第198話 レティなんて大っ嫌い!

 話は前日に戻り――気を失ったシズクがゆっくり休めるようにとぼくの住む屋敷に運ぼうとした時のことだ。


「じゃあ、運ぶわ……痛っ」


 レティが当然とばかりにシズクを運ぼうとしたので、ぼくは思わずパシンって手を叩いちゃった。

 ……その時は自分でもびっくりした。

 叩いた手とレティを2回見比べて、それから、引っ込みがつかないぼくは……レティを睨みつけた。


「……ルイ」

「さ、さわらないで!」


 レティはものすごい悲しそうな顔をする。こんな顔見たことない。

 ごめん……ごめんね。ごめん。レティ――胸の中ならたくさん謝れるのに、ぼくの口は違うことを言っちゃう。

 それだけぼくは、レティのことが許せなかった。


「……や、やだっ! やなんだ! もうレティに触って欲しくない! シズクは、シズクは、だってっ!」


 ――ぼくのなのに。


 いやな気持ちだ。

 こんなわがままを言ってみんなを困らせるぼくはいやだ。

 まさか、こんなぼくがいるなんて思わなかった。あんなに大好きだったレティを憎むぼくがいるなんて思わなかった。

 けど、ゆずれないんだ。


(もうぜったい。シズクとは離れたくない。もう離れない。でも、離れたくないのはシズクだけじゃなくて――)


 悲しい顔をしたレティはくちびるを噛み、直ぐに顔を引き締めて、後ろにいるウリウリへと顔を向けた。

 ウリウリは少し驚いてた――眉をわずかにひそめてた。戸惑っていた。

 ……悔やんでいた。


「……ウリウリ。2人分抱えて屋敷に飛べるほどの魔力は残ってる?」

「……怪しいですね。風絶で魔力をかなり消費しましたので…………あの、私は……フルオリフィア様にどう償えば……」

「もう過ぎたことよ。わたしのこと、思いだしてくれたんでしょ?」

「はい、それは。ですから……」


 レティは首を振ってウリウリの言葉をさえぎる。


「まったく……時間もないっていうのに。じゃあ、今一度聞くわ。わたしのこと、殺したい?」

「……っ……ありえません! 例え、貴女が転生者だとしても私にとって……あなたは先代フルオリフィア様の大切な愛娘です。そして、私にとっても大切な……お方です」

「ならよし。わたしは気にしてない。思いだしてくれただけでいいわ。でも、次また忘れたなんて言ったら、承知しないから!」

「……はい」


 ……いいな。ぼくも本当なら、そうやってレティと話したかった。

 けど、ダメなんだ。ウリウリと話し終わってこっちを向いた途端、ぼくはふんと顔を逸らしちゃう。


「はあ……もういいわよ。わたしは触らないから、誰かに背負ってもらって――……あら?」

「……え?」


 ふと、レティが変な声を上げた。つられてレティの視線の先へと首を動かすとシズクが目を開けていたんだ。


「……あ、もしかして……リ――」

「シズク!? シズク――!」


 ああ、シズクが目を覚ました!

 よかった、よかったって思うのに、シズクは抱きつくぼくに困った顔をする。

 シズクはぼくに1度目を向けたあと、レティへと顔を向ける。レティも頷き返した。


「……どう?」

「……からだがおもい。あるくのはむりだ」

「シズク!? ね、ねえぼくだよ! ルイ! ルイ――」

「――ルイ、あのな」

「…………え?」


 ……変だ。違う。

 シズクなのに、シズクじゃない。

 感触もにおいもシズクなのに、口から出た声色とかしぐさとか、全然違う。

 何よりも、目が違う。シズクの目付きが違う。

 こっちの方が優しそうなのに、記憶の中のたくさんの優しさが今の目には感じられない。


「……誰?」

「……」


 ぼくは恐る恐るとシズクに尋ねると、は悲しい顔を見せた。

 黒い目を泳がせて、ぽつりとつぶやく。


「リコ……リコだ」

「……リコ?」


 変なことを言う。シズクがリコって――リコがいたことは知ってる。

 ぼくが出した水龍にがぶがぶかぶりついてたのも遠くから見た。


(……そういえば、リコの姿を見ない)


 屋敷に到着して、使っていない空き部屋に布団を敷いてシズクを横にする。

 その後、道中にリコを挟んでレティに教えてもらった通り、ぽんと3年前の記憶の中にいるリコがシズクの身体から現れた。

 レティの言葉だから疑うはずもないのに「……本当だったんだ」って言っちゃった。

 ただ、3年前と違う、ちりちりと火の粉が舞う赤いたてがみだ。ぼくは恐る恐るとたてがみに触れた。


「みゅう?」

「あつくない……」


 たてがみも火の粉も熱くない。

 ゆっくりと首に手を回して抱きしめると、以前よりも体温は低い。

 あの頃のリコは、もういないんだね。


「リコ……」

「みゅう……」


 それから、リコと共にぼくはしゃがみ、対面にレティとウリウリと向かい合いながら、囲って静かに眠るシズクを見つめた。

 眠るシズクの髪を撫でるようにいじる。

 もう前みたいに長い黒髪は指に絡みつくことはない。すっと指の隙間に彼の黒髪が流れていく。

 シズクの黒くて綺麗な髪が、ぼくは好きだった。

 髪を伸ばすように頼んだのはぼくの我儘だった。お揃いで髪を伸ばしたかったっていうのもあったけど、シズクを自由にできるのはぼくだけだっていう証みたいに思ってたのかもしれない。


(……でも、間違ってたのかな)


 今のシズクはとってもかっこいい。前髪の量はあまり変わってないのに後ろがないだけで全然違う。髪を伸ばしていた時の美人さんとは違った凛々しさをシズクに感じる。

 頬に触れてそのまま一撫で――。


「……ねえ、レティ聞かせてよ。なんで……シズクのこと、好きになったの?」


 ――たまらず、聞いちゃった。

 自分から聞きたくない扉を開いていくような感触がある。


「言わなきゃ、だめ?」

「……だめ」


 今度のレティは違うと否定しなかった。躊躇うように間を開けてレティは続ける。


「……以前、温泉で話したこと……覚えてる?」

「レティが異世界の人間だって話?」

「うん……それで、わたしとよく一緒にいた男の子の話は?」

「覚えてるけど、その子がどうしたの?」


 レティは黙って俯いた。

 そして、ゆっくりとゆっくりと……もったいぶるみたいに間を取って、ようやく顔を上げて、


「…………ん」


 レティは指を差した。

 指の先は目で辿らなくてもわかる。寝ているシズクだ。

 何を言ってるの。指さしたシズクと男の子がどう関係するの――なんて、聞く前に胸の中がざわざわする。

 言葉にできないざわざわは直ぐにじわじわとぼくの中で焦りとなるのを感じる。


 嘘だよね、と言いたくなった。

 同時に聞くべきじゃなかった、とも思った。


 どうして好きになったなんて聞かなかったら、もっと余計なことまで知らなくて済んだはずなんだ。

 レティははあ、と大きなため息をついた。大きなため息を吐き出した後、レティはぼくへと真剣な顔をして見つめてくる。

 もういい、とは言わせてもらえない。レティはすでに決心しているみたいにぼくを見ていた。

 だからレティは止まらない。ぼくの心の準備なんてさせてくれない。


「……いつも一緒にいた男の子はわたしの恋人だった。本人が言うには好きって言ってなかったって……まあ、わたしも言った覚えはない――」

「……まってよ!」


 これ以上聞きたくないのに、レティが勝手に話し始めようとする。


「ま、まって――」

「けど、わたしは彼が好きだった。ただ本当に好きって実感したのはに来てからなんだ。彼と離れ離れになって、メレティミとして生まれて……本気で彼のことが好きだったって知って。そして――」

「やめてよ!」


 レティは首を振った。そのまま続ける。


「……偶然だったんだ。シズクはわたしの――」


 優しい目でシズクを見て、レティは聞きたくない言葉をはく。


「――会いたかった恋人だった」

「~~~~っ!」


 知りたくないことを、知りたくなかったことを知って、ぼくの身体はいっそう震えあがった。


(なんで、そんなの……ありえないよ)


 目の奥が熱くなるのと同時に、喉の奥が震えだす。精一杯噛み殺そうとするのに、頭の中は真っ白で余計に震えは止まらない。

 だって、シズクはぼくのだって……レティは取らないって約束して――もう、だめだ。


「……うわ、あああぁぁぁん、わぁぁぁ……っ! あああああああぁぁぁぁああああっ! わぁぁぁあああああああああああっ!」


 ――止まらない。止められない。


「みゅう……」

「ルイ……」

「フルオリフィア様……」


 ぼくの口からとても大きな泣き声が溢れだしていく。

 ――くやしい。

 ――ずるい。

 ――なんで。

 全てを掻き消すかのようにぼくは大声を上げて泣き続けた。

 これが全部うそだったって、レティの言葉を掻き消そうとぼくは声を上げ続ける。


「ルイ……わたしは、シズクを、こいつを好き……なんだ。だから、さ……こればかりは、渡せない!」


 悲しくて、悔しくて、許せなくて――ぼくは眠るシズクに抱きついて延々と泣き続けた。

 でも、シズクは起きない……いや、違う。


と同じでまた寝たふりをしてるんだ。きっと)


 起きて欲しいから耳元で泣き叫ぶ。

 嘘だよねってシズクに聞きたかった。早く起きてよってシズクに懇願する。

 けど、起きない。規則正しい呼吸だけがシズクの口から洩れるだけ――けど、これは嘘だ。

 シズクは寝てるふりをしているんだ。


(ぼくはシズクのものだって言ったくせして。嘘つき。シズクはぼくのだって約束したのに)


 嘘つき。嘘つき。嘘つき嘘つき嘘つき……シズクも、レティも2人して――だから。

 

「……――嘘つきっ!」


 顔を上げ、目を閉じるシズクの代わりに目を開けているレティに噛みつくしかない。


「嘘つき噓つき噓つき噓つき噓つき噓つき噓つき!」

「わ、わたしは……嘘……なんて」

「レティは言った! シズクのこと取らないって!」

「場合が場合よ……」

「場合がってなんでだよ! レティとシズクが昔の恋人だって、そんなのぼくに……ぼくらに関係、ない……!」

「けど……」

「けどなんて言わないでよ! この嘘つきっ! 嘘つきっ……うそっ……つき……なんで、なんで……シズクが、前から好きだった人がいた……なんて……ずるいよ!」


 ずるい。ずるい。なんでぼくじゃないの。

 なんでシズクが最初に好きになったのはレティだったの。

 ずるいよ。ずるいよ。


「……生まれる前から……2人が会ってたなんて……こんなの、もともと、ぼくには勝ち目なんて……ぼくにはさいしょっからなかったんだ……!」

「……ごめんなさい。わたしは、ルイを悲しませるつもりなんてなかった。でも、でもね……こればかりはわたし、ゆずれない。わたしは、わたしもルイと同じくらい、シズクが……彼が、す……好き、だから」


 そう、たどたどしくレティがシズクに向かって好きだという――その言葉がぼくには許せなかった。


「……っ……ぼくの方が好きだよ! レティなんかといっしょにしないで! ぼくの好きはレティみたいに素直にならないで付き合うような気持ちじゃないもん! 好きってはっきりも言えないくせして!」

「……それは……っ……」


 泣き腫らしたおかげせいか、もう悲しい気持ちはどこにもない。

 今は全部自分が悪いみたいなレティに対していらいらする。

 このままぐるぐるする感情を拳に乗せてレティにぶつけたかった。

 けど、レティを叩くなんて出来ない……って、気持ちとは別にぼくの両手は勝手に前に突き出して、レティの胸を強く握った。


「痛っ! ちょ、ちょっとルイ!」

「だまれ!」


 ぐにぐにとつねるようにレティの胸を掴む。レティが腕を振り払おうとするけど絶対に放さない。

 ただ、手の平からこぼれるほどの大きな胸の感触に少し愕然とした。

 ぼくよりも大きいのは今の着ている服の上からでもわかっていたけど、それでも何これは……!

 圧倒的な質量を前に唖然とするしかない………!


(くやしい! レティはぼくが欲しいものをなんでも持ってる! くやしい! くやしいくやしいくやしいくやしい!)


「こ、このっ、偽乳!」

「痛っ……に、偽?」


 そ、そうだよ。レティのこの胸は偽物なんだ――だって、本当のレティはもっと……苦し紛れの言葉だったけど、これが思いの外自信になった。

 だって――レティだった女の子はここまで大きくなったもん!


「もともとフラミネスちゃんみたいにおっぱい小さなかったのに、レティになってから大きくなったじゃん! この胸でシズクをたぶらかしたんだ!」

「ちょ、ちょっと、フラミネスちゃんよりは遥かにあったわ!」


 レティも予想外の反撃を食らったみたいに、今までの気弱な態度を一変させて、怒鳴るように反論してきた。


「はるか? ないよ! シズクだって、あんまり昔のレティの胸見てなかったもん!」


 あんまりって言うのはって意味だ。

 本当はちらちらと見てたことをぼくは知ってる。けど、効果てきめんとばかりにレティが痛みとは別に苦しそうな顔をした。


「ぐっ……そ、それは……!」

「どっちにしろ今のぼくの方が大きいもん!」


 そうだ。

 前のレティよりもぼくの方が大きいもん。

 ぼくの胸は本物なんだ! と、目の前の実物を前にぼくは勝った気がした。そして、気をよくして調子に乗るんだ。


「やーい、偽乳!」

「だから、だから、偽物じゃ……っ」

「に、せ、ち、ち!」

「こ、このっ! だぁぁぁ――!」


 ぱしり、とレティが強くぼくの手を叩いて退かせる。

 痛っ……と何をするんだって自分のことは棚上げして、ぼくはレティを睨み付ける……けど、うっと尻込みそうになる。

 レティはさっきまでは見せなかった鋭く怒った目でぼくを睨み返していた。


「人がほんっっっとうに、申し訳ないって思って下手に出てたっていうのにっ、に、にせにせって……以前のわたしが気にしていたことをいけしゃあしゃあと……! あったまきた!」

「な、なんだよ! ぜんぶレティが悪いんだ! レティがぼくのシズクを取ったのが悪いんだ!」

「だ――! シズクはもともとわたしのだって言ってんのよっ!!」

「ちがうもん! シズクはぼくのだ! ぼくもシズクのものだってふたりで約束したんだから!」

「そんなのわたしのパクリよ! あんたのはただの真似っこでしかない!」

「なんだと!」


 がっとお互いに立ち上がり、寝てるシズクの上でぼくとレティは組み合う。お互いの両手を掴み合って押し合いが始まった。


「むきっ! なんだよなんだよ! レティのくせに! いつも年上ぶって偉そうにしてたくせに!」

「あんたはいつもシズクシズクってそればっかり! 惚気話にはうんざりしてたのよ!」

「うらやましかったなら言わないでって言えばよかったんだよ! 胸は大きいくせして中身は前の胸といっしょで小さいんだ!」

「なっ、だから胸の話はするな! このっ、あんたはシズク以外の男を知らないのよ! あいつしか見てないから視野が狭くなってるだけで、こいつよりも良い男なんてごまんといるわ!」

「レティがそのごまんといる良い男のところにいってよ! ぼくはシズク以外の男なんて知りたくない! シズクだったから好きになったって信じてるもん!」

「うるさい! そんなのわかってる! 自分が1番好きになった人以上のやつなんていらない! 代わりなんていないって、わたしが1番知ってる!」

「レティこそ黙ってよ! 好きになったのは昔のシズクでしょ! 今のシズクなんて知らないくせに! シズクは優しいんだ! たまに意地悪な時があって悪ふざけだってするけど、なんだかんだでいつもぼくに優しくしてくれたんだもん!」

「知ってるわよ! それくらいあんたの記憶で全部見たもん! こいつがルイに対してどれだけ優しかったなんて、彼女のわたしが嫉妬するくらい見た!」

「ぼくだって知ってる! レティの中の男の子は、シズクはいつもレティを追ってたことを! ぼくだってシズクから追いかけて欲しいってずっと思ってた……レティばっかりずるい! ぜんぶ持っていく!」

「持っていってるのはあんたでしょ! わたしだって本当は……っ……この、だ――さっきみたいにわんわん泣かしてやる!」

「そっちこそ奪わないでよ! 泣くのはレティだ!」


 このまま後ろに吹き飛ばしてやるって力を込めてるのに、全然びくともしない。腕じゃ決着がつかないからってごつごつと額がぶつかり合う。

 もう魔力はからっからで身体は疲れ切っている。今だって意地で動いてるようなもんだ。


「ぐぬぬぬぬぬっ!」

「むうううううっ!」


 お互い涙が浮かびそうなほどのおでこの痛みに顔を歪めてる。

 でも、痛くても止まらない。意地の張り合いに終わりなんて――えっ!?


「いい加減にしなさい! シズクが静かに眠れないでしょう! 喧嘩なら2人とも外でやりなさい!」

「ぐぬっ、ぎゃ!」

「ちょ、わっ!」


 と、ぼくら2人は首根っこを掴まれて部屋の外に乱暴に放り出された。

 どすん、と床に尻もちをつきながら、直ぐに振り返ってその誰かを睨みつけた。


「誰だ! ウリウリ!? ――って違うってか、誰だ!?」


 その人は火の粉を震わせる赤い長髪を見せながら、扉を強く閉めた。

 え、今の人、誰!?

 呆気に取られながらぼくはシズクの眠る部屋を睨み付けている……と、今度は驚いた顔をしながらウリウリが部屋の扉から顔を見せた。


「……リコ……でしょうか? シズクに似ていましたが……あ……ええ、っと……お2人とも、その、ひとまず、おやすみになられた方がよろしいか……と……」


 なんて、顔はいつも通りなのにびくびくとしながらぼくらの間にウリウリが入ってきた。

 遮るようにぼくらを隠すのは初めてレティと顔を合わせた橋の上のように思える。


「リコちゃんにまで怒られるなんて……も――やってられないわ……」


 肩をすくめて顔の見えないレティがぼくに背を向けた。


「……どこに行くの?」

「どこってわたしも休むの。シズクみたいに倒れなかったけど、わたしだって魔力も底になりかけるほど使ったからへとへとなのよ。ルイと喧嘩したせいでもっと疲れたわ」

「な……なんだよ! ぼくが悪いんじゃないやい!」


 べーっと舌を出して睨むけど、見えてないレティからは深い溜め息による返答だ。

 むっ、何その大人ぶった反応は!


「おかげで冷めたわ。ふん……わたしはもうシズクのことこれっぽっちも譲る気なんてないから」

「元々ないくせに!」

「そうね。けど、このままじゃ一向にらちが明かない。まったく、ルイが諦めるのを待つっていうのは気が遠くなりそうだわ……」

「なんでぼくが諦めるんだよ! レティこそ身を引いてよ!」

「ハァ? わたしが? なんで?」


 さっきまでのレティはもういない。生意気な言い方にもう何度目かもわからないほどに腹を立てる。

 けど、このままじゃずっと終わらないのも確かだ。なら、とぼくは1つレティに提案する。


「レティ! ぼくと勝負しろ!」

「……勝負? ふん、いいけど、何すんのよ?」

「それはね――」


 そして、ぼくはとっさに思いついたことを提案する。

 レティは小さく眉を上げながら不敵に笑ったのを見た。


「なによ、それ……わたしが断然有利じゃない。いいの? ルールわかってるの?」

「シズクに聞くもん! それにレティが有利な勝負で倒さないときっと納得してもらえないもん!」

「へえ……いいわ。やってやろうじゃない。負けてもやっぱり駄目だって言うのはなしよ?」

「言わないよ! レティこそ負けてもダダこねないでよね!」

「……わたしが? 言ったわね! やってやろうじゃないの!」


 びりびりとぼくとレティの視線がぶつかり火花を散らす。


「勝者の決定には絶対よ! 勝ってシズクを完全にわたしのものにするわ!」


 と、レティが言うのでぼくは、


「うん! けど、絶対ぼくが勝つ! いい! 負けても勝者には従ってよ!」


 頷き、つんとそっぽを向く。

 シズクの眠る部屋の前でお互いに背を向けて、移動しようとした時「ルイ!」と怒鳴るように呼ばれてぼくはムカムカとしながら振り返った。


「何――わっ!」


 突然、目の前に放り投げられたものに驚いてついつい目を瞑っちゃう。

 こつん、とおでこに当たってジャラリと音を立てる。

 床に落とす前に掴むことに成功して、なんだよもう! と怒りながらも掴んだものを見た。


「あ……これ」


 それは、青い石のはまった……ラゴンから貰ったネックレスだった。

 そうだ。これ、ずっとレティに預けてたんだ。


「……約束だったからね」


 レティは振り返らずに言う。


「う、うん……ありがとう」


 ぼくもペンダントに目を向けながら感謝を伝える。

 じゃあね。と今度こそレティは去って行き、あっちこっちと首を動かしウリウリに見つめられながらぼくはぽつり残って渡されたネックレスを眺めた。

 記憶の中とは違って温泉で黒ずんだところはまったく無くて、鎖は一回りほど太いけど前よりもカッコいいし、石のはまった縁も新しいデザインになってて……。

 レティがぼくのために直してくれたネックレスだ。

 胸の中に浮かぶ感情は……嬉しい。ゆっくりとむかむかとした怒りが鎮まっていく。


(……さっきは言い過ぎちゃった。許せないけど、やっぱりぼく……レティも好きなんだよ……)


 出来ればシズクを抜きにして仲直りしたいけど、難しいや……どうして同じ人を好きになっちゃったんだろうね。


「むずかしいや……」

「フルオリフィア様……あの……」


 ウリウリに肩を叩かれて「あ」と思いだしてぼくも部屋に戻る……と――さっき別れたばかりだっていうのにレティはにいた。

 レティは箪笥の上に乗っているぼくのお母さんだというブランザの位牌に手を当てて祈っていた。

 え、なんでここに……って、ばたん、と扉が閉まったことでレティはぼくに気が付いた。


「な、なによ! なんでここに来るのよ!」

「え……ここはぼくの部屋だよ」

「ここは元々わたしの部屋よ! この――っ……出ていけ!」

「なっ……今はぼくが使ってるんだ! そっちこそ出ていけ!」


 なんだよ! なんだよ! ちょっとは仲直りしようって思ったのにこれだ!

 レティのばかっ! やっぱり、嫌い!





 2度寝から目を覚ますともう隣にはイルノートはいなかった。

 探そうと思ったところで先に起きてストレッチみたいに身体を動かしていたレクが「イルノートなら散歩にいったぞ!」という。

 絶対に戻ってくると約束しているらしい……けど、一抹の不安が襲う。

 もしかして、このまま僕らの前からまた姿を消してしまうんじゃ……ううん。今はレクの言葉を信じることにしよう。


「……そういえば、どうしてレクがここで寝てるの?」

「おれは2人のお目付け役だからだ――」


 お目付け役……と、言うのもイルノートは先の騒動の中、1人自由の身だったことから首謀者であるゼフィリノスと共謀していた仲間だったのでは、と疑われているらしい。

 そのための見張りとしてレクがかって出てくれたらしい。


「――っていうのもあるんだけど、実はおれもシズクと同じく看病される側なのだ」

「レクが看病される?」

「ああ! 隊長に刺されたせいで身体に毒が入っちゃってな! けど、おれらは魔力の塊だろ? 毒なんて一時的に苦しむけど直ぐに消える! けど大事を取ってってことらしい!」


 詳しく聞けば、どうやら僕ら魔石生まれは毒や麻痺なんかの行動に支障をきたす症状、または薬物類には抵抗があるらしい。

 ただ、効き目が無くなるわけではなく、初期には症状は出るが、わずかな時間で解除される。おまけに抗体までできるらしく次からは同じものを体内に入れても、効き目は薄くなると自慢された。


 思い当たる節は何度か睡眠薬で眠らされた僕にも身に覚えがある。

 ともあれ、レクはユクリアに麻痺毒の塗られた短剣で刺されたことで現在は病人扱いを受けていると不満を漏らしている。


「ほら、もう元気だ!」


 と布団の上にいるぼくへとレクはボディプレスみたいに飛びかかってくる。

 当たり所が悪く、うっと呻きそうになるが我慢。子供のすることだ。中身は大人だけどと飲み込む。

 さてさて、抱き留めたレクと顔を合わせ、実のところ1番聞きたかったことを聞くことにした。 


「……ところでルイたちのことはレクは知ってる?」

「ん……そっくり姉ちゃんか?」


 そっくり姉ちゃんって……まあいいや。

 うん、と頷くとレクは横向きのままむーっと唇を突き出して首を傾げた。


「なんか“やきゅう”っていう運動で勝負するって言ってたな!」

「へ、野球?」


 どうして、野球?

 頭の中に疑問符が溢れる中、レクが「おれも出るんだぞー!」と嬉しそうに僕の肩を揺さぶってきた。

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