第218話 親戚の説得に追われる日 後編
「やっぱり、ウリウリには認めてほしいよ」
「でも、リウリアさんがあれじゃあ……認めてくれるのは難しいよね……」
夜、シズクの部屋で報告を聞いたけど2人してバッテン。膝の上に乗せたリコちゃんもふりふり残念そうに首を振った。
ま、ウリウリと話をするならわたししかいないか! まっかせなさーい! と次はわたしの番だ。
「いや、だからここは男の僕がね……」
「男のあんただから話を聞かないんじゃないの? ウリウリとの付き合いならこの中で1番長いのはわたしよ」
「え、だからそう言うんじゃなくてね……」
そういうわけで今日は働かせてもらっているアルバさんの鍛冶場から早々に引き上げ、ウリウリの帰宅に合わせて彼女の自宅の前で待つ。
薄暗い夜道、ゆっくりとした歩調でウリウリが現れたところでばんっと彼女の前に現れてやったわ。
「ウリウリ!」
「……フルオリフィア様……今度はあなたですか」
ウリウリはわたしの顔を見るなりうんざりと口元を緩めた。なぁによその顔は!
「実はシズクとルイと――」
「ダメです」
「――ちょっとまだ何も言ってないじゃない!」
「許しません」
ウリウリはわたしを見ようともせず淡々と答えた。
話はそれだけですか、とウリウリはわたしの横をすり抜けて自分の家へと入ろうとする――ちょっと待ちなさいよ。
「なんで許してくれないのよ。理由を言ってよ!」
「……1から説明しないといけませんか?」
「はあ? 説明ってなに…………っ」
わたしの言葉はようやく見てくれたウリウリの視線を見て止まってしまう。
わかってる癖に……ウリウリの冷たい視線が語っていた。
その目を向けられたところで、先ほどまでの勢いはどこへやら。
久しぶりに目を合わせたっていうのに、彼女の蔑視を前にわたしは思わず怖気づいてしまっていた。
「……まだ彼が貴女たちのどちらか、というならば私も真剣に考えましょう。ですが、2人同時……は? 到底受け入れられる話ではありません」
(……わかってる。わかってるわ。わかってるからこそ、こっちもムキになっているんじゃない)
今だってわたしもそれらから目を背けて勢いのままウリウリと話に来た……ことは事実だ。
何も言い返せなくて俯いてしまうと、ウリウリは小さく溜め息をついた。
「……ドナ様の時だって本心では賛同いたしかねませんでした」
「……どうして?」
「エネシーラ様が逝去されたばかりなんですよ。死者を想えばもう少し自粛なさっても良かったのではないでしょうか?」
「……」
「……せめて年を越してから行うべきだったと思います」
今さらわたしは死んだあの人のことをどうこういうつもりはない。感情抜きに見れば、
けど、あいつはわたしの母を、ブランザお母様を侮辱したんだ。
(ウリウリだって覚えているんでしょう。例えあの時、記憶が弄られてたからって、忘れたなんて言わせない……!)
でも、わたしはただ口をつぐんでウリウリを見つめるだけだった。話に来たのはわたしだって言うのに、ただの一言で受けに回ってしまっている。
そして、ほら。わたしが言うよりもウリウリが先に話してしまう。
「3人とも夫婦というものにこだわり過ぎているのではないでしょうか?」
「……好きな人と1つになることにこだわっちゃダメなの?」
「夫婦になること自体はダメとは言いません。ですが、次期早々と言っているんです」
「何よ、別に遅い早いは関係ないじゃない!」
「……ドナ様もフルオリフィア様も成人を迎えたと言ってもまだ10と5。心身ともに未熟である中で夫婦となった場合、周りからの支援は必要となる。……婚姻と言うものを甘く考えすぎではありませんか?」
何よ、ウリウリ。今日はよくしゃべるじゃない。
けどわたしだってウリウリの背に隠れていた頃とは違うわ。
「確かに以前のわたしのままだったらそうだったわ。でも、今のわたしはもう――」
「1年にも満たない外の生活を送っただけで1人前になったおつもりですか?」
「っ……!」
何よ、何よ何よ! どうしてそんな意地悪なことを言うの。
さっきからウリウリの顔が見れない。直ぐに言い返されて、ばつが悪くて顔を逸らしてばかり。これじゃあ本当に子供が大人に叱られているようなものだ。
「フルオリフィア様、貴女は未熟です。たとえ私の知らないところで多くの経験を積んだからといえ、貴女はまだ子供。そんな貴女たちが婚姻を結ぼうなど私からすればままごとでしかありません」
「ままごとって……わたしたちの関係を馬鹿にしてるの!」
「しています。なんだったら腹を抱えて笑いましょうか。何が3人で1つですか。そんな仲良しごっこな歪な関係でこの先ずっと共に居られるなんて私には信じられません」
「ぐっ……」
わたしだって思うわ。3人で一緒になるなんて歪だってさ。
でもね。もう決めたの。わたしたちはこの関係でいるって。
それが何より幸せなことになるって……だから!
「……何よりまだ未熟なままで間違いが起こってからでは遅いんですよ?」
「は? ……間違いって何よ!」
「……それは……」
と、ウリウリは口ごもる。ここで初めてウリウリがわたしから目を逸らした。
言葉を選び、どう子供に言い聞かせようかと言う感じに焦る様を見せる。
「ですから……フルオリフィア様にはまだお早い話でしょうが……その、男女が共になるということは……ええっと……」
そこでようやくウリウリが何を言いたいのかわかった。
は? 何が男女が共にって……はあ!?
何それ、どこまで人を子供扱いすれば気が済むわけ!?
「シズクと……好きな人と身体を重ねることが悪いって言うの!?」
「な……な……フ、フル、フルオリフィア様っ、まさかっ!?」
目を見開き激しく身体を震わせて動揺し始める。そして、ウリウリは地面に膝を付き顔を両手で抑えて嘆きだした。
今直ぐにでも嘆きの声を漏らしそうな反応で……その後、ゆらりと力無く立ち上がっては物騒なことを呟く。
「今すぐ彼を葬りにまいります……」
「何馬鹿なこと言ってんのよ!」
ウリウリはいつも通りの感情の乗らない顔で言う。そして、直ぐにわたしに近寄って両肩を掴み、涙をじんわりと浮かばせながらわたしを睨み付けてきた。
「それがどう言う結果になるか知ってのことですか!」
「……」
わたしの返答はまたも顔を背けての無言だった。
(馬鹿にしないでよ……知ってるわよ。そんなことくらい)
妊娠願望があるかと聞かれれば一応はある。いや、出来たって良いとすら思っている。
けれど、それは今のわたしにとって絶望的なもので……シズクだってこれに関しては察してくれている。
「我々が妊娠し難いとはいえ、男性との行為に及ぶということは子を宿すということなんですよ! たとえ男を迎える身体になったとしてもまだ貴女は自分の身体に心まで追いついてないんです! そんな心身ともに未熟なまま子供が出来たらどうするんですか!」
これでも心はこの身体で言えば倍、ウリウリで言えば半分くらいの歳を取ってるつもりだ。
けど、そう言う話じゃないだろうね。
わたしはただ気まずいまま答えるしかない。
可能性はゼロに近い妊娠についてのわたしなりの回答を。
「……万が一にも子供が出来たら、わたしは精一杯その子に愛情を注いで育てるわ」
絶対ではない。もしかしたら妊娠するかもしれないからこその万が一だ。でも、その万が一ですら望み薄である。
わたしの身体は子供を宿すことはないだろう。
(――だって、わたしたちは人ではないから)
魔力で出来た臓腑を持たないこの身体ではきっと子供は作れない。
けど、事情を知らないウリウリはわたしの返答を聞いては先ほど以上に憤り、怒鳴り散らしてくる。
「何が万が一ですかっ、ふざけないでくださいよ! 貴女は知らないから簡単に言葉に出来るんです!」
子供が出来ることが幸せなのではない。子供を授かるってことは幸せの1つであって、全てではないこともわかってる。
「何もふざけてない! わたしが、わたしがどう思って万が一なんて言ったか、ウリウリにはわかんないよ!」
わかってはいる……頭では理解できても、心では反発しちゃうんだ。
「ええ、わかりません! ですが、貴女たちのような歪な男女の下に生まれてしまった子供の気持ちなら少なくとも私にはわかります! その子がどんな気持ちで父を、母を想うか……貴女は何も知らないから軽々しく言えるんです! 感情に任せてその場の勢いで無責任なこと言わないでください!」
「それこそわかんないわよ! 感情が溢れて好きになるからその人の子供が欲しいって思うんじゃない!」
「感情で物事を考えるから子供だと言っているんです! いい加減にしなさい! しっかりと考えてものを言ってください!」
「考えてるっ、考えてるわ! わたしだって色々考えて言ってる! わたしだって色々考えて……なのに、なのに! どうしてウリウリはわたしを子供扱いするのよ! わたしはもう1人で立っていける! だからこそ子供だって……」
「無理に大人になる必要はない! もっと時間をかけて……っ……貴女たちはっ、貴女たちはどうして今の恵まれた環境をわかろうとしないんですか!」
――いつかの話だとしても、わたしだって好きな人の子供はほしい。
この先、この世界で生き続けるこの身体は、生涯を通してこの問題が付きまとってくるんだ。
子供が出来難いじゃなく、出来ないってことを。
なのにウリウリはウリウリは……何も知らないで好き勝手に、何も知らない癖に!
「……出来ればいい!」
「は?」
「シズクとの子供なら出来ればいいって言ってるの!」
「馬鹿なことおっしゃらないでください!」
今度ばかりはわたしは目を逸らさなかった。
ウリウリの強い視線をしっかりと自分の意志で見つめ返す。
「何より貴女に子供を養えるんですか! もう四天ではないただの人になった貴女に、お遊びみたいな鍛冶ごっこでこの先食べていけると思ってるんですか!」
「さっきからままごとやらお遊びとかって、そんな言い方しなくてもっ……いいじゃない!」
わたしの全てを否定されたかのように思えるから噛みつくしかない。
お金なら稼いだ。多分、100年は暮らしていけるほどの貯金もある。
……違う。ウリウリはそういうことを言ってるんじゃないってわかってる。
自立もしてない子供であるわたしが子供を授かることを愁いているんだ。しかも、その大金っていうのもスライム討伐での、たまたま宝くじが当たったくらいのもので自分の力で稼いだものじゃないことも知っている。
リクツはわかる。言いたいこともわかる。話の全てにおいてウリウリが全面的に正しいこともわかる。
けど、これってそういうことじゃないでしょ。頭でわかっても心が理解したくないって拒んでるんだ。
「……ウリウリなら信じてよ」
でも、もうわたしは怒鳴るだけの力は残ってなくて、かすれるように声を上げるのが精一杯だった。
「……もっと背中を押してよ……わたしだって本当は不安なのに……わかってくれると思ってたのに……」
もう泣きごとで、すがるように声を上げてしまう。
そして、ウリウリも同じように抑揚を抑えて話してくれた。
「わかっているから、駄目だと否定しているんでしょう……。貴女はフルオリフィア様から預かった大切な…………私にとっても大切な娘みたいな存在です。だから、娘の不幸になるとわかっていて後押しするなんてできません……」
「……わたしだって、わたしだってウリウリのことはお母さんって思ってたよ……だから……不幸になるだなんて最初から決めつけないでよ……」
「……母と思うなら親の言うことを聞きなさい。3人で1つになるなんて馬鹿なことは言わないで今一度考え直しなさい……それが貴女たちの幸せです」
わたしは力無く首を振る。
もう何を言っても駄目だと理解したからだ。
「……ああ、もう……もう……ウリウリの、わからずやっ!」
「フルオリフィア様!」
こうして、わたしも敗北である。
捨て台詞を投げてわたしは泣きべそをかきながら屋敷へと逃げ帰った。
◎
心配されながらもこの気持ちを発散させるためにわたしはシズクたちを連れてアニスのところに突入していた。
誰でもいい。自分たちではない他の人にどんな話でも聞いてほしかったんだ。
ところが愚痴相手のアニスたちは生憎と留守にしていてさぁ……あーもう! 庭だけ勝手に借りるわよ!
「だ――なんなのよあいつはぁ……」
「……メレティミ、キーツーい……」
と言う訳で、いつかのお茶会での定位置にどっしり椅子に座ってまたも叫ぶ。
めそめそ泣きながらもぎゅーっとリコちゃんを抱きしめて癒してもらう。
「あ……リコちゃん逃げないで!」
わたしの抱擁に耐えかねたのかリコちゃんは腕から抜け出して、対面に座るシズクの膝へと……そこを隣に座っているルイがひょいっと捕まえて自分の膝へと乗せてしまう。
「えへへ、リコー。リコの体温は熱いねー」
「や、やめてルイ。やめてールイはつめたいの!」
逃げた先のリコちゃんはぎゅーっとルイが抱きしめ直した。
ああいいな……って指をくわえてルイとリコちゃんのじゃれ合いを見てしまう。ぐすっ、また泣きそうになる。
「僕らの中で1番ボロクソに言われたみたいだね……」
「……ふん」
ボロクソどころじゃないわ。自分の存在すら否定された気分よ。もう知らない。
堅物だけどそこが良いところよね、なんてウリウリのことは思っていたけど、あんなにも頑固者だとは思わなかった。
「だ――もう! 思いだすだけで腹が立つ!」
「あら、メレティミさん? 泣き腫らして酷い顔……折角の美人が台無しですわよ。……おー怖い怖い。そんな泣くほどに怒って……あなた天人族の皮を被った鬼人族でしたのね?」
「なんですって!?」
突如として喧嘩を吹っ掛けられ、ぎっと睨み付けた先にいたのはこれまたイラつく顔だ……ってあれ?
なんで、え? なんであんたがここに――。
「どうしてルフィスがここにいるのよ!」
「どうしてって言われてもこれが私の仕事ですし?」
と、言うようにそこにはあのルフィス・フォーレが立ち尽くしていた。
続くようにルフィスの後ろから「やあ」なんて留守にしていたアニスが軽い調子で手を上げていて、リター、フィディさんがそれに続いて姿を見せる。
「ありゃ、悪かったわね。今ちょっとルフィスたちを迎えに行ってたところなのよ」
「まさか3人が来られるとは思わなくて……直ぐにお茶の準備をしますね」
さらにアニスたちの後ろに続くようにスクラ兄妹にキーワンさん、それにレドヘイルくんまで。
「や、あ……フルオリフィアちゃん……」
うわ、レドヘイルくんすっごい引き攣りながら笑ってる。
ルフィスは面白いものを見たとばかりにわたしの顔を見てニタニタと笑って……何よやる気! と椅子から腰を上げる。
だけど、ルフィスの関心はあっさりとわたしから離れ、対面に座っていたシズクに向かってから、はっとしながら目を見開いてルイへと注がれる。
「まあ……あなた、ルイ!」
「……あ、やっぱり、ルフィス? ルフィスなの? こうしてちゃんと顔を合わせるのは久ぶ……りぃいっ!?」
と、驚くルイの頬をがしっと捕まえていつも通り自分の顔を近づけてぎろぎろと見つめだした。
「ええ、これよ! ……ちっ、シズク! あなたちょっと光魔法使って照らしなさい! 「え、こう?」……よろしい。ごほん……そう、そうよ! この赤く燃えるような瞳が見たかったの! ああ、なんて綺麗なの! 以前の幼さはすっかりと大人へと変わって身体も色づいて……ああっ! もう、やっぱりうちで働かない!?」
この光景わたしは何度目かな。ルフィスの奇行を目にしたらすっかり毒気も抜けた。
ルイの記憶からも見たし、自分も被害を受けたし……まあ、こうなったらルフィスは止まらないか……ルイ、ちょっとだけ我慢しなさい。
他人事のようにわたしは、また、なんだかんだで隣に座っていたシズクも自分に被害が及ばないことを優先してしまっているようだ。
「……えっと……ルフィスさん。そのへんで……」
「あ、ああ……そうね。ネベラスさん、すみません……少しばかりオネツが出てしまいましたわ」
まあ、直ぐにレドヘイルくんが救いの手を差し入れてくれたおかげで思ったよりもルイの解放は早かった。
「……船旅での疲れが出たんでしょう。今日はもうお休みなった方がいいと思います。……僕も、そろそろ失礼します。また、明日……朝迎えにきますね」
「ええ、頼むわ。じゃあ、名残惜しいけど……アニスさん、前の部屋借りるわね」
「あ……ああ、ゆっくり休んでくれ――良い夜がルフィス嬢に訪れることを…………では、僕らは僕らでこの時間を楽しもうじゃないか」
ではおやすみとルフィスは屋敷に入ったのを見て、ぺこりとレドヘイルくんはわたしたちに一礼をして去って行った。
その後は残ったメンバーでお茶会……半数は飲み会の始まりだった。
「おー、レーネ。久しゅうな!」
「一緒に野球やったぁ言え、ルイちゃんと話すんは今日が初めてやね。話通りめっちゃメレちゃんに似とるなあ!」
「ええ、とてもお綺麗な方ですね。しかし……話では妹だと……いやあ、天人族の方々の中でもおふたりは特にお美しいです」
今でもしっかりルフィスの護衛の任に就いている3人を交えて話を聞けば、今後ユッグジール側と地人族側との会合には正式にルフィスが代表として間を取りなってくれるそうだ。
おおよそ月に数度、里と王都を往復し、ルフィス御一行は毎回アニスの屋敷を借りて滞在するだ。
……でも丁度いいわ。
「シズク、ルイ!」
「ん……?」
「なぁにレティ?」
アニスの屋敷でゆっくり出来た分、荒んだ心は大分和らいだ。そして、彼らと話を交えたことでわたしは決心した。
お茶会の帰り道、わたしはリコちゃんを抱きかかえながらこう宣言した。
「家を……ユッグジールの里を出るわよ!」
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