第222話 師の懺悔を聞き遂げる日

「や……ふああ……失敬――不躾なところを見せてしまったね」

「これはラアニス様。今日は随分と早起きなんですね。まだ日が落ちていませんよ?」


 出会って早々、失礼な振る舞いを晒したが、彼には愛嬌として受け取ってもらえたのだろう。眼前に広がる原っぱを元気に駆け回る子供らにも見られずに済んだ。

 子供たちから少し離れたテーブルについていたギオ・レドヘイルははにかみながら突然の来訪も構わずに僕を迎え入れてくれた。

 最初に「アニスでいいよ」と口にして僕は言う。


「優秀な起床係がいるのさ――優秀過ぎて普段よりも早く起こされるのは参るけどね」


 肩をすかしながら僕は彼の対面へと断りを入れ席につく。

 ギオは「ああ、ルイちゃんの護衛の」とくつくつと笑みを漏らした。


「フラミネスちゃんから聞いてますよ。なんでもフルオリフィアちゃんとルイちゃんが里をしたとかなんとか?」

「脱走とは穏やかじゃないね。天人族そっちではそういう扱いになっているのかい?」

「ふふっ、もちろん冗談だと僕も受け取っています。フラミネスちゃんは多少大袈裟なところがありますからね。まあ、ルイちゃんの四天の辞任云々は保留にしつつ、それなりに慌ただしくはなっているそうです」


 ふーん、と僕は口に手を当てて欠伸を噛み殺す。


「まったく、彼らには困ったものさ。おかげでとリウリアが駆けこんできてはルフィス嬢からの連絡は来ないのかと急かされるよ」

「健康的な生活を送られているようでよかったじゃないですか。ラアニス様」


 睡眠不足のどこに健康的な生活があるのか。

 リウリアはルイがうちに訪れていた以前よりも早い時刻に来るのだよ。君たちにしてみれば日の出前に起こされるようなものだ。


「また君は様付けで呼ぶ。アニスでいいよ。――君たちが名前を呼ぶことになれていないのであれば家名であるリススでも構わないさ」

「いえ、そうはいきません。年長者である僕が無礼な振る舞いをしては預かっている子供たちに示しがつきませんよ」

「そっか」


 公私混同でなければ僕はあまり気にしないけどね。

 今の僕は魔人族の長ではなく、ギオ・レドヘイルの友人のアニスとしてここに訪れたつもりだが――子供たちを出されてしまえばそう簡単な話ではないのだろう。

 例え僕やギオが子供たちを受け入れても、同胞の中にはまだ地人族に不信感を懐いている人もいる。そんな中で子供たちがギオを真似して僕をアニスアニスと呼びだしたりでもしたら、更に反感を買うことも考えられる。

 目の前にいるギオ・レドヘイルが以前言ったように、今こそ僕らが変わる時なのだ。

 閉鎖的だったユッグジールの里は生まれ変わり、新しいユッグジールの里になるためにも、地人の印象を今以上に悪くするわけにもいかない。


「――ただ、すみません。口ではそんなことを言ってますが」

「……ん、なんだい?」

「内心では僕はラアニス様のことは部族の長ではなく、友人として見ていますよ」

「そう言ってくれると――嬉しく思うよ」

「子供たちには、内緒ですよ?」

「ああ、もちろんさ」


 2人して声もなく笑い合い、子供たちへと顔を向けた。

 おや? 無闇に走り回っているのだと思ったら、シズクたちから教わった野球のようなボール遊びに興じているようだ。

 しかも……あれは確か四天のチャカ・フラミネスだったかな。

 背丈が周りの子たちと同じだったので気が付かなかったよ。だが、どうやら良いお姉さんをしているようだ。彼女を眺めているだけで和やかな気持ちにさせてくれる。


「ラアニス様。余所者である僕らにこんな立派な土地を譲っていただき、ありがとうございます」

「気にしないでくれ。里のものたちが誰も欲しがらなかった空き地さ。子供たちが元気そうで何よりだ」


 元々ここは居住区から少し離れた大きな空き地だった。そのためギオたちが住む大きな家を建てても庭と呼ぶには広すぎるほどの余裕がある。

 この場所には僕も思い入れがある。我が盟友であるシズクと初めて出会った場所なのだから。


「……ここでの暮らしは慣れたかい?」

「買い物は夜しか出来ない点に目を瞑れば僕は気に入ってますよ。子供たちも大分馴染んできたみたいで、仲良くさせてもらっています。……ただ、何人かの子はまだ僕やフラミネスちゃん、というかを怖がっているようで」


 と、ギオは苦笑しながら自分の耳を摘まんで見せた。


「そうか……」


 里に残ることにした子供の中には天人族側の領地で取り押さえられるのと同時に袋叩きにされた子もいると聞いてる。

 魔物を操り迷惑をかけたからと言って、大人たちに囲まれて暴力を振るわれた時の恐怖は味わった彼らにしかわからないことだ。彼ら天人族を一緒くたにしてギオやチャカを恐れても不思議じゃないか。

 怪我は癒えても心の傷は当分癒えることはないだろう。

 しかしとギオは口にして続けた。


「でも、少しずつだけどその子たちも心を開きかけてくれてるんです。今日なんて初めておはようって挨拶してくれた子もいたりで……」

「……それは良い傾向だね」


 嬉しそうに語る彼の目には僅かに涙が浮かんでいるように見えた。


「……シズクくんやフルオリフィアちゃん、ルイちゃんには感謝しきれませんよ」


 そう、ギオは目元を袖で拭いながら振り返って我が家を見つめた。

 ここら一帯でも、いや僕の家よりもとても大きな家だ。

 20人もの大所帯で住むのだからこれでも狭いのかもしれないが、とても立派な造りの家である――実はこの家はシズクたちが建てたものなのだ。

 建てたといっても彼ら3人がこの家の建築費を賄ったということだ。他にも子供たちの生活費として10リット金貨をギオを通して僕の屋敷で預かってもいる。


「……僕は酷い男です。綺麗ごとだけ口にして自分1人じゃ何もできないことに気が付いていませんでした」

「君は良い人だよ。強制送還されそうになっていた子供たちを庇って預かると言って守ったのは君だ」

「結果的にそうなれただけです。僕はただ子供たちに手を伸ばしただけで、里に残ると決めたのは子供たちで……。もしも彼ら3人がいなかったら、子供たちには窮屈で寂しい生活を強いていたでしょう……」


ギオは顔を歪めて首を振った。


「……たまたま運良く手に入ったお金だからと言われても……その、3人からの援助がなければこの生活は成り立たなかった。僕は言葉だけで子供たちを守れやしなかった……」

「……シズクとルイも子供たちと同じ奴隷だった。子供たちには自分たちとは違って普通の道を歩いてほしいって言ってたよ」

「……それでも……僕はこの身体以上に無力だと痛感して……」


 寂しいことを言って寂しい横顔を見せる――ふ、何弱気になっているのだろうか。

 僕は髪を払って言い放った。


「例えシズクたちが手を差し伸べなかったとしても、君の周りは手を貸してくれたさ」

「そう……でしょうか。今の天人族は里から離れていた僕が思っていたよりも他者には淡白で排他的で――」

「少なくとも――彼女はきっと一緒になって悩んでくれただろうね」

「彼女……?」


 僕は白と赤の四天の衣装を茶色く汚しながらも笑って子供たちと戯れている少女を見つめた。

 チャカ・フラミネス。彼女はギオがこちらに越してきて1日も欠かさず足を運んでこの場所に来ている。

 その理由を語るのは野暮ってものだろう。

 きっと彼女ならどんな形になろうともギオを支えてあげただろうと僕は思う。


「フラミネスちゃん……」


 ぼそりと彼女の名を呟き、チャカを見守る様に視線を向け続ける。彼女を見つめる彼の横顔は穏やかなものだった。

 もう、ギオは弱音を吐くことはない。

 これからもずっとだ。


「……では、そろそろ失礼するよ。実は行くところがあったんだけど、まだ向かうには早くてね――いい暇つぶしになったよ」

「……はい。僕も夕食の準備をしないとですね」

「20人もいると作るのも大変そうだ」

「フラミネスちゃんがいますし、子供たちも手伝ってくれますから」


 優しく微笑む彼と握手で別れを告げ、少し歩いた後に背後から「ありがとうございます」と言われて「はて、感謝されるようなことをしたかな」と返事を返した。


「……あれ、アニスさん来てたの?」

「うん。ついさっきね」


 彼と彼女の声が届いたが、僕は振り返ることなかった。





 ギオとのひとときは僕に伸し掛かっていた重いなにかを多少なりとも軽くしてくれた。

 僕は今ユッグジールの里に唯一存在する冒険者ギルドへと足を運んでいる。

 今の時間帯ということもあるがギルドもここの通りも人の気配は一切ない。しかし、今日はそれでいい。

 ギオには暇つぶしだなんだと言ってしてしまったが、実のところ別にいつ行こうか構わなかった。

 どうして道草を食ったのかと言えば、こんな形で先生と顔を合わせたくなくて逃げていたのかもしれない。


「ラアニス様」

「……タックンか」


 僕を慕って色々と動いてくれるタックンたち3人がぽつんとギルドの前で並び立っていた。

 眠たそうに何度と瞬きを繰り返していたが表情は硬く、不安そうに僕を見つめている。


「先生は、中に……」

「わかった――こんな夕方から苦労を掛ける」

「……俺、いえ、私たちもご一緒しましょうか?」

「いい。大勢で行っても迷惑さ。先生とは――彼とは私1人で話を聞かせてもらう」


 そう言って僕はタックンたち3人を帰した後、クローズ状態のギルドの扉をゆっくりと開けて一言挨拶をしながら中に入る。

 返事は当然と無く、僕は勝手知ったるとばかりに店内を歩きカウンターを越えてギルドの奥へと進んでいく。

 まずは台所に向かって急須と湯呑を2つ手に取った。

 お茶の用意は万全と先生の寝室へと向かい、失礼しますと扉を叩き、返事のないままに部屋に入った。

 日没間際の先生の寝室は薄暗く寒かった。独特な臭いと悪い空気が籠っていた。

 部屋主には何も告げずに窓を開け、呪文を唱えて風魔法を起こし、換気と同時にふわっと温風を起こして室内を温める。

 十分に部屋の空気が入れ替わったことを確認してから窓を閉め、それからようやくこの部屋の住人である先生に近寄った。


「先生、お加減はいかかですか?」

「ああ……アニスかい……」


 ベッドの上に横たわる先生は弱々しい声を上げた――先月の終わりほどから先生は床に臥せ始めてしまった。

 起き上がろうとするので僕も近寄り背中を支える。


「わし……今まで……寝てたん……か?」

「ええ、挨拶はしたのですが気付かれなかったご様子で、勝手ながらお邪魔させてもらいました」


 近くのテーブルに持ってきた急須と湯呑を置き、懐にしまっておいた茶葉の包まれた木箱も出す。

 茶葉を急須に流してさらりと呪文を口ずさみ、水魔法で生み出したお湯を注ぎしばらく蒸す。

 良いお茶が手に入ったんです、と言っても先生は何も答えてくれない。けれど僕はそれも良しとして葉が急須の中で開くまでゆっくりと待つ――。


「……なあ、なんでわしを責めん?」

「……先生は何か責められるようなことをなさったんですか?」


 しらを切りながらそろそろいいかと急須から自分の分と先生の分のお茶を湯呑に注いでいった。


「……わしがあの馬鹿どもの手助けをした張本人やと知ちょったんじゃろ?」

「……」


 薄暗い部屋は湯呑に注がれる水音だけが小さく声を上げる。

 2人分のお茶を淹れ、僕は片方の湯のみをゆっくりと気を付けながら先生へと手渡した。

 先生は湯呑を両手で抱えるだけで口をつけようとはしなかったが、僕は自分の分を手に取って、口をつけていく。


(――ええ、勿論存じていました)


 タックンたち3人に調べさせもしました。

 先生がギルド員の立場を利用して里の子供たちにユッグジールの里周辺に我々魔人族が作った“種”をばらまき、魔物に食わせていたことを知っています。

 種を植え付けた魔物はゼフィリノスの下にいた子供たちに魔道具を介して使役させるためのものだったことも知っています。

 ――けれど、僕は何も言わなかった。

 僕が言わずとも先生は勝手に言葉にしていった。


「ある男からギルドに連絡が入ったんじゃ……金をやる。やから仕事をせぇって……最初はわしも断った。じゃけ、男は逃がす手立てを付ける……テイルペアにつれてくって……」

「……先生」

「金なんかいらん。じゃけ、最後のにやられた……わしは帰りとうかった……例えもうわしを知るものが誰1人としておらんとしても、テイルペアに戻りたかった……」


 先生はその言葉を最後にそれ以上は何も話さなかった。

 淹れたお茶は1度として口にしてはくれなかった。





 先生は年を越す前にはお亡くなりになられた。

 元々の寿命が来たのだろうか。それとも、寿命を縮めたのだろうか。

 今となってはわからないが、地人の先生は僕ら魔族とは違って短命だ。

 彼の葬儀に関しては魔人の僕とタックン3人、それからギルドを利用していた、先生にお世話になった人たちにも手伝ってもらった。

 僕ら4人以外では天寿を全うしたのだろうと純粋に彼の死を嘆く声に溢れていた。

 それでいい――今回の事件の顛末を知るのは僕とタックンたち3人だけでいい。

 このことを知っても誰も楽しいことなんてない。


「あ、あの! アニス様! まだフォーレ様からはご連絡は無いんですか!」

「ああ、彼女なら来てるよ――ほら、待ち望んでいた彼女は……え、おいおい」

「ふぉ、フォーレ様! フルオリフィア様たちは今どこにいらっしゃるのですか!」


 年明けからしばらくしてルフィス嬢が町に来たので、ようやくリウリアと会わせることが出来た。

 最後まで人の話を聞かずにルフィス嬢に詰め寄るリウリアの気持ちはわからんでもないが、そんなに迫っては彼女も答え辛いだろうに。


 さて……僕も相席させて話を聞かせてもらったが、どうやらシズクたちはテイルペア大陸の北西の港町で彼女の船から降りたそうだ。

 聞き覚えの無い港だったのでそこがどこかはわからない。かと言って僕が知るのはテイルペアとゲイルホリーペをつなぐネガレンスくらいだ。

 そして、その名も知らない港町でシズクたちを近くの町まで運んでくれるという乗合馬車に乗ったところまで見送ったと言っていた。


 後はゆっくりと旅を楽しむとか――目的地は一応エストリズに向かうと言っていたことをルフィス嬢はリウリアに伝え、彼女は直ぐにでも後を追うと飛びだしそうになったので僕とリターで慌てて止めるしかなかった。

 まったく、すれ違いになったらどうする。


「……そうですわね。彼女たちと連絡が付き次第すぐにご報告いたします。大丈夫よ。シズクたちなら、きっと……何事もなく無事に帰ってきますわよ」

「そう、ですか……お願い、します……フォーレ様、この度はご迷惑をおかけしまして……」

「リウリアさんに内緒でユッグジールの里を飛びだしていったとメレティミ……さんも多少なりとも罪悪感を感じていたようです。一応友人として、まあ、その……他人がでしゃばる話ではないと思いますが、しっかりと話し合われることをおすすめします」

(ぷばっ、ルフィス様。自分のこと棚に上げちょる)

(やめや、お兄っ! そんなん笑ってまうやろ)

(ふ、ふたりともルフィス様に聞こえてますよ……)


 ぷっと後ろに控えていた地人のスクラ・ラクラ・キーワンの3人組がひそひそと何やら呟いていたが、ルフィス嬢が振り返ると即座に顔を引き締めていた。


「私も、言い過ぎたと自覚しています。ですが……私はどうしても認めるわけにはいかなかったんです」

「シズクとの重婚の件ですわよね。私も……聞かされた時は驚きました。けれども――」


 その後この場にはいない3人の話が続いたが、どうにかリウリアは肩を落としながらも「わかりました」とだけ口にして気持ち半分ほどの納得をしてもらえたようだ。

 気の毒に思うが、これでリウリアのモーニングコールも止んでくれるだろう。

 また、ルフィス嬢にギルドの管理者がいなくなったことを報告程度に伝え、早急に代わりを立てると言われたが……僕らはそれを拒否した。

 今回の悲しい事件の1つに先生を孤独にさせたことが関わってくる。同じ苦しみを生み出す必要もない。

 だから、そうだな。タックンたちにギルドを任せてもいいかもしれないな。

 もしかしたら彼らは嫌がるかもしれないけど……くつくつと笑って、直ぐに先生のことを思い描く。


「……先生は何1つとして悔いる必要はなかったさ」


 先生の孤独は最愛の妻に囲まれた僕には計り知れないもの――僕は例え種族は違えど同じ人なのだからと仲間意識を勝手に持っていたのだろうか。

 彼が魔人として生まれていればよかったのに……そう思わずにはいられない夜を迎えた――と、しんみりとしていた空気に浸っていたところを誰かさんのおかげで見事に吹き飛ばされたよ。


「おう、遊びに来てやったぜ!」

「……ん、おや珍しい? 明日は雪かな? ――いや、雷鳴が鳴り響くにはまだ春は先か?」

「おいおい、その態度はなんだ。お前が遊びに来いって言ったんだろ。だからこうして来てやったんじゃねえか!」


 大樽を肩に担ぎながら現れた鬼人族の長を前にほおと僕は口にして首を傾げる。

 どうだったかな……ん、確かに約束はした。

 それは年越しの夜、燭星900年という記念すべき日に里の皆で神域の間で集まり、少しばかり酒を嗜んだ時に何気なくこの鬼人族の長と話した時だ。

 えー……と、確か、暇であればいつでも我が家に来てもいいとか、お酒くらいなら付き合うさ、とかだったか。

 けれど、それは社交辞令みたいなもので僕は本気にはしていなかったが……。


「ふんっ、まあ今の俺は心が広いからこの際その生意気な態度も許す。酒の席の前にいちいち突っかかる気はねえ。ほら、他の奴等も待たせてんだからさっさと入れろ」


 ん、と彼の後ろに続く面々へと顔を向けると、


「こんばんは! アニスさんこんばんはー! なんか楽しいことするって言うから来ました!」

「……フラミネスちゃんちゃんが夜遅くなると心配だからとフラミネスちゃんのお父さんと子供たちに頼まれて僕もご一緒することにしました」

「実のところ我はあまり酒には強くないのだが、まあ……こうして他種族が集うことに意味があるのだろう。魔人族の、今夜は楽しませてもらうぞ」

「おっす、酒盛りがあるって聞いて遊びに来たぞ! おれも久しぶりに飲みたくなったから、ほらもってきた! 準備は万端だぞ!」

「べ、別にオレは来たくて来たんじゃねえからな! ベレクトが行くって言うから……な、なあ! ベレクトお前はオレの隣にいろよ!」

「たく、なんで俺も……もう寝る時間だったって言うのによぉ」

「ライズ、他の人との交流も四天として大事なことよ……なんて、ライズもちゃっかり酒瓶持ってきてるじゃない」


 チャカにギオを先頭に、四天のライズ、シンシアのドナ夫妻。亜人の長までいる。鬼人のその姪に掴まれているのは、あれは確かベレクトというシズクの友人だったかな。子供のような姿をした彼もまた鬼人の長と同じく大樽を抱えている。


「何よこのメンツは。パーティーなんて開いた覚えは無いわよ」

「あらあら、皆さんこんなに集まって。リター、早くおもてなしの準備を始めましょうよ!」


 こんなにも多種多様な人種が我が庭に訪れるなんて珍しい。

 まるで去年にあった野球の再来だな。


「お酒だけじゃ物足りないでしょうし、少し時間をくださればお食事も用意しますよ」

「あたしたちもまだ夜食まだだったし丁度いいか。まったく……今日まる一日につぶれるわねぇ」

「手伝うよ! 私だって最近料理頑張ってるから手伝うよ!」

「ええ、そうですね。私もお邪魔じゃなければお手伝いさせてください」

「……ぐっ、オレは、料理なんて……別にしなくてもいいだろ!」


 おやおや、家長である僕の意見なんてまったくと意に介さずに、既にこの酒盛りは決定済みの様だ――いいや、断るつもりなんてないさ。

 女性陣が我が家の厨房へと籠っている間に、僕たちは足りない席や準備に回ろうじゃないか。

 僕が木魔法で太く立派な大木を作り上げ、その場で長2人が切り裂きひっくり返すことで簡易式のテーブルを、他に丸太にして人数分の椅子を作ってもらう。

 他の人たちには家の中に入ってもらって人数分の杯や食器を運んでもらうように指示して……そうだな。我が家にあるお酒もこの際開けてしまおうか。


 場も料理も整ったところで一斉に乾杯と杯を掲げ合った。

 飲めや食えやと楽しいひとときの始まりである――。


「ブランザは俺と張り合えるほどの酒豪だったな。ザルもザルでよ、前に鬼人族の飲み会開いた時に周りがつぶれる中、唯一俺と飲み比べが出来たほどだぜ」

「僕はブランザ様と関わる機会が少なかったからね――羨ましいな。1度は話してみたかったよ」

「へへ、そう言ってくれると今頃あの世であいつも喜んでくれてるだろうよ!」


 鬼人の長と語り合いながらも周りを見渡すと、あちらこちらで出来上がっている様だ。

 顔を真っ赤にしつつもちびちびと杯に口をつけるチャカを見ておろおろと狼狽えるギオ。樽から1杯1杯と飲み比べるベレクトと鬼人族の娘、そこにリターも加わって馬鹿騒ぎをしている。

 ただ、フィディだけが最初の1口だけお酒を口にして、後はお茶で済ませているのが可哀想だったが、下戸であると言った亜人の長と共にお茶の飲み比べをして楽しんでいるようで何よりである。


(……何人かはうちに泊まらせることも視野に入れなければいけないだろう)


 ふぅと息を吐きながらも鬼人の長に感謝せねばなるまいな。


「メレティミはお酒には滅法弱いらしい。――ふふ、1口飲んだだけで倒れてしまったという話を聞いたよ」

「そうなのか? ま、フルも子供ってことだな」

「誰かさんは初めてお酒を飲んだ時ベロベロに酔って、げえげえ吐いてましたけどね」


 勝ち誇った様なライズに向かって放たれたその発言に、この場は一斉に笑いに包まれた。

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