第204話 もっと続けたいなあ

 5-5と同点で始まった5回の表、わたしたち青チームの攻撃が始まる。

 よーし、がんばるぞー! と、始まる前に皆と意気込むけど、先頭打者であるキーワンさんはあっさり3振を取られて早々にベンチに戻ってきた。


「たはは……面目ないです」

「キワなっさけな! 男だったらもっとどんどん前に出なあ! あたしこういう弱腰のキワは大っ嫌いや!」

「せやでぇ……キワには思いきりの良さがぁない。噛り付いてでも勝ちにいくっつう気概っちゅうもんがぁない。まったく応援し甲斐の無いやつじゃ!」


 旅仲間であるスクラさんとラクラちゃんの小言にキーワンさんは苦い顔をしてベンチに腰を下ろした。その後も2人に挟まれながら小突かれ責め続けられていたけど、わたしは仕方ないかなって思う。

 なにせ正投手であるルイがポジションについたのだ。ルイの投げる球は初心者にしては早いしコントロールもある。


「気にしない気にしない。誰かがミスをしたら他の人がその分カバーしてさ。今日はうんっと楽しんでいこ!」

「はあ……メレちゃんええこと言うなあ! ほんじゃキワはしっかり守備でカバーせんとな!」

「ええ、出来る限り頑張らせていただきます……」

「それに比べておにいは……ネチネチと嫌味しか言わん。男として恥ずかしゅうないんか?」


 ここから「なんじゃと」と怒ったスクラさんが余計な一言を口にし、ラクラちゃんがまたも続く。最後にはキーワンさんが2人を宥めるのが決まりなんだけど、流石に今は悠長にことを見届けているわけにもいかない……あ、こら、ドナくん。3人には名前で呼んでってわたしから頼んであるんだ。仲間にそんな目を向けるな。


「ほら、スクラさんの打順もうすぐでしょ! 準備準備! それにみんなも声出してー!」


 むすっと不機嫌そうな顔をしているドナくんの肩を軽く叩き、前を向かせて試合に集中させる。


「俺は別に怒ってなんか……」

「はいはい、わかってるわかってる。ほら、前向いて応援!!」


 まったく年上になったっていうのにドナくんは変わってないなあ。

 決まり事とかそういう縛りなんかを忘れて楽しんでほしいよ――……なんて、さ。

 楽しく、なんて言ったけど実のところわたしだってシズクに言われるまで忘れていたんだよね。


 さて、ベンチであれやこれやと変な賑わいを見せている中、現在の打席に立つのは白髪の鬼人族の娘さんだ。

 彼女は四天見習いだった頃のわたしと同じ鬼人族の代表の1人で、共に神魂の儀で演技を見せあった仲だ。けど、実際はちゃんと話したことがないため、顔見知り程度の間柄。しかも、同じベンチにいると言うのに未だ名前も知らないって言うね。

 ただ、傍目から彼女はがさつで……いえいえ、男勝りで気の強そうなところは知ってた。

 今はその性格はバッターとして十分光るものを見せてくれる。


 最初はどうして彼女が野球に参加してくれるのか不思議だった。

 理由を聞こうにも接点は無いに等しいため聞けず仕舞いだったが、どうやらベレクトが関係してると見たね。

 わたしは球場作りや道具の調達なんかで練習にあまり顔を出せずにいたんだけど、時折見に行くと毎回毎回ベレクトに突っかかってたんだ。

 やれ勝負だ決闘だと2人っきりで競い合ってて、もしかしてベレクトに気があるのかな――なんて。ま、これはわたしの余計な勘繰りだ。

 普通に考えるとしたら……対抗意識から参加してくれたって線と、ユッグジールの里の住民特有のお祭り好きなトコロがあるのかも。

 ぶつくさ文句は呟いていたけど、始まってみればそれなりに楽しんでもらえてるみたいで何よりだ。


 でも、彼女が来てくれて本当に助かった。わたしのチームに彼女が来てくれなかったら、タックンって魔人族の連れである2人のどっちかをメンバーに入れなければならなかっただろう。

 ちなみに今回ウリウリが参加しなかった理由はわたしとルイのどちらとも敵対したくなかったからだそうです。昔ならわたし一択だったのになあ。


 はあ……この里には生まれた時からずーっといるくせに、ドナくんたち以外で知人がいないことを改めて思い知らされた。

 そりゃまあ、ブランザお母様の顔に泥を塗るまいとなるべく角の立たないメレティミとして生きてきたからだけどね。

 正直、正体を知られた後でチームメイトが集まるかどうかとても不安だった。


 地人だからって理由で今の里では風通しも悪いのにスクラさんたちにも手伝ってもらっちゃったしね。

 なんだかんだでドナくんがこっちに入ってくれてよかった。

 一緒に彼のお付きだというシンシアさんが着いてきてくれたのも助かってる。

 まさかのフラミネスママさんまで参戦してくれてありがとう。


「おー! 鬼の姉さん打った!」

「やるやん!」


 お、鬼人族さんはどうにかルイの球を打って塁に出れたみたい。

 一塁の上からベンチに向かって笑ってガッツポーズをとった――わたしたちってよりもベレクトに向かってだ。


(……あ、やっぱり彼女、ベレクトのこと気にしてるよね?)


 でっかくなった癖して子供みたいにはしゃいで手を振るベレクトを見て顔がにんまりとしてる。

 嬉しそうだなあ――気持ちはわかるわかる。

 まだそんな気はなかった頃にシズクあいつが喜んでくれると他の仲間が褒めてくれるよりもすっごい嬉しかったもんだ。

 無意識でも、やっぱりあの頃からあいつのこと好きだったのかもね……って、ごほんごほん!

 今は2人のことだ。わたしの昔のことなんて今は置いておく。

 余計なおせっかいかもしれないけど、人の恋路は応援したくなるし……あ――ただ気になることがあるんだよね。

 ベレクトの奴、無邪気に笑うところなんかは好青年っぽい感じなのに女癖が悪いって話なんだよね。

 確かタルナさんからは村の女の子によくちょっかい出してたって言うからなぁ……一応そういうことがあるってことはそれとなく後で伝えておこう。


「おりゃあああっ! しゃああっ!」


 さて、試合は途中ファールを挟み、ツーカウントを取られ、後のない状況だったけど、豪快なスイングと共にスクラさんがルイの球を打ち込んだ。

 スクラさんは砂煙を上げながら一塁へと向かうが、打球は内野ゴロ。

 二塁手であるレドヘイルくんが捕球しようとするも軽くお手玉。その後、遅れながらの送球だったけどスクラさんが一塁にたどり着く前に一塁手のウォーバンに届いてアウト。ただし、鬼人族の娘さんは二塁に進むことが出来た。


「だはは、間に合わんかったー」


 申し訳なさなんて微塵も感じさせずにスクラさんが戻ってくる。まったくもう、仕方ないなあ――で片付けられる。

 先ほどのキーワンさんの3振の時もそうだけど、シズクの一言が無かったらわたしはきっとぷりぷり……いや、そんな可愛らしいものじゃない。舌打ちをするほどに苛立っていたと思う。

 そしたら……ベンチの空気最悪よね。


(ありがと、シズク……わたし今楽しんでるよ)


 今はシズクに心から感謝している。

 初心者だらけのこの試合でわたしは心から楽しんでいる。

 即席だけど、このチーム結構居心地いいわ……なんて、ベンチに座り、応援している仲間たちを見渡していると、彼らは一斉に立ち上がってどっと沸き上がった。


「お、おおぉぉぉっ!」


 中でも1番大声を上げているのは打席に入っているベレクトだ。

 彼はまたも大きなアーチを打ち上げたのだ。打球の行き先を悠長に見守っているくらいに。


「は、走れー! ベレクトはーしーれー!」

「お、ああ! 走る走る!」


 先に二塁にいた鬼人族の彼女は三塁も駆け抜けてホームに生還。

 またもホームランにはならずともベレクトは二塁に到達。最初のスタートが良ければ三塁まで行けたでしょうけども、よし! 1点!

 マウンドの上でまた泣きそうな顔をして悔しがるルイには悪いけど、今のわたしは大いに楽しんでやるんだ。


「ベレクト―! でかしたわー!」

「おう! ご褒美にメレティミのおっぱいだな!」


 なっ! 何馬鹿なこと言ってんのあいつは! って思いながらも今回のおふざけも笑って「ばーか!」で済ますことが出来る。

 ほーらほら、ドナくーん。また怖い顔してるぞー……おお、鬼人族の彼女もまた怖い顔して……え、何? なんでわたしに近寄ってくるの!?


「お、おい! め、メレティミ・フルオリフィア!」

「な、なによ!」


 がっと両肩を掴まれて近距離まで近寄り、ガンを飛ばして威嚇するって人にものを尋ねる姿勢としてどうかと思うわよ!


「お、おお、お前とっ、ベレクトはどういう関係だ!?」

「……は、はぁ?」


 ああ、やっぱりなのね。恐いわ。これがなんたらに盲目って奴ね。わたしにも覚えがあるわ。

 これで余計なことを言えばわたしは一瞬で首をねじ切られても不思議じゃないような怒り方だ。


「い、1度あいつに殺されたかけた仲よ! それ以上でもそれ以上でもないわ!」

「本当か!?」

「ええ、それに今ほら、わたしとルイが試合をしてる意味を思い出して! ね、ね? 違うでしょ!」

「……元カレ――」

「ふざけないで! わたしは今まで好きになった男は1人だけよ!」


 ああ、もうなんだこれは!

 渋々と彼女にはベンチに座り直してもらったけど、こんなことになったのはベレクトの余計な一言のせいだ。


「も――! 余計なこと言ってるとシズクにアウトにされるわよ!」


 流石にしないと思うけどね。ただ、こちらに背を向けて二塁にいるベレクトを見るシズクの表情が伺えないのが気になる。

 あいつはまったくもう……もしかして本当にアウトにするつもりとか?


(んー……でもこれでアウトにするとしたら……退場込みかしら? 理由は態度の悪さとか? はは、流石にそんなことはしないよね)


 ようやくマウンドに登れたとはいえ、メンバーの代えが利かないこの状況で8人プレイは流石に怖い。


「きっ、貴様! なんとはしたないことを! ましてやフルオリフィアのお、おっぱいだとぉっ! 大衆の面前で……言っていいことと悪いことがあるぞ!」

「わっ、びっくりした!」


 おっと、二塁審のウリウリがわたし以上に顔を真っ赤にしてベレクトを怒鳴っていた。

 いやはやすっかり忘れてた。こういう場合、野球という舞台の上に立ったシズクよりも蚊帳の外に近いウリウリの方が反応が大きいか。


「ふふっ、本当に変わったわね」


 塁上の2人のやり取りを眺めていると、ふとそんな柔らかな声が投げられた。


「……え? わたしですか?」

「ええ。フルオリフィアは変わったわ。魔族って長生きじゃない? 三つ子の魂、百までなんていうつもりはないけど、一度地が固まっちゃうとそのままって人が多いのよね」


 そう、バッドを握りフラミネスママさんが話しかけてくる。


「私は、今の貴方の方が好きよ。ブランザ・フルオリフィアの娘として窮屈そうにしていたあの頃よりも、ミッシングであることを臆せず今この場で笑っているメレティミ・フルオリフィアの方が私は断然好き!」

「あ……ありがとう、ございます?」


 ……これ、告白かしら。

 なんとも返答に困ってしまうが、ママさんは笑って打席へと向かっていく――ママさんは豪快なスイングを見せて三振。残念。

 6-5、わたしたちが1点リードで攻守チェンジだ。





「すぅ……」


 5回の裏、マウンドに上り青チームの準備が整うまで深呼吸。この呼吸は緊張をほぐす意味合いの方が強い。

 6イニングだから当然なんだけど、もう後半っていうのはなんか変な感じ。

 ……さて、相手さんの準備も完了したところでこの回も頑張りますか! と、早々にわたしはボールを投げたりはしない。


(……違う)


 わたしは首を振ってドナくんのミットを移動させる。大体の位置にミットが移動したらわたしは小さく頷き留めてもらう。

 配球に関しては捕手の仕事なんだけど今のドナくんには難しいからね。代わりにわたしが担ってる。


「……じー」

「……ん?」


 ドナくんへ配球指示を出していると、赤ベンチに座るルイの張り付くような視線が気になる。

 そういえば、4回の裏からずっとルイの視線を感じている。

 はっきりと顔を向けてもルイは全然わたしから視線を逸らさない。敵意じゃないが何か思惑のある視線だ。


(……気になりはするけど、集中集中)


 今相手をするのはルイじゃなくて目の前の打者だ。

 最初の打者であるガミガミ大声の鬼人族の長は当たれば強力だけど、それは当たればの話。

 そう簡単に当てさせるものか。

 

「変な合図なんか出してないでさっさと投げて来い!」


 そうもいかない。まずは内側からと、大体の位置にミットを構えてもらったところで頷きセットポジション。

 ミットめがけて投げ込む――。


「……ぐっ、そ!」


 ふう、1球ボール判定くらったけど三振で終了。ワンナウト!


 続いての打者は竜人の子だ。この人も鬼人族さんと同じく顔を合わせたくらいで話したことは1度もない。

 彼女とも神魂の儀繋がりでもっと交流を深めておけばよかったと後悔が募る。

 この試合が終わった後にでもお話しできるだろうか。もうわたしは昔のメレティミじゃない。

 わたしは片足を上げて腕を引いて――全力でドナくんのミットめがけてボールを投げ込む。

 さっきのジャンプっていうか上昇は驚いたけど、そう何度も驚かされるもんか……えっ!?


「……バント!?」


 振りかぶり終えたところでのバントに今のわたしはワンクッション置かなければ反応できない。

 ……ただ、そう簡単にバントなんて決まるわけじゃない。ほら。

 当たったところで投手のわたしに向かって転がってきた。初めてのバントで打ち上げなかったことは褒めてあげるわ!

 1度態勢を整えて直ぐに飛びだし素手で拾いに入る。そして、振り返り一塁へと送ろうと腕を上げたところで、あ然とする。


「は、はは……横もありなの?」


 竜人の女の子は先ほど見せた上昇飛行を横に変えて一塁に突っ込んでいたのだ。

 身構えるころにはもう一塁を踏み越えていた。一塁を踏んだことで体勢を崩したらしく、転びそうになりながら何度も足を弾ませてゆっくりと一塁へと戻っていく。


「すごいわね……」


 不意を突かれてのバントだと言い訳するのは簡単だ。でも……うーん。バントだとわかっても、あれにわたし対処できたのかしら。

 ともあれ、これはいい作戦だ。次はウォーバンに亜人族の長と続く。彼らの打力は見くびれない。

 でもね。わたしだって打たれる気はない。

 折角みんなが点を取ってくれたのだ。ここで奪われたら申し訳ない。

 ――気合が入り直したって言ったらいいのかしら。


「……ストライク! バッターアウト!」


 どうにかねじ伏せて三振に沈めてやったわ。


「よしっ!」


 この回はバントで進塁を許したもののゼロ点で終わらせることが出来た。

 ほっとしながらベンチに戻ることが出来る。

 1点リードで最終回にいくのは大きい。このままいけばわたしたちの勝ちだ。

 でも、まだまだ気を抜くことは出来ないようだ。


「この調子でラストイニングもよろしく――……ドナくんどうしたの!?」


 ここで緊急事態発生だ。

 ベンチでは先に戻っていたドナくんがぎゅっと悲痛に顔をしかめていた。


「あっ、いや、なんでもねえよ!」

「なんでもないって顔じゃなかったわよ!」


 防具どころかミットも外さずにベンチに座ったままだったし、今の表情の変化くらいなら12年側にいた仲だからわかる。君が変わらずにいてくれたからこそわかるんだ。

 たとえ直ぐに平然を取り繕うとしても……辛そうに歯を食いしばっていた顔はわたしの脳裏から消すことなんて出来ない。

 原因はなんだ――なんて、そんなのは投手であり、この回ずっと顔を合わせていたわたしだから直ぐに察した。

 彼はボールを補給する瞬間、何かに耐えるかのようにぎゅっと片目を瞑っていたんだ。

 先ほどまでは投げられたボールに驚いていたなんて思ってたけど……。


「……あ、フル! やめっ、痛っ……」


 無理やりドナくんのミットを外し……やっぱりだ。

 彼の手は真っ赤に膨れ上がっていた。

 直ぐにドナくんの手に治癒魔法を施そうとしたけど、彼は乱暴にわたしの手を振り払った。


「駄目だ。魔法は使用しちゃいけねえって言われてんだろ!」

「場合が場合よ。このままじゃまともにボールなんて捕れないでしょ?」

「これくらい余裕だって言ってんだろ! 魔法は駄目だ! もしも魔法の使用がばれたら……っ……あ、どうなるんだ?」

「そりゃあ……まあ、何らかのペナルティを貰うと思うけど……?」


 そういえば、魔法使用の禁止を謳っておきながら厳罰については何も聞かされてないわ。

 良くてプレイ中のワンナウトもしくは進塁許可? 後は最悪、退場かしら。

 ともあれドナくんは絶対に治療を受けたくないと強情だ。


「じゃあ、誰かにポジション変更してもらうとか……」

「……お前の球、他の奴に捕れるのかよ?」

「うーん、練習なしだから難しいかな?」


 けど、そうも言ってられない。


「仕方ないわ……ドナくん、ポジション変更よ」

「フル!」


 守備が疎かになるのは怖いけど、ベレクトあたりに頼み、後は外野のどこかにドナくんに入ってもらって……。

 ドナくんの抗議を無視しながら次の守備をどうしようか悩んでいると……え?


「フルオリフィア様、お願いします。ドナ様に最後までやらせてあげてください」

「え……シンシアさん……?」


 突然わたしたちの間を割るようにシンシアさんからも頭を下げてくる。

 その一礼から顔を上げた彼女はわたしを真っすぐ、強く睨みつけるように見つめてきた。


(えー、なんでわたしが恨まれないといけないの?)


 まっすぐに向けられる彼女の視線を見つめ返したものの……何よ。これじゃあわたしが悪者みたいじゃない。


「……俺からも頼む。俺に、最後までお前の球を捕らせてくれ」


 そしてドナくんからの再三の懇願だ。


「……はあ、もういいわ」


 こういう時ってシズクもそうだったけど、女のわたしが口を挟むと余計に頑固になるのよね。

 じゃあいいわ。わたしは見なかったことにしてあげる。


「……ほら、これで手を冷やしなさい」

「お前、これは?」

「……ただの水で濡れた布よ。これならいいでしょ」


 わたしはで浸したハンカチをドナくんの手に当てる。後はシンシアさんにでも看病してもらいなさい。まったくもう!

 いいのかよってドナくんうるさいわね。

 ばれたとしても、このくらいならシズクだって見逃してくれるでしょ?





 最後の6回表。6-5。1点多いレティたち青チームの攻撃から始まる。

 

 ――ルイ、この試合はピッチャーとしてのレティを見続けるんだ。

 

 あれからぼくはシズクに言われた通り、レティをずっと観察し続けた。

 どういう意味かはわからなかったけど、レティをずっと見続けていたおかげで1つだけ気が付いたことがある。いや、気が付いたんじゃない……直感だ。

 レティは投手として何かを隠しているように感じる。

 けど、今は1点差で負けているため、その隠している何かに気が付いたところでどうなるわけでもない。


「もっと続けたいなあ……」


 この回で終わりだなんてあんまりだよ。こんなことなら9回までやればいいのにさ。

 それにね……。


「レティから2点取るなんて1回じゃ足りないよ……」


 せめて後1イニング多ければ追いつけるのに……延長戦を狙っていく? それも怖い。

 攻撃の回数が増えるってことは逆にぼくらも点を取られるってことでもある。

 ……そして、まだ誰もレティのボールをまともに打ってない。当てることすらまったくとできてない。

 うう、どうしたらいいの。ねえ、シズク――なんて今は助けてくれないシズクに願っても仕方がない。

 この場を切り抜くには、見えるシズクじゃなくて、見えない自分の力だけでこなさないといけないんだ。


「これ以上打たれないようにしないと……」


 だから、今はこの回を守り切ることが大事なんだ、とベンチでフィディと一緒にアニスの捕手の装備を手伝いながら呟く。

 守備のみんなは先にベンチから出ちゃってて、自分の守備位置についたリターから早くと催促される。

 もう、急かさないでよ! うう、もう少しゆっくり行きたい……何て思いながらアニスの準備が整ったのでぼくはベンチから離れ――。


「ルーイさん!」


 マウンドに向かおうとした先で、フィディがポンとぼくの両肩を叩いて背中越しに引っ付いてきた。


「ほら、緊張して身体ガチガチ。そんなんじゃまた打たれちゃいますよー」

「うっ、打たれるとか言わないでよ!」


 ぷんぷんと頬を膨らませて肩に置かれたフィディの手を引きはがそうともがく。

 けど、フィディは肩に手を置いたまま、くすくす笑う。


「ルイさん……負けるのは怖い?」

「そりゃ怖いよ! だって、だって負けたらシズクが……シズクが!」


 レティのところに行っちゃう……戻っちゃう。

 ぼくだってずっと好きだったのに、何もしないままシズクを諦めなきゃいけないなんて……そんなのやだよ!

 そんなことを思ったら……また、泣きそうになる。

 ぼくが泣くのはいつだってシズクのせいだ。


「ねえ、ルイさん。こんな1回限りのゲームで負けたからってあっさり諦めるなんて軽い気持ちで彼のことを好きになったんですか?」

「え……そ、そんなことないよ!」


 ぼくはシズクのことは大好きだ。

 2年以上離れてたって、イルノートに忘れされられても、今もぼくはシズクのことは大好きなんだ。

 この試合で負けたからって絶対にぼくは、シズクを諦めたくなんてない!


「ぼくはシズクが好きだ! シズクがいないぼくなんてぼくじゃない! だから負けたってぼくは絶対シズクを諦めたりなんか、しないよ!」

「はい! だと思いましたよ! なら、いっそ勝ち負け気にせずに楽しみましょう! そうシズクさんも仰ってましたよね!」


 フィディったら! 勝ち負け気にせずなんて簡単に言わないでよ!


「……」

「……ね?」


 ……でも、さ。

 まったくと悪気もない笑顔を見せるフィディの顔を見ているとね。


「……行ってくる。ありがと、フィディ」

「はい!」


 さっきよりはちょっと気が軽くなったんだ。

 そうだね。勝っても負けても……ぼくはシズクが好きなままだ。

 負けて諦めるぼくなんてぼくじゃないし、負けたとしてもぼくはやっぱりシズクとは離れない。

 もうこれからずっとしがみ付いてでもいっしょにいるって決めてるんだ。


(うん……楽しもう。この試合をみんなで最後まで楽しむんだ!)

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