第236話 父と娘の夜 

 まるで大仕事を終えた後のように、親父の顔には達成感がみなぎっていた。

 親父の気持ちはわからなくもない。このところ鋳造の依頼はまったくと無く、暇を持て余していたのも私も同じだった。

 わざわざ完成品を鋳つぶして、同じものを作り直すくらい親父は暇で仕方なかったのだ。

 親父にとってシズクの金魔法特訓は極上の暇つぶしになったようだ。

 そして、気を良くした親父は娘である私を飲みに誘うほどのご機嫌っぷりだった。


 私ら親子は大の酒好きだけど、共だって飲みにいくことは滅多にしない。

 行くとしたら大口の依頼を受け、親父と2人、汗水流しながら鍛冶場に籠った後、お互いを労う形で飲むこともある。ただし、酒の進み具合はお互いに控え目だ。

 親父の前であること。娘の前だからこそ。

 友人とは違う親子という距離感から、自分たちで歯止めをかけちゃうんだろうね。

 また、お互い酔いの回っただらしない姿を晒したくないってこともあるのだろう。


 親父は酒が深く入ると所かまわず居眠りをする癖がある。

 眠りこけて、よそ様の家にやっかいになっての朝帰りなんてことを度々するし、今日は無事に帰ってこれたのかと思いきや、店の床でいびきをかいて爆睡をしている……なんてことにもまあまあ遭遇したりする。

 私は……普通だよ。

 別にみっともない真似は晒さない(と思う)けど、顎がぱかぱかと開きやすくなって、何度か失敗したことがある。ただ、しっかりと家に帰れるから親父よりはマシってもんじゃないか。


 まあ、気恥ずかしさとか遠慮なんかもあったりで、私たち親子はあまり一緒に酒を飲む機会は少ないってことだ。


 でも……うん。


 今回は親父の誘いを受けて共に馴染みの酒場へと行くことにした。





 私たちが向かった酒場は、古くからの付き合いを持つ親父の友人が営んでいる店だ。

 うちから1番近い酒場であり、私らがいるこっち側で唯一の酒場でもある。

 繁華街の方に行けば何軒かぽつぽつとあるけど、北側の町民が行く酒場と言えばまずここだ。酒やメシを振る舞うのが主だけど、手売りの酒屋としての顔も持っている。

 ちなみに、この店の裏は造酒所で、私も時たま手伝ったりもする。


「おー、おやっさん、いらっしゃ……あん? マーも一緒かよ」

「なんだよ、こっちは客だぞ?」


 そして、昔っからの付き合いが親父にあるってこと、その子にもあるわけで……カウンターの奥にいたこれまた顔なじみのクソ息子――いや、こいつの紹介なんてバーテンで十分だ。

 顔なじみのバーテンが、私の顔を見るなりうんざりと口元を歪めて出迎えてくれた。


(……ちっ、今日はおじさんいないのか)


 この時間ならおじさんが出迎えてくれると思ってたんだけど、失敗したかな。

 店の中をきょろきょろと見渡してもおじさんの姿はない。それどころか、客っ子1人もいやしない。こいつ以外誰もいない。


(はあ、残念。買い出しにでも行ってるのかねぇ……)


 いつもは、よくきたなー! っておじさんはどんなに忙しくても一声かけてくれる。

 こんなずんぐりむっくりの私でも昔っからおじさんは良くしてくれた。

 もう私もいい歳で、酒だってガバガバ流し込めるっていうのに、おじさんはいつまでも子供の時みたいに可愛がってくれる。毎回おまけもしてくれるしね。いっそ、おじさんのところの娘として生まれたかったくらいだよ。

 それにくらべて息子であるこのバーテンとは昔っからそりが合わない。

 ドワーフ特有の寸胴おチビなこの身体を馬鹿にしてきて、何度も掴み合いの喧嘩をしてきたほどの仲だ。今は手も足も出ないし、それなりにオトナの対応を取れるようにはなったけど、好き好んで顔を合わようとは思わないよ。


「坊、お邪魔するぞ」

「あ、はい。直ぐに酒出すんで、ちょっとばかし待っててください。いつもの麦酒からでいいっすよね?」

「ああ、頼むぞ」


 はあ、まったく。

 親父にはヘコヘコする癖に、私には変わらずなんだよな。

 私だって客だっての。もっと親父と平等に扱ってほしいってもんだよ。

 むすっとしながらも、私はバーテンにおじさんのことを尋ねてみた。


「今日はお前だけか? おじさんは?」

「親父ならもう奥に引っ込んでるよ。今日は珍しくぜぇんぜんと客が来ねえから、後は俺に任せる――って、酒蔵見てさっさと寝ちゃったんじゃねえかね」

「あーあ、ついに町のみんなにも見放されたか……はぁ、どこも寂しいねぇ」

「はんっ、お前んとこの店もお――……くっ、いいからさっさと座れよ」

「……はいはい。じゃあ、いつものでよろしくな」


 お前の店も同じようなもんだろ、ってか? ほっとけ。

 いつもだったらもう少し長くなる憎まれ口の叩き合いも、本日は親父がいるから控えめなんだろう。

 私はとりあえずの一杯を注文した後、定位置となっているカウンター席の奥へと、先にどっしりと腰を落とした親父の隣に着いた。

 その後、カウンターの奥へと回ったバーテンが、酒樽から酒をジョッキに注いでいくところを眺めつづける。

 直ぐに酒は酌まれて、おまち、と声を上げながらバーテンは私たちの前へとジョッキを置いた。

 ジョッキには並々と泡立った黒い麦酒が注がれていた。


「……親父、お疲れさん」

「ああ、お前もな」


 お前もな、だってね。

 私がシズクにしたことなんて、ちょっとしたコツや助言くらいだよ、と無粋なことは口にせず、親父と軽くジョッキを触れ合わせ、乾杯と同時に酒をあおった。

 私と親父の1口目は大きく長く、喉を鳴らしながら強引に流し込み、ぷはぁ……と、2人同時に息を吐き出し、ドン、と音を立ててジョッキをカウンターへと置く。これも2人ほぼ同時だった。


「やっぱり仕事終わりはこれだなぁ」

「そうねぇ……最初の一杯も済んだことだし、次はメシでいいよね。親父なんか注文ある?」

「茹で豆と干し肉。俺はそれだけでいい。昼メシが遅かったからそんなに腹は減ってない」

「あーもう、だからさっき夕飯食えなくなるって言ったってのによお。じゃあ、バーテン。それと別に私は――」

「……へいへい」


 その後、暇そうなバーテンに夕食代わりのツマミを頼もうと親父の注文とは別に、適当に何品かを頼んだ。

 バーテンは気乗りしないようなそぶりを見せつつも、てきぱきと動き始めた。


(こいつは気に入らないけど、こういうところはしっかりやるんだよな。そして、こいつの作るメシもうまいんだよなぁ……)


 と、カウンター奥で背を向けて、日中の私たちとはまた違う火を相手取るバーテンの様子をぼけーっと眺めて――いると、隣にいる親父が私の肩を軽く叩いてきた。


「まあ、なんだ。残念だったな。あの坊主に婚約者がいるなんてよ。しかも2人も」

「たくっ、親父盗み聞きなんてしてんじゃないよ」

「あんな騒いでて聞くなって方が無理な話だろ。お前だってしっかり聞いてたじゃねえか」

「むっ……」


 はっ、確かにそうさ。私は鼻を鳴らして、そっぽを向いた。

 私だって、なんだかんだで耳をすましてしまった1人だよ。


(親父の言う通り、聞こえてきちまったんだから仕方ないだろ?)


 ただ、それは思うだけで言葉にはせずに、代わりにぐびっと麦酒を大きく飲み込んで、ぷはっ、と小さく息を吐くにとどめた。


「……あれは私には似合わないよ。男にしたら細すぎだ。男はもっとたくましくなきゃ」

「お前よりたくましい男がいったいどれだけいるかね……」

「さぁね……」


 親父の言葉を軽く流し、またもぐびっとジョッキに口を付けて、麦酒を喉へと流し込む。

 別にシズクのことなんて最初っから何とも思ってない――これは本心だ。

 年の割には大人びて綺麗な子だってことは認めるよ。たけどさ、まったくと私の好みじゃないし、そもそも女だって思ってたし。

 何より……例え気があったとしても、私じゃ相応しくないって諦めていたと思う。


「……1年くらい前に来てた大道芸の演劇みたいだよ。呪いで獣の姿になった男と女の恋話……美女と野獣だっけ? あれに引っ掛けて美男と野獣だ、って町中の笑いものにされるなんて私はごめんだね」

「あー、あれか。……はは、確かにシズクと付き合うってなったら、町中の笑い話になってただろうな」

「このヤロウ……娘の皮肉くらい否定しろよ。お前は私の親だろーが!」


 1年程くらい前に町に来た大道芸の連中のことを思いだした。

 椅子や刃物を使ったジャグリングから、玉乗り状態からの逆立ちでの自由自在な移動、的確に的に当てていく見事なナイフ投げ、高台に張られた綱渡り――。

 舞台裏で魔法を使ってるんじゃないかってくらい見事な曲芸を次々と披露していく中でも、最後の演目には町民の誰もが息を潜めて夢中になっていた。

 美女と野獣という題目の物語だった。聞いたこともない話だった。


「最後の方の魔法が解けるところで、亜人族の狼男と地人族の男がするりと入れ替わるのは見事だったなぁ」

「ああ、あそこはびっくりしたね。多分、舞台下が回転扉になってて煙幕と同時に入れ替わったんだろうけど……」


 エストリズとかの方の話なのかもしれないね。

 娯楽が少ないから、私たちを含めて町中の連中全員が見たんじゃないかってくらいに大盛況だったよ。


「……ま、私は本当にシズクのことはなんも思ってなかったって。だから親父も安心しろって」

「安心? どこを安心しろと? 逆に、早く俺を安心させてくれよ」

「逆にってそりゃあどういう意味だい?」


 親父は酒とは違う深いため息をついて私を憐れむような目で見てくる。

 ……はあ、と今度は私がため息をつきたくなるよ。親父が言いたいことはわかるけど、無理なもんは無理だって。

 親父の視線から逃れるために、私はぐびっとジョッキを傾けて、3口目で杯を空にする。

 直ぐに仏頂面で料理をしているバーテンにおかわりを頼んだ。親父も慌てて自分のを空にすると、同じ様におかわりを注文した。

 そして、次の酒が届く間、頬肘を突きながらバーテンの背中をまた眺め始める。

 アホ面を晒しながらぼけーっとしていると、今さっきまでの話なんて無かったかのように、親父がぼそりと私に訊ねてきた。


「……なあ、あれいい商売にならないか?」

「ん? あれって?」

「指輪だよ、指輪」

「指輪?」

「そうだ。あいつらがやってた夫婦の契りを交わすためっていう特別な指輪だよ」

「……あー、あれな」


 お互いの左手の薬指にお揃いの指輪を着けるってやつな。

 婚約指輪って言ってたっけ。それから聞くことはなかったけど“プロポーズ”だかなんだかって……まあ、あいつらも風情のあることしてくれるよなぁ。


(指輪を渡して婚約を取り付ける。ゲイルホリーペから来たって言ってたから、あっちの方の風習なのかね)


 もう片方の子は知らなかったみたいだし、“僕たちの世界が~”とか、なんとかわかんないことも言ってたけど……。

 まあでも、あいつらみたいにグニア鉱石なんて希少石を使うってのはまず無理だ。

 やるとしたら銀か金あたりで極上物を作って、お揃いのペアリングを結婚を考えている2人を狙って売り出すって感じか。

 そういえば、あの劇中にも指輪を交換し合うって展開があったっけ。

 …………ああ、羨ましい。


「いいなぁ……私も憧れるよ。婚約指輪なんて希少なものと共に結婚を申し込まれたら1発で落ちる自信があるね」

「――なんだよ。筋肉だるまも結婚願望があるのか?」


 柄にもなくうっとりとしていたら、料理とおかわりのジョッキを持ったバーテンが人を小馬鹿にするような口を挟んできた。


(……たくっ、こいつは!)


 この時ばかりは私も気に入らなくて、席から立ち上がり(つま先立ちをしながら)カウンター奥のバーテンの胸ぐらを掴み上げてやった。


「……ああっ? 今なんつった!? もういっぺん言ってみろよ!」

「あー……脳筋思考でも乙女なんだなぁと?」

「てめぇ!」

「こら、マー! そんな暴れるな! 料理と酒がこぼれちまう!」


 親父は酒とメシの心配をして私を止めに入る。親父、今自分の娘が貶されたんだぞ?

 バーテンも涼しい顔を、いや呆れるような顔をするだけで一切怯える様子もなく、私に胸ぐらを掴まれたまま、料理と酒をカウンターへと置いていった。


「んだよ、何そんな怒ってんだよ。こんなのいつも言ってる……あぁ、まったまった。今はたんま。ほら、お客さんだよ、お客さんが来た」

「んだと……ちっ!」


 なんてタイミングの悪いこと悪いこと……客が来たって言うなら邪魔は出来ないね。

 どすん、と音を立てて席に座り直し……新しいジョッキに口を付け、出された料理に手を伸ばそうとしたところで、カランと音を立てて店の戸が開いた。

 同時にバーテンは動き、カウンターからぬけ出して入口へと向かい――私も、ちらりと店の入口へと視線を向け、長い赤毛の女が入店したのを見て、直ぐに視線を元に戻し、熱々の骨付き肉を手に取って頬張った。

 知らない客だった。この店を利用するのは近所の町民だけだから、珍しいことには珍しい。

 ここらには宿は無いから、食事をするにしても南側あっちで取るのが普通だ。

 だから、この時間に町に着いたばかりの余所者かな――くらいに思ったんだけど……。


「いらっしゃ――……!」


 と、バーテンの抜けるような声が何やら微妙に途切れて終わった。

 なんだよ、変な客でも来たのか。

 でも、私は気にすることなくジョッキを持って口を付けた――。


「娘と2人、あと……ね、猫が、大きな猫がいるんですけど、駄目ですか?」

「えっと……お客さん、うちは酒場だよ。亜人族の子供もそうだけど、猫はちょっと困る……猫……? それ、本当に猫?」

「ええ……えっと、し、躾はきちんとできています。他のお客さんに迷惑をかけません」

「うんうん、めいわくなんてかけないよ!」

「迷惑をかけないって、まあ、客なんて2人しかいないってそういう問題じゃなくて……って、ちょっと待て……いや、おいおい。まさか、その猫……クレストライオンじゃないだろうな!?」

「……いえいえ。猫ですよ。ね、あなた?」

「にゃ……にゃあ……」


(ぶっ……何寝ぼけたこと言ってんだ、あいつ)


 私は2人の会話が面白くて、ついつい口に含んだ酒を少しだけ噴き出してしまう。

 クレストライオンがこんなところにいるもんか。

 何よりそんな「ね、あなた?」で都合よく猫が返事をするのもおかしいでしょ。躾は出来てるってどんな一芸仕込んでんだよ。

 一体どんなやつが来たんだと興味が出てしまい、私はおもむろに振り返ってその客のツラを今1度確認すると――。


「あれ、リコ? それと……シズクか?」

「あん、シズクとリコだって?」


 顔を向けた先には、白い毛で覆われた大きな自称・猫を抱えるシズクと、リコがいた。

 私に遅れながらも親父も振り返り、その客をじろじろと見つめて小さく唸り声を上げる。

 しかし、なんだろう。


「確かに、ありゃあシズクとちっこいのだ……けど、なんか違くないか?」

「親父もそう思うか? なんか――」

「――あっ、おーい! マーサン! ……ね、リコのいったとおり! やっぱりマーサンたちいた!」


 私たちの視線に気が付いたのかリコがぶんぶんと手を振っている。

 呼ばれたことから「ちょっと行ってくる」と私は席から立ち上がり、入口で立ち尽くす3人のもとへと近寄ってみた。


「よう、リコ。やっぱりいたってなんだよ? 私たちが中にいるってわかってたの?」

「うん。このおみせのなかから、マーサンたちのにおいがしたの!」


 そうリコは自分の鼻を指さし、くんくんと鳴らす。

 ああ、流石というべきかな。亜人族の嗅覚は伊達じゃないってことだね。

 そっかそっか、と私は腰を屈めてリコと同じ目線となって褒めつつも、リコの隣にいるへと顔を上げ……直ぐに曲げた膝を伸ばしては、見上げるように赤毛のシズクをじろりと見つめた。


「……じー」

「な、なんですか?」


 あれ、シズクじゃない? でも、シズクそっくりで……やっぱり、違うように見える。

 1番違うのは降ろされた髪の色が、今もぶらぶらと手を繋いでいるリコとお揃いの赤髪であることだ。

 まじまじと見つめてみれば、顔の部位もどこかしら違うように見えてくる。

 中でも目元なんかがかなり違ってるかな? すっと通った鼻筋に、狼狽え歪む口元はそのままに見えるけど、下がった目元だけがどうにも……言葉にし難いが、あえて言うなら、柔らかい?


「……ん?」


 顔ばかり注目してしまったが、1番の違いに私は気が付いてしまった。

 何より、何よりも違う点だった。

 あいつには無かったふくよかな盛り上がりは巨大猫を抱きかかえていても、隠しきれずにそこにあった。


「……ちょっと、失礼」

「……え? きゃっ!」


 失礼と言いつつ猫で隠れてないところを触ってもみたが、これは紛れもない本物だった。

 また、ゆったりとした薄い赤ストールを羽織っているけど、その下の真っ白なワンピースは女性的な身体の線をはっきり現している。


「女……シズク、じゃないのか?」

「……え、えっと……その……違います」

「そっか、まあ、そうだよな……じゃあ――」


 シズクの姉? だが、姉弟と言えどここまで似るものなのだろうか。


「いえ、姉でもなくて……」

「まさか、妹?」

「いえ! それもありません!」


 姉でもなく妹じゃなければ、双子って線も消えるけど……私はそれでもと言わずにはいられなかった。

 赤毛の女は私から視線を逸らしながら口ごもる……――やっぱり、なんか違う。いや、なんかって曖昧なところは消えないけど、目に見えて違う点は多々ある。


(じゃあ、誰だ?)


 魔族の年齢は見た目じゃわからないっていうけど、目の前にいるこの女に限っては大体18から20……15の成人を迎えて数年ってところじゃないかな。

 ただ、年齢がどうあれシズクよりはいくつか年上だろう。


「……」


 この赤毛のシズク女は私とバーテンを交互へ視線を送りながら、ずいぶんと困った顔をして黙り込んでしまった……まあ、いつまでもここに突っ立ってるわけにもいかないか。

 リコだってさっきからむーっと心配そうな顔をして待っている。

 だからって訳ではないが、私は先ほどから黙って成り行きを見届けていたバーテンに顔を向けた。


「なあ、今日くらい許してやれよ。……そいつ。私の知り合いなんだ」

「あ、うん。話の流れから察したけど……マー、いつの間にこんな美人とお知り合いになったんだ?」

「ちょっと昨日色々あってな。で、どうだ?」

「うーん、店の中に犬だか猫だかなんていれたって親父に知られたらよぉ?」

「ケチケチすんなよ。どうせ客は私たちしかいないんだからさ。躾が出来てるって言ってたじゃん」

「いや、まあ……そうなんだけどさ……あー、もう。わかったよ」


 最後にぎろりと睨みつけてやると、バーテンは頭を掻きながらも、渋々と頷いた。

 続いて「じゃあ、あっち。どうぞ」と私たちが座ってるカウンター席の近く、後ろのテーブル席へと2人と1匹を案内した。

 融通利かせてくれて助かるよ、という意味で、こつんと小さくバーテンを小突き、私はニヤリと口元を緩ませながら自分の席へと戻っていった。


「あの、マーサン。……ありがとうございます」

「ありがとうな!」

「にゃー」


 テーブルに着いてから、赤毛の女とリコ(ついでに猫)がお礼を言ってきたので、私は苦笑しつつ小さく手を上げてみせるだけにした。

 ただ、未だに赤毛の女のことが気になって、胸の内がもやもやとする。

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