第237話 それと、母子の夜

 でかい白猫を床に降ろして2人は席に着く。

 暫くして赤毛の女はバーテンを呼び、肉料理を何品か、それと果実水とこの店自慢のマゲヴェ蒸留酒を2杯頼んでいた。


(2つ? まさかリコの分か……ってそれはないよなあ)


 ジョッキが空になってから頼めばいいのに、横着なやつだなぁと食べ途中だった骨付き肉を噛みちぎる。


「マーサン、マーサン!」

「ん、なんだ?」


 注文を聞いたバーテンがカウンターの奥へと戻り、酒を注いでいる間に、リコがとてとてと私たち2人のところに近寄って大きな笑みを見せてくる。


「マーサン! おじさん! きょうはシズクのためにありがとうな!」

「ああ、ちっこいの。俺も楽しかったってシズクのやつに言っておいてくれ」

「私も同じだよ。久しぶりに外のやつと話せたり、婚約指輪なんてもんもあるんだって知れて面白かったよ」


 うん、とリコは腰を曲げるほどに大きく頭を下げて、けらけらと楽しそうに笑って、また赤毛の女のところへと戻っていった。

 赤毛の女も微笑んでこちらに小さく会釈をくれる。物静かな人のようだ。


「へい、おまち」


 バーテンが甘い香りを漂わせるジョッキを2杯、果実水の入ったコップを2人の席へと置いて、へらへらとしながらまたこちらへと戻ってきた。

 私も自分のジョッキに口を付けながら、ついつい2人の様子を眺めて……ん?

 赤毛の女はテーブルに置かれたジョッキの1つを持って屈みだす。そして、そのジョッキを床へ置いた。

 んん?


「じゃあ、リコ……今日もいただきます」

「うん! のんでのんで! リコもいただきまーす!」


 まあ、いいか。

 じろじろと見てるわけにもいかないから、私も身体を回して前を向こうとしたんだけど……。


(あら、んー、不思議な味。甘味もあり、エグ味もあり、薄めた“テキーラ”って感じ?)

(度数は見た目よりも低いかもね。僕はもう少し濃い方が好きかなぁ)


 んん、女ともリコとも違う、男らしき声が聞こえた。

 つい振り返ってもそこには2人しかおらず、どういうことだと女を見ても、彼女は俯き微笑んでいる。私の視線に気が付いて顔を俯いたって感じじゃない。

 じゃあ、俯いている理由は何か? 彼女の視線の先、テーブル下を見ると、なんとあの白猫が器用にジョッキを傾けて、首を突っ込むようにして酒を飲んでいたのだ。


(……猫に酒与えて大丈夫なのか?)

「……!」

(あ、こっち気が付いた)


 その猫は私の視線に気が付いてか、びくりと身体を震わせ、わざとらしく顔をごしごしと手で洗い始める。

 なんだ、こいつ……。


「お待たせしました。当店自慢のスパイシーガル焼きです」


 同じ頃、肉料理も出来たらしく、うまそうな肉の匂いが私の鼻をくすぐった。

 この店の肉料理は香辛料が利いてて癖はあるけど、とっても食べ応えがある。


(……んー、これまた、まあいっか。躾は出来てるって言ってたしな)


 赤毛の女はにこにこと笑って、本当に楽しそうに酒を飲んでいた。

 そして、2人で美味しそうに肉を食べているところに(赤髪の女は1口2口ほどしか口にせず、ほとんどはリコの口の中に納まっていたが)わざわざ水を差す真似も無粋だろう。

 ただ、猫に酒を与えるのはやはり拙いんじゃないかって思うが……。


「マー、そんなじろじろ見るな」

「だってよ。なんか気になるんだよね」


 リコたちに見蕩れてしまったのは酒が回ってきたからかもしれない。

 2人と1匹から視線を前に戻し、親父と共に昨日のシズクの話を肴に私たちも飲み続けた。

 腰が入っていないだあ、まだまだ甘いとこがあるだぁ……4杯目を半ばにしたところで、親父がいつの間に寝息を立てていることに気が付いた。


「おーい、親父ねるな」

「ぐぅ……がっ……がぁぁっ……」

「あら、めずらし。おやっさんダウンか」


 バーテンの言うように親父がここで眠り落ちるの珍しい。いつもだったら4杯目なんて中間にも行ってない。

 徹夜明けで疲れも溜まってたんだろうなぁ。


「……閉店まで起きなかったら、いつもどおり一晩ここの床貸してくれよ」

「しゃあねえな。寝かせるのだけは手伝ってくれよ。ただ、おやっさんはいいとしても、お前は家に帰れよ? うちの店から朝帰りした姿なんて目撃されたら、周りに何言われるかわかったもんじゃない」

「言われなくたって帰るったら。私だってあんたと噂されるなんてごめんだよ」

「あと、寝ゲロだけは勘弁してくれっておやっさんに言っておいてくれ」

「……それを私に言うかねぇ」


 そう、軽口を挟みつつ、バーテンに親父の寝床をお願いしている時だった。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした!」

「……にゃ」


 どうやらリコたちは食事を終えたらしく「すみません」とバーテンに会計を頼みだした。


「じゃあ、そろそろリコたちいくな! またね、マーサン!」

「ああ、夜道に気を付けてな」


 私は頬肘を突きながら、ひらひらと手を振った。

 その後も見送るようにバーテンとリコたちの会計を見続けていたのだが、


「はい、これで!」

「ひーふーみぃっと、よし、嬢ちゃん。ぴったりだ」

「ご馳走様でした。ここでのお酒も美味しかったです」

「ありがとうございます。……出来れば次回はその猫はお留守番でお願いしますよ」

「……ふふ、はい。今回は無理な我儘を聞いていただきありがとうございました」


 お金を払ったのは赤髪の女ではなく、リコの方だった。

 なんでリコが金を払ってんだろう……今のうちにお金のやり取りを教えているのかねぇ、と赤髪の女を見つめてしまう。


(あーやっぱりシズクにそっくりだよなぁ……)


 赤髪の女は若く美しかった。

 まるでシズクが女になって成長した姿がこれと言わんばかりの容姿をしている。


(姉でもなく妹でもない。なのに、この瓜二つっぷりはなんだ…………あ?)


 と、なんで姉妹にこだわっていたのだと思うほどに、単純な答えを思いついた。

 でも、思いついたからといえ、。けれど……私は聞かずにはいられなかった。


「ちょっと待っとくれよ」


 私は立ち上がって、店を出ようとするリコたちを呼び止めた。

 リコはきょとんとした顔で私を見つめてくるけど、ごめんよ。今用があるのはあんたじゃなくて、そこの女の方だ。

 私はじーっと女の目を見つめつつ、思いついた単純な答えってやつを聞いてみることにした。


「なあ、あんたって、シズクの母親?」

「……っ!」


 どうして、尋ねてしまったのかは自分でもよくわからない。

 別に彼女がシズクの何であろうがどうでもよかったのに、妙にこだわってしまったんだ。多分、酒が入っていたってこともあるんだろう。

 私もまだまだ酔うには早いはずなのに、酒場の空気に飲まれてしまったのかもしれない。

 赤髪の女は僅かに狼狽えるように、辛そうに顔を歪ませた。

 でも、その後……その辛そうな表情はどうしてか溶けて、優しく目を細め、嬉しそうな顔をして頷いた。


「……はい。私はシズクの、

「そっか」


 まあ、そっか。そりゃいるよな。

 そして、私はその答えを聞いてほっと胸をひと撫で。後にはもう、どうして自分がこんなことを聞いたのかも忘れて別のことを考えていた。


(そうだよなぁ……うんうん。大人がいて当然か。じゃないと、あんな子供たちだけで旅なんて出来るはずもないか)


 しっかりしているけど、まだまだガキンチョのこいつらだけでテイルペア大陸を横断してきたって話は信じられなかった。

 魔法が使えるからって全てが無事にってこともないだろう。


(大人がいてもおかしくないよな……きっと他にも屈強な旅仲間たちがいるんだろうね)


 それにしても、それにしてもだ。

 シズクっていう、あんな大きな子を産んでこの若さって言うんだ。

 子持ちなんて思えないよ。童顔だからって感じでもないしね。

 さっきまでちらちらと伺ってはいたけど、顔も腕も足も、日焼けもせずに真っ白い肌は深い夜に沈んでもまったくと染まることがないことにも驚いた。


「魔族っていうのはそういうもんなのかねぇ」

「え、っと……どういうことですか?」

「あ、いや、こっちの話さ」


 うんうん、と1人頷き、1人で自己完結。

 私みたいなごつごつで、陽にも火にも焼けた男みたいな肌とは段違い……おっと、そうだった。

 私には言わなきゃいけないことがあったんだ。


「……昨日は悪かったね。一晩あんたのとこの息子をうちに無断で泊まらせちゃったよ」

「……いえ、こちらこそ息子を預かってもらっちゃって、本当に感謝しています。それに、指輪の件だって……」


 赤毛の女――シズクの母親は、爆睡している親父へと小さく頭を下げた。


「指輪いいんだよ。こっちが好きでやったことさ……あーでも、結婚についてはいいのか? まだあいつら若すぎるんじゃないの?」

「……うっ、ですよね。……親としては複雑です。本気で好き合ってるっていうのは理解しているから、認めてあげたいって思いますけど……やっぱり、心配です。マーサンの言うようにやっぱり皆若いし……何より3人ってどういうことっ!? って本当なら怒鳴りつけてやりたいところでした」

「はは、だよね。なら、おかあさんからしっかりと話し合った方がいいんじゃないの?」


 魔族として生まれたんだからあと何百年って寿命もあるわけだしさ。

 もっといろいろなことを経験して、しっかりと独り立ちしてからでも遅くはないっていうか、やっぱり駆け足過ぎると私は思う訳で……。


「……話し合えるのなら、私だって……」


 けれど、シズクの母親は顔を曇らせ、そんな風に小声で呟いた。

 なんだい、そんな顔しちゃってさ。シズクの母親だろう。

 話し合えるのならって、やればいいじゃん。


「……余計なお世話かもしれないけど、話せるうちに話しておいた方がいいこともあるよ?」

「……」

「私は10年前に母親を亡くしてるからさ、言いたいことも言えずに終わることもあるって知ってさ……あ、いや、別にあんたが死ぬって話をしてるんじゃないのよ」


 もう自分でもどうして彼女を呼び止めたのかも覚えちゃいない。

 なんでシズクの結婚について話し出したのかも覚えちゃいなかった。

 ……また、やらかしてしまったと思った。


「……ははは」


 彼女は無理やり笑顔を作って私に見せてきた。

 それはもう、これ以上言わないでという遠回しな笑みだった。


「……ごめん。私が言うことじゃなかったね」

「いえ、お気遣い、ありがとうございます」


 もうその後は自分の悪癖に嫌気がさす。場を濁すように無理やり声を上げて馬鹿みたいに笑った。

 そして、「呼び止めて悪かったね」と、自分の席へと戻るっていうか、逃げようとしたんだ。

 だけど……。


「マ、マーサン! あのね、あのね! シズクのおかあさんだけど、リコのおかあさんなんだよ!」


 と、リコが背を向けた私に駆け寄ってきて、慌てながらもすっごい嬉しそうな顔をして教えてくれるんだ。

 まるで私が悪くしたこの場の空気を変えようと必死になってるみたいに見えてしまう。

 幼いリコにそこまでさせてしまったら、無碍には出来ない。

 私も同じく、無理やり大きく笑ってリコの期待に応えた。


「……おー、そっかそっか。きれいなおかあちゃんだな!」

「うん! それで、こっちはリコのおとうさん!」

「は? は、はははっ、がはははっ! そっかそっかー!」


 そりゃ面白い、と今度は無理にではなく、本気で笑えた。

 大型とは言え、猫が父親か。それはなんとも面白い冗談だ。


(じゃあ、赤毛のそのおかあちゃんはその猫と交尾してリコが生まれたって?)


 反省していた矢先にゲスいことを思い浮かべるのも大分酔ってるんだなぁと思う。

 ただ、こうして切り替えるのが早いのも私の酒癖のようなものだった。

 私は笑い続けながら、しゃがんでそのリコの父親だっていう白猫の頭を撫でてやった。


「そっか、じゃあ、リコのおとうさんもよろしくな!」

(……まあ、今はこんな姿だけど、元々は人だったんだよ?)

「…………へ? ね、猫が喋ったっ!?」


 聞き間違えか? いや、そんなことはない。小声だったとしても、今私は確実に人の声を聞いた。

 しかもそれは先ほど聞いた男の声で、その声は今しっかりとこの白猫の口から出されたものだった。


「……嘘だろ!?」


 先ほどの消沈っぷりを嘘みたいに吹き飛ばし、私はぼけーっとシズクの母親に見蕩れて突っ立っていたバーテンへと迫った。


「な、きっ、聞いたか!? 今、猫が喋ったぞ!?」

「……おい、マー。あんた脳みそまで筋肉になっちまったのかよ」

「なっ、てめぇ誰が脳筋だって! いや、じゃなくて! 聞いてなかったのかよ! 今の、ほら、猫! お前もう1度話してみろって!」


 と、私はリコの親父だって言う白猫に話せって言ってやったんだけど……。


「……にゃぁー」

「な、こいつ!?」


 白猫はにゃーとしか鳴かず、私たちから顔を背けてしまう。


「ちょっと、待てよ! おい、今のは明らかに猫の鳴き真似だろ! な、なあ、今話したよな!」

「……マー、水用意しようか?」

「信じてくれよ! 今、喋っ……喋ったんだよ。男の声で。しかも、こいつさっきは酒も飲んでて……おい、てめぇ、私の目を見ろよ!」

「……はあ。では、私はこれでー……」


 バーテンは私を酔っぱらいの戯言だと決めつけて、カウンターの奥へと引っこんでしまった。親父にかける毛布を持ってくると店の奥にまで姿を隠す始末。

 なんてことだ……。


(しゃべったのに……くそっ、明日から猫が喋ったって茶化される……)


 もう猫よりも明日からの我が身に愁い、項垂れていると、シズクとリコ、2人の母親ってやつがくすくすと笑いだした。

 さっきまでの悲しそうな作り笑いじゃなくて、本当におかしくて笑っているようだった。


「こういう意地悪なところはあの子そっくり。レティちゃんの影響もあるんでしょうけど、シズクの性格はあなたに似たのね」

「……にゃ」


 白猫はぷいっとそっぽを向いて知らん顔をした。


「……やっぱりそうだ」


 こいつは私たちの言語を理解している。本当話せるのに、私をからかってるんだ。

 うう、酔っぱらいをからかって楽しいのか……!


「……マーサン」

「……はい?」


 床に膝をついて項垂れていると、シズクの母親が私を呼んだ。

 あ、一応今は落ち込んだフリなので、気にしないでほしい。え、違う? じゃあ、何よ。


「1つだけ、お願いしてもいいですか?」

「1つ? なんだ?」

「あの子たちに、私たちと出会ったことは話さないでくれませんか」

「ん? なんで?」


 あ、酒場に来てることを秘密にしてほしいってことかな?


「まあ、そういうなら別に言わないけど……」

「お願いします……私たちのことを彼らが知ってもきっと混乱させるだけですし、何より……」


 ん? んん?

 話が見えないぞ。何やら、フクザツな事情ってやつがあったとしたて、小難しい話になろうものなら今の私には理解できないよ。

 出来れば、酒の抜けた昼間にでもお願いしたいくらいだ。


「リコははなしてもいいとおもんだけどなぁ……きっとシズクよろこぶぞ!」

「お母さんもね、本当は話したいなって、そう思う。けどね……」


 赤毛の女は屈んで、リコと同じ目線になって、寂しそうに笑いかけていた。


「……おにいちゃんをね、悲しませたくないでしょ?」

「…………うん」


 2人の、深刻そうな姿を見てしまえば、私はもうこれ以上追及することなんて出来はしなかった。

 ただ……ただ、とこれは私個人の感情から言わせてもらいたい。


「……あんたたちが秘密にしてくれって言うなら約束するよ。私は今日、あんたたちには会ってない。それでいいんでしょ?」

「はい、ありがとうございます……」

「けどさ、そんな風に隠しながらお酒飲んでも楽しい?」


 また悪い癖が出てしまうが、私は構わずに顎を動かした。


「あんた、かなりのお酒好きだろう? 1杯しか飲んでなかったけど、すっごい楽しそうだったのは見ててわかったよ」

「……」

「でも、シズクに隠れてこそこそ飲んで、そして私たちと出会って……全然楽しく終われないよな?」

「……」


 ……あれ、何を言おうとしたんだっけ。

 シズクたちの母親は、きょとんとした顔をして私を見つめていた。

 そんな顔で見られたら、もっと言葉が出てきやしないよ。あーもう!


「……その、なんだい。頭が回らないけど、えっと……私としては、その隠し事っていうのはどこかで、はっきりさせた方がいいって言いたいわけ!」


 まあ、どうにか言えたかな。言いたいことの殆どは言えたと思う。

 もう満足、満足、満足だ――と、満足して、あー……とまた項垂れそうになる。

 言いたいことを好きなだけ言った私と違って、言われた女の方はたまったもんじゃないだろう。


「……ただの酔っぱらいの戯言だよ。でも、酔ってたとしても、大真面目だからね」

「……はい。そう、そうですよね」


 シズクたちの母親は――考えておきます、と口にして、小さく会釈をして店から去っていた。

 これでよかったんだろうかと思わずにはいられない。


 ……だが、店を出ていく時、女と手を繋いだリコが首を動かしてこちらを向きつつ、小さく笑って私に手を振ってくれた。





 酒場の出来事から4日後、シズクたちはこの町から旅立った。


 町を出る数日の間、日中彼らは冒険者ギルドで依頼を受けていたため会うことはなかったが、夕方くらいには毎回顔を見せには来てくれてた。

 婚約者の2人のことも照れ臭そうに紹介してくれたけど、私は開いた口が塞がらなかったかな。


『メレティミ・フルオリフィアです』

『ルイだよ。ルイ・フルオリフィア』

『……は、はあ。これは、どうも?』


 美人姉妹2人を手に入れるって相当だよなぁ。私が男だったらきっと歯ぎしりが止まらなかったと思う。

 ただ、どう言う訳か、赤目の方のルイって子が私に謝ってきた。あれは一体なんだろうね。私は別に何かされた覚えはない。

 また、青目の方のメレティミって子は、うちの工房が気になったらしく、中を案内してあげたりもした。ゲイルホリーペに住むドワーフに鍛冶を教わったそうだ。

 試しにってハンマーを持たせてみたら、親父と2人でその腕前に驚いた。

 筋肉なんてまるっきしないような細腕で、シズク以上にてきぱきと鉄を叩き上げていたんだ。そんで、あっさりと短刀を作り上げちゃって、もしかしたら、私と同じくらいの腕前かもって内心ガクガクもんよ。

 こんな小娘に負けてられるか! って私ももっと鍛えないとな。

 そうして、たった4日ほどの彼らとの交流はあっという間に過ぎていった。


 ……あの人の言う通り、シズクたちにはあの晩にリコたちと出会ったことは口にすることはなかった。


「じゃあ、お世話になりました!」

「またどこかで!」

「さようなら!」

「マーサン! おじさん、またなー!」


 柄にもなく、シズクたちの見送りなんかしてみたけど、不思議なことに、馬車にはあの巨大な白い猫も、赤毛の母親も乗ってないことに気が付いた。

 ついつい母親は? って口が開きそうになったけど、そこはどうしてかリコに「めっ!」と口を抑えられたので言わないで済んだ。

 じゃあ、あの人は今どこにいるんだろう……。

 私は首を傾げるしか出来なかった。


 ――さようなら、愉快で不思議な旅人たち。


「はぁ……私も結婚してえ」


 シズクたちの馬車がすっかりと見えなくなった頃、これまた柄にもなく呟いてみた。が、多分この先縁なんてもんは無いだろう。

 まったく、親父を恨むよ。せっかくなら男の種をおかあちゃんに仕込んでくれよなぁ……なんてね。

 ふふっと鼻で笑って頬を軽くはたく。


「よぉし、さっそく婚約指輪ってやつを作ってやるか!」


 自分には縁がないとしても、私が作る指輪でその縁がある人たちに幸せになってもらおうか。

 そして、そこで得た金で私が幸せになればいいんだろ! 高級なもの作ってふんだくってやる!


「やるぞぉっ!」


 どんな指輪を作ろうかと悩みながら私は帰路についた。

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