第190話 加勢
「……ベレクト!?」
「おっす! ぎりぎり間に合ったな!」
ユクリアが放った必殺の剣技を防いでくれたのは、いつもの子供の姿とは違って大人になったベレクトだった。
受け止めるの精一杯だったユクリアの高速の一撃は、今は彼の魔道器である昆で受け止めている。彼は昆で押し返し、ユクリアを後方へと後退らせた。
その後こちらへと振り返り、ベレクトはにっこりと牙みたいな八重歯を見せて笑って片手を上げてくる。
「どうして、ここに?」
「どうしてってシズクを追いかけてきたに決まってるぞ! おれも1人で旅に出たんだ!」
「なんっすかもー! 鬼人族くん邪魔しないでほしいっすよー!」
先ほどまでの笑みはユクリアから消えて、目を細めて割り込んできたベレクトへと睨みを付ける。
その後の僕は硬直から解放されて、その場で膝をつきそうになったけど、直ぐに足に力を入れて踏ん張る。
助かった。ありがとう……の言葉はまた後で。
「……ベレクト! 一緒にこいつの相手をしてもらってもいい!?」
「副団長と? おれが戦っていいのか?」
「え、副団長って何?」
うん、とベレクトは頷き、今までゼフィリノスの一団に混じっていたことを端的に教えてくれた。
「なあ、おれ1人でやらしてくれないか?」
「1人でって、あいつ強いよ?」
「だんぜん燃える! なおさら1人で戦わせてくれって頼みたい!」
「う、ベレクトがいいならいいけど、大丈夫?」
「おれに任せろ!」
「そういうなら、じゃあ……ベレクトに任せるよ」
ベレクトがそれでいいなら構わないけど……彼の強さは僕自身がよく知っている。
上空で見た3隻の飛空艇のことを考えれば、ユクリアのことは彼に任せるのが得策か。
「じゃ、副団長悪いけど、シズクに頼まれたからおれが代わりに相手するな!」
「……もしかして、橋の前で鬼人族と戦ってたのって君っすか?」
「おう、さっきまで戦ってたぞ!」
「そうっすかそうっすか。じゃ、副団長命令っす。“俺の邪魔をするな”」
「……邪魔なのか?」
「邪魔なのかって……あんた、奴隷じゃないの?」
「奴隷? 奴隷ってなんだ?」
彼らのやり取りを聞きながら僕は直ぐに飛び跳ねてゼフィリノスのもとへ向かう。
途中、ユクリアが話ながら僕へと攻撃を仕掛けてきたけど、そこはリコに守られ、ベレクトが止めてくれたりでどうにか先に進むことが出来た。
「ちょっと、鬼人族くん! 邪魔しないでほしいっす!」
「シズクに任されたからな! おれが相手するって!」
「ちっ……仕方ないっすねえ」
彼との間合いを抜けた後はリコの足を借りて大ジャンプ。世界樹のてっぺんに届くかといったくらい高く跳んで周囲の様子を確認する。
今、アニスたち3人は土で出来た巨人と防戦中らしい。そこに鉄の鳥に乗ったレティも混ざって攻撃をしてる感じかな。
巨人の身体はあちらこちらに無数の剣が刺さってたり、体のあちこちが凹んでいたり抉れてはいるけど、ぴんぴんとしている。
巨人の後ろにはいくつかの兵に守られながら、ゼフィリノスが僕を睨み付けてくる。
早くこいつを捕まえて直ぐにベレクトの援護にいかないと。
それに……ユッグジールの里西側を見つめて直ぐに目線を下――着陸していた船が、空を飛びだした。
「レティぃぃぃ!」
「シズク! ……ちょっと!?」
「いいから!」
さっきからぐるぐると巨人の周りを飛び回るレティへと声を掛ける。
ゆっくりと降下しはじめかけた僕をレティの乗る鉄鳥に回収してもらい、鳥の上で彼女の身体にしがみ付くように抱き付き、耳打ちをする。
「レティ……ユクリアが、さっきのオレンジ頭が親プレイヤーの駒で、さらに王らしいよ」
「……本当に?」
「本人はそう言ってた。今はどこからか現れたベレクトが相手してくれてる」
「あのエロ鬼人が!? ……わかった。なら、早くあいつを捕まえてベレクトの援護に行かないと」
「……うん」
時間がない。
ベレクトは強いけど、同じくらいユクリアも強く感じた。
彼には任せるなんて言ったけど、無駄に危険を負わせる必要はない。
その為にも今は僕たちの仕事を終わらせるんだ。
「さっきから4人で仕掛けてるけど一向にらちが明かないわ……」
「聞かなくてもわかるよ。あれはめんどうだね」
「ええ、アニスたちが火で炙ったり水をかけたり、わたしはわたしで風で殴っても斬っても全然ダメージ与えてられてないわ……試しにそこらの鉄で練成した剣で串刺しても意味なんてなかったわ。どうやって倒そうかしら」
「うー「リコが殴る?」……だめじゃない?」
リコのパンチで吹き飛ばせるほど脆いやつでもないでしょう。
空から見てたけど、とても大きなやつだ。
これが平時であったらデカイ! かっこいい! って見蕩れてるんだけどな。
「こういうのは直接命令してる相手を抑えた方が早くない?」
「……それもそうね」
巨人の周りをぐるぐる回って撹乱し、背後に回り込んだところで2人でさっと鳥から飛び降り敵陣のど真ん中へと着地する。
隙を付けたらしく、そのままリコの腕が周りの兵士たちを殴っては吹き飛ばした。
後はもうゼフィリノスと僕ら3人、そして背を向けたままの大きな巨人だ。
「この、人外が! ちょこまかと動きやがってゴキブリ野郎! さっさとつぶれろ!」
「ふわっ!」
もう少しで手が届く距離まで来れたというのに、攻撃に移る前に周りの奴隷たちが壁になって僕らの攻撃を防いでしまう。僕らへと後先考えずに数名で跳び掛かってくるんだ。
せっかく散らした兵の壁も直ぐに修繕され、もたもたしてると巨人が戻ってきて攻撃してしまう――ゼフィリノスが杖を掲げると、土の巨人はぐるりと反転しては僕らに向かってきた。
「くそ、あと少しだったのに!」
レティを抱きかかえて、また後退とばかりに大きくジャンプ。
鬼気迫るっていうか、酷使されている奴隷たちにはなるべく攻撃はしたくない。
巨人はすぐそこにいて、ものの数秒で僕らにたどり着くだろう。あまり時間をかけてはいられない。僕らには色々と時間がない。
「失敗ね……あ、そうだ。これならいけるんじゃない?」
「すっかり忘れてた。これがあったね。いけるかな?」
「大丈夫だと思う。一応、試射は前も何度かしたし、わたしに任せて」
「わかった。それで行こうか」
あーあ、とんだ一苦労だ。やっぱり、先に
じゃあ任せたって言うと、レティがにっこりとイジワルそうに微笑んで僕の手を掴む。
僕も同じ様に笑った。レティに合わせてうんと頷いで言葉を紡ぐ。
「……出ろ」
僕の“言葉”を鍵に、薬指に嵌っている指輪から銃を取りだす。サイトウさんから貰った拳銃だ。
僕はレティを抱えているから、拳銃は彼女に手に取ってもらった。
レティはシリンダーを開けて中から弾を1つ取りだす。
そして、目を閉じて魔力を込めて装填――頷き合い、また巨人の後方に降り立ってレティを降ろし身を添えて支える。
レティが銃を構え、僕らへと向かってくる巨人へと銃口を向ける。
「シズク!」
レティが僕の名前を呼んだ。
「魔法の説明は――いらないわね」
「うん。レティの思うようにやっちゃって」
「ありがと。じゃ……大きすぎるのも、問題よ!」
狙いを取る必要は殆ど無く、レティは躊躇いもなく引き金を引いた。
熱風が僕らへと振りかかる。銃口を向けた先に発射されだ弾丸は瞬きをする間もなく、土の巨人の膝に着弾――橙色の光を放って爆発する。
「ナイスショット」
「あれで外したらカッコつかないわ」
打ち込んだ弾丸を内部で爆発させる、というのがレティの案かな?
想像通りに成功したようだ。片足を失った巨人は自重に負けて斜めに倒れたのち、地面に激突してその身を崩した。巻き上がる粉塵に視界を奪われる。
殴ってぶつけても崩れなかったのに、倒れて崩れるってどういうことかわからなかったけど、今はいいか。
急かすようにレティが遮る粉塵を風魔法で薙ぎ払って視界を広げる。
晴れた先、無数の兵士たちの後ろに悔しそうに奥歯を噛みしめているゼフィリノスがいた。
「くっ、いいだろう! 今日のところは俺の負けにしてやる!」
「今日どころか明日があると思ってるのかしら?」
「俺にはあるんだよ!」
兵士たちの群れの奥でゼフィリノスが悔し紛れだとはわかるのに、勝ち誇ったような笑みを浮かべたのが見える。
……この状況でのその笑みが意味することは。
理解する前に、僕らへと影が落ちる。
僕もレティも同時に空を見上げて声を上げた。
「……これはさっき西側に降りた船……?」
「何、新手?」
上空から眺めていた時、3隻の飛空船が魔人族側の西門の方に降り立っていたのは視認していた。
あれが来る前にどうにかしなきゃって思ってたのに、間に合わなかったか。
「俺は諦めねえ……何度だってルイを迎えに来てやる!」
飛空艇は、僕らの上をゆっくりと旋回した後に、ゼフィリノスの方へと着陸をし始めた。
◎
3隻の飛空艇は神域の間を囲う水堀に着水し、直ぐに乗員たちが橋を架けて上陸を始めた。
僕らはゼフィリノスを取り押さえようと必死に前に出ようとするけど、彼を守る奴隷たちが身を張って邪魔をしてくる。
奴隷である彼らを殺すのは簡単だった。
しなかったのは……いや、できなかったのは少なからず彼らに同情をしてしまったからだ。
苦痛に顔を歪め、悲鳴を上げて向かってくる奴隷たちは以前の僕以上に酷いものだった。僕が以前受けていた契約の縛りと彼らの縛りとでは強制力が全くと違う。
悲鳴を上げ身体を震わるほど怯え、中には粗相をし、白目を剥き、泡を噴き、気絶をしているんじゃないかと思える人もいる。
様々な反応を見せるが、一貫して彼ら奴隷たちは止まることを知らずに僕らへと向かってきた。
「お願い……ごろ……殺じで……」
「うっ……」
腕が折れても向かってくるその男の懇願に思わずうめき声を上げた。
いっそ殺して楽にしてやるべきだったのだろうか。
契約に蝕まれた今の彼らの痛々しい姿は生き地獄そのものだ。
彼らがどんな経緯で奴隷になったのかはわからない。
身売りとして家族から捨てられたのかもしれない。人攫いによって奴隷になったのかもしれない。借金を重ねて自業自得な人もいるかもしれない……かもしれないかもしれないかもしれない――たとえ、どんな理由で奴隷に身を落としたとしても、その痛みを知る僕だからこそ彼らを殺すのは気が引けてしまって、最後の1歩が踏め出せずにいた。
「……くそっ!」
ただ、その1歩はいつだって踏み出せた。
今は同情と言い訳する臆病な僕が最後の一線を踏み出せずにいるだけだ。
でも……いつまでも足踏みをしている時間は僕にはない。
あそこまでルイに執着するゼフィリノスをここで逃した場合、次が来ることは容易に想像がつく。そして、今度の襲撃は今回の否じゃないものになるはずだ。多分、僕が想像する以上に酷い事態がルイに、この里に襲いかかってくる。
そんなこと許せるはずがない――だから、仕方ないじゃないか。
「死にたいならもう動くな! 吹き飛べっ……シズクっ!?」
「……レティ、あいつが船に乗り込んだら……撃つよ」
「……そう……わかった!」
……仕方ないじゃないか。
「運が悪かったんだ……」
ゼフィリノスに買われたことでこんな場所に来てしまった人たちが死ぬのはきっと運が悪かっただけだ。
レティから返してもらった拳銃を手に取り、シリンダーを開く。
弾丸に魔力を注ぎ込み装填――込めたのは水魔法だ。
着弾したその一帯を一気に凍らせる命令を弾丸へと込めた。
その規模は……魔力を込めた僕ですら判断はつかないけど、あいつが乗り込もうとする船体をまるまる氷塊に出来るだろう。
「ひゃはははっ! あばよ! 俺は何度だって――」
ゼフィリノスが船へと駆け寄り、広間へと架けられた橋へと足を運んだところで僕は拳銃を構える。射線上の敵は言わずともレティが風魔法で吹き飛ばしてくれた。
レティと同じく狙う必要はなかった。大きな船のどこかしらに当たればいいし、バレルが曲がっていない限り、また自分でしない限り、外れることは……無い。
万が一外れたとしてももう1度同じ工程を繰り返せばいいだけだ。
チャンスは乗り込み、空へと浮上する間の時間を考えると3回くらいはやり直せる。
もちろん、1発で仕留めてやる。
外す気なんてさらさら無いとトリガーに指をかけて――ん?
「……おい、邪魔するな! 俺を、乗せろ!」
銃口の先にいるゼフィリノスがどうしてか狼狽えだしている。
……あれ、と僕は掲げた拳銃を降ろした。
ゼフィリノスは船に乗り込む直前になって架橋の上で立ち尽くし、前から来た武装した人たちによって押し返されていた。
ついには広場へと逆戻り。船の乗組員――ピカピカの白銀の鎧を身に付けた屈強な兵隊たちに無理やり地面に押し付けられていた。
「なっ、放せ! 俺を誰だと思ってる! 王立飛行騎士団のゼフィリノス・グラフェイン団長だぞ!」
「ええ、ご存知ですわ。そして、今はただの犯罪者でしかないことも……私は存じております」
「犯罪者だと! 誰がそんなことを……なっ!」
そして、武装した男たちの最後に姿を見せたのは、煌びやかな衣装を着飾った女性……眉を寄せてゼフィリノスを睨み付けるルフィス・フォーレ様だった。
「ルフィス……さん?」
「何よ。あの人、こんなタイミングで戻ってきて……じゃあ、周りの人たちは?」
「知らない……けど」
言えるのは彼らは敵じゃなさそうってことかな。
武装した男たちはその後も船からぞろぞろと降りてきて、神域の間へと部隊を展開。1人の号令と共に僕らではなくゼフィリノスの奴隷たちを取り押さえ始めた。
少なくともゼフィリノスの援軍って線はないだろう。
それに、彼らの背後にはルフィス様がいる。おまけって言う訳じゃないけど、ルフィス様の護衛であるヴァウェヴィさんもそばに控えている。
ここからでは話は聞こえないが、視線の位置は違えど2人は何やら話している様子が伺える。
また、北の鬼人族領や西の魔人族領からも住民たちがこぞって神域の間に姿を見せ始めていた。
隅へと避難し拘束されたままだった天人族たちを介抱したり、周りに倒れていたり孤立しているゼフィリノスの兵たちを捕まえようと動き出している。
「見て、船の上からフィディさんとリターが手を振ってる……え、タルナさん?」
「タルナさん? あ、本当だ」
両手を使って手を振るフィディさんとリターさんの隣には、アルガラグアの長であるタルナさんが並んでいた。
ちなみに、この1か月で馴染みとなった2人は僕らじゃなくてアニスへと手を振り、掛け声を上げているようだ。
タルナさんだけはこちらに気が付き、笑って手を振っているのが見え……直ぐに鬼のような形相に変わった。
ひえっ、て僕もレティも思わず抱きついてしまうほど驚いた。
え、何か怒らせることしたかな……って、どうやらタルナさんは僕らとは違うところを見ているようだ。
ほっと一安心。じゃあ何を見ているのかってタルナさんの視線の先を追うと、未だユクリアと激しい激闘を繰り広げているベレクトにたどり着いた。
「……納得。あれ、怒ってるわね」
「だね。その後の展開が手に取るようにわかるね」
「みゅ~……」
また彼の頭に拳骨が落ちるんだろうなあ。
まったく、ベレクトのやつ。今度は何を怒らせたんだろう……あ、すっかり忘れてた。早くベレクトを援護しに行かないと!
「レティ! 僕をベレクトのところに送って!」
「え、あ、うん! わかった!」
ゼフィリノスに関してはもう後ろの人たちに任せて、鉄鳥に乗って僕らはベレクトとユクリアへと向けて即座に飛び立つ。
「先行くね!」
「おい!?」
ものの数秒で駆けつけ、操作するレティを残して僕だけがお先に2人に向かって鳥から飛び降りる。
ユクリアとベレクトが衝突し、互いの獲物を叩き合わせ、そして、同時に後方に引いた丁度いい場面だった。
「ベレクト! 手助けに来たよ!」
「おー、シズク! 副団長は強くて楽しいぞ! 今まで戦ったやつらの中でもぴかいちだ! だから助太刀結構! このままおれ1人でもっとやらせて――」
「タルナさん来てるよ。ほら、あっち」
「ふぐっ! ぎゃっ、本当だ! ……仕方なし! じゃあ、早めに終わらせておれはオフクロのところにいかないと!」
渋々とベレクトには承諾してもらい参戦の許可を得た。もちろん、恨まれようとも無理やり参加したけどね。
ベレクトと横並びで僕も剣を抜いて構えを取る。
2人がかり、リコを含めて3人がかり、おまけに「ちょっと、わたしを置いていくな!」とレティまでもが空から降りてきて4人がかりになった。
4つの視線を受けてユクリアは苦笑して肩をすくめた。
「ひぃ……これは絶体絶命っすねぇ……んー……はい、降参! 降参っす!」
「ええー! まだおれは遊び……戦い足りないぞ! もっとやろうぜ!」
「いやあ流石に3人は無理っすよー!」
……などと、こちらとしては死ぬ気で挑もうとしていたのに、呆気ない幕引きだった。
「ほら、お縄お縄。早く縛ってくださいっす」
「ちぇ……これも全部オフクロのせいだぁ……」
ユクリアは初めて出会ったグリー森の時みたいに剣を放り投げて両手を上げて降伏する。
続けて五体投地とばかりに地面に伏せ、額をぐりぐりとこすりつけて背中に手を回す彼に止めを刺すのは、卑怯でも構わないと言った僕ですら出来やしない。
「ともあれ、これで終わりかな」
そう言って僕は身体に纏っていたリコを解いた。
みゅう! と元気に獅子の姿でリコが僕の身体から出て、鼻先を僕の手にこすりつけてくる。僕もよくやってくれたねと喉元を撫でて労う。
そしてようやくだ。
ユクリアのことはベレクトに任せて、僕ら3人はようやくとルイの元へと向かって歩き出した。
「そうね……後味の悪さが残るけどこれで終わりでいいでしょ。こいつはこいつで誰かが捌いてくれるでしょうし……」
「駒云々の話はしないといけないけど、今はもう終わりにしたいよ……」
「ま、わたしたちはこれからが本番ってところだけどね」
「だね……周りは敵だらけと思ってもいい。ここからルイを奪ってどうやって逃げ――……っ!」
「みゅみゅっ!」
やっと終わった荒事に気を抜く暇も与えないと言わんばかりに、うすら寒い冷気に肌を撫でられ口を閉ざす。
僕もレティも思わず足を止めて、強張った顔を前へと向けた。
「……なんでよ。どうしてこれで終わりにしてくれないのよ!」
「…………イルノート!」
冷気の出所は直ぐに目についた。僕らのゴールである舞台の上で、そこには3人の天人族たちが立ち尽くしていた。
ひとりはリウリアさん。ひとりはイルノート。そして、最後にイルノートにしな垂れるようにルイが立っている。
舞台からある程度離れているというのに、ひしひしと何かが凍る音が聞こえてくる。実際に凍っているのか、ルイの周りには白い冷気が湯気の様に漂っていた。
冷気によるものだとは思うけど、ルイから漂ってくる何かに、背筋がぞっと震えた。冷や汗をかかせるほどの尋常じゃない雰囲気を感じさせる。そう感じさせるのは、何もルイから白い冷気が漂っているからだけじゃない。
問題は冷気の出所である魔道器、氷絶のつるぎをルイが握っていることだ。
「……なんでだよ、イルノート」
もうほとんど解決したっていうのに、今になってその武器を出すということがどういうことか、僕には理解できなかった。
「フラミネスちゃん! ドナくん!」
「みゅみゅ!」
凍り付く舞台から、フラミネスちゃんが自分よりも大きなドナくんを背負い、引きずりながらこちらへと向かってくる。ルイから逃げるようにフラミネスちゃんの顔は泣き顔を見せている。
レティとリコがその2人に駆け始める中、僕だけが動けずに舞台の上へと顔を向け続けていた。
「……守ってくれるんじゃなかったの?」
囁く様な小声に合わせたかのように、僕を見るイルノートが小さく頷いたように思えた。
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