第215話そして、急過ぎて困惑する日

「しろ~! キスしろ~~!」


 こんなルイの癇癪、初めて見た。

 折角大人っぽくなったのに子供のままだ。むしろ退行すらしている。


「痛っ、だから殴るのやめて!」


 泣きじゃくりながらルイはポカポカ人の顔を殴ってくる。


「もう、やめてったら! こんな近距離で殴らないでってば!」

「しろ~~!」

「わかった! わかったから殴らないで!」


 うう……譲れないって思った矢先で折れるのはどうかと思うけど、これ以上今のルイは見ていられない。

 僕は観念することにした。


「う~っ、う~~!」

「ほら、泣かないでよ。悪かったから……でも、やっぱりほら、いいの? だって、今やっと僕たち恋人になったって言うのに……」

「……いいの! この時のためにレティと練習したの!」

「え、練習?」

「もう! だまってよ!」


 何か気にするようなことをルイは口にしたけど、今の彼女に聞き返しても無駄みたいだ。

 ルイは涙でびしょ濡れになったふくれっ面で、ん、と唇を僕へと突き出してくる。


(はぁ……するしかないのか……)


 別にルイとキスがしたくない訳じゃない。けれど、やっぱり大切なことだと思うからもっと大事にして欲しいって――「はやく!」――あーまったく、本当に我儘!

 ルイって前以上に我儘になったよね……ええぇいっ、もうどうにでもなれ!

 戸惑いは未だ残っていたけど、ルイの腕を掴んで「いくよ」と声を掛ける。


「う、うん!」


 そして、ゆっくりとルイの唇に触れる直前で僕は目を瞑る。


 ――そっと、ルイの冷たい唇に自分の唇を重ねた。


 触れたのは一瞬だった。

 1秒にも満たない時間にすっとお互いの唇は離れて、泣きじゃくったルイの顔を見つめて直ぐに逸らした。

 どうしてかレティの時とは違った恥ずかしさを覚える。雰囲気なんて全くと無い残念なキスなのに、恥ずかしくてこの場から今すぐにでも逃げたいとも思った。


「……し、したよ」

「……う、うん。わか、わかっ……わ、わぁ……!」


 ルイは自分の頬を両手で挟み、身悶えるように身体を震わせて歓喜の声を上げていた。


「全然違う……レティと練習したのに、まったくと意味ないや……」

「え、なに?」

「な、なんでもない! もういっかい! もういっかいして!」

「う……うん」


 せがまれ、もう1度ルイのお言葉に答える。

 今度は数秒ほど時間をかけて唇を触れ合わせた。

 ルイの唇は震えているのは寒いからじゃなくて緊張してるんだろうなってのはわかるけど、それは僕も同じだ。

 嫌々言いながらも僕も……やっぱり、ルイとしたかったんだ。

 レティとは違う唇の感触に、ルイも言っていたように思いが通じ合った中でのキスは髪に触れていたものとはまた違った幸せを僕に届けてくれる。

 僕はルイが好きだ。

 本音を言えば僕だってしたかった。もう、ずっと前から、深く、隣同士に並ぶ以上に深く触れ合いたかった。


「うう、ああ……」


 2度目のキスの後、ルイはうわ言のような音を漏らす。

 そして、今日はもう何度目だろうってくらいルイの目から涙がこぼれだした。


「……ルイ?」

「ぐすっ……ううっ……ずるい……」

「……え?」


 ずるいって何?

 また僕はルイを泣かせることをしちゃったのか。今度は何ってやっぱりキスが関係してくるよね。

 やっぱりキス早すぎたんじゃ……。

 ルイは首をふるふると横に振って、泣きじゃくりながら教えてくれた。


「いつもぼくのことを泣かすのはシズクだ。怒らせて……悲しませて、そして……こんな幸せにして、ぼくを泣かすんだ……」

「ルイ……」


 ルイはまた僕を強く抱き締めて、耳元ですすり泣きだす。

 どうしたらいいかわからなくて、ただただ僕はしばらくルイの背中を擦り続けた。


(出来れば僕は泣き顔よりもルイの笑った顔が見たいんだよ……)


 声を殺すように泣くルイの背を擦りながらも、ぼくは目を細めて小さく笑った。


(やっぱり僕はもうルイから離れられないや……)


 そんな風に思いながらルイの涙が止まるまで、僕は至福の中で過ごしていた。


 その後、いくらかの時間が経ち、ルイがようやく落ち着いた。

 やっとまともにしゃべれるようになったルイは僕の耳元へと囁き出した。


「……あと、もう1ついい?」

「もう1つ?」


 キスに続けてもう1つか。どうせ駄目って言ってもルイは許してくれないんでしょ。

 仕方ないなって思いつつ、こそこそっとルイが耳元で囁いて僕へとお願いをする。


「あのね、ぼくにね――」


 だけど……!


「は……む、無理! 無理無理無理無理! 何を考えてるのさ、ルイ!」


 ルイのありえない提案に僕はキス以上に拒んでしまった。

 




 ふたりで手を繋いで……シズクの手を無理やり引っ張って屋敷に戻った。

 往生際がわるい! なんでしてくれないのさ!

 などと、悪態を吐いて誤魔化したけど、本当のところぼくの胸の中はドキドキして大変な帰り道だった。


「そ、その……日をあらためてでもいいんじゃないかな!?」

「だめだよ! エッチするの! 多分、わかんないけど今しないときっといつまでも出来ないと思うの!」

「わからないならわかってからでいいじゃん! そんな焦らなくてもいいと思うよ! うんっ、少しずつね? ほ、ほら……キスからはじめようよ! っていうか、言ってる意味わかってるの!」

「わっ、わかってるよ! これでもぼく、レティとエッチの予習は済んでるんだからっ!」

「馬鹿っ、夜中になんてこと叫んでるんだよっ、てぇぇぇっ! ……あ、まさか今朝のあれが予習だっていうの!?」

「そうだよ! シズクが知ってるのにぼくが知らないのは不公平っていつも言ってるじゃん! 昨日頼んでレティに教えてもらったの! シズクだけ知ってるのはずるいもん!」

「ずるいとかそんな子供っぽい理由でこんな大切なコトを済ませようとしないでよ! というか、よくレティが許した、じゃなくてっ! 2人の関係が気になって仕方ないよ!」

「もううるさいうるさい! ……し、シズクは、ぼ、ぼくとするのやなの!?」

「や、だからそうじゃなくて! もっとお互いに恋人としての段階を重ねたり、雰囲気とかを大事にしてねってことで……あー、もう、泣かないでよぉぁぁ!」

「な、泣いてなんかないよ! ばっ、ばかぁぁぁっ!」


 泣いてなんかいないやい!

 ぐすっと鼻を鳴らして目元を拭ってシズクを睨みつける。もう怒った!

 むしゃくしゃしてバンっ、と屋敷の扉を力任せに開けたかったけど、もしかしたら2人とも寝てるかもしれないし、だから勢いは開ける最初だけにしてシズクを入れた後はそっと閉めて……じゃなかった。


(ぼく! 今からオフロ行ってくるから! それまで部屋に……はリコがいるかな。じゃ、じゃあ! ぼくが使ってる部屋に来てよ!)

(あ、ちょっと待って! ねえ、ルイったら!)


 と、玄関に入った後にぼくはシズクを指さしながら小声で言い放つ。シズクも同じく小声で呼び止めてきたけど、ぼくは1度も振り向かずにオフロに向かった。


「もうなんだよあいつは! ……はあ」


 のしのしと怒りに任せて足音を立てたのは最初だけで、直ぐに不安が襲ってくる。

 どうしようどうしよう……悩んでも今さら立ち止れない。勢いに任せて言わなきゃよかったと後悔しつつ、でもやっぱりしないといけないって思って「……ん?」と薄暗い廊下の中、小さな光がぽつりと漂っていることに気が付いた。

 あれは……光魔法によるものだ。


「……そこにいるのは、レティ?」

「え、あ……ルイ? おかえり……どう、だったの?」


 どうって、ちゃんとシズクと恋人になれたよ。

 そう伝えようと思ったけど……あ! っと思いついて報告するのをやめた。

 そして……。


「……今からいっしょにオフロいこう?」

「え……ええ」


 いいことを思いついた。けど、言ったらレティもシズクと同じく絶対断ってくるだろう。

 だから、ぼくはこれ以上のことは何1つとして言わないままに、レティの手を引いて一緒にオフロに向かった。

 どうやらぼくが断られたと誤解しているようで、レティは「気を落とさないで」とか「きっと説明不足なだけよ」なんて慰めながらぼくと一緒のオフロに付き合ってくれた。もちろん、一緒に湯船にぽちゃん。

 ふう、温かい。

 ぼくは寒いのは平気だし心地いいくらいとも思うけど、暖かいのも好きだ。


「……あったかいね」

「ええ、そうね……」


 ブランザお母さんの屋敷には2人で入っても余裕がある大きな浴槽がある。しかも、で見たオフロとそっくりな造りで、昔から不思議だったんだよね。

 けど、今ならわかるよ。

 シズクたちと同じ異世界の人だって言うお母さんが特別に作らせたんだろうね。

 2人で湯船に浸かりながら、レティが色々と励ましてくる中、むっと俯いて黙ったままっていう態度を取っちゃったのはごめんね。

 新しい着替えを持ってくる余裕がなかったからさっき着ていたものと同じやつだけど、いいかな。


「レティ、来て……」

「う、うん……」


 お風呂に入ってる間、レティに相談したくなってうずうずしたけど、どうにか秘密にしてまま、レティと手を繋いでぼくの部屋に向かう。

 よぉし……!


「……え、な、なんでシズクがいるのよ?」

「……え、どうしてレティがここに来るの!」

「「ど、どういうことルイ?」」


 ほらやっぱり! 言わないで正解! 

 ここで3人になってやっとぼくはレティに説明をした。

 予想通り、最初は絶対やだってレティは拒否し続けたけど、ぼくこそ絶対にレティを逃がしやしないんだから!


「待ってよ……ほんとうにわたしがいなきゃ駄目なの!?」

「いっしょにいてよ! ぼくらだけじゃシズクが駄々をこねて何もしないで終わっちゃいそうだったし! レティが見張ってて!」

「見張るって……何馬鹿なこと言ってるのよ! ちょっとシズクからもなんか言ってよ!」

「そ、そうだよ! 普通は2人っきりでするものであって、他人に見せるものじゃなくて……ましてや僕はするって言ってない!」


 ほかほか湯気にいっしょにオフロに入ったレティはのぼせたみたいに顔を真っ赤にしてる。シズクも同じく顔が真っ赤だ。


「まだ正式じゃないけど夫婦っていっしょに寝るんでしょ? アニスのとこがそうだったもん!」

「「……アーニースぅぅ!」」


 2人は息ぴったりでアニスの名前を恨めしく呟いていた。


「ね、ぼくらも同じだよ!」


 そういう息が揃うところも羨ましいなって思うよ。

 だから、やっぱりぼくもお揃いの2人と同じになりたいんだ。


「……確かにシズクが言うように、ぼくは急いでいるのかもしれない。だけど、ぼくは大好きな2人とは平等でいたい。その為にもレティには最後までぼくと、シズクのことを見ててほしい」

「……拒否権は?」

「レティが心から嫌だったらぼくはもう無理には言わない。でも、お願い。レティ、ここにいてよ」

「……ルイ」


 レティはぼくの名前を呼ぶだけで、それ以上は何も言わなかった。

 それが返事だと受け取り、ぼくは恥ずかしがる2人の手をとって、ベッドの上へと3人で座って――。


「…………え、えっと」


 いざ始めよう――と息巻いたのに、これからするんだなって思ったら恥ずかしくなっちゃう。


「その、えっと……」


 もじもじと緊張しぼくは次にいけない。

 なんだよ、ぼくの弱虫……。


「やっぱり、わたしいない方が……」

「……だ、だめ! レティ、ここにいて!」


 重い空気に耐えかねたのか、レティが立ち去ろうとするので直ぐにしがみ付いて座らせ直した。

 ここでシズクと2人っきりになったらやっぱり何もできないままだよ!

 レティがいなくなったら心細い! お願いと逃げないようにレティの手を握って引き留め続ける。

 ああもう、ほら、レティが逃げる前にさっさと始めちゃわないと! 逃げ腰になっていたけど、ここで尻ごんでなんていられないや!


「し、シズク始めよう!」


 もうぼくは止まらない。止まれないから部屋の灯りもすぐさまベッドから立ち上がって消しに行く。

 でも、真っ暗だと何も見えないから……小さな光の球を生み出してぼくらの真上に落とした。


「……ルイ、もう何も言っても駄目なんだね」

「う、うん!」


 暗い部屋の中で観念したのか、シズクはいつもよりも男の子っぽい顔をしてぼくと向き合ってくれた。

 逃がすまいとレティの手を引きベッドの上で膝を枕代わりにさせてもらう。


「……レティ、なんか巻き込む形になって、その……ごめん」


 なんて、シズクはレティに謝りながらベッドに腰を掛ける。


「だ――……なんでこうなるよ……」


 上を向いて困惑するレティに向かってえへへって照れ隠しに笑っちゃう。けど、もう逃げる気はないみたい。


(レティありがとう。レティがいるからぼく今すごい安心できるんだ)


 シズクはいつまでも躊躇っていたけど、次第にぼくに近寄ってきた。ぼくもシズクの手を引いてもっと近寄ってもらった。


「……もう、ここまでしたら止まらないよ」

「う、うん。じゃあ――」


 と、最初はさっきしたみたいな小さなキスからの始まりだ。

 何度かと繰り返し、呼吸をするのを忘れそうになる。


「……はぁ」


 レティの何とも言えないため息を聞いてぼくらのキスは止まった。

 レティに見られながらするキスはすごい恥ずかしいけど……嫌じゃない。

 むしろもっと見ててほしいって思う。


「……ルイ?」

「……大丈夫。続けて」

「でも……震えて……」


 けど、シズクの言うように身体は震えちゃう。

 震えちゃうのは怖いから。知らないことを知るのはとても楽しいけど、この先の行為はそういうのとは少し違う。

 でも、怖いからって嫌じゃない。嫌じゃないけど怖いから怖いから……ね、やっぱりレティがいてくれてよかった。

 勇気を別けてもらおうと繋いだレティの手をまたぎゅっと握る。


「……お願い……レティ……ぼくにキス、して……」

「なに言って――っ…………はぁ……わかったわよ」

「う、うん……!」


 もっと勇気が欲しいから、せがんでレティにキスをしてもらって唇からも勇気を貰う。


「ルイ……」

「え、へへ……レティとのキスもすき」

「……レティ、こっち向いて」

「な、なに……シズ――……んっ」


 シズクは少しむっと怒ったような顔をして、ぼくの真似をするようにレティとキスをしていた。いや、シズクはぼくに見せつけるかのようにキスをしていた。


「馬鹿……」

「だ、だって……」


 唇を離すと、ふたりは照れ臭そうにしていた。

 ……どうしてだろう。

 前は2人がキスしてるとこを見たらとても腹が立ったのに今はほっとする。

 くすって小さく笑ったりもしちゃったけど、こんな小さく生まれた余裕は直ぐに無くなる。

 シズクがぼくを見て、震える声で話し掛けてきたからだ。


「ぬ……脱がす、よ?」

「……え? ……うん、いいよ」


 ぼくは自分の穿いている袴に手を伸ばす。

 お尻を少し浮かせて自分から、そしてシズクに手伝ってもらって赤い袴を脱ぐ。恥ずかしがりながらぼくはまた横に寝ころび、レティの膝に頭を乗せる。続けて、しな垂れてきたシズクを向かい入れる。

 そのままシズクとまた、1つ短いキスをして……。


「やさしく……してね?」

「……がんばり、ます」


 ただ……かっこわるいと思うけど、ぼくの我慢の限界はここで来た。


「……え、えっと、あ、あのね」

「ルイ?」


 やっぱり恥ずかしいからぼくが点けたあの明かりも、消してもいいかな。

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