行き違いになったりもしてさ。でも、今ならきっと2人とも笑い話に出来ると思う。

 さらにこの1年半は特に楽しかった。


 昔からの恋人であり、死に別れてもまためぐり逢っては愛してくれるレティ。

 生まれ直してから共にいてくれて、ずっと一緒にいると誓い合ったルイ。


 2人と共に生活を行う傍ら、テイルペア大陸を中心に多くの経験をしながら、2人との絆を強めていった。


「……ううん。これからもだ。これからも2人と……」


 最初のうちは失意のどん底へと追いやられていた僕だけど、それでも今ここで最愛の2人を見つけて、プロポーズまでしようとしている。


(僕は贅沢ものだ……こんなにも素敵な恋人が2人もいるんだ)


 本当に僕なんかが釣り合うのかってくらい2人は素敵すぎて、自分には勿体ないようにも思える。 

 でも、だからって手放すつもりなんかない。

 世界中の人が釣り合わないって言っても、僕はもう絶対に手放さない。

 もう誰にも奪われたくないから。

 僕が手に入れたものは絶対に手放しやしない。


「だから、これからもずっと、3人で――」

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