始まりの場所、旅の終わり

第240話 女性の働き手を1人求めてます!

「……ねえ、本当にレティ1人で大丈夫?」


 と、ベッドの上であぐらをかいてシズクが言った。下はズボンを穿いているとは言え上半身裸で寒くないのかしら。


「大丈夫よ。何も問題は無いわ」


 続いて隣のベッドに腰かけ、厚手のロングスカートに足を通しながらわたしは言った。お尻を浮かせてスカートをさっと奥へと引き、シャツの裾を中に仕舞う。


「ぼくが代わりに行こうか? レティ家事なんて出来るの?」


 今度はシズクの膝枕に甘えながらルイが言った。あんたはせめて下着くらい着なさい。


「……うるさいわね。向こうはわたしを指名したの。なら、わたしが行くべきでしょ!」

「「しーっ!」」

「……ぐっ!」


 ルイの最後の言葉についつい頭にきて怒鳴ってしまったが、そこを口元に指を立てた2人に注意される。

 今、シズクの膝にルイの反対側に朝帰りリコちゃんがすやすやと眠っている。帰宅した時間はわからないけど、わたしが目覚めた時には今と同じ姿勢でリコちゃんはシズクに頭を撫でられて寝息を立てていた。

 そこを今しがた目覚めたルイが真似をして……という感じで、今のシズク膝枕状態が発生している。


「……まあ、お手伝い程度ならわたしでもできるでしょう。どうせ数合わせって感じだったし、なんとなるわ。話に聞く分にはお茶菓子だけ出せばいいみたいよ?」 


 中途半端に止めていたシャツのボタンをしっかりと上まで閉じ、最後にずっと愛用している燕尾コルセットを腰に巻いた。

 このコルセットもそろそろ寿命かな。何度か紐を交換したり修繕を繰り返してきたけど、色あせはどうにもならないし、所々でよれてもいる。

 ついにこいつともお別れの時が来たかと切なく思いながらも、内側もふもふブーツを足に通して紐を縛る。


(最後にブレスレットを腕にはめて……よし)


 後は2か月前あたりにサグラントで購入したロングコートとルイと色違いのマフラーを首に巻けば完璧だけど、それは宿を出るまで良い。

 とりあえず、全裸と半裸の2人を尻目にわたしの仕度は完了した。


「それだけで3リット銀貨も貰えるの? あやしくない?」

「僕もルイの言うように怪しいって思う。本当に普通の仕事なの?」

「……ええ。そうね。


 わたしは平静を装いつつ2人に背を向けて、自分の宝物である左手の指輪を右手で握った。


「……急病人が出て仕方なくって言ったでしょ。そこで偶然依頼を持ち込んだところとかみ合ってわたしが受けることになったってだけじゃない」


 わたしは1日限定の使用人としてこの町の貴族の屋敷へと働きに行く――と2人には昨日から伝えてある。

 大事なお客様が屋敷に来るのに、使用人の1人が一昨日から熱を出して寝込んでしまっているので代わりとして来てほしい、とのことだ。

 が、怪しい部分が多々あって……まあ、そこがわたしを不安にさせていたりもする。当然、その怪しい部分ってところだけは2人には伝えてない。


(お茶組みで3リット銀貨なんて大金を出す人なんてまずいないわよ)


 わたしだって未だに半信半疑だ。頼まれた時に若干信じられる側に傾いたから渋々と依頼を受けたけど、本当のところは断ればよかったって今でも思ってる。

 でも、これでわたしが断ったとしたら……いかんいかん。


「……ほら、2人ともさっさと着替えてよ。そんな裸のままで朝食に行く気?」

「あ、そうだね。リコは……リコどうする?」

「……んぁ、リコ、ねてる……」

「うん。じゃあ、ちょっとだけ部屋で待っててね」

「えー、シズクの膝枕始めたばかりなのにぃ!」

「も――ルイ! あんたは良いから起きろ!」


 わたしは3人に近寄り、ルイの身体をひっくり返すようにベッドから落としてやった。

 ぎゃーと喚き声を上げるけど知るか。ほらほら、さっさと着替えなさい。


「レティのいじわるー!」

「もぉ、ふたりともうるさーい!」


 ああ、ほら。そんな大声出すからリコちゃん怒っちゃったじゃない!

 騒がしくしてごめんねって思うけど、こればっかりはどうしようもないのよ。


(……だって、人がこんなに憂鬱だって言うのに、さっきからシズクにべたべたして羨ましいじゃない!)





 それは昨日の夕方のことだ。

 その日、別々の依頼を受け、2人よりも先に仕事を終わらせたわたしはお先にと冒険者ギルドへと報告に戻っていた。


「……はぁ、散々だった」

「お疲れ様。こちら側としてもあの依頼をメレティミさんに受けてもらえて助かったわ」


 わたしはギルドカードと共に渡された報酬を手の中で転がしなら、受付にいる女性職人のおねえさんを前に深く溜め息をついた。


「……最初に言ってよ。あんなきつい仕事だって知ってたら受けてなかったわ」

「それは……あそこの人いつになったら来るんだってうるさくて……。あのまま掲示板に残り続けるのも目に見えてたし……」

「何それ! それならギルド側で依頼を突っ返しなさいよ! こんな仕事、受ける人はいないですぅとか言ってさぁ!」

「いやいや、私たちからメレティミさんに勧めた訳じゃないし、選んだのはメレティミさんだし?」

「はぁっ!? そんなの詭弁よ! もっと詳細な情報の開示を求めるわ! だいたいあんなに働いて20リット銅貨って何? 宿1泊と食事1回行けるかどうかって消えるような賃金って間違ってると思わない!?」

「そんな怒鳴らないでよ。さっきも言ったけどその依頼を選んだのはメレティミさんよ?」

「ええ、そうよ! 楽だと思って受けたわたしが間違ってましたよ!」


 本当に失敗した。

 愚痴をこぼしながら、身体に伸し掛かる疲労の重さよりも軽すぎる2枚の10リット銅貨を革袋へといれる。チャリと中の硬貨とぶつかる音を耳にしても、全然うれしくもない。


「これなら魔物退治の方が絶対に割が良いわ……」

「ああ、魔物の討伐依頼なら今丁度いいのが……あった。この泥蜥蜴マッドリザードなんて1匹で50リット銅貨だけど、どう?」

「ごじゅっ……いえ、受けないけどね。……その依頼書、なんか文字が薄くなってない?」


 1匹50リット銅貨と聞いて反射的に口が開いたけど、うちは魔物退治は禁止されているのでこの話自体が元々無い。もしも受けれたとしても、いつ発注されたかもわからない古い依頼書を受けようとは思わないけどね。

 わたしの指摘に受付のおねえさんはわざとらしい笑みを見せた。


「……あはっ」

「何その誤魔化すような笑いは……ちなみにそいつの目撃場所は?」


 まあ、これは好奇心からの質問だ。

 これで近かったらシズクをなんとか説得してなんて、まったくと……ええ、まったくと思いもしなかったけどね。一応、ね。


「…………北西の方に2日と歩いた山のどこか。多分、泥ってくらいだから水辺付近だと思うけど?」

「だ――なんで出現先もわからないような依頼が出てんのよ! 普通魔物退治って言ったらその魔物がいて困ってるからって出すんじゃないの!?」

「あはは……まあ、そうよね。実はこれ退治ってよりも、泥蜥蜴の素材が欲しいっていう依頼なの。もぉ、誰も受けてくれなくて困って――あら? 何かしら?」

「もうそんなの自分で採りに行けって……ん?」


 そう受付のおねえさんとを交えていると、急に室内が騒がしくなった(いや、いつもこの時間はどこのギルドも騒がしいんだけど……)――うんざりとしながら振り返った。

 どうやらギルドにいる冒険者たちよっぱらいどもが、とある来客に向けて下品な言葉で茶化し始めたようだ。


「……領主様のところの子かしら?」

「領主様のところの……メイドさん?」


 その女の子は黒いワンピースの上に真っ白なエプロンと大きなキャップを被ったこれぞ使用人という格好をしていた。

 ルイの記憶の中に残るメイドさん以外で、ましてや本物のメイドさんを見るのはこれが初めてかもしれない。

 そんな目に付く恰好で夕暮れ時のギルドに来たのだから、これはもう酔っぱらいどものいいおもちゃだった。


「ほら、南の方に大きな館があるでしょ? 給仕服を着てる子なんてあそこの使用人くらいだと思うわ」

「ふーん……領主様のメイドさんかあ」


 でも、どうしてそんな子がギルドに? ってそれは依頼を頼みに来たんだろうけど、どうやら人を探しているようにも見える。

 彼女は周りの視線や野次も気にせずキョロキョロと周囲を見渡し、ふと動きを止めて――派手な服を着た女性のいるテーブル席を凝視するも、残念そうに顔を逸らして俯いた。


「おーい、そこのメイドさんよぉ、こっちで酒を注いでくれや!」

「へへっ、ご主人様はこちらですよぉ!」

「俺は夜のご奉仕をお願ーい」


 ……なんて下種なものも含め、そういった酔っぱらい達の耳障りな野次を受けながら彼女は気兼ねすることなくわたしたちのいる受付カウンターへと向かってきた。


「あっと、じゃあ、わたしはこのへんで」

「はい。またね」


 邪魔になってはいけないと思い、わたしは短い挨拶と共におねえさんとの雑談を終わらせて、さっと横にずれてはカウンター脇の掲示板を眺める……ふりをして、彼女がどんな話をするのかと耳を傾けた。

 だって、あのメイドさんがどんな依頼を頼むか気になるじゃない。


「いらっしゃいませ。冒険者ギルドにようこそ」

「依頼の発注をお願いしまーす!」

「承りました。どのようなご依頼で?」

「女性の働き手を1人求めてます! 若くて、綺麗で、スタイルがよくて……あと出来れば胸は大きい子!」

「……は、はあ」


 何その募集要項?

 困惑する受付のおねえさんと同じく、わたしも掲示板に向けていた顔をしかめてしまう。

 若くて綺麗でグラマーな女の募集って、そんな怪しい依頼を一体誰が好き好んで受けようというのだろうか。

 メイドさんの依頼内容に対して、おねえさんは重々しく口を開いた。


「……あのですね。失礼ですがギルドの規則上、たとえ領主様の命だとしても公序良俗に反するご依頼はお受けできませんが?」

「こうじょ? ……へ……ちっ、違います! 勘違いしないでくださいよ! けっして、やましいことをさせるって話じゃないので! そこだけはしっかりと説明してください!」


 嘘をつけ。思わず口から出そうになったが、ぐっと口を塞いで話の続きを聞く。


「では……その説明というのは?」

「えっと、明日到着予定のお客様のお相手――あ、ちなみに女性です。女性ですから間違えないでくださいよ。女性のお客様のお世話を出来る方が欲しいんです」

「では、給仕の募集ということでしょうか。……本当に、やましい依頼ではないんですか? 女性のお世話と言っても……」

「なっ……なんで? あ、あははっ、女同士ですよ? 同性同士なのにやましいことなんて起こりませんよー!」


 彼女の無邪気な笑い声を耳にして「……うっ」とわたしは思わず胸を抑えた。

 同性同士でやましいことをした――いや、しているわたしには痛い話だ。

 彼女の微笑に相手をしているおねえさんも若干ぎこちない感じで言葉を返した。


「……失礼しました。ではご依頼は女性の人員募集……容姿の他に要望はありますか?」

「あ、はい。急を要してまして、受付期間は今夜まで……出来れば今にでも受注者が見つかると助かるんですけど……」

「……今すぐですか。もうすぐ他の冒険者さんたちも帰ってくるかと思われますが難しいですね。こちらも全員を把握しているという訳ではありませんが、現在この町に滞在しているギルド会員にお客様のご要望に沿える方がいるかどうか……」

「ふぇ、そんなぁ! 誰か心当たりありませんか!? 冒険者の方じゃなくても受付さんのお知り合いの方とか……もうこの際すっごい妥協してあなたは!?」

「妥協って……今すごい失礼なことを口にしている自覚ありますか?」


 と、僅かにトーンの下がった声で受付のお姉さんは言う。


「あ……ごめんなさい。胸は確かに小さいですよね……」

「そうじゃなくっ…………ごほんっ。ええっと(……そんな子いるわけないじゃない)……胸の大きな綺麗な子ねぇ…………あ!」


 何か心当たりがあるかのように受付のお姉さんの声は明るい。


(よかったねメイドさん。美人で胸が大きくて若い女の子なんて要件に答えられる人がいたのね。まあ、その人が依頼を受けてくれるかどうかは知らな……ん?)


 あれ、これはもしかして?

 ……寒気のようなものを感じ、わたしは2人を背にし逃げるように出口へと向か――「ねえ、メレティミさん!」――ああ、しまった。


「……なんでしょうか?」

「さっきから話は聞いていたんでしょ? ね、この子の依頼を受けてくれない?」


 ……やっぱり。

 こうなると思っていたので当然とばかりにわたしの答えはこれだ。


「嫌ですよ。どうしてわたしがそんな怪しい依頼を受けないといけないんですか!」

「まあ、そうよねぇ。怪し過ぎるわよね……」

「はい、ありえませんよ。ましてや貴族からの依頼ですよ? 屋敷の中に連れ込まれて一体何をされるかわかったもんじゃないわ!」

「そこは安心できると思うんだけどねぇ。まだ若い領主様だけど、人の良さはここのみんなも知ってるし、奥様一筋だし。まあ、だからこんな怪しい依頼を頼むとも思えないんだけど……」

「人が良くても奥さん一筋でも絶対に嫌よ」


 人の体型まで指定してくるような人物を相手にするなんて、絶対にエロい展開が待ってるに違いない。

 ちなみにこれでもわたし、婚約者がいるんだぞ。しかも2人もよ? 夫と妻の両方よ? ありえないわ。……あー、ありえないって言ったのは依頼もだけど、その立場も含めてだ。

 って、それは関係ないとしても!


「例えそこの主人が愛妻家であろうともわたしは受けません!」

「そこをなんとか……」


 わたしは大事な左手の指輪を右手でぐっと掴みながら首を振った。

 だいたい、話ではその主人じゃなくてそのお客様とやらの相手でしょ? ご主人様は関係ないじゃない。


「さっきから2人して怪しい怪しいって……別にエッチなことなんてしません!!」


 わたしが嫌々と首を振っていると、メイドの女の子が顔を真っ赤にして大声を上げた。そりゃとんでもなく大きな声だった。

 彼女の大声は賑わっているギルドの中でもひと際響いてしまって……一瞬で部屋の中が鎮まり、目という目がわたしたちへと注がれる。

 そして、ざわっと音の波が襲いかかってくるかのように、盛大に室内は沸きだした。

 中にはわたしをだと勘違いしてか、ストリップを要求したりして……だ――あんたらここにシズクがいないことを幸運に思いなさいよ!

 こうなってしまえば流石のわたしもここにはいられるはずもなく、


「ちょっと、あんた外来なさい!」

「あ、はいぃ~?」


 冷やかしを受ける中、わたしは彼女の手を引いてギルドの外に出る他に無かった。





「わたしはやらないわよ。他の人を頼りなさい」

「お願いしますよぉ! お姉さんすっごい綺麗だし、おむねも大きいし、何より天人族ってところも高評価ですよ!」

「別にあんたに褒められたって嬉しくないわ。わたしは受けないったら」

「そんなっ! せめて話だけでも聞いてくださいよ!」

「いやよ」

「そこをなんとか!」

「ダメ」

「お願いします! おむねの大きな天人族さん!」

「なっ……」


 おい、やめろ! まだ日も落ちてないこんな町中で人のことをそんな風に呼ぶな。

 ほら、近くを通った子供がわたしを指さして笑ってる! ガキンチョ、さっさと家に帰れ! 日も沈んでるっていうのに出歩いちゃ危ないでしょ!


「お願いします! もうあなた以外に頼れる人はいないんです!」

「いや、だから……」

「私にはあなたしかいないんです! あなたが受けてくれるって言うまで諦めません!」

「ちょ、ちょっと!」


 と、メイドの女の子は突然わたしにしがみ付いてきた。

 その子の身体を押しのけようとするも、最近のわたしの一張羅であるスカートを握ったままで、離そうとはしてくれない。


「おい、やめろ、服が伸びる! あ――もうわかったから! 話くらい聞いてやるから、離れろ!」

「え、じゃあ! じゃあっ!?」

「もぉ……そんな大声出さないでよ。大体、相手をするって何しろって言うのよ?」

「あ、はい。じゃあ、私たちと同じく使用人として働いてもらうことになります。あ、たとえきついことを言われても絶対に怒っちゃ駄目ですよ?」

「怒っちゃダメって……つまり、わたしにメイド仕事をしろって話?」

「はい、そうです! でも、ここだけの話、お客様の機嫌次第では何もしなくてもいいです」

「へ? なにそれ」


 お茶やお茶菓子を出したりくらいのことはしてもらいますけど……とは付け足したものの、わたしは首をかしげるしかない。


「なにもしない? それなら別にいなくてもいいじゃない!」

「いえ、それは機嫌がいい時の話ですって! でも、もしも機嫌が悪かった場合でも、じーっと見られるだけです。時には色々とポーズを取ってもらうこともあります。後、機嫌がワルワルで絶不調の場合、色々と暴言を吐かれるかもしれません」

「暴言って……ん?」


 なんだろう。この既視感。

 注目されながら色々とポーズを指示され、気に入らなかったら人の気持ちなんて知らずに暴言……?

 1人の女が頭に浮かんだが、まさかと思って首を振る。


「……けど、やっぱりわたしはパス。他人のご機嫌をうかがってにへらこらと愛想笑いを浮かべるなんて嫌よ」

「そんなっ、お願いしますよぉ! 明日だけ、1日だけでいいのでぇ! もう、あなた以上に綺麗な人なんてこの世にはいませんよぉ! もう他の女の人を見たって絶対あなたと比べちゃって絶対声なんて掛けれませんよぉ!」

「な、何よ。そんなことないわ!」


 たとえそれがだとしても、自分以上に綺麗な人がこの世にいないと言われて悪い気はしない。けれど、嫌なものは嫌だ。

 困ったなぁ……とわたしは髪を搔き上げ眉をひそめた。

 このままわたしが断っても、きっとあの子はシズクとルイにたどり着く。


(胸が大きいって点からシズクは除外されると思うけど、ルイはぎりぎりセーフとか……もしかしたら2人セットで胸の大きさをカバーするとか言い出すかもしれない……いや、それはないか)


 ともかく、シズクは無いとしてもルイはギリギリオッケーな可能性が高い。


「おーねーがーいしーまーすーよぉ! ご主人様からは3リット銀貨を預かってますからぁ!」


 お、3リット銀貨かぁ……3リット銀貨もあればこの町と次のグランフォーユでの滞在費くらいは賄える。


(1日で3リット銀貨って言うならそれはなんとも……はっ、いや! 駄目だ、駄目駄目!)


 だから、怪し過ぎる依頼なんて絶対に受けたりなんかしないってば!


「やっぱり無理よ。だって人の体形を――」

「お願いします、お願いしますよぉ! このままだと熱で倒れてしまった先輩に無理をさせることになっちゃうんですよ!」

「……熱で倒れた? それってどういうこと?」


 何それ、今まで1度だってそんなこと言ってないじゃない?

 わたしが尋ねると、彼女は若干喉を震わせながらも教えてくれた。というか、それを先に言いなさいよという内容だった。


「じ、実はですね――」


 メイドの子の話では、明日来るお客様の相手をするはずだったメイドの先輩が、昨日から高熱で倒れてしまったそうだ。

 彼女たちのご主人様には安静にしていろと言われているのだが、その先輩は自分の落ち度だからと無理にでも働こうとしているとか。

 そこでこの子がギルドで人員募集をしてみるのはどうかと提案したところ、気のいいご主人様が快く承諾してくれたというのがつい先ほどの話だった、と。


「……その話、嘘じゃないわよね?」

「嘘じゃないですよ! なんなら今すぐ屋敷の寮に来てもらって先輩の悲惨な姿を見せてもいいです!」

「……いや、別にその先輩の悲惨な姿ってやつは見たくもないし、もしも本当だとしても病人を見に行くなんて野暮な真似はしないわよ」

「じゃあ、どうしたら信じてくれるんですか!」


 目を潤ませて、懇願する彼女を前に、もうわたしは口元を引き攣らせるしかない。


(……はあ。結局こうなるのね)


 まあ、病人の先輩の話を聞けただけまだマシってところだろうか。

 このまま無理に逃げたとしても、きっと彼女はギルドに残り続け結局ルイかシズクに声をかける、もしくは受付のおねえさんが2人を紹介するだろう。

 2人のことを思えば、わたしは渋々と頷く他になかった。


「……わかったわ。受けてあげる」

「ほ、本当ですか!?」

「ただし! もしもエッチなことが起こったらその時は容赦しないわよ。一応、ギルドの方にも途中放棄による罰則も無しってことにしてもらうからね!」


 今まで罰則を受けたことはないけど、たしか報酬額の2割を払うはずだ。

 60リット銅貨も罰金を払うのは絶対に嫌だ。それだけあればみんなでうまいものを食べに行く。ああ、金に糸目もつけずに食い散らかしてやる! って、それは罰金を受けるならってことでね。


「だーかーら! そんなことありませんって! でも、途中で逃げるのだけは絶対にやめてください!」


 ……いやいや、線引きは絶対に必要だ。

 ここは強気に押し続け、他の選択肢が他にないという弱みに付け込んで泣きそうな顔をさせながらもどうにか途中放棄の許可は認めさせた。

 メイド仕事っていうのはやったことはないけど、ある程度はルイの記憶の中にあるから……行けると思うけど、やっぱり人の体格を指定するってところだけがどうにも引っかかる。

 体系のことが無ければこんなにこじれることなく受けてあげたって言うのに……。


「はあ……じゃあ、もういいです。ところで自己紹介がまだでしたね。申し遅れました、私の名前はカチャカです。カーシャと呼んでくださいね?」

「……わたしはメレティミ・フルオリフィア。メレティミって呼んで」

「はい! じゃあよろしくお願いします! メレティミ……フル、オリフィア?」


 びくり、とメイドは……カーシャは肩を震わせると、恐る恐るという具合でわたしの名前をフルネームで口にした。


「フルオリフィアって名前に心当たりでもあるの?」

「い、いえ! もしかして、メレっ……あ、フルオリフィアさんって偉い人だったりします?」

「ん? あ――……別にそんなことはないけど?」


 以前は四天見習いってそれなりの地位みたいなものはあったけど、今はルイがお母様の後を継いじゃったしね。


(現在だと元四天見習いとか、四天の娘、四天の姉……つまり偉い人の親族くらいかしら)


 まあ、元四天見習いのメレティミも里の外に出てしまえば、もうそこらの天人族とそう大差はない。


「でも、家名をお持ちになっているわけですし? 普通の人は家名を名乗るなんて恐ろしくてできませんよ……」

「恐ろしくて? ……別に家名があるからって偉いわけじゃないわ。わたしはフルオリフィア家のメレティミってだけよ」


 ああ、なるほど。家名を持っていたから特別だと思われたのかな。

 そういえば地人族に限らず、天人族でも家名を持つ人は少ないんだったか。

 けど、わたしの場合はそんなのシズクが持つレーネって家名と同じだ。効力なんてなんもない名前の1つでしかない。


(あ、そういえば、未だにシズクの家名であるレーネって何? って思うのよね)


 あいつは姉から……あの黒髪の厚化粧ねーちゃんから貰ったとか言ってたけど、本当に意味わかんない。助けてもらったから弟になったってどういうことよ――って、あー、ごほん。

 わたしはユッグジールの里でのことは伏せながらも、自分がそこらにいる普通の天人族だと口にした。


「だから、別にわたしは偉くもなんともないから普通にメレティミって呼んで」

「……そうですか? じゃあ、あらためてメレティミさん! 明日1日よろしくお願いします!」

「ええ、こちらこそ……って言うのも変だけど、やるだけやってみるわ。期待はしないでよ」


 はぁ、仕方ないかぁ。

 やっぱり受けなかった方がよかったんじゃないかって返事をした後も悩むけど、わたしは苦笑しながら嬉しそうなカーシャへと頷いた。

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