第213話 大切な気持ちを伝える日

 ぼくとシズクは天人族と亜人種の居住区をつなぐ橋の上に立ち続けた。

 まるで真ん中にレティがいるように1人分の隙間を開けて、レティが去ってからずっとそのまま時間に身を任せ続けていた。


(……おかしいな。シズクと本当の家族になろうって言うだけなのに、どうしてぼくは言えないでいるんだ……)


 言おう言おうとしても、橋の上から周りの景色を眺め続けてばかりだ。

 夜の空は濁流に揉まれながらも瞬く星と薄氷に滲む月が輝いている。

 黒く染まる水面は里の人たちで生まれた光を照らしている。

 橋の上も、橋の下も、どちらも綺麗で……きっかけとなる言葉が見つからないと言い訳をし、口を閉ざして空を見上げてしまう。

 ぼくらは一緒に並んでいるのに別々のものを見ていた。

 ぼくは夜空を仰いでいる中、シズクは俯いて橋の下を流れる川へと顔を向けている。


「……!」


 シズクの横顔を盗み見ようとして――シズクもちらりとぼくを見てきた。

 びっくりして直ぐに顔を前に向けちゃった。けど、ぷるぷると首を振り、恐る恐るとシズクへと顔を向けて、ぎこちなく、誤魔化すように笑いかけた。シズクも同じような反応をして、同じように顔を合わせてくれる。

 なのに、シズクはぼくとは違って悲しそうに笑う――無理して笑い返してきた。

 ……ちがう。

 ぼくはシズクに今ここにいるのが苦痛なんて顔をさせたかったんじゃない。

 レティは言っていた。シズクは勘違いしているだけだと。誤解してるだけだと。

 でも、どう勘違いして、何を誤解してるのか、シズクと同じくらい意地悪なレティは教えてくれなかった。

 だから、今のシズクが何を思って怒って悲しんでいるのかはわからないままこの橋の上にいる。

 またもぼくから顔を背けてしまう。

 シズクの辛そうな顔を見たくなかったのと、こんな悲しい顔を見られたくなかったからだ。


「……ルイ」

「……っ」


 ……まただ。

 寂しそうにシズクがぼくの名前を呼ぶ。またシズクに悲しい思いをさせている。

 ちがう。ちがうんだよ。

 そんな悲しそうな声を上げさせるためにシズクはここにいるんじゃない。

 そんな悲しく名前で呼ばれるためにぼくはここに来たんじゃない。

 こんな悲しい気持ちになるために2人っきりになったんじゃない。


(だめ……だめだよ! こんなんじゃいけない! 勇気を出せ! 出してちゃんと向き合って、シズクに話を、話を聞いてもらうんだ……!)


 自分を奮い立たせ、ええいっと止まった時間を終わらせる――精一杯の行動は腕を伸ばしてシズクのコートの袖端をつかむことだった。

 真っ白な、周りの魔人族に合わせるために3人で選んだ……あの時と同じデザインのコートを掴んでシズクの気を引くのがぼくの勇気の限界だ。


「……どう……した、の?」

「……え、えっと……その……」


 こんなちっぽけな勇気をきっかけにシズクが話しかけてくれたっていうのに、結局ぼくは口を濁すだけでその先へとは続けられなかった。

 また俯いてだんまりのぼくに落胆したのか、はあって大きく真っ白な溜め息がシズクの口から流れた。


「そろそろ……帰ろっか?」

「……えっ! だ、だめ!」

「駄目って……そもそも、ルイは女の子なんだから身体冷やしちゃだめだよ。ほら、これ使って」

「え、でも、それじゃあシズクが……いいってばっ、それ脱いだらシズクが寒いじゃん!」


 そう言ってシズクは自分が着ていた白いコートを脱いでぼくにかけようとしてくる。

 それじゃあシズクが凍えちゃうよ。しかもコートを脱いだシズクは半そででぼくより薄着じゃん!


「僕は働いてたから平気なの。厨房の中ってすごい暑いんだよ? それに帰り道はコートの中に魔法で作った温風を流してるからこれくらいでちょうどいいし」

「今はもうちがうでしょ! あれから時間経ってるし! 脱いでないで早く着なよ!」


 嫌々ってコートを押し返すけど、シズクはもっと力を入れてぼくに羽織らせようとしてくる。

 なんだよ、もう!


「僕のことはいいから、ほら! ルイこそ早く着てって!」

「だーかーら! シズクが着てなよ! ぼくは平気だって!」

「平気なわけないだろ! もうっ、意地っ張りなんだから!」

「どっちが! シズクは昔っから恩着せがましいんだよ!」

「なっ、恩着せがましいって! 人が親切でやってあげてるっていうのに!」

「そういうのが恩着せがましいって言ってるの! ぼくはいらないっていってるじゃん!」

「本当に変わってないなぁ! 本当は寒いくせして無理しないでよ!」

「ぼくは寒くないったら! シズクの方こそ寒いくせに!」

「ああ言えばこう言うっ! 僕はルイが心配でっ……あーっ、もういいよ! じゃあ……はい! こっちきて!」

「こっちきってなんだよ! どうやって……え? シズク?」


 するとシズクはどしんとその場にしゃがみ、ずっしりと橋の上に座り始めたんだ。

 ぽんぽんと立てた膝を叩いて両足を開き、両手を広げて指をくいくい動かして……ぼくを招こうとしている、でいいのかな?

 つまり、股の間に入れってこと?


「ほら、はやくこっち座って!」

「え、ええ? あ、う……わか、わかったよ!」


 ……寒いのは嫌いじゃない。むしろ寒いのは大好きなくらいでこのままでも本当に平気だったんだ。

 でも、怒った今のシズクはぼくの言うことなんて信じてくれないし、聞いてくれそうにもない。

 なんでよー……って思いながらもここで引き下がるわけにもいかず、シズクの両足の間に座って身体を小さくしてしまう。

 足の間に収まったのを見てシズクはふわりとコートを宙に広げて前からかけてくる。


(う……確かに昔はこうやって2人で温まったけど……なんだか、恥ずかしいよ……)


 売り言葉に買い言葉でついシズクのところにお邪魔になったけど、とても居づらくて背中を丸めて前かがみになってしまう。

 さっきまで1人分も距離を取って、ましてや緊張して話せなかったって言うのにに今じゃぴったしくっ付いて……。

 別の意味でがちがちで震えそうになる……わっ!


「ひゃ……!」


 シズクは隙間を埋めるみたいに前かがみになっていたぼくを後ろから抱きしめてきた。


「やっぱりほら。ルイの身体すっごい冷たくなってる。こんなに震えて、やせ我慢してたんでしょ」

「違うって! こ、これは緊張でっ、緊張してっ!」

「緊張? なんで緊張なんか……あ……」


 やっと気がついてくれた……。

 あっさりと抱擁を外してシズクは背中を反ってぼくから距離を取ろうとする。けど、こんな密着した状態じゃまったくと離れないよ。


「ごめん……もうこんなことする歳じゃなかったね」

「だ、だからぼくは本当に寒いのは大丈夫だったのにっ…………はあ、もういいよ」


 なんだかいっきに力が抜け、同時に少しだけ気を落とした。


(シズクはぼくのこと昔のままだって思ってたのかな……なんだよ。今はもうシズクよりも年上で背だってちょっぴり高いおねえさんなのにさ)


 子供の頃と同じに見られていたことに悲しくなり、同時にむっと腹を立ててしまう。

 腹いせとばかりに押し込むようにシズクにもたれ掛かってやった。


(……ふふふ! してやったり! どうだ、シズクめ!)


 びくりって身体を震わせたシズクが面白くて、くすりって笑ってしまう。

 ――まだ緊張は残ってるけど、身体の硬直は随分とほぐれた。けど、今度は別の問題が生まれてしまった。


(……おかしいな。昔は毎日と一緒のお布団でも寝てたっていうのに、今はすごく胸がドキドキする)


 地面に付けたお尻はとっても冷たかったけど、急にほわっと暖かな風がコートの中に流れてる。

 シズクが風魔法で生み出した暖風をコートの中に流してくれたんだってことは直ぐにわかった。けど、シズクは背中が出てる分、後ろは寒いんじゃないかって心配になった。

 このコートだってぼくが全部使って、シズクは半分しか使ってないじゃないか……。


「……ルイの気が済んだら、さっさとレティのところに帰ろうね」

「……」

「……ルイ?」


 意地悪な癖して、こういう優しいところは昔から変わってない。

 そう、変わってないんだ……。


(ああ……ぼく、シズクのことが大好きだ……)


 さっきまでぼくを抱きしめてくれていた腕を掴み、その先の手を取っては自分の頬へと持っていく。

 またビクってシズクが驚いてぼくの手から逃げようとしたけど、ぼくはその手を離さないように強く握った。

 水仕事で乾いてカサカサになった手の平だ。軽く頬に当てるとひやっと冷たいのに、直ぐに奥から暖かくなってくる。

 これがシズクだ。数年ぶりのシズクの手の暖かさを直接感じ取れた。

 ……言いたい。言ってしまいたい。

 家族になろう――違う。家族以上の関係になりたい――そうじゃない。


 好き――シズクが好き。シズクが大好き。

 

 シズクを想い焦がれる気持ちがこんなにも溢れそうだというのに、ここまで来てもぼくは思うだけで精一杯だ。

 以前は何度も、何度だって周りにも本人にも好きって言ってたのに、今はこんなにも口が重い。

 好きっていうだけなら昔のぼくには簡単なことだったはずだ。


(でも、今はちがう……)


 好きにも……好意にも色々な種類があることを、小さかった頃とは違って今は理解している。

 好き嫌いの好き。家族としての好き。友達としての好き。

 様々な好意があって、中でもぼくがシズクに懐いている好意は異性としての好きだということも昔から変わらず、昔よりも理解して、昔以上に自覚している。

 だからこそ、今のぼくは前以上に好きって言えない。


(今のシズクはぼくを好意で見ているのかってことばかり考えちゃう……)


 さらにその簡単だったことは――ぼくの前で2人がキスをしたあの瞬間から、ぼくの好きって言葉は重くなった。

 シズクとレティが好き合ってると言う事実を知り、そして、レティの口から直接、2人が昔っからの恋人だってことも悲しくなりながらも知った時にはもう駄目だった。

 ぼくの好きは重くて重くて、今じゃあもう簡単には喉の奥から持ち上げることも出来ない。


 ぼくはシズクを異性として好きだ。

 でも、シズクは?

 シズクはぼくのことを異性として好意を懐いてくれるの?


「……あっ、そっか……」

「……ルイ?」


 ぴくりと肩を震わせた。


(……そっか、わかっちゃった)


 なんで自分が簡単なことを口にできなかったのか、その理由がここにきてようやくわかった。

 さっきまでのぼくは単に告白する瞬間のことばかり考えていた。好きと伝えれば直ぐに終わる。でも、恥ずかしいから躊躇っちゃう……そんな風に告白をするって行動のことばかり思ってた。

 けど、告白をするってことはそれ以上のことだと今さらになって気が付いた。


 ――この告白は、今までの関係を壊してしまうものなんだ。


 好きだと言って断られたらどうしよう。レティしか愛せないとか言われたらどうしよう。

 そう、シズクに拒絶されたらと考えちゃうと、ぼくはこの寒さなんか目じゃない程身体を震わせてしまう。

 怖い。恐いよ。

 もしも、断られたら今みたいに抱きしめ合うことも出来なくなっちゃうの?


(……けど、言わなきゃ! ぼくはこのために今を待ったんだから!)


 怖くて口を閉ざすぼくとは別に、今すぐにでも叫んで心の内をさらけ出したいぼくがいる。

 さらけ出したいぼくは、怖がるぼくと同時に生まれて、時間とともにとても大きくなっている。


 ――好き。好きです。ぼくはシズクのことが大好きです。何度言っても足りないくらいシズクが好きなの。


 言いたい。言いたいのに胸が苦しくて言わせてくれない。

 けど、言わなきゃ!


「……シズク」

「何?」

「その……えっと……」


 言わなきゃ……いけないのに、そのたった一言をえっと、と濁してしまう。

 自分のことなのにまどろっこしい。いっそ、心の中を全部シズクに見てもらいたい。

 ぼくがこんなにもシズクのことが好きなんだよって一目でわかってもらえるはずだ。

 もどかしくて、たまんない。


「ルイ……?」

「う~……なんだよ! なんで、なんでシズ――なんでもない……」


 なんでシズクだけそんなにいつも通りなんだよ。

 ぼくだけこんなにドキドキしてさ。シズクはこの数日変わらずな態度でさ。

 1人で緊張してるのが馬鹿みたい。


(……ううん、今のぼくはみたいじゃなくて馬鹿なんだ)


 胸の高鳴りは止むことを知らない。

 ドキドキ、ドキドキ、息を切らしていつまでも走り続けた時みたいに鼓動を早めている。馬鹿みたいに走り回ったぼくの心臓は止まることを知らずにいつまでも鳴り続けるんだろう。

 いっそ止まってくれたらと願っても、息を止めても、一切ダメ。

 いつまでも耳の奥を2つの音が重なって叩く。……どくどくんどくどくんって、2つ……あれ、ふたつ?

 なんでだろう。

 耳がおかしくなったのかと思ったけど、ちがう。

 ぼくと同じ音が2つ、不規則に聞こえているんだ。

 これって――。

 

「……もしかして、シズクもどきどきしてるの?」

「……えっ、し……してない、よ?」

「うそ!」

「あっ、ちょっと、ルイ!」


 抱きかかえられた姿勢から腰を捻ってシズクの胸に耳を当てると……ほら、やっぱり! ぼくみたいにどくんどくんって服越しでも弾んでるのがわかる。


(なんでどうして? シズクはぼくのこと意識なんかしてないんじゃなかったの?)


 子供のころと同じだって思ってたんじゃないの?

 だからこんな風に抱きかかえてくれたんじゃないの……ちがうの?


「……緊張しないはずないだろ。こんな状況で……ルイを意識しないって方が無理だよ」

「……えっ」


 恥ずかしそうに教えてくれるシズクにぼくはびっくりと目を大きくした。

 そうだったの。シズクもぼくと同じくらいドキドキしてたんだね。

 そっか、ぼくだけじゃないんだ!


「そっか、そっか。シズクも緊張してくれてたんだね」

「……そうだよ。何か悪い?」

「ううん! ぼくだけかと思って……はー、よかった!」


 ぶっきらぼうなシズクの反応に、嬉しくてにっこりと笑ってしまう。

 何よりぼくを異性として意識してくれていることがわかったんだ。昔とは違うのはお互い様だったんだ。

 そのままシズクの胸に背を預けて、少しだけ目を閉じた。

 今度はしっかりと聞き取れる。

 シズクの胸の音、聞こえるよ。ぼくと同じくらい高鳴ってるのが聞こえるよ。


(……大丈夫。シズクの鼓動に緊張はさっきよりもとけた)


 まるで枷が取れたみたいに身体が軽いように思える。

 あんなに重く閉ざしていた口もひらひらと開ける自信が溢れてくる。

 よし、これなら言える。もう好きとか子供の頃とかも関係なく、きっと今のぼくなら言えると思うから、だから!

 ねえ、聞いて、僕の気持ちを――いざっ!


「……シズ……クっ……っ……あっ……ぁあっ!」

「もうっ、いい加減にしてよ!」

「ひゃぁっ、ぎゃぁ! な、なにするんだ!」


 と、ぼくの口からは変な声が出てしまう。

 やっと決心して言おうとしてたのに、シズクったらぼくの耳をぎゅっぎゅって握ってきたんだ!


「や、やめてよ! 耳触んないで!」

「何が良かっただよ! まったく、人の気も知らないで! そんなに人のことからかって面白いのか!」

「か、からかうなんて……ひゃっ……ぁんっ……そんな……んじゃない、やいっ!」

「じゃあなんだよ! もう訳わかんないよっ! 僕にはルイが何考えてるかっ…………わかんないんだよ……」


 そう口にして、シズクはぼくの耳から手を離した。

 そのまま、ぼくの肩を押しのけて、また2人の間に隙間が生まれる。

 こんな頭1つ分の隙間なのに、先ほどのレティ1人分の隙間よりも遠くに感じてしまう。

 ――なんでよ。わかってよ。ぼくが考えてることなんて今も昔もずっとシズクのことばかりなんだよ。


「……僕、どうしたらいいかわかんなくなっちゃうよ」


 けど、ぼくが言う前より先にシズクが話してしまう。

 ぼくの背中に頭を付けて、ぼくらの隙間に顔を隠して、寂しそうに言ったんだ。


「ずっとルイと会いたいって思ってた。色々あったけど、ようやくルイと話ができるって思った。なのにルイは、なんか人が変わったみたいに他人行儀っていうか、以前みたいに接してくれなくて……それどころか避けてるみたいで、だから、もしかして僕のこと嫌いになったって――」

「な、ならない! なってなんかない!」

「――え?」


 ぼくがシズクを嫌うことなんてありえない。

 慌てるように振り返って、シズクの胸元のシャツを握ってぼくは叫んだ。


「ぼくが、シズクを嫌いになるわけない! ぼくは昔のままだよ!」

「……じゃあ、どうして!? ……どうして避けるようなことをしたの?」

「そ、それは……」


 う……だって、久しぶりだからどうやって話したらいいか……髪切ったから別人みたいに見えたし……色々と言い訳は出てくるけど、何よりもやっぱりさ。


「……恥ずかしくて……わかんなくて……シズク変わっちゃったみたいに見えて……」

「なにそれ! 変わったって言うならルイの方じゃん! 勝手にそんなに大きくなってさ! 僕の方が反応に困ったよ! 声かけても空返事で逃げちゃうしっ……」

「別に好きで大きくなったんじゃないやい! それに、逃げるってシズクだって同じだったじゃん! よそよそしかったりさ!」

「そ、そりゃあ僕だって人のこと言えないけどさ! レティを選んだり、ルイがそんな調子だからどう声を掛けていいのかわかんないって!」

「ちがうよ! ぼくの場合はだって……っ!」

「だってなんだよ!」


 ……だってレティとキスしたし。ぼくの目の前でキスしたし。


 大切な2人がぼくの知らないところで親密な関係になってたんだよ。

 シズクは変わっちゃったんだって思い知らされて距離感がわかんなくなっちゃったんだよ。


 本当はもっと最初の抱擁みたいにたくさん触れ合いたかったし、お話だっていっぱいいっぱい聞きたかったし聞いてもらいたかった。


(……なのに、シズクはシズクは……どうしてさっきから、さっきからさあ……)


 さっきから言いたいことばかり先に言って……っ……もういいよ!


「ちょっと黙って聞いて!」

「……ルイ!?」


 もういい、と感情のままにぼくは行動を起こすことにした。

 光の灯ったシズクの目を睨み付け――そのまま見つめる。

 ぼくじゃなくレティによって輝きを得たシズクの瞳を見つめる。

 いいなってレティを羨ましく思うけど、それはもういいよ。

 きっとこれがシズク本来の目なんだ。レティは元に戻しただけ。

 じゃあ、ぼくは今以上に輝かせればいいだけだ。


「……聞いて」

「……うん」


 あたりは闇夜に包まれているのにシズクははっきりと見えた。

 月明かりに照らされて、男の子になったシズクの顔をはっきりとぼくに見せてくれる。

 もう恥ずかしいなんて気持ちは無かった。

 逆に早く言わないとと急かされる思いから口を開いた。


「あのさ……ぼくと……さ……3人でさ……いっしょになろうよ!」


 そうだ。レティとぼくとシズクの3人で1つになろう。

 本来の告白とは別のものになったけど、結果的に言いたいことを言えたと思う。


「……どういう意味?」

「ぼくとレティとシズクの3人で1つになろうって意味」


 遅れながらも照れ隠しみたいにちいさくにっこりと笑いかけて、驚くシズクを見つめる。

 もうぼくには先ほどの悔いといったものは一切ない。それどころか自信が溢れてくる。

 ぼくは頷いてもらえるのが当然とばかりに信じて疑わずにシズクの返答を待てるほどだった。

 ……しかし、シズクはむっと小さく唸って首を傾けだす。

 え? 何その反応。


「…………ん? んん? 3人で1つ? だから意味がわからないって」

「3人で一緒ってこと!」

「ん、んー?」


 シズクはもーっと首を傾けた。

 眉間に皺を寄せるほどに悩んでるのに、まったくとわかってないと言わんばかりの反応だ……。

 もー! なんでわかってくれないの!

 頬をむっと膨らませてシズクを睨み付ける。


「だーかーらー!」

「だから?」


 じゃあ、こう言えば良いの!? って、今度はもうはっきりと口にしてやった。


「シズクがぼくのお婿さんになってってこと!」

「……へ? おむこ、さん? え、ちょっと待って、ルイがお嫁さんじゃなくて?」

「シズクが! ぼくの! お婿さん!」

「……は? は? ……はぁぁぁぁっ!?」


 わ、びっくりした。こんな近くで大声を上げないでよ。

 シズクは両目を見開らくほどに驚愕し、ぼくの顔へと広げた手を突き出した。もっとぼくらに隙間ができた。

 

「待って! え、ルイってレティのことが好きなんじゃ?」


 何言ってんの?

 ぼくは直ぐに訂正をする。


「え、レティのことはすきだよ? だからレティもぼくのお嫁さんになってもらうの。で、シズクばぼくのお婿さんね!」

「はあ……はぁあぁぁぁあああっ!?」


 2回目の「はああ」だ。

 もう! だから、びっくりするから大声はやめてよ!

 なんで驚いてるのかぼくにはさっぱりだ。

 シズクはぷるぷると物凄い速さで首を横に振り続ける。


「いや、だめでしょ! 嫁とか婿ってつまり結婚するってことでしょ! なのに、3人でって一夫多妻……いや、この場合はルイに一夫一妻? は、意味わからな……って、ちがう、そうじゃないよね!? いやいやいや! ないよ!」

「なんでよ! アニスのとこだってリターとフィディがいるじゃん!」

「あ、あそこと一緒にしないでよ! ここがどうか知らないけど、僕らは僕らであって夫婦ってものは――」

「……あーもう、シズク聞いて」

「――本来2人っきりで……へ?」


 余計なことを言うシズクの言葉を遮ってぼくは言う。

 これが、ぼくの本心だよ。

 本当に言いたかったことは何も考えて出す必要は無く、自然と口からこぼれ出た。


「ぼくは、シズクのことが好きです」

「……!」


 もう何度と口にした好きって言葉をぼくはあらためて言わせてもらうよ。


「……今までの好きとは変わらない。だけど今までの好きとは違う好きだよ。きっと、子供の頃以上にシズクをぼくは好きなんだ」

「……ルイ」

「ぼくは、シズクが大好きです」


 ねえ、シズク、伝わる? ぼくの特別な好きだよ。


 今までの好きとは違って頬がとても熱くなる。2人で包まってた時以上にドキドキしちゃって、耳の奥で自分の心臓のうるさい音を拾うんだ。

 恥ずかしくてここから逃げ出したいけど、ぼくはがんばって大好きなシズクの目を見つめて、笑った。

 笑って、恥ずかしい気持ちを誤魔化した――……けど。


「……え、えへへ」

「……」

「……へ、へへ…………」


 ――けど、シズクは辛そうな顔をしてぼくから目を逸らした。

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