第233話 仲直りしたくても素直になれない日

 水龍に跨ってがむしゃらに町の真上へと飛んだ。人がゴマ粒くらいの大きさになったところで、進んできた道を戻るように北上した。

 その後、来る途中で見かけた小高い岩山のてっぺんに座って……ずっと2人の悪口を大声で叫び続けた。


「シズクのばか――――! レティのあほ――――!」


 喉が痛くなっても構わずに悪口を叫び続けていると、次第に悔し涙がポロポロとこぼれてくる。

 今は周りに誰もいない。

 禿げた岩山から見下ろした世界は枯草ばかりの薄黄色の草原が広がっていたけど、小さな魔物すら見えやしない。

 気兼ねすることなくぼくは大粒の涙をこぼしながら泣き叫び続けた。


「うう、ぐすっ……ぐすっ……」


 しばらく泣き続けたら胸の中のもやもやは小さくなっていく。

 けれど、今度はむなしさと寂しさが胸の中に広がって孤独のぼくへと積もっていった。

 そうなれば怒っていたぼくはおしまいだ。


(ぼく、なんで2人と喧嘩しちゃったんだろう……)


 決まって最後には後悔する。

 いつだって2人との喧嘩はどうでもいいことで始まっちゃう。ちょっと腹の虫の居場所が悪かっただけで複雑に絡んじゃう。

 ぼくも言い過ぎたところもあったかなぁ――…………。


「……よし」


 泣き叫んですっきりした分、気持ちに余裕が出来たと思う。

 今回は仕方ないからぼくから謝ってあげよう。

 2人とも素直じゃない。とくにレティなんてへそを曲げたら呆れるくらい強情だ。

 ここは大人なぼくが一歩譲ってあげないとね――……なんて、実際顔を合わせたら、思っていたこととは違うことを言っちゃうかも。

 謝ろうと決めた途端、2人の怒った顔を思い出して背を丸めてしまう。


「………………おなかすいたな」


 ぐぅ……とお腹からぼくの気持ちとは別に声を上げて、お昼ごはんを食べてからもう結構な時間が経ったことを知った。

 薄い青は徐々に赤く染まりだし、ちらほらと緑を乗せた薄黄色は橙色へと塗り替わっていく。

 ぼーっとしてたら、直ぐにでも世界は深い紺色に包まれてしまう。


「そろそろ帰らないと……」


 悲しいけどいつまでもここにいるわけにもいかないや。

 空腹の辛さもあるし、町に着いてすぐの喧嘩だったからまだ宿だって確保していない。


「はぁ……」


 ぼくはため息とともに水龍を生み出して、嫌々と町へと向かって泳がせる。

 水龍に掴まっているとまたもぐぅとお腹が鳴った。宿を決めるよりも先にごはんを食べたい。


(ごめんなさい、ごはん食べに行こう、なんて、まるでお腹が空いたから謝られたって思われないかな?)


 食い意地が張ってるみたいに思われるのはイヤだったけど1人ぼっちで食べるごはんはもっとイヤだ。

 シズクとレティが消えた頃を思い出しちゃって味なんてちっともわかんなくなる。


(喧嘩中に食べるごはんもどっこいどっこいなんだけどね……)


 いったいどんな顔をして2人に会えばいいんだろう。

 そう悩みながら水龍に身を任せて町へと飛び続けていると、


「……あれは」


 ぼくとは反対側、南の方から土煙を上げて走ってくるなにかを捉えた。

 そのなにかなんて、今のぼくは1つしか思いつかない。


「レティだ。ちょうどよかっ――」


 丁度よかった――いや、よくない、と直ぐに考えをあらためる。

 ぼくはまだ2人と顔を合わせるには気持ちの整理が出来ていなかった。その為、探す手間が省けたなんて考えは直ぐに掻き消えた。

 逆に2人を探している間に、少しでも考える時間が欲しかったくらいだ。


(でも、話さないと……レティに謝らないと……)


 うん、そうだよ。ぼくから謝るって決めたんだ。

 自分自身に言い聞かせるようにぼくは小さく頷いた。

 もっとゆっくりと固めようとしていた決心を今この場で奥歯をぐっと噛みしめて、力ずくで固めてしまう。

 水龍の速度を上げ、南側の町の入口手前へと向かわせる。

 どうにかレティが到着するよりも先に着くことが出来て、ぼくは水龍の背からぴょんと飛び降りた。


「……レティがぼくに気が付いた」


 空から落ちてきたぼくを見てか、俯きがちに運転していたレティの顔が僅かに上がってぼくを見た。きっと、見たに違いない。今のぼくはただその場に立ち尽くすだけだった。

 ぼくに近づくにつれてバイクの速度は少しずつ落ちた。立ち込めていた土煙は薄くなり、そして、ぼくの前へと停車――バイクは後輪を滑らせて地面に曲線を描き、ぼくから5歩ほど離れたところへと停まった。

 無理な停車で土煙は走っていた時と同じくらい巻き上がってレティの姿を覆うように消してしまう。

 ぼくは巻き起こった土煙の奥にいるレティへと声をかけた。


「……あの、あのね。レティ……」


 巻き上げられた土煙の切れ目から、レティの悲しそうな顔をぼくは見た。

 でも、直ぐに眉を吊り上げてぼくを睨みつけてくる。睨んだ後、レティはぼくから顔を逸らしてうつむきがちにバイクから降りた。ぼくと同じ長い青い髪がひゅんと風にあおられたみたいになびく。

 そして、億劫そうに顔にかかった髪を払い、小さく「もどれ」と口にして腕輪の中へとバイクを仕舞った。


 この間、レティは一度もぼくを見ようとはしてくれなかった。

 そして、ぼくたちだけになった後にも、レティは不機嫌そうにぼくを睨み続けた。


(レティはやっぱりまだ怒って……っ……せっかくぼくから謝ってあげようと思ったのに……むっ!)


 こんな態度を取られちゃったらさぁ……ぼくだってついついにレティを睨みつけちゃう。


「……ルイ、何?」

「……レティこそ、なんだよ」


 これもそうだ。レティが棘のある話し方をするからぼくだって同じくトゲトゲした口調で言い返しちゃうんだ。


「……」

「……」

「……ふん」

「……っ!」


 ごめんのごの字も出せずに、じーっと無言で睨み合ったのは数秒のことだった。

 先に目を、顔を逸らしたのはレティで、鼻を鳴らして歩き出した。きっとぼくを無視してそのまま町の中に入るつもりなんだ。

 ぼくも遅れてレティから視線を逸らして、でも視線は下に向けちゃって、そのまま地面へと俯いてしまって……。


(だめだよ! レティと仲直りしないと!)


 固くなった自分に言い聞かせるように膝を叩き、ぼくは直ぐに振り返って「あの!」とようやく第一声を振り絞った。

 そして、出せた声に続けて、本心を乗せようと――。


「――ごめんっ、ルイ! さっきはわたしも言い過ぎた!」

「レティごめんなさい! ぼくレティに嫌なことばかり言っちゃ……」


 ――乗せようとしたのに……。


「「え?」」


 ぼくから謝ろうと思ってたのにレティに先に言われちゃったんだ。

 おかげでぼくの謝罪はレティの謝罪に重なっちゃってさ……。


「なによそれ、ルイ今何言って?」

「なにって、それはぼくの方で……」

「え?」

「え?」


 2人で「え?」「え?」って聞き返すみたいな声を上げてしまう。

 またも「え?」「え?」って確認し合って、「え?」「え?」って何度も驚き合ってるうちに――。


「ぷっ、なにそれ? え、しか言ってない」

「は、ははっ、だね。変、だよねっ」


 ――どうしてかおかしくて、レティといっしょに笑いだしちゃったんだよね。


 クスクスって何が面白いのかもわからないのに笑って、笑って……きっと面白いから笑ったんじゃなくて、安心したから笑っちゃったんじゃないかな。


「はぁ…………もう、本当にごめん。わたしも自分勝手だったわ」

「ぼくだって同じだよ。ごめんね。レティのこと怒らせて傷つけちゃった……許してもらえるかな?」

「わたしこそ。わたしもいっぱい怒らせたし……仲直りしてくれる、かな?」

「……うんっ、もちろん!」

「……ルイ、ありがとう」


 でも、おかげで今回は思ったよりも早くレティとは仲直りできたんだ。

 今までの喧嘩の中でも1番早い仲直りかもしれない。そして、1番気持ちよくできた仲直りだった思う。

 じゃあ、後はシズクだけだけど、もう心配する必要なんてぼくには無い。


「このまま2人で謝ればシズクだって同じように仲直りできるよ」

「……あいつも強情だからなあ。ルイお願い……わたしとシズクに謝ってくれる?」

「ううん、ぼくからレティにお願いしたいくらいだよ! いっしょにシズクに謝りに行こう!」


 2人で謝ればシズクだって同じ様に許してくれるとぼくは信じて疑わなかった。

 だって1人ぼっちだった時とは違って、今はレティっていう頼もしい味方がいるんだもん。


「じゃ、じゃあ、行こう……か?」

「ええ、シズクを探しに……ね」


 今さっきまで喧嘩をしていた手前、最初はぎこちなかったけど、いつしか普段通りにレティと手を繋いでシズクを探すことにした。

 手を繋げた後はもう簡単だった。

 もうお腹すいちゃったとか、まだ宿取れるかなとか。

 他愛もない話も直ぐに出来るようになって、さっきまでの荒んだ気持ちが嘘みたいにすっきりした気分でシズクを探せた。


(……だけど、探せど探せどどこにもシズクらしき人物がいない)


 シズクは人の目を惹くから直ぐに見つかると思った。

 町の人に聞いても見た、見かけたって話は聞くけど、じゃあどこに行ったかはわからないみたいだ。


「……シズクどこにいるのかな」

「どこかの建物の中にいるとしたら探すのは難しくなるかもしれないわね……」

「1人でごはん食べに行っちゃったのかな?」

「ありえるわね。わたしたちと違ってシズクは町の中にいたわけだし、リコちゃんと2人でやけ食いしてるかもしれない……」

「えー、そんなのずるいよ!」


 これで先にごはん食べたって言われたらせっかく仲直りしようと思ってたのにムカって腹を立てそうになる。

 突き出していた唇を「ほら、怒らない怒らない」とレティに摘ままれた。ぼくもついつい摘ままれたままの唇をふにふに動かして……なんて、気を紛らわすようにレティとふざけていたその時だった。


「……あ、ふたりとももどってきてた。おーい、ルイ! メレティミー!」

「あれ、リコ?」

「リコちゃんだ!」


 歩きながら2人でじゃれていると、とてとてとリコが声をかけながら走ってきた。

 一体どこにいたの? シズクといっしょなの? そうぼくが尋ねる前にリコは「シズクからのでんごん!」なんて可愛い声を上げた。


「あのな、シズクはいまいそがしいから、こんやはふたりとはべつこーどーだって!」

「別行動? え、リコちゃんどういうこと?」

「はい? シズクが忙しいって何してんの?」

「それは……カンカンしてる」

「「……カンカン?」」


 するとリコはドアをノックする様な仕草を見せるだけでそれ以上は教えてくれなかった。

 そして、邪魔しちゃだめだからってこれ以上は何も言わない! ってなにそれ。リコはシズクの味方なの?

 むぅ、とまたシズクに対して消したはずのムカムカが戻ってくる。


(大体リコだってぼくが1番に助けたいって頼んで家族になったのに、1番に仲良くなったのはシズクだったし)


 ……そんな昔のことすら思い出してぷんぷんしちゃう。

 ここははっきりとリコを叱ってでも居場所を聞き出そうかな? なんて、よしっ、とリコを睨みつけるも、


「じゃあ、リコももどるね! ……ふたりともリコについてきちゃだめだぞ?」

「ちょっと、リコちゃん!」

「だめー! シズクのじゃまはしちゃだめなのー!」

「リコ行かないで! ちゃんと話を――」


 でも、ぼくたちの呼びかけにも答えずにリコはすたすたと小さな身体いっぱいに町の中を走って行っちゃう――走っていった少し先で、リコは振り返って仕方ないなって顔をして最後に言い残していった。


「ふたりともはやくシズクとなかなおりしような?」


 そして、やれやれって生意気に首を小さく横に振った後、またも走りだした。


「いやいや……も――リコちゃぁん!」

「だからぁぁぁ……リコぉぉぉ……!」


 ……今からするとこだったんだよ!





 無心のままに金づちを振り落とすことだけに専念した。


(……いや、無心なんて嘘だ)


 最初は無心でも、次第に、そして、いつの間にか……レティとルイのことばかり考えていた。

 金づちを振り上げて、強く叩いて生まれる火花の中に2人の顔を何度だって思い浮かべた。


 ――どうして喧嘩しちゃったんだろう。

 ――どうして喧嘩しちゃうんだろう。

 ――どうして喧嘩なんかするんだろう。


 2人と喧嘩したって何もいいことなんてない。悪いことばかりだ。

 あんなに2人から離れないと口にし、日々思っていたとしても、喧嘩したら毎回あっさりと距離を取ってしまう。

 今も昔も僕はどうして学習しないんだろうと思っても、喧嘩はしちゃうんだから仕方ないとも思ってしまう。


 ……指輪を作ろうと思ったのは何気なく目についたことから始まった、本当にただの思い付きだった。

 ナイフとか銃が収納されたソーサルツールである指輪は道具の1つとしてはめていたけど、着飾るために身に着けるなんて考えは今までは無かった。でも、提案してからは装飾品としての指輪もいいかなんて思ったりもして、中々にいいアイディアだったんじゃないかと指輪作りに意気込んだ。


(けど、今はもう……2人のため以外には考えられない)


 自分が身に着けるためにじゃなく、喧嘩しても変わらず大切なままの2人にプレゼントしたいと思うようになっていった。

 そして、自分の作った指輪を2人にあげたいと思いながら練習用の鉄板を叩いて――ふと、ある発想が頭を過ぎって……僕はハンマーを振り上げたまま固まってしまった。


「……シズク、どうした? 突然固まって?」

「い、いえ! な、なな、なんでもありません!」

「その反応はなんでもあるだろうよ。どうした? やめるか?」

「本当に大丈夫です! 続けてください!」


 ちょっとした中断を自分で入れてしまったももの、そこからはまたも同じく作業を続ける。

 先ほどとは同じ心境では作業できなくなってしまった。

 心境は変わっても進行を妨げることはなく、むしろやる気が込み上げてくるようにも感じていた。


(指輪を……あげる……2人に……そうか……そっか……!)


 叩いて、叩いて、叩いて。

 僕がしたことと言えば金づちを振り降ろすだけだった。

 補助についてくれたマーサンのお父さんが炉から取り出した熱い鉄を金敷に置いてくれて、冷める前に僕が叩いていく。

 どこを叩けばどのように曲がるか、どのように広がるか、どのように姿を変えるか。

 叩いては叩いては叩いて……単純な作業以外では、鍛冶というものは他に知ることはなかった。


 途中で腕が痛くて何度かハンマーを落としそうになったし、間違えて金敷を叩いてしまったことも度々あった。

 汗でびっしょりとなるくらい熱くて堪らなかったし、次第に溜まっていく疲労と眠気に頭はふらふらだったし、空腹でお腹が鳴ったりもした。


 正午過ぎから始まったも夜が更けてからは本当に辛くて仕方なかった。たびたび休憩を挟み、椅子代わりの木箱に項垂れながら何度もやめたいと思った。

 でも、口にしなかったのは項垂れる僕を見かけて、お父さんがやめるかって聞いてきたことと、2人の顔が浮かび上がったからだった。

 僕は強がって、また立ち上がって炉の前で金づちを振い続けた。


 最初は単純な思い付きで、後から自分が着けようと思っての指輪制作は次第に2人にあげようと考えに至っていて。

 そして。

 言葉にするには死ぬんじゃないかってくらい恥ずかしくて、でも、いつかは2人にしてみたいって思っていたことを、僕はこの夜の間に決心してしまったんだ。

 もう、僕は止まらない。


「朝、か……よしっ、これまでだ……!」

「は、い……!」


 叩いて、叩いて、叩いて……。

 止めと言われたのと同時に握った金づちが手から滑り落ちる。

 この夜に叩いた数はお父さんとマーサン、それにレティ……が今まで叩いてきた回数の千分の一にも及ばないとしても、以前よりは金属というものがわかったと思う。


「……どう、だ? 感覚、わかった、か?」

「……どう……でしょ……? クタクタで……考えが……」

「なら……ほれ、もう1度……!」


 試しに作業が始まる前に作っていたぐにゃぐにゃのドーナッツに金魔法を再度かけてみたら、最初とは違ってしっかりと綺麗な輪っかになってくれた。


「……よし! やればできるじゃねえか!」

「……おおっ、おおっっし!」


 たった1晩程度の訓練だったけど、成果は確かにそこに現れていた。

 これで多少はまともな指輪が出来ると思う。


「行くぞ、外……!」

「は、い!」


 おとうさんに呼ばれるままに立ち上がり、のろのろとおぼつかない足取りで鍛冶場の外へ出て昇る朝日に身体を当てた。

 そして、朝日を前に、おとうさんはぎんぎんに充血した目で僕を力強く見つめてきた。


「……よく耐え忍んだな……合格だ!」

「こちら、こそ……一晩、中……付き合ってもらって……ありがとう……ございました……!」

「俺は……もう、寝る!」

「はい……!」


 そこで僕もおとうさんも力が尽きて、路上であろうとも倒れるようにして眠っちゃったんだよね。

 どうしてお店の外に出たのかはわかんないや。


「ふぁ……おはようからおやすみ? なんでそとでねてるんだ?」

「なんだいなんだい。外で変な音がしたと思えば2人して……まったく。運ぶ身にもなっておくれよ……ま、おつかれさん」


 眠たそうなリコを抱きかかえたマーサンが姿を見せたのは、地面に這いつくばった僕の意識が無くなるのと同時だったけど、何も答えることが出来ずにそのまま目を閉じた。

 目を覚ましたのは、お昼を過ぎた頃だった。





「なんだよ。せっかくぼくから謝ってあげようって思ってたのに!」


 むしゃくしゃとしたので今晩は思わずやけ食いだ。

 あれとこれとそれって、レティと2人で入った定食屋さんでいつもよりも多めに注文を頼んだんだ。

 ……テーブルにずらずらと並ぶお皿を前にぼくはやっちゃったかなぁと苦笑いを浮かべちゃった。


「すごいね、レティ……?」

「……あ、そうね?」


 これ大丈夫かなぁと対面に座ったレティの顔を伺うと、レティはぼくとは別の意味で、申し訳なさそうっていうか、不安そうな顔を見せていた。


「どうしたの? ごはんが多くて食べれないって顔じゃないよね?」

「いや、あの……うん。こんなことが前にもあったなあぁって、思い出してたわ」

「こんなことって…………シズクのことだよね?」


 レティはうんと重々しそうに頷いた。

 ぼくは「なに?」と口にしながら、ぶつ切りにされた焼き魚の中でも1番大きなやつにフォークを突き刺し、「シズクが1人で家出でもしたの!?」で刺したやつを無理やり口に頬張って聞いた。

 魚料理なんてこの1年殆ど口にしてなかったのに、味わうことも忘れてもぐもぐと噛んでごっくんと飲み込んで次へ。

 やけ気味に、がむしゃらに料理を口に運ぶぼくとは逆にレティは「そんなところ」とコツンコツンとお皿の上に添えられていた芋をフォークで遊ぶように転がして続ける。


「わたしたちが元いた世界に似たトコロに行ったって話はしたでしょ。そこで、あいつが精神的に参っちゃった時のことをさ、思い出しちゃった」

「……それって」


 確か、全身真っ白な女の子がシズクたちをこの世界に呼んだ理由を聞いた時だっけ?


「レティとシズクはその人たちの遊びの駒としてこの世界に呼ばれたって話だったよね」


 おまけにゼフィリノスやユクリアも同じような駒だってことも聞いた……でも、なんでだろうね。

 あの時も今も、それとは別に2人はぼくに隠しているって疑問は晴れない。隠してるっていうか、あえて話さなかった部分があるみたいな。

 隠し事をされるのは嫌だけど、でも、きっと2人のことだからぼくのことを思って言わないでくれてるんだと思う。


(ぼくだって、その話を聞いて2人には言ってないことがある)


 2人にはきっと大迷惑……なんて言葉では片づけられないくらい辛いことだったと思うけど、ぼくはそのおかげで2人と出会えたんだって、少なからずその人には感謝しているんだ……なんて、ね?

 こんなの、絶対に言えないでしょ。


「……ま――今の状況とは全然違うんだけどねぇ」

「え?」


 深刻そうな顔をけろりと変えてレティはくすりと小さく笑い、転がしていた芋にフォークを刺して口に運んだ。ぼくも真似するように頼んだサラダにフォークを刺して水物野菜を口に運ぶ。エストリズが近いおかげなのか野菜はテイルペア大陸で食べたものよりみずみずしい。

 もぐ、もぐと小さく口を動かして飲み込んで、レティは意地悪そうに笑いながら手に持っていたフォークの先を指揮棒でも振うかのようにぼくに向ける。


「あの時とは違って今回はわたしたちとの喧嘩でしょ? だから、自暴自棄って感じじゃないとは思うし、ルイみたいに腹を空かしたら戻ってくるんじゃない?」

「ひどいよ! ぼくがいつもお腹すかしてるみたいじゃないか!」

「あれ、違うの?」


 ぼくはふんと鼻を鳴らして、止まっていたフォークを赤いソースで色づけられたパスタの山にぶっさして、ぐるぐるに絡めた後に自分の皿へと強引に乗せる。

 レティもパスタにフォークを差し入れながら、さっきとは違って軽い感じで「ごめんごめん」なんて謝ってくる。ふん、いいよ。今は許します。

 くるんと、レティは程よい量をフォークに絡めて口に運ぶ。そして、ゆっくりと味わい喉を鳴らして言う。


「……でも、きっと距離を取るのも大事なんだと思うわ」

「もぐっ……どういうこと?」

「近すぎるのも息が詰まるってことかな? 特に男はわたしたちの中でシズクだけだしね」


 ぼくは2人といっしょにいて息が詰まるなんて思ったことは1度も無い。

 けど、レティの言うようにシズクはぼくたちの中で1人だけ男の子だからこそ考え方が違うのかも。


「息が詰まって詰まって、爆発して……だから、こんなふうに毎回喧嘩しちゃうのかもね」

「だからなのかなぁ……」

「さぁね、ただのわたしの思い付きよ」


 そして、レティはまた別の料理へと手を伸ばした。

 逆にぼくの手は止まって、考えて、そして聞いてしまう。


「レティもそう思う時があるの? ぼくたちといっしょにいて息苦しくなったりするの?」

「時には1人になりたいなーってこともあるわ。けど、ここじゃあ大体馬車での移動ばっかりだったじゃない。1人になりたいって思っても状況が許してくれないっていうかさ」

「言ってくれたらよかったのに……」

「……わたしの性格くらい知ってるでしょ?」

「まあ、そうだけど……」


 でもさ。


「距離を取るのは大事だと思うけど、やっぱり……」

「……心配?」

「……うん」


 心配、だよ。

 ぼくとレティはこうやって仲直りできたけど、シズクは今夜はずっとぼくたちから離れて1人でずっと考えちゃうと思うんだ。

 わかるよ。シズクがどんなふうに思ってるかなんてさ。どれだけぼくたちのことを思ってくれているかってさ。

 今回レティとはこんなに早く仲直りできたけど、いつも喧嘩した時は仲直りするまで心細くて辛かったんだ。

 どうやって謝ろうとか早くあっちが謝ってくれればいいのにって思いながら、いつも悲しくて焦がれてたんだ。


「……頼み、過ぎちゃったね」

「そう、ね」


 さっきまでぐーぐーと訴えていた食欲はすっかり消えちゃって、半分以上残ったお皿の上のものを見て2人してうんざり顔を歪めた。

 その後も、どうにか頑張って2人でお皿の上の料理と格闘してみたんだけど、やっぱり、食事は残してしまった。


「あー食べ過ぎて気持ち悪い……これも全部シズクのせいだ……!」

「うっぷっ……そうだ。わたしたちは悪くなーい!」

「シズクのばか―」

「シズクのまぬけー」


 食べ終わった後、ぼくらはお腹を抱えながらもどうにか宿を取って、直ぐにベッドに横になった。

 そして、寝るまでの間2人でシズクの悪口を言い合った。

 でも、本当はぼくもレティもさ。シズクに対して全くと怒りなんてなかった。

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