第217話 親戚の説得に追われる日 前編
「ぼくらも婚姻の儀をしよう!」
告白の晩からまだ日も経ってないというのに婚姻の儀……つまり、正式に夫婦となりたいとルイは言い出した。
気の早いことで、既に自分の父であるイルノートには話を付けてしまったそうだ。
「……わたしは……しても、いいと思うわ」
「レティホントに!?」
何を考え思っているかわからなかったけど、最初にルイへの返答を口にしたのは彼女からだ。
「2人がいいなら、僕もしたい、かな?」
「シズクも!? やった……ぼくうれしい!」
僕も彼女に習うように承諾した。
こうして、僕たちは結婚することになった。
◎
その後、リウリアさんにはしっかりと話を通そうということになった。
まあ……イルノートへの挨拶を先にルイに行かれてしまった手前、ここは男の僕が行かずしてどうするって話だ。
彼女たちと関係を持ってしまったことに対してのケジメってものを見せなければいけないと思う。
そういうことで僕はリコと2人トコトコと手を繋いで天人族の居住区奥にある、魔法の練習やなんかに使う訓練所へと向かった。
レティ曰く、最近のリウリアさんは護衛の任から離れ、訓練所で若い兵の訓練を行っているそうだ。
また――。
『ウリウリはお父様やわたしたちと血縁関係だって知ってかなり動揺してたのよね。考える時間をくださいって今は護衛休業中』
ということらしく、今のリウリアさんはレティから距離を取っているそうだ……と。
「うう……ここまで来たけどなんかやだ……」
自分が行くと2人に言っておきながら実のところ気が重い。リウリアさんの反応はきっと予想通りのものになるだろう。
何より訓練所は1度死にかけたこともあってかあまり近づきたくない……が、そうも言っていられない。
「おそってきてもリコがたすけてあげるからね!」
「……う、うん。よろしくね」
以前の事を思ってのリコなりの言葉なのだろう。苦笑しつつも心が僅かだが軽くなった。
リコはまるで専属のボディーガードのように鼻息を荒くして僕の手を引いてくれて1歩先を歩いてくれる。
しかし、その場に近づくにつれてリコの身体が強張っていくのを繋いだ手から感じ取る。
ぶんぶん楽しそうに振っていた手は次第に勢いが無くなり、いつしか僕の腕にしがみ付いて歩くようになった。
やっぱりリコも反射的に恐れているんだろう。
リコはここで……いいや、死にかけたんだから。
「あっちかな」
道なりに進んでいくと、武装した一団を見つけて――ついつい道から逸れてそっと脇の林の中へと入って身を隠す。
木々を背に恐る恐ると音の広がる広間をリコと2人で様子をうかがった……あ、いた。
天人族の人たちが魔法の練習や木刀の素振り、槍で打ち合っている中、ぼけっと呆けたリウリアさんを見つけた。
「心ここにあらずって感じ……」
倒れた丸太を椅子代わりに腰かけて、ぼーっと彼方へと空を見上げる虚ろなリウリアさんの心情は今の僕には理解できない。
他の天人族の人たちも彼女を気にして訓練の合間合間にちらちらと盗み見ている。物憂げなリウリアさんに、どう接していいかかわからないのは僕と同じらしい。
(さて、どうしたものか……3人で結婚なんてリウリアさん、絶対に許してはくれないだろうな)
と、茂みの中で出る機会を伺っていると……突然ぐわっと首根っこを掴まれて持ち上げられた。
「おうおう、覗き見とは感心しないぞー?」
「……っ!?」
驚いて声が出そうになったけど、ぐっとこらえて口元を手で塞ぐ。
ぶらぶらと足が揺れる中、無理やり向き合わされたのはちょんちょんと短い金髪を立たせた筋肉質のごっつい天人族だ……あれ、この人は?
「……よお、こんなところでいったい何してんだ」
「……確か、親切なインパさん、だっけ?」
「おうよ。よく覚えてたなぁ」
忘れるなんてとてもとても……顔を合わせた瞬間、ありありと彼のことは脳裏に浮かび上がる。
他の天人族とは違い線の太いワイルドな美形。耳以外にもやっぱり天人族なんだなって思わせるこの人のことは1度殺されかけたこともあったため、忘れたくても早々忘れるなんてできない。
「な、リコがきがつかないなんて……は、はなせ! シズクをはなせ!」
がしがしとリコが小さな体で大男のインパの足を何度も蹴ったり殴ったりするけど、彼は愉快に笑うだけだった。
「おーいたいいたい。おっかねえ嬢ちゃんだ。これ、お前のガキ? ……いや、にしても大きすぎるか」
「違うよ! リコは、この子はあの時に一緒にいたクレストライオンだよ!」
「は? がっははは、なぁに馬鹿なこと言ってんだ。するとあの魔物が変身してるってか?」
「ほんとうだもん! リコ、クレストライオンだもん! シズクをはなせー!」
真実を注げてもインパは大きく高笑いを上げるだけだった。
まあ、普通は信じられないよね。
「誰だ! 先ほどからそこにいるやつ! 訓練の邪魔をするな!」
ああ、しまった。
こんなところで変なやり取りをしていたせいでリウリアさんに見つかってしまったようだ。
仕方ない。まだ心の準備は出来てなかったがここは潔く姿を見せて……ってちょっと!?
「おーい、リウリアー! 面白いもんみっけたぞー!」
「ちょ、ちょっと待って! まだ心の準備が――!」
「あ、まて! シズクをはなせ!」
リコが足にしがみ付いても気にせずにインパは僕を持ち上げたまま茂みから広間へと出て行ってしまう。
皆の注目を一斉に浴びる中、リウリアさんは「し、シズクっ!?」と裏返りがちの驚きの声を上げた。
「ああ、もう何してくれんだよぉ!」
僕もインパを睨み付けようとして、ふと――僕の目は彼の反対側の腕を見てしまった。袖の先がひらひらと揺れる腕を……。
「その腕……」
足を止めずに「ん?」と声を上げるインパは僕の視線の先を目で追い、そして、無い腕を動かした。
ひらひらと袖の先の無い腕を振り、苦虫を嚙み潰したように笑う。
「こりゃあ数年前に出現した暴れ牛に腕を噛み切られたんだよ。お前みたいなガキンチョに心配されることなんてなんもあるもんか」
かっかっかって笑いながらインパはリウリアさんの前で僕をゆっくりと地面へと下ろした。
足にしがみ付いてたリコもふりふりと足を振って揺り落とす。
どてんと尻もちを付くとリコは直ぐに僕の背に隠れてインパを威嚇していた。
(……この人はレティを殺そうとした悪いやつだった)
悪いやつなのに、僕は……なんでか毒気が抜かれたみたいにあの時の怒りは全くと湧いてこない。
それどころか、罪悪感を覚えてしまう。
「……ごめんなさい」
「……馬鹿を言え。殺そうとした相手に謝るなよ。……リウリアに用があるんだろ」
言うなりインパさんはある方の手をひらひらと振って、兵士たちの元へ向かっていった。動きを止めていた彼らに喝を入れ、僕らから距離を取ったのは気を利かせてくれたってことなのかな。
予定通りではないけれど、僕はリウリアさんと顔を合わせた。
「……えっと、リウリア、さん?」
「……な、なんだ、シズクっ!?」
一瞬びくりと背筋を震わすが、また俯き加減に見上げがちに睨み付け、そして、深いため息の後にリウリアさんは苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「……まさかお前まで私と肉親だとか言いだすのではないだろうな?」
「は、はあ……いつかはそうなりたいと思っていますけど」
「……はあ? 何を馬鹿なことを……っ!」
呆れるような顔をした後にふとリウリアさんは固まり、両目を見開いて驚愕した面持ちになった。
「ま、まさか、貴様! フルオリフィア様にフラれたからと、あ、あっさりと私に鞍替えしようなどと思っていないだろうな!」
「へ?」
何を言ってるの、この人。
鞍替えって僕はルイもレティもいるっていうか、フラれてないし!
「わ、わす、忘れたとは言わせないぞ! あんな公然の面前でき、貴様は私にき、綺麗だ綺麗だって……!」
リウリアさんは取り乱し、大声を上げて喚きだす。何その勘違いは!
違いますとかあの時は気が動転していてとか「お前は気が動転すると誰かれ構わず口説くのか!?」ってだーかーら! そうじゃなくて!
「リウリアさんがとても綺麗だっていうのは本心ですって! もしも町ですれ違ったら絶対見蕩れる自信がありますよ!」
「なっ、や、ややや、やっぱり! お前ってやつは私をっ、お、お前、自分が言ってることがわかってるのか!」
「わー! もう、だからそうじゃなくてですね! もお――……」
もうここは素直に言葉にしてしまおう。
「…………ルイとレティと家族になります。だから、今日はリウリアさんに婚姻を許して貰うために会いにきました」
ふう、やっと言えた……と、心のつっかえが取れたのは一瞬で、ここからが問題だと気を引き締める。
「……」
「どう、ですか?」
ぽかーんと口を開けるリウリアさんが硬直すること暫し……まあ、予想通りの、いや予想以上の反応を返してくれた。
「ふ、ふ、ふっ」
「ふっふっふ?」
「ふざけるなぁぁ!」
「リウリアさ――がっ!?」
リウリアさんは強く握った拳で僕の頬を振り抜いた。
まさか殴られるとは……僕は堪らずその場で尻もちを付き、頬を触りながらリウリアさんを見上げてしまう。
「何が家族になるだ! ふざけるな! 家族の重みを知らない子供が生意気な口を訊くな!」
「なっ、重……そんな、僕は軽々しく口にしたつもりなんて……」
「黙れ!」
リウリアさんは僕の胸ぐらを掴むと力任せに引き上げて、いつもの仏頂面を崩して睨み付けてきた。
「何が2人と結婚しますだ! そんな不純な関係を許せと私に聞くんですか!?」
「……ええ、多分許してくれないと思っていました。怒鳴られるのもわかってました。けど、僕はこれが1番の……」
「馬鹿なことを言わないでください! 何が1番ですか! 3人で結婚なんて……貴様が女2人を囲うための耳触りのいいすり替えにしか聞こえない!」
なっ、女2人を囲うだなんてそんなこと思ったことない!
「違う! 僕は、本当に2人のことを好きだから……」
「好きなら何をしてもいいはずはない! 大体、貴様はおふたりを平等に愛せるのか! 片方を蔑ろにしてどちらかが悲しむ結果になるのではないですか!」
「……っ!」
平等に愛せるかと言われ、返す言葉は出てこなかった……考えたこともなかった。
僕は2人が好きだ。どちらかなんて選べない程、僕は2人を好きなんだ。
けれど、平等に愛せるかと言われると……――だけど僕は意地を張って反論した。
「……きっと2人を幸せにする! どっちかが悲しむことなんてさせない! 僕は2人を……愛している!」
「愛だと!? はっ、薄っぺらくて私にはその場限りのものにしか聞こえない!」
違う。僕の気持ちは本物で……僕には2人がいてくれるだけで他にはもう何も望まない――そう心から思うことなのに、僕は何も言い返せない。
「……男なんて皆勝手だ! お父様……もフォロカミも貴様も、勝手だ!」
僕は男である。だから、男の僕がケジメをつけてここにきた。
だから、僕がリウリアさんから許しを貰わなきゃいけない――当初の目的はどこへやら。
(本当なんだよ……僕は本気でルイもレティも好きだから……だから……)
けれど、きつくこちらを睨み付ける赤色の瞳からこぼれ出した涙を見たら、僕はそれ以上答えることは出来なかった。
◎
「じゃあ、5日後のお昼に神域の間ってことで。遅刻しないようにね」
「それは魔人族の若造に言っとけよ。あのいけ好かねえ寝坊助坊主にはもう少し早めに寝ろって……いや、1日くらいぶっ通しで起きてろって伝えとけ」
「アニスは夜の人だから仕方ないよ。それに遅刻する回数ならおじさんもどっこいどっこいだよ」
鬼人族の長に見送られながらぼくはその場を後にした。
次は亜人族の長のところだと、とてとてと歩き……あ、ドナくんに挨拶していこうと方向転換。
ドナくんのお家は元々鬼人族の長が前に使ってたところだって話は聞いてたけど、まだ行ったことなかったんだよね。
「ドナくんはいいなあ。ぼくもはやく結婚したいよ……あれ? 何この音」
ドナくんのお家に近づくにつれて物音が聞こえてきた。
どうやらお庭に先客がいるみたい。それとも、ドナくんが何かしてるのかな。
ついつい物陰からドナくんちのお庭を覗き見た。
「……シズク?」
お庭には椅子に座ってテーブルに項垂れているシズクがいた……それに、2人の鬼人族が両端を布で縛った棍棒を振り回して遊んで……えっと、組み合ってる、かな。
緊迫した2人の鬼人族による鬼気迫る攻防を前に、シズクはだらけがちに話しかけていた。
「やっぱり、僕らは間違ってるのかな……」
「さぁ? おれは難しいことはわからん! 好き同士ならいいんじゃないか!」
「僕も昨日までそれでいいと思ってたんだ。だけど、2人を公平に愛せるのかって聞かれたら自信なくてさ……」
「シズクは考えすぎなんだよ! 両方よくばってもいいんだろ!」
「けど……だからってどっちかを悲しませるなんて……」
両手をテーブルの上に伸ばして突っ伏すシズクがぼそぼそと喋り、戦っているというのに鬼人族の男はお気楽そうに返事をしていた。先ほどからずっと防御に回っていて、相手をしている白髪の女の子の攻撃を全て防いでいる。
「せいっ! はっ、やぁぁぁっ!」
「……ほい、最後が大振り過ぎ」
力強く振られた棒を軽くいなして男は鬼人族の女の子の足を取る。女の子はずでんと前のめりに音を立てて転がり仰向けに倒れた。
男の方はレティとシズクが外で知り合ったって言うベレクトだっけ。
ぼくらと同じく魔石生まれで、ぼくとレティのお母さんの友達でお姉さんのタルナさんが里親で……って、これくらいしか知らないや。
その人はタルナさんたちとはいっしょに帰らず、今は鬼人族の長のところに居候になってるって話はおじさん本人から聞いている。
「ちっくしょう! なんでだ! なんでオレが勝てねえんだよ!」
「前に言ったことちっとも直ってないからだ! 力任せに振ったところで隙だらけ。もっと振りを小さくして小技を入れながら揺さぶりをかけてぇ……」
「そんなの柄じゃねえって言ってんだろ! ……ああ、くそっ、おい、つぎ! そこの女男! お前が出ろ!」
鬼人族の女の子が棍棒をシズクへと向けるけど、シズクは不満気味にぷいっと横に顔を向いた。
「今日はやる気が出ない」
「腑抜けたこと言ってんじゃねえ! そんなんだから断られんだよ!」
「……あー……だからかあ……」
「っておい! ふっざけんな! たーたーかーえっ、ちぃ! もういい、ベレクト! もう1度行くぞ!」
「またおれか? ま、いいか! よぉしっ、こい!」
2人はまた組み手を始めた。かんかんと棍棒をぶつけ合い始める。
この白髪の鬼人族の女の子はおじさん……鬼人族の長の姪っ子さんだったかな。神魂の儀では何度かいっしょに舞台の上に立ったこともある。
また、この子とはいっしょに野球をしたから面識くらいはあるけど、シズクはいつの間に仲良くなったんだろう。
むーっと嫉妬しそうになる……わ!
「ルイなにしてんだ!」
「な、ななに!? あ、リコ?」
「ひゃぁ、ルイはやっぱりつめたいな!」
突然、リコが背中に負ぶさってきたことで驚いちゃう。
このまま隠れているわけにもいかずにリコを背中に背負いながらみんなの前に姿を見せることにした。
「おーい、シズクー」
「……ん、ルイ?」
まだあの日からちょっとしか経って無くて、レティがいないとちょーっと恥ずかしいけど、こんなことでもじもじしてたらレティに追いつけないからね。
気恥ずかしさを感じながら、ぼくはシズクの隣に座る。
背負っていたリコは器用にぼくの身体から膝に移った。にっこり笑うリコにぼくも、シズクの隣ってだけで嬉しくてにっこり笑っちゃうけど、直ぐに心配そうにシズクを……シズクの頬を見てしまう。
「まだほっぺ赤いね」
「うん……昨日よりはましだけどまだ痛いや」
昨日の夜、シズクが頬を赤く膨らまして戻ってきた時はびっくりした。しかもウリウリに殴られたからって言うのもホントびっくり。
治癒魔法で治そうとしたけど「僕なりのケジメ」ってそのままにしているんだ。
意味がわかんない。
でも、シズクの頬へと手を添えて優しく擦るくらいならいいよね。
「……なんでフル……ルイまでいんだよ。お前らいい加減、俺の家の庭を溜まり場にすんな!」
「あ、ドナくん。ちょっと挨拶に来たよ!」
シズクの頬を擦っているとお家からドナくんが姿を見せて。
隣にはくすくすと笑っているシンシアちゃんがいる。シンシアちゃんの表情は夫婦になってからかなり柔らかくなったかな。とても幸せそうだ。
あ、そうだと思い付き、続いてドナくんが現れても戦い合ってる2人にも挨拶をした。
けど……。
「えーっと……名前なんだっけ?」
「そういえばおれも鬼子の名前知らないな!」
「僕も鬼子ちゃんの名前知らないや」
「な、なんだとっ!」
鬼人族の女の子は顔を真っ赤にして怒り出し、手に持っていた棍棒を真っ二つに割りながら教えてくれた。
「オレの名前はキッカ・ディーマ! 前長老アストラ・ディーマの1人娘にして現長老ガルベラ・ディーマの姪っ子とはオレのことだ!」
えっと……実はぼく。その時は女の子の名前よりも鬼人族の長であるおじさんの名前を知れたことの方が関心が大きかったんだ。
ガルベラ・ディーマ。おじさんの名前ってそう言うんだ。
よろしくねと怒るキッカちゃんをシズクたちと宥めながら挨拶を交わしたけど、棍棒を壊しちゃったから次は素手での組手だってベレクトとキッカちゃんの戦いを見守ろうとして……。
「だ、だから……お前らうちを溜まり場にするなって……な、なんだよっ、その目は! まだ恨んでんのかよ!」
「恨んでないって言ったら嘘になるけど……もうその話はけりがついたじゃん。……殴らせてもらったしさ」
恨めしそうなジト目のシズクを見てかドナくんが叫びだす。
そいえば、ドナくんはレティにキスした責任を取るためにシズクにすっごい強くグーで殴られてたっけ。
殴られたドナくんは気絶しちゃって知らないだろうけど、ほっぺに無理やり布を詰め込んだみたいに膨らましちゃったんだよね。昨日のシズクよりも酷い顔でさ。
ふふ、いつかドナくんはこれでからかってやろう。
「……ライズ。自業自得です」
「シアまで!? ぐっ……お前、いつまでもそんな目で見るな!」
続くようにシンシアちゃんがドナくんの脇を小突き仲の良さを見せつけてくる。
ぼくらだって2人に負けないくらい大好きなんだからねってシズクを見ても、じとーっとドナくんを恨めしく見つ続けている。
もー! なんだよ! ぼくを見てほしいのに!
こういう時のシズクは男らしくない!
もう済んだことじゃんって直ぐにシズクの顔を掴んでぼくへと向けようとしたそこに、ベレクトがドナくんを隠すようにシズクの前に立った。
「まあまあ、2人とも仲良くな!」
「はあ……レクにはわかんないよ。あの時の僕の気持ちなんてさ……」
「わかんないってなんだ! キスくらいなんだ!」
「キスくらいって……僕には大切なことで……」
「あーもーうるさい! キスくらいでうだうだと! じゃあおれがしてやる!」
「は、何言って……っ!?」
ぼくも思った。何を言ってるのって――言おうとするよりもベレクトの行動は早かった。
「むちゅぅぅぅっ!」
「ん~~~~っ!?」
キスだ。キスだ。ベレクトとシズクがキスをしている――。
ぼくの目でも追うのがやっとってくらい俊敏にベレクトはシズクとの距離を詰めては唇を押し付けていた。
「……」
シズクの顔から血の気が引いていくのが見え、次第に白目になっていく――ぼくは呆然としながらその光景を隣で見ていることしか出来なかった。
「ぷはぁ……キスくらいおれだって何度だってしてる。な、これくらいで怒るな…………ごぎゃっ!」
「何……してるの?」
そして、ぼくはベレクトを突き飛ばした上でそいつに跨り、首元に氷絶のつるぎを落としていた。
あと少し触れたら一瞬で凍ってしまう為、ぼくはぎりぎり皮膚の上で耐えて刃を止めている。
「今、シズクに、なに、したの?」
「なにってちゅーだけど……なんだ! これ魔道器か!?」
「訳のわかんないことを……もういいよ」
このままいっきに刃を落とせと呟くぼくがいる。
いやいや、ゆっくりと刃を通して時間をかけて首を落とせと呟くぼくがいる。
どっちも楽しそうだったけどぼくは後から聞こえてきた声に従うことにした。
「もう黙れ。このまま、し――」
ゆっくりと刃を落とし苦しむ顔を見て――む!
「にゃろ!」
ベレクトは突然黒いモヤのかかった鉄の棒を出現させぼくの氷絶のつるぎを押し返してきた。棒の先はゆらゆらと雷みたいなものが光っていて、何それ。
何もかも気に入らなくてぼくは更に勢いをつけてそのまま斬り凍らせてやろうって……ああっ!?
「る、ルイ何してるのさ!」
「ちょっと、シズク!」
このまま体重をかけて押し切ろうとしたところでシズクがぼくを羽交い絞めてベレクトから引き剥がした。
続いてぼくの腕をシズクが強く叩き、衝撃から氷絶のつるぎを落とし……あれ?
「なん、で? あれ?」
そこで正気に戻った。
先ほどまでの激情が嘘みたいに消えて呆然とする。
自分が仕出かしたことは逐一覚えてる。別に殺す気なんてなかったのに……だけど、憎いことは変わらない!
(あいつ嫌い! 男なのにぼくのシズクにキスっ、キスして!)
言いたいことは沢山あるのに今日はこれでってシズクはぼくを引きずっていく。は、離してよ! 引きずられて出来たぼくの足跡を踏みながらリコがぼくらに続いた。
「い、言え! オレというものがありながらどうしてシズクとくくく、口づけをしていた! お、お前はそっちなのか!」
「なんで鬼子ありながらって話になる? 別にキスくらいなんだってことを証明して……おれは友達だからしただけだ!」
「友達だからってするのか! キキキ、キスってお、おまえは! もっと、もっと大切な、な、なあ! そんなおいそれとしていいもんじゃねえだろ!」
「なんだ、鬼子もしたいのか?」
「ばっ、ばかやろう! ふ、ふざけんな! ば、ばばば、ばかやろう! お、お、おまえって奴はぁぁぁっ!」
キッカちゃんに詰め寄られたベレクトが遠ざかっていく。
待ってよ! まだ許してないのに! ……我儘はそのまま空気に溶けて、お庭からドナくんのお家の前まで連れてかれてやっと離してもらった。
「もう、ルイったらあんな真似して……レクのこと本当に殺そうとしちゃったのかって驚っ……むぐっ……何をっ……ちょっ!」
「……んっ!!」
強引にシズクの唇を袖で強く拭いた後、吸い付いてやった。
同時に強く抱き締めてぎゅーっとシズクの温もりを感じる。
「ぷはっ……酷いよ……無理やりなんて……!」
「ふんっ、シズクが悪いんでしょ!」
ちょっとは気が晴れたけどベレクトってやつにはいつか仕返しをしてやらないと気が済まない!
そうして、ひと悶着起こしながらも、その後の帰り道でシズクは仕事の空き時間なんかにベレクトといっしょに魔法の練習や稽古なんかを行っていたと教えてくれた。
次第にキッカちゃんが混じるようになって、今では3人で訓練をしてるんだってさ。
「今じゃいい友達になってもらってるよ」
嬉しそうにしゃべるシズクには悪いけどぼくはいい気はしないからね。
もしかしたらベレクトもシズクを狙ってるんじゃないの!? ベレクトもシズクのお婿さんになりたいんじゃないの!? でもだめだよ! レティと約束したよね! これ以上結婚相手は作らないからね!
シズクはあり得ないって苦笑してたけど、ベレクトがどう思ってるかなんてわからないんだから。
「……さて、じゃそろそろウォーバンのところにいかなきゃ」
「うん! あ、そだ! ウリウリの方はぼくに任せて! きっと説得してみるから!」
「……え、だからそれは男である僕の役割……」
「まかせて!」
亜人族の大熊さんのところは後回しにしてぼくもウリウリのところへ!
護衛の詰め所へと足を運んで、机で難しい顔をするウリウリの前にどんと立った。
「ねえ、ウリウリ!」
「なんですか……まさか、ルイ様まで世迷言を言うつもりじゃないでしょうね」
「世迷言ってなに? 今日はね、ぼくとシズクとレティの3人の結婚を認めてほしいから来たんだ!」
すると、奥にいたフラミネスちゃんの護衛であるヘナさんがどっと笑いだした。
また同じく奥にいるレドヘイルくんの護衛だったオルファさんがずるっと腰を滑らせる。
なんだよ! 2人して!
ここにドナくんの護衛だったインパさんがいたら背中をばんばん叩かれてもっと笑われていたところだ。
「その話ですか……認めません。そして、おかえりください」
「え? ウリウリ?」
「お、か、え、り、く、だ、さ、いっ!」
ウリウリはぼくの背を強引に押して詰め所から追い出していった。
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