第186話 土塊の巨人

 ドスン――ドスン――。


 それは、ユッグジールの里を覆う外壁を壊し、民家を巻き込みながら一歩一歩、前へと足を勧めた。最初は恐る恐るといった足取りも、次第に覚えたてのあんよを楽しむ子供の様に歩を早める。


 ドスン――ドスン――ドスンドスン――ドスンドスン――。


 歩行から走行に変わるのは直ぐだった。


 それは、シズクたちが迂回しながら進んだ大通りを苦も無く走り出す。

 不格好でありながら、巨体に似合わない俊敏な動きを見せて、彼を呼んだ主の元へ――神域の間を目指して疾走する。


 ドスンドスンドスンドスンドスンドスン――。


 それの足は――巨人の足は止まらない。

 時には自分の身体を形成している土や石を崩す。が、分厚い土の肉を多少削ぎ落そうとも構わずに前へと走る。


 神域の間にいる彼らからではその光景を見ることなかったが、突如現れた巨人にゼフィリノスの兵隊以外にも、そこに住む天人族たちも逃げ惑うだけだった。

 運悪く何人かの団員が巨人に踏み潰され、断末魔を上げる間もなく絶命した。外に出ていた天人族も悲鳴を上げながらすぐさま近くの家や路地へと避難した。

 ただし、土塊の巨人によって崩壊した建物に巻き込まれた天人族たちは少なからずいた。

 今は魔法も使えず、人力で掘り起こすしかない。だが、彼らの力ではあまりにも非力――。


「ぐぬぬっ……早く出てください! ……誰か、この人を引っ張り上げて!」

「な、何故、ここに亜人族たちが!?」

「いいから、お前らも早く手を貸せ! 瓦礫を退かして埋もれたお前らの仲間を助け出すんだ!」

「……あ、ああ! わかった! 恩に着る!」

「この下からヒトの匂いがするよ! まだ息はある!」

「みんなこっちだ! 彼らの言う場所を掘り起こせ! 早くしろ!」


 どこからともなく亜人族たちが町中に現れ、下敷きになった天人族たちの助けに入る。

 最初は不審がる天人族ではあったが、背に腹は代えられないと彼らの助けを受け取り、互いに尽力を尽くし巨人の出した被害から救助活動を行った。

 瓦礫に埋もれた仲間たちの救助活動を続けていると、どうして彼らがこの場にいるのか――疑問はすっかりと無くなっていた。

 負傷者は出したものの、どうにか死者は出ずに済んだ。


 住民たちに迷惑をかけながらも、ものの僅かで、ユッグジールの里を覆う外壁から中心の神域の間までの長い大通りを巨人は走りきる。

 神域の間をつなぐ架橋へと足を乗せ、崩し、それでも前へと進む。入口で見張りをしていた男たちを立ち並んだケラスの木ごと蹴り飛ばし、そして、神域の間へと巨人は到着した。

 ケラスの木は根っこから引き抜かれて地面に倒れる――倒木の陰からひょっこりと、どうにか架橋を渡り切り、被害から免れた3人が頭を出す。


「間一髪ね。もたもたしてたら蹴り飛ばされてたわ」

「そうですね……一体あの土の化け物はなんでしょうか」

「ウリウリが知らないなら、わたしが知るわけないじゃない」

「……聞いた私が愚かでした」

「何よ、言うようになったわね……あ、そういえば、さっきわたしのことフルオリフィア様! って呼んだよね?」

「そんな……っ……いえ、覚えてません」

「またまたー?」


 なんて軽口をたたく2人ではあったが、冗談を口に出来たのは窮地を抜けた後の安堵からだろう。律儀にもリコは口を閉ざし、恨めしそうに2人を見るだけだ。

 本番前の他愛もない語らいはそれっきりで、2人は意識を切り替え前を向き、自分たちが出る機会を伺いはじめた。





 現れた土塊の巨人に神域の間は混乱に包まれた。

 見張りたちは我先と逃げ始め、合わせて今まで人質に取られていた天人たちも同じ様に拘束された身のまま広場よりも端へと急ぎ退避を始める。途中、金髪の少女が声を荒げて怒鳴り散らし、重傷を負った片腕の無い天人を運ばせていた。


「ジジイぃ……魔封じの力が働いているこの状況で魔法が使えるのか?」

「貴様らは魔法を封じたと思っているのだろうが、実際は魔力流を妨害しているにすぎん。この程度の妨害なぞ造作もないが、里の外にいたへと魔力を通わすのは相当骨が折れたぞ……無猿にしては見事だと心からの称賛を送ろう」


 焦りを見せるゼフィリノス・グラフェインを前に、不敵な笑みを浮かべるのは天人の長だ。

 長は続ける。


「実に見事だ。無猿如きにそこまでの労力を私に割かせたことを光栄に思うがいい。先代の長と私が長い年月をかけて魔力を蓄積させて生み出したこの巨人を、天人族の悲願をお前は目の当たりにしているのだ」


 舞台下で立ち尽くす土塊の巨人を見上げながら、天人の長は深く皺を刻んで恍惚の笑みを浮かべている。器量の良い天人族にしては、彼の笑顔は邪悪で醜いものにしか見えない。

 いや、醜悪に関して今は置いておこう。僕は巨人を見上げながら彼に訊ねた。


「……もしや、これは以前報告にあった巨大な魔物かい?」


 以前、天人族の奥地で大型の魔物が出現した痕跡がある――なんてことを本人が口にしていたことを思い出した。

 僕の問いに、エネシーラ長老が答えるまで、少し間があった。


「…………そうだ。だが、安心してくれ。これは我々天人族が里を守るために生み出した守護者だ」

「……何故、魔物なんて偽ったんだい?」

「その時はまだ調整が不十分だったのでな……完成するまでは我々も秘密裏にしておきたかったのだ。それが亜人族たちに知られてしまい、余計な不安を与えぬ為にも、ああいった形で報告するしかなかったのだ。許してほしい」

「ふーん。そっか」


 僕は納得するかのように頷いた――無論、納得なんてしないさ。


(白々しい嘘を――何が守護者だろうか)


 土人形、ゴーレム、魂の無い兵士。

 石や土塊に魔力を通わせて生み出した人形を操る土魔法の1種――かじる程度には僕も教わっている。ただし、僕が知っているものはもっと小柄なゴーレムを生み出す魔法だ。

 大きくても平均男性の背たけ程度……大きな里の外壁を越えるほどの巨体にした場合、様々な問題が発生することも僕は知っている。

 例えば、生成したゴーレムを大きくすればするほど魔力消費量も当然上がるし、命令系統も複雑になる。稼働時間も術者の魔力量次第であるが致命的に短くなる。

 複数名でゴーレムを生成することで魔力消費量を分割することも出来るが、今度は命令系統が人数分混ざることでさらに複雑になり、ただの木偶の棒と化すだとか――他にも問題はいくつかある。

 何より、土や石を集めてできたゴーレムは脆く、愚鈍であり戦力として使うにはあまりにもお粗末なものだった。

 よくて視覚的な兵の水増しや、文字通りの木偶……以前にはそれらの欠点を克服した強靭なゴーレムを作り上げたものもいると聞くが――いや、今はそんな話をしてる場合ではない。

 巨大で俊敏さを見せるゴーレムはそれらの問題の大半を解決した完成系とも呼べるものなのだろう――彼のいびつな笑みを浮かべるほどの自信がそう物語っている。


(きっと里が出来る前の戦時下で作られたのだろう。これ1体でも自分らや鬼人――天人と対立する魔族は大損害を受ける代物だ)


 畏怖さえ与える巨人に気を取られていたのか、はっとしながらもゼフィリノスは声を荒げた。


「……うっ、うろたえるな! 船の砲を動かせ! いいか、対大型種用だ! さっさとしろ!」


 その声に今までは脇に停船していた彼らの船の上部から、乗員たちの掛け声や無数の足音が聞こえてくる。

 次第に船の縁から筒状のものが3つ顔を出し、土塊の巨人へと向けられた。天人たちの兵士たちを捕縛した筒状の魔道具を2回りほど大きくしたものだろうか。

 巨人を捕縛して見動きを封じるとでも言うのだろうか。


「我が守護者を捕まえようとでもいうのか? はっ、面白い! 試してみよ! どのような攻撃を受けようともびくともせぬわ! かかれ! 不浄な者たちの船を壊してしまえ!」


 天人の長も僕と同じ考えなのか、高笑いを上げた。

 がつがつがつと巨人は船へと走り出し、両手を組み合わせて叩き付けようと振り上げる。

 同時に「撃て!」という船上からの掛け声とともに船べりから顔を出した筒の先からそれは射出された。

 筒の先から射出されたのは網ではなく黒く細い槍だった。

 放たれた3本の黒い槍は巨人の胸へと一射二射――貫き、狙いを外して後方へと飛んで行った1本を除き、2本の槍が土や岩の肌にめり込んだ。

 しかし、槍を受けても巨人の動きは止まらない。振り下ろした両手は止まることなく降り落され、船は破片を飛ばしながらも中心から2つに割れる。けたたましい音を立てて横に倒れた。


「くそっ、この、糞じじいがっ! よくも俺の船を!」


 ゼフィリノスは悔しそうにたたらを踏む。しかし、どうしてだろうか。

 状況をひっくり返されたようなものなのに、怒りは船を壊されたことだけだ。

 土塊の巨人は大破した船を背に、またも舞台の前へと戻ってきた。

 巨人の動きに合わせるように天人の長も、舞台上の人質である僕らから離れ、ゼフィリノスへと近づいていく。ゼフィリノスも激昂しながらも天人の長と睨み合うかのように対峙した。

 そんな2人に挟ってもルイは歌い続けている――まったく、君というやつは……。

 彼女の歌声は神域の間で静かに流れた。拡声器は今ので壊れたのか、もうこの場所以外には届かない。

 舞台の下でゼフィリノスを見下ろすように、巨人が立ち止まるのが合図の様に、にらみ合いを続けていた2人の口が開いた。


「お前ら下等な地人どもが好き勝手してくれよって……おまけにルイまでもだとっ……まったくどいつもこいつも忌々しい! この穢れたミッシング共めが!」

「ミッシング? 何訳わかんねえことを言ってんだよ……人様のもの壊しておいてただで済むと思ってねえよな? せっかくルイとも再会できたっていうのに……この老害が!」

「無猿の癖して舐め腐った態度を取りおって…………さっさと去ね!」


 天人の長はそう言い終わると、1度ルイに侮蔑の視線を送りながらも手を振った。

 潰せ、という合図であり、目線からして目標はゼフィリノスとルイだろう。

 土塊の巨人が足を上げ、舞台上のゼフィリノスとルイを踏みつぶすのは容易に予想できた――だが、巨人は直立したままだった。


「……どうした? その程度の傷で止まるはずがない。……動け。なぜ命令を聞かん! お前は先代長老と私の魔力が編まれているんだぞ!」


 どんなに天人の長が叱咤し呼びかけようとも、土塊の巨人はぴくりとも反応を見せなかった。見下ろすだけの巨像と化したままだ。

 翁の顔に焦りが浮かぶ、そして――反対に先ほどまでの激情が嘘のように消えたゼフィリノスの顔は愉悦ににじむ。


「……正直に言えばびびったよ。そんな隠し玉があるなんて思いもしなかった。大海蛇なんかの巨大な魔物用に用意しておいたが、今回ばかりは成功するかも半々だったしな」

「そうっすねえ。こればかりは俺も斬れるかどうか……はい、どうぞ」

「何を言っている……おい! 無猿どもが!」


 ユクリアと呼ばれた男がかつかつと舞台へと姿を見せて続く。そして、片手に持っていた杖をゼフィリノスへと手渡した。

 あの杖はなんだという疑問は直ぐに解決する。

 ゼフィリノスが杖を掲げると、巨人は傅くようにひざを折り、彼へと忠誠を誓うように頭を下げた。

 この反応が、何を示しているのか――当事者であり、自分の意志で動いたと錯覚し1度は歓喜を見せた長よりも、遠巻きに見ている僕の方が理解が早いだろう。

 あの杖は差し詰め、制御装置といったものだろうか――土塊の巨人はゼフィリノスを主人と選んだのだ。


「ばっ、馬鹿なっ!」

「はは、いいなこれ。こいつはこの俺がもらい受けてやるよ!」





 後には唖然と気を落とした天人の長がその場にへたり込んでいる。この僅かなやり取りの中で前以上に老いたようにも見えるほどに落胆していた。

 ゼフィリノスは見かけ以上に小さくなった翁に目をくれることはなかった。

 自ら舞台下に降りて、杖を掲げては自在に操れる巨人を見て高笑いを浮かべている。

 天人の長は、先ほどと同じくぶつぶつと独り言をつぶやいていた。

 離れているので聞き取れなかったが、今度は呪文ではないようだ。


「返せ……我々の祈願……返せ……薄汚い無猿が……触れては……触れては……裁きを……鉄槌を……」


 震えながらも立ち上がり、天人の長は歩きだした。そよ風でも吹かれれば倒れてしまいそうなほど痛々しい姿だった。

 懐から何やら青錆の目立つを取りだし、舞台下にいるゼフィリノスへと向け始める。

 僕の位置からではそれが何なのかはよくわからない。

 しかし、震える両手はしっかりと鉄の棒を握っていた。

 を見てか、グラフェインの目が見開き動揺する。


「何を……な、なんで、お前がそれを持ってるんだよ!」

「ふ、不浄、な、異界の、者は、聖ヨツガ様に変わ、変わって、捌きの鉄槌を!」


 ゼフィリノスの怯え様はなんだ。あの巨大なゴーレム以上に何を恐れる?

 彼は尻もちをついて自分の顔を守るように両手を突き出してた。天人の長は耳がつんざくようなひときわ高い笑い声を上げる。

 ゼフィリノスと共に舞台下に降りていたユクリアが跳躍し、距離を詰めて天人の長へと向かうが、彼が舞台に着地し腕を振るよりも長が声を上げる方が早かった。


「死ねぇ! 忌々しい異界者め!」

「ひっ、やめっ……!」


 老体である長の人差指だけが微かに動く――が、ザリッ……と擦り合わせる音がしただけで、それ以外は何も起こらなかった。


「あれ、あれ、なぜ、なぜ……? 出ない。鉛の、金魔法、出ない。何故、なぜだぁぁぁぁぁぁ――――……っ!?」


 天人の長の嘆きが響き渡るも、それも即座に止む。

 舞台に駆け登ったユクリアによって天人の長の両手首が切り落とされたからだ。

 一瞬の硬直の後に、嘆きの代わりと今度は絶叫が神域の間へと響き渡った。


「あぎゃぁぁぁあああっ! 手がっ、手がぁぁぁあああっ!」

「ひっぃ……は、はは……はあ……たす、たすかった……よ……」

「どういたしましてっす」


 ユクリアは切り落とした老人の手をつまんでぷらぷらと振った。

 こつり、と握っていた鉄の棒が落ちて舞台の上を転がっていく。


「け、けどよ。お前、これどうすんだよ。手首なんて……うっぷ、気持ちわりい。あのジジイ死んじまう……」

「ま……ピーピーうるさいし、やるしかないっすよね? どうせその出血じゃもう助からないっすよ?」

「やるって……こ、殺すっていうのか? 人質は!」

「は? ……んん、あれぇ、さっきは殺せって言っておいてー? ええぇ、まさか団長怖気づいてるー?」

「は、はあ、馬鹿なことを! う、うむ……そ、そうだな。ああ、やってくれ! 俺はこいつに慣れるために練習しなきゃいけないからお前に任せる……目に入らないようにな!」

「りょうかいっす!」


 ユクリアは蹲って痛みに耐える天人の長へと近寄った。

 肘を付き、長の肩に手を当てて耳元へと顔を近づけている。こちらには聞こえないが、何やら囁いているようだった。


(……あんたっすね。転生した異世界の人間を殺せって命令してるって親玉は)

「な、なにを、きさま、きさま! この私、私にこんな真似をしてぇぇぇどうなる……っ……どうなると思っ……思って……っ……!」

(おお、すごいっすね。普通なら命乞いくらいするんすけど……いいや、あんたに伝言があったんっすよ)

「な、伝言……き、さま、のうのうとしてられ――」

(あんたらの神様……ヨツガだっけ。彼女からっす)

「は……ヨツガ、様? な、ぜ、きさまがっ!」

(まま、聞くっすよ。――せっかくオレが連れてきたやつらを殺すなんて興が削がれることしやがって糞爺……だそうっす)

「は、はあ! ヨツガさまがそんなことを仰られる――」


 長の声だけが聞こえる内緒話の後、ゆっくりとユクリアは立ち上がると腰に差していた剣を掴み、流れるように弧を描く。

 すとん――と天人の長の首が落ちた。


 こんなにもあっさりと、命とは消えるのだな――と、僕アニス・リリスは他人事のように長が殺される瞬間を見ていた。





 血だ。血だ。血だ!

 血が、吹き出た。

 血が、血が溢れた。

 血が、血が血が血が!


 血を見るのは昔も今も動揺してしまう。それものトラウマが蘇るからだ。

 あれは不可抗力だったんだ。部屋の床が抜けるなんて思わなかったんだ――長の首が落とされたのを見て、俺はもう気が気でいられなくなった。


(このままここで何もしないでいたらあいつみたいに俺も殺される……なんで、何で俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ!)


 糞、糞糞糞! なんでだ!

 前回の反省から努力に努力を重ね、四天の護衛なんてエリートコースに乗ってやったっていうのに、これも全部ぱあじゃねえか!

 異世界の人間だからってふざけた理由で殺されるって……だから、自分にかかる疑惑を両親に被せて――そして、また殺してまで生き延びたんだぞ!


(……どうしてだ! ここは俺のために用意された世界じゃなかったのか! 俺の為のゲームじゃないのか!)


 俺は無数にある攻略の中で『フルオリフィアルート』に入ったんじゃないのか。

 突然始まった旅行イベントで好感度だって上がったんじゃないのか。

 後はドナ四天との挙式イベントがおじゃんになるの待って、花嫁のルイが俺のところに逃げてくるって展開だろ。あんなにも式を挙げるのを嫌がってたのが何よりの証拠じゃないか。


(……突然の乱入者で式がめちゃくちゃくになったのはよかったんだ)


 そこに死んだと思われていた以前のフルオリフィアが出てきたのもいい証拠だ。幼い頃に一応フラグを立てることができたからこそ、こうして順調に物語が進んでいると思ったのに、この血だまり……ああなんだよ! 

 これは鬱ルートだったのか。

 里が侵略されるなんてエンディング間際の山場ってことはわかる。

 しかし、こんな俺自身の身の危険が生じるのはパスだ。

 何もかもがあっちの世界みたいに思い通りにならない。どっちも難易度が高すぎる!


(……いや、違う。これは多分俺に与えられた分岐点なんだ)


 ここで黙って人質になっている……っていうじゃなくて、自分から行動することで前が開けるようなイベントなんだ。

 そうだそうに違いない。


(……よし!)


 拘束された身ではあるが、俺は立ち上がって今回の首謀者である男の元へと駆け寄った。

 幸いにも屑野郎は俺の近くにいる。今舞台から降りてきたのも偶然じゃない。

 きっと屑野郎が俺の近くにいることもイベントだからだ。


「……おい、お前! 止まれ!」

「……ひっ、ぐあっ!」


 土人形に見蕩れている見張り共の隙をついて飛びだしたつもりだけど、どうにも拘束されていると走りづらい。けれど、行動を取ったおかげで首謀者の男の意識をこちらに向けることには成功した。

 見張りに押さえつけられても、構わず声を上げる。


「すみません! もしかして、あなた様も転生者なんでしょうか!」

「あ……何言ってんだこいつ?」

「自分も、生まれ変わったんです! あなた様と同じく私も、異世界の人間です!」


 言い終わると、周りが静まるのがわかる。

 異世界生まれってだけでドナ元四天長がものすごい形相で俺を睨み付ける。

 周りがざわつき、同じ場所に避難していた妹の目が見開いて俺を凝視している――気がする。

 妹は里でも美人だと評判だが、以前、最低な弟がいた影響により、兄弟姉妹ってやつはとんと毛嫌いしている。幼い頃はピーピー喧しく、煩わしいことこの上なかった。

 また、ある日から人が変わったように変貌を遂げてからは一切、お互いに干渉し合わなくなった。だから、そんな目で見られるっていうのはきっと俺の妄想だ。


「……お前が、転生者?」

「はい、そうです! あなた様と同じく、自分もフルオリフィア様の歌を知っています! そして、自分も同じくこの世界に生まれ落ちました!」

「……で、なにが言いたいんだ?」

「はい! 自分をあなた様の傘下にお加えください!」


 心から思ったことではない。

 実際はこうだ。俺はあちらに寝返ったふりをしつつ、どうにかしてルイを助けるつもりだった。

 きっとこれがルイルートの正しい選択だ。そして、隙をついて2人で逃げ出し愛の逃避行だ。

 以前なら里の中しか知らなかったが、この前の旅でどうにか外の世界ってものを知った。中でも1番懸念していた問題……言葉の壁が取り除かれたのも大きい。


(――


 言葉の壁さえなければ、俺たちならどこだって行ける!


「あー……『お前が異世界のやつっていうならよ。俺の言ってることわかるか?』」

「『は、はい! ああ、あなたとお、同じ言葉をはなはな話せ、ます!』 これでいいですか!」

「……気持ち悪い話し方だな……お前の名前は?」


 屑野郎が俺を蔑むような、苛立つような目線を向けてくる。

 前世にいた弟のような目だ。顔なんて断然この屑野郎の方がいいのに瓜2つと思うほどに仕草が似ている。

 自分だってゴミ屑な癖して見下すあの弟みたいな……侮蔑と不満は胸の中に仕舞いこみ、にっこりと笑って答える。


「ハトラ・ロレイジュです!」


 ハトラ・ロレイジュ。

 十華のロレイジュの長兄……そう、以前と同じく俺は兄だった。

 家督は継がないことは伝えてある。これでも一大決心をしたつもりだ。しかし、早まったとも後悔している。

 家督を継ぐことは即ち、四天のフルオリフィアとは結ばれないということ――と思い込んでいたからだ。

 また、俺のために用意されたゲームなのだからと1番を目指さなきゃいけない……そう思って護衛になったっていうのに、まさか、四天同士でくっつくことになると思わなかった。


「……だってよ? どうする?」

「うっす。任せてくださいっす!」


 屑野郎と顔を合わせた殺人鬼はにっこりと笑う。

 その後、俺を取り押さえている見張り共を退かせ、顔を伏せろと言ってきた。

 紐を斬ってくれるのだろうか。素直に地面に額をこすりつけるほどに頭を下げて繋がれた手を掲げた。

 口元が緩んで笑みが漏れる。

 拘束から解放されることへの喜びと、思った通りに事が運んでいくことに対しての笑みだ。

 なんだ、やっぱり自分から行動するのが正しかったんじゃないか――殺人鬼が俺の横に立ち、しゃがんで口を開く。


「あんたさ、プレイヤーとか、駒とか、王とかって話は聞いたことあるっすか?」

「プレイヤー? 王? いえ、何かのゲームですか?」

「……だって言ったら?」

「親……ご主人様? え、実はあなたがここの団長?」

「……なーんだ。外れっすね」


 殺人鬼は立ち上がると屑野郎に向かって首を横に振った。屑野郎は屑野郎で安堵するかのように肩を落としている。え、何だ、その反応は?

 

(『どっちにしろさ。テキかミカタかわからないヤツをね。ちかくにおいておけるわけないよ?』)

「へ、なんであな……っ……」


 殺人鬼が以前の、懐かしい言葉を発する。

 今までの軽い口ぶりとは違ってなんだか幼い口調だ――と、視界が一転する。ころって、世界が回る。

 いつの間にか横に倒されたのか。


(あれ、なんだ? 血を噴き出した首のない人がいる。あ、それって俺の身体じゃ――あ……あっ、ああ……)


「……あなたって人は」


 気が遠くなる瞬間、昔から毛嫌いしていた妹――シンシアの呟きが聞こえた。


(違うんだ……あの時と同じそんな目で見ないでくれ。違うんだ。俺がチクったのは……俺は両親があんな簡単に殺されるなんて思わなくて――)


 意識が薄れる中、俺は今まで1度だって思わなかったシンシアへの謝罪を死ぬ寸前になって……。

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