第189話 神域の間での戦い

「むぅ、厄介だな。敵ながら勇ましくも、哀れだ……」

「うざったいやつらだ! その胆力だけはうちのガキどもにも見習わせてえよ!」

「己が身を粉にしてまで主を守り通そうとするその忠誠心には感服するよ――虚栄の王に仕える君たちには同情すらしてしまう」


 狼狽え、怯え、戸惑いながらも長である僕らに地人たちは果敢にも挑んでくる。

 巨漢である亜人、鬼人の両名がゼフィリノスの兵たち相手に猛威を振るってはいるが、まったくと前に進むことが出来ずにいる。


「どんなに蹴散らしたところで彼らは立ち上がって向かってくる――恐れ入ったよ。魔力を持たない力無きものたちよ」


 先ほどまで魔法が抑止されている状態でないのがせめてもの救いだが、別のこの状況に僕は苦笑せざる負えない。


「まったく……殺しにかかってくる相手にとはね――これで返り討ちにあったとなれば僕らは一生の笑いものだぞ?」


 そう、今僕らは侵略してきた相手に加減をしながら戦っている。

 理由は《おい、魔人族の長。地人たちであろうとなるべく殺さないでくれ》と鬼人の長に命令――いや、頼まれたからだ。

 これが先ほど聞かされた神託オラクルと呼ばれる魔法だといういうことも同時に告げられた。

 直接話せばいいものを――え、こんなこと話したくないだって? はははっ……はいはい、笑ってる暇なんてないか。


《別に強制じゃねえ……長じゃなく俺個人が勝手に決めたことだ。あいつブランザが心血を注いだこの里でこれ以上の人死には出したくねえんだよ》

「おやおや、普段の鬼人の長の発言とは思えないね――日頃より自ら他者を煽るような言動で火種をまき散らしてばかりだというのに人を殺すなとな?」

「……う、うるせえな! 俺は思ったことは直ぐに口出さねえと気持ち悪いんだ! だいたい兄者が死んだから仕方なく長を引き継いだが、俺は元々上に立つようなやつじゃねえんだよ!」

「そうそう、最初っから口で言えば良いというものの。そのオラクルって魔法は頭がずきずきして僕には辛いよ」

「黙れ黙れ! 人がせっかく気を利かせてやったっていうのに何て言い草だ! やっぱり俺はお前みたいな若造は気に入らねえ!」

「口論は終わった後でだ! 大物が来るぞ! 2人とも気を引き締めよ!」


 僕らのやり取りに亜人の長が割って入ってくる。言われなくてもわかるさ。

 視線の先には今まで棒立ちだったゴーレムがゆっくりとこちらに向かって動き出したのだ。


「ちっ……『豊饒の大地より集いし意思、我が掛け声に従い蜂起せよ【ディグロック】』!」


 忌々しそうに巨人を見つめて鬼人の長が呪文を唱えた――地面から大きな岩玉を生み出す。そして、前進してくる巨大ゴーレムに向かって――うめき声を上げながら

 まったく、魔法の力を使っているはいえ自分よりも大きな岩石を持ち上げる馬鹿力には舌を巻くよ。


「どう、だぁぁぁぁっ! ……ちぃっ、そんなのありかよ!」


 しかし、巨大ゴーレムに岩石が当たっても微かによろけるだけだ。

 若干ヘコミが出来たのだが、足取りは止まらないところを見ると無傷と言って差しさわりはなさそうだ。

 ……ただ。


「な、落ちて! ぎゃぁっ、げごっ!」

「ひっ、ひぃぃぃ、あばっ!!」


 ゴーレムに弾かれた岩石の落下地点にした不運な敵兵数名が圧死した。

 「あ」とも「え」とも言えぬ声が鬼人の長の口から洩れる。


「……俺はなるべくって言った」

「ああ、なるべくだな。今のは仕方あるまい」

「ここまで大ごとになって、死傷者を出さないって方が元より無理な話さ――ま、僕もなるべく殺さないよう励むよ」


 その後、僕ら3人は巨大ゴーレムに向かっていくものの、足元でちょこまかと他の兵たちを含めて掻き乱す程度にしかできない。


(まったく、鬼人の長には困ったものだ。周囲に与える被害を考えなければこんなデカブツ僕1人だけでも十分なんだけどね)


 3人がかりで巨大ゴーレムを足止めするのが精一杯――予見通り、空より舞い降りてきた我が同朋であるシズクの為に、敵の戦力をなるべくこちらに惹きつけたいとは思うのだがね。

 ゼフィリノスを含めて後のことは彼任せになりかねない。

 しかも、1番危険視していたユクリアはシズクの方へと向かっている。

 せめてユクリアもこちらに向かってくれればと思うが、彼は完全にシズクを獲物として捉えている様だ……。


「不甲斐ないな……」

「あ? なんか言ったか?」

「いや、なんでもない――」

「しゃきっとしろ! よそ見してる場合じゃねえぞ!」

「……ふむ、そうだな」


 弱気を吐いたところを聞かれてしまったような。

 肝心な部分は聞かれずに済んだのが幸いだろう――が、後々のことを考えると、この発言が後の弱みになってしまわないだろうか――。


「……俺も同じだよ」

「……何か、言ったかい?」

「なんでもねえよ」


 ……思わず苦笑してしまう。

 僕も彼と同じく、鬼人の長の呟きは聞こえなかったふりをした。





 奴隷市場にいた時からルイの方が僕よりも背が高かった。

 外に出てから月日を重ね、ようやく追いついてきたって思ったのに、ルイは目を放すと直ぐに先に行く。


「ルイ!」


 抱き寄せたルイはまたも僕を抜いて大きくなってた。これが少し悔しい。

 でも仕方ないことだ。

 ルイはあの日から3年ほどの月日が経っていて、僕はトーキョーでの日々を含めて1年にも満たない月日しか経っていなくて……2年以上の成長の差って言われたら諦めて認めるしかなかった。


「ルイ! ……ルイ……」


 抱きしめるルイはずっと歌いっぱなしで僕を見ようともしてくれない。

 先ほどから歌い続けているこの歌は、レティが――彼女が好きだった歌だとは直ぐに気が付いた。

 どうして、ルイがこの曲を知ってるんだろう……色々と思うことはあったけど、そんな疑問は些細なことだった。


「ねえ、ルイったら……」

「……?」


 何度か声を掛け続けていると、少しの間を開けてから、やっとまともに僕を見てくれた。


「…………君は、昨日の?」

「う、うん。僕だよ。シズク!」

「シズ……!」


 でも、目を合わせたのはその呆けた一瞬で、直ぐにルイは僕から顔を背ける。

 顔を背けつつも向けられた右目は僕を恐れているようにも見えた。


「……ルイ」

「……!」


 僕はまたもルイの名を口にする。ルイは身体をびくりと震わせる。

 ルイにしたら知らない男に抱きつかれているようなもんだ。

 名前を呼んだだけで怯えるその反応は、僕の記憶がないからとしてもとても悲しい。たまらなく辛い。

 ……今のルイには僕の言葉は届くことはないのだろう。

 決まっていなかったレティとの約束はまだ果たせそうにない。


「……怖がらせてごめんね。僕、いかなきゃ……」


 出来ればもっとルイを抱きしめていたかったけど、には時間がない。

 空で見た3隻の飛空艇は刻一刻とこの場に近づいてきているはずだ。


「……シズク」

「あ……リウリアさん。ルイのこと……よろしくお願いします……」

「かしこまりました……」


 舞台へと上がってきたリウリアさんにルイを任せる。ルイは僕から逃れるようにリウリアさんへと駆け寄って抱きつく。

 その後、僕が舞台を降りたのと同時に上がったイルノートに、リウリアさん以上にルイは喜ぶ。即座にルイはイルノートに駆け寄って抱きつき、彼の身体から半分顔を隠したルイの右目だけが覗き込むように僕を睨み付けてくる。

 ルイの右目は僕を睨み付けて何度も瞬きを繰り返している。とても悲しい気持ちになる視線だった。


(……いいんだ。ルイを守るためだもん)


 僕は踵を返して、今回の元凶へと顔を向ける。

 今は早くあいつを捕まえないと。


「……お前ら俺を守れ! それと救援要請だ! さっさと別の船を呼べ!」


 後方へと逃げながらゼフィリノスは大声を上げて周りの人たちに指示を出している。

 彼の指示を受けて今まで脇に移動していた人たちが一斉にゼフィリノスの元へ駆けつけていく。

 どの人たちも顔は悲痛に歪み真っ青だった。中には頭を抱えて蹲る人も出てくる。


(まるで痛みに耐えてるような……ああ、命令か。確か、ここの人たちみんな奴隷だっけ)


 彼らの姿は契約に縛られた昔の自分のようだ。

 痛みに耐えながらもゼフィリノスの元へと兵士たちが集まり、人の壁を作り出し始める合間に、1人の青年が入れ替わるようにこちらへと向かってきた。

 苦しそうな兵士たちとは真逆に、ニコニコと笑顔を浮かべたオレンジの髪が特に目立つ青年だった。


「あいつ、危ないわ。人を殺すことにまったくと躊躇しないやつよ」


 鉄扇で生み出した暴風を操り、こちらに向かってきた数人の兵士たちを吹き飛ばしながらレティが注意してくる。

 そんな危険な奴がいるんだ……。


「……わかった。僕が行くよ。レティは――」

「下がれなんて言わないでよね。2人でやるわよ……まさか、卑怯なんて言わないわよね?」

「卑怯とは言わないけど、危ないから下がってっていうのは言わせてよ」

「はあ? それこそ聞けないわ。下がったわたしは何しろって言うのよ」


 何しろってルイたちと一緒にいて欲しいって思うけど……じゃあ。


「あの巨人を抑えてよ」

「はあ!? わたしにあんな馬鹿でかいやつ相手にしろって言うの!」

「トーキョーで見た不審船よりはましでしょ? あれに比べたらちょーっと動けるだけの木偶の棒じゃん」

「それはそうだけど……けど、あんな危ないやつをシズクだけに任せられないわ!」

「適材適所だよ」


 僕よりも風魔法の扱いがうまいレティの方が大きなゴーレム相手に有効かもしれないし、魔法が使える今の状況なら任せて大丈夫だと思う。

 何より、命の無い相手だし……文句じみたことは言ったけど、実際レティにあの男の人と戦わせるのは嫌だった。

 もしもの手違いなんかでレティに人殺しをさせたくない。


「……わかったわ。でも、死んじゃいやだからね」

「死なないよ。レティこそヘマしないでよ。あんな大きいだけの奴に殺されたら、僕許さないから」

「……ふん」


 不機嫌そうにルイたちの近くに止めていた鉄鳥を呼び起こし、さっと背に乗ってレティはぶつくさと言いながら空を飛んで行った。

 じゃあ、僕はとこちらに向かってくる青年へと顔を向け……あれ? と、この状況下でニコニコ面の青年を見つめて、首を傾げる。


(……あのオレンジ頭の彼、見覚えのある。そういえば、さっきの放送中に――)


「はえ……すごいっすねえ。あんな鉄の鳥が飛んだり、身体から炎の手足を出したり、本物の魔法は違うっすよ」

「もしかして……ユクリア?」

「はーい、シズクちゃん……っすよね? いやぁ、本当に男だったっすねー! なかなか、カッコいい顔してるじゃないっすか!」

「あ、ああ……僕、だけど、なんで、なんでユクリアがここに?」


 飄々としてつかみどころのない笑顔、目立つオレンジ頭の青年……5年前よりも全体的に成長し、すっと細くなったけど間違いない。

 以前、同じ屋敷で一緒に働いていたユクリア・ヘンドだ。


「通さないっすよー。団長命令っすからね。俺の役目は鎮圧と団長の護衛っす。あとユクリアって名前は偽名だったんで、呼ばないでほしいっす」

「……ユ、ユクリア、邪魔しないでよ。僕が用があるのはゼフィリノスだけだ! 君とは戦いたくない!」

「だーかーら……ユクリアって――」


 ユクリアがさっきよりも口角を上げて薄らと笑う。

 以前屋敷で共に生活をしていた時に何度も見た笑みだ――毒気の抜かれるような笑顔は以前から変わらないことや、以前の同僚であることでつい気を抜いてしまった。


「――呼ばないでほしいっす!」

「……!」


 彼の斬撃は目を見張るもの……いや、実のところ目で追えないだった。

 乱暴に振り下ろすだけの僕の剣とは違って、綺麗な線を描いて斬ることを徹底した剣技と呼ばれるものだ。

 彼の洗礼された挙動に僕はまったくと反応できず、振りかざすその鈍い銀色の残像を目で追うのもギリギリという感じで、呆然としたまま突っ立ったまま――。

 僕は今、気が付かないうちに死んでいた。


「……あら、防がれちゃったっすね? 魔法が使える君には出来ればこれで済ませたかったっすけど、流石っすね」

「……な、なっ!」


 死ななかったのはリコのおかげ――今僕の左側にはリコの腕に止められた直刃の剣がある。

 リコの腕が彼の斬撃を受け止めてくれなかったら今頃僕の首は飛んでいた。

 目を閉じてる暇もない長い一瞬にユクリアは僕との間を詰めてきて、凶刃を煌かせたんだ。


(何……この速さ。こんなの、アルガラグアで出会った鬼人族のベレクトみたいじゃないか……)


 ユクリアはリコの腕に驚きつつも嬉しそうな顔をして後方へと距離を取る。

 後ろに下がる瞬間は普通の人のそれだった。僕も戸惑ってその場でたたらを踏みながら後ろに下がってしまう。


「すごいっすね! 普通は今ので終わりなのに……やっぱりその外見は見掛け倒しってわけじゃないっすよね」

「なんで……ユクリア……君こそ、その動きは……普通の人じゃないの?」

「企業秘密っす!」

「……くっ!」


 続くユクリアの突撃と斬撃には遅れながらも対応した。

 僕も彼の速度に合わせるために雷の瞬動魔法で速めるけど、一手一手と遅れているのがわかる。僕が振り被る頃にはユクリアは一線を放っている。僕が振り下ろす時にはユクリアは簡単にいなして次の攻撃へと移る。

 しかし不思議だ。

 一刀目は見えないのに、二刀目以降はどうにか目で追える。遅れての対処でも対応できるけど、初手の早さだけが尋常じゃない。

 初手の攻撃を防げているのは全部リコのおかげだ。ぐるる、と僕の頭の腕唸り声を上げている。


「あの時よりも動きにキレが出てるっすよ! お屋敷時代での庭園でのおゆうぎは俺も陰から見てたっす。いやあ、まさかシズクちゃんが魔法が使えるなんて思いもしなかったっすよ!」

「見て、た!? ……あれを、見てた、のっ!」

「そりゃ……もうっ!」

「く、そっ!」


 キン――と音を立てて僕はユクリアの斬撃を遅れながらに抜いた剣で弾く。

 強化した腕力で弾き返したことで僅かにのけぞった隙をつき、リコの腕が大振りでユクリアがいた場所を殴るけど、彼は姿を消すかのようにさっと高速で後ろに飛びのいていた。


(やっぱり変だ……さっきとは違って後ろに移動する速度が違う)


 速すぎる。普通の人間にはまず出せない高速での移動……これは僕らが使う雷の瞬動魔法での動きだ。


「もしかして……ベレクトも魔法が使えるの?」

「ふう、そうっすね。使えるっちゃあ使えるっすけど、そんな火や水をぽんぽん出せはしない……ま、いいか、教えても。俺が出来るのは――」

「……くっ!」


 またも雷の瞬動魔法みたいに一瞬でユクリアは間を詰めてくる。

 見えない初撃を一手目をどうにか防ぎ、続く四方から流されてくる銀の軌跡に僕の剣とリコの腕で受け止めて押し合いが始まる。

 力だけならリコを抜きにしても強化した僕に分があるようだ。

 押し負けることは無かったけど、いつ後ろに引かれるかそれとも自分が引くかの判断が僕にはつかない。


「身体の動きを速くする魔法と、この目だけっす」


 目?

 近距離での鍔迫り合いの最中に、ユクリアはぱちんと瞬きを僕へと送ってくる。


「じゃあ、呪文は?」

「呪文? ……そうっすね。種明かしっていうのも……ま、昔のよしみってことで……シズクちゃん。実は俺、元々この世界の人間じゃないっすよ」

「え?」


 と、突然のカミングアウトに動揺してしまう。


「ユクリア、も転生者なの?」


 つい力が抜けて押し返されそうになるが、直ぐに踏ん張った。


「だからユクリアって呼ばないでって……ん? なに“も”って?」

「……え? も、って、え?」

「俺ら以外に転生者を知ってるんっすか?」

「あ、え、その……!」

「何、なんでそんなに驚いて……まさか?」


 弾き返され、先にユクリアが後ろに下がり、直ぐに突撃してくる――身構えたけどそうじゃないらしい。

 突進の途中で突然止まって、脱力したかのように肩を落とし、首を斜めにユクリアが笑いかけてくる。


「へ、へへ……ねえ、もしかしてのもしかして。シズクちゃんも、生まれ変わりっすか?」

「……!」


 ここは違うって否定してもいい場面だ。

 今、僕らは戦っているわけで敵対してて、本当は会話をする必要だってなかった。

 けど、僕は……少し間を開けてから答えることにした。


「…………そうだよ。僕は、別の世界の人間だった」


 答えようと思った明確な理由はない。

 あるとしたらここは答えるべき場面なのだろう、という自分でも理解できない直感から来るものだった。

 ユクリアには、他の人とは違う何かを持ってることを感じ取った……だから、その曖昧な感覚から頷いた。


「そうっすか」


 けれど、どうやら悪い意味で当たりを引いたらしい。

 今以上に顔を口角を吊り上げてユクリアは笑う。そして、それがまた再戦の始まりとばかりに突進をかけてくる。


「それはぁ――なによりっすっ!」


 先ほどよりも力の入った打ち込みが繰り出された。

 さっきから受けに回ってばかりの防戦一方だ。


「俺がこの世界の実家を出たくらいっすかね! ある日、俺はその人に会ったっすよ!」

「くっ!」


 口の動きは昔の――普段通りなのに、行動は逐一止まらない。

 防御は殆どリコ任せで、最低限の攻撃を受け止めるのが限界だ。

 ユクリアと違って僕は返事をする間なんてない。


「そいつは俺をこの世界に呼んだとかいう女でした! 最初は全身真っ黒なうす気味悪いやつだなって思ったっすけどね! それで話を聞いたりした後に、その人は俺に力をくれたんすよね! ま、普通の人である俺だから、扱えるのは自分の中にある少量の魔力分だけっすけどね!」

「ふっ、たあっ!」

「でも、おかげでこんなに素早く動けるようになったっすよ! ま、持続力はないっすけどね。ま、これはあってもなくても別にいいものっす。だから、俺が1番自慢したいのが……」


 悠長に説明をしてくれるユクリアだけど、僕らだってやられっぱなしってわけにはいかない。

 わずかにつかめたタイミングに合わせてリコが片足を上げてユクリアへと蹴り上げる。

 そして彼が避けたところで、今度は僕の足で蹴り上げる――そこだ! とユクリアからでは見えない一蹴だ。


「……な!」


 ユクリアは死角からだというのに、来るのがわかったかのように僕の足をぎろりと見てから後ろに身体を逸らして避ける。

 薄暗く目が光る……いや、魔力が瞳孔に集まるような光を発した。


「……ね、この便利な目っす」

「……え!?」


 ユクリアの光る目と僕の目が交差した時、異変は直ぐに訪れた。

 足を上げたまま、僕の身体が硬直する。

 見えない糸で空中に縫い付けられたかのように身体が動かない。

 この感覚には、覚えがある。

 まさか、これ……。


「闇、魔法?」

「さあ? 闇魔法っていうのは知らないっすけど、意志が弱い相手を短時間だけ操れることが出来るっす。ま、対象は1人ないし1匹に限られる。シズクちゃんの場合は、俺の目じゃ足を止めるのが精一杯ってところっすかね」


 僕とは違ってリコは動けるらしく追撃に向かって拳を振り上げるけども――またも宙を空振る。

 蹴り上げるような形でその場に縫い付けられた僕の懐にユクリアは苦も無く入り込んで、さらりと頬を撫でてくる。


「……じゃあ、この話は知ってるっすか?」

「……な、に?」


 頬と頬が触れ合うような距離でユクリアが愉快そうに口にする。


「実はこの世界はある人たちによって用意された遊技場……なんてどう?」


 ……え?


「……知って、るの?」

「お……ビーンゴ!」

「え、くっ、やった!」


 そこで硬直が解除され――後ろに倒れるように飛び退きユクリアから距離を取る。

 尻もちをつくような形になりそうだったけど、リコの足が代わりに地面を踏ん張ってくれたおかげで直ぐに体勢を整えてくれる。

 直ぐに立ち向かわないと――と、一瞬慌てふためてしまったけど、ユクリアの追撃はなかった。

 彼はお腹を抱えて笑い出していた。


「ありがとう、リコ……」

「みゅう!」


 ユクリアの行動が一時ストップしてくれたおかげで、リコとやっと話をする程度の余裕が持てた。

 今回の戦いはリコがいなかったら僕は1撃目に死んでいた。

 僕には見切れない攻撃もリコが全て防いでくれた。2人だから今のユクリアと戦えている。

 レティに言われなくてもわかってる。正々堂々なんて言うつもりはない。僕の前に立ち塞がるなら卑怯と言われようとも敵は叩きのめすだけだ。

 そして、卑怯な手を使ってでもしないとユクリアには立ち向かえない。


奴隷メイドとして働いていた時の考えは間違いじゃない。ユクリアはやっぱり、僕らよりも強い……)


 こんな強い人がどうしてゼフィリノスなんかの下についてるのかさっぱりだったけど、今はどうでもいい疑問だ。

 ユクリアは異世界の人間であり、僕が初めて対峙した駒ということの方が大事だ。

 僅かに出来た猶予はひとゆらぎで終わりを迎え、ユクリアはまた特攻をかけてくる。

 負けてられない。今度は僕だって前に出る。

 大きく剣を振り、リコの両手と同時に攻撃を仕掛ける。


「あははっ、やっとっすよ! はじめて、はじめて駒に会えた! シズクちゃんは誰の駒かなー!」

「……いわない!」

「ええーいいじゃないっすかー! もしかしたら同じ仲間かもしれないっすよ!」

「仲間だったら、攻撃を止めてくれるの!?」


 1度、2度、3、4……剣と剣を重ね合わせながらユクリアへと攻撃を続ける。

 ――仲間だったら攻撃を止める?

 無いと思った。何故って。


「いやあ、こんな楽しいことやめられるわけないじゃないっすかー!」

「だよ、ね!」


 こんな場所にいて、あんなに気持ちよく笑う人がこの戦いを止めるなんて思えないじゃないか。

 でも、やめたい。僕はユクリアとは戦いたくない。


「僕は、ユクリアとは、戦いたくない、のに!」

「えー、つれない。そんなやる気をなくすこと言わないでくださいよー! ほらほら、殺し合いましょ!」

「僕は、君を殺したく、ない! 僕らは、同じ仕事仲間だったじゃないか!」


 最初は僕らの正体を知られたくないって怪しんで、でも次第に陽気な馬鹿っぽい人だって……短い付き合いだったけど、僕らは同僚だった。仕事仲間だった。

 そして、仲間を手にかけたくなかった。

 けど、ユクリアは僕とは違ってうんざりと嫌そうな顔をする。


「そういう仲間とか言うノリはいいんで……じゃ、今回のゲームの言ったらどうっすか?」

「…………は、え? ユクリアが、親の王?」

「……おお、またビーンゴ! シズクちゃんその反応、やっぱり敵の駒っすね!」


 ……僕はユクリアと殺し合いなんかしたくなかった。

 なのに、それを言ったら、僕に――ユクリアを殺す理由ができてしまったじゃないか。


 「そん、な? ……あ!」


 と、僕は情けなく声を上げた。

 ユクリアの爆弾発言からつい彼の顔を見つめてしまい、また光る目と視線を合わせてしまったのだ。

 僕はまたその場へと縫い付けられる。


「……ま、これで俺にはシズクちゃんを殺す理由ができたっす。まだまだ続けたかったんっすけどね、俺も他にやることがあるんで……これにて閉幕ってことで!」

「くっ……!」


 動かない。

 瞼を閉じることも出来ないこの状況でユクリアは流れるようにリコの攻撃をかわし、僕らの懐に入り込み剣を振りかぶる瞬間を目にする。

 をただ見つめることしか出来ない。


(もう駄目だ……レティごめん!)


 死を覚悟した。

 同時に……そう、胸の中でレティへと謝った――瞬間、見開いていた目が何かを捉えた。


「しーずく!」


 キン――と金属同士がぶつかって高い音を鳴らすのと同時に誰かが僕の名前を呼ぶ。

 そして、見覚えのある金髪のつんつんとした後頭部が見開いたままの僕の目に入った。

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