第258話 ねえ、帰ったら何をしたい?

 ――2人の大切な息子さんを、わたしが貰ってもいいでしょうか?


 ……ああ、やっぱりそうだ。

 本当ならこんなこと、言う必要のないだった。

 そして、このお願いは確実に叶うものであり、やっぱり言う必要もなかった。

 これはお互い次の台詞がすでに用意された寸劇みたいなもの。茶番だ。

 だから、今の会話の流れや空気が不自然すぎたためか、長い沈黙の後、誰かがぷっと吹き出せばつられて3人ともお腹を抱えるようにして大笑いをした。


「――はは、ははっ。馬鹿みたい。ほんと、らしくないわ。わたし、こんなこと言う日が来るなんて思わなかった」

「ふ、ふふっ! そうね。普通は女の子からなんてしないもの。…………私はね。2人とも別々に好きな人を作るんだって思ってた」

「へえ、母さんはそんなふうに思ってたのか」


 あれ、そう思われてたの?

 目を丸めてわたしはおばさんの話の続きを聞いた。


「シズクは色々とレティちゃんに思うところはあったかもしれないけど、レティちゃんはあの子のことは仲のいいきょうだい程度にしか見れないんじゃないかなって思ってたわ」

「そんなことは……いえ、そうね。そうかも、しれなかったわ」


 仲のいいきょうだいね。言われてまた1つ笑ってしまう。


(はは、おばさん。それはちょっと違うわ)


 わたし、彼のことは異性としてしっかりと意識していた。

 だけど、それが言葉として彼に届けられたかどうかは別問題で、もしもの話では一生伝えられなかったもの、だったかもしれない。

 現に、わたしたちが付き合うようになったのも、外部からのきっかけがあったからだ。幼馴染という関係に嵌り過ぎて、自分たちでは変えることは出来なかったと思う。


「2人は本当のきょうだいみたいだった。だから、異性として見ることはあっても、どこかでブレーキが働くんじゃないかってね。高校も同じったことが奇跡で、でも、そこから先は別々の道に進んで、お互いに知らない世界に触れて、そして知らない人と出会って……ううん。いいのよ。私はレティちゃんと家族になれることがとても嬉しい」


 おばさんは話途中に首を横に振った。

 そして、優しく微笑み……直ぐに顔を引き締めて、わたしを見つめてきた。


「ねえ、レティちゃん。私のこと、お義母さんって呼べる?」

「じゃあ僕も。僕のこと、お義父さんって呼べる?」

「……うーん。どうかしらね。じゃあ……ごほん」


 わざとらしく咳払いをして、2人に向かって呼んでみることにする。


「お義母さん」

「はい」

「お義父さん」

「うん」


 ……ああ、だめだ。


「「「……ぷっ!」」」


 3人そろってこれまた吹き出してしまう。先ほどの息子さんをください発言よりもその笑い声は大きかった。

 なんだろう。懐かしさが込み上げてくる。

 以前もこんな他愛も無い話で笑ってたんだっけ。

 リコちゃんが腕の中で「なんでさんにんともわらってるんだ?」って首を傾げるけど、この可笑しさは説明しても伝わるものではないだろう。


「は、はははっ……そうよね。変だわ。だってわたしって2人のこと、おじさんおばさんってさ。それが名前みたいになってたし。今さらお義父さんお義母さんだなんて……すっごい変に感じちゃう」

「え、ええ。ふふっ、私もレティちゃんに言われて背中がむずむず痒くなったわ」

「ひぃひひっ、ごめんごめん。僕も同じだよ。変な気持ちになって口元がにやけちゃうよ」


 と、2人も同じようだ。これまたおかしくて3人揃ってまたもくすりと笑ってしまう。

 でも、笑い合うのもここまでだ。

 わたしはなるべく真剣な顔を取り繕って2人に向き合った。頬が引き攣るけど我慢だ。


「……努力するわ。自然と2人のことをお義父さんお義母さんって呼べるようになってみせる」

「ええ、私もよ。レティちゃんにお義母さんって呼ばれるのが普通に思えるその時を楽しみに待ってるわね」

「うん。待ってるよ。僕もなんだかんだで2人も娘が出来たんだって思えば、とても嬉しいんだ」


 絶対、言ってみせるわ。

 残りの1年か2年。2人がリコちゃんの中から消える前に普通におとうさんおかあさんって言えるようになってやる。

 そう笑い合う中で決意し、わたしがする必要もなかった話と共に2人への報告はこれで終わりだ。


「ところで、話は戻すけど挙式の話はどうなった?」


 ……。

 え、おじさん、そこで掘り返すの?


「え、っと……それは、未定……です。白状すればまだ全然考えてなかったわ」

「レティちゃんって昔からそういうところあったわよね。自分がしたいことを優先しちゃって、大事なところを見落とちゃってたり」

「ううっ……はい。すみません……では、これからシズクたちと話し合ってきます……」


 ああ……おじさん酷い。せっかくこんなにもすっきりしてたっていうのに。


(仕方ない。これからシズクとルイを捕まえて、結婚式についての相談をしにいくか……)


 わたしはお尻をはたきながら、2人にお辞儀をしてとりあえずとルイのもとへと戻ることにした。

 ――あと、お義父さんお義母さんって呼んだのが思ったよりも恥ずかしかったりしちゃって、ええっと……今だけはこの場からさっさと離れたいと思ったこともある。


「では、また夕食の時にでも」

「はい。またね」


 わたしの心境なんてきっと、2人には筒抜けだろう。けど、わたしはそそくさと動揺を隠しつつも失礼するわなんて言ってこの場を切り上げようした――んだけどね。


「……最後に、シズクを食べ過ぎないようになー!」

「うなっ!」


 っと、変な声を上げておじさんの発言に思わず足を踏み外しそうになった。

 そして、一瞬にして顔が熱くなるのがわかった。


「もうっ……あなたたら、いい加減それでいじるのはやめなさい!」

「みゅうっ!」


 おじさんはぱしんとおばさんにお尻を叩かれていた。


 ……あ――もう、おじさんそれは本当に勘弁して。





 初日を除き、夜は身内全員が集まって夕食を楽しんだ。

 それはタルナさんたちが帰った後も続いて、もっと家族団欒を楽しんでもいいのにと思いつつも、シズクの家族とわたしの家族を交えて夕食を食べ続けた。


 だから、今晩も当然皆で食事をすることになったのだが――ドレスが完成したことを祝いつつ、お酒に酔った子猫の姿のおじさんがウリウリも嫁に来ないのかって話になったので、女性陣全員でそれを咎めたりする場面もあったりする。

 また、お父様がおばさんにお酒を勧められ、断れず1口ゴクリと喉を鳴らしたが、椅子に座りながらにしてがくりと体勢を崩しそうになったところは皆で大爆笑した。

 わたしも流れからなんだかんだでちょろっと1口未満のお酒を口に含んでみたんだけど、それがもうすごい。

 まるで口の中に火の玉でも入れたんじゃないかってくらい、酒に触れた舌の先からぼっと熱が広がっていった。飲んだお酒のアルコール度数が高かったって訳じゃないはずだ。


(これ、お酒が苦手ってレベルじゃないわよ。身体が拒否反応起こしてるんじゃないの?)


 ちなみにウリウリは頑なにお酒は拒み、お父様とわたしが極端にお酒に弱いとわかった中で、肉親の中で唯一ルイだけがケロリと飲み干して美味しいと頬を緩ませた。

 わたしも、お父様も、またまたウリウリも飲めないのに、ルイだけが問題ないってなんだろう?

 その答えはきっとお母様にあるとウリウリは答えてくれた。


「……実は、ブランザ様は身体を壊す前であればかなりの酒豪でした。鬼人族の長のところへ内緒で飲みにも行かれては、酔い潰してきたなどと豪語していたこともあります……ルイ様はブランザ様の血が強いのかもしれませんね」


 へ、へぇ……お母様にそんな面がね。

 ちなみにシズクもわたしと同じく1口だけ飲んだけど、苦い顔をしてそれ以上は口をつけることはなく、ルイが代わりに飲んでしまっていた。

 わたしが飲めないのにこいつが飲めるのは不公正ってもんだ。

 そんな飲めない組の、中でもわたしとシズクの反応を見て、酔いの回ったおじさんは可愛い口を大きく開けて楽しそうに笑った。

 この人は、相変わらずからかうのが好きで困る……。


「はぁ……楽しかった。お酒ってこんなにも美味しいなんてぼく知らなかったなぁ!」

「ルイが楽しめるならよかったよ。でも、飲み過ぎて羽目を外さないようにね?」

「うん! わかってるよぉ! もぉ、シズクったらぼくの心配ばっかり! 大好き!」


 ……などと、お酒の入ったルイがいつも以上にシズクに甘々べったりな様子を見せながら、わたしたちは宿に帰った。

 おじさんとおばさんはもう少し飲むと言い、それにお父様が率先して付き合い、またウリウリは無理やり3人に掴まって席を立てなかった。


 その後、お世話になっている宿屋の自室に着き、わたしたちは思い思いに就寝前のひとときを楽しんでいた。

 ちなみにリコちゃん3人と、お父様とウリウリはセリスさんの自宅に泊まっている。ウリウリはわたしたちと同じ宿に泊まるって言ってきかなかったけど、そこはまあ、ね? 


 部屋の中に入って直ぐ、わたしたちは2つあるのうちの片方のベッドに3人で上がった。

 ……別に何かをするわけじゃない。

 そう、別に何もしなくともわたしたちの夜はいつもこうだ。


 シズクの背中にわたしは寄り添って、彼のひざにルイが頭を預ける。

 背を向けていても、シズクがルイの頭を撫でているのはなんとなくわかった。別に羨ましいなんて思ったことはない。本当よ?

 わたしの指定席はいつだって彼の背中だ。

 膝枕はルイに渡しても、この場所は絶対に譲ったりはしない。

 まあ、どうしてもって言うなら仕方ないわねって……わたしは後ろを向いたまま、後ろから伸ばされたルイの手と自分の手を繋いでいる。

 ルイとわたしの左手を重ね合わせるとお互いの指輪がぶつかって軽く押し返してくる。

 この硬い指輪を触れ合わせている瞬間が最近のわたしのお気に入りだ。


 いつもと同じ体温を背中に感じる。

 いつもよりちょびっとだけ高い体温を手の平に感じる。


 気持ちいい空間。時間。安らいだ空気に背から伝わってくる彼の温度。伸ばし合って握った手で掴みとる彼女の体温。


(……幸せ)


 わたし、今とても幸せ。幸せ過ぎて……胸がいっぱいだ。

 いっぱいでいっぱいで痛くて、でも、幸せだから許せる痛み。


(どうしよう。こんなに幸せな気持ち、わたし初めてだ)


 背中を大好きな彼氏に預けて、伸ばした手は大切な彼女と繋いで……満足だ。

 気を良くしたわたしはついつい鼻歌を、あの大好きなカズハの……今のムードとは全然かみ合わないような曲だけど、それだけ気分を良くて歌った。

 次第にルイもわたしの鼻歌に合わせて歌いだして、幸せ過ぎて途中で鼻歌は小さな笑い声になって口からも漏れた。


「はぁ……なんか全部やり遂げたなーって感じ。結婚式がまだ残ってるけど、後はウリウリと一緒に里に帰るだけかな」

「うん! ぼくも満足! 今回の旅はすっごい楽しかった!」


 ねっ、と繋いだ手を絡ませてルイと同じ気持ちであることも尚更嬉しい。


「ねえ、帰ったら何をしたい? ぼくね、またみんなと温泉に行きたいなって思うんだ!」

「あ――いいわね。温泉。たしかにもう1度行きたいわ」

「でしょ! 今度はドナくんたちも誘ってさ、あ、レドヘイルくんのお兄さんとか他の長の人たちも誘おうよ!」

「そうねぇ。ただ、そうなるとますます裸では入れないわね。ま、それを抜きにしてもぜひとも行きたいわ」

「じゃあ、約束! 帰ったら温泉ね! レティは何かしたいことある?」

「わたし? うーん……ピンとか思いつかないわね。アルバさんのところに行って鍛冶の手伝いとか、他にもまたみんなで野球をしたいとか?」

「野球か! いいね、今度もぼくが勝つよ!」

「は、言ってなさいな。次はわたしが勝つわ! っと、じゃあ次にルイは何したい?」

「ぼくはね! アニスのところでお茶会がしたいかな! 3人に今回の旅の話をうーんと聞かせるんだ! それから、鬼人のおじさんとか亜人族の熊さんとかみんなに会いに行って――……あ」

「あ、ってどうしたのよ?」

「……その、戻ったらぼくもう四天じゃないから……どうしよう?」

「どうしようって、ん――大丈夫じゃない? 別に四天にこだわらなくたって、もうあの里では自由に会いに行けばいいじゃない」

「そうだけど……じゃあぼく里に戻ったら何をすればいいんだろ。……それに、もともと四天はレティがなるはずだったのに……」

「何よ今さら? 別に気にしてないわよ。そりゃあ、小さい頃から四天になろうなろうと頑張ってたけど、エネシーラ長老とのことや色々なことがあって吹っ切れたわ」

「でも、じゃあ……やりたいこととは別に、レティは何をするの……?」

「うーん、そうね……アクセサリーでも作って売ろうかな? どこかで小さなお店を開いてさ。金魔法だって元々アクセサリーを作るために習ったんだしね」

「あ、それいいな。ぼくもシズクみたいな指輪作ってみたいって思ってたんだ。じゃあ、ぼくも四天に戻れなかったらレティのお店手伝いさせてよ。それで、レティの下で金魔法を学ばせて!」

「ほぉ――ふぉっふぉっ、わしの修業は厳しいぞ? ついてこれるかな?」

「ふふんっ、望むところだよ! ――ねえ、シズクは? さっきから黙ってばかりだけど、シズクは里に戻ったら何がしたい?」


 そうルイが今までずっと話に入ってこなかったシズクに振った時、ふと背もたれにして彼の背中が傾きだした。


「……僕はまだやり残したことがあるから、里に戻る前にそれをやり遂げたい」

「……へ?」

「……え?」


 ん? やり残したこと? 何よ?

 何を言っているんだろうとこつんと後頭部で彼の頭を小突いてやった――ところが、頭がぶつかる前にすっとシズクは立ち上がりだした。

 おっと。わたしは背もたれを無くしてとてんとベッドの上に仰向けに。隣にはわたしと同じく膝枕から落とされたルイの頭がある。

 2人で顔を合わせつつ、突然ベッドから立ち上がったシズクを見上げた。

 シズクはいつにも増して真剣な顔をしてわたしたちを見つめていた。

 怒っている訳じゃない。けれど、きりっと眉を吊り上げたような表情は相変わらずムカつくくらい綺麗で、思わず見蕩れてしまいそうになった。


「……2人とも、聞いてほしいことがある」

「ん?」

「なに?」


 ルイと共に上半身を上げて、シズクと向き合い話を聞くことにした。

 どうぞ、と促すとシズクは頬を赤く、恥ずかしがりながら話し始めた。


「……あ、違う。今じゃなくて……いや違くないんだけど、そのね?」

「なになにぃ? シズクなんでも言ってよ!」

「どったのよ、変に緊張して……ははぁん。なるほどね……いいわよ。そんな気分じゃなかったけど、わたしは別にもいいわ。ええ、今は邪魔が入らないものね?」

「え、レティ何を言って……って、それも違うよ! いやっ、したくないわけじゃないけど、そうじゃなくて!」


 動揺を見せるシズクに思わず笑ってしまう。

 ただ、その真面目な顔付きからして、とは無縁な話なのだろう。

 わたしたちはどうぞと彼の続きを促した。


「もうっ……その、明日、聞いてもらいたいことがあるんだ。だから、2人には……」

「……何? ここでする話じゃないの?」

「うん? ぼくは別にここで聞いてもいいよ」

「……ここじゃ駄目。何より僕の方が準備できてない」


 は、準備? 何それって聞けば、心の準備だそうで?


「事前に言うべきじゃないと思うけど……」

「なぁにそんなあらたまってさぁ」


 そんな顔を赤らめて何を大層なことを言うのかしら、って可笑しくてにやけそうになる。

 ……が、次のシズクの発言に、わたしはにやけた口をぽかりとかけて硬直することになった。


「――明日、僕は2人にプロポーズを申し込みたいと思ってる」


 …………。

 …………あ、ああ。


「だからさ、明日、2人の時間を僕にください……」


 わたし、すっかり忘れてた。

 呆然としながらわたしは彼のことを見つめ続けてしまったが、シズクはもう我慢の限界だと言わんばかりに今まで3人でいたベッドの向かい側へと勢いよく倒れ込んで、わたしたちに背を向けながら毛布を頭まで被って横になった。


「だから、明日待ってるから! 2人ともお、おやすみ!」

「……」

「……」


 わたしも、ルイも未だ硬直したままだったけど、次第に2人して無言のまま頷き合って、着替えることも忘れて同じベッドに横になった。


 いつもならまだ寝るには少し早い……でも、横になってもどうしよう……胸が苦しい。ドキドキすごいうるさい。


「……ルイ」

「……レティ」


 同じベッドで向かい合いながら、自分の半身であり片割れの名を呼び合う。次の言葉は出ない。

 でも、2人して考えてることは同じだったと思う。

 どうしよう。

 今までにない興奮と緊張は、あの一舐め程度に口にしたお酒のせいにしたい気分だった。

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