第221話 その事実に気が付き、浮かれてしまう日
今年も残りわずかとなった13之月の暮れ。
間もなく迎える燭星900年という記念すべき瞬間に向け、町は活気を溢れたお祝いムードに包まれている。
人のごった返した大通りはあちらこちらと900という文字と声が躍り飛び交っていて、今か今かと新しい年を待ち望んでいる空気を足を運ぶ先で感じ取れる。
僕らも900年のお祝いをしようかな、と流れる汗をぬぐいながら思う。
後で3人と合流したら相談してみよう……と、今の僕は1人町の中を探索中である。
そう、今の僕は1人だ。
「……まあ、昔とは違うからね」
周りの賑わいとは反対に、1人でいることに少しばかり寂しく思ってしまう――……なんてね。
今この場に彼女たちがいないのは、3人でルイの新しい服を買いに行っているからだ。
この数年、ルイは四天の衣装である巫女っぽい服しか持っていなかったらしく、その為、女子3人から男子の僕は仲間外れにされている。
……いやいや、僕には僕の分担があるってだけだ。ただ食料や備品の買い出しで別れただけだ。
別に寂しくなんてないぞ!
「しっかりしろ。僕には大事な役目があるでしょ! うん…………宿の人が言うには次の町までは馬車で3日から4日って言ってたから……」
イルノートと一緒にいた頃と違い、今はクーラーボックスがあるため、ある程度は新鮮な野菜も生肉だって購入できる。
しかし、今の僕らはある程度節約をしなくてはならない立場だ。昨日僕たちはこれからの旅の足として馬車を購入したのだが、これが中々にお高い買い物になった。
以前乗っていたようなボロい幌馬車ではなく新品の四輪車だ。しかも4人で並んで寝ても余裕なほどの大きさだ。
さらにお店の人に勧められて強靭で立派な馬まで購入しちゃったこともあり、すっかんぴん。おかげで現在の懐は結構寂しい。
バイクで馬車を牽かせようって話も出たけど、流石に荒野を走って途中でパンクとかしたら洒落にならないし代えの利かないモーターにあまり負担はかけたくないってことで却下だ。
「今まではバイク任せだったからね……本来は馬車を使って当たり前。必要経費だとしても辛いなあ」
船を使うって手もあったけど、後々のことを考えると馬車はやはり外せない。
そもそも、ルフィスさんと別れたのに船を使うって言うのもね。
強い日差しと厳しい荒野ばかりのテイルペア大陸を徒歩なんて論外だし。
「あーあ、かっこつけずに1リット金貨くらいは手元に残しておくべきだったかな」
里に残った子供たちの為にと気前よくリット金貨全部あげてしまったことを情けなくも悔やむ。
それでも以前ルイと2人で貯めたお金が残っている(ルイが旅に出たとかで半分ほど無くなってた)……そう楽観していたツケがここできた。
それらを含めた手持ちのお金は今回の馬車代でほとんどが消え、ルイの衣服や雑貨でさらに消える。
「またギルドで依頼をしてお金を稼ぎながらの生活かな」
ここまでぶつくさと愚痴をこぼしてみたものの、実は嫌じゃない。
ギルドで依頼をこなしていく日々も、こうしてみんなで一緒にいられることも僕は楽しみにしているからだ。
僕はこれからレティとルイと、リコとみんな一緒で旅をするんだから。
しかし、先立つものが無ければなんとやら。
大通りから市場にたどり着き、僕は直ぐにお財布の紐をぎゅっと縛って気持ちを硬くする。1リット銅貨でも安いものを買おうといざいかん。
最初に青果のお店で足を止め、まずは様子見の品定め品定め……と。
「え……あ、あらぁ……ちょっとあんたえらい別嬪さんやね!」
別嬪さん?
別嬪さんって言葉に思わず反応して、周りを見渡してみたけどどこにもいない。あれ? ま、いいか。
また顔を下げて野菜へと注目する。
「真っ赤なこれなんだろ。見慣れないけどトマトかな……少し小振りで皺があって……玉ねぎは中くらいの大きさで、あれ? エストリズよりも安い。じゃが芋も……ん、これはこの量で売ってくれるんだ」
「ちょっとお兄ちゃんお兄ちゃん。そんな無視しぃひんでよ!」
「……?」
前からぽんぽんと肩を叩かれ、顔を上げるとこんがりと日に焼けたおばさんが僕を見てにこにこ笑っていた。
露店商であるおばちゃんは「どこからきたん?」と聞いてきたので「ユッグジールの里です」と反射的に答えたことからぐいぐいと質問責めにあった。
「お父ちゃんとお母ちゃんは?」「はぁ……えらいなあ。1人なん?」「なんや仲間がいるん? ええやん。どこに行くんや? ゲイルホリーペちゃうの?」「ほぁっ、そりゃ遠くまで行くんね。ええなぁ。おばちゃんここしか知らんわ」などなど。
おばちゃんはスクラさん、ラクラちゃんみたいな訛りの入った口調で僕に一言二言の返事の間に次々と早口で言葉を出していく。
「――な? それで……しっかしまあ、えらい別嬪さんやね」
「別嬪さん?」
「あんた、あんたのことや! なぁにいっちょ前にとぼけちょって! おばちゃんもあと20年若うかったら攫ってまうとこやったわ」
「ははは……そんな、え? いや、まさか……」
「ははっ、気分ええわ! ほれ、うちの店のもん好きなだけもってき!」
「え、悪いですよ。だ、だめ。お金は払います!」
「ええからええから!」
参ったなぁと呆気に取られたりもしたが、気前のいいおばちゃんはあれやこれやと沢山おまけをしてくれた。流石にお金は置いていったけど、多分出した金額の3倍の量はある。
風呂敷まで用意してくれて何度も頭を下げて感謝をし、こんなにも安く購入できたことは心から喜んだ。
「良い人だったなあ……けど、別嬪さんだなんて、人をおだてるのが上手だなぁ」
言われ慣れていないからこそついニヤニヤと口元を緩ませちゃうけど……ふと、思う。
いや、何かがおかしい。こんなこと今までになかった。
おばちゃんの善意から来るものだと思いながらも、疑ってしまう。でも、考えてもわからない。疑惑は晴れないままでも次にいくしかない。
しかし、肉屋でも同じような反応を受けた。
ここらで飼育されている岩牛と呼ばれる品種のブロック肉を安く買わせてもらい、おまけと干し肉をいくつも貰えたりする。
続いて生活用品等を求めて雑貨屋に足を運べば、これまたサービスサービスと大盤振る舞い!
「また来てやー!」
「あ、ありがとうございました……」
背中や両手とぎっしり今日の収穫物をこしらえてふわふわと地についていないような足取りで店を出た。もっと他の店を覗いてから購入しようと思っていたのに、3店舗であっさり買い物は終わってしまった。
今日はとても運が良い――いつもならそう思うのに今回ばかりは腑に落ちない。
「変だよ……やっぱり、変だ」
安く買ったと思ったけど、もしかしたらこの町では高い方だからこそ多少はサービスして優先的に買ってもらうって魂胆か? なんて、歩きながら他の出店を見ても価格は同じくらいだ。
「900年のお祝いセールってこともあるのかな。けど、それにしたってサービスのし過ぎっていうかさ……」
予想以上に早く買い物が終わり、先に集合場所に決めていた軽食屋へと向かっている間、なんとも言いようのない気持ちの悪いものが胸に巣食う。
もしかして、この町では見知らぬ人に物を分け与えつつ、それを餌にして何か罠を仕掛けているんじゃないか。
最後の最後、町を出る時にちょっと待てと言わんばかりに落とし穴があるんじゃないだろうか――なんて邪推もしてしまう。
それに……。
「……人の視線を感じる」
大荷物を身体に巻き付けて持っているからか、多くの人の視線が自分に向けられていることにも気が付いている。
もしかして、買わせるだけ買わせて追い剥ぎとか……!?
「何が起きても動じないようにしないと……」
その後、気を張りながら集合場所へそわそわとしながら向かう――が、結局何も起こらずに無事に集合場所についてしまった。
いや、これからか?
気を抜いた時にでも町の人が一斉に躍りかかってくるかもしれない……1人ドキドキ緊張しながら周囲に注意を払っているが、これまたやはりと何もない。
「僕の勘違い? けど……」
じろじろと僕を見る視線はあちらこちらに溢れている。
視界の中に入った人……特に女性たちは僕の顔を見るなりすぐに目を逸らす。
おかしい。絶対おかしい。なんだ、この町でいったい何が起こってる。
「こ、ここち、こちらの席へどうぞ」
「……う、うん」
案内を受けたウェイトレスの女の子は僕に警戒心ばりばりだ。
店の中ではなく、外の見晴らしのいいパラソルのついた席へと案内され、荷物を椅子に置いてから僕も座って項垂れる。
何故、店内に案内されなかったのだろうと背後を振り向けば、あれ? いつの間にか店の中はお客さんでいっぱいになっている。
そして、僕をぎゅっと見つめていて……店内の全員が一瞬で目を逸らされた。
(一体、本当になんだ…………――あれ?)
ふと、思った。
(まてよ。これって……?)
席に着くまで警戒して気が付かないかったが、この視線の感触には身に覚えがある。
それは、以前も大なり小なりあったが、最近では王都グランフォーユの1つ前に立ち寄った町、レクサヒルで働いたお茶屋さんの時の客引きパンダとなった時に受けていた視線と同様のものだ。
ただし、それは男性の視線のもので、自分で言うのもあれだけど女の僕に見蕩れていた視線であって……今はそう、前回とは別で男性でなく女性の視線ばかりで――あれ?
まさか、と思う。しかし、と否定する。だが……!
そう、そう……これはまるで……!
(イルノートに向けられている視線!?)
そう、今僕に向けられている視線は以前イルノートと旅をしていた時に彼に向けられていたものと同じだと気が付いたのだ。
(いや、まさかそんな? だって僕の容姿はまだ子供で背だってそんなに高くない……)
なんとなくイルノートに似せるように……テーブルに座り物憂げにため息なんかをついてみる――ちらりと周りの人へと目を向けると、一斉に皆がぶるりと首を振る。
――この瞬間、僕の中に稲妻に似た衝撃が走った。
(まっ、間違いない!)
ばっと音を立ててその場に立ち上がり数歩歩いて天を仰ぐ。
ギラギラと眩しい太陽を、僕は目を細めて見つめた。
眩しい。眩しいが構うものか。
(きた、きたんだ! ついに僕にもイルノートのような色気がぁ!)
今までの僕は髪が長かったために女の子にしか見えなかった。
しかし、ルイを想って短くした今の僕はどうだ? 男の子、いや……完全な男にしか見えない!
(よし、よしよしよしっ!)
ググっと両腕を腰へと引いて喜びをかみしめる――。
「シーズーク!」
「わっ、リ、リコ!?」
「せいかーい!」
もふっと背中にリコが跳び付いてきていた。
続けて背後から投げられた言葉が誰のものかも直ぐにわかった。
「シズクあんた道の真ん中で何してんの?」
「何ってそりゃ自分がついに男……」
男として見られたことが嬉しくて舞い上がってましたなんて言えるわけがない。
「はっ、いや……こんなに暑いと雨でも降らないかなぁってね」
「あー……そうね。ルイの記憶越しで知っていたつもりだったけど、こんなに暑いとは思わなかったわ」
「うん。ぼくもやっぱり苦手だなぁ……この暑さは参るよね」
と、レティの言葉に続いてルイも弱音じみた声を上げている。
3人も思ったより早く買い物が終わったんだね、と振り返ろうとして――おっと、ぐいぐいと頬をマッサージして緩みを強制してから再度身体を反転する――。
「どうだった? 良い服買えた――……………………え?」
振り返った先にいるルイの格好を見て……僕はその場でまたも硬直した。
エヘヘと照れ臭そうにルイが笑ってひらりとその場で1回転……慌てて隣にいたレティがひるがえりそうになったスカートを手で抑えた。
「ど、どうかな! ぼくの新しい服は!」
「どうって、え? レティ、え?」
「……まあ、そういう反応になるわよね」
僕はあんぐりと口を開けてルイの格好を凝視してしまう――それも、今のルイは踊り子みたいな恰好だったからだ。
上半身は首から引っ掻けるように紐の通る胸元の空いた衣服で、丈も脇の下というほど短くて、お腹は当然と露出している。
僕とお揃いの青いペンダントが踊る胸元から細い腰、おへそへと視線を落とし、下に穿いているものは、ロングスカートかと思いきや両足にかけて大きめのスリットが入った腰下エプロンっぽいものだ。
スリットから片足を覗かせて細くて綺麗なふとももが足を組み直すたびにちらちら見え隠れする。
似合うって言えば似合うんだけど、その……。
「ルイ、ちょっとごめん」
「なに、シズ……きゃ!」
ルイの前でしゃがみ込み、ちらりとひらひらと揺れる前掛けみたいなスカートをまくって僕は首を傾げて、一緒に背中に引っ付いたリコも真似をして中を見ると……黒いパンツが目に入った。
何度だって見た普段ルイが穿いているのと同じパンツだ。
腰にはいつもより細い紐で結んである。けど、いつもは白だったよね。なのに、どうして……。
「ルイな。おとなっぽいのがいいってくろにしたんだって」
「なっ」
一緒にスカートの中を覗いたリコの説明に驚いてしまう。
レティが持っている下着みたいに細かな装飾はないけど、確かに黒ってだけで大人っぽさを感じてしまう。
(これはこれで……)
ごくりと唾をのみ込んじゃったけど、はっと正気に戻って顔を上げた。
「ルイ、これは流石――にっ!?」
ごっ……と話途中にルイの膝が僕の顎を打ち上げた。
痛みと共にひっくり返り、顎を抑えて辺りを転がった。リコはうまく僕の背から離れて綺麗に地面に着地している。
「な、何するんだよ! いきなりスカートを捲るなんてし、シズクのばかっ!」
わぁんとレティに抱きつくルイだけど、レティははあ……とため息。
「とりあえずさ、食事にしない?」
「う、うん……わかった」
と、僕は顎を擦りながら頷いた。
◎
気が動転してたとは言え、スカートの中を覗くなんて真似をした僕が悪い。
だから、ルイの膝蹴りに関しては悪く言えない……と、近くの空いてる椅子を3つ持ってきて、3人も同じ席に着いた時――背後の店内から何やら妙なざわつきが聞こえる。
「たくさん買ったわねぇ……この野菜とかって外でも大丈夫? ああ、もう……暑いし中で食事がしたかったけど店内は満員……ひっ、な、なんかお客さんこっち睨み付けてない? ねえ、ちょっとあれヤバくない?」
「え……どれ?」
「ん、レティどうしたの? ……誰も見てないよ」
店側を向いているレティと違って背を向けている僕とルイが振り返ってもお客さんは一斉に顔を背けた瞬間しか見えなかった。そんなことより僕は顎が痛い。
「痛……ひりひりする」
「シズクだいじょうぶか?」
「シズクがえっちなことするからいけないんだよ!」
わかってるって……だから何も言わないんじゃん。
思いっきり蹴ってくれたなあと治癒魔法で癒した後にも何度か擦ってしまう。
「まあ、今のは蹴られて当然だと思うけど……風で捲られたり、ふとしたことから直ぐに見えるわよ」
「大丈夫だもん! だってぼく暑いの苦手だし、この格好が1番風通しがいいの!」
風通しがいいって……それとは別に気にかけることがあるでしょうと僕は聞き返す。
「恥ずかしくないの?」
「恥ずかしい? なんで、こういう服でしょ?」
「いやいやこういう服って言ったって露出が多いし!」
「えー……でも、ほらこんな感じの服着てる人もいるよ」
「んな馬鹿な――……え?」
……言われて周りを見ると、確かに熱帯気候のテイルペアってことで露出の多い人ばかりだ。男の人なんて上半身裸で下半身は腰巻だけみたいな感じの人もいる。
男女ともに肌の露出はルイの比じゃない程晒している。
「言われてみたら、確かにここの人って結構薄着な人多いかも……」
「確かに……け、けど、その格好は、わたしは真似できない……」
ちなみに今のレティは上着だけを脱ぎ、コルセットを巻いたノースリーブのワイシャツとホットパンツといった格好だ。
いつものブーツは流石に代えたようで、膝下までの編み込みサンダルを履いている。これはルイと同じものだ。
あ、リコはレティと似た格好で赤い髪を前の僕みたいにきゅっとまとめてポニーテールにしている。
「メレティミのかっこうがいちばんうごきやすい!」
「動きやすくても風通し悪そうじゃん! でも、靴だけは3人いっしょにしたんだよねー」
「……え、あ、そう、そうね。けど、わたしはこれが限界よ」
他にもぐるーっと見渡せば水着みたいな恰好をしてる人がちらほらいる。
なんで気が付かなかったんだろう。確かに、あれらを見ればルイの格好はまだましに思えてしまうから不思議である。
ただ、個人的にはあまりルイやレティの肌を周りの人に見せたくないんだけど。
でも……。
「それで……どう、シズク、可愛い? 似合ってる?」
嬉しそうなルイを見たら、僕はもう何も言えなくて……。
「うん……似合ってる。なんだか神秘的だよ」
「ほ、ほんとうに!? 大人っぽい!?」
大人っぽいとは言ってないが、はしゃいで喜ぶルイにはこれ以上何も言えないや。
「うー……わたしも買うべきだったかし……ら…………い、いやっ、ないない! だ――ほら! シズクこれ! ほら受け取りなさい」
「あ、買ってきてくれたんだね。助かるよ」
そう言ってレティから渡されたのは茶色のローブだ。
炎天下のテイルペア大陸を横断するのに日差しは1番の敵となる。その為、日よけのローブはこれからの旅路には馬車に続いて必需品だ。
これでルイの露出も隠せると思ってほっとする反面、少し残念だと思う僕もいた。
その後、ようやく食事にしようってことになり、先ほど席に案内してくれたウェイトレスさんに注文を告げて待つことしばし。
「え、何ここ……食事すごいぐちゃぐちゃなんだけど」
「う、うん……独特だよね。ぼくのなんて皿からはみ出してるし……」
出された料理はレティもルイも何やら雑な盛り付けをされていた。
どうしてか僕の料理だけは綺麗なんだけど、メニューによって違うのかな。
それとも僕だからこそ綺麗に持ってくれたとか。
だとしたらやっぱり……と2人の愚痴を余所に1人だけ照れ臭く感じてしまった。
ただ、僕のは勿論、2人のぐちゃぐちゃな料理も味は美味しかったのは幸いだ。
食事を終わらせた僕らは昨日購入した馬車まで向かい荷造りを始めた。
購入した食材をクーラーボックスに入れてポンと鍵束の中に納める。
常温でよさそうなものは用意しておいた籠へと入れて馬車の中。結構大きい馬車を買ったつもりだけど、道具とか寝具とか色々と乗せたらそれなりに埋まっちゃうもんだね。
「あ、今朝のうちにちょーっとだけ改造させてもらったわ」
「改造?」
言われて馬車の下を覗き込むと、んん? バネっぽい仕掛けが車輪についている。サスペンションかな?
これで揺れが半減でもしてくたらそれはとても助かる。
「うわぁ……これ大変だったんじゃない?」
「苦労したわよ。頭の中ではこう動けばいいって思っても、実際はどんな構造かわかんないからさ。一応一晩考えたりバイクのサスを真似したりしてどうにかって感じ。鉄材もどこから調達しようかって悩んだけど、ま、作業を始めたら素材含めてそんなに時間かかんなかったけどね」
レティは軽く手を煽るようなしぐさをしてくすりと笑った。
朝から魔道器で頑張ってくれたんだ。言ってくれたら手伝ったのにって思うも、僕じゃきっと何も出来なかったかな。
でも、レティ、お疲れ様。
「この子の名前も付けてあげなくちゃね」
「なまえ? リコがつけよっか!」
「おーリコ付けてみる? 素敵なのお願いね」
ルイは干し草を元気よくむさぼる馬の背を背伸びをしながら撫でる。
リコもルイの背によじ登ってぽんぽんと馬の肩を叩いた。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。わたしたちのはじめての旅の始まりね!」
「ルイは限界だったら直ぐに言ってね。辛かった直ぐに幕を閉めても良いからね」
「うん。けど、なんか前よりも平気なんだよね。まだ出発前だからかな? えっと、だから、大丈夫だと思う!」
「リコがみてるぞ。ルイはあついとへろへろだからな。リコにまかせろ!」
3人が馬車に乗ったのを見て僕も御者台に座って手綱を握った。
「ふっふふ、さあ次の町へ行こうか!」
びし、と手綱を鳴らして馬を走らせる。
きりっと誰も見てはいないけど顔を引き締めたりも……なんてね。
「シズク……どうしたんだろ?」
「さあ、この暑さでやられたのかもね」
ふふん、どうとでも言ってなさい。
今の僕は着々とイルノートに近づいているのだ。
ただ歩いているだけで周りの女の子の視線を釘付けにして淡いため息を吐かせてしまうようなそんな美男子になるのだよ。
「ふっふっふふふっふふふっ!」
「うわぁ……相当ヤバイやつだ……」
「も、もしかしてさっきの一撃でおかしくなっちゃったの!?」
「シズクはたのしそうだなー!」
皆の心配を他所に、僕の不敵な笑い声はどこまでも鳴り響いた。
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