第256話 生まれてくる我が子だけでも助かって欲しい

 タルナさんたちが町に来たことで、ぼくたちが借りていた部屋は譲り渡すことになった。

 シズクの友達であるベレクトやキッカちゃんも同じくこの部屋に泊まるみたいだ。

 だから、ぼくたちは色々あったラゴンの墓参りの後直ぐ、宿屋に向かって部屋を取った。そして、夕食時ってこともあり直ぐに食事にすることになった。

 宿屋には食堂があったけど、シズクのおとうさんとおかあさんの提案で近くの酒場で食べることも決まった。セリスさんの口添えもあり、小さな白猫の姿になったシズクのおとうさんの入店許可を貰えたことも大きい。


「私は、下戸ですし……何より、シズクやレティとも積もる話もありましょう。なので、今晩は――なあ、ウリウリア?」

「な、何故私に振る!? わ、私は別に……」

「ああ、そうだよな。空気を読まず、うちの子たちの護衛だからと同席するような真似はしないよな?」

「なっ!? わ……私だって酒は受け付けない体質でっ……別に、わかってる! 今夜は安静にしていろとタルナ様からも言われている! 私は宿からは出ない! これでいいんだろ!」


 でも、お父さんとウリウリは酒場にはいかず、宿屋の食堂で晩ごはんを食べることになった。

 そうだよね。せっかくの再会の邪魔をしちゃいけないよね。仕方ないか――と、ぼくも同じく遠慮しようとしたんだ。


「ねえ、ルイちゃんだけでも私たちと一緒しない?」

「……ぼくも、いいの? 邪魔じゃないの!?」

「とんでもない。僕たちは大歓迎さ。だって、キミは僕たちの娘になってくれるんだろう?」

「え、う、うん! あ、でも、でも、でもなぁ……」


 本当は行きたいけどやっぱり悪いよね……ちらり、とぼくのお父さんであるイルノートを見ると、優しい顔をして頷き、そっとぼくの背中を押してくれる。


「久々の親子水入らずになんですが、うちの娘2人もよろしくお願いします」

「イルノート君たちも来てほしかったけどね……今回はお言葉に甘えさせてもらうよ」


 お父さんは笑って、ウリウリは悔しそうな顔をしてぼくを見送ってくれた。





「マスターさん、とりあえずこの辺りでおすすめの一杯を……あ、2杯もらえる?」


 酒場に着いて早々、ぼくたちが何を食べようかなって相談しているところで、2人はとりあえずとお酒を頼みだした。

 2人ともお酒飲むんだ。と、ぼくはその程度の反応だったけど、ぼくの両隣に座っていたシズクとレティはびくりと肩を震わせて驚いた。


「と、父さん、母さん! その身体で飲めるの!?」

「2人とも……っていうか、おじさんもしかして、その子猫みたいな姿で飲むわけ!?」

「あ……しまった? 別に僕はこの身体でも大丈夫だけど……」

「つい癖で……駄目かしら? ね、リコはどう思う?」

「リコはね! いいとおもう!」


 と、隣に座らせたリコに同意を求めるシズクのおかあさんは嬉しそうな顔をして、おかあさんの膝の上で丸まっていたシズクのおとうさんもコクコクと頷きだす。

 でもって、ぼくの両隣の2人は「えーっ!」」て非難染みた声を上げた。


「「かんぱーい!」」


 その後、さっきの感動の再会なんて無かったかのように、シズクとレティから白い眼で見られながらも、2人は運ばれてきたお酒を美味しそうにお酒を飲み始めた。


 シズクのおかあさんは両手でジョッキを持ちながらも、ゆっくりと喉を鳴らしてお酒を口へ。

 シズクのおとうさんは前足を器用に使ってはジョッキを傾けて、縁に口をつけて啜るように、2人は美味しそうにお酒を飲み続けた。

 呆然とぼくたち3人がその様子を眺めていると、にっこりと笑った2人に飲む? とお酒を勧められたりもした。


「僕はやめとくよ……」

「わたしもパス……」

「そう? この世界に子供が飲んじゃいけないってルールはないんだから飲めばいいのに」

「残念だなぁ。僕はいつか大人になった子供と酒を飲み合いたいって夢見てたんだけど……じゃあ、ルイちゃんはどうだい?」


 あー……ぼくはどうしようかな。

 飲んでもいいのかな。お酒、気にはなってるんだよね。

 小さい頃に1口だけ飲んで苦かった記憶があるけど、今なら、もしかしたら? 美味しく、飲めそうかなーって……。


「……うん。ぼくもやめときます」


 けど、我慢。2人が飲まないのにぼくが飲むのはだめだ!

 だけどこのまま見ているだけって言うのもね。

 ぼくたちは美味しそうにお酒を飲む2人に負けじと、直ぐに自分たちのごはんをお店の人に頼んだ。

 そうして待っている間、料理が運ばれてきた時、いただきますってごはんを食べ始めた後もぼくたちは話をしていた。


「……え、じゃあ、リコが夜遊びをしていたのは2人と会ってたからなの!?」

「あー、そうなるわね」

「えっと、まあ……だね?」

「は、はあぁっ!?」


 この話題も、2杯目を飲んで酔いが回りだした2人が何気なく話し出したものだ。

 きゃっきゃと頬を赤らめたシズクのおかあさんが楽しそうに微笑む。

 膝上のシズクのおとうさんの方は左右にふりふり尻尾を振るわせている。

 そして、酔いを楽しんでいる2人が突然、テーブルに頭がくっつくんじゃないかって程に頭を下げだし、またもぼくたちを驚かせる。


「実は、毎回リコにお金を出してもらってお酒をのませてもらってました……!」

「いつも自分の子にお酒をおごってもらっていました! 美味しかったです!」

「なっ……!?」

「はぁっ!?」

「「本当に、ごめんなさい!」」


 そこへあわててリコが間に入った。


「ち、ちがうの! リコがふたりにたのしんでもらいたかったからなの! まえにスクラたちとのんでたのがね、たのしかったから、ふたりはいらないっていったけど、リコが、リコがね。むりをいって、のんでもらったの!」


 スクラたちって確か、ルフィスが護衛として雇っていた冒険者の3人組のことだよね。一緒に野球もしたし。

 その人たちとお酒を飲んだって話はぼくと再会する前の話だろうけど、どうやら2人も知らないようだった。


「ちょっと待ってよ! スクラさんたちとお酒を飲んでたの!?」

「なにそれ!? わたしたちそんな話スクラさんたちから聞いてないわ!」

「いやあ、誘われた時にはもう3人ともベロンベロンに酔ってたし、酔いつぶれもしたからね。その晩に起こったことはすっかり忘れてたみたいだよ。次の日にこの子と顔を合わせても、変わったところはなかったしね」

「あの晩、母さんとても楽しかった……別世界なんてところでもお酒はお酒なんだって。お酒もそうだけど、直接食事をすること自体が十数年振りってこともあって、とても感動したわ。もう、何もかもが美味しい!」


 きゃっきゃと2人して手を繋いではしゃぐ様子に、シズクとレティは深々とため息をついた。


「うん……お酒が死ぬほど好きだってのは知ってたけどさぁ……あぁ……この、ダメ両親……」

「本当……おふたりとも、そこは変わらずなのね……」


 そう言われ、シズクのおとうさんは申し訳なさそうに、でも全然反省していない感じで「……みゅう」とリコの鳴き真似なんかをする。

 その反応が気に障ったのか、シズクはバンっとテーブルを強く叩いた。


「えへへ、面目ない……でも、少しは感謝をして欲しいってところもあるんだぞ。何度、父さんたちが気を利かせてあげたことか……大体、スクラ君たちとの飲みだって、お前たち2人の為だったんだからな!」

「はぁ、僕たちの為ってそれこそ訳わかんないよ!」

「1人ってことは、わたしも含まれるの? おばさんどういうこと?」

「え、ええっと……それはね。私たちがスクラさんたちのお誘いを受けて無かったら、2人は大変なことになってたってだけ。むしろ、感謝してほしいくらい……いえ、この話はやめましょう? そうしましょう?」

「母さんまではぐらかして……感謝って、どういうことだよ!」


 ぼく、全然話についていけない。

 シズクだってそうだ。レティも不思議な顔をして首を傾げている。

 2人は若干唸るだけで何も言わないから、代表してぼくが聞くことした。


「ねえ、どういうこと? 大変なことって? 2人が感謝して欲しいことってなに?」

「うーん、それはねえ……」

「あなた! ……ほらほら、終わり終わり! この話はやめやめ!」


 と、おかあさんが話したくないって切り上げようとする――それはやだ。


「ぼく、知りたいんだ。2人のことならなんでも知っておきたいんだ。お願い。どうして2人は感謝されるようなことをしたの?」


 仲間外れになるのがいやで、ついついね。

 ぼくが再度聞き返すとシズクのおかあさんはもじもじとして、視線をシズクのおとうさんへと何度も向ける。

 シズクのおとうさんは鼻を前足でこすりながらも、にやぁと口元を歪めて笑いだす。

 そして、


「じゃあ、いただきます……」


 と、シズクのおとうさんが妙に演技かかった高い声を上げてシズクのおかあさんを見た。

 おかあさんは目をぱちくりと驚いた顔をして「え、するの?」と呟き、おとうさんが楽しそうにコクコクと頷く。


「……ど、どうぞ、召し上がれ……」


 そして、シズクのおかあさんが恥ずかしがりながらそんな声を上げる。


「なにそれ?」


 ぼくは理解できなかった。

 いただきます? 召し上がれ? って何か食べるのかな。

 でも、2人して顔を合わせて「キャーキャー」なんて変な声を上げてはしゃぎだす。なんだか子供っぽい人たちだ。

 もう1度、どういうことか聞こうとしたんだけど、そこでぼくの両隣に座っていた2人がものすごい勢いで立ち上がったんだ。


「「き、聞いてたの!?」」


 わ、びっくりした。

 左右の2人は顔を真っ赤に、声を揃えて怒鳴った。


「聞いてたんじゃありません。聞こえてしまった、です!」

「いやあ、あの時は、参ったよ。まさか1階にいても聞こえるとは思わなかった。獣の聴力っていうものを侮っていた。初々しくて聞いてるこっちが恥ずかしくなったよ」

「え、え、じゃあ、も、ももも、もしかして!? うそっ、そんなっ! いっ、いやぁぁぁあああっ!!」


 急にレティが叫びだし、顔を両手で覆って身体を左右に振りだした。

 何、何々? 何の話?


「リコおぼえてる。それって、メレティミがいたそうなこえをだしてたときのやつだ。あと、とちゅうからふたりともくるしそうにはあはあってこえをだして……」

「わっ、わ――! リコやめてー! その話はしちゃだめ!」


 今度はシズクが慌ててリコの話を止めようとする。

 え、そ、それって……。

 ぼくは呆然としながら、口にしてしまった。


「まさか、ふたりの初めての――」

「「ルイ言わなくていい!」」

「えー!?」


 なにそれ、ずるいよ! ぼくは2人のことなら何でも知っておきたいのに!

 でも、それ以上のことをぼくは知る機会が訪れない。

 だって……2人がぎゃーぎゃーと錯乱したかのように喚き散らすから、聞こうにもまったくと聞けなかったんだ。

 そこからお店の人に騒ぎ過ぎだって注意を受けたこともあってか、その話は終了。後にはなんとも複雑な空気が流れてか、掘り返すような真似なんてできやしない……ちぇ。

 酔った2人は変わらず楽しそうだったけど、そこから次の話が始まるまで少しの時間が必要となった。





 少しの時間が経ってから、シズクが今までのことが無かったかのような――なかったことにして、2人に尋ねた。


「……白い少女のことなんだけどさ。あの子は母さんたち3人のことは知っていたのかな?」


 えっと、確か白い少女っていうのがシズクをこの世界に連れてきた人だよね。

 それで、白い青年のお気に入り? の駒であるリコたちも元々はその白い少女が連れてきたって話をあの場にいた全員が聞いている。

 シズクのおかあさんは4杯目のジョッキを口から放してから答え出した。


「どうかしらね。そのことを気が付いていたのか、知らないふりをしていたのか……今となっては聞くこともできないけど、そんな気配は1度も感じられなかった、かな?」

「父さんたちとレティちゃんが駒を交換された時期がいつか、当人である僕らにもわからないこともある。でも、僕たちの意識は殆どリコと同化していたと言ってもいい。彼女もまさか3人の魂が同じ肉体に入っているとは思ってもいなかったんじゃないかな」


 そう、同じく3杯目のジョッキに口を差し込みながらシズクのおとうさんは言って、それから2人は急に真面目な顔をしながらお酒から手を放し、話し始めた。


「あの日、交通事故に遭遇して母さんも父さんも声を上げる間もなく死んだ。でも、あの時の瞬間のことは今でもはっきりと覚えてる」

「……ええ。私も覚えている。覚えているって言っても、あの時はとにかくお腹の中の子のことを考えていたってことだけ」

「あの時、僕たちは確かに1つだった」

「あの瞬間、私たちの願いは1つだった」


「自分は助からなくていいから――」

「たとえそれが親のエゴだとしても――」


『――生まれてくる我が子だけでも助かって欲しい』


 そう強く願った後のことは覚えていないそうだ。

 ただ、何者かの声だけは聞いた、と2人は頷き、その耳にした言葉を揃えて言った。


 ――とても綺麗。


 何が綺麗なのかは話を聞いていたぼくはわからない。

 ただ、シズクとレティは苦々しい顔を見せていた。

 おとうさんは振り返ってはおかあさんを見上げていた。おかあさんもおとうさんへと顔を向けて、優しそうな顔をして微笑んでいた。

 その笑みの理由もぼくはわからない。だけど、死ぬ時の話だというのに後悔だけは無いようにぼくには思えたんだ。


「ねえ、今さらなんだけど、聞いてもいい?」

「何かしら?」

「えっと、リコはさ。僕の妹ってことでいいの?」

「ええ、そうよ。あなたの多分……妹かな?」

「多分?」

「もしかしたら、弟の可能性もあるってことだよ」

「え、リコおとこのこだったの!?」


 なんて、最後に自分自身のことなのにリコが驚き声を上げたところで、シズクのおとうさんは2人を茶化すように舌を出す。

 そこをシズクのおかあさんが軽くお尻をはたく。キャンと悲鳴を上げるシズクのおとうさんを気にせずにお母さんは続けた。


「まあでも、弟、妹ってよりも、クレストライオンだった頃に私たちの無意識の思いに触れちゃって、2人のことは親目線で見ていたところが大きくなっていっちゃったのよね」

「そうそう。だから、ルイちゃんもシズクも飼い主ってよりも我が子っていうか、保護対象として見ちゃったりさ。今もそうじゃないかな」

「うん。シズクもね、ルイもね。リコがまもってあげるの! だって、たいせつなこどもたちだからね!」


 そして、リコは胸を張って自身満々に笑って見せるんだ。


「むぅ、リコのくせに生意気だなぁ!」


 ついついリコのほほをつんつんって突っつくといやそうにぼくの手を叩いてくる。そして、そんなリコを見てぼくはクスクスと笑った。


「ねえ、ルイちゃん」

「ん……あ、はい! なに――なんでしょうか!」


 シズクのお母さんがぼくを見て言った。改まって名前を呼ばれるとなんだかこそばゆい。

 不思議なの。

 いつもルイって呼んでほしいって周りには言ってるのに、シズクのおかあさんってだけでなんか緊張してる。

 ついついなんでしょうか、なんて言い直しちゃったくらいぼく、ドキドキしてる。


「……言うのが遅くなっちゃったけど、リコの名前を付けてくれてありがとう」

「あ、は、はい! あ、でも、勝手に付けちゃってごめんなさい! ああっ、今さら謝っても遅いっ、ですよね?」

「そんなことないわ。素敵な名前よ。……それと、うちの息子をいつも支えてくれてありがとう。この子がこの子として今日ここにいられるのはルイちゃんのおかげよ」

「そんな……ううん……ぼくの方こそ。ありがとう。シズクがいるから今のぼくがいるんだ。大好きなシズクを……えっと、こんなことを言っちゃだめなのかもしれないけど、元の世界でシズクを生んでくれてありがとう!」


 本当にありがとう。この人たちが“シズク”を生んで育ててくれたから、今のシズクがいるんだもん。





 その後、ぼくたちは食事を終えても話し続けた。

 話題は絶えることは無い。ぼくからも元の世界での2人の幼い頃の話とかもせがんじゃったほどにね。


 お酒のことで機嫌を損ねてたけど、時間が、食事が進んでいくにつれてシズクは楽しそうだった。レティはなんだかんだで嬉しそうだった。

 2人だけじゃない。リコもおとうさんもおかあさんもとても楽しそうな、幸せな顔をしている。

 そして、その輪に今、ぼくも笑っていられるんだ。


 ずっとこの時間が続けばいいと思った。

 でも、ずっとなんてものはない。

 シズクのおとうさんとおかあさんがいつかは消えちゃうように、この時間もいつかは終わりを迎える。


 ――だけど、今だけは……。


 ぼくは酒場が店仕舞いで締め出されるまでずっと笑い続けていた。

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