第199話 僕だってしたいのに!
一夜明け――というか、日が昇り二度寝から目を覚ました後、レティとルイが勝負するという話をレクから聞かされた。
しかも、僕を賭けて野球をする――なにそれ。
本人の同意もなく賭けの対象にするなんて、なんて酷い2人だろう。
「……なんでレクがルイと待ち合わせの約束してるのさ?」
「別におれとだけじゃないぞ。あーもー……だからそんな怒んなよ!」
「なっ……お、怒ってなんて――……わかったよ。ごめん。で、どういうこと?」
「“やきゅう”に参加するやつらと待ち合わせてるんだ。もうみんな揃ってるはずだぞ。おれはシズクが起きたら連れてくるように頼まれたんだ!」
これも野球のルールを教える人が僕とレティ以外にはいないから。
なら、当事者のレティが教えればいいのに――彼女は彼女でやることがあり、またルイが僕にルールを教えて欲しいと望んでいるという。
「まあ、ルイがそう言うならいいけどさ……」
仕方ない、レクと一緒にルイたちとの集合場所である神域の間へと出発しようと屋敷を出た――矢先、本当に散歩から戻ってきたイルノートと鉢合わせした。
彼の隣には付き添う様に白いワンピースを纏った大人のリコが並んでいた。
最初はイルノートが見知らぬ美人を連れて歩いてるぅ! と驚愕しそうになったが、リコだと気が付いた途端、自己嫌悪に陥りそうになった。
「……シズク! おきたのか!」
「おはよ、リコ……う」
声を掛ける前にリコは僕に抱き付いてきた。
「リコ……苦しいよ。もう少し力を抜いてほしいなあ?」
「やだやだ! リコはもっといっしょにいたい! ずっとシズクのなかでしんぱいしてたんだから! もっとぎゅーする!」
「……そうだったの? うぅ……なら仕方ない……心配かけてごめんね」
そう言われちゃうと無理に引きはがせない。
リコにも心配かけたしね。元ネコ科であっても犬っぽく頬をこすり合わせこようが我慢我慢……ってぇ!
「おれもうれしいぞ!」
レクまでも抱きついてくるのはやめよう!
我慢って言った矢先だけど、さすがに2人分は耐えきれない。
「……よく、眠れたか?」
「イルノート」
そう、前はリコ、後はレク、2人によるサンドイッチ攻撃に苦しんでいるところにイルノートが声を掛けてくれた。
「よく眠れたって、そりゃあ半日以上寝てたらよく寝た――って」
大人リコは仕方なくそのままだけど、子供レクをどうにか身体から引き剝がしながら答える。
「……よかった。てっきりまた1人でどこかに消えちゃうのかと思ったよ」
「そんなことしないさ。……次は許してもらえないだろうしな」
「どうゆうこと?」
弱々しく呟くイルノートは僕から視線を移動して抱きついているリコへを見つめた。
そして、会釈するように頭を下げ、
「もうお前たちに黙って出ていくことはしない。私は屋敷に戻る……暑いのは苦手なんだ」
と、イルノートは僕らが来た道を戻っていった。
なんだろ。今の反応は?
「リコ、イルノートとなにかあった? なにか話したの?」
「それはねえ……え……うん、わかった……ひみつ!」
「ん、何がわかったの?」
「ひーみーつー!」
「気になるなあ?」
ぷにぷにと頬を突っついてもだめー! と首を振り振り。尻尾も……あれ?
尻尾がない? そういえば耳もない? 大人になると獣人的な特徴は無くなるの?
(最近は小さい姿かライオンの姿しか見てなかったし、あったかなかったかも覚えてないや)
ともあれしつこく訊いていると、いつしかリコは腹を立てて僕の中へと籠ってしまった。
……あらら。怒らせてごめんね。もう聞かないから機嫌直してよ。
仕方なしとレクと並んで歩き、以前彼に教わった体内の魔力の鍛え方……魔力を肌に流すマッサージを復習しあいながら目的地に向かった。
「よしよし。ちゃんと続けてたんだな。いい感じだ! これを突き詰めると生半可な刃物程度なら耐えれるらしいぞ!」
「そうなんだ……って何? らしいって何? レクはユクリアにお腹刺されてたけど……」
「わははっ、おれも修行不足ってことだ! お、そろそろだな!」
ボロボロでも補強された橋を渡って辿り着いた神域の間にはすでにたくさんの里の人たちがいて、荒れ果てた広間の修繕を行っていた。
僕らの登場に皆が気が付き、色々な感情の乗った視線を向けられた。
居心地の悪さを覚える……けど、レクは気にせずとばかりに先に進むので僕もそそくさと彼の背に隠れるように着いていく。
「……あ」
そして、そしてだ。
無数の人の中、アニスたちやスクラさんたち、二足歩行の大熊や巨体の鬼人族など多種多様な人種に囲まれて、懐かしくも見慣れた青髪の女の子を発見した。
……会いたかった。ずっと、会いたかったルイがいる。
「……ルイ!」
「……し、シズク!」
あれやこれやと身振り手振りを使って指示を出しているルイだったが、僕が声を掛けると驚きながら直ぐに駆け寄ってきた。
そして、両手を広げて跳び付いてくる。
慌てて僕も受け止める姿勢に入るけど、勢い余って青草の上へ尻もちをついた。
「シズク……シズクだよね! ああっ、シズク……シズクシズクシズクっ……!」
「わ、わわっ、ル、ルイ……さんっ!?」
何度も名前を連呼しながらルイはぎゅっと僕を力強く抱き締めてきた。
さっきのリコみたいに僕の胸に何度も顔をこすりつけてくる。
皆の注目を浴び、冷やかしだって飛ぶ中でのことだからか、こっ恥ずかしさを感じる。
「……シズク」
ルイが顔を上げると、腕の中で今まで求め続けていた笑みがぱあっと咲いた。
やっと見たかったものだ。この笑顔を見るために僕は頑張ってこれた。
嬉しいのに……彼女の大きな笑みを見て、僕は少し畏まってしまう。
「ええっと……」
それもルイが別人みたいに、大人びてしまっているからだ。
今も抱き締めている腰回りは女の子だったあの日とは別物で、出るとこも出て……すっかり年上の女性だ。
ああ、なんか調子狂う。ルイなのにルイじゃないみたいだ。
「……その」
「うん……シズク、なぁに?」
「あ、あのね……」
話したいことは沢山ある。だけど、どうしても口がうまく回らない。
そこに、岩戸のリコも子猫姿で外に出てきて、抱擁を重ねていた僕とルイの間にもぞもぞと入ってきた。
「あ、リコ!」
「みゅー!」
思わぬ助けだ。ルイは僕との抱擁を外して今度はリコを抱き締め始める。
ほっと安堵を漏らしながら苦笑しつつも複雑な気分だ。
「シズクはもてるんだな!」
「なんだよぉ……」
レクの冷やかしに何か言い返してやろうかと思ったけど、
「おい、お前! ベレクトって言ったな!」
「あ、昨日の……って、引っ張るなよぉ!」
その前に彼は白髪の鬼人族の女の子に昨日の続きだとか早く勝負しろと連れていかれた。
助けて……なんて言われてもレクだってモテモテじゃないか。
引きずられていくレクを見ていたら、ペタンと僕の頬にふわふわの白い体毛とぷにぷに肉球が押し付けられた。
リコの前足を握ったルイがぺたりとスタンプみたいに押し付けてきていた。
「ね、何か言いかけてたよね?」
「あ……うん」
実のところなに話せばいいかわからなくて茶を濁していただけなんだけど……。
「……えっと……ね、ねえ。野球するんだって?」
「うん! レティと勝負するんだ!」
本人を前にしてすっかり忘れてた。僕はどうして野球をやることになったのかをルイに聞きにきたんだ。
でもまあ、聞いたら聞いたで口をぽかりと開けてしまう。
「僕の意志は? 拒否権は無いの?」
「ないよ! 大体シズクが悪いんじゃん! ぼくとレティどっちにも手を出すから悪いんだ!」
「どっちもってルイには手を出してないよ!」
「ぼ、ぼくには!? ぼくにはってなんだよぉ! って……もういいよ」
「え? よくないよ! 僕はこの試合について納得――」
「シズク言ったよね。もう離れないってぼくと約束してくれたよね?」
「……っ……それは、言った、けど、さ……」
言った。正確には離したくないだけど。さらに言えば宣言みたいなもので約束はしてないけど。
でも、もうルイとは離れたくないって気持ちは本当だ。
「これはぼくがシズクから離れたくないって決意でもあるんだ。だからレティと戦うのは必要なことなの。そして、今のシズクは今回の勝負の中心になってるけど、ぼくとレティにとっては部外者なんだよ」
「部外者って……僕は、2人が喧嘩するところなんて見たくないんだけど……」
「だからだよ。喧嘩なんかしたくない。だから、シズクはぼくら2人の決着を見守ってほしいんだ! ね、そんな顔しないでよ!」
「ルイ……」
そんな顔って言うルイだって、強がって笑ってるじゃないか。
……なんて、僕とルイが言葉を失くして見つめ合っていると、二股よ二股よ、と僕らにわざと聞こえるように奥で囁き合ってるけど、こればかりはアニスたちには言われたくない!
「ちょっとアニスたち黙っててよ! 今ぼくはシズクと真剣な話をしてるんだよ!」
僕の代弁をするようにルイが顔を真っ赤にして怒鳴り出した。
ま、まあ……納得は出来ないけど、とりあえず話はわかったことにしよう。
立ち上がり、僕らを遠巻きで眺めていた皆と顔を合わせることにした。
「紹介するね。ここにいる人たちが今回の野球に参加してくれる人たちだよ」
そう彼らは昨日のうちに呼びかけて集まってくれたのだと、隣にいるルイがこちらへと顔を向けてにこりと笑う。
「…………あれ?」
「んー? どうかした?」
「う、うん……なんでも、ない」
(…………あれ、変だ)
今の僕は変だ。あんなにも見たかったルイの笑顔を前にして僕の胸が深く高鳴った。
おかしい。こんなこと今まで無かった。なんでこんなにドキドキしているんだ。
ルイの紹介なんて全くと耳に入らず、さっきから彼女の仕草1つ1つに目を奪われる。デジャブだ。以前あっちの世界でレティと食事をとってた時みたいだ。
(完全に僕、ルイのこと意識しちゃってるよ……)
「むー……シズク聞いてる?」
「……っ……聞い、てるよ!」
「そう? じゃあ、次はシズクの番! ぼくたちに野球のルールを教えてよ!」
「う……わかった……けど……」
……駄目だ。こんな状態でまともに教えることなんて出来ない。
「ね、ねえ、レティが今どこにいるか教えてもらえるかな!?」
「……え、レティ?」
ルイはあまりいい顔をしないけど、ぼそりと呟くように教えてくれた。
どうやら、レティは亜人族の居住区で野球の道具を作ってもらってるらしい。
「そ、そうなんだそうなんだ。じゃ、じゃあみんなはまずメンバーを決めちゃって! ルイとレティの2チームに分かれて欲しいかな! メンバーは各9人! ルイとレティを除いて8人になるようにね!」
「わかった! それでルールは?」
「え、ええっと、ルールを教える前にまずは道具が揃うかどうかだからなあ!」
「えー、そうなの?」
「うんうん! だから道具を用意できるか僕が確認してくるよ! 直ぐに戻るから!」
やろうと思えば道具なんて無くたってできる。安易にボールの代わりとバッドの代わりを用意すればいいんだ。
でも、僕はあえて口にはしなかった。教えなかった。でもって、逃げたかったんだ。
「あ、うん。行ってらっしゃい……」
声色の落ちたルイのそれに「それじゃ!」と手を上げて返事をして、颯爽とこの場を後にする――。
「あ、待って!」
「え、なに?」
「あのね……」
とたとたと早足で僕との距離を埋めたルイは恥かしそうにはにかむ。
そして、大きく息を吸って叫びだすんだ。
「ぼく、シズクのことが大好きだからね!」
「~~~っ!」
やっぱりと今回野球に参加するスクラさんがぴゅーぴゅーと冷やかしの口笛を吹いてくる。禿げた鬼人族の長までも続いた。
アニスたちに紛れてラクラちゃんまでもが二股よ二股よなんてはしゃぐ。
フラミネスちゃんがきゃーきゃーと騒ぎ、ドナくんや金髪の女の子からもぎろりと突き刺さるほどの鋭い視線を受ける。
(……居た堪れない! さっき以上にここから逃げ出したい!)
だけど、それと同時に出した足を戻してルイへと駆け寄り、先ほど以上に触れ合いたい、強く抱き締めたいっていう衝動が生まれる。
「……ルイ!」
やっぱり、おかしい。
レティから好きと告白されたものとは違った喜びが今僕の胸の中で渦巻く。
顔が真っ赤になのがわかる。
嬉しくて胸がどきどきと高鳴るのに、嬉しいからこそ胸に刺さって痛い。
「う、うん! 僕も――」
ただ答えようとして言葉はつまる。
そして、次の言葉を紡ぐに2呼吸くらいの間を開けて僕は答えた。
「――野球、がんばってね」
「…………うん!」
ルイもまた僕と同じくらいの間を開けて返事をした。きっとルイは僕の口から同じ想いを発してくれることを望んだんじゃないか、なんて思ってしまう。
僕だってルイのことは大好きだよ。
だけど、今のルイに僕は言っちゃいけないと思った。
僕はルイが好きだ。だけど、同じくらいレティも好きなんだ。
本当はどっちを選ぶなんて、僕もふたりだって出来やしないんだ。
眩しいほどのルイの返事は僕の無くなった後ろ髪を強く引いた。
引かれ――惹かれ続けながらも、背を向けて僕はルイから離れていった。
◎
レティは亜人族の居住区にいるとだけルイから教えてもらったが、どこにいるかまでは聞いていない……が、大体の予測は付いている。
そして、予測通りアルバさんというドワーフが店主を務める鍛冶屋へと向かえば、店の外に控えていたリウリアさんを見つけることができた。
当たりだ。続いて正解とばかりに外にも聞こえるくらいにレティの大声がお店から漏れていた。
「おーい、リウリアさ――」
「……っ!」
「――んっ!?」
リウリアさんは声を掛けた途中でキっと睨み付けてきた。
これが返事とばかりの反応だ。どうしてリウリアさんにそんな目で見られなきゃいけないのかって理由は、なんとなくはわかってはいる。
これ以上は話しかけられなくて、リウリアさんの前で小さく頭を下げて店の中へと足を運ぶ。
「お邪魔しまぁす……」
「あ、シズク。……ううん、ちょっと外で待ってて」
「え、あ、うん……うん?」
入って早々に中にいる亜人族たちと話し合っていたレティから、外で待っていろとの指示だ。
え、嘘でしょ? 外でって外にはリウリアさんが……。
「……」
「……」
並ぶようにリウリアさんの隣に立ったはいいものの、無言のまま彼女は顔を横に向けて僕を凝視し続けている。
ちらりと視線を彼女に向けようものなら、怒気を纏った眼で突き刺してくる。
僕らを忘れていた昨日までのリウリアさんに向けられたものよりも強烈な、殺気の籠った眼差しだった。
(というか、1年前に殺されかけた時以上に視線が厳しいんですけどリウリアさん……)
痛い、痛くて居た堪れなくて思わず泣きそうになる――。
「シズク……様」
「は、はい!」
ひゃっと裏返りながらも返事をする。
今ので涙が本当に滲み出しそうになった。
「フルオリフィア様とのことで……後で詳しい話を聞かせてもらいます……」
「……な、何を話せばいいんでしょうか」
「色々……と」
「い、色々とは……?」
「……黙りなさい。余計な口答えはせず貴様ははいとだけ答えろ」
「は、はい!」
何を話せばいいと言うのだ。
僕は蛇に睨まれた蛙としてこの場に立ち尽くすほかに出来ることはない。足を組みかえることすら怒られそうだ。
早く、早くレティ……!
「……じゃ、話を再開して皆にはこれと同じものを人数分作って欲しいの」
「これはなんだ? 片方しかない手袋? 厚すぎ硬すぎ稼働は悪い……ん、縫い目はずいぶんと綺麗だな。こっちの玉は最低でも30ってなんだ? 両方とも素材は革? 後はこの鉄のこん棒は……中身は空洞になってるのか。これは何をするための道具だ?」
「“野球”……“ベースボール”……まあ、そういう名前の運動っていうか競技ね。この球を投げてバッドで打ったりグローブでキャッチしたりするのよ――ちょうどいいわ。シズク!」
「え、何?」
やったっ、レティに呼ばれた!
喜びながら店の中に入ろう――として、腕を掴まれて外に出される。
あ、と驚くように目を見開くリウリアさんの視線には目を合わせないようにするしかない。
「じゃ、そっちに立って」
「うん。キャッチボール?」
「そうよ」
そういうわけで店の前の通りでグローブを手渡され、実際にキャッチボールを彼らの前でやって見せる。
レティの剛速球(まだ肩慣らし程度)を気持ちのいい音を立ててグローブの中へと収めること数回、ありがとうの言葉と共にグローブをふんだくられ、またも店の中へと戻っていく。
え、これで終わり? ――またもリウリアさんの重圧に苦しむ時間が再開する。
「それ、楽しいのか?」
「人それぞれよ。こればかりはやってみないとわからないわ。最初のうちはグローブの感触に戸惑って飛んできたボールを掴むのも難しいかもしれないけど、次第に慣れて回数をこなせてくると楽しくなる。わたしはそうだった」
「ふーん。しかし、なんだ。裁断から縫製に限らず使用されてる革まで綺麗だなあ。これはどこで作られたもんだ?」
「……んー。わたしがミッシングって話は聞いてるでしょ? この前も話したけど、わたしがこの里を離れた時に、色々と巻き込まれて自分がいた世界に行ったのよ。バッドの方は今わたしが即席で作ったものだけど、グローブとボールはそこから持って来たものね。あ、元の世界にどう行ったかとかの話についてはわたしもよくわかってないから説明のしようがないわ」
「はあ……そこんところは別に詳しくは聞かねえけど……異世界人は変わったもんを作るんだな。こいつらは分解してもいいか?」
「ええ、いいわ。グローブは2つあるから好きなようにして。でもボールは1個しかないから気をつけて」
ええ……それ、僕が持って来たグローブなのに……。
「おいおい球だけ1つかよ。話聞いてる分にはこれが一番重要じゃねえのか? 失くしたらどうしてたんだ?」
「さあ? なんで予備を用意しなかったのかは外にいるやつに聞いてもらわないとわからないわね。ま、失くしたとしたら代用品でやるしかなかったと思うわ」
と――レティはこの世界に戻ってくる前に僕が荷物に入れておいたキャッチボール用のグローブを店主であるアルバさんたちの前に広げていた。
(野球の道具を作ってもらっているんだろうとは見ててわかったけど、異世界に行ってたことまで伝えちゃってよかったのかな……)
ただ、僕の心配をよそにレティたちの会話は弾んでいるのはわかる。
口ではあーだこーだ言ってるが、思いのほか亜人族の人たちは道具作成に関しては乗り気だ。
アルバさんの「じゃ、いっちょやってみますか!」との掛け声に他の人たちも「おう!」と力強く声を上げていた。
「お待たせ」
「あ、うん。レティ……」
「なによ」
アルバさんたちと話す時は違って僕を見るなり不機嫌な態度を見せる。
「ルイに会ったんでしょ? ……わかってるわよ。今回の勝負について勝手に決めるなって言いたいんでしょ?」
「それもあるけど……」
「…………悪かったわよ」
「え?」
「だから……悪かったって……」
ぼそりとこちらに聞こえるか聞こえないかというか弱い声で呟く。
腕を組み、そっぽを向いて僕と顔を合わせようとしないけど、頬は真っ赤になっているのがわかる。
(なんだよ。それ本当は謝りたくない時の態度じゃん。けど、そんな反応されたら僕が何も言えなくなるのもわかってるんでしょ)
もうわかったよ……と両手を上げるしかない。
聞き届けました。わかりました。言うことを聞きますよ。
「じゃあ、僕はルイたちにルールを教えればいいんだよね」
「ありがと。わたしは他にベースやスコアボードなんか用意するから」
「そこは僕も手伝うよ。後、レティもブランクあるんだから一緒に練習しようよ」
「あー……うん。じゃ、そんな時はよろしく」
「はい、よろこんでお嬢様」
「ぷっ、なにそれ」
以前メイドとして働いていた時みたいにスカートを摘まむ仕草をし仰々しく頭を下げたら、ようやくレティが笑ってくれる。
ま、僕に対して悪いって気持ちがあっての不機嫌だったのはわかったからさ、今は彼女の笑みを見れただけで十分だと思うようにしよう。
さて、その後とりあえず20本ほど即席のバッドをレティに用意してもらった。
本当ならキャッチボールから始めたいけど、ボールは魔法じゃ作れないからね。土魔法で泥団子でも作るか?
まあ、今はこの20本のバッドをどう運ぶかだけど……。
「シズク」
「ん?」
「……ん」
レティは僕の胸ぐらを掴み引き寄せると、僕の顎に手を添えてきた。
そして、次第にレティの顔が近づいてきて、唇にくる――と思ったら軌道は変わり、頬にそっとキスをされる。
「なあっ!」とリウリアさんが大声を上げて驚いていても構わずだ。
「今回の件、もしもシズクが絶対に嫌だって言ってもわたしはやめないってことは伝わったでしょ?」
「うん。まあね」
「わたし、こればかりはルイには譲れないわ……だって、わたしは君が好きだから」
「……レティ」
好きだと言ってくれるレティは頬を真っ赤にして俯く。僕もレティのそれが移ったみたいに恥ずかしくなる。
2人してもじもじとしていると、店の中から先ほどと同じ反応が飛んできたのでレティが咳払いをして今のを無かったかのように話を進めだす。
「あ――……それで、他に何か用はある? なんか急いでなかった?」
「あ、いや、うん……実のところ、ルイから逃げてきちゃったんだ」
「逃げてきた? どうして?」
「僕からしたら1年も経ってないのにさ、ルイは3年先に進んでて……以前とは全然違うように見えちゃうんだ」
「……ルイ、綺麗になってたもんね」
レティが苦笑するので僕もつられて笑った。
「話し方や内面的なものは変わってないように思えるんだけど、やっぱりなんか前と同じ様に接することが出来ないっていうか……」
「も――情けないわね。ルイはルイでしょ。見た目がちょ――と、変わったからって何も臆することなんてないじゃない。……っていうか。じゃあさあ、以前の面影なんて何1つとして残ってない完全に姿形の変わったあんたの幼馴染であるこのメレティミさんは平気なのって話よ?」
「それはー……レティだし? なんていうか、慣れたっていうか……」
「なによそれ。失礼だわ!」
ぷりぷりと怒る振りをするレティに僕はまたも笑ってしまう。
続けて、振りを解いたレティも同じく「そんなものよ」なんて言って小さく笑った。
「ま、用は終わりかしら? わたしは中に戻るわね」
「うん。ありがとう……あ」
と、最後に念のために僕は彼女を呼び止める。
「えっとね。ルイからも聞いたんだけど、今回の件についてレティからもどういうことか教えて欲しいんだけどいい?」
「……聞いたんじゃないの? うーん。まあ、始まりは口論からね」
と、僕が倒れた後にレティとルイが口論をして試合をすることになったと、ここまでは僕も知っていることを教えてくれた。
ただ、ルイからは聞かなかった情報として試合は2日後、ぼこぼこになった神域の間を修繕する前に広場を借りて行うということを知れた。
また、他部族との親睦会を兼ねて――見世物として大勢の人が集まるとのことだ。
「わたしとしては里の外でバッティング勝負でもするんだと思ってたけど、話が大々的になっちゃってね。おかげ様でユッグジールの里を巻き込んでの大勝負になっちゃったわ。まったく……これもルイ様様ね。……あの子、この3年で見習いだったわたし以上に四天として振る舞っていたわ」
魔人族の長であるアニスや先ほど会った鬼人族の長、亜人族の長なんかも今回の勝負に賛成してくれたことは特に大きかったらしい。
天人族側ではドナくんのお父さんは大反対だと激怒したらしいけど、そこはレドヘイルくんのお父さんやフラミネスちゃんのお母さんさんなんかが宥めてくれたらしい。
更に彼らの息子たちまで参加することになって、ドナくんのお父さんは許可せざる追えない状況に陥ったとか――。
「……あ、そうだ。巻き込んだついでにもう1つお願いがあるんだけど」
え、なんだろう……って、え?
なにそれ! ああもう! まったく、同意したはしたけどさ、僕の気も知らないで勝手に決めてさ。信じられない!
僕はむっとしながら声を荒げた。
「ねえ、1つだけ言わせてよ!」
「やっぱり勝手に決めるなって怒るの?」
いいや、違う。
僕はぶんぶんと力強く首を振った。
「なんで、僕も誘ってくれないの!」
「はあ?」
「ずるいよ! 僕だって野球したい!」
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