第231話 時には喧嘩をして不仲になる日

 この旅で最悪な思い出が何かと尋ねられたら、僕ら3人口を揃えてバーバリオでの思い出だと言うと思う。

 理由は因縁をつけてきた女にあることないこと吹聴され、あの都を逃げるように去ったからだ。

 立ち往生していた原因である船の運航が再開したのも噂が流れだした次の日で、すぐさま僕らは向こう岸へと渡っては悔しい思いをしながらバーバリオを後にした。  レティとルイに対してあることないこと妙な噂を流し続け、あの女はにやにや笑ったままなんだろうな……って思い返すたびに腹が立つ!


 今後、僕らはあの街でのことは口にすることはないだろう。

 1番の被害者である2人は特に語ろうとはしないし、僕だって大切な2人を貶された街での話なんかしたくない。

 僕らの中でバーバリオ自体触れることがタブーになっていて、あんなにも綺麗な情景も、少なからず知り合った人たちとの交流も、全部ぶち壊すほどに嫌な思い出となってしまっている。


 ただ、格別嫌な思い出がバーバリオってだけで、旅をしていれば楽しいことと同じくらい辛いことも悲しいことは沢山あった。


 例えば、突然発生した暴風に巻き込まれて、馬車の幌が吹き飛ばされ、車輪が壊れたりと、荒野のど真ん中で立ち往生したこともある。

 車輪の方は魔法のおかげでどうにか直せたけど、次の町に到着するまで裸みたいな馬車での進行は昼も夜も変わらずかなり辛かった。


 盗賊や野盗に襲われたこともしばしばあった。

 見た目で判断されるのはも常にあったし、悪さをする人には美味しそうな獲物に見えちゃうみたいだ。

 おかげで油断してくれる人が殆どだったり、リコが完全に僕から分離してしまったので怖気づくことなく対処することが出来た(イルノートに言わせたらまたわけだけどね……)。


 話には聞いていた闘技場がある町に滞在した時はちょっとした意見の食い違いから、ルイが剣闘士としてエントリーされる事態になったこともあった。

 やる気になってしまったルイを宥めつつ、レティと2人で主催者とをして、どうにか出場を取り消してもらえたなんてこともある。


 命の恩人だという勘違いからリコが貴族の男の子に求婚され、町中を巻き込んでの逃亡劇を繰り広げたこともあった。

 結果的にその男の子は本当の恩人である女の子と巡り合い一件落着――かと思いきや、今度は振られたと勘違いしたリコがむくれて大変だった。


 色々なことがあった。楽しいばかりじゃなくて、同じ分だけ辛いことも僕らは経験していった。

 バーバリオでの日々の様に記憶に残るような強烈な思い出もあれば、記憶に残らないような日常での1コマでもうんざりすることはある。

 そのうんざりってやつは、別にしたくもないし、後で絶対悲しくなったり後悔するのに僕らは必ずとやってしまう。

 それが何かというと、僕ら3人の喧嘩だ。


 この旅の中で2人とは何度と喧嘩をしてきた。

 色々とした中であえてどうでもいい喧嘩を思い出すとしたらレティとの食事でのことだろうか。

 トーキョーで買いこんでいたお米が残りわずかとなり、どちらが最後の白米を食べるか……なんて他人に言わせればそんなことで? という喧嘩したこともある。


 いつも笑って楽しく旅をしていたいとは思うけど、僕たちは衝突してしまう。

 性格が似てるからって部分もあるんだろうね。

 僕も含めて3人とも意地っ張り。ことが起これば僕ら3人は自分の主張を譲らない。

 

 いつもは仲良く手を繋いでることが多いレティとルイだって喧嘩をして2、3日口をきかなかったこともある。

 酷い時にはつっかみあいの喧嘩になることもあって、手も出れば足も出るほどの大喧嘩を起こしたこともあった。


 僕ら3人のうち2人が喧嘩した場合、残った1人は見守りつつも、やんわりと2人の仲を取り持つのも暗黙の了解となっている。

 下手に2人の間に入って、どっちが正しいかって話になるのもあれだしね。

 その後、喧嘩する2人が納得するか怒りが消沈するまで、そして、仲直りをするまで見守る。

 なお、リコは僕らが喧嘩をするたびに最初ははげしく狼狽えたり、ものすごい悲しい顔をしていたけど、今ではまたかってうんざりとした顔をするだけになった。


 多分僕らはこれからも何度だって喧嘩をしていくと思う。

 笑いあった回数と同じくらい喧嘩もする。そして、同じ数だけ、何度だって仲直りをしていく。

 どんなに大きな喧嘩をしても絶対に仲違いすることはないって信じあえるから、僕らは喧嘩をするだと思う。

 これはきっと、僕だけが思っているわけじゃないって信じている。


 僕らの喧嘩は記憶に残らない日常の1コマみたいなものだ。

 良いも悪いもなく、思い出にすら残らない、なんてことはない毎日の中に必ずとあるものだ。

 だから今回の喧嘩も僕らに言わせたら日常的に当たり前の出来事だった。


 なんでもない、普段通りの――。





 ユッグジールの里を飛びだすようにして始めたこの旅も、もうかれこれ8か月は過ぎた。

 きつい陽射しに焼かれ、荒々しい大地にうんざりしつつも、僕らを運んでくれる馬のマロを含め、誰1人として欠けることないままに旅は続いていった。


 テイルペア大陸での旅も2回目であったが、身体もここの気候になじんできたようで、あまり暑いとは口にしなくなったと思う。でも、言わないだけで暑いことには変わらなかったし、日中での移動は毎回ひいひい舌を巻くのも変わらずだった。

 しかし、イルノートがいた時に比べたら身体にかかる負担は少ないように感じる。

 これはあの頃よりも僕の身体が大きくなったことで辛抱強くなったってことなのかな。


 最初はバテ気味だったレティも今では顔に出ることもなくなり、あんなにも暑さに弱かったルイにいたっては馬車での移動中に外に出てもけろっとしてるくらい強くなった。いつの間に暑さを克服したのだろうと感心するばかりだ。

 リコは相変わらず暑いのは平気そうだけど、本当に人になっちゃったのか無尽蔵に見えた体力にも限界が出来て、以前よりも運動量は控えめになった。

 炎天下の進行中でも馬車から降りて好き勝手に走り回るんだけど、途中で息を切らして戻ってくることもしばしば。

 「なんかふべん~」と不満を漏らしてたけど、ライオンだった頃と僕の魔力だった頃、そして今の姿では全然違ことは受け入れているみたいだ。


 いくつもの町を経由し、ほとんど変わり映えもせず長く先の見えない街道をひたすら進んでいく。

 ただ、ここ最近は変わらない道のりに反して肌に感じる空気が変わったことに気が付いた。

 そして、気候が和らいだのだと感じ始めたのと同じ頃、見覚えのある町に到着したことを知った。


 そこはユッグジールの里を目指し、イルノートと旅をしていた時にテイルペア大陸で初めて訪れた町だった。

 あの時はここから南下してゲイルホリーペへと向かったのだが――つまり、もうエストリズ大陸は目と鼻の先であることを示していた。

 あとちょっとでエストリズだ! と、ようやくテイルペア大陸の暑さとおさらばできると浮かれそうになっていたはずなんだけど……。


「シズクなんて知らない! レティもどうしてわかってくれないんだよ!」

「知らないわよ! あんたたち2人が勝手だからだって言ってるの!」

「レティの方がいつもいつも勝手だろ! なんで僕がそんなこと言われなきゃいけないんだよ!」


 ――この町に到着して早々、僕らは喧嘩をした。


 きっかけは些細なことで、いつも通り後から冷静に考えてみれば、別にどうでもいいようなことだ。

 でも、僕は絶対悪くないし、ルイも頑なに自分の否を認めることなんてしないし、レティだって自分の方が100倍正しいとか思ってるに違いない。


「僕は間違ったことを言ったつもりはない! レティが余計なことしなかったらこうはならなかったんだよ!」

「だ――! それはこっちの台詞よ! 大体なんでわたしが悪いって話になるのよ! ルイの馬鹿が悪いんでしょ!」

「ぼくが馬鹿っ!? レティの方が馬鹿だよ! もうシズクもレティもなんでそんななんだよ! ぼくもうやだ! 2人の顔なんて見たくない!」


 こうして僕たちはいつも通りの――いつも通りの喧嘩になるはずだったけど、いつもとは違って特殊な喧嘩をして3人バラバラになった。

 何が特殊かというと、いつもは3人のうち2人が喧嘩するってパターンなのに、今回ばかりは3人一緒にという器用な喧嘩をしたんだ。

 そして、3人同時に喧嘩をするの今回が初めてだった。


「「「ふんっ!」」」


 3人そろって顔を背け合うのも真似をされたようで気に入らない。

 僕は町の中へがしがしと足音を立てて2人から離れていく。

 レティは背後から汚い言葉を投げつけながらも僕とは反対に町の外へ出ていってしまった。きっとレティはウサ晴らしに町の外で馬鹿みたいにバイクでかっ飛ばすのだろう。

 ルイは魔法で水龍を生み出して上空へと飛び、周りの人たちを驚かせていたみたいだ。ルイは常識がないから人目がつこうとも好き勝手に魔法を使っていくと思った。

 2人のすることは見なくてもわかる。

 ふんだ、2人とも勝手にしろよ。僕はもう知らない。


「なんだよ! 2人して自分のことばっか! もう大っ嫌いだ!」


 先ほどの喧嘩も含め、注目を浴び続けながらも僕は町の中をのしのしと歩き続けた。

 せっかく久しぶりに訪れた町だっていうのに、頭に血が上った今の僕の視野は狭まってしまい、景色を楽しむなんてことは出来そうにない。

 だいたいこんな気持ちを1人で抱えたまま――。


「……あのな」

「……」

「……シズク、はやくあやまっちゃいなよ?」

「…………やだ」


 訂正、後ろから着いてきたリコと2人だったとしても今のままじゃ楽しめるわけがない。

 ふん、と顔を逸らして後からかけられたリコの声も今の僕の胸には一言だって届きやしなかった。


「謝るのは2人の方だよ! 絶対僕からなんて謝るもんか!」

「もぉ、シズクはー……(……ん、なに? ……わかった。リコはだまってたほうがいいの? でもリコこのままはやだし……うん……うんうん……そーする)」


 何やらリコが1人でぼそぼそ……こんな僕らに呆れてか愚痴っているのが聞こえた。

 リコに対してもちょっとだけイラっとする。

 けど、怒りをぶつけていいのはルイとレティだけだ。

 リコに当たるのは間違ってるし、そんな真似は苛々してても絶対したくはない。

 それに……さ。


(……リコは対立した3人の中で僕を選んで着いてきてくれたんだ)


 それが2人の行動からして結果的に僕の後に着いていかざる負えない状況だったとしても、不機嫌な僕に着いてきてくれたこの子の気遣いだけは無碍には出来ないし、したくはない。


「……」


 前に進めた足を戻して立ち止り、リコのことを想っては怒りを抑え込む。

 眉間の皺をもみほぐして、硬くなった表情を少しだけでも和らげる。

 それから、そっと後ろにいるリコへと振り返って両手を伸ばす。


「…………おいで、リコ」

「……ん」


 同じ様に両手を伸ばした彼女の脇に手を差し込んで身体を抱きあげた。

 首に手を回して僕に掴まるリコの背をぽんぽんと軽く叩きながら……気持ちは高ぶったままだったから、顔は合わせずぶっきらぼうに口にする。


「……まだ腹が立ってるから、このまま2人と会ってあやま……いや、仲直り……でもなくて……話をしようにも今の僕じゃきっとまた喧嘩しちゃうと思う。だからもう少しだけ落ち着く時間を僕らにくれないかな」

「……しかたないな。ん、ちゃんといつもどおりなかなおり、ね」

「……うん」


 そう、こんなのはいつも通りの喧嘩だ。

 別に珍しくもない、いつも通りのことだ。

 だからこそいつもと同じように僕らは時間をかけて頭を冷やすんだ。


(あやまっちゃえ、かぁ……でも、今回3人同時だからなあ……僕の気が晴れてもどっちかが怒ったままってこともあるかもだし……)


 って、なんでぼくから謝らなきゃいけなんだよ。

 僕だってまだまだむしゃくしゃしてるし、いつ落ち着くかなんてわかりやしない。


(……2人がごめんって謝るなら考えてあげないこともないけどさ)


 けど、2人がそう簡単に謝ってくれるはずもないか……あーもう! また2人のこと考えてる。

 苛々するんだから別のこと考えようよ。


「シズクかおこわい。ほら、みんなシズクからはなれちゃってる」

「……あ、うん。ごめん。僕今邪魔だよね……」


 僕はリコを抱きかかえた時からずっと道の真ん中で立ち尽くしていた。

 そして、この場を往来する人たちは怪訝な顔をしながら、僕から距離を取って避けるように進んでいた。


 僕はリコを抱きかかえたまま、通行の邪魔にならないように道端に寄り、尻もちをついて知らない人の家の壁へと寄りかかる。

 行儀も悪く、その家の人には迷惑だとは思ったけど、今の僕にはそんなことどうでもいいと切り捨ててしまい、何もしないで落ち着きたいと身勝手な思考が働いてしまう。

 リコには好きなところに遊びに行ってもいいよって言ったけど、彼女は何も言わずに僕の膝の上に座って同じ様に寄りかかってきた。


「ちゃんとなかなおりしなよ?」

「……わかってるよ」


 いつになるかはわからないけどね、とまでは口にしなかったが、垂れた耳と一緒にリコの頭を撫でた。

 でも、本当はもうリコと触れ合ったおかげでさっきよりは多少落ち着いてきているんだよ、って言葉も口にはしなかった。


 まだ言うにもするにも何かが足りない状態だ。

 その何かが整うまで、心の準備が出来るまでは2人と会うなんて絶対無理で、少しでも気を逸らすためにと目の前の道を歩く人たちを眺めていようと考える。

 だから、今まで俯いていた顔を上げ――。

 

「……ん? そんなところに座ってどうしたの?」


 ――る前に、ふと空から見知らぬ誰かの声が降ってきた。


「えっ、誰――って、びっくりしたぁ」

「おー? かべからひとがでたー?」


 一体誰だと声のした方へと顔を上げると、そこには1人の女性が僕のことを見下ろしていた。

 どうやら僕がお邪魔している家の人らしい。寄りかかった壁の窓から上半身を覗かせて僕をじろじろと女の人が見つめている。


(ああ、この家の人かぁ……直ぐに退かないと怒られ……ん? んんっ!?)


 声をかけられたことにもびっくりしたけど、次に驚いたのはその女性のガタイの良さだった。

 窓からは胸から上しか見えていないが、とてもがっしりとした肩幅をしている。

 ……が、太っているわけじゃない。よおく見るとシャツの袖をまくり上げた二の腕は引き締まった、太い筋肉で盛り上がっている。

 胸板が厚いのもきっと筋肉なのかな……そんな目で見るのは悪いか。

 襟元から覗く黒髪はバンダナで殆ど覆われていて、おでこから顎の輪郭まではっきりしている彼女の顔は掘りも深くて貫禄がある……これも女性に言うのは失礼だよね。

 でも、愛嬌はあって……ええっと、だから僕を見ろしていたのは凄みのある女性だった。


「うわ、すごい美人さんね。……ね、美人さん、いったいそんなとこに座ってどうしたのよ?」

「……」


 何も言い返せずに呆然としていると、その人は目を細めてじーっと僕を見下ろしたまま呟いた。


「……もしかして迷子?」

「……あ、ち、違います!」


 慌てて否定するとその人は窓枠に頬肘を突いてじゃあと続けた。


「誰かを待ってるとか?」

「それも……違います」

「それじゃあ一体何してんのさ。まさかうちに悪いことでもしようとしてたんじゃないでしょうね?」


 それも違う! と否定しようとしたんだけど、今度は僕より先に胸の中にいるリコが答えてしまう。


「あのね、シズクね。レティとルイとけんかしたの」

「……あ、リコ!」

「だからおこるのなくなるまでぼーっとしてたんだよ」

「もうっ、リコったら!」

「へぇ、何? 仲間と喧嘩でもしたの?」

「う……」


 リコにばらされてしまい、もう言葉が詰まって先ほど以上に何も言えなくなる。

 見上げていたその人から顔を逸らし、ついついリコの赤い髪の中へと顔を埋めて今の自分を隠すことしか出来ない。

 頭の上でバンダナの女性がくすくすと笑うのでもっと身体を縮こませてしまう……。


「ごめんごめん。ちょっと面白くてさ……まあいいわ。そんなとこに座られる続けるのもあれだし、そのまでうちにでも来る?」


 う……リコの説明のまま言われるのもなんだか恥ずかしいな。

 確かにこのままって訳にも行かないか。さっきから往来する人を見てるつもりが逆にちらちらと見られてるし……。


「……いいんですか?」

「私はあんたみたいな綺麗なお嬢さんをこのままにしておくって方が心配だよ」

「お嬢さん……」


 ……説明するのもなんだし、僕は素直に彼女の誘いに応じることにした。

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