第225話 まだまだお姉ちゃんの1日は終わらない

 冒険者ギルドでお金を受け取って、夕食はみんなで済ませた。

 けれど、そこから先はぼくの我儘で迷惑をかけた分、シズクとレティを2人っきりにしてあげようと考えた。

 今回ぼくらは2部屋借りていて、ぼくとレティ、リコとシズクと部屋を割り当てている。

 その為、今夜はリコと同じ部屋で寝るからとだけ言い残して、ぼくは逃げるように宿を出て町の外にある馬小屋に向かった。

 闇雲に飛びだしたわけじゃない。

 毎日ぼくらを運んでくれる馬のマロ(リコ命名)のお世話を兼ねていたからだ。


(今頃2人で仲良くしてるんだろうなって……)


 お腹を空かしたマロに干し草と水を与えてブラシをかける。少し寂しく思いながらマロの首筋をそっと撫でた。


「……でも、2人のためだもんね。ぼくはおねえちゃんだしね」


 ぼくの独り言に反応したのかヒィィンとマロが啼いたので日も落ちたからシーっと静かにしないとだめだよと注意する。


「今日はリコといっしょのベッドで寝よう。リコといっしょに寝たらきっと寂しくないやい」


 でも、ぼくの身体は冷たいってリコは嫌がるかな。


(リコに断られたらそれまでだけど、ぼくおねえちゃんだから我慢しないとね……)


 ――けど、あれ? なんで?


 どう言ってリコと添い寝しようかと考えながらリコのいる部屋に行ったんだけど、そこにはいるはずのリコはおらず、どうしてかシズクとレティがぎこちなかったりと頬を引き攣らせたりで笑ってぼくを出迎えてくれた。


(2人ともどうしてそんな顔をしているんだろう。というか、なんでこっちの部屋にいるの?)


 2人の頬っぺたはいつもより赤らんでいる。


「え、っと、その……リコは?」

「リコは、その……ルイが落ち込んでるから励ましてあげてって……無理やり部屋から追い出されちゃってね」


 リコが? どういうこと?


「あっちの部屋はリコが1人で使うって……リコは気を利かせてくれたのかもしれない」

「あれ、きっとばれてるわよね」

「うん……」


 え、え? ばれてるって?


「……物音や声が聞こえても絶対に部屋から出ないから安心しろって言われたわ」

「え、ええ……!」


 そう言われたらぼくだってわかる。


(じゃあ、シズクとレティと3人で仲良くしてるところ、リコにはばれてたってこと?)


 そんな毎晩ってわけじゃないけど、する時はリコが寝静まってから始めてたって言うのに……!!


「わーん! 明日からどうリコと顔を合わせればいいの!」


 変な羞恥心に身悶えて、その場で蹲って膝の中に顔を隠して悶えてしまう。

 そう1人恥ずかしがっているところに恐る恐るとシズクが近寄って、言ってきた。


「……えっと、明日じゃなくて……まだ今日は終わってないよ。その……ルイ姉」

「ルイ姉……!? えっ、っと、も、もう! もうお姉ちゃんは終わったの! 無理してお姉ちゃんって呼ばなくてもいいって!」

「別に無理は……いや、してるけどさ。けど、今日1日はお姉ちゃんなんでしょ?」


 だから、それはもう終わった話って再度言おうとしたけど……もじもじとしちゃう。

 お願いでもなく、シズクが自発的にお姉ちゃんって呼んでくれることがとても嬉しい。

 じゃあ、今日が終わるまではぼくはお姉ちゃんでいていいの――って、これで話は終わりじゃない。

 今この場にはぼくたちは3人いて、リコはあっちの部屋にいて、そして、夜は長くて――。


「それでですね……する?」


 ぼそり、とシズクが口にした。


「何その他人任せ。まるで自分は仕方なくって感じの言い方やめてよね」

「そりゃ僕はしたいけど、けど……なんか、こうリコに見守られてる気がして気が引けるって言うか」

「う……ま、まあわかるけどさ……あ――もう、何よこの展開!」


 そう言い合ったレティとシズクがじーっとぼくを見つめてきた。

 え、やるかやらないか、最後はぼくに任せるって、どうしてぼくが?

 ぼくだって――「お姉ちゃんでしょ?」「お姉ちゃんだしね」――ずるいや!

 

「…………うー…………する」


 ぼくだって2人といっしょになりたいんだ。

 実のところ胸のドキドキだって止まらないし、これで今夜はこのまま3人で仲良くおやすみなんて耐えられないよ!

 じゃあ、話は決まったし、さあ直ぐにでも仲よくしようか――って簡単な話じゃない。

 するって決めたけど、さあ始めようって感じじゃなくて、むしろ恥ずかしさが上回って突っ立っていることしか出来なくなる。


「だ――! そもそも、あんたが言いだしたことなんだから最後まで責任持ちなさいよ!」


 ……けど、しびれを切らしたのか、レティが怒鳴りながらぼくの手を引いてベッドへと誘われる。


「え、ええ! レティなんかすっごい勝手だよ! け、けど、責任って……?」

「そ、それは……あ――もう!」


 ぼくとレティは隣同士でベッドに腰を掛け、しっかりと手を繋いだ。

 レティの手は震えたままだ。もしかしたらぼくの震えかもしれないや。

 手の震えも気にせずにレティは、ぼくからシズクへと顔を向けるとぴしっと指をさす。


「ほ、ほら! あんたも弟なんだから、少しはお姉ちゃんたちに甘えなさい!」

「え、ええ、レティ!? 何言ってんの!?」


 なんてぼくの発言にレティはいつもと違って顔を真っ赤にする。

 恥ずかしさのあまり泣きそうな顔をしながらへらへらと笑ってぼくを見る。


「ル、ルルル、ルイもほら、何か言いなさいよ!」

「え、ええぼ、ぼくも? そ、そそ、その……」


 ど、どうしよう。ええ、どうしよう! と動揺しつつも、「うん!」と強く頷きつばを飲み込む。

 そして、レティの真似だけど、いいよね。


「……シズク……あの、お姉ちゃんにうーんと甘えてほしいな?」


 ……い、言っちゃった。

 なんだかぼく今すごいこと口にしたと思う。

 シズクが顔を思いっきり恥ずかしがる。けれども、ぷるぷると震える。


「え、えっと……じゃあ……その……ルイ姉、レティ姉……今夜は、甘えさせて……」


 な、シズクまでそんなことを言うなんて!?

 小動物みたいに身を縮込ませ上目遣いでとろけるような声を上げて、ベッドへと近づいてくるシズクにぼくはぼくは……!





「……――はわっ!」


 がくっ、と首が倒れて意識を取り戻した。

 パチクリと瞬きを繰り返し、どうやらうたた夢をしていたことに気が付いた。


「夢、かぁ……あー、残念だなぁ……」


 もう数か月前のことだ。あの夜は明け方まで2人といちゃ付いていたっけ。

 あの日は良くも悪くもいい思い出になっている。

 何より、あの日からもっと2人と仲良くなる時間が増えたから……リコが気を利かせてくれることが多くなって……え、えっと、その話はやっぱりなしで!


「……はあ」


 やっぱりまた姉と言ってもらいたいけど、自分で止めた手前2人にもう1一度頼むのは中々に難しい。

 いや――それとなく「あ、あのさ」と馬車の中にいる2人にもう1度姉弟ごっこしないって聞いてみたんだけど……。


「あ……あぁ……あれね。……駄目よ。あれはもう駄目。変な世界に迷い込みそうになるわ」

「あの空気は本当にもう無理! あの夜の僕はどうかしてた! もう絶対しない!」


 ぶーぶー。

 唇を突っ伏してまた前を向き直す。


「ちぇ……」

「ふわぁ……またルイはシズクをおとうとにしたいのかー?」

「……まあね」


 隣で丸くなっているリコの頭を撫でながらぼくはそう不満そうに口にする。


(ま、仕方ないや。けど、あの時のシズクは可愛かったなぁ)


 夢中になってルイ姉レティ姉って何度も何度も言いながらも求めてきてさ。

 いつもとは違った子供っぽさに変な気分になってすごい昂ぶりを覚えたことは今でも忘れられない。

 思いだそうとするだけでぶるっと身震いが……っ!?


 ――軽く手綱を引いて、愛馬のマロを止めた。


「ん、んん?」

「なんでとめ……ん? なんだこのおと?」


 身震いを起こしたのと同時にぼくは妙な気配を感じ取った。

 どうやらリコも気が付いたらしく、ぼくはきょろきょろと周りを見渡して、リコも馬車の上へよじ登りだす。

 中からどうしたって2人が心配するけどちょっと待ってて。


「ルイ、あっちだ!」


 ぼくは馬車から降りてすぐにリコの指さす方を見て声を上げた。


「え、何あれ……?」


 そこには土煙を上げて逃げ走る1台の大きな馬車を見つけた。





「ルイ、あっちだ!」

「え、何あれ……?」


 突然の停止や2人の妙な反応から外で何か起こったのだろう。

 先ほどのイタい空気を一転させ、後方の幕を開いてレティと共に自ら外の様子をきょろきょろと首を動かして伺い、ルイとリコに遅れながらもそれを見つけた。

 今いる街道から外れた荒野を1台の馬車が猛スピードで走っていたのだ。

 2頭の馬で牽かれた大型の馬車だ。

 御者台には僕らへと視線を何度か向けながらも焦りの色を顔に浮かばせて前を向く男の人の姿が見えた。何度も何度も馬車を牽く2頭の馬へと手綱を弾いた。

 後方へと激しく砂煙を巻き上げるほどに何をそんなに急いでいるのだろうか――。


「あれ? もしかして襲われてるのっ!?」

「え、どういうことルイ? ……あ!」


 ルイの指摘に馬車の後方で巻き上がる砂煙をよぉく目を凝らして見れば、その奥で粉塵に紛れて無数の球体が転がってきているのが見えた。


「あれは……踊り岩ダンスロックだっけ」


 ここでは見かけることが無くなったらスライムやコルテオス大陸にいた水晶鴉のように魔力によって物質に命が宿った魔物だと聞いている。

 普段はテイルペア大陸の茶色の世界に単体であったり群れであったり、ごつごつと転がる岩々に紛れているので魔物か岩かと見分けなんて全然つかない。だけど、道の真ん中に不自然に岩石が置いてあったら十中八九はこいつで、後は退かすか割るかで少し手間がかかる厄介なやつだ。

 見た目イコール岩でしかなく、ただ転がるだけだから普段はそれほど危険視するほどじゃない。


 だけど、こうやって集団で一斉に転がられたら……って、昔イルノートに注意を受けたっけ。ああなったらもう後は高台にでも登らないと逃げきれないだろう。

 つまり、あの追われている馬車はもう走り続けるしか逃げ道はない。

 しかし、それはいつになることやら――少なくとも、僕は逃げ切れるとは思わえなかった。


 今僕らが進む街道だってそんなにいいものじゃない。

 ずっと昔に振った雨か人の通った足か車輪かで道はボコボコのままだ。この道以上に荒れた地面をあんな速度で走り続けたところで時間の問題だっただろう。

 馬が躓くか馬車の車輪が悲鳴を上げるか。

 ここまで逃げ延びれたのは運が良かったんだろうなあ……って、あんなの見つけちゃった身としては他人事じゃいられない。


「リコ! 助けに行くよ。僕の中へ戻って」

「シズク、うんっ!」


 馬車から飛び降りた僕とぼっと火の粉を散らして元気よく返事をするリコが1つになるのは直ぐだった。僕の中へと戻ったところで一気に身体の外へと解放する。

 獅子の時のリコの前足を背中に生やし、大きな後ろ足は僕の下半身を覆う。僕の頭にはリコの顔が現れる。

 赤い火の粉をまき散らしながら僕の身体へとリコが体現した。

 そうして以前の獅子だったころのリコを一回りほど大きくした獅子の姿を得た僕の完成だ。


(そういえばリコが最後に僕の身体に戻ったのはいつ以来だろう)


 久しぶりにリコを身体に纏っての行動――うわぁ、何これ。すごい暑い!

 自分の両手と顔だけは外に出ているけど、大きな着ぐるみを身に付けているようなものだ。ぶわっと身体中に熱気も纏わりつく……が、今は熱いと弱音を吐いている場合じゃない。


「ぼくも行くよ!」

「わかった、レティ馬車のことよろしくね!」

「え、ええ。まかせて?」


 じゃあ、とルイをリコの大きな腕で抱きかかえたまま足に力を込めて込めてぇ……跳躍――今僕らがいる場所から走る馬車と追いかける踊り岩へと一気に距離を詰めた。

 地面に着地する瞬間に風の浮遊魔法を展開し極力衝撃を最小に留めるのと同時に、ルイを僕自身の腕で抱き抱えては即座に次の1歩に力を込めて大地を強く蹴って、走る。

 なんだかカンガルーみたいで情けなく見えないかなって思うけど今は体裁とか気にしている場合じゃないか。

 御者台に座る男の人が僕らを見て口をぱくぱくと開閉するほどに驚いているけど今はこの一言だけで済まさせてもらう。


「僕らが後ろの奴を倒します!」

「任せてね!」

「みゅう!」


 追われている馬車と共に並走し、そこから速度を落として踊り岩の前へと割込み後ろに着く。

 馬車の後方からも乗車している人たちと顔があって驚かれたけど、これもまた後だ。どうか魔物と勘違いして攻撃だけはしないでほしい。

 足は動かしたまま腰を曲げてルイと共に追いかけてくる踊り岩へと身体を向ける。僕の両手はルイをぎゅっと抱きしめて振り落とされないように固定だ。前はリコが見てくれているので僕が目を放しても問題はない。


「ルイ頼んだ!」

「任せて!」


 ルイが片手を突き出して魔法を放つ――僕とリコのように発動は一瞬で、発現も瞬く間だ。

 これにてあっさり解決だろう。

 炎天下のテイルペア大陸ではまず見ることない分厚い氷の壁をあっさりと生み出して転がってくる踊り岩たちを通せんぼ。そして避けることも止まることを知らない踊り岩たちは当然とばかりに衝突、衝突、衝突と玉突き事故を発生させた。


「こんなの楽勝だよ!」

「流石だね」

「みゅうー!」


 リコの強靭な足で踏ん張り、急ブレーキをかけた後にルイをゆっくりと地面へと降ろす。

 ルイには馬車の人たちのところへ向かわせて後始末は僕たちだ。

 ひょいっと空を飛んだルイを背に、僕たちも氷の壁へとまたも大きくジャンプ。

 壁を越えた先に降り立った後はリコの腕を振って生き残った岩石たちをバコバコと殴り割っていくと終わりとなる……ぶはぁ、もう限界。


「ふぐあぁ……熱い……!」


 全体で何匹いたかはわからないけど、動いていたり大きな岩石は目に映るもの全てを壊しきっては直ぐにリコを解除してその場で尻もちをついて息を荒げた。

 リコを脱いだ下は服がびちょびちょになるほど汗で濡れている。


「シズクおつかれ。だいじょうぶか?」

「テイルペアじゃあまりやりたくないね……」


 退治が終わった途端、僕の身体から出てきたリコによしよしと頭を撫でられたけど、正直なところ今はそれだけでも暑くて敵わない。

 けど、やめてなんて言えないから我慢して、リコもよくやってくれたねと頭を撫で返してあげた。


「はぁ……すっごい暑かったぁ」

「そうか? リコはぜんぜんあつくないぞ!」

「むぅ、なんか納得いかないなぁ……」


 ああもう、前と変わらずテイルペアは暑い。

 もう数か月はここにいるし多少は暑さにも慣れたとはいえ辛いもんは辛い。


(こういう暑さに耐性(?)があるリコが羨ましいよ。僕もレティも口にはしないけど暑くて参ってるのに……)


 そういえば、ルイがなんでかけろりとしてる。

 以前でのテイルペア大陸横断中は昼間なんてイルノートと一緒に馬車の中でずーっとダウンしてたのにね。

 大人になった分、我慢強くなったのかな? ってそれじゃあイルノートのことは説明付かないか。


「まあ、暑くて辛い顔を見るよりはいっか……」


 どてんとこの場で大の字で寝っ転がりたい気分だけど、まだ僕にはやることが残ってるから休憩をとるのもまだまだ先だ。

 額の汗をぬぐいながら一面に広がった踊り岩の残骸を前にしてよしっと気合を入れる。


「この踊り岩は僕たちが倒したんだからコアは頂いてもいいよね」


 ここまでやってタダ働きって言うのもアレだしね。

 こいつらのコアを集めて換金したら1日分くらいの食費にはなるだろうし……と、残骸へと手を向けて魔力の流れを感じ取り1体1体残さずコアを回収していく――。


「……ん?」


 とある踊り岩からコアを採取している時、いつもとは違った魔力の流れを感じ取る。

 火の活性魔法で筋力を上げ、踊り岩の残骸同士を叩き付けるとそれは出てきた。

 鈍い銀色の塊だった。

 ぼそぼそと石や砂が癒着したみたいにこびり付いているけど硬式ボールを2つ付けたような形をした手の平大の楕円の塊だ。

 なんだろう。踊り岩の内臓みたいなものだろうか……。

 少しばかり気味悪く思ったが、他の奴を探してみても同じものは見つからなかった。


「シズクー、終わったー?」

「あ、うん。今行くよ!」


 まあいいや。次の町に着いたらギルドの人にでも聞いてみるか。

 僕は腰に吊るしていた巾着袋に集めたコアと一緒にその銀塊を押し込めると、ルイを先頭に先ほどとは違ってゆっくりとした歩幅で近寄ってくる馬車へと向かった。

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