第207話 家族3人でおやすみなさい
――娘さんをぼくにください。
何をするのかと思いきや、ルイは頭を下げてそんなことを言ってきた。
「娘とは誰のことだ?」
「そりゃレティのことだよ」
「ちょっとルイ!?」
今日、何度目かもわからないが……なんだそれは。
「……」
布団から抜け出し頭を下げるルイを前に胡坐をかく。同時にレティまでもが起き上がり、這いながら私の隣に座り直す。
あらためて聞く。なんだそれは――今度は直接口にしてみれば、ルイは目を輝かせ興奮しがちに説明を始めた。
「だってね! レティの世界じゃね! こう言って恋人の両親からお付き合いの承諾を貰うんだよ! ぼく知ってるよ!」
「ばっ、ばか! それは相手の両親に婚姻を認めてもらうための挨拶だってば!」
「それじゃ、なおさらいいよね! ぼくはレティといつまでもいっしょにいたいからレティと結婚するよ!」
どんな理屈だ。
そもそも、共に居たいからと慕う者を選ばずに恋敵を選ぶなど私には理解できない。
「はあっ!? け、結婚って! わたしたち姉妹よ! 姉妹が結婚なんて……」
「え、どうして姉妹じゃ結婚できないの?」
「できないわよ! ……――ね、ねぇ、お、お父様? 血縁関係で結婚はでき、できないわよね?」
……私に振るな。
突拍子もないことを口にするルイに頭が痛くなる。こめかみを抑えながら、はあ……と肩を落とす。私が知るか。
惚れた腫れたとお互い好き同士なら誰であろうと結婚でも何でも好きにすればいい。
だから私にそういう面倒事を押し付けるな……と喉元まで込み上げてきた言葉を飲み込む。私は彼女の父親なのだから。
頭を掻きながらも、動揺しながら拒むレティへと顔を向けた。
「……レティ」
「は、はい。なに、なんでしょう?」
「私は……お互いの同意の上であれば……姉妹でも、良いと……思う」
と、たどたどしくも私なりの言葉を彼女に示してみるのだが――「いやいやない!」ぷるぷると手と首を振って否定された。
そこまで大袈裟に否定されては先ほど吐き出そうとした言葉を投げてもよかったのではないかと思ってしまう。
「いや、いやいやよくないでしょう! 確かに今のわたしはルイの所有……っ……だ――! だからそうじゃなくて! 大体なんでこんなことになってるのよ!」
「そりゃあレティがぼくに負けたからだよ!」
「そうです! そうですね! わたしがルイにホームランを打たれてサヨナラ負けしたからよ! あ――もう! 未だに信じられないわ! なんで1度も見せてないあの球打てたのよ! わたしのとっておきだったのにぃ! まぐれね! まぐれよね! あ――もうこれも全部――!」
「シズクのおかげだよ!」
「でしょうね! ああっ、たくっ! あいつってやつはぁぁぁっ!」
まあ、ルイがこんな無茶を言いだした理由については、私もレティもわかっている……野球というものはよくわからないが、試合の結果は放送で聞いていた。
そして、その試合はシズクをどちらのものにするかという話であったはずだが、勝利したルイは直前になってそれを拒否した。
――レティ言ったよね。勝者の言うことは絶対だって。だからね、ぼくはレティをもらうよ!
(くすっ、これが落としどころかしらね……ルイちゃん中々にズルい子ね)
(……ただ、こうなるとあいつ1人のけ者ってことかな?)
(どうかしら? あの子もあの子でのけ者にされたままだとは思えないけど)
あの時はそんな風に私の膝に座ったリコ――おふたりの話を聞いていたが……。
「大体どうしてわたしなのよ……あんたが素直にシズクを選んでたらこんなややっこしいことにも、集まってくれた里のみんなにも変に見られることもなかったのに……」
「じゃあ、ぼくがシズクを選んだらレティは潔くシズクのこと諦められるの? 前と同じようにぼくらと接してくれるの? ……ぼくとシズクを見て、悲しまないでくれるの?」
「それは……出来ない。わたしはそれでもシズクを想っちゃうだろうし……幸せそうにしてる2人を祝福するどころか、目に入れることすら我慢できないと思う」
「でしょ? ……ぼくも同じ。あの試合、レティが勝ってもぼくは絶対シズクのこと諦められなかった。だから……だからぼくはね。レティを選んだんだ」
「はあ……もう意味不明よ。だからどうしてわたしって聞いてるのに余計にわからなくなったわ……」
「えへへっ! それはね――」
ごほん、と咳払いをして2人の会話を止めさせる。
兎にも角にも、だ。
「……ルイ、お前の好きにしろ。お前らが付き合おうが結婚しようが……2人でよく話合って決めればいい」
「うん!」
「まってよ! わたしはまだ結婚するなんて言ってない!」
2人の言い分に対して、これが私の落としどころというものだろう。
無責任だと思われるかもしれないが、それでも私なりに出した答えだ。
ルイは嬉しそうに頷いてありがとうなんて言ってくるが、感謝される覚えは無い。私は何もしてないのだからな。
「……それとね」
「まだあるのか……」
もう寝させてくれ。
うんざりしながらも次のルイの言葉を待つ――またもルイが両手を床につけて頭を下げてきた。
「息子さんをぼくとレティにください」
「……ほお、私は娘2人だけではなく息子までいるのか」
もういい加減にしてくれ……。
新たな意味不明な発言に一応とレティに確認を取るように視線を送ってみたが、彼女はぶんぶんと首を横に振る。
では、どういうことかと再度ルイに訊ねてみると……。
「それはね――シズクのことだよ」
先ほどとは違って照れながらの返答だ。
もしやシズクまで私の息子なのか……いや、そもそもシズクの魔石は私自ら魔石生成の場に立ち会っている。
そもそも、今の身体ではないが、元の父親は今もこの屋敷に――。
「だってさ……やっぱりイルノートはぼくとシズクにとってお父さんだもん! だから……ね、レティ? 今回は間違いじゃないでしょ? お父さんのイルノートにちゃんとシズクとの結婚の承諾をお願いしてるし!」
「いや、や、それで正しいけど……正しいけど、なんか納得でき……って! わたしとルイにくださいって……はあ!?」
なんだそれは……私は両手で顔を覆うしかない。
(なんだそれは。どう言う理屈だ。私がシズクの父だと? ……それこそ知るか)
シズクにも同じことを言われたんだぞ。私たちは家族だったって……でも、私はそれを拒んで……なんだ。そこまでお前たちは私と家族になりたいのか。
私なんかを家族に向かい入れたところでまったくと価値は無いというのに、もう、本当に――……馬鹿馬鹿しい。
家族というものを難しく考えこだわっていた私も、家族という括りを簡単に考える大らかなルイにも。
何もかも馬鹿馬鹿しい……。
「ぷっ……」
「イル、お父さん?」
「お、お父様?」
「あっは、はははっ……くくっ……あっははははっ……ひっ、ひひっ……くははっ!」
馬鹿馬鹿し過ぎて……1度漏れれば後は抑えが利かなくなった。
これが吹っ切れた、ということなのだろう。
私は呆然とする2人に構わず私は大声を上げて笑い続けてしまった。
ここまで笑ったのは初めてかもしれない。2人に気味悪がられようと私はその場で腹を抱えて頭を床に擦りつけるほど笑い上げた。
「くくっ……いい。くれてやる。シズクでもレティでも全部お前にくれてやるよ。好きにしろ」
「いいの!? やったー!」
「お、お父様! そういうことはもう少しお考えになった方がいいと思うわ!」
いいや、もうやめておく。
私は許可を出すだけだ。後は当事者同士で是非とも悩んでくれ。
これが私なりの父親の姿なのだ。
以前2人と1匹と旅をしていた時の私と変わらない態度を彼らに示せばいいだけだ。それが多分、ルイにとっての父親というものだ。
「ふふ……ほら、もういいだろ。寝るぞ」
「あ、はーい!」
「……はい」
私たちはまた同じ布団に入り、ようやく床に就こうとした。
だが――。
「あ、ぼくのお母さんについて教えてよ」
横になるなりルイはそんなことを口にした。
「ラン、について……か?」
「うん! ぼくが知るのはレティとのお母さんだけだからね! その前のお母さんをぼくは知りたいんだ」
……正直なところランについて話すのは気が乗らない。その為、1度は断った。
しかし、諦めきれず何度もルイはせがんできて、そして口ごもるレティもまた興味津々とばかりに私を見つめてきていた。
娘たち2人に見つめられたため……理由としては浅く、自分でもこんなあっさりと折れたのは不思議だったが、私は渋々と話すことにした。
「……不愉快な話になるぞ」
「お母さんの話をすると不愉快になるの?」
「いや、そうじゃない……」
「……お母様が嫌いだったとか?」
「違う。それは断じてっ……はぁ……わかった。聞いても後悔するなよ」
最初は口を開くのですら重く感じた。それでも話し続けたのは聞いてくれる2人がいたからか。
また……私もどこかでランについて語りたかったのかもしれない。
「……。私は生まれた時から迫害を受けていた――」
他の者と肌の色が違うという理由で隔離され、更には自分の父に暴行を受けていたこと。
孤独であった幼年期で唯一手を差し伸べてくれたのがランであること。
ただ、心の弱さから私はランを置いてベルフェオルゴン様の手を取って逃げたこと。
そして、数十年の時間をかけて彼女とまた再会して――悲しませたこと。
私の生い立ちを含め、包み隠さずに2人には伝えた。
面白いことなど何1つとして無い、自分で口にしてて反吐が出る話だ。
なのに気の重さは何処かと消え言葉は止まらず口から洩れていく。
最低の話だというのに、自分の醜態を晒しているというのに、どうしてか話していると心が軽くなるように感じた――それはきっと、どんな形であれブランザの話を誰かと共有できることが嬉しかったから……なんて、これも最低な発想だ。
途中2人から何度も質問が飛び、そのたびに話を止めて彼女らに答える。
ランを押し倒したところに入れば2人の顔がしかめるのも見えた。
中でもレティの反応はルイの比ではない程の反応だった。それでも、彼女は黙って私の話を最後まで聞き続けくれた。
「……ランはこんな私の為に、生涯を尽くしてくれた。戦争のこと。この里のこと。そしてお前たち2人のこと。私はどうやって彼女に償えばいいのだろうか……それだけが未だ思いつかない。だから……」
「確かにお父様のしたことは許されることじゃない……だけど、お母様ならきっと償わなくていいって笑い飛ばすわ。もうお父様は自分を責めないでよ」
「うん、ぼくもそう思う。大体お母さんがイルノートのこと恨んでたらここにぼくらはいなかった。ほら、それにあの手紙にはイルノートのことが大好きって書いてあったしね!」
「そうよ。あんな恥ずかしい告白を綴った手紙が残るくらい愛されてるって相当よ。しかも、死後に皆に回し読みされるってどんな罰ゲームって話……あ……お母様ごめんなさい……」
自分の元の世界の文字だろうに、罰だなんだと言い切るのか。
まあ、私に向けて読み聞かせてくれた時、レティは確かに顔を真っ赤にしてしどろもどろに呟いてたか……。
「だ、だから! もう償うとか罪だとか罰だとなんて勝手に背負うなって話! まったく、シズクといいお父様といい考え過ぎなのよ! ここでぐちぐち悩むことこそお母様は悲しむと思うわ!」
「……わかったよ。もう、言わない」
「あ、それともう家族じゃないなんて言わないでね!」
「……お前らは私の家族だ――これでいいだろう?」
そう言うと最初は笑みを浮かべたルイが、続けとルイに急かされ恥ずかしがりながらレティが――2人は私に跳び付くように抱きついてきた。
暑苦しい。離れてくれ……とはますます言える雰囲気じゃない。
これも父親として、我慢しなければならないことなのだろう。更にこんなことは今夜限りのことだ。
仕方ない。私も腹を括ったのだから、耐える他に無かった。
いや……。
(素直に懐いてもいいのだろうか――これが家族だと。これが、本来手に入るものだった、ランとの幸せだと)
しかし、今の歪んだ私では受け入れられるものではない。それでも胸に灯った感情は確かにそこにあるのは実感する。
それでも、今はまだ早い。この形を受け入れるのにも時間をかける必要があるのだろう。
ただ、せめて今はだけは、父親の義務として彼女らの肩を抱きしめるくらいは――そんな風に私の心中を乱した片割れの1人、もぞりと胸の中で顔を上げたルイが、変わらない笑みのまま口を開いた。
「後はウリウリのことだよね」
「ウリウリがどうしたの?」
「だって、ぼくたちがシズクと結婚したらウリウリ1人になっちゃうじゃん。良い人の話も聞かないし……いっそ、このままウリウリとも結婚しちゃう!?」
「なっ、だ、だだだ、だめよ! ふざけないで! たとえウリウリでもシズクと結婚なんて……っていうか、これ以上増やさないでよ!」
「えー……良い案だと思ったのにな。ウリウリも家族になれればいいのに……うーん。でもたしかに、ウリウリはお母さんって感じかな……あ、じゃあ、お父さんであるイルノートと結婚すればいいんじゃない!」
「お、お父様とウリウリが……?」
なんだそれは。これまた噴き出しそうになった。
ルイのまたとんでもない提案だったが、満更でもない顔をしたレティを見つめるとぷるぷると首振り返してくる。
「はは……それこそありえないだろう……」
「えー」
何しろ私たちは腹違いとは言え兄妹だからな……なるほど、先ほどレティが焦った気持ちの半分くらいを理解できた気がする。
別に兄弟姉妹だからと婚姻の禁止はされてはいないが、ふむ……周りはいい顔はしないだろう。
また、ルイにこれ以上ない話を持ち上げられても困る。
(だがしかし……)
今までは知らせないままでいいと思っていたが、今が好機だとも思った。
疎まれた私とは違い、少なくとも母親からは祝福されたであろう彼女のことを考えれば、私だけがこの場にいることに申し訳なく思ったのかもしれない。
私は、この事実も胸の中にいる2人に向かって話すことに決めた。
「ウリウリア・リウリア……彼女の両親について2人は聞いたことはあるか?」
「ううん……ウリウリは話してくれなかった。お母さんは60年くらい前に亡くなったって……でも、お父さんのことは言いたくないって……」
ウリウリアは話してないのか。
一瞬、私が教えてもいいものか悩んだが、些細なことだった。
私は話すと決めたのだ。
「……彼女の父親は天人族の前長老だった」
「そうだったの?」
「初耳だわ……」
「民からは支持されていたようだったな……しかし、誰にだって欠点はある。あいつは、リウリア長老は好色家で、手癖がかなり悪かったようだ」
「ちょ、っと……お父様何もそこまで……やめてよ! 流石にお父様でもウリウリの……悪口は聞き捨てならない!」
今までの空気を一変させ、胸の中でレティがどんと胸を叩く。
この少女もまた、別の意味て手が悪いな。ただ謝る気はない。
私は気にせず話を続けた。
「2人からウリウリアに伝えてくれるか」
「……なによ?」
「な、んて?」
ふう、と……息を吐き、2人を――中でもウリウリアを慕う少女を見つめ私は口にする。
「――私がイルノートと名乗る前の名はフォロカミ・リウリアだ、と」
「……っ!?」
これで多少はウリウリアにも今私が懐いているものを分け与えられるだろうか。余計なお世話だっただろうか。それ以上に、私が血縁だとわかって失望するだろうか。
きっとどれもが彼女が感じることなのだろう。
「イルノート! それって本当!?」
「イルっ……おと、お父様! 本当に!?」
私はそれ以上の話はしなかった。話したことが全てだと2人にはもう寝るように言いつけた。
それでもせがんできたが、無視をして目を瞑る。
「な、なんで自分で言わないのよ!」
「そうだよ! 言ったらきっとウリウリだって、ウリウリが……ウリウリがぼくらの家族だって……」
私はもう気にせずに、目を瞑り続けた。口も閉ざした。耳に届く音も流した。
「お父さん!」
「お父様!」
「……ふん」
だって、言ったら言ったで……ウリウリアに対してどんな顔をすればいいかわからないし、されても困るだけだ。
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