第188話 空より眺めて
歌い続けるルイを引っ張り上げ、ゼフィリノスは舞台の上に置かれた仰々しい椅子に座り直した。
厭らしくルイの身体を触りながら、愉快そうな笑みを浮かべてわたしたち3人を見下ろしている。
あの巨人も彼の所有物なのか、神域の間の中心で、今ではわたしたちを見張るように後ろに突っ立ていた。
何してんのよ、と啖呵を切りそうになった。
ルイもどうして抵抗しないのよ、とは思ったがこればかりは思うに留めた。
「……酷い光景ね」
「……ですね」
わたしたちから離れた場所には、2人の遺体が並んでいた。遠くからだったけど、そのうちの1人が殺される場面も見た。
殺された黒髪の青年のことは知らないが、1人の亡骸は憎かったエネシーラ長老だ……直ぐに目を逸らした。
2人の死骸は、見られるものじゃない。
エネシーラ長老には言いたいことが山ほどあった。
2度と会いたくなかったが、もしも会うようなことがあれば、ぐちゃぐちゃに罵声を浴びさせてやりたいと思っていた。
なのに、それはもうかなわない。
憎ったらしい相手だったのに、彼が殺されたことにもわたしは腹を立てしまう。
「……会いたかったよ。シズク」
怒気と嘔気の板挟みになりながら、舞台へと顔を上げ直す。
にたにたとゼフィリノスが笑って口を開いた。血の気が上がって喉の奥のものは下がる。
王様気取りで偉そうに座るそいつの後方には放送の通りドナくんが横たわっていた。気絶しているだけならいいけど、ドナくんに動きはない。また、ドナくんに寄り添うようにフラミネスちゃんが泣きじゃくっている。
ふとフラミネスちゃんが、こちらへと顔を上げた。
「もう、ひとり、の……フルオリフィア?」
「……」
フラミネスちゃんの声にわたしは答えなかった。今口を開けば何を言いだすかわかったもんじゃなかったからだ。
思いの丈を全部ぶちまけるのはかなり気持ちいいだろうな、と思うだけにして口をつぐむ。ここでわたしが逆上してこの状況に変化が起こる方が困る。我慢、我慢だ。
わたしは2人から目を逸らし、2人の近くに寝そべったりへたり込んで拘束された3人のうちの1人、アニスと顔を合わせた。アニスは眉を落としながら困ったように笑っている。またも、イラっとする。
(こんな時に何へらへら笑ってるのよ……)
もう1度視線を前に戻して、ここにはいないシズクを挑発するゼフィリノス――の膝に座るルイを見た。
ルイは相も変わらず歌いっぱなしだ。
こちらを見ようともせず、ゼフィリノスのセクハラにも反応せずひとりずっと……。
そして、最後にね。最後よ。
実際は、ここに到着した時に1番に目についたけど、あえて最後に回したわ。
(……あんた、どういうつもりよ)
と、わたしはその最後の1人であるイルノートをぎっと睨みつけた。
目の前で腕を組み舞台に寄りかかっているイルノートはこちらの視線に気が付いても、ちらりと一瞥するだけで直ぐに目を閉じた。
(自分の娘が良い様にされて何黙ってるのよ。あんた何様よ。なんで助けてあげないのっ!)
こんなのがわたしたち、メレティミとルイの父親なのかと苛立ちは天井を超えそうだ。
みんなが全部わたしを苛立たせる。
もう我慢の限界だ。
「……あんたさ。どうしてこんなことしたの?」
ゼフィリノスは愉快に笑ってわたしの問いに答えた。
「……和睦の為――って言うのは表向きの理由だけど、全てはルイの為だよ」
「あっそ。屈折した恋慕もここまでくればあっぱれよ。流石ね。反吐が出るわ。このくず野郎」
「ははっ、黙れよ。偽物」
あ――今すぐにでも殴り殺してやりたい。
いえ、こんなやつぶん殴るのはいいけど、殺す価値なんて無いわ。自分から殺してくれって懇願するほどの罰を与えるべきよ。そうね、そうね。
ただ今だけは、頭の中で何度も殴り付けるだけに留める。
わたしは苛立ちをお腹の中へと溜めに溜めて、視線をゼフィリノスに向けたまま意識を上空へと向けた。
(いい? シズク、振り落とされんじゃないわよ!)
◎
魔道器の鉄扇で生み出された鳥の背に乗った時、レティは僕にこう言ってきた。
――再会したルイに伝える言葉を考えておきなさい。
どういうことかと訊き返そうとしたけど、レティは無理した作り笑いを浮かべ、ぐっと親指を突き出してくる。それが合図とばかりに鉄鳥はユッグジールの里の空へと飛翔してしまった。
(あっというの間の出来事で、逃げたというか、逃げられたというか……)
とにかく、彼女は僕にルイへのメッセージを考えて欲しいってことか。
地上とは違ってユッグジールの里の上空では魔法の制限はないらしい。僕は時期が来るまで魔法で暖を取りながら、彼女に言われた通りにルイへの言葉を考えた。
(……僕がルイに伝えなきゃいけないこと?)
ごめんとか。会いたかったとか。
ぱっと頭に浮かぶ言葉はどれも違うような気がする。
(何を言えば良いの? ねえ、レティ……)
頭の中で思い浮かべたレティに訊ねれば、いつも通りの不機嫌そうなふくれっ面でああ言えこう言えという。
これもいつも通りに無責任に。
(……ふふ、いつも通りって言っても全然違うや。この世界に来て、この世界で再会して、あの子の知らない一面ばかり見る)
もしかしたら、生前の僕らの関係がもっと深くなっていたら、今のレティみたいな彼女を知れたんだろうか。
(……ああ、レティが愛しくて堪らない)
彼女が僕の恋人だって世界中の人に自慢したいくらいなんだよ――なんて、今のルイじゃなくて、今のレティなら色々な言葉が思いつくんだ。
(けど、ルイは……)
僕はルイに会いたくて仕方なかった。
けど、これ以上の答えはちっとも生まれやしない。
(レティ、僕はルイに会えるだけでいいんだよ)
僕の本心はその一言に尽きるのに、きっとそう言ってもレティには納得してもらえない。
じゃあ、レティが納得する回答とは?
――幼馴染の考えてることを予想すれば、きっとルイに告白しろってことだろう。
昨晩、レティの前で初めてまともに好きだって言ったように……。
(ルイのことは好きだ。彼女がいなかったら今の僕はいなかった。彼女のために僕は生きてきた……だから、嫌いなんてことは絶対にない……)
でも、だめでしょ。
レティを好きだからこそ、ルイを好きって言うのは間違ってる……はずなのに。
(僕は、やっぱり……)
まだ10歳になる前ならば、母性とか父性とかそういう目線や心情での気持ちだと自分に言い聞かせられたんだ。
僕はルイと違うから――。
僕は別の世界の人間で、年だって離れ過ぎていて――。
あの時はそうやって、自分に言い聞かせ、誤魔化し続けて――。
……やっぱり、レティに負けないくらいルイを好きだって気持ちがあることを今は自覚している。
その思いはレティをまた好きになれたからこそ大きくなっていったことも事実だ。
この心境を察してか、レティは僕の心情を代弁して、告白しろと言ったんだろう。
(じゃあ、僕に告白をさせてレティはどうするつもりなの? ねえ、レティ……僕はわかんないよ……)
選ぶのはわたしたちだとレティは言っていた。
だとしても、僕だって2人から選ばなきゃいけない。
(レティを選び続けちゃだめなの? それなのにルイとレティで迷えって言うの?)
どっちを選んだとしても誰かが悲しむ。
それでレティを悲しませるなら僕はそんなの嫌だ――。
「……合図だ」
鉄鳥の頭が頷くように上下に動いた――事前の説明では、何らかのアクションを起こした時が落下の合図だと言われていた。
何も決められずに本番に入るしかない。
直ぐに鉄鳥の背にしがみ付き、振り下ろされないように身構える。
「……ふわっ……くっ!」
鳥は斜めに傾き世界樹のある広場へとめがけて落ちていく。
ゆっくりと動き出したと思った途端、訪れる急降下は、以前どこかの遊園地で乗ったジェットコースターみたいだ。
落ちることに恐怖はなかった。今、僕の中に
昔と変わらないのは胸のドキドキと高鳴る鼓動だけだ。
身体にかかる負荷と、空気の塊が僕を前から押し上げて後ろに引っ張る。
風圧に負けじと、どうにか薄目で地上を見た。
瞬きを許されない状況で、僕はルイを捉える……ルイともう1人を見る。
「……っ!」
空気の壁に押されながらも細めていた目を大きく開けた。
さっきまでのウジウジとした悩みを綺麗さっぱり吹き飛ばせる光景が目に入ったからだ。
(ど……ど、どっ、どこ触ってんだぁぁぁ!)
◎
「ふん、そんな生意気な口が利けるのも今のうちだ。お前は後で泣いて許しを乞うまで犯し続けてやる。……だが、今はシズクの番だ。さっきから黙り続けてそんなにショックだったか? くっくっ、悔しいだろう。どうだ? ルイはもう俺のものだ!」
そうリコちゃんへと叫びながらゼフィリノスはルイの首筋に顔を寄せ、舌を這わせる。
ひぃ――まるで自分の身体を舐めらたかのように身震いを起こす。なのに、当人であるルイはまったくと反応しない。本当にどうしたって言うのよ!
「……」
「おい、シズク、睨んでばかりじゃなくてなんか話せよ。ここまでお前を待ったんだ。悔しがるお前の泣きごとの1つや2つ聞かなきゃ腹は納まらねえよ」
そうね。リコちゃんも何か言い返すべきよ――あれ?
ちょこんと、リコちゃんがこちらを見た。
「リ……シズク、どうしたの?」
「……しゃべっていいの?」
あ、今まで律儀にわたしとの約束を守ってたのね。
「いいわ。もう好きなだけしゃべっちゃいなさい!」
「そっか。わかった……リコはゆるさないぞ! ルイをかえせ! このばかむすこ! ルイをいじめるならリコはおまえをたべちゃうからな!」
あら、なんてかわいい文句なのかしら? よし。もう、いいわ。
――はじめましょうか!
ぽかーんと口を開けて間抜けな顔を晒すゼフィリノスを見て、わたしは今まで手首に巻いていた紐を緩めた。
リコちゃんもわたしに倣って両手を自由にし、頭に覆っていたマフラーも外して赤い長髪を広がせる。
めらめらと赤い鱗粉が舞う様に髪から発する魔力の粒子が煌く。
「赤髪!? お前、黒じゃなかったのか!」
素っ頓狂な声で慌てだすゼフィリノスが「まさか偽物!?」と喚くけどもう遅い。
「……リコ?」
「イルノート、リコのこと呼んだ?」
「リコ、なのか……」
唯一勘付いたのはイルノートだけのようだ。
記憶には無い真っ赤な髪に、本物はどこにいるとゼフィリノスが声を荒げる。
じゃあ、そろそろ来てもらうからね。
「いいわ……教えてあげるわ」
「どこだ! シズクはどこにいる!」
「上よ!」
「上って……うわっ、なんだ!」
ゼフィリノスが見上げた瞬間とタイミングはぴったし!
頭上でばたばたと羽を広げた巨大鳥を見てゼフィリノスは予想以上に動揺してくれたらしい。らしいっていうのも椅子から飛び跳ねて悲鳴を上げるくらいだ。
「おっ、お前っ、シズっ――ぐげっ!」
「死ね、汚い手でルイに触るな!」
その隙をついて鉄鳥から飛び降りたシズクがルイを奪い取って――おまけにゼフィリノスの背中を蹴り上げた。
潰されたカエルみたいな鳴き声を上げ、わたしたちのいる舞台下へと転げ落ちてくる様を見て少しばかり胸の溜飲が下がる。
見上げていたこいつが今じゃわたしの足元に這いつくばってるのだ。
「この女の敵……くらえっ!」
続いて、溜まりに溜まった鬱憤晴らしの最初の1撃目と、わたしは右足を上げて足元の男を踏みつけ――!
「……ちょっとおてんばが過ぎるんじゃないっすかー!」
「メレティミ、あぶない!」
「えっ!」
片足を上げた状態で、オレンジ頭の青年がわたしに向かって駆け寄ってくる。手には鈍く光る剣を構えていた。
片足を大きく上げたままわたしは突然の襲撃に思わず固まってしまう。
気が付いた時にはその男は目の前で、腕が動き出すのも察したけど避けることは出来ない。
彼の剣が振り上げられ弧を描く――とっさにリコちゃんが跳び付いてこなければ今頃、わたしの右足は身体とお別れを迎えていた。いや、もっとだ。刃は足だけで済む軌道じゃなかった。
ごろごろと地面を転がり、リコちゃんに引き起こされる形で立ち上がる。
油断したと思ったのと同時に、今の躊躇の無い一刀にぶるりと肝が冷えた。
(何、あの人、わたしを本気で、殺そうと……殺すつもりだった!?)
受けていないはずなのにふとももが斬られたような冷たい痛みが後から襲ってくる。身体は震え、斬られかけた右足に力が入らない。
今の斬撃にわたしの心は真ん中から切り落とされた。
もしもこの後に攻撃を続けられたら避けることも……情けないところを見せるな! 今はもうシズクもいるんだぞ。
「そうよ。今も舞台の上にいるシズクに情けないところを――……な、なぁぁぁ!」
舞台上に姿を見せたシズクへと顔を向けたところで思わず叫んでしまう。
シズクは感無量とばかりにルイを抱きしめ続けていたのだ。
(だ――もう! 泣きそうな顔で嬉しがって! 気持ちはわかるけどさ! けど、時と場合を考えて手短にしなさいよ! ……怯えてる暇なんて、ない!)
自分のふとももをぱんと強く叩いて鼓舞し、わたしに向かってきたあの男を睨み付ける……あれ? いない。どこへ――って、いつの間に!
男はゼフィリノスを腰に抱えたまま、馬鹿でかい土人形に向かって走り去っていた。
「……速い」
思わずぼそりと呟いてしまう。
おかしくない? その速度、前の世界なら世界記録ものよ。しかも人ひとり担いでってありえない。
何よりその動きはまるで……。
「お、おい! 下ろせ! ルイが、ルイが盗られたんだぞ!」
「捕まってタコ殴りにされるよりはましっしょー! ほらほら、黙って言うこと聞くー」
「このっ、わかった! いいからもう下ろせ! 直ぐに戻ってルイを奪還するぞ!」
「はあ? この状況でまだそんなこと言ってるっすか? だからルイちゃん捕まえたら撤退しましょうっていったのにー」
「ば、馬鹿いえ! もともと俺らはここを制圧して魔族たちを配下に加える……って、お前が言いだしたことだろう!」
「え、その話本気にしたんっすか? いやだなあ……あんなの冗談っすよ。一時凌ぎの魔道具かき集めた程度で彼らを取り込めるとでも? わっらえるー!」
「う、うるせえうるせえ! お、お前、俺を馬鹿にしてるのか!」
「してるしてるって。確かに俺は言いましたよ。里を制圧して、ルイちゃんを奪ってやりましょうってさ。でも、ルイちゃんだけおびき出してさっさと逃げるって話もしましたよね? それがどうして占領なんて……(笑)」
「そ、そんな聞いて……な、なら、なんでもっと早く言わないんだよ! もう船は壊れちまったぞ!」
「……だってぇ、その方が面白そうだって思ったんでー。ほらほら、カッカしてる場合じゃないっすよー。早く近くに停船してる船呼んで呼んで。逃げる準備っす」
「そんな、あと1歩で……糞っ! ルイも手に入らずにのこのこ帰るなんて……」
「まじ笑える。今更戻る場所なんか……あ、ほらほら、グチグチ言ってる間もないっすよ。時間稼ぎはやってあげるっすから、さっさと救助船を呼ぶ呼ぶ!」
「くっ、お、お前、帰ったら覚えておけよ!」
「はーい」
……向こうは向こうで楽しくお話をする余裕があるっていうのに、今のわたしはどうだ。
彼はゼフィリノスを逃がすことを優先させたけど、もしも追撃を受けていたらわたしは殺されていた。
危機感が足りなかった。死ぬなんて思ってなかった。今回は運が良かっただけ……冗談じゃ、ない!
この場所は曲がりなりにも戦場なんだ。そんな場所で馬鹿みたいに苛立って私情に流されて……五体満足で帰れる保証だってないっていうのに!
もっと慎重に行こう。感情に任せて行動しちゃダメなんだ。
気を抜くな。周りを見ろ。どこから襲われてもおかしくない。
……深呼吸して落ち着こう。悠長な時間はないから、一呼吸だけだ。
「……ウリウリ! ルイのこと頼むわ!」
「はっ……はい! かしこまりました!」
まずはと1度態勢を整えることにする。こんな時だけ人の言うこと聞いて……と思いつつもウリウリに指示を出してこれで2呼吸目。胸はまだドクドクしている。
次――……ん?
「……なんだあ? この馬鹿でかい鳥の魔物は! 周りが鉄みたいで食えるとこなんかあるのかよ!」
「ははっ、鬼人の長よ。これは金魔法で出来た鳥だ。喰うのであればまだあの巨人の方が満たされるのではないか? ――貴方の胃袋が鉄も溶かすというのであれば無用な心配だけどね」
「今は冗談を言っている場合ではない。我は行くぞ」
シズクとルイの周りには3人の男たちが立ち上がっていた。
先頭に立つ亜人族の長。シズクの乗せた鉄鳥を小さく小突く鬼人族の長。そして、偉そうに髪を払う魔人族の長であるアニスだ。
拘束されていたはずの3人はいつの間にか自由になっている。彼らを縛り上げるものなんて何もない。
代わりに転がっているのは今までドナくんや長たちを見張っていた男たちだ。彼らは紐とも鉄ともわからない植物のつたのようなもので縛り上げられている。
わたしの視線に気が付き、アニスはにっこりと笑い返してくる。
「待たせたね。メレティミ。君らも僕らはもう自由に魔法を使える――枷から解き放たれた自由の獣だ」
「最後の方は意味わからないけど、本当? もう普通に魔法が使えるってこと?」
アニスの言う通り試しに片手に風を吹かせると……出る。よし、何の枷も感じない魔力消費量だ。これは助かる。
「……さあ。では行こうじゃないか――愚か者たちを断罪しに」
「お前がリーダーぶるんじゃねえ!」
「我は誰であろうと構わん……」
3人は舞台から飛び降りて、ゼフィリノスへと……神域の間にいた兵たちへと向かっていった。
もうっ、ならいいわ! 追加注文!
「ウリウリ、聞いての通り魔法が使用可能になったらしいわ! ルイの保護ならびにドナくんの治療を行いつつ、2人の護衛もお願い!」
「……はい!」
アニスたちとの会話に魔法が使えることの解放感を経て、オレンジ頭に与えられた緊張に似た身体の硬直は随分と和らいだ。
これでわたしは大丈夫。だから、あんたもね。
「シズク、行くわ――」
せっかくの感動の再会ってやつだけど、あんたはまだやることがあるんだからね――ウリウリから2人に視線を向けて呼びかけようとして、声が止まる。
嬉しそうにルイを抱きしめていたシズクの横顔が先ほどとは打って変わり、険しく固まっていたからだ。
どうしたのか……その理由はきっと、こちらへと顔を背けたルイが嫌そうな顔をしているからだ。
(なんで、折角会えたっていうのに、ルイ……どうしてそんな顔して……)
……いけないいけない。
今だけは1歩引くって決めたんだ。今だけは醜い感情は飲み込むんだ。
そうだ、今のルイは記憶が無いんだから。だから、あんな顔をしたって……!
「……じゃあ、リウリアさん。ルイのこと、お願いします」
「……かしこまりました。お気をつけて」
舞台に上がったウリウリにルイを任せて、シズクがこちらに向かってくる。
ウリウリはルイを支えたままドナくんたちへと近寄り、しゃがんで彼らへと手を差し伸べた。フラミネスちゃんがウリウリへと泣きながら抱きついている。恐かったね。もう安心してね。
これでもうルイを含めた3人は大丈夫――だと思ったのに。
「……なんでよ」
泣きそうな顔をしながらシズクが舞台から飛び降りたのと入れ替わるように、すとん、と先ほどまで沈黙を貫いていたイルノートが舞台へと登ったのだ。
またもわたしは舞台へと顔を向けてしまう。シズクも同じく顔を上げた。
「イルノート……」
「……あなた、なんのつもりよ」
悲哀の籠ったシズクの呼びかけに振り返った彼とわたしたち2人とで視線が絡む。
イルノートの目はとても冷たくて、どこを見ているのかわからない。
そんな彼が呟いたのは次の言葉だ。
「……ルイを、守る」
「……っ!」
何よ、それ。
ぼつりと呟くイルノートに、先ほどから溜まっりっぱなしだった鬱憤が爆発する。
「信じられるわけないでしょ! さっきから1人でぼけっと突っ立ってた癖して! 邪魔よ! そこから降りなさい! ルイに近づくな!」
「別に信じてもらう必要はない。私は、私がしたいことをするだけだ。だから、ルイを守る」
「勝手なことを……っ……なら、どうしてルイが捕まってる時に助けてあげなかったのよ! ルイはあんたのむす――」
娘なのに――と口にしようとして、シズクがわたしの口を手で塞ぐんだ。
何すんのよ、って口を塞ぐその手を噛んでやった。なのにシズクは悲鳴の1つも上げやしない。ただ少し眉をひそめるだけだった。
そして、最後に笑うんだ。
「レティ、今は駄目だ……イルノートが守るって言うんだから信じていい」
「ぐむっ、けど、シズク! あいつは!」
「信じてよ……彼じゃなくて、僕をさ」
「くっ……」
何よ。何よ何よ。何が僕を信じろだ。
ルイにあんな顔されて辛い癖して、わたしを宥めるためにいつもの調子みたいに優しい作り笑いしてさ。
本当は辛くて泣きそうな癖して……そんな顔されたら、わたし余計なこと言えなくなるじゃないの。
「イルノート、約束は、守ってよね」
「シズク……」
もう、長たち3人は戦いを始めてる。
亜人族と鬼人族の両名がその巨体を生かして敵を蹴散らして、後ろでアニスが魔法を唱えて前衛2人の援護に回っているらしい。
ゼフィリノスの戦力の大半はその3人に集中してるけど、いくらかはお話に夢中だったわたしたちにも刃を向けて取り囲もうとじりじりと近づいてくる。
負ける気なんて一切ない。そんなへっぴり腰で今のわたしを止められるなんて思わないでほしい。
「リコ、戻ってもらえる?」
「いいのか?」
「うん、2人で一緒に戦おう」
「わかった! リコ、シズクとたたかう!」
リコちゃんの身体はぼっと燃えてシズクの身体の中へと戻っていく。
続いてシズクの身体にリコちゃんが纏わりついて腕と足、頭を生やしていく。
「なっ、ひっ……ば、ばけもの! わ、わぁぁぁあああっ!」
異形の姿と化したシズクを見て、ゼフィリノスの兵隊たちが慌て騒めきだす。
1度は逃げようと背を向けた彼らだったが、どうしてか泣きそうな顔をしてこちらに突撃を再開する。そのまま逃げてくれれば楽なのに。
「じゃ、悪いけど、最初はわたしから行かせてもらう」
手の平に力を込めて、鉄扇を生み出し向かってくるならず者どもへと風を吹きかける。
悲鳴を上げて吹き飛ばされていく彼らの鎧や武器から金属を奪い取り、無数の鎖を生み出して転がる奴らの身体を縛った。それはもうきつくね。
ばたばたと身内が倒れていくところを見てか、巨人と部下たちの後ろに潜んでしまったがゼフィリノスが人影から大声を発していた。
「お、お前ら! こんな真似してただで済むと思うなよ!」
「それはこちらの台詞よ。お母様が命を賭して作った里をめちゃくちゃにして……これはもう、あんたを殴るだけ殴っただけじゃ全然気なんて晴れないわ!」
このたまりにたまった鬱憤を重ねて、あんたのその綺麗な顔をぱんぱんに膨らませてやる!
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