第208話 新しい関係

 お墓参りから一夜明けた次の日……つまり今日のことだ。

 午前中は飛空艇に乗って旅立つイルノートお父様とタルナさんたちのお見送りをした。

 最後までシズクにちょっかいを出していたルフィスと、その後も護衛を請け負うことになったスクラさん3人に加え、一緒に出発するけど、彼らは今後も度々里に戻ってくる。

 その為、別れを忍ぶのはお父様とタルナさんだけだったりする。


 それから昼食を済ませた後、わたしとシズクとリコちゃんの3人は神域の間に作ってもらった野球場に赴いていた。

 試合に参加できなかったシズクのためにとアニスが今日1日神域の間を使えるように手を回してくれたからだ。ちなみに明日から神域の間は元の姿に修繕が行われるそうだ。

 また、残念なことに野球のルールを知るメンバーとの予定が会わなかったため、今この場にはわたしとシズク、リコちゃんの3人しかいない。みんなわたしたちみたいに暇人じゃないそうだ。


 あーあ、球場として神域の間が使えるのは今日が最後なのになあ。

 普段入ることを禁じられている神域の間を自由に使えるっていうのになあ。

 おーい、ベレクトはどうした? 魔人族の男の子3人組は暇じゃ……寝てるって? じゃあフラミネスママさんは……結局、皆捕まらなかったのよね。

 後からアニスたちも顔を出してくれるって言ってたけど、こればかりは仕方ないわ。


 仕方なしとわたしたちは誰もいない神域の間で入れ替わりのバッティング勝負をすることにしたのだ。

 ま、結果はわたしの惨敗だった。


「……ふっ!」

「ぬあっ!?」


 わたしの全力投球をあいつはあっさりと打ち込んでいく。

 せめてもの救いはスタンドにまで送られないことかしら。

 でも、外野にあっさりと送り込むほどのミート力はさすが野球部レギュラーってところかしら。

 以前は無かった打球力はシズクの身体で補われてるってところかしら。

 火の活性魔法で本気出されてたら今頃目も当てられない状況になっていたってところかしら!


(あ――もう! こいつったら人の気も知らないでバカスカ打ちやがって……!)


 わたしはバッティングマシーンかっつーの!

 も――何よ。初心者のルイにも打たれたりで自信無くすわ!


「みゅうみゅう!」


 そんなささくれたわたしの心の癒しはリコちゃんだ。

 遠くに飛んで行ったボールはライオンになったリコちゃんが楽しそうに拾いにいってくれる。

 リコちゃんは外野から砂ぼこりを立てながらわたしのところへと駆け寄ってきて、到着する直前でポンっと変身して子供の姿の、ケモ耳リコちゃんになってわたしの胸へと飛び込んできてくれる。


「メレティミー! ボールもってきたぞー!」

「はーい! ありがとうリコちゃーん!」


 ああっ、リコちゃんかわいい!

 前よりも心を開いてくれたのか最近はこうやって触れ合うことが多くなってきた。うれしい!

 ただ球拾いばっかりやらせてるみたいで心苦しくも感じている。

 リコちゃんはボール拾いに行くのも楽しいって言ってくれるけど本当かしら? バッターボックスに立つ? ……打てないからいいって? はい。そうですか……ごめんよぉ。

 これもわたしが打たれるせいだからなあ。くそぉ……!


「ちっ……あんたが試合に入ってたら右打席限定ってルールを付けたしてやってたわ……」

「別にいいよ。反対でも打つからさ」


 きっ――!

 じゃあさらにルール追加で片手打ち限定の枷まで付けてやる!

 マウンドの土をガシガシと踏み荒らしたいが、どうにか思い留まる。でも、不満も不満。


(も――さっきから不満だらけよ!)


 打たれてるっていうのもあるけど、何より今のシズクの態度にイライラする!

 こいつはここずっとムッと眉を顰めて拗ねているんだ。


「ムカつくわねぇ……何よ、その態度。さっきから気持ちよさそうに打ってる癖して不貞腐れてさぁ」

「レティに僕の気持ちなんてわからないよ……」


 はあ? 人の知らないところで勝手にやさぐれてる男の気持ちなんてわかるわけないじゃない。


「言ってみなさいよ」

「やだよ……」

「いやならその態度を改めなさい」

「そう簡単に気持ちを切り替えられないよ……幼馴染なら察してよ、今の僕の気持ちくらい」

「ふざけんな! 10年来の付き合いと言っても1から10までわかりっこないわ!」


 だいたい10年以上のブランクだってあるでしょうに!

 リコちゃんを抱えながらのしのしと大股でシズクに近寄りガン付ける。

 ぎろりとわたしが睨み付けるもシズクは視線を合わせようとしない。しかし、逸らしたその先はリコちゃんにも手伝ってもらってじろじろと見つめてもらう。

 わたしからぎろぎろ! リコちゃんからじろじろ!

 の置きどころを失ったシズクは嫌そうな顔をしながら、ようやく観念し重い口を開けてくれた。


「……僕はこれから2股をかけて結局両方にも振られた哀れな男だって語り継がれるんだ!」

「……は?」


 こいつ、何言って……シズクの言ってることが理解できず少しばかり硬直する。  あの日、ルイはシズクではなくわたしを選ぶと大勢の里の人たちが注目する中で宣言した。その時のシズクのぽかーんと口を開いたマヌケ顔はこの先ずっと忘れられないかもしれない……今度はポカーンとわたしがマヌケ面を晒すところだ。


(それを言うなら2股をかけてた相手をまんまと両方せしめた業の深い男じゃないの? 何言ってんだか……ん? 違うな?)


 いつものこいつなら浮かれるなり恥ずかしがるなり素直に態度に出るはずだ。

 確かにルイはシズクじゃなくてわたしを選んだ。

 だけど、それはルイなりに考えてわたしたち3人が一緒にいることを選んだってことで、結果的にこいつは振られてもいないよね。

 まあ、わたしはまだルイの言うように3人で一緒になるってことに若干の抵抗を感じてるんだけど――あれ?


(あ、もしかしてルイまだ何も言ってないの……って、わたしだってルイの考えを知ったのも昨日のことで、ルイも昨日の今日で言う暇はなかったか?)


 こいつ、もしかしてずっとルイに振られたって思ってるとか?

 こいつ、わたしがルイのところに素直に行ったって思ってるとか?

 そんなはず――ないっていうのに!


「ぷっ、あはははっ! ばっかみたい!」

「シズクはばかなのかー?」


 そうよー。言葉足らずなルイのせいで勝手に思い苦しんでいるシズクくんは馬鹿ねーと、抱きかかえているリコちゃんににっこり笑って頷いてやった。

 そうなのかと頷くリコちゃんも「シズクのばかー」と続いてくれて「そうだそうだー」と一緒にシズクを馬鹿にしてやった。

 程度の低いおちょくりであったが、これがどうにも効果テキメンだったらしい。らしいっていうか、ぷるぷると肩を震わせて顔を真っ赤に怒ってらっしゃるご様子が目に見えてわかった。


「2人してなんだよ! 僕がこんなに悩んでるっていうのにさ!」

「だから馬鹿ねーって言ってるのよ。もっと気楽に身構えてなさいよ」

「そんなことできるわけないだろ。だって僕は――」

「はいはい。あんたの悪いところ。考え過ぎ。もう、何やってんだか。相手はルイよ。ルイがどうしてわたしを選んだって――あー……なんでもない」


 ここでルイの思惑を彼に説明すればあっさり解決するだろうよ。

 けどそれじゃあわたしが面白くないじゃない。

 どうせ3人一緒になるため、だなんてシズクに伝えたらあっさり手のひらを返すようにこいつは喜んだり恥ずかしがったりするだろう。それから――まあ、多少は悩んだりするだろうけどさ。

 しかし、わたしだけが驚いてシズクが驚かないのは不公平ってもんでしょう。

 ルイの提案というか告白を受けたシズクにはわたしと同じく悩み苦しんでもらいたいし――わたしはシズクに対してもルイに対してもこの場は言わないことを今、決めた! 


「何? ルイがレティを選んだ理由って?」

「……ないしょ!」

「なっ、2人して何隠してるの!? 僕に言えないことなの!? ま、まさか本当に2人は好き同士で……!」

「あーもう勝手にそう思ってなさい」


 ふふ、今は明後日の方向に悩め悩め! ルイに振られわたしも君から去ったと勘違いしたまま嘆くのだー!

 ふいっとシズクから背を向けてニタニタと笑いながらリコちゃんに頬ずりをした。


「メレティミ、リコにもおしえてくれないのか?」

「リコちゃんにはあとで教えてあげるねー?」


 でへへぇ、リコちゃんに隠し事なんてしないよー……頭なでなで、しっぽふりふり、頬ぷにぷに。小さなリコちゃんはどこも可愛い! あーあ、これが小さい頃のシズクと瓜2つって言うんだから驚きだよねぇ。

 いやはや、せっかく借りれた球場や、動揺するシズクもそっちのけにリコちゃんとじゃれ合ってしまったよ。


「……おーい、みんなー!」

「あ、ルイがきたわね」

「ほんとだ、ルイだ!」

「う、ルイ……」


 妹がいたらこんな感じなのかなぁとリコちゃんを堪能していると、天真爛漫とルイが手を振ってこちらに向かってきた。

 わたしとリコちゃんが手を振って迎え入れようとしてるのに、シズクだけが沈むような声を上げた。あーもう、またそんな態度取って!


「……シズク」


 そして、ルイもなんだかんだで目を合わせようとしないシズクを見てしゅんとヘコんでいる。ま、わたしも人のこと言えないけど似た者同士ってところかね。

 合流した後のルイはもじもじしてるし、シズクは居た堪れないのかそっぽを向いたまま。

 何2人してやってるんだか。ルイも昨晩の思い切りの良さはどこに行ったのよ?

 何も知らないリコちゃんだけが心配してキョロキョロ2人を見渡していたので、深く抱きかかえて耳元で何も心配ないよって囁いておいた。

 ま、このままウジウジした2人を見てるのも楽しいけど……ずっとってわけにもいかないか。


「じゃ、ルイも来たことだし再開すっぞ! ほらほら、次はピッチャーはルイだかんね!」

「え、うん。わかっ……た?」

「ほーらシズクも! あんたは外野に行きなさい! リコちゃんだけじゃなくあんたも球拾いにいけ!」

「……うん」


 ではでは、改めてルイをピッチャーに勝負は再開――。





 ……よぉし! 今度は打ってやった!

 守備を変えても綺麗に3振もとれた!

 あん時はやっぱりまぐれじゃない!


 時にはシズクとルイが対面した時の2人のぎこちなさを傍から別の意味で楽しみながら……でも、少しずつ笑顔が増えていく2人を微笑ましく見守ってたり。

 わたしたちはワンナウト交代で代わるがわるポジションを変更しながら、その後も4人で日が沈むまで思う存分楽しんだ。


「ほらやっぱりルイさんたちまだいましたよ!」

「正午からカキンカキン鳴り響いてたってどんだけ好きなのよ……」

「やあ、楽しんでいるところ悪いけどそろそろお開きだよ――心地良い夢を終わらせるのが僕らの役割だとしたらいささか心苦しいね」


 あー残念。

 ようやく2人とも緊張がほぐれてきたってところだったのにな。というか、あんたたちもっと早く来なさいよね! てっきり参加してくれるって話かと思ってた。

 ま、わたしはとても楽しめたわ。だからそろそろ許してあげてもいいかしらね。


「ほら、ルイ……シズクに言うことあるんでしょ?」

「う、うん。で、でも言っていいのかな? な、なんかね……ぼく、ぼく恥ずかしい……!」

「はあ? 何言ってんのよ? お父様に土下座までしてシズクをくださいって告白する方が恥ずかしいわよ!」


 いいからさっさと行けとこれまたウジウジルイちゃんの背を強引に押してシズクの前に立たせる。

 ほら、わたしを選んだ理由をこいつに伝えれば全ては万事解決だ――というところだったっていうのにね。


「その、シズ……あ! ふぃ、フィディ! お腹の赤ちゃんは元気ー?」

「え……はい? 私、ですか? その、少しだけお腹が大きくなったかな……?」


 あ、こいつ逃げた!

 ここで打ち明ければ楽になれたものの、結局この日ルイは言えず仕舞いだ。

 今の微妙な三角関係のわたしたちは明日もこのまま継続だろう。

 もういいや。

 また次の機会ね、と苦笑しつつ――ふと、わたしは冷静になってルイを見つめてしまう。


 ――ねえ、真面目な話、本当に3人一緒でいいの?

 ――3人一緒になるって、好きな人の1番になれないってことなんだよ?


 そう、わたしは思ってしまう。


(わたしは、好きな人には1番に見られたいよ)


 シズクに、あいつに、大好きな人にわたしは1番に愛されたいと思う。

 他によそ見をすることがあっても、それでもわたしを一番に想ってほしい。

 これは我儘なのかな。

 ルイは3人が離れないで済む方法を提案してくれたのだろうけど、こういう考え方をしてしまうから、わたしは3人一緒になることに抵抗を感じている。


(もしもルイと知り合うはずだった立ち位置がだったらここまでこじれることはなかったのかな……)


 例えば――お母様がラゴンに手渡された魔石が、ルイではなくわたしだったら。

 わたしが奴隷としてシズクと共にいたら。ルイが四天見習いとしてユッグジールの里にいたら。

 ルイと交わすはずだったシズクとの交流をわたしが重ねていたら。


(――そうしたら、ルイはシズクを好きにならずに……わたしたちは、わたしとシズクとルイは……わたしとシズクは……)


「……」

「……レティ、あの……えっ、どうして、泣いてるの?」

「あ……シズ……ク?」


 深く思考の渦に巻かれていたら、いつの間にかシズクが隣にいて心配そうにわたしを見て驚いた。

 ……何、感情的になって気を抜いたら涙が流れただけだ。

 ただ自分がルイになっていたらと考えていただけだ。

 もしもルイとなったらわたしだったメレティミはどうなるのだろうと考えて、悲しくなっただけだ。

 ルイになったことで、メレティミ・フルオリフィアとして生きたわたしの世界が……お母様や、ウリウリや、ドナくんたちとの日々が無くなってしまうことに気が付いて、ついホロっと来てしまっただけだ。

 そして、そしてだ。

 わたしたち3人が1つになったところで、近い将来はわたしとあいつは……。


(駄目だなぁ、わたし……)


 ルイとシズクの過ごした日々を求めながらも、自分が過ごしたメレティミの日々も手放したくもない。

 何よりも、わたしだってシズクと共にありたいと思いながら、ルイとだって離れたくないんだ。

 どれも欲しがるわたしはやっぱり我儘でしかない。

 直ぐに目元を拭って何事も無かったかのように照れ隠しに笑った。


「ねえ、どうか……したの?」

「……ちょっとだけ感傷的になっただけよ」

「そっか……」


 シズクはそうぽつりと呟くだけで、後に続く言葉は無かった。


「……理由は、聞かないのね?」

「話してくれるって言うなら聞くよ。けど……」

「けど?」

「……えっと、察してよって言った手前、僕も今のレティの気持ちがわからないんだ。……だから、そんなこと言えないかなって」


 シズクもまた照れながらそっぽを向いてそんなことを言った。

 くすっとつい笑ってしまう。

 本当に、馬鹿ね。


「安心しなさい。……大丈夫よ。わたしたちはね、きっとあんたが思ってるような悪いことばかりじゃない」

「え、意味わかんない。どういうこと?」

「ふふっ、察してよ。今のわたしの気持ちくらい、ね」

「……うっ」


 そう、意地悪を口にして、少し頬を膨らませた彼の肩に傾けた頭を預けた。

 アニスたちと話し込んでるルイがこちらに気が付き、嫉妬から向かって来るまでの時間くらいはさ――我儘なわたしに彼を独占させてよ。

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