第224話 1日限りのお姉ちゃんの日
それはとある日、とある町、またまたとある冒険者ギルドで依頼を受けた後のこと。
賑わう大通りを歩いているぼくの目に、仲良さそうに手を繋ぐ2人の姉妹が映った。
「……あ」
ぼくと目が合ったのと同時に、妹の方が足を躓かせて転びそうになった。思わず声が出た。
危ないっ――思わず届きもしない手を伸ばしかけたけど、寸でのところでお姉さんがひょいって手を引っ張って、その子はなんとか転ばずに済んだ。
(……ああ、よかった)
そう安堵したまではよかった。けど、その後が悪かった。
思わず足を止めて2人を眺めてしまったぼくに後ろにいたレティが衝突してきたんだ。
前につんのめり、ぼくはその場で踏ん張ろうにも――結局くるっと身体を反転し、すてんっと尻もちをついた。
「いったぁ……!」
「ご、ごめん! ルイっ、わたし前見てなかった! 大丈夫!?」
「あールイがころんだ―」
「2人してよそ見してるから……あーもー、スカートの中まで見えちゃって……怪我はしてない?」
言われて足を直ぐに閉じ捲れ上がった前垂れを慌てて直すけどもう遅い。
きょろきょろと周囲を見渡すと周りにいた人たちから一斉に顔を逸らされた……。
「うー……見られたぁ……絶対パンツ見られたぁ……」
「……もうっ……そんなの穿いてる方が悪いんだからね」
シズクはぼくを引っ張り上げながら、同時にそんなことを言ってきた。
さらにぱんぱんってぼくのお尻についた土埃を手で払ってくる。
「……や、やめてよ! 皆が見てるのに!」
転んだぼくを中心にさっきよりも人が遠ざかっている。
注目していた2人からも驚いたようにぼくを見ていて、顔が真っ赤になるくらい恥ずかしいったらありゃしない。
(そんな昔みたいに子供扱いしてさ! もうぼくは大人なんだよ? シズクはまだまだ成人の儀も受けてない子供なのに……おかしいよ!)
「人通りが多いんだから次からは気を付けるように……ってルイ、どうしたの?」
ぷーっと頬を膨らませてぼくはふんと知らんぷりだ。納得いかない。
ぼくの方がまだまだ背もちょーっとだけ高くて年上なのに!
納得がいかないから、ぼくより大人ぶるシズクをどうにかして見返してやりたくなった。
――長々となったけど、つまり、これが今日1日の出来事のきっかけだった。
「シズクはもっとぼくのことお姉さん扱いすべきだと思う!」
「お姉さん扱いって……何言ってんの?」
シズクははぁ? って首を傾げ、小馬鹿にするように嗤って続けた。
「ふーん、じゃあ、お姉さん扱いってどういうこと?」
「え? お姉さん扱いって言うのは、えっと…………えっとえーっと……――あ、そうだ」
良いことを思い付いた。けど、これにはレティの協力が必要だった。
ぼくは直ぐにレティに近寄っては手を取った。
「レティおねがい!」
「は、はい? なによ?」
「この前の髪を伸ばすっておねがいはレティがしたってことにして!」
「はあ? 意味わかんないだけど……」
「おねがい! レティがしたことにして!」
「べ、別にいいけど……」
よし、レティからは許しを貰えた。じゃあ、ぼくはレティの手を引きながらシズクの前に立ち尽くす。
未だにぼくらを中心に注目が集まる中、ぼくは構わず口にする。先ほどの姉妹はどこにもいなかった。
「シズク、この前なんでもするって言ったよね!」
「へ……この前って……ああ、あの時の? うん。だからこうして髪を伸ばすって受け入れたし……足して町の中じゃ顔を隠すようにしてるじゃん?」
そう、今のシズクは目深くフードを被って素顔を極力出さないようにしている。ちなみにこれはシズクが自主的に行ったことだ。
おかげでシズクに見蕩れたり言い寄る女は極端に減ったのはとても良いことだった!
って、そんな話は今はいい! ぼくは隠れたシズクの顔を見てにやりと笑った。
「それはレティのねがいってことに今決まったから!」
「はい?」
何を言うのだろうと心配そうな顔をするレティにも安心してとにっこり――ニヤリと笑いながらぼくは宣言する。
「だから、ぼくの分の願いとして今日1日シズクはぼくを……あ、レティのお願いでもあるから、ぼくたちをお姉ちゃんって呼ぶこと!」
「「はい?」」
シズクどころかレティにまでどういうことか尋ねられたけどぼくはふふん、と鼻を鳴らして胸を張って言い直すだけだ。
「今日1日シズクは弟になってよ!」
「「はいぃぃ?」」
「シズクはおとうとなのかー?」
そういうことで今日限定でシズクはぼくらの弟になった!
◎
「どうして魔物退治の依頼受けないの?」
このぼくの一言がことの始まりだったと思う。
冒険者ギルドで掲示板を3人で眺めていた時、シズクもレティもうんうん唸りながら張り出されていた依頼書を眺めていたけど、まったくと討伐系の依頼に目を向けようとしなかったことに疑問を懐いた。
思い返せば接客や荷運び、木材の伐採や野草の採取なんて雑用みたいな仕事ばかりを受けてきたけど、どの町でも討伐にだけは手を出していない。
別に町の人のために働くのが嫌なわけじゃない。毎回知らない人と話したり仕事をするのはとても楽しい。
けど、ぼくたちは冒険者だし、お金稼ぎを目的としたら魔物退治の方が割がいい。
ぼくが受けようと言ってもシズクははぐらかすだけで全然と乗り気じゃなかった。
なんでって聞いてもふいと顔を逸らしてシズクは黙ってしまう。
ぼくらは言葉もなく向かい合っていたけど、そこにレティが間に入ってぼく側に回ってくれたことでシズクは渋々と今回の依頼を受けることに同意してくれた。
……ってところが先ほどのギルドでの話になって、そして、これからはさっきの話に戻るんだけど――。
「いやだよ! なんで僕が弟なんだよ!」
今回の仕事先である農園に向かう途中、シズクから何度も抗議を受けたけどぼくは絶対に聞き入れたりはしなかった。
「だってシズク、なんでもするって言ったじゃん」
「言ったは言ったけど、あれはもう時効でしょ! あの時限りのものだ!」
「じゃあ、他の女に色目は使わないって宣言はあの時限りのことなの?」
「だっ、からっ、違うって! 僕は別に色目なんて使ってなんか…………ルイ、勘弁して――」
あ、今のダメ!
ぼくは話し途中でもあってもすかさずシズクの間違いを指摘した。
「ちがう! ルイお姉ちゃん!」
「ぐっ!」
「ほーら、ルイおねえちゃんって呼んで?」
「だから、僕は認めては……」
「ル・イ・お・ね・え・ちゃ・ん!」
「あー! もう、わかったよ……ルイおね……おね……」
ぐっっと奥歯を噛みしめて、シズクは頬を引き攣らせながらようやく言ってくれた。
「ルイ、お姉ちゃん……」
「はぁっ……う、うん! わかってもらえて何より!」
(ルイお姉ちゃん! ――ああっ、この響き! 懐かしい! また呼ばれる日が来るなんて思わなかった!)
たった一言、名前の後にお姉ちゃんって言葉が付くだけでぼくはすっかり上機嫌。
ほらほら、レティもそんな恥かしがってないでしっかりお姉ちゃんをしなきゃだよ!
「シズク、レティのことも呼んであげて!」
「れ、レティお姉、ちゃ……ん!」
「うっ……え、ええ……」
いいでしょ! レティだって恥ずかしがりながらも嬉しそうだ!
さっきまで抱えていた鬱憤はすっかり消えて、るんるんと胸を弾ませながらレティの手を引いて先に進んだ。
「シズクはリコのおとうと?」
「……リコが僕を弟として扱いたいなら」
「ん……やだ。シズクはシズクだ」
「……うう、リコありがとう」
項垂れるシズクが後に続きながらそんなことをリコと話してた。
リコもシズクの弟にしちゃえばいいじゃんって思ったけどまあそれはそれでいいか。
◎
この町ではテイルペア大陸では珍しく豊かな水源を持っていて、比較的緑も多く農業も盛んなところだ。周辺の町村なんかへと出荷する野菜なんかもここを中心に回っているそうだ。
ただ自然が多いためか魔物の被害も他の町よりも比べものにならず、収穫物を狙われることも多い。人による強盗もあるから用心には越したことはない。
そして、数多くの農園の中で大陸外にも出荷するほどの有名な珈琲農園が今回の仕事場で、依頼内容は農園を荒らす外敵の駆除である。
着いて早々依頼主のおじさんに農園を案内され、広々と広がる緑の大地を見せられた。
珈琲農園はちらほらと仕事に励む人たちがいて、子供の姿も結構多く見かける。ユッグジールの里の神域の間くらいの広さがありそうだ。
「じゃ、弟くんもお仕事がんばってね!」
「う、うん……ルイ……ルイ……」
「ルイぃ~?」
「あ――もう! ルイ、姉っ! も、気を、付けてっ!」
「……い、今なんてっ!」
「だから、その……ルイ姉っ! これが限界! 僕が譲歩するのはルイ姉でいいでしょ!」
「う、うん! いいよ! ルイ姉でいい!」
ルイ姉! 本当はお姉ちゃんって呼ばれたかったけどこれはこれであり!
こそばゆくも嬉しくてシズクの手を取ってぶんぶんと振る。
「うん! シズクも気を付けてね!」
「れ、レティ姉……も、無茶しちゃ……駄目だからね!」
「……っ……わ、わかってるわよ!」
顔を真っ赤にして恥ずかしがるレティとシズクを見て思わずにんまりと口元が緩んでしまう。
今、完全にシズクはぼくたちの弟だ。
姉弟として振る舞ったあの1日が、1度だけの姉弟という関係がまた復活したんだ。
「……うぅ……もう僕は行くからね!」
「あ、シズクまってー! じゃあリコもいってくる!」
「リコもがんばってねー!」
ニヤけるぼくから逃げるようにシズクは自分の持ち場へと向かい、リコがその後を続いた。
残ったのはぼくとレティだけで、頬を赤らめているレティにぼくもにやにやと笑ってしまう。
「ぼくまたシズクにお姉ちゃんって呼ばれたかったんだ! ね、レティはどうだった?」
「……あれは反則よ。思わずときめいちゃったじゃない」
「ね、弟っていいでしょ!」
「確かにルイの言う通り、悪くないかも…………い、いやだめよ! こんな、こんなのはぁ!」
ぶんぶんと首を振りシズクと同じく逃げるようにレティも割り振られた場所へと向かっていた。
(ふっふふ、レティも満更じゃないようで何より!)
割り当てられた自分の担当区域に向かいよぉしと仕事を始める――って、思いの外あっさりと獲物は見つかった。なんだか拍子抜け。
青々とした畑の中から奇妙な気配を感じ取り、向かってみればそこにそいつはいた。
最初はただの木片や枯れ枝かと思ったんだけど、あれ、これもしかして。
「ウッドウォーク?」
確か、動く植物で農作物を食い荒らす魔物――ずっと前にゼフィリノスに聞いたことを思い出した。
あっさりと思い出した理由はきっとお姉ちゃんって呼ばれたあの日が近かったこともあるんだろう。
「うじゃうじゃって訳じゃないけど、たくさんいるな……」
よおく見かけると畑のあちこちにそいつらはいた。
緑色の葉っぱにしか見えないやつもいて、緑の中に紛れちゃうと一見して見分けが付かないやつもいる。
ウッドウォークは収穫物を狙っているっていうよりも収穫物の本体ににじり寄って食べているように見えた。
遠くから見たら風にでも飛ばされてきた木片のようにしか見えない。
「結構多いなあ……でも!」
ぼくは片手をかざし、じんわりと水球を生み出す――あっ、思ったよりも水球が大きくなっちゃった。
テイルペア大陸は場所によっては水魔法がうまく扱えないんだよね。
「シズクやレティが言うには乾燥してるからかもって言ったっけ」
だからいつもは強く出してるんだけど、今回はそれが裏目に出ちゃった。
ここは多分、水が豊かな分、水が集めやすい。
「ま、このままでいいや」
思ったよりも大きくなってしまった水球から無数の紐を伸ばして農園を荒らすウッドウォークにからめとる。
そのまま外へと一気に引き上げて、1か所に集めたウッドウォークに向かってぼっと火球を当てて燃やすだけだ。
ウッドウォークは声もなく炎の中で僅かに身動きをとるだけですぐに大人しくなる。
たき火みたいに燃える魔物を目印に、他のやつらもぽいぽい掴み上げては投げ込んでいく。中には木々に喰いついて離さないやつもいたけど、微弱な雷を流せばすぐだ。
そんな地味な作業を何度も何度も、はあってため息をつくほどに続けた。
「……後は……あ、あんなところに」
目に見える範囲でウッドウォークを燃やし終えた後、薄い霧を農場に噴きかけ、残った魔物の索敵をする。土に潜り込んでいたものも逃さない。
もう1度索敵をして……よし、ぼくの担当している場所はいなくなった。
後は燃えカスから魔物の核となるコアも根こそぎ回収――してっと!
「物足りないなぁ……やっぱり農園の外敵駆除なんて依頼じゃこんなものだよね」
ちょっとは楽しめると思ったのにがっくしと肩を落とす。
これなら以前出会った四つ手ゴブリンの方がずっと楽しかった。
まあいいや。これで1人あたり60リット銅貨くらいもらえるしね。コアも含めたらあと20リット銅貨くらい増えるかな。
早めに終わったと思えば楽でいいや。
「かくして、シズクのお姉ちゃんであるぼくによってこの農園は守れたのであったぁー!」
えっへん、と胸を張ると、ぼくの魔物駆除を見ていた作業員のみんなからパチパチと拍手を貰い続けてにっこりだ。
一足お先に依頼主である農園のオーナーへと話をつけようと思ったけど、おやっとシズクもリコと2人と鉢合わせした。
「あれ、ルイも終わっ――」
「違うでしょ!」
「……ルイ姉も終わったの? 僕も倒したんだけど……」
「うねうねだったぞー!」
そう言ってコアを見せてくるシズクとリコちゃんは小型の
シズクがちゃんと倒したのってムカっとすることも言ってきたからついつい口喧嘩をしそうになりかけたけど、そこに遅れてレティが現れたことで怒らずに済んだ。
ま、ぼくはお姉ちゃんだしね。やんちゃな弟の言い分にいちいち腹を立てちゃ示しがつかないや。
「わたしも終わったけど……ええっと、死骸はちょっと触れなくて……」
そう言うのでぼくらはレティの担当した場所へ向かえば、うわ、すごい……10匹ほどの大鼠が身体を真っ2つに切られてる。
「出来れば苦しまずに一瞬で終わらせてあげようと思って……」
「レティ……姉、本当によかったの? 大丈夫?」
「え、ええ……大丈夫。これくらい……慣れないと。害虫処理だと思って……けど、やっぱりキツいわね……」
顔を真っ青にしてレティが言う。けど、レティの言う通り慣れないと冒険者として討伐依頼は受けられないからね。
後はぼくたちに任せとシズクと2人でレティが倒した鼠からコアを取り除き3人で報告に向かった。
仕事が早すぎるって言われるのは百も承知――集めておいた魔物の死骸を見せたり魔法が使えることを説明したらあっさりと納得してもらった。
その後、疑われた時とは一転し上機嫌になったおじさんから労いとばかりにお茶を勧められたので、素直にご馳走になることにした。
でも、レティは未だに辛そうだからね。
「みんなは待ってて。ぼくが貰ってくるよ」
「うう、ごめんね」
「……ルイ姉、僕も一緒に行こうか?」
「弟くんはここで待っていなさい!」
「うっ……は、い」
これもまさしくおねえちゃんであるぼくの仕事だ。レティのことを頼むって意味合いも含めてシズクにも残ってもらった。
座るのに丁度いい倒木もあるしね。ここの従業員さんたちの休憩場所かな?
「リコもいく。ルイだけじゃもてないでしょ」
「あ、そだった。ありがとう、リコ」
お手伝いありがとうね。
そしておじさんの後をリコと2人で着いていき、少し離れた先の小屋の中でこの農園で作った珈琲を淹れてもらった。
珈琲を淹れる途中、おじさんに旅の話を聞かせてほしいって頼まれたので快く応じる――けど、途中でお客さんが着たとかであえなく断念。
また機会があればとおじさんとお別れをして湯気の立つカップを受け取り小屋を出た。
しかも、しかもだよ! 最後に弟さんと妹さんによろしくなんて言われたら元気に「はい!」って答えるしかないよね!
(ぼく今すっごくおねえさんしてる! シズクも頭が上がらないみたいにぼくのこと敬ってくれてるし、最高!)
2人のもとへと向かう途中、にやにやが止まらない。
(くくっ、これなら1日とは言わずに毎日ずっとこれでもいいかもしれない!)
やっぱりお願い変更でこれからもお姉ちゃんって呼ばせようかな――。
「おまた――」
「――なんだかルイのワガママが酷くなってる」
「そう? あんな感じだと思うけど?」
珈琲をこぼさないように、けれども、ルンルンと舞い上がりながら2人のもとへと戻り声を掛けようとしたその時、そんな会話が聞こえてきた。
はあ、と深く溜め息をついて肩を落としているシズクを見て、ぼくは声を掛けるのやめて近くの物陰へと隠れてしまった。
「本当はレティ……レティ姉に――」
「レティでいいわよ」
「……うん……本当は、レティに魔物を退治する様な仕事は引き受けたくなかったんだ」
「……そう、だったの?」
「今度は僕のワガママかもしれないけど……君に魔物を殺してほしくなかったんだ」
「シズク……」
2人の会話はそこで途切れた。
でも、お互いに肩を寄り添い始め、首を傾けて頭を触れ合わせる。
少しだけ空いていた2人の隙間にはぎゅっと繋がれた手が置かれて……。
「ルイ、どうした……?」
不安そうな顔をしてリコがぼくを見上げてくる。
「……今はきっと行っちゃダメなんだと思う」
シズクの言う通り、ぼくは我儘だ。
ぼくはレティのことなんて全然考えてなかった。ただ自分が楽しいことをしたかっただけだった。どうしてシズクが討伐の依頼を受けないのかなんて単に臆病になっただけかと思ってた。
こんなぼくが今の2人の邪魔をしちゃいけない。
(……だって、ぼくはあの2人の仲に無理やり割り込んだ邪魔なんだから)
シズクを諦めきれないから。レティと離れ離れになりたくないから。
レティもシズクもどっちも欲しいぼくの我儘でこの関係になってることもわかってるんだ。
「……でも」
「……ん?」
「ああやってルイがワガママを言ってくれることが僕はとても嬉しいって思うことがあるんだ」
「……そっか」
「……小さい頃から色々なことを我慢させちゃったからね。年相応の女の子としての時間は僕のせいで奪ってきちゃったんだ。だから、腹を立てる反面、ルイがああやってワガママを言ってくれることに嬉しいって思っちゃう」
「……その気持ちはわかるわ。わたしだって、ルイがお母様と甘えるべき時間を奪っちゃったかもしれないって思ってたし」
(……なんで、2人はそんなことを言うの?)
もっとぼくを罵ってくれればいいのに。
我儘ばかりのルイは嫌いだとか呆れてものも言えないとか、本当は邪魔だとか言ってくれた方が……いや、やっぱりそんなの聞きたくないけど、ぼくを怒ってもいいのにどうして……。
「……けどね。シズクは勘違いしてるわ」
ものすごく悲しくて今すぐにでもここから去りたかったそんな時に、レティがふとそう言う。
「ワガママって言うか、ルイは昔っからあんな感じよ? どっちかって言うと昔よりも素直になったんじゃない? 今のルイって
「そうなの?」
「ええ、いつだって神託ではあんたのことばかり話してた。今日はシズクがああしてくれたこうしてくれた。誰々の子がシズクに見蕩れてたから腹が立ったとかね。いつも自分勝手なお話ばかりしてたわ」
「えー……そんな話聞いたことないや」
「当たり前でしょ。女の子同士の話なんだからあんたは入れないの」
「仲間外れは嫌だなぁ……そんなこと言わずに次からは僕も入れてよ」
「じゃあ、シズクも女の子になっちゃえば?」
「それが嫌々ながら現在進行中で女の子を目指しています!」
「何それ……ぷっ」
逃げたくてしかなかった――なのに、クスクスと楽しそうに笑う2人を見て、ぼくは不意に嬉しくて仕方なかった。
シズクもレティもぼくをぼく以上に見てくれていたんだ。
(ぼくは2人に会えただけでも本当に幸せなんだよ)
――だから、これ以上2人に我儘を押し付けるのはやめにするよ。
だって、ぼくはお姉ちゃんなんだもん。
「うん……リコいいよ。行こう」
「う、うん」
逃げたいのは変わらなかったけど、ぼくは2人の前に出ることにした。
今来たって感じで行きと同じくにこにこと作り笑いを浮かべて姿を見せる。
驚く2人に「はい!」って湯気の立つ陶器のカップをレティに、リコはシズクに渡してぼくはそっと自分のものに口をつける。
最初は味見みたいに、続けてもう1度カップに口をつけ、今度はおおきく飲み込んだ。ちょっと酸っぱい。
「あ、ありがとう……ルイ、姉……」
「もういいよ」
「え?」
これもぼくの我儘で終わらせるんだ。
だって、ぼくは我儘だからね。
「シズク、ぼくのワガママ聞いてくれてありがとうね。もう、お姉ちゃんって呼ばなくていいよ」
カップの中を飲み干してくるりと振り返っておちゃらけるように笑って誤魔化す。
「だって、お姉ちゃんになってもただ呼び方が変わっただけだったしね」
そうさ。呼び方が変わっただけでぼくたちが普段やっていることは変わらない。
でも、いつものシズクとの心のあり様は変わっているのを感じて本当にぼくはお姉ちゃん気分だったんだ。
ただ呼び方が変わっただけの関係だったけど、ぼくはとっても嬉しかったんだよ。
だからもう十分。
「やっぱりぼくはぼくだしね」
そして、ぼくたちは姉弟じゃなくて恋人だしね。
……うん。
恋人だって、思ってもいいよね。
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