第196話 その後の顛末

 どうやらここは天人族たちの居住区の様だ。

 日の出前の青澄んだ街並みには見覚えがある。見覚えどころか、目の前の通りは何度か歩いたことがある。

 ここはレティが住んでいた屋敷だろう。


「……落ち着いたか」

「うん。ごめんね。突然泣いちゃって」

「気にするな」


 すっかり僕らは目が覚めてしまい、お互い胡坐をかいて向き合って話を始めることにした。仲間外れは嫌だとベレクト――レクも僕とイルノートの斜めへどっしりと座り込み、3人とも顔が合わさる位置に落ち着く。

 にっこりと八重歯を見せてレクは向き合った僕らに笑いかけてきた。

 イルノートは小さく溜め息をついて好きにしろと言う。


(僕も別に構わないからいいけどさあ。君、僕よりも年上だよね……仲間外れはいやって子供っぽいって、うーん……)


 魔石生まれは外見によって精神年齢が下がるんだろうか。

 僕もなんだかんだで小さい頃は今よりも自制心とかに歯止めがかからず、ルイと変に張り合ってたしなあ。

 ……あ、違う違う。今は余計なことは考えずにイルノートへと顔を向けてどうぞと頷いてみせる。

 これからイルノートにはの話を聞かせてもらう。


「では……あれからお前が気を失った後のことだ」

「え、気を失った? ……またですか」

「また? ……まあ、ルイが怒鳴り散らしてた中でな」

「そういえばルイがぎゃあぎゃあと喚いていたっけ?」


 あの時は再会できたことが嬉しくて、なんでルイが怒りだしてたのかなんて全く気にせず僕は泣き続けてたから……えっと、そこらへんの記憶は曖昧だ。


「おれは知ってるぞ! シズクとおっぱ……メレティミがチューしたのを怒ってたんだ!」

「もう、またおっぱいって言おうとした。レティの前では絶対言わないでよ、って……あー」


 僕は曖昧な返事を漏らす。


(そっか……ルイ、あれで怒ったのかあ。でも、僕はレティと恋人同士だし……けど、うーん)


 リコからの提案だったとはいえ、あの時はそれしかないとすら思ったんだどなぁ。

 余裕が無かったとはいえルイの前でやっちゃダメだったか……あ。


「……」


 じとーっとイルノートが無言で僕を見つめていることに気が付いた。

 さっき向けられたものとは違ってなんとも居心地の悪い視線だ。

 もしかして、レティがイルノートの娘だってことをもう知ってる?

 さすがに父親の前でキスをするっていうのは娘を持つ親視点からも見てもいいものじゃないかな……って、わかんないや。

 いやはや、話の始めから腰を折り過ぎた。

 少しばかりの沈黙を流しながらも、イルノートは改めて僕が気を失った後のことを教えてもらった。


「……先に言っておくが、ゼフィリノスは王立騎士団と呼ばれる者たちによってグランフォーユへと強制送還された」

「……え? どういうこと? あれだけやってゼフィリノスにはお咎めなし?」

「この里の中ではだな。もちろん、反感は大きかった。天人族側で2名の犠牲が出てしまったからな。しかもそのうちの1人は天人族の長だ。人質にされていた天人族たちはすぐにでもゼフィリノスを処刑しろと憤慨していたよ」

「……そうだよね」


 他にも多数の負傷者を各部族に出したりとゼフィリノスは里中を混乱に陥れた。

 これだけのことをしでかしたんだから、その場で打ち首になっても不思議じゃない。


「じゃあ、どうして?」

「エストリズ側とあの場にいた里の重鎮たちで話し合って決めたんだ。エストリズ側の代表してルフィス・フォーレとアルガラグアの長であるタルナが、里側では鬼人族、魔人族、亜人族の長らに天人族のドナと呼ばれる元四天が立ち会っての会合だ」

「え、ルフィスさんとタルナさんが?」

「ああ、あの場では2人以外に外交を行えるものがいなかったからな。……以前はそこらの貴族の娘と大差ないと思っていたがな。周囲の敵意を一身に受けながらもあの女は怯まずに自分を保っていた。フォーレ家の令嬢だからという理由だけでは片付かない大した器だよ」


 イルノートが素直に人を褒めるなんて相当だろう。

 僕も皆の視線を集めながら舞台の上に乱入したから気持ちはわかる……いや、あの時は正直ルイしか見えてなかったし、あの時は何やら不審者が現れたくらいの視線だったと少なからず記憶している。

 そんな僕なんかじゃ目じゃないほどの敵意を浴びて、ルフィス様はさぞかし辛かっただろうに。

 ともあれ、皆に睨まれる中でルフィス様は自分に与えられた仕事を全うしたそうだ――ゼフィリノスをエストリズ側で処罰を与えるために彼をこのまま引き渡してほしいと。

 ちなみに会合自体は気を失った僕がルイとレティ、他にもリウリアさんの付き添いで運び出された後の話だそうだ。


(……ありえない)


 確かにゼフィリノスは憎いけど、私的な感情を抜きにしたってユッグジールの里への侵略とも取れる暴挙を犯した彼をみすみす引き渡すなんて思えない。

 当然、ドナくんのお父さんにあたるドナ元四天(……確か僕とレティが殺されかけた時にいた人だ)は猛烈に拒んだらしい。

 ゼフィリノスがミッシングだと、転生者だとばらしていることもある。


「ゼフィリノスがそこらにいるようなただの貴族じゃなかったことが幸いしたとでもいうんだろうな」

「どういうこと?」

やつでもエストリズでは五指に入る大貴族様だ。帰国すれば爵位はく奪は確実だと聞いたが、はく奪する前に異国の地でむざむざ殺されたとなってはエストリズ側も黙っているわけにもいかないだろう」

「……嘘でしょ。悪いことしたのはゼフィリノスなのに、そんな無茶な話があるか」

「非はエストリズ側にあろうとも小賢しい者はそこに付け込もうと考えるだろう」

「そんなっ、自分から争いを起こそうと考える人がいるの!?」

「もしもの話だ。だが、事態を知らないエストリズの民衆が、異国であるゲイルホリーペで自国の貴族が殺されたと知ったらどう思うだろうか? ……中にはエストリズに身を置く魔族や亜人族へ憤りを向けるものも出てくるだろう。下手をすると2国間での戦争がぼっ発する可能性もある」

「……なんだよそれ……僕には理解できないよ」

「長期的な視線でエストリズとの友好関係を築くことを優先させたということだろう。もちろん、ただで引き渡すだけじゃなく里への多額の賠償金が支払われることにもなった、と聞いたが――」


 ともあれ、ゼフィリノスは帰国後になんらかの重い処罰を与えられる、ということになっているとか。

 1番の被害者はこの里の人たちだとしても、当事者じゃない僕だって納得は出来ないし鬱憤は募るばかり……いや、間接的には僕も当事者なのだろうか。

 ゼフィリノスがこんな暴挙に出たのもルイを求めてのことだろう。

 だから、ぼつり……と言葉が漏れた。


「僕が悪いのかな……」

「なぜ?」

「だって、僕がゼフィリノスの元からルイを連れだしたから……」

「馬鹿なことを言うな。正当な方法とは呼べないだろうが、お前たちはきっちりと金を払って奴隷をやめたんだ。あいつにしてみたら怨みを募らせて当然だろうが、程度がある……もう過ぎたことだ。もしや、たらればを口にしていたらきりがない」

「でも……」

「でもじゃない。では、お前はルイがあのままゼフィリノスの奴隷のままでよかったのか?」

「……それは、いやだ!」

「そういうことだ。……たとえお前が生まれ変わりだったとしても、あの時はその小さい身体でよくやったよ」

「……うん」


 話は戻る。

 中でも鬼人族の長と亜人族の長の2人が彼女の案に頷いたことが大きかった。

 続けて魔人族の長……アニスも同意し、最後まで反対を貫いていたドナくんのお父さんも仕方なくと頷くほかに無かったと聞く。


「……その……だな……」

「何?」

「鬼人族の長は言っていたんだ」

「なんて?」

「ブランザのために……これ以上里で争うことはしてはいけない、と……」

「そっか……」


 そう口にするイルノートは不思議な顔をしていた。

 照れ臭いのか悲しいのか。僕はイルノートとブランザさんの関係は彼女の手紙以外ではよく知らない。

 何を思ってそんな顔をしたのかは、僕は聞かないことにした。


 こうしてゼフィリノス一行の大半は里の人たちの怨みを浴びながらも、飛空艇に乗って連行されていったそうだ。

 なお、ゼフィリノスの奴隷たちは1回で送り切れる人数ではないため、土人形に潰されたりフラミネスママに焼き殺されたり、里で亡くなった遺体を含め、何度と船は往復して本土へと送られるらしい。

 蛇足程度だがとイルノートは付け足した。


「各地で暴れていた奴隷たちは、飼い主であるゼフィリノスに奴隷解約を宣言させてからの追放だったな」


 契約の解約……輸送中の船の中で奴隷たちに暴れられる可能性を考えてのことだそうだ。


「……ゼフィリノスがそう簡単に手放すとは思えないんだけどなあ」

「そこはまあ――」


 と、イルノートの話では、自分が拘束されることを未だ納得していないゼフィリノスに奴隷の“解約”を求めたが当然とばかりに拒んだらしい。

 だが、そこに現れたのはルフィスさんの護衛を請け負っていたスクラさんとキーワンさんだ。ラクラちゃんは会談に臨むルフィスさんの護衛として彼女の騎士であるヴァウェヴィさんと共に控えていたとか。


『ふざけるな! 俺がどれだけ大金をこいつらにつぎ込ん――っ! お前! なんでここに……ぎゃがっ、がっがっぎゃあああっ!! いだいっ! いだいぃぃっ! 指、折れっ……指ぃぃぃ!』

『……なあ、兄ちゃんよ。この前といい、男がピーピー煩さすぎんよ? この状況でお前さんがダダこねて否と言える場面だと思っとんのか? なあ、今のお前さんは素直にしっぽ振ってへらこら命乞いする場面じゃえ? なめとんのか? あ゛あ゛っ! さっさとせんと次は切り落としてもええんじゃぞ!』

『奴隷を解放したら治癒魔法で指の骨折は治してあげますよ。ただ、私は魔族さんほどの治癒力はありませんので、流石に切断された四肢を綺麗に繋げるのは無理があります。里の人たちに頼めば、もしかしたら治せる人もいるかもしれませんが……一体、今の貴方を誰が治すというんでしょうか?』

『わがっだ! わがっだから早く治してくれぇぇぇ!』


 ……というように、スクラさんはゼフィリノスの指を1本折って脅したそうだ。

 痛みに耐えかねてゼフィリノスはあっさりと承諾をし、奴隷たちを自分の契約から解約――後は騎士団の乗ってきた船に連行されて飛び立ったらしい。

 ただ、奴隷として買われた20名ほどの子供たちはこの地に残るらしい。

 戻ったところで帰る場所もなく、職にも就きにくい元奴隷の子供たちが行く宛てなんてものは、エストリズ大陸には無い……その気持ちは少しくらいだけど僕だってわかる。

 ただ、どうして子供たちが残留の意志を見せたのかとか、里の人たちが彼らを受け入れようと思ったのかって話はこの場でイルノートは話してくれなかった。


「飛び立つ飛空艇を見送る里の者たちは中々に面白い顔をしていたぞ。中でもドナと呼ばれる四天の男はな……ああ、今はもう元、か。まあ、どちらでもいい。あいつの親の仇をみすみす見逃すかのように悔しがる様な……はは。少し滑稽だったな」


 イルノートは鼻を鳴らして、わざとらしく笑うようなそぶりも見せた。

 全然楽しそうには見えなかった。


 その後、飛び立った後の飛空艇を見送り終えたところで、ようやく天人族側の居住区からも神域の間へと人々がなだれ込んできたらしい。

 だが、他の3種族と違い、天人族不在で勝手に話を進めたことに腹を立て、今までとは違った険悪な雰囲気が流れたそうだ。

 僕にとってあのエネシーラと呼ばれる人に良い印象はないが、彼らにしてみたら大切な仲間の1人だったのだろう。

 今までの経緯を全くと知らされないまま、すべてが終わった後だと知った天人族側の民衆の怒りの矛先は、残った地人であるルフィス様や子供たちへと向けられそうになり、タルナさんが庇いながらもなお襲いかかっても不思議じゃないほどに緊迫した状況になったらしい。


「宥めたのは仮面をつけた緑髪の男だ。確かあの場にはいなかった四天の1人で、レドヘイルと言っていたか?」

「レドヘイルくんのお父さんが?」

「知り合いか?」

「あ、うん。昨晩はその人たちのところで匿ってもらってた」

「なるほどな。その後――」


 今になってレドヘイルさんを含め、外にいた天人族たちが他種族よりも遅れて到着した理由は、それまで壊れた架橋を修繕していたからだ。

 ゼフィリノスの連行を急かしたのも天人族側の人数が少なかったことが理由の1つだったのかもね。


 渦中にいるはずなのに蚊帳の外に置かれたことを憤慨した天人族たちを宥めたのはレドヘイル四天だそうだ――天人族の長であるエネシーラの次席にいるのが四天だ。

 まだ四天としては未熟であり負傷していたドナくん、お父さんはご立腹中で逆に天人族を煽ってしまう。

 フラミネスちゃんは長時間の拘束で憔悴していたので――娘の代わりに前任の四天ではあるが、戦うことばかりで話し合いといったものは滅法弱いフラミネスママさん。

 ルイは気を失った僕を運ぶためにレティたちと一緒に屋敷へと飛んでいる。

 残ったのはレドヘイルくんのお父さん――お面を被ったレドヘイルさんだけが唯一身内である天人族たちと冷静に話を交わせる人だった。


 彼は僕らに見せた時みたいに流暢に話し、怒り悲しみ嘆く天人族たちを宥めると、ひとまずはと自分にこの場を預からせてほしいと話を付けたそうだ。


「他の部族に重傷者が出なかったことが幸いしたな。また、ここで死んだ2人に親族がいたら話は違っていたのかもしれない。幸か不幸か長であるエネシーラは長年独り身で家族を持とうとはしなかった。もう1人には妹がいたが、彼女はこの件については目を瞑ると言っていた」


 その理由として彼女の兄という人が僕らと同じ前世の記憶を持った転生者――ミッシングであることが判明したからだそうだ。

 詳しくはわからないけど、その妹さんという人は「……本当は兄だった。では、両親はなぜ死ななければいけなかったのか?」とドナ元四天を見て口にしていたそうだ。

 それ以降、ドナくんのお父さんは口を閉じ、天人族を煽動することなく、静観に徹したことも幸いしたそうだ。

 また、天人族たちを宥められたのはレドヘイルさん1人の力だけではなく、彼の息子であるレドヘイルくんのお兄さんも一役買っていたとか。


「……彼は抗魔病だったそうだな」

「うん。匿ってもらった時に僕が治療したんだ。驚いたよ。抗魔病って名前も知らなかったメイド時代に、ルイが1度かかってた病気だしね。あんなのに何年も苦しんでたんだって」

「ああ、聞いた。……お前にしたらただ魔力を流したことが、里に住む天人族たちの焚き付いた憤怒の火を弱めたんだ」


 そう語るイルノートは窓の外へと顔を向けていた。

 日が出るのはもうすぐのことだけど、世界から青色はすっかりと消えて、白く滲んでいた。

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